無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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第十八話

 雄英高校からの合格通知。それは、僕の人生が、全く新しいステージに進むための切符だった。

 けれど、その喜びも束の間、僕たちはすぐに現実的な問題に直面することになった。

 

「提督、合格は喜ばしいことですが、現実的な問題を整理する必要があります」

 

 合格祝いに吹雪が買ってきてくれたお茶をすすりながら、加賀さんが切り出した。卓袱台の上には、雄英高校の入学案内と、町の詳細な地図が広げられている。彼女の指が、僕たちが今いる納屋と、遠く離れた雄英高校の位置を、一本の線で結んだ。

 

「この納屋から雄英高校まで、公共交通機関を利用した場合、毎日の通学には、片道でおよそ一時間半を要します。往復三時間。これは、ヒーロー科の過酷なカリキュラムと、我々の任務を両立させる上で、看過できない時間的損失です」

「うむ。それだけではないな」

 

 僕の自主訓練の様子を腕を組んで見ていた長門が、加賀さんの言葉を引き継ぐ。

「我々の活動規模を考えれば、いつまでも他人の敷地を借りているわけにはいかん。艤装の整備や、本格的な訓練を行うには、相応の広さと秘匿性が確保された、我々自身の『鎮守府』が必要だ」

 

 二人の言葉に、僕は頷く。そうだ、いつまでもここにいるわけにはいかない。親戚の厄介になっている状況から抜け出し、僕が、司令官として、僕たちの拠点を用意しなくちゃいけないんだ。それは、僕が彼らから受け取った信頼に対する、最低限の責任だった。

 

「……お金なら、ある」

 

 僕は通帳を卓袱台の上に置いた。両親が僕に振り込み続けてくれている、学費と、生活費。その数字の羅列を見るたびに、胸の奥が少しだけ痛んだ。けれど、今は違う。これは、僕が仲間たちと共に未来を築くための、大切な資金だ。

 

「僕たちの、家を探そう。雄英に通えて、みんなで暮らせる……僕たちの、鎮守府を」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それから数日間、僕たちの作戦司令室と化した卓袱台の上で、ノートパソコンの画面を囲んでの『鎮守府選定会議』が、毎夜繰り広げられた。

 

「提督、こちらの物件はいかがでしょう。雄英まで徒歩20分。築年数は経っていますが、リノベーション済みで、家賃も予算内です」

 加賀さんが、いくつかの候補を瞬時にリストアップする。その横で、僕は画面に表示される間取り図と、三人の顔を交互に見比べる。

 

「わ、このお部屋、日当たりが良さそうです! 南向きの大きな窓! お布団を干すのに最適ですね!」

 吹雪が、近くに商店街もある、生活のしやすそうな物件を指差す。

「待て。一階は論外だ。防犯以前の問題でもあるし、何より外部からの視線が多すぎる。却下だ」

 長門が、その候補を写真だけで一蹴する。

「では、こちらの最上階の物件は」

「この建物は構造が華奢すぎる。我々の訓練には耐えられん」

 

 僕がいくつか候補を絞り、不動産会社に問い合わせる。「雄英の生徒であること」「個性の関係で、同居人がいること」を伝えると、担当者は電話口で少し驚いたようだったが、「ああ、なるほど、それでしたら問題ありませんよ」と、時折あるケースなのか、特に深くは突っ込んではこなかった。

 

 そうして難航した会議の末、僕たちはついに一つの物件にたどり着いた。

 雄英高校から少し距離はあるけれど、鉄筋コンクリートの頑丈な造りで、最上階の角部屋。3LDKの間取りは、四人で暮らし、一つの部屋を訓練と作戦会議に使うには十分な広さだった。そして何より、バルコニーからの視界が開けていることが、長門の厳しい審査基準をクリアしたのだった。

 

 引っ越し当日、僕たちは朝から荷造りを始めた。といっても、荷物は数個の段ボールと、それぞれの布団、そして、僕がずっと使い続けてきた、この小さな卓袱台だけだ。

 僕が宅配業者に電話をして集荷を頼み、伝票を書く。大きな荷物は、文明の利器に頼るのが一番だ。

 がらんとした納屋の、木の匂いや、土の匂いを、僕は胸いっぱいに吸い込んだ。ここも、僕にとっては大切な場所だった。静かに別れを告げ、それぞれの着替えなどを入れたリュックを背負い、僕たちは電車に乗って、新しい生活へと向かった。

 

 新居のドアを開けると、まだ何も置かれていない、がらんとした空間が僕たちを迎えた。窓を開けると、春の柔らかな風が吹き込んでくる。しばらくして、宅配業者が段ボールと布団、そして卓袱台を運び込んでくれた。僕たちはまず、リビングになるであろう部屋の中央に、あの卓袱台を置いた。僕たちの、始まりの場所。ここが、今日から、新しい鎮守府だ。

 

 夜、初めての夕食は、近くのスーパーで買ってきたお惣菜と、炊き立てのご飯だった。家具が何もないから、床に直接座って、卓袱台を囲む。それでも、誰かと一緒に食べるご飯は、やっぱり温かくて、美味しかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、入学式の前夜。

 荷物も少しずつ片付き、生活の気配が満ちてきた部屋で、僕たちは最後の作戦会議を開いていた。

 

「提督。雄英では、あなたの『力』の正体を、決して悟られてはなりません。我々の力がこの世界の理から外れている以上、一度疑われれば、全てが露見します」

 加賀さんの冷静な忠告が、僕の気を引き締める。

「はいっ! 司令官、私がしっかりお守りします!」

 隣に座る吹雪が、力強く拳を握る。明日から、彼女は僕の個性として、僕と一緒に登校するのだ。

 

「うむ。いいか、提督。雄英は、これまでの戦場とは違う、新たな試練の場だ。だが、決して一人ではない。何かあれば、私たちがいる」

 長門は、部屋全体を見渡し、そして、僕の目をまっすぐに見て言った。

「この鎮守府が、必ずあなたの帰りを待っている。だから、胸を張って行ってこい」

 

 その力強い言葉が、僕の胸の奥深くに響いた。

 僕は、三人の顔をしっかりと目に焼き付けた。孤独だった僕の周りには、いつの間にか、こんなにも頼もしくて、温かい仲間がいた。

 自分の部屋に戻り、真新しい制服をハンガーにかける。

 僕の高校生活が始まる。それは、ヒーローを目指すための三年間であり、同時に、僕の力の正体を隠し通す、三年間でもある。

 

 その重さと、期待を胸に、僕は新しい部屋のベッドに、身体を横たえた。




さて……ストックが尽きました。そのため、定期更新はここまでとなります。書き上げたら即投稿するスタイルかストックをためて定期更新するスタイルか、どちらにするかは未定ですが、どちらにせよ次の話まで時間が空きます。
ここまでお読みいただきありがとうございました。

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