無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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ふふふ、今日は更新がないと思いましたか?
あります。

化阿山菜無さん、感想ありがとうございます。励みになります。

うちの嫁艦登場させろや!という方は活動報告の方で募集しておりますので、そちらの方に殴り込んでください。


第二十五話

 夕闇が迫る街を抜け、僕と吹雪はマンションの自宅へと帰り着いた。

 玄関を開けると、出汁の効いた優しい香りが僕たちを迎えてくれる。

 

「お帰りなさい、提督。吹雪も。初の実戦訓練、うまくいったようね?」

 

 エプロン姿の加賀さんが、珍しく少しだけ口角を上げて出迎えてくれた。

 奥では長門さんが新聞を畳み、真っ直ぐにこちらを見据えている。

 

「まあ、まずはご飯だ。報告は、胃を落ち着かせてからにしよう」

 

 その日の夕食は、僕の好物ばかりが並んでいた。

 食後の静かな時間、僕は今日の訓練の内容を書き留めたノートを広げて二人に報告した。

 吹雪がダークシャドウの注意を惹きつけている間に、僕が気配を殺して最短距離で核へ到達したこと。

 

「……なるほど。吹雪をデコイとして機能させ、自分自身は戦場から存在感を消しましたか。提督は自分が戦力としては数えられないことを、実に正しく理解して運用したわね」

 

 加賀さんが満足そうに頷く。その瞳には、確かな賞賛の光があった。

 

「うん。加賀さんに教わった歩法と、気配を殺す術がなければ、ここまでうまく事が運ぶことはなかったよ。吹雪が完璧に敵を翻弄してくれたのもある」

 

 僕が言うと、隣に座っていた吹雪が「えへへ」と照れくさそうに頭をかいた。

 

「司令官の指示があったからこそ、私は思い切り動けたんです! でも、司令官が一人で核に向かった時は、少しだけハラハラしました」

 

 長門さんが大きく頷き、僕の肩を力強く叩く。

 

「うむ。個としての力を持たぬ者が、強大な力を持つ者を出し抜く。そのための戦術眼だ。提督、あなたはこの短期間で実に見事な一歩を刻んだ。誇っていいぞ」

「……ありがとう。でも、次はもっと、吹雪の負担を減らせるような指示を出せるように頑張るよ」

 

 厳しい訓練の先にある、この温かい時間。

 二人に認められたという事実が、僕の胸を静かに、しかし熱く焦がしていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 翌朝、全身に心地よい疲労感を残しながら、僕は雄英高校の門を潜った。

 ホームルームが始まると、相澤先生は開口一番、昨日の戦闘訓練の総括を始めた。

 

「碧海。お前と吹雪の連携、そして瀬呂を組み込んだ戦術指示は、合理的だった。自分にできることとできないことを峻別し、最小限の動きで目的を達成した。その冷静さを忘れるな」

 

 相澤先生の言葉に、クラスメイトたちから「おおー、やっぱり碧海すげえな」と感心の声が漏れる。

 僕自身は少し気恥ずかしかったけれど、吹雪は自分のことのように胸を張っていた。

 

「さて、HRの本題だが。……今日は学級委員長を一人決めてもらう」

 

「学校っぽいの来たああ!!」と沸き立つ教室。

 

 切島くんや上鳴くんたちが活気よく手を挙げていく中、教室内は一気に学校らしい騒がしさに包まれた。

 

「静粛にしたまえ!! ヒーロー科では、集団を導くというトップヒーローの素地を鍛えられる役なんだぞ!」

 

 飯田くんが立ち上がり、キリッとした表情でクラスをたしなめる。

 だが、希望者が多すぎて一向にまとまる気配がない。そこで飯田くんは、さらに大きな声を張り上げた。

 

「民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら……! これは投票で決めるべき議案!!」

 

 彼はそう叫びながら、誰よりも真っ直ぐ、そして凄まじい勢いで自分自身の右手を天高く突き上げていた。

「自分がやりたい」という欲望を隠しきれていないその姿に、「そびえ立ってんじゃねーか! なぜ発案した!!」と鋭いツッコミが飛ぶ。

 

 結局、彼の提案通りに投票が行われることになった。

 僕は手元の投票用紙に、迷わず『八百万 百』と記名した。昨日の訓練で見せた彼女の冷静な判断力と責任感なら、このクラスを正しく導けるはずだ。

 

 やがて、結果が黒板に書き出される。

 

 一位:緑谷出久 3票

 二位:八百万 百 2票

 

 ざわつく教室内。

 結局、緑谷くんが委員長に、八百万さんが副委員長に決まった。

 僕は自分の席で、予定通りの結果に小さく息を吐いた。

 

「ぼ、僕が三票も……!?」

 

 緑谷くんがガタガタと震えながら驚いている。

 僕の隣では、八百万さんが「一票は自分として……もう一票は、どなたが……?」と不思議そうに首を傾げていた。

 

(……まあ、彼女なら適任だしね)

 

 僕は吹雪と視線を合わせ、小さく微笑んだ。

 目立つ必要はない。僕は僕の役割を、この場所で果たしていけばいいんだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 お昼休み。

 雄英名物、プロヒーロー『ランチラッシュ』が作る格安で美味い飯を求め、大食堂は全学年の生徒で溢れかえっていた。

 

「司令官、見てください! この大盛りカレー、凄まじいボリュームです!」

 

 吹雪が目を輝かせながら、トレイに乗ったカレーを運んでくる。

 僕も同じものを注文し、空いている席を見つけて腰を下ろした。

 

「本当だね。学食でこれだけのクオリティのものが食べられるなんて、流石は雄英だ」

 

 加賀さんの和食も最高だが、こういう学生らしい賑やかな食事も悪くない。

 周囲では、切島くんたちが騒がしく笑い合い、離れた席では緑谷くんが飯田くんや麗日さんと何やら語り合っているのが見えた。

 

 そんな、平和そのものの光景が霧散したのは、その直後だった。

 

 ──ウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!! 

 

 鼓膜を突き刺すような、不快な高音が食堂内に鳴り響く。

 一瞬の静寂の後、機械的なアナウンスがそれに続いた。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難して下さい』

 

「……セキュリティ3!?」

 

 飯田くんがガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。

 周囲の三年生たちが「校舎内に誰かが侵入したってことだ!」と叫んだのを皮切りに、食堂内は一気にパニックへと塗り替えられた。

 

「逃げろ!」「押すなよ!」

 我先にと出口へ殺到する生徒たち。まさに人混みの激流だ。

 隣で吹雪が咄嗟に僕を庇うように身構えたが、僕は彼女の肩を軽く叩いて制し、騒ぎに逆らうように窓際へと歩を向けた。

 

「吹雪、外を確認して」

「はい! ……あ、司令官、校門のところに人が大勢います! 武器は持っていないようですが、カメラのようなものを……」

 

 吹雪の優れた視力が、侵入者の正体を捉えた。

 僕も目を凝らすと、そこにはプロヒーローたちに揉みくちゃにされながら、必死にマイクを突きつける報道陣の姿があった。

 

「……やっぱり、マスコミか」

 

 僕は人混みの端で、必死にクラスメイトを呼び止めようとしていた飯田くんの元へ、吹雪と共に潜り込んだ。

 

「飯田くん、落ち着いて聞いて。侵入してきたのはヴィランじゃない、ただのマスコミだ」

「碧海くん! だが、警報が鳴っている以上、確認しなければ……!」

 

 飯田くんは冷静に状況を判断しようとしていたが、如何せんこの怒号の中では声が届かない。

 僕は窓の外を指差し、彼に最短距離で事実を伝えた。

 

「朝から校門の前にいたマスコミたちが、セキュリティを突破して入り込んだだけだよ。でも、このままじゃ避難のパニックで怪我人が出る。飯田くん、君がみんなを止めてくれ」

 

 飯田くんは窓の外を一瞥し、即座に僕の意図を汲み取った。

 だが、この人混みでは壇上に上がることもままならない。

 

「分かった! だが、どうやって……この群衆の上に出ればいい!?」

「吹雪、飯田くんをあそこの非常口標識まで飛ばせるかな?」

 

 僕の問いに、吹雪は「お任せください!」と力強く頷いた。

 彼女はバレーボールのレシーブのような低い姿勢で構え、飯田くんに指示を出す。

 

「飯田さん、どうぞこちらへ! 足を私の手に……全力でトスしますから!」

 

「……! すまない、頼む!」

 

 飯田くんが吹雪の組んだ両手に足をかけた瞬間、吹雪の全身のバネが爆発した。

 艦娘の膂力が、飯田くんの身体を軽々と、かつ正確な軌道で上方へと跳ね上げる。

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

 放り出された飯田くんは、空中で見事な姿勢制御を見せ、非常口の標識にガシッとしがみついた。

 その光景は、混乱する食堂において、文字通り『導標』そのものだった。

 

「皆さん、大丈夫!! ただのマスコミです!!」

 

 腹の底から絞り出されたような飯田くんの怒号が、騒然としていた生徒たちの足を止めさせた。

 彼が現状を必死に説明し、毅然とした態度を求めるその姿を見て、ようやく大食堂に理性が戻ってくる。

 

「……さすがだね。吹雪、ナイスアシスト」

 

「はい、司令官! 飯田さん、とっても格好良かったです!」

 

 吹雪が感心したように、壁の上で標識にしがみついている飯田くんを見上げる。

 騒動が収まり、警報が止まった後の静寂の中で、僕は改めて確信した。

 

 あんな風に、誰よりも先んじて自分の身を投げ出し、周囲を安心させられる人間こそが、クラスの……そしてヒーローのトップに立つべきなのだ。

 

(まあ、家で加賀さんに話したら『トスの角度が三度甘いわ』とか言われそうだけど)

 

 そんな苦笑いを浮かべながら、僕は冷めかけたカレーを再び口に運んだ。

 騒動の終わりを告げる午後のチャイムが、遠くで鳴っていた。




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