無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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第二話

「……朝、か」

 

 

 

 制服に袖を通して納屋を出る。まだ春の空気は冷たくて、頬に触れる風が少しだけ痛い。母屋の前を抜け、町の中学校へ向かう。引っ越してきたばかりで、知っている顔もない。教室でも誰かに話しかけられることはなく、僕も話すことを求めなかった。机に座り、ノートを開き、教科書を読むふりをして窓の外を見る。外では体育の準備をする上級生の声が聞こえていたけれど、それもどこか遠い出来事のようだった。

 

 昼休みになっても僕は席を立たず、頬杖を突き、ぼんやりと天井のシミを眺めていた。誰かの笑い声が背中越しに響いても、どこか別の世界の音のようで、耳の奥に届いてこなかった。

 

 妖精たちのことを話すつもりはなかった。話せば、またおかしいと思われるだけだと分かっていたから。誰に何かを言われるでもなく、ただ静かな時間だけが流れていた。

 

 そんな毎日が永遠に続くとは思っていなかったけれど、それでも変化を望んでいたわけじゃない。期待することをやめて、ただ流れのままに過ごすことが、僕なりの生き方になっていたのだ。

 

 放課後納屋に戻ると、妖精たちは静かに僕を迎えてくれた。まるで今日という日を特別に待っていたかのように、優雅に舞っていた。

 

 彼女たちの動きは、どこかそわそわして見えた。

 

 落ち着かない様子で空中を行き来しながら、ちらちらと僕を見てくる。

 

 明らかに、何かを期待しているようだった。

 

 僕は制服のまま卓袱台(ちゃぶだい)に向かい、昨日見つけた欠片を持ち上げ、じっと眺める。

 

 すると、頭の中に何かが浮かんでくる。

 

 僕はその何かを形にしようと、白紙のページを一枚めくる。

 

 自然と手が動き、鉛筆が何かの構造図のような線を引いていく。

 

 書き終わったそれは、船の形をしていた。

 

 けれど、それが何なのかはわからない。

 

 

 

「……吹雪(ふぶき)

 

 

 

 ふと、口をついて出たその名前に、僕自身が驚いた。

 

 なぜその名前を知っているのか、自分でも説明がつかない。

 

 でも、確かに“吹雪”という響きが、今のこの絵にふさわしいと、そう思えた。夢の中で誰かがその名前を呼んでいたような、曖昧な記憶が胸の奥にふと浮かんだ。

 

 

 

「うわっ!?」

 

 

 

 その瞬間、卓袱台(ちゃぶだい)の上に置かれたノートが、ふっと光を放った。その眩さに、思わず腕で顔を覆ってしまう。

 

 光の中にかすかに見えた、ノートの上へふわりと舞い降りる妖精たちの姿。彼女たちは線の上をなぞるように舞い、まるで筆のように空中へと光を描いていく。

 

 その光が次第に広がり、空間に穏やかな風と粒子を満たしていく。

 

 そのときだった。

 

 左手に握っていた欠片が淡く光を帯びた。

 だんだんと熱を帯びていき、まるで応えるように震えていた。

 

 妖精たちはそれを中心に集まり、光の流れは一気に加速する。

 光の粒が舞い、まるで海の中にいるかのような静寂が納屋を包み込んだ。

 

 僕はその場から一歩も動けず、ただ息を殺して見守っていた。

 

 心臓の鼓動が耳の奥でひときわ強く響いていた。

 

 浮かび上がった光の線は、徐々に少女の姿をかたちづくっていった。

 

 白いセーラー服に紺色のスカートという制服姿。

 

 背筋を伸ばした立ち姿に、真面目さと一生懸命さが自然とにじみ出ていた。どんな困難も越えていこうとする、強い光がその目に宿っていた。

 

 彼女は、まっすぐ僕を見る。

 

 僕は……動けなかった。

 

 何もかもが異常すぎた。納屋の中に現れた光の粒子、妖精たちの舞い、そして──目の前の少女。

 

 まるで、僕が描いた線に命が宿ったような存在が、実体を持ってそこに立っている。

 

 現実にしては幻めいていて、幻にしては重すぎた。

 

 身体の感覚が鈍くなっているのに、心臓だけが激しく脈打っていた。

 

 これは夢じゃない、現実なんだ──そうわかっているのに、理解が追いつかない。

 

 どうして。どうして僕の目の前に、いきなり少女が現れる? 名前も知らない。どこから来たのかも、なぜここにいるのかも……。

 

 常識はとうに崩れていた。それでも、彼女は微笑んでいる。まるで初めからここにいることが当然だったかのように。

 

 怖い。けれど、怖くない。

 恐怖心が湧かないことに、逆に怖さを覚えるほどだった。

 

 僕は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

「吹雪型駆逐艦一番艦、吹雪ですっ! 精一杯がんばりますので、どうぞよろしくお願いします、司令官っ!」

 

 澄んでいて、けれど芯のある響き。

 

 柔らかさと力強さが同居するその声に、胸がきゅっと締め付けられた。

 

 目の前の存在が、常識を軽々と超えていた。

 

 でも、それでも──なぜか、怖くはなかった。

 

 白い肌。艶やかな黒髪に、セーラー服。薄い影が灯籠のように揺れ、その瞳はまっすぐと僕を見ている。

 

「ふぶ、き……?」

 

「はい。駆逐艦吹雪、ただいま着任しました!」

 

「え、え?」

 

 わけが分からない。 目の前に突然と表れた少女の名乗りが、いまだに飲み込めずにいる。

 

「司令官、どうかしましたか?」

 

「……その、司令官というのも気になるけど、君は一体誰で、どこから来たの?」

 

 僕は何とか疑問をぶつけた。そして、少女は「ああ……そうか、記憶が」と呟き、納得がいったように話し始めた。

 

「私は“艦娘(かんむす)”。かつて、海に現れた人類の敵──“深海棲艦(しんかいせいかん)”と戦うために造られた存在です」

 

 その響きは、どこか遠い昔話のようだった。

 

「……かんむす? しんかい……?」

 

「深海棲艦──海に沈んだ艦船たちの怨念が形を得た存在。怒りと憎しみに満ち、海を奪い返そうとする“呪い”そのもの。あらゆる航路を封鎖し、艦船を沈め、補給線を断ち、国は孤立していきました。人類は団結し反撃をしましたが、深海棲艦にその攻撃は通じず、窮地に追いやられました。しかし、そこで現れたのが“提督”です」

 

 淡々と語られる言葉の一つひとつが、現実感を持たず、まるで紙芝居の一幕のように僕の耳を通り過ぎていく。

 

「妖精を見ることができる、提督適正を持った人のことをそう呼びます。提督によって、私たち艦娘は深海棲艦に対抗する唯一の手段として造られました。私たち艦娘は、さらに遠い昔、海で戦った艦の魂を実体化した存在です。たとえば私は、大日本帝国海軍所属、吹雪型駆逐艦の一番艦である吹雪の魂を受け継いでいます」

 

「でも……そんな話、僕は見たことも聞いたこともない」

 

「ええ、そのはずです。艦娘も、深海棲艦も、提督も。人類の記憶からは、抹消された存在ですから──」




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