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昼休み。
体育祭の告知から一時間も経っていないのに、教室の空気は一変していた。
「あんなことはあったけど……なんだかんだテンション上がるなオイ!!」
切島くんが拳を振り上げ、隣の上鳴くんや瀬呂くんと盛り上がっている。
「活躍して目立ちゃ、プロへのどでけぇ一歩を踏み出せる!」
教室のあちこちで、クラスメイトたちが個性の活かし方や対策を語り合い、体育祭への期待で満ちていた。
僕はというと、吹雪と並んで弁当を食べながら、その熱気をどこか他人事のように眺めていた。
「皆すごいノリノリだ……」
緑谷くんが隣のテーブルで圧倒されたように呟いている。その気持ちは分かる。
「君は違うのか?」
飯田くんが緑谷くんにそう尋ねているのが聞こえた。
僕も、と思った。僕も、違う側だ。
プロヒーローへの一歩。クラスメイトたちにとって、体育祭はそういう場所なのだろう。けれど、僕がこの学校にいる理由は、彼らとは根本的に異なっていた。
◇ ◇ ◇
放課後。帰り支度をしていると、教室の前が騒がしくなった。
「何ごとだぁ!!!?」
麗日さんが叫ぶ。教室の扉の前に、大勢の生徒が押し寄せていた。B組や、普通科、サポート科の生徒たち。
「出れねーじゃん! 何しに来たんだよ」
「敵情視察だろ。敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭の前に見ときてえんだろ」
教室の中が騒然とする中、爆豪くんが人垣に向かって歩いていった。
「意味ねェからどけ、モブ共」
飯田くんが「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!!」と声を上げる。
すると、集まっていた他科の生徒の1人が、声を上げた。
「どんなもんかと見に来たが、ずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」
そう言いながら、ゆっくりと前に歩み出てきた一人の男子生徒がいた。紫色の髪に、気怠そうな目。
「こういうの見ちゃうと、ちょっと幻滅するなぁ」
彼は、A組の面々を見回してから、静かに言った。
「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ってきた奴、けっこういるんだ。知ってた? 体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ……」
その言葉に、教室の空気が変わった。
「敵情視察? 少なくとも俺は──調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞ、っつー宣戦布告しに来たつもり」
鋭く、しかし静かな闘志を秘めた宣言。さらにB組の人も「敵と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!! えらく調子づいちゃってんなオイ!!」と騒ぎ出し、廊下は収拾がつかなくなっていた。
それを無視して教室を出ようとする爆豪くんに、切島くんが詰め寄る。
「待てコラ、どうしてくれんだ! おめーのせいでヘイト集まりまくってんじゃねーか!!」
「関係ねぇよ」
爆豪くんは振り向きもせずに言い放った。
「上に上がりゃ関係ねぇ」
その背中を見送りながら、切島くんが腕を組んで唸った。
「く……シンプルで男らしいじゃねーか……!」
僕は、人垣が引いた後の廊下に目を向けた。あの紫髪の生徒の宣戦布告は、体育祭がただの行事ではないことを改めて突き付けていた。ヒーロー科の座を懸けて、全力で這い上がろうとしている人間がいる。
その覚悟を前に、中途半端にやり過ごそうとしている自分が、ひどく矮小に思えた。
◇ ◇ ◇
帰り道。吹雪と並んで歩きながら、僕は口を開いた。
「……体育祭のこと、考えてたんだけど」
「はい」
「みんな、プロの目に止まるために本気で挑もうとしてる。さっきの普通科の彼もそうだ。でも、僕たちの目的は違う。僕がプロヒーローになりたいわけじゃない。ヒーロー免許を取って、艦娘と一緒に戦うための法的な立場を得ること。それが、僕が雄英にいる理由だ」
吹雪は黙って聞いている。
「だから、体育祭で目立つ必要はないんだ。適当に中盤くらいの成績を取って、無難にやり過ごせればいい。下手に注目されれば、僕たちの力の正体を詮索される危険が増えるだけだ」
マンションに帰ると、加賀さんがいつものように夕食の準備をしていた。球磨は、長門と何やら訓練の話をしている。
「おかえりなさい、提督。……顔色が冴えないわね」
「ただいま。……ちょっと、体育祭のことで」
夕食の席。僕は五人に、自分の考えを率直に話した。体育祭では目立たず、中盤くらいに留まるつもりだということ。余計な注目を避けたいということ。
話し終えると、卓袱台に沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのは、加賀さんだった。
「……提督。あなたの判断は、一見合理的に見えるわ。けれど、私は反対よ」
「反対?」
「今のあなたの考えは、短期的なリスク回避に偏りすぎている。もっと大きな絵を見なさい」
加賀さんは湯呑みを卓袱台に置き、静かに僕を見据えた。
「USJ事件で、あなたと吹雪はクラスメイトの前で力を見せた。オールマイトの隣で指揮を執り、艦隊を動かした。その事実は、もう消せないわ」
「……うん。それは、分かってる」
「ならば、体育祭で中途半端に力を隠せば、どうなるか考えなさい。USJであれだけの力を見せた人間が、突然おとなしくなる。周囲は不審に思うわ。なぜ手を抜いているのか。何を隠しているのか。……それこそが、最も危険な疑惑の種になるの」
その指摘に、僕は言葉を失った。確かに、USJでの僕を見たクラスメイトたちは、体育祭でも相応の実力を期待しているはずだ。それを裏切れば、不自然さが際立つ。
「加賀の言う通りだ」
長門が腕を組んだまま、重い声を落とした。
「提督。お前は一つ、見落としていることがある」
「何を……?」
「ヒーロー免許を取れればいい。お前はそう言ったな。だが、免許を取った後のことを考えてみろ。お前と艦娘が公の場で深海棲艦と戦う時、周囲のプロヒーローたちとはどう動く?」
「……協力を、求めることになると思う」
「そうだ。いずれ、お前は一人では抗えない規模の敵と対峙する。その時、味方になってくれるプロヒーローが必要になる。だが、誰も知らない無名のヒーローに、誰が力を貸す?」
長門の言葉が、僕の胸に深く突き刺さった。
「お前の力を知り、信頼し、いざという時に背中を預けてくれる仲間。それは、ヒーロー社会の中で自分の名を示してこそ、初めて得られるものだ。免許は紙切れに過ぎん。それだけでは、誰もお前の隣には立たない」
「提督」
加賀さんが、静かに続けた。
「体育祭は、全国のプロヒーローが見ている場よ。ここで実力を示すことは、将来あなたが深海棲艦との戦いに味方を得るための、最初の布石になるわ」
「それに、もう一つ。雄英の中での立場の問題もあるクマ」
球磨が味噌汁のお椀を置いて、真っ直ぐに僕を見た。
「提督が雄英で信頼されてれば、何か面倒なことが起きた時にも動きやすいクマ。逆に、中途半端な立ち位置だと、いざって時に誰も庇ってくれないクマ。球磨は海の上のことしか知らないけど、味方は多い方がいいってことくらいは分かるクマ」
四つの視線が、僕に集まっている。
吹雪だけが、ずっと黙っていた。僕が彼女に目を向けると、吹雪は少しだけ躊躇ってから、ゆっくりと口を開いた。
「……司令官。私は、司令官がどんな判断をしても、ついていきます。それは変わりません」
吹雪は、そこで一度言葉を切った。
「でも……もし、許されるなら。私は、司令官と一緒に、胸を張って戦いたいです。隠れながらじゃなくて、堂々と。……それが、艦娘としての、私の願いです」
その言葉が、僕の中にあった最後の壁を、静かに溶かしていった。
そうだ。僕は、ずっと隠れてきた。無個性だと言われた時から。納屋に一人で暮らしていた時から。海の幽霊として、正体を隠して戦っていた時から。
でも、もうそれじゃダメなんだ。
いつまでも影に隠れていたら、僕は誰の力にもなれない。艦娘たちと共に歩む未来を守るためには、この世界の中で、僕自身の居場所を勝ち取らなければならない。
「……分かった。体育祭、本気で獲りに行く」
僕の言葉に、加賀さんが小さく頷いた。長門が「よし」と短く応えた。球磨が「それでこそ提督クマ!」と拳を掲げた。
吹雪は何も言わなかった。ただ、その瞳に浮かんだ喜びの色が、全てを物語っていた。
「では、訓練内容を見直すわ。体育祭まで二週間。限られた時間で、最大の効果を出す」
加賀さんの声が、新たな作戦の開始を告げた。
同時に、僕が気にしていたことを口にした。
「……一つ、心配がある。体育祭で吹雪が戦う姿は、全国に中継される。もし、あの時の海の幽霊の目撃情報と結びつけられたら……」
「そのリスクは、確かにあるわ」
加賀さんが冷静に応えた。
「けれど、海の幽霊が目撃されたのは夜の海上で、しかもほんの一瞬。目撃者の証言も曖昧なものが多い。対して、体育祭の吹雪は『具現化の個性で生み出された存在』として、雄英の公式記録に載っている。出自が明確な以上、わざわざ噂と結びつける人間は少ないはずよ」
「仮に疑う人間がいたとしても、立証する手段がないクマ。海の幽霊は正体不明のまま消えた。碧海鎮は雄英高校の生徒。この二つを繋ぐ物的証拠は、どこにもないクマ」
「うむ。そして何より、堂々と振る舞う者を疑う人間は少ない。後ろ暗い者ほど目を逸らす。しかし、胸を張って立つ者に、人は信頼を寄せるものだ」
長門の言葉に、僕は深く頷いた。
◇ ◇ ◇
それからの二週間は、嵐のように過ぎていった。
早朝の河川敷。吹雪の連装砲が、僕が投げた空き缶を次々と撃ち落としていく。だが、問題は命中率ではない。僕が指示を出してから吹雪が発砲するまでの、わずかなタイムラグ。それを限りなくゼロに近づけることが、今回の訓練の目的だった。
「もっと速く。僕の声を聞いてから動くんじゃなくて、僕の意図を読んで、先に動いてほしい」
「はい! もう一度お願いします!」
何十回、何百回と繰り返す。吹雪は疲労の色も見せず、僕の一挙手一投足を凝視しながら、その動きを身体に刻み込んでいく。
夜は、加賀さんによる戦術講義だった。
「体育祭の種目は不明だけれど、雄英の過去の例から推測するなら、個人の身体能力を試すもの、チーム戦、そして一対一の勝負。この三段構成が基本よ」
加賀さんが卓袱台に広げた資料を指でなぞる。
「個人種目では、提督自身の足と判断力が問われるわ。吹雪に頼りきりでは、周りからの評価は低くなってしまう。自分の足で走り、自分の目で判断する。その上で、吹雪の力をどこで、どう使うか。そのバランスが鍵よ」
「チーム戦では、提督の指揮能力がそのまま武器になるクマ。味方を動かして勝つ。それは提督の本領クマ」
加賀さんの分析と球磨の補足を受けて、二週間の訓練方針が固まった。僕自身の体力と判断力の底上げ。吹雪との連携精度の向上。そして、あらゆる種目を想定した実践的なシミュレーション。
そして──体育祭当日。
朝から、雄英高校は異様な熱気に包まれていた。校門の前には、テレビ局の中継車が何台も停まり、カメラマンや記者たちがひしめき合っている。USJ事件の直後とあって、世間の注目度は例年以上に高いらしい。
控え室で体操服に着替え、吹雪と共にクラスメイトたちの元へ向かう。
その時だった。
轟くんが、緑谷くんの前に立ちはだかった。
「……緑谷。客観的に見ても、実力は俺のほうが上だと思う」
唐突な宣言に、緑谷くんが目を見開く。
「おまえ、オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねえが……おまえには勝つぞ」
静かな、しかし絶対的な宣戦布告。控え室の空気が、一気に張り詰めた。
僕はその光景を、吹雪と共に少し離れた場所から見つめていた。全員が本気だ。あの紫髪の生徒も。轟くんも。クラスメイトの全員が、この体育祭に自分の全てを懸けようとしている。
『1年、ステージへ!』
場内アナウンスが、選手の入場を告げた。
巨大なスタジアムのゲートが開き、春の陽光が溢れ込む。歓声が、壁のように僕たちを包み込んだ。
選手宣誓。A組の代表は、入試一位の爆豪くんだった。彼は壇上で生徒を見渡し、端的に言い放った。
「俺が一位になる」
会場がブーイングと歓声に割れる。クラスメイトたちが「絶対やると思った!」と頭を抱えている中、ミッドナイト先生が体育祭第一種目を宣言した。
「第一種目はこれ! 障害物競走!」
全員参加。コースは、スタジアムのトラックを出てから、いくつかの障害エリアを突破し、再びスタジアムに戻ってくるという構成。個性の使用は自由。ただし、コースから外れてはいけない。
スタートゲートの前に、生徒がひしめく。
僕は、吹雪と視線を交わした。
「吹雪、作戦はさっき確認した通りだ。最初のゲートで無理はしない。中盤以降で勝負する」
「了解です、司令官」
この先に待つのは、ただのレースではない。僕たちの未来を懸けた、新しい戦場だ。
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