無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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はい……お久しぶりです。
月一投稿を維持できませんでした。
いかんせん爆豪の言動がまぁ、難しい。「爆豪がこんな事言うか……?」と書いては消して書いては消してを繰り返していたら、いつの間にかこんな時期に。
エタる予定は今のところないので、できれば気長に待っていただけるとありがたいです。


第三十六話

 入場ゲートへ続く通路は、外の喧騒が嘘みたいに静かだった。

 

 僕の足音と、吹雪の足音。それだけが壁に反響している。

 

「司令官。最終確認を」

 

「……一回戦のあと、控え室でさらった通りだよ」

 

「はい。でも、聞かせてください」

 

 僕は小さく息を吐いた。指先が、かすかに震えている。緊張だ。喋っていたほうが、まだましだった。

 

「対爆豪くん。……この一ヶ月、ずっと目で追ってきた。入学初日の実力テストも、体育の実技も、日々の訓練も。彼がどう動くか、どこで爆破を切るか、頭の中に叩き込んである。今朝、組み合わせを見た時から、勝ち上がればここで当たると思ってた」

 

「はい」

 

「勝ち筋は一つじゃ足りない。最初の手が潰されたら次。それも駄目なら、その次。四つ目まで用意した。全部使い切って、それでようやく五分──いや、五分あるかも分からない。相手は、あの爆豪くんだから」

 

「足ります」

 

 吹雪は、当たり前のことを言うみたいに言った。

 

「司令官がずっと考えてきた手です。私は、その通りに撃つだけです」

 

 合図の符丁も、僕が声を出せなくなった時にどう動くかも、さっきの短い時間で全部その頭に入っている。僕の言葉を、吹雪は一度も取りこぼさない。

 

「行こうか」

 

「はい」

 

 光の中へ、僕たちは足を踏み出した。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

『Bブロック準々決勝ゥ! 削って躱して絡め獲る、戦い巧者! ヒーロー科碧海鎮!! 対するは……もはや説明不要! 全種目暴れっぱなしの火力オバケ! ヒーロー科爆豪勝己ィィィ!!』

 

 歓声が屋根みたいに頭上を覆う。

 

 リングの向こうに、爆豪くんが立っていた。両手をだらりと下げた、隙だらけにも見える立ち方。目だけがこっちを見ている。ずっと。

 

「陰キャ野郎。テメェのやり口はさっき見たんだよ。真っ向からやり合いもしねえで、チマチマ削って搦め獲る、あの辛気くせえ戦い方はさせねえ」

 

「……そう言うと思ってた。だから君相手には、削らない」

 

「あァ?」

 

「最初から全部出すよ。一秒も残さず、全部」

 

 隣で吹雪が艤装を展開する。連装砲の駆動音が低く唸った。爆豪くんの口の端が吊り上がる。

 

「──上等だァ。吐いた唾ァ呑むんじゃねえぞ」

 

『試合──開始ぃぃっ!!』

 

 号砲と同時に、吹雪の全砲門が火を噴いた。

 

 時間差をつけた三連射。一射目を躱した先に二射目、その退路に三射目。逃げ場を潰す網──に、見えるように撃っている。

 

 当てるつもりは最初からない。彼がどっちへ跳ぶか、どう爆破を使うか。それを見せてもらうための弾だ。ついでに一発、大きく外してリング際へ転がしてある。今はまだ、ただの外れ弾でいい。

 

「おっせえんだよ!!」

 

 爆豪くんは防がなかった。躱すことすらしなかった。掌の爆破を推進力にして、砲弾と砲弾の隙間を撃ち抜くみたいに低空を飛んだ。一射目の爆炎を背負ったまま二射目の下を潜って、三射目が落ちるより早く、網の内側にいた。

 

 速い。この一ヶ月、幾度も間近で見てきたはずの速さだ。それでも、自分がその照準の先に立つと、まるで別物だった。

 

 右の掌が振り下ろされる。考えるより先に、鍛え上げた体術が身を沈めさせた。頭上で空気が破裂し、鼓膜がじんと痺れる。熱風。それから、焦げた砂糖のような甘い匂い。彼の汗の匂いだ。

 

 返す左が、地を舐めるように薙いでくる。跳び退く。石畳が爆ぜて、破片が頬を掠めた。

 

 止まらない。着地の反動すら爆破に変えて、彼は僕の背後へ回り込んでいた。三発目。振り向きながら転がる。転がった先に、四発目がもう置かれている。読まれてる──地面を掌で突いて軌道を殺し、紙一重で熱の壁を潜った。背中で布の焦げる匂いがした。僕の体育服だ。

 

「どこ見てんだよ、次はこっちだァ!!」

 

 僕の視線の逆を、正確に突いてくる。五発、六発。数えるのをやめた。

 

 長門さんに投げ飛ばされ続けた組手の泥が、僕の代わりに足を動かしてくれる。考えるな。考えは温存しろ。躱すのは身体の仕事だ。

 

 それでも捌ききれない一撃が、真上から来た。間に合わない──

 

「司令官!」

 

 吹雪が割り込んで、艤装の装甲で爆圧を受け止めた。鋼の軋む音。火花が視界の端で散る。

 

「邪魔なんだよ、砲台女ァ!!」

 

 爆豪くんは吹雪と打ち合わなかった。装甲を蹴って宙で身を翻し、僕だけを追ってくる。彼女を倒す対象とすら見ていない。足場か何かだと思っている。

 

「吹雪、三番!」

 

 短い符丁で牽制の弾幕が立ち、彼が舌打ちして大きく跳び退いた。ようやく、息が吸えた。

 

『あ、あの猛攻の中を掻い潜ってるゥ!! 碧海、まだ喰らいついてるぞォ!!』

 

 観客席のどよめきが、波みたいに背中へ伝わってくる。

 

 左袖は焦げて、頬は切れて、背中はたぶん煤だらけだ。高くついた。でも、欲しいものは全部見た。

 

 爆破の直前、彼の肩がほんの少し沈む。連続で跳ぶ合間に、掌へ汗を溜める一拍がある。まばたきより短い、けれど確かにある間だ。

 

 読める。読めるなら──置ける。

 

「吹雪、先を撃って!」

 

「はいっ!」

 

 吹雪の砲が、誰もいない場所を撃った。

 

 観客席がざわつく。外したんじゃない。彼がこれから跳ぶ場所だ。あの肩の沈み方なら、次は右。

 

 爆豪くんは弾幕を嫌って右へ跳んだ。跳んだ先で、置いた砲弾が炸裂した。

 

「──ッ、ぐ!?」

 

 咄嗟の反対爆破で直撃は殺された。でも、空中で足場を失った身体は止まらない。流れていく先はリング際。開幕に転がしておいた、あの外れ弾の真上だ。

 

 今だ。

 

 時限信管が火を噴いた。死角からの二発目が、体勢の崩れた彼を白線の外へ突き飛ばす。踵はもう縁を割っていた。

 

 場内が、総立ちになった。誰の目にも決まっていた。ミッドナイト先生の腕が、上がりかけて──

 

 彼は、見ていなかったはずだ。あの角度は絶対に見えない。

 

 なのに爆炎が届くより先に、彼の両掌が真下へ吼えていた。

 

「ざっけんなァァァ!!」

 

 爆圧が爆圧を叩いて、身体が白線の上で無理やり折れ曲がる。リングの内側に、着地。膝をついて、肩から煙を曳いて、それでも中に立っている。

 

 悲鳴みたいな歓声で、会場が揺れた。

 

 あり得ない。

 

 思考の裏は、確かに掻いた。掻いたはずだった。だが彼の身体は、思考というものを経由していなかった。読みが通用する領域の、外側だ。

 

「……ハッ。ハハッ」

 

 爆豪くんが立ち上がる。焼けた肩を見もしないで、僕を見た。怒っているんだと思った。違った。嗤っていた。

 

「タイミング計ってやがったのか。セコい真似しやがる。……いい度胸だ」

 

 重心が、ゆらりと沈む。

 

「なら、二度と計れねえようにしてやるよォ!!」

 

 世界が白く濁った。

 

 彼は爆破を足元へ、左右へ、めちゃくちゃに叩きつけ始めた。リングの上に煙の壁が何重にも立つ。そして煙の中を跳ぶ爆破のリズムが、崩れていた。長い、短い、強い、弱い。でたらめに見えて、わざとだ。わざと自分の拍子を壊している。

 

 読ませないためだけに、機動の効率を捨てた。乱暴者の顔をした、恐ろしく頭のいい獣だ。

 

 視界が死んだ。見えない砲撃はただの音だ。それに、この煙の中じゃ、声は灯台になる。指示を出せば居場所が割れる。黙れば吹雪と繋がれない。

 

 ……嫌なところを突いてくる。本当に、嫌なところを。

 

 煙の中の狩りが始まった。

 

 息を殺す。足音を殺す。頼れるのは耳と、肌に触れる熱の気配だけ。右後方で爆音──跳ぶ。さっきまで僕がいた場所で石畳が砕ける。左──違う、上だ。転がる。熱の塊が背中を掠めて、視界が汗で滲む。

 

 心臓の音がうるさい。一秒が、引き伸ばされたみたいに長い。

 

 躱せない一撃が、ついに来た。爆風の端が左肩を抉って、僕は石畳に叩きつけられた。肩口が焼けるように熱い。口の中に血の味が広がる。

 

 立て。

 

 立たないと、終わる。

 

「立てえええ! 碧海ぃぃ!!」

 

 観客席から声が降ってきた。切島くんの声だった。自分を負かした相手に、声援を送る理由などないはずなのに。

 

 その声が、僕の膝を伸ばした。

 

 立った。まだ、立てた。

 

 そして──このまま煙の中で息を殺していても、じり貧だ。だったら、この急所を餌にするしかない。

 

「吹雪、包囲射撃! 座標は七番!」

 

 声を張り上げて、出した瞬間に真横へ跳んだ。七番なんて座標はない。あの符丁の意味は一つだけ。

 

 ──今、僕が声を出した場所を撃て。

 

 爆音が一直線に膨れて、煙を裂いて鬼の形相が飛び込んでくる。声の場所へ。誰もいない場所へ。彼の目が見開かれた、その刹那に吹雪の砲弾が突き刺さった。

 

 至近弾。躱す時間はない。爆豪くんは両腕を十字に組んで、砲弾へ真っ向から爆破をぶつけた。相殺しきれなかった衝撃が腕を灼き、身体が石畳を二度、三度跳ねて転がる。

 

『クリーンヒットォ! あの爆豪が押されてるゥ!! なんだこの試合はァ!!』

 

 スタジアムが沸騰した。地鳴りみたいな歓声。煙の中から立ち上がった彼の両腕は焼け爛れて、口の端に血が滲んでいる。

 

 読み合いなら一度も負けていない。

 

 なのに、さっきから嫌な汗が止まらなかった。

 

 三回決めた。三回とも、あと一枚が届かない。当たる寸前のほんの一瞬だけ、彼の身体が、いつも僕の計算の外で動く。

 

「……テメェ」

 

 声から、熱が消えていた。

 

「面白ェじゃねえか」

 

 目つきが変わった、というより、余計なものが全部落ちた顔だった。怒りも苛立ちも底へ沈んで、静かな集中だけが残っている。

 

 最後の一手は、もう決めてある。

 足払いは全国に見られている。彼も当然、警戒している。まともに仕掛けても、あの反応で潰される。だから──誘う。彼が『詰めに来ざるを得ない』状況を、こちらから作る。

 僕は膝を折った。片膝を石畳につき、荒い息を吐いて、砲を庇うように吹雪を背へ回す。全身で「もう打つ手がない」と語る。追い詰められた獲物の、命乞いの一歩手前の姿を。

 

 半分は、演技だった。半分は、本当だった。実際、消耗は限界に近い。だからこそ、演技に嘘の匂いが乗らない。

 

「……っ、はぁ……っ」

 

「あァ? どうしたァ、もう終いか」

 

「……まだ、だ」

 

 声を、わざと震わせた。強がりに聞こえるように。追い詰められた人間が、それでも折れまいと吐く、あの上ずった強がりに。

 

 喰いつけ。

 

「そうかよ」

 

 爆豪くんが嗤った。とどめを刺しに来る獣の顔で、地を蹴る。仕留めきれると踏んだ、詰めの一撃。まっすぐな、迷いのない踏み込み──それが、欲しかった。

 

 彼が間合いに入った刹那、僕の膝が伸びた。萎えていたはずの脚が、地を噛む。振りかぶられた右。その軌道を最後まで見て、左へ身を流し、泳いだ軸足へ内側から足を差し込む。

 

 切島くんを沈めた、あの足払い。命乞いのふりの下に、ずっと隠していた牙。

 

「──その手はさっき見たんだよォ、雑魚がァァ!!」

 

 空中で左掌が閃いて、爆破が彼の体勢を強引に引き起こした。泳いだはずの身体があり得ない軌道で宙に反転する。

 

 さっき見た、と彼は言った。その通りだ。切島くん戦で、一度だけ切った札。爆豪くんなら、たった一度見れば十分に見切る。だからこの躱し方も、彼の中では決まりきっている。この反転も、想定の内。ここまでが、僕の描いた盤面だ。

 

 反転した彼の眼前に、吹雪がいた。煙の中でずっと息を殺して待っていた彼女の連装砲が、零距離で胸元に突きつけられている。

 

 命乞いは、足払いを通すための餌。足払いは、この反転を誘うための餌。餌の底に、また餌。彼が僕を研究してくれたことごと、幾重にも罠にした。

 

 だが、罠はこれで終わりじゃない。

 この零距離砲を嫌って左へ躱せば、そこには開幕に転がした外れ弾を撃ち直した二発目が口を開けている。右へ跳べば、そこはもう白線の外。爆破で真上へ逃げれば、その頂点を捉えるよう、吹雪の次弾の装填はとっくに終えてある。

 空中で拍子は壊せても、落ちる場所までは壊せない。受ければ戦闘不能。左は伏弾。右は場外。上は次弾。

 

 どこへ動いても、詰み。四つの出口を、全部塞いだ。

 

 これが、僕が積み上げられる最善だ。一つの勝ち筋に賭けるんじゃない。彼がどう動いても勝てる盤面を、丸ごと作る。それが、力で劣る僕にできる、たった一つの戦い方だった。

 

 スタジアムの音が消えた気がした。

 

「……ハ」

 

 爆豪くんは、笑った。

 

 吹雪の指が引き金を絞る。それと同じ瞬間だった。彼の右手が動いたのは。

 

 躱すんでも、防ぐんでもなかった。焼け爛れた右の掌が、突きつけられた砲身を真横から鷲掴みにして──掌の中で、爆破。

 

 銃口が、胸元から数センチ逸れた。

 

 砲声と爆破が重なって、白い光が全部を呑んだ。考える速さじゃない。引き金と発砲の間にあんな判断が挟めるはずがない。もう、そういう生き物なんだと思うしかなかった。

 

 至近の爆圧は彼自身も焼いたはずだ。なのに彼はその爆風に逆らわなかった。外へ流される力を左の爆破で捻じ伏せて、外じゃなく内へ、炎を突き破って跳んだ。

 

 薙ぎ払われた吹雪が黒煙を曳いて吹き飛ぶのが、視界の端に見えた。

 

 炎の中から出てきた右手が、僕の襟首を掴む。

 

 近い。焦げた砂糖の匂いと、血の匂い。煤で汚れた顔の真ん中で、赤い目が僕を見ていた。

 

「終わりだ」

 

 零距離で、掌が瞬いた。

 

 世界が爆ぜた。浮遊感。空と歓声がぐるぐる回る。白線を越えた先で、柔らかい衝撃に受け止められた。

 

「司令官……!」

 

 吹雪の腕の中だった。彼女の艤装からも焦げた匂いがする。遠くなった耳の向こうで、ミッドナイト先生の声がした。

 

『場外! 勝者、爆豪勝己!』

 

 スタジアムが揺れた。

 

『い、いやー……恐ろしい試合だったぜ! 解説、頼む!』

 

『……試合を組み立てていたのは、終始、碧海の方だ』

 

 相澤先生の、気だるげな声。

 

『あの未来位置への砲撃も、リング際への誘導も、最後の詰めも──どれ一つ、まぐれじゃない。爆豪の癖を読み切って、選択肢を一つずつ潰して、最後は逃げ場のない四択まで追い込んでいた。読み合いという意味では、碧海の完勝だ。一年で、あそこまで盤面を作れるとはな』

 

『じゃ、じゃあなんで爆豪が勝ったんだ!?』

 

『──理屈で追い詰められた末に、理屈を経由しない答えを出したからだ。あの零距離。砲口が火を噴くまでの、コンマ数秒。あの時間に思考は挟めない。頭で考えたんじゃなく、身体が勝手に最適解を掴んだ。追い詰められれば追い詰められるほど冴える、生き物としての勘。……教えて身につくものじゃない。あれが、爆豪の戦闘センスだ』

 

 少しの間があって、相澤先生は付け加えた。

 

『碧海は、負けるべくして負けたんじゃない。勝ちに最も近い場所まで行って、たった一つ、センスの差で届かなかった。……それだけだ』

 

 その声が、妙に遠い。

 

 リングの上で、爆豪くんはガッツポーズひとつしなかった。焼けた両腕を垂らしたまま、一度だけ僕を見下ろして、吐き捨てる。

 

「……寝てろ、雑魚が」

 

 それだけ言って背を向けた。その背中が、いつもより少しだけ重そうに見えた。

 

 僕は、負けた。

 

 その事実が、じわじわと肌に染み込んでくる。おかしな話だ。負けたことなら、この身体は誰よりよく知っているはずなのに。

 

 四歳の春。診察室の白い天井。無個性です、と告げた医者の声。あの日から、僕はこの世界のルールの外側にいた。負けというなら、あれが最初だ。生まれつき、勝負の土俵にすら上がれていなかった。

 

 だからずっと、決めていた。せめて、あれ以上は負けられない、と。

 

 なのに、今。考えうる最善を四手すべて指し切って、読み合いでは一度も負けずに、それでも届かなかった。全国が見ている、その真ん中で。

 

 完璧じゃなかったから負けたんじゃない。完璧で、負けたんだ。

 

 胸のいちばん深いところが、すうっと冷えていく。悔しさとは違う、もっと底から這い上がってくる冷たさ。それが言葉になるより早く、口が勝手に動いていた。

 

「……ごめん」

 

 吹雪が、小さく息を呑む。

 

「司令官」

 

「──あ。いや、違う。ごめん、じゃなくて……立つよ。自分で立つ」

 

 何が『違う』のか、言った本人の僕にも分からなかった。ただ、その一言が喉の奥から出てきた時、冷たい何かが胸の底に、どっしりと居座ったのが分かった。

 

 吹雪の腕を借りずに、自分の足で立った。膝が笑っている。左肩が熱い。鼻血が上唇で乾いて、きっとひどい顔だ。それでも、立った。立つことだけは、できた。

 

 見上げた空は、腹が立つくらい青かった。この空の下のどこにも、僕が探している答えは書いていない。無個性の僕が、力でも閃きでも彼に届かないのなら──それでも艦娘たちの隣に立ち続けていいと言える理由が、どこにも、見つからない。

 

「……戻ろうか、吹雪」

 

 笑おうとした。

 

 頬が、上手く動かなかった。

 

 




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