無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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ええっ!! 3日連続投稿とかしてもいいんですか!?!?
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第三十八話

 体育祭が終わって、最初の登校日。

 

 教室の空気は、まだどこか浮ついていた。

 

「なあ、聞いてくれよ! 昨日、帰り道で小学生にサインねだられたんだけど!」

 

「うわ、俺も俺も! 商店街のおばちゃんに『あんた強かったね』って声かけられた!」

 

「私なんて、知らない人にじろじろ見られて、ちょっと恥ずかしかった……」

 

 あちこちで、そんな声が上がっている。無理もない。昨日の体育祭は全国に生中継されたのだ。たった1日で、僕たちは一気に注目の的になってしまった。

 

 やっぱり、雄英はすごい。この学校の体育祭が持つ意味の重さを、今さらながら実感する。

 

 僕のところにも、何件か声はかかった。「あの采配は見事だった」と、道すがら年配の男性に握手を求められたりもした。悪い気は、しない。負けたのに、それでも見ていてくれた人がいる。その事実は、まだ少しひりつく胸の傷に、静かに沁みた。

 

 僕の隣では、いつものように吹雪が、真新しいノートに今日の日付を書き込んでいた。

 

 そんなざわめきの中、教室の扉が開いた。

 

「おはよう」

 

 相澤先生だった。ただそれだけで、浮ついていた教室の空気が、水を打ったように静まり返る。誰に言われるでもなく、全員がすっと背筋を伸ばして席についた。日頃の指導の、賜物だった。

 

「昨日の今日で浮かれてるところ悪いが、今日のヒーロー情報学は、ちょっと特別だ」

 

 先生が、そう切り出す。

 

「今日は──『コードネーム』、ヒーロー名の考案だ」

 

 その瞬間だった。

 

「胸膨らむヤツきたぁぁぁぁ!」

 

 クラス中が、一斉に立ち上がった。歓声とも悲鳴ともつかない声が教室を揺らす。自分だけのヒーロー名。ヒーローを志す者にとって、これほど心躍る響きもない。

 

「……というのも、先日話したプロからのドラフト指名に関係してくる」

 

 相澤先生が、構わず先を続ける。ただそれだけで、あれほど沸いていた教室が、また潮が引くように静かになった。もはや一種のお家芸だ。誰も、逆らおうとすら思わない。

 

 相澤先生は教卓に、分厚い紙の束をどさりと置いた。

 

「言っておくが、指名が本格化するのは3年からだ。今の時点のは、将来性への期待票みたいなもんだと思え。……で、その集計結果がこうだ」

 

 先生が黒板に、数字の並んだ表を張り出した。

 

「例年はもっとバラけるんだが──今年は、2人に注目が偏ったな」

 

 表の一番上、2つの数字が、飛び抜けていた。

 

 轟くん、4123件。爆豪くん、3556件。

 

「1位2位、逆転してんじゃん!」

 

「表彰台で拘束された奴とか、ビビるもんな……」

 

「ビビってんじゃねえよプロが!」

 

 その下は、がくんと数字が落ちる。常闇くん360件、飯田くん301件、上鳴くん272件……と続いていく。

 

 そして。

 

 常闇くんたちの、さらに上。2人の突出には及ばないが、3位グループを大きく引き離す位置に、僕の名前があった。

 

 碧海、902件。

 

「碧海くん、そんなに!?」

 

「いや妥当だろ、あの爆豪相手にあそこまでやったんだぞ」

 

「二強は別格として……3位グループ、ぶっちぎってんじゃん!」

 

 僕は、自分でも意外なほど落ち着いて、その数字を受け止めていた。

 

 902。轟くんや爆豪くんの数字には、遠く及ばない。前線で個性をぶつけ合う派手さのない、後方指揮型の僕に、それでもこれだけの事務所が声をかけてくれた。負けたのに。あの日、完膚なきまでに叩き伏せられたのに。それでも、僕の戦い方に価値があると判断した大人が、900人以上もいる。

 

 ……悪くない。

 

 いや、正直に言えば、少しだけ、救われた。

 

 昨日の夜、長門さんや吹雪が僕に教えてくれたことが、今、数字という形でもう一度、背中を押してくれている気がした。勝ち負けだけが、価値じゃない。そう、頭ではなく胸で、少しずつ分かってきていた。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

「で、だ」

 

 相澤先生が続ける。

 

「これを踏まえて……指名の有無に関係なく、お前たちには全員、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」

 

「おまえらは一足先に経験してしまったが──プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練をしようってことだ」

 

 教室がまた沸く。実際のプロの現場。ヒーローとしての、初めての一歩。誰の顔にも、期待の色が浮かんでいた。

 

「それでヒーロー名か!」と切島くんが拳を握る。

 

「まあ仮ではあるが、適当なもんは……」

 

 相澤先生がそう言った次の瞬間だった。

 

「付けたら地獄を見ちゃうよ! この時の名が!」

 

 派手な破裂音とともに、教室の扉から、ミッドナイト先生が颯爽と現れた。

 

「世に認知されそのまま、プロ名になってる人、多いからね!」

 

「まあ、そういうことだ。その辺のセンスを、ミッドナイトさんに査定してもらう」

 

 相澤先生が気だるげに引き取る。ミッドナイト先生は、艶やかに微笑んで教壇に立った。

 

「名をつけることで、イメージが固まり、将来自分がどうなるのか、そこに近づいていくの。それが『名は体を表す』ってことよ。──さあ、真剣に考えなさい!」

 

 配られた小さなボードとペンを前に、みんなが思い思いに頭を捻り始める。

 

「じゃ、そろそろ出来た人から発表してね!」

 

 ミッドナイト先生の号令とともに、最初に立ち上がったのは青山くんだった。きらめく笑顔でボードを掲げる。

 

「輝きヒーロー、『I can not stop twinkling』──キラキラが止められないよ☆」

 

「短文!!」

 

 クラス中のツッコミが炸裂する。発表形式のあまりの自由さに、僕は思わず苦笑した。

 

 それを皮切りに、みんなが次々と名を披露していく。芦戸さんの「ピンキー」、切島くんの「烈怒頼雄斗」──憧れのヒーローへのリスペクトを込めた名前らしく、本人は誇らしげだった。そういうところが、切島くんらしい。飯田くんは律儀に本名で悩み、麗日さんは無重力にちなんだ「ウラビティ」を掲げていた。

 

 そして、緑谷くん。彼がボードに書いた名前は「デク」だった。かつては蔑まれる呼び名だったそれを、麗日さんが「頑張れって感じで好き」と言ってくれたから、と。彼はそれを、自分の力に変えて掲げていた。

 

 ……いい名前だ、と思った。過去の痛みを、前を向く力に変える名前。

 

 やがて、僕の番が回ってきた。

 

「次、碧海くん!」

 

 僕はボードを裏返して、掲げた。

 

 そこに書かれていたのは、2文字。

 

『提督』

 

 教室が、少しだけ静かになった。

 

「提督、ね」

 

ミッドナイト先生が、その2文字を口の中で転がす。それから、ふっと目を細めた。

 

「あら、いいじゃない。あなたの戦い方を、よく表してるわ」

 

 その言葉に、僕は少しだけ、意外な気持ちになった。シンプルすぎると笑われるかとも思っていたから。

 

「あなた、体育祭でもそうだったわね。前に出て斬り結ぶかと思えば、退いて盤面を組み立てる。仲間を自在に動かして、戦況そのものを支配する。──ええ、『提督』。名は体を表す。とてもいい名前よ」

 

「……ありがとうございます」

 

 的確に見抜かれて、こそばゆかった。この人は、伊達に長くヒーローをやっていない。

 

「あれ、でも碧海くんって『提督』なんだ」

 

 声を上げたのは、芦戸さんだった。

 

「吹雪ちゃんはいっつも『司令官』って呼んでるじゃん?」

 

「あー……吹雪だけ、呼び方が違うんだよね。まあ、癖みたいなものだから」

 

 僕は苦笑して、それ以上は言わずにおいた。

 

 隣の席で、吹雪が僕のボードの2文字をじっと見つめていた。何かを言いたげに口を開きかけて、けれど結局、小さく微笑んで頷いただけだった。

 

 窓の外で、初夏の風が、校庭の木々を揺らしていた。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

  その日の夜、夕食のあと。ヒーロー名が『提督』に決まったと伝えると、リビングの空気が、ふっと変わった。

 

「ほう、提督クマか」

 

 最初に反応したのは球磨だった。湯呑みを片手に、飄々と目を細める。

 

「いい名前クマ。球磨たちにとっては、聞き慣れた響きだクマ」

 

 軽い口ぶりの奥に、確かな温もりがあった。この人はいつも、こうしてさりげなく場をあたためてくれる。

 

「……よもや、その名を自ら名乗るとはな」

 

 長門さんは、湯呑みを持つ手を止めたまま、静かに呟いた。厳めしい横顔の奥で、何かが揺れている。誇らしさとも、懐かしさとも違う、もっと深いところから来る色。けれど長門さんはそれを言葉にはせず、ただ一度、深く頷いただけだった。

 

「いい名だと思うわ。あなたが自分で選んだ名。あなたらしい」

 

 加賀さんの声も、いつもより柔らかかった。

 

 三人の反応が、僕には少しだけ大きく見えた。ただのヒーロー名のはずなのに、みんな、もっと重たい何かを受け取ったような顔をしている。まるでその言葉が、彼女たちの一番深いところに触れたみたいに。理由を、僕はうまく言えない。ただ、艦娘にとって『提督』という響きは、僕が思うよりずっと、特別なものなのかも知れない。

 

 その中で、吹雪だけが、ずっと黙っていた。膝の上で、両手をきゅっと握って。

 

「吹雪?」

 

 呼ぶと、彼女は顔を上げた。その瞳が、少しだけ潤んでいる。

 

「……どうして、『司令官』じゃなくて、『提督』にしたんですか。私、ずっと司令官って呼んでるのに」

 

 教室で芦戸さんに聞かれた時は、癖みたいなものだ、とはぐらかした。でも、吹雪にははぐらかしたくなかった。

 

「決めなきゃって時にね。頭で考えるより先に、すっとその言葉が出てきたんだ。司令官って呼ばれるのも、すごく好きなんだけど……あの名前を書いた時だけは、これが正しいって、そう思えて。うまく、言えないんだけど」

 

 自分でも、頼りない答えだと思った。

 

 でも、吹雪は静かに首を横に振った。

 

「ううん。……嬉しいです。理由は、私にも分かりません。でも、司令官がその名前を選んでくれたこと、すごく、嬉しいんです」

 

 彼女も、うまく言葉にできないでいた。僕と、同じように。

 

 二人のあいだで確かに響き合っている何かに、僕たちはまだ、名前をつけられなかった。

 




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