無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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日間総合ランキング載りました。ニヤニヤが止まらなかった……。

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第三十九話

 放課後の教室に、分厚い冊子の束が積まれていた。

 

 職場体験の受け入れ事務所一覧。指名をくれた事務所の情報が、住所も、活動内容も、実績も、事細かに記されている。みんな真剣な顔でページをめくっていた。

 

「うおおお、迷うぜ……! どこも強そうなヒーローばっかりだ!」

 

 切島くんが冊子を睨みながら唸る。その隣で、麗日さんも「うーん」と首を捻っていた。

 

「私は、やっぱり体術を鍛えたいなって……」

 

 みんな、自分の目指すヒーロー像に近い事務所を選ぼうとしている。当然のことだ。ここで得た経験が、そのまま将来に繋がるのだから。

 

 僕も、冊子をめくっていた。

 

 902件。ありがたい話だ。名の知れた大手事務所からも、いくつか声がかかっている。戦術指揮に定評のあるチーム型ヒーロー。情報分析に特化した後方支援のプロ。僕の戦い方を評価してくれた人たちが、これだけいる。

 

 でも、僕の指が止まったのは、そのどれでもなかった。

 

 冊子の、ずっと後ろのページ。写真もなく、実績欄もそっけない、小さな事務所。

 

 海上救難ヒーロー『ライフライン』事務所。

 

 所在地は、海辺の町。管轄区域は、その沖合。

 

 ──あの海域だ。

 

 指先が、かすかに震えた。

 

「碧海くん、どこにするか決めた?」

 

 声をかけてきたのは、緑谷くんだった。

 

「うん。……ここ、かな」

 

 僕がページを見せると、緑谷くんは一瞬だけ目を丸くして、それからすらすらと喋り始めた。

 

「ライフライン……! 活動歴30年、個性は『浮力操作』。ヴィラン検挙数はほとんどゼロだけど、海難救助の出動回数は国内でもトップクラス。台風の日に沈没船から17人救助した記録があって、あれは今でも語り草だよ! 事務所の規模は小さいけど、海保との連携実績は──」

 

「く、詳しいね……」

 

「あっ、ご、ごめん!」

 

 緑谷くんは、はっと口を押さえた。

 

 やっぱり緑谷くんは、どんな無名のプロでも知ってるんだな。ヒーローという存在そのものを、心の底から愛しているんだと思う。

 

 僕らの会話が聞こえたのか、近くにいた上鳴くんが素っ頓狂な声を上げた。

 

「えっ、碧海その事務所行くの!? 902件も指名来てんだろ!? もっといいとこ選べよ、もったいねえ!」

 

「そうだよ! 碧海なら、大手からだって声かかってるんじゃないの?」

 

 芦戸さんも身を乗り出してくる。

 

 まぁ、そういう反応になるか。

 

「戦術指揮を学べる事務所にも、正直かなり惹かれたよ。でも」

 

 僕は、なるべく自然に聞こえるように言葉を選んだ。

 

「USJの救助訓練で思ったんだ。僕、敵と戦う方法ばかり考えてきて、人を助ける技術をちゃんと学んだことがないなって。それも、一番難しいって言われる水難救助を。……戦い方は、これからいくらでも磨ける。でも救助の基本は、ちゃんとしたプロから教わりたい」

 

「あー……なるほどなあ」

 

 上鳴くんが、感心したように頷く。

 

「派手さより中身ってわけだ。真面目かよ、お前」

 

「碧海らしいねー」と芦戸さんも笑って、二人は自分の冊子に戻っていった。

 

 言ったことは、全部本心だ。

 

 ただ、数ある海の事務所の中で、この事務所でなければならない理由──それだけを、言わなかった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 その夜。リビングのテーブルに、僕は一枚の海図を広げた。

 

 沿岸から沖合まで。細かい水深と、潮の流れが書き込まれている。その一点に、僕は赤い印をつけていた。

 

 3ヶ月前。深海棲艦の海上要塞が現れ、多くのプロヒーローを窮地に陥れた、あの場所。

 

 あの日、僕は納屋のテレビの前にいた。無線越しに吹雪へ指示を出し、彼女は海を渡り、囲まれたヒーローたちを救い出した。そして誰にも正体を知られないまま、闇に消えた。

 

 世間は彼女を「海の幽霊」と呼んだ。

 

 けれど──あの要塞そのものは、無傷のまま残された。

 

「まだ、あそこにあるのですね」

 

 海図を覗き込んだ吹雪が、静かに言った。

 

「うん。ヒーロー公安委員会が海域を封鎖して、調査を続けてる。でも、正体は分かっていない。……分かるわけがないんだ。あれが深海棲艦のものだって知ってるのは、この世界で僕たちだけなんだから」

 

 湯呑みを傾けていた長門さんが、眉を寄せる。

 

「3ヶ月、放置か。……この国の皆は、あれを何だと思っている」

 

「未確認の海上構造物、だってさ」

 

 僕は苦く笑った。

 

 あの日から、何度も考えた。艦隊を出して、要塞を叩き潰せないか、と。

 

 夜中に目が覚めて、この海図を広げたことが何度あっただろう。侵入経路を引き、砲撃の角度を計算し、撤退のタイミングまで組み上げて──そして、そのノートを閉じた。何度も。

 

 できなかったんじゃない。やらなかったんだ。

 

 あの海域は、公安委員会が封鎖している。許可なく踏み込めば、それは越権行為だ。僕はまだ仮免許すら持っていない一年生で、ヒーローとして活動する権限が無い。

 

 問題は、その後だ。

 

 無許可で艦隊を出して、要塞を沈める。仮に成功したとして、次に来るのは称賛じゃない。事情聴取だ。なぜそこにいたのか。何を知っていたのか。そして──その力は、何なのか。

 

 艦娘のことは、もう隠していない。体育祭でもUSJでも、彼女たちは大勢の前で戦った。世間は吹雪たちを、僕の個性『具現化』が生み出したものだと信じている。この世界の個性なんて、もっと荒唐無稽なものがいくらでもある。誰も疑わない。

 

 そう、誰も疑わない。疑われない限りは。

 

 でも、一度でも公安が僕という人間を本気で調べ始めたら、話は変わる。

 

 個性の登録内容。医療記録。身体検査。

 

 僕の足の小指の関節は、二つある。四歳の春、医者がそれを確かめて、両親に告げた。無個性です、と。

 

 個性因子を持たない人間が、個性を使っている。

 

 その矛盾に気づかれた瞬間、僕たちの何もかもが崩れる。

 

『我々の力がこの世界の理から外れている以上、一度疑われれば、全てが露見します』

 

 入学前の夜、加賀さんが言った言葉が、今も耳に残っている。

 

 だから僕は、動けずにいた。目の前に脅威があると知りながら、指をくわえて見ているしかなかった。

 

 この3ヶ月、それがずっと、喉に刺さった小骨みたいに、僕を苛んでいた。

 

「──だから、この事務所を選んだ」

 

 僕は、海図の上に冊子を重ねた。

 

「ライフラインは、あの海域を管轄してる。ここの職場体験生なら、プロの監督下で、正規の手続きを踏んで、あの海に出られる。……封鎖線の内側にだって、業務として近づける可能性がある」

 

 テーブルの向こうで、加賀さんが静かに顔を上げた。

 

「提督。あなたは、要塞を叩くつもりですか」

 

「まさか。学生の職場体験でそんなことはできないよ」

 

 僕は首を振った。

 

「ただ、確かめたいんだ。あれが今どうなっているのか。3ヶ月のあいだ、何も起きていないのか。……本当に、眠ったままなのか」

 

 加賀さんは、僕の目をじっと見た。それから、小さく息を吐く。

 

「合理的です。無許可の突入は愚策。合法的な立場と、正当な口実を確保してから接近する。……提督らしい」

 

「褒めてる?」

 

「事実を述べただけです」

 

 その口元が、ほんの少しだけ緩んでいた。

 

「面白いじゃないかクマ」

 

 球磨が、湯呑み片手にのんびりと笑う。

 

「提督は、まっすぐ突っ込むより、道を作ってから進む男クマー。3ヶ月我慢したのも、たぶん、そのためクマ?」

 

 見透かされている。彼女には、いつも敵わない。

 

「……我慢、してたつもりはないんだけどな」

 

「してたクマよ。ずっと、あの海図を眺めてたクマ」

 

 言葉が、詰まった。

 

 長門さんが、腕を組んだまま口を開く。

 

「提督。一つ、確認しておきたい」

 

「うん」

 

「もしも要塞が動き出していたら、あなたはどうする」

 

 僕は、海図の赤い印を見つめた。

 

 答えは、決まっていた。

 

「戦うよ。それしかない」

 

 権限がない。立場もない。それでも、あれを放っておけば人が死ぬ。ヒーローを目指すというのは、そういう時に動ける人間になるということのはずだ。

 

 長門さんは、満足そうに頷いた。

 

「よろしい。ならば、私からは何も言うことはない」

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 職場体験の初日は、来週の月曜日から。一週間の日程だ。

 

 僕は寝る前に、もう一度だけ資料を読み返していた。

 

 ライフライン。本名、浮舟宗一郎。年齢54歳。個性は『浮力操作』──触れた対象の浮力を、自在に操ることができる。沈む船を浮かせ、溺れる人を水面へ引き上げる。人を殺す個性じゃない。人を、沈ませないための個性だ。

 

 活動歴は30年。ヴィラン検挙の実績はほとんどない。代わりに、海難救助の出動記録が、びっしりと並んでいる。

 

 ……いい人なんだろうな、と思った。

 

 資料の最後に、目立たない一行があった。

 

『3ヶ月前の海上要塞事件において、救助活動中に負傷。現在は現場に復帰』

 

 指先が、その行の上で止まった。

 

 ……あの夜。

 

 要塞の周りに集まっていたプロヒーローたち。深海棲艦の駆逐艦に包囲され、逃げ場を失って、あわや全滅というところだった人たち。

 

 その中に、この人もいたのか。

 

 僕は、無線越しに指示を出しただけだ。実際に海を渡り、砲門を開き、彼らを救ったのは吹雪だった。

 

 この人は、それを知らない。

 

 3ヶ月間、彼はきっと考え続けている。あの夜、自分を助けたのは誰だったのか。あれは何だったのか。同じ海で働き続けながら、答えの出ない問いを抱えている。

 

 その答えを、僕は持っている。

 

 持っていて、渡さない。渡せない。

 

 そのうえで僕は、彼の事務所を選んだ。救助を学びたいからじゃない。あの海に出る口実が欲しかったからだ。

 

 命を救ったことは、伏せる。助けを借りたいことは、隠す。

 

 ……僕は、この人を利用しようとしている。

 

 自分の中でその言葉が形になった時、思ったより深く、胸の底に刺さった。

 

 部屋の隅で、寝る支度をしていた吹雪が、僕の様子に気づいて振り向いた。

 

「司令官? どうかされましたか」

 

 少し迷って、僕は資料を差し出した。隠しておくべきことじゃない。現場で彼女が不意打ちを食らわないためにも、伝えておくべきことだ。

 

「浮舟さんの経歴。……最後の行、読んでみて」

 

 吹雪は資料を受け取り、目を走らせた。その視線が、一番下で止まる。

 

「これ……」

 

「うん。3ヶ月前のあの夜、君が助けたヒーローの1人だ」

 

 吹雪はしばらく、その一行を見つめていた。

 

 それから、そっと資料を胸に当てて、目を伏せた。

 

「……ご無事で、良かったです」

 

 それだけだった。

 

 自分の手柄を誇るでもなく、動揺するでもなく。ただ、助けた相手が今も元気で海に立っていることを、静かに喜んでいる。この子は、そういう子だ。

 

「現場で、あの夜の話が出るかもしれない。彼は今も『海の幽霊』を探してるはずだから」

 

「はい。……大丈夫です。何も知らない顔を、ちゃんとします」

 

 吹雪は顔を上げて、しっかりと頷いた。

 

「私は、司令官のご判断に従います。……でも」

 

「でも?」

 

「浮舟さんが、今も海で人を助け続けていてくれること。それが分かっただけで、私はあの夜、海を渡って良かったって……そう思えました」

 

 その言葉に、胸の底の重たいものが、少しだけ軽くなった気がした。

 

 灯りを消して、布団に潜る。

 

 天井の暗がりを見上げながら、資料の文字を思い出していた。

 

 海難救助の出動記録。びっしりと並んだ、日付と海域。そのひとつひとつに、助けられた誰かがいる。30年、この人はそれを積み上げてきた。

 

 僕は明日から、その人の隣に立つ。

 

 ……ちゃんと、目を見て話せるだろうか。

 




あなた達の推し艦嫁艦秘書艦を、まだまだ募集中です。
活動報告の方で、「ほら、登場させろよ」と教えてください。
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自分が学生のとき、午前7時頃に最新話が投稿されていると、登校しながら読めて嬉しかったためこの時間帯に登校していますが、「この時間帯がいい!」というのはあるんですかね……?

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