無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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先日からイベントがスタートしておりますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか……。
自分は難易度丙でちまちま攻略しています。バケツが溶けていく~。

silica gelさん、紅 蒼也さん、鷹ヒーローさん、ニコにコさん、感想ありがとうございます。非常に励みになります。

やはり推し艦は千差万別……!
ただ、前話でも書いていた通り、推し艦報告は活動報告の方でお願い致します。感想欄の方で書かれますと、アンケート行為と判定されて感想が消されることがあります。ご了承ください。

鷹ヒーローさん、高評価ありがとうございます。
第四十話から、感謝を込めて高評価(8以上)の評価を頂けた方を記名したいと思います。
「は……? 自分はもっと前から高評価をくれてやっていたが……?」という方はすみません! いっぱい好きです!!!!


第四十話

 職場体験、初日。

 

 朝の教室でヒーロー服の入ったケースを受け取り、駅で級友たちと別れた。電車を乗り継いで2時間。降り立った駅は、潮の匂いがした。

 

 海辺の小さな町だった。坂の多い道を下っていくと、視界がふいに開けて、昼前の陽を照り返す海が広がる。防波堤、係留された漁船、遠くに霞む水平線。

 

 そして、その水平線の少し手前。

 

 目を凝らせば、ぽつんと黒い点が見える。周囲に、豆粒みたいな巡視船が数隻。

 

 ──あれだ。

 

 3ヶ月間、海図の上でしか見てこなかったものが、今、現実の距離感を持って、そこにある。

 

「司令官」

 

 隣を歩く吹雪が、小さく袖を引いた。

 

「……見過ぎです」

 

「あ……ごめん」

 

 僕は視線を剥がして、坂の下へ足を進めた。初日から封鎖海域を凝視している研修生なんて、怪しいにも程がある。

 

 事務所は、港のすぐ脇にあった。

 

 古い2階建て。潮風にさらされて色の抜けた壁に、これまた年季の入った看板が掛かっている。

 

『海難救助 ライフライン事務所』

 

 大手事務所のような、ガラス張りのビルでも、ロゴの入った受付でもない。町の船具屋と言われたほうが、まだ納得できる佇まいだった。

 

 扉を開けると、鈴がからんと鳴った。

 

「──来たか」

 

 奥から出てきたのは、岩みたいな男の人だった。

 

 白髪まじりの短髪に、日に焼けて革みたいになった肌。がっしりした体格を、色褪せた作業着が包んでいる。ヒーローというより、遠洋帰りの漁師。それが、浮舟宗一郎さんの第一印象だった。

 

「雄英の、碧海鎮です。1週間、よろしくお願いします」

 

 頭を下げてから、付け加える。

 

「ヒーロー名は……『提督』と、名乗ることにしました」

 

 ライフラインさんの眉が、わずかに動いた。

 

「──提督、ときたか」

 

 その声に、揶揄する色はなかった。ただ、名乗った言葉の重さを、こちらの背丈で測るような響きがあった。

 

「船に乗る人間には、重てえ名前だ。……背負えるのか、その名前を」

 

「分かりません。……でも、これしか、しっくり来なかったので」

 

 ライフラインさんは、僕を上から下まで、値踏みするように見た。それから、僕の隣へ視線を移す。

 

 吹雪が、ぺこりとお辞儀をした。

 

「吹雪と申します。碧海司令官の……その、個性で生み出された、艦娘です。よろしくお願いいたします」

 

 ライフラインさんの目が、ほんの一拍、吹雪の上で止まった。

 

 セーラー服の少女を、じっと見る。

 

 心臓が、嫌な音を立てた。

 

「……ふん。テレビで見たとおりだな」

 

 けれどライフラインさんは、それだけ言って踵を返した。

 

「荷物は奥へ置け。着替えたら桟橋に来い。──もう1人、来てる」

 

「もう1人?」

 

「手伝いの嬢ちゃんだ。近頃、よく顔を出す」

 

「ヒーロー志望の方なんですか?」

 

「さあな。……海が好きだと言うんで、置いてやってる。そんだけだ」

 

 ずいぶんと大雑把な話だった。けれどこの人の人柄を思えば、身元を問い詰めるより先に、来る者は拒まないのだろう。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 着替えて桟橋へ出ると、真昼に近い光の中に、その子は立っていた。

 

 最初に目に入ったのは、白、だった。

 

 波打つ長い髪が、光を透かして真っ白に輝いている。肌も、抜けるように白い。染めたのでも、作り物めいたのでもない、生まれつきそうなのだと分かる白さだった。

 

 僕たちの足音に気づいて、その子が振り向く。

 

 目が、朱かった。

 

 血のように深い朱色の瞳が、まっすぐ僕を捉えて──それから、ぱっと明るく笑った。

 

「あ、来た来た! 雄英の子でしょ?」

 

 駆け寄ってくる足取りは軽い。同い年くらいの、僕より少し背の低い女の子だった。

 

「碧海鎮くん、だよね。体育祭、見たよ! 爆豪くんとの試合、すごかった! あの詰め将棋みたいな戦い方、鳥肌立っちゃった」

 

「あ……ありがとう。えっと……」

 

「朱地姫乃。歳は、たぶん碧海くんと同じくらい」

 

「たぶん?」

 

「あはは、細かいことはいいでしょ。──ここには時々、お手伝いに来てるの」

 

 どこの学校なのかも、彼女は言わなかった。初対面でそこまで踏み込んで聞くのも、なんだか気が引けた。

 

 朱地さんは、屈託なく手を差し出してきた。

 

 握手を交わす。ひんやりとした、細い手だった。

 

「よろしくね、碧海くん。それと──」

 

 朱地さんの朱い目が、僕の隣へ動く。

 

「吹雪ちゃん、だよね。体育祭で見た。よろしくね」

 

「……よろしく、お願いします」

 

 吹雪が、一拍遅れて頭を下げた。

 

 その声が、ほんの少しだけ硬かったことに、たぶん僕しか気づいていない。

 

「揃ったな」

 

 ライフラインさんが、桟橋の先から声を投げてきた。その足元には、係留された小型の救助艇と、訓練用らしい浮き輪やロープの山。

 

「1週間で、海難救助の基礎を叩き込む。……その前に、1つだけ聞いておく」

 

 ライフラインさんは、僕を正面から見据えた。

 

「なんで、うちを選んだ。大手の指名も、あっただろう」

 

 来た、と思った。

 

 用意していた答えを、僕は口にする。

 

「戦う技術は、学校でも学べます。でも、人を助ける技術は……特に海では、現場のプロからしか学べないと思ったので」

 

「ふん」

 

 ライフラインさんは、感心した様子もなく鼻を鳴らした。

 

「──嬢ちゃんは、どうする。今日も海に出るのか」

 

「はい! 見学させてください」

 

 朱地さんが、元気よく手を挙げる。

 

「勝手にしろ。……ただし、艇からは降りるな」

 

「はぁい」

 

 その気安いやり取りに、僕は少し驚いた。この人は、彼女の素性を知らないまま、こうして受け入れているのか。

 

「変わり者だな、お前さんたちは。揃いも揃って」

 

 ライフラインさんは、そう言って踵を返した。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 午前中は、座学と基礎訓練だった。

 

 離岸流の見分け方。溺者への接近角度。パニックを起こした人間が、どれほどの力で救助者にしがみついてくるか。

 

「いいか。海で人を助けるのに、一番大事なことを教える」

 

 ライフラインさんは、僕たちの前に仁王立ちして言った。

 

「自分が死なないことだ」

 

 拍子抜けするほど、単純な言葉だった。

 

「助けに行った奴が沈めば、死体が2つに増えるだけだ。どんなに目の前で人が溺れていても、自分の安全を確保できないなら、飛び込むな。冷たいと思うか? ……それでも、生きて戻った奴だけが、次の1人を助けられる」

 

 重い言葉だった。30年、海で人を救い続けてきた人の言葉だ。

 

「浮舟さんの個性なら、沈まないんじゃないんですか?」

 

 朱地さんが、小首を傾げて聞いた。

 

「見せたほうが早いな」

 

 ライフラインさんは桟橋の端へ歩くと、海中に半ば沈んでいた古いドラム缶に、無造作に手を触れた。

 

 次の瞬間、錆びたドラム缶が、ぽん、と音を立てそうな軽やかさで海面に飛び出し、ぷかぷかと浮かんだ。

 

「個性『浮力操作』。触れたものの浮力を、上げるか、下げるか。それだけだ」

 

 ライフラインさんは、浮かんだドラム缶を眺めながら続けた。

 

「派手じゃない。敵は倒せん。だがな、海の上じゃあ、沈まないことが何よりの武器になる。……もっとも」

 

 その目が、ふっと遠くなった。

 

「万能じゃない。俺が触れなきゃ、意味がないんでな。手の届かんところで沈んでいく船を、見送ったことも……一度や二度じゃない」

 

 桟橋に、波の音だけが響いた。

 

 この人の30年に、どれだけの重さが詰まっているのか。僕には、まだ想像もつかなかった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 昼休み。防波堤に並んで座って、持参した弁当を広げた。

 

 朱地さんは、コンビニのパンをかじりながら、楽しそうに海を眺めている。

 

「ねえ、碧海くん。あの黒いの、気にならない?」

 

 どきりとした。

 

 彼女の指が差していたのは、水平線の手前──あの要塞だった。

 

「……封鎖されてる、例の構造物?」

 

「そう。3ヶ月前に大騒ぎになったやつ。正体不明の海上要塞。今は公安が調べてるんだって。……ふふ、気にならない? あの中がどうなってるのか」

 

「そりゃ、まあ……気にはなるけど」

 

 声が上ずらないよう、細心の注意を払った。

 

「でも、封鎖海域だから。近づけないよ」

 

「そうだよねー。残念」

 

 朱地さんは、あっさり引き下がって、パンの続きをかじった。

 

 ……偶然、だよな。この町に来れば、誰だってあれの話はする。

 

「それにしても、吹雪ちゃんって面白いよね」

 

 朱地さんが、僕の反対隣に座る吹雪を覗き込んだ。

 

「ごはんも食べるんだ? 個性で生み出された存在なのに」

 

「はい。皆さんと同じように食事もしますし、眠りもします。……その、司令官のご飯を毎日いただいていると、少し申し訳なくなるくらいには」

 

「あはは、なにそれ。遠慮してるんだ? かわいい」

 

 朱地さんは、それ以上は突っ込んでこなかった。艦娘という存在に、驚くでも、気味悪がるでもなく、まるで──当たり前のものを見るような、自然な受け止め方だった。

 

 変な子だな、と思った。でも、嫌な感じはしなかった。

 

「朱地さんは、どうして海の手伝いなんて?」

 

 何気なく聞くと、彼女はパンをかじる手を止めて、水平線を見た。

 

「んー……。海のことなら、何でも知りたいの」

 

 朱い目が、細められる。

 

「海の上のことも、海の中のことも」

 

 少しだけ、間があった。

 

「──海の底のことも、全部」

 

 潮騒が、その言葉を攫っていった。

 

 海のことになると目を輝かせて、離岸流の話でも浮力の話でも、専門書みたいな知識がすらすら出てくる。ライフラインさんの技術談義に、ついていけているのは彼女のほうだった。話していて、素直に面白い。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 午後は、湾内での実技だった。

 

 救助艇からの要救助者へのアプローチ。訓練用のダミー人形を海に投げ込み、いかに早く、安全に確保するか。

 

 僕と吹雪の番は、正直、危なげなく終わった。吹雪が海面を滑ってダミーを確保し、僕が艇上から回収経路を指示する。いつもの連携だ。

 

「ふん。……手際はいい。だが碧海、お前さんは指示が細かすぎる。現場じゃ、細かい指示が届く前に人は沈む。相棒を信じて、任せることを覚えろ」

 

「……はい」

 

 的確な指摘だった。この人は、僕たちの連携を一目で見抜いている。

 

 2体目のダミーが、少し離れた場所に投げ込まれる。潮に乗って、じわじわと沖へ流されていく。

 

「吹雪、右へ回り込んで。岩場に取られる前に」

 

「はい」

 

 吹雪が海面を蹴った。白い航跡が弧を描き、流れの先へ先回りして、ダミーを掬い上げる。艇へ戻るまで、十秒とかからなかった。

 

「……ふん。今度は指示が減ったな」

 

「はい。任せたほうが、速いので」

 

 ライフラインさんは、それ以上何も言わなかった。ただ、小さく頷いた。

 

 ふと、視線を感じた。

 

 艇の縁に腰かけた朱地さんが、足をぶらぶらさせながら、僕たちの連携をじっと見ていた。得意げでも、感心しているのでもない。もっと静かな目だった。

 

 吹雪がどう動くか。僕がいつ声を出し、いつ黙るか。その一つ一つを、目で追っている。

 

「朱地さん?」

 

「……あ。ごめんね、つい見ちゃった」

 

 彼女は、ぱっといつもの笑顔に戻った。

 

「碧海くんと吹雪ちゃん、息ぴったりだね。言葉、ほとんど要らないんだ」

 

「そう、かな。……もう3ヶ月、一緒にいるから」

 

「いいなあ、それ」

 

 朱い目が、水平線のほうへ流れた。

 

「息を合わせるって、どうやるんだろうね。……ずっと一人だと、分かんないや」

 

 その一言が、やけに寂しく響いた気がして。

 

 けれど彼女は、すぐに「なんてね」と笑って、次のダミーが投げ込まれる海面へ視線を戻した。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 その日の夜。宿舎に借りた民宿の部屋で、吹雪は窓の外を見ていた。

 

 夜の海は、暗い。月明かりが、波頭を細く銀色に縁取っている。

 

「吹雪? もう寝る時間だよ」

 

「……はい」

 

 返事はあったのに、彼女は動かなかった。

 

 珍しいこともあるものだ。僕は布団から半身を起こした。

 

「どうかした?」

 

「……いえ」

 

 吹雪は、窓の外を見たまま、ぽつりと言った。

 

「朱地さんのこと、どう思われますか」

 

「え? ……いい子だと思うけど。海に詳しくて、話も面白いし」

 

「……そう、ですよね」

 

 吹雪は、小さく頷いた。

 

「明るくて、素敵な方だと思います。私も、そう思うんです。……思うのに」

 

 言葉が、途切れた。

 

 振り向いた彼女は、いつもの吹雪だった。にこりと笑って、「なんでもありません。おやすみなさい、司令官」と、自分の布団に潜り込んだ。

 

 僕は少しの間、彼女の背中を見ていた。

 

 聞き返すことも、できた。でも、本人が言葉にしなかったものを、無理に引き出すべきじゃない気がした。

 

 灯りを消す。

 

 波の音が、夜の底で規則正しく繰り返している。

 

 明日から、本格的な実習が始まる。海に出れば、あの要塞にも、少しは近づけるかもしれない。

 

 僕は目を閉じて、明日の潮の時刻を頭の中で数えた。

 

 隣の布団から、衣擦れの音がした。何度目かの、寝返りの音だった。

 




感想、評価などいただけると励みになります。一言、「面白かった!」だけでもいいのでぜひぜひよろしくお願いします。

「自分の推し艦登場してないんだけど~?」という方は、活動報告(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=334480&uid=441935)の方でまだまだ募集中です。よろしくお願いします。

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