お久しぶりです。月一投稿しようとしてから結局出来ない、そんな私です。
ぼちぼち秋刀魚漁の時期ですね。曙が大はしゃぎするんだろうな。
かなりえずきさん、深海提督さん、感想ありがとうございます。
ざーこ♡ざーこ♡さん、評価10ありがとうございます。
以前感想にて指摘されていた、「作者の都合が透けて見えてしまった」という点についてですが、体育祭前日の話に加筆し、ある程度整合性が取れるようにしました。今更この小説の評価が覆るわけではないですが、自分自身納得いっていなかったので修正いたしました。
実習3日目の午前中は、湾の中に浮きを流して潮の筋を記録する、という地味な作業から始まった。
「ライフラインさん。浮きのいくつかに、重りをつけてもいいですか。半分くらい沈むように」
工具箱から重りを探しながら聞くと、舵の傍にいたライフラインさんが、面倒くさそうに振り返った。
「何のためだ」
「昨日、色で覚えた海は地図と同じだと言われたので。水面の浮きで分かるのは水面の流れだけですよね。その下も同じ向きに流れているのか、確かめたくて」
ライフラインさんは少しのあいだ僕の顔を見て、それから顎で工具箱を示した。
「好きにしろ。浮きは安くねえ。なくすなよ」
「はい」
「回収は私に任せてください、司令官! 一つ残らず拾ってきます!」
吹雪が、なぜか僕より張り切っていた。昨日から朱地さんが僕の隣で海の話をするたびに、吹雪はこういう顔をする。何か対抗しているらしいのだけど、何に対抗しているのかは、正直よく分からない。
「面白いこと考えるね、碧海くん」
舳先の陰で膝を抱えていた朱地さんが、楽しそうに言った。
軽い浮きと、重りをつけた浮き。同じ場所から同時に放したのに、湾の出口の手前まで来たところで、二つははっきり別々の方角へ分かれていった。軽いほうは出口へまっすぐ。重いほうは、北の岩場へ撚れるように曲がっていく。
表面と下で、流れが逆になっている場所がある。記録用紙に矢印を二本書き込んで、その食い違いを眺めていた時、船室の無線が鳴った。
受話器を取ったライフラインさんの横顔が、二言、三言で硬くなるのが分かった。
「北の防波堤で釣り人が落ちた。沖へ流されてる。出すぞ、全員掴まってろ」
返事をする前に、エンジンが吼えた。
手すりにしがみつきながら、僕は頭の中で海図を開いた。北の防波堤。その先は湾の出口で、出口を抜ければ外海だ。
「落ちてから、どれくらいですか」
「通報まで10分、そこから5分で15分だ。救命胴衣は着てたらしいが、この時期の海はまだ冷てえ。浮いてても、体力のほうが先に尽きる」
吹雪はもう艤装を出す準備に入っていて、朱地さんは舳先の陰で身を低くし、手すりを掴んでいた。
防波堤の先端では、竿を放り出した年配の男性が、身を乗り出すようにしてこちらに手を振っていた。
「こっちだ! あの赤いブイの手前で落ちたんだ! さっきまで頭が見えてたんだよ!」
赤いブイの周りには、凪いだ海面が昼の光を返しているだけで、何もなかった。
艇がその一帯をゆっくり回り、吹雪が海面に降りて走り回る。けれど、すぐに戻ってきた彼女は首を振った。
「見当たりません。この辺りには、いないです」
「北だ」
ライフラインさんは、迷わず舵を切った。
「吹雪の嬢ちゃん、北の岩場の外を回れ。艇もすぐ行く」
「はいっ!」
吹雪が海面を蹴って、白い航跡があっという間に岩場の向こうへ消えていく。
北? 表面の流れは、出口へ向かっているはずなのに。そう思ってから、僕は手の中の記録用紙を見下ろした。
重りをつけた浮きは、北の岩場へ曲がっていった。救命胴衣を着ていても、人の身体はほとんどが水の下にある。水面を滑る軽い浮きより、半分沈んだ重い浮きのほうに、ずっと近い。
僕が紙の上でようやく辿り着いたことを、この人は振り返りもせずに決めていた。
15分がもう20分になろうとしていた。手すりを握る指に、変な力が入っているのが自分でも分かった。
『いました! 岩場の外、クーラーボックスに掴まってます! 意識あります!』
無線から吹雪の声が飛び込んできて、僕はようやく息を吐いた。
艇が岩場を回り込むと、吹雪が中年の男性を背中側から支えて、顔を水面に出させていた。正面から抱きつかれないように後ろへ回る、初日に教わった通りの確保だ。
ライフラインさんが艇を寄せて男性の肩に手を置くと、水を吸って重くなっていたはずの身体が、ふわりと浮き上がった。僕と吹雪で両側から腕を取ると、拍子抜けするくらい軽く甲板に上がった。
「大丈夫だ、もう沈まねえ。よく掴まってたな」
震える男性に毛布をかけながら、ライフラインさんはぶっきらぼうに言った。
港へ戻るあいだ、朱地さんは男性の背中をさすりながら、艇の縁に上がってきた吹雪に笑いかけた。
「吹雪ちゃん、さっきの、すごかったね。あんな速さで岩場を回れるの、初めて見た」
「ありがとうございます。浮舟さんのご指示が早かったので」
吹雪はそれだけ言うと、男性の肩からずり落ちかけた毛布を、黙って掛け直した。
男性は救急車で運ばれていった。低体温の一歩手前だったけれど、命に別状はないらしい。
事務所の前で、ライフラインさんが僕を呼び止めた。
「碧海。さっき、なんで北だったか分かるか」
「……救命胴衣を着ていても、身体の大半は水の下だからです。表面じゃなくて、下の流れに持っていかれる。今朝、重りをつけた浮きが北へ曲がったのと同じだと思います」
「ふん」
ライフラインさんは僕の手から皺だらけの記録用紙を取って、しばらく黙って眺めていた。
「あの出口の手前は、上と下で潮が逆になる。この辺の漁師なら誰でも知ってることだ。だが、浮きで確かめた研修生は初めて見た」
紙が、僕の胸に押し返された。
「中の海図に書き写しとけ。日付と、潮の時刻もだ」
事務所の壁に貼られた海図は、30年分の書き込みでほとんど真っ黒だった。鉛筆の線、色の褪せた赤い印、消しては書き直した跡。どこに書けばいいのか本気で迷って、ようやく見つけた余白に、僕は今朝の矢印を二本書き足した。
覗き込んだ吹雪が、自分のことみたいに嬉しそうな顔をしていた。
昼過ぎ、さっきの男性の釣り仲間だという人が、クーラーボックスを抱えて事務所に来た。中身は氷と、ぎっしり詰まったアジとカサゴだった。
「いらねえよ。仕事だ」
「そう言わずに。あいつ、浮舟さんに拾ってもらうの二度目なんですよ。今度こそ礼をしてこいって、嫁さんに尻を叩かれまして」
「……二度目かよ。釣りやめろって言っとけ」
押し問答は5分くらい続いて、結局ライフラインさんが負けた。負けたあとの動きは早くて、裏の流しで手際よく魚をさばき、事務所の古いコンロで塩焼きにしてくれた。
「うまっ……!」
思わず声が出た。焼きたてのアジは、皮がぱりぱりで、身がふっくらしていて、学食の焼き魚とは別の食べ物だった。
「司令官、こちらのカサゴも絶品です! 朱地さんも、どうぞ」
「あ、私はいいや。さっきお昼食べたばっかりで、お腹いっぱいなの」
朱地さんはひらひらと手を振った。吹雪は「そうですか」と皿を引っ込めて、行き場のなくなったカサゴを、しばらくじっと見つめていた。
それから、ちらりと僕のほうを見て、ライフラインさんのほうを見て、誰もこっちを見ていないのを確かめるみたいにして、そっと箸を伸ばした。朱地さんの分だったカサゴが、音も立てずに吹雪の皿へ移っていく。
本人は、うまくやったつもりらしかった。
「吹雪ちゃん、見てたよー」
朱地さんが、頬杖をついたままにやにやと言った。吹雪の箸がぴたりと止まる。
「……こ、これは、その。冷めてしまうのはもったいないので」
「うんうん、もったいないよねえ」
吹雪は耳まで赤くなって、それでもカサゴは返さなかった。
僕は笑いをこらえながら、ライフラインさんにもう一匹頼んだ。
「自分で焼け」
そう言いながら、ライフラインさんはもう次のアジを網に載せていた。
夕方、ライフラインさんが薬缶でお茶を淹れてくれた。
欠けた湯呑みが4つ、無造作にテーブルに並ぶ。壁には古い写真が何枚も貼ってあって、救助艇の進水式や色褪せた表彰状に混じって、1枚だけ夜の海の写真があった。ぶれた画面の奥に、炎みたいな光が滲んでいる。
「浮舟さん。この写真って、もしかして、あの要塞の夜のですか?」
朱地さんが何気ない調子で聞いた。
湯呑みを持つ手が止まりそうになって、慌てて口をつけた。僕は何も知らない研修生だ。そういう顔をしていなければいけない。
「……ああ。報道の連中が置いてった写真だ。捨てそびれてな」
「ニュースで、浮舟さんの名前を見ました。どんな夜だったんですか?」
断るだろうと思った。けれどライフラインさんは、お茶を一口すすってから、ぽつりぽつりと話し始めた。
「去年の夏だ。沖に出てきた正体不明の構造物に仕掛けるってんで、腕っぷしのいいプロが何人も集められた。俺は落ちた奴を拾う救助要員だ。報道のヘリまで飛んで、生中継までしてやがった」
知っている。あの夜、僕は納屋の小さなテレビで中継を見ながら、妖精たちが作ってくれた無線機を握りしめていた。
「仕掛けてみりゃ地獄だった。撃っても砕いても黒い靄みてえなもんが湧いて、元に戻りやがる。そのうち黒い船みてえなのが何隻も出てきて、応戦した連中が次々海に叩き落とされた。俺は、落ちてくる奴を片っ端から浮かせた。それしかできねえからな」
ライフラインさんはそこで一度、言葉を切った。
「だが、囲まれた。黒いのがじわじわ輪を狭めてきて、30年海にいて初めて、ここまでかと思った。……その時だ。海が光った」
隣で、吹雪の肩がほんの少しだけ揺れた。
「雷が海面を走ったのかと思った。囲んでた黒い船が1隻、また1隻と吹っ飛んでいく。月明かりの中で、一瞬だけ見えた。白い航跡の先に、人が立ってたんだ。海の上に」
ライフラインさんは湯呑みの中に目を落としたまま続けた。
「セーラー服の、小さい嬢ちゃんだった」
僕の湯呑みの中で、お茶が小さく波を立てた。落ち着け、と自分に言い聞かせる。ここで顔に出したら、全部台無しだ。
「気づいたら囲みは解けてて、嬢ちゃんの姿もなかった。夢でも見たかと皆で言い合ったが、俺はこうして生きてる」
「その子が誰なのかは、分からないんですか」
朱地さんが聞いた。
「分からん。公安が探してるらしいが、何も出てこねえ。世間じゃ『海の幽霊』なんて呼んでるが、幽霊なもんか。生きた人間の目をしてた」
ライフラインさんは湯呑みを置いて、頭をがりがりと掻いた。
「礼も言えてねえんだ。情けねえ話だ」
ここにいます、と言いたかった。あなたを助けたのはこの子です、と。
でも、言えば海の幽霊と僕が繋がって、僕と、あの要塞が繋がる。艦娘のことも、僕が本当は無個性だということも、全部が芋づる式に出てくる。だから僕は、黙ってお茶を飲むしかなかった。
「……嬢ちゃん」
ライフラインさんが、湯呑み越しに吹雪を見ていた。
「今日、岩場の外を回った時の足。訓練の時とは、まるで違ったな」
「……はい」
「体育祭のテレビで見た時から、似てるとは思ってた。だが今日のは、あの晩見たのと同じ速さだった」
吹雪の背筋が、ぴんと伸びた。
ライフラインさんは何か言いかけて、口を閉じた。それから吹雪の前へ、湯呑みを押しやった。
「冷めるぞ。飲め」
「……いただきます」
吹雪は両手で湯呑みを包んで、黙ってお茶を飲んだ。
その夜、民宿の部屋で、窓辺で髪を梳かしている吹雪に聞いた。
「今日、つらくなかった? 本当のことを、言いたくならなかった?」
「いいえ」
吹雪は迷わずに答えた。
「あの夜、私が海を渡れたのは、司令官が経路と離脱の時を決めてくださったからです。あれは私一人の手柄じゃなくて、艦隊の戦果です。私だけが名乗り出てお礼をいただくのは、違うと思うんです」
それに、と吹雪は少し笑った。
「お礼なら、もう美味しいお魚をいただきましたし」
「そうだね。あれは美味しかった」
吹雪は嬉しそうに頷いて、髪を梳かす手を再開した。
「おやすみなさい、司令官」
「うん。おやすみ」
灯りが消えた。
◇ ◆ ◇
眠れなかった。
浮舟さんのことは平気だった。司令官に申し上げたことは全部本心で、あの方が今日も海に出ていらっしゃるのなら、それでいい。
眠れないのは、お昼のことだった。
防波堤の先で、私が見当違いの海を走り回って、何も見つけられずに艇へ戻った時。司令官はまだ記録用紙を見ていて、浮舟さんは舵に手をかけたまま、海面の様子を確かめていた。
あの時、朱地さんは浮舟さんより先に、北の岩場のほうを見ていた気がする。
朝の浮きを、朱地さんも見ていたのだと思う。海に詳しい方だから、浮舟さんと同じことに少し早く気づいただけ。それだけのことで、何もおかしくはない。
分かっているのに、胸の奥がざわざわして止まらない。
昨日、艇の上で司令官の隣に座って、海の話をして笑っていたのは朱地さんだった。私だって海のことなら分かるのに。私は、船なのに。
だからきっと、私は朱地さんに妬いているのだ。妬いているから、北の岩場を見ていただけの横顔まで、何か意味があるように思えてしまう。
布団を頭までかぶって、私は決めた。明日の朝は、私から先に朱地さんにおはようございますを言おう。ちゃんと笑って言おう。
そう決めてからも、しばらくは眠れなかった。
感想、評価などいただけると励みになります。一言、「面白かった!」だけでもいいのでぜひぜひよろしくお願いします。
「自分の推し艦登場してないんだけど~?」という方は、活動報告(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=334480&uid=441935)の方でまだまだ募集中です。よろしくお願いします。
ちなみに近々新しい艦娘を追加予定です。
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両方知らない
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両方知っている