無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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レポートに一生苦しんでる私です。クソわよ。
レポート書いてる暇があるなら小説書きたいですわよ。

シロマサさん、感想ありがとうございます。とても励みになります。


第四十六話

 職場体験明けの月曜日、1年A組の教室は朝からうるさかった。

 

「ちょっ……待って、無理、腹痛え……!」

 

「爆豪お前、その頭……!」

 

 切島くんと瀬呂くんが、机に突っ伏して肩を震わせている。その視線の先にいる爆豪くんの髪が、なぜか几帳面な8対2に分けられて、ぴっちりと撫でつけられていた。

 

「笑うんじゃねえ!! クセついて洗っても戻らねえんだよ! ぶっ殺すぞ!!」

 

 怒鳴った勢いで、爆豪くんの髪がぼんっと元の爆発頭に戻った。それを見て、切島くんと瀬呂くんがまた崩れ落ちる。

 

「司令官、あれは……どういう個性なんでしょう」

 

「たぶん個性じゃないと思うよ、吹雪」

 

 隣の席の吹雪は、本気で首を傾げていた。

 

「碧海ちゃん、吹雪ちゃん。おはよう、ケロ」

 

 蛙吹さんが、ぺたぺたと僕たちの席まで来た。

 

「碧海ちゃんも海のほうの事務所だったんでしょ? 私もなの。船に乗って、毎日海の上だったわ」

 

「うん。海難救助の事務所だった。……こっちは、ちょっと早めに終わっちゃったんだけど」

 

「知ってるわ。うちの所長さんが話してたもの。近くの海で、救助のヒーローさんが大怪我したって。ライフラインさんって方」

 

 心臓が一つ余計に打った。業界の中では、もう話が回っているらしい。

 

「うん。その人のところだったんだ」

 

「碧海ちゃんは、怪我してない? 吹雪ちゃんも」

 

「僕は平気」

 

「私も、大丈夫です」

 

 蛙吹さんは大きな目で、僕と吹雪の顔を順番に見た。

 

「碧海ちゃん、何か隠してる顔してるわ」

 

 思ったことを、そのまま言う人なのだ。蛙吹さんは。

 

「……そんなに分かりやすい?」

 

「ケロ。でも、言いたくないなら、いいの。言いたくなったら、聞くわ」

 

 それだけ言って、蛙吹さんは自分の席に戻っていった。僕は、知らないうちに詰めていた息を、そっと吐いた。

 

 教室の後ろでは、緑谷くんと飯田くん、それに轟くんの三人が、どこかしらに包帯や絆創膏を貼っていた。

 

 職場体験の途中のある夜、寝る前にスマホを見たら、緑谷くんから一件だけメッセージが届いていた。文章は何もなくて、地図の位置情報だけ。何のことか分からないまま、次の日のニュースで保須市の事件を知った。ヒーロー殺しが捕まって、エンデヴァーのお手柄だと報じられていた。

 

「緑谷くん。あの位置情報って、何だったの?」

 

 声をかけると、緑谷くんは分かりやすく肩を跳ねさせた。

 

「えっ!? あ、あれは、その……ま、間違えて送っちゃって! ごめんね、びっくりさせて!」

 

「……緑谷くん」

 

 隣の飯田くんが、包帯の巻かれた腕を気にしながら、何とも言えない顔で緑谷くんを見ていた。轟くんは窓の外を見たまま、何も言わなかった。

 

「そっか。ならいいんだ」

 

 それ以上は聞かなかった。聞かれたくないことがあるのは、僕も同じだった。

 

 昼休みに、相澤先生に呼び出された。

 

 職員室の隣の小さな部屋で、先生は保安庁から届いた照会の書類を、いつもの眠そうな声で読み上げた。待機指示の無視と、現場での個性使用、それに戦闘行為。間違いはないか、と聞かれて、ありません、と答えた。

 

「事務所の所長の証言だと、出動はあの人の指示だったそうだ。お前は監督者の指示に従った研修生、ってことになる」

 

「……え」

 

「そういうことになってる」

 

 先生は、書類から目を上げなかった。

 

「処分は厳重注意。全員死んでてもおかしくなかった。次は除籍だ」

 

「……はい」

 

 来るな、と言われたのを、僕は確かに覚えている。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 その週の土曜日、僕と吹雪は、海辺の町の総合病院にお見舞いに行った。

 

「くたばりゃしねえよ。背中を裂かれたのなんざ、初めてでもねえ」

 

 お加減はいかがですか、と聞いた僕に、ライフラインさんはベッドの上で鼻を鳴らした。入院着の襟元から包帯が覗いていて、顔色もまだよくない。それでも、声だけは事務所で聞いていたのと同じだった。

 

「座れ。あの3人はな、全員退院した。礼を言いに来やがって、俺の顔見て泣きやがったから、年寄りの前で泣くんじゃねえと怒鳴っといた」

 

「それ、病院で怒鳴ったんですか」

 

「看護師に怒られた」

 

 吹雪が口元を押さえて笑った。

 

「碧海。あの海に、何がいたと思う」

 

 窓の外の海を見たまま、ライフラインさんが聞いた。

 

「……未確認の、大型生物だと」

 

「保安庁に言った話は聞いた。俺が聞いてるのは、お前さんの考えだ」

 

 言えるはずがなかった。深海棲艦のことも、中枢棲姫のことも。言っても信じてもらえないだろうし、もし信じてもらえたら、この人はきっとまた一人で海に出る。

 

「分かりません」

 

 ライフラインさんは、ふん、と短く息を吐いただけだった。

 

「……あの白い嬢ちゃんは、どうした」

 

「あれから、見ていません」

 

「保安庁が探したが、見つからなかったそうだな。去年の暮れあたりから、ふらっと顔を出すようになったんだ。海が好きだと言うから置いてやってた。学校はどうしたって聞いても、笑ってはぐらかしやがる。それ以上は聞かなかった俺も俺だ」

 

 ライフラインさんは、海のほうを見たままだった。

 

「妙な嬢ちゃんだった。あの子の結ぶもやいはな、本で覚えた結び方じゃなかった。何十年も船に乗ってきた奴の手だった」

 

 それきり、その話は終わった。

 

「相澤先生から、聞きました」

 

 僕は言った。

 

「出動は、ライフラインさんの指示だったって。でも僕たちは、来るなって言われて──」

 

「意識が朦朧としてたんでな。何を言ったか、よく覚えてねえ」

 

 そこで初めて、ライフラインさんは僕のほうを見た。

 

「受け入れた研修生の始末をつけるのは、受け入れた事務所の仕事だ。お前さんが気に病むことじゃねえ」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 それしか言えなくて、僕は深く頭を下げた。

 

「……嬢ちゃん」

 

 ライフラインさんは吹雪のほうを見ずに、窓の外に向かって言った。

 

「あの晩は、ありがとよ」

 

 あの夜のことも、海の上を走るその足のことも、それ以上は何も聞かなかった。

 

 吹雪はぱっと立ち上がって、深く頭を下げた。

 

「……生きていてくださって、よかったです」

 

 顔を上げた吹雪は泣きそうな顔をしていたけれど、それでもちゃんと笑っていた。

 

 ライフラインさんはこちらを向いて、少し目を見開いて、それから、くしゃりと顔を歪めた。

 

「……敵わねえな」

 

 帰り際、扉に手をかけたところで呼び止められた。

 

「碧海。……いや、提督、だったか」

 

 振り返ると、ライフラインさんはベッドの上で腕を組んで、僕を真正面から見ていた。

 

「初日に聞いたな。その名前を背負えるのか、と。お前さんは分からないと言った。今も、分からんか」

 

 あの海の上で、僕は何もできなかった。加賀さんの矢も吹雪の砲も通じない相手を前にして、残りの弾を数えていただけだ。

 

「……分かりません」

 

「そうか」

 

 ライフラインさんは天井を見上げて、しばらく黙っていた。

 

「名前ってのは……なんだ。つけた時は、似合わねえもんだ。俺も『ライフライン』なんてご大層な名前をつけて、最初の年に、目の前で3人沈めた。名前負けもいいとこだ。それでも辞めなかったのは、まあ……」

 

 そこで言葉を探すように口を動かして、結局、面倒くさそうに手を振った。

 

「……まあいい。行け。次があるんだろう」

 

「はい」

 

「またいつでも来い、提督。茶ぐらいは出してやる」

 

 ◇ ◆ ◇

 

 その夜、家のリビングのテーブルに海図を広げた。要塞の位置には赤い印が打ってある。

 

 あの日のことは、帰った夜に一通り話してあった。今夜付け足したのは、病室でのことと、帰った夜には言いそびれていた、保安庁の聴取の最後に一言だけ喋った背広の男の人のことだ。

 

「公安でしょうね」

 

 加賀さんがあっさりと言った。

 

「去年の中継の写真を持って、海の上を走れるのかと聞いたのなら、あの夜を調べている人間です。一年近く経って、ようやく仕事を思い出した……ように見せているだけでしょうね。体育祭で吹雪が全国に映った時点で、とうに目をつけていたはずです。泳がせていたのでしょう」

 

「いずれ来ることだった。来たというだけだ」

 

 長門は腕を組んだまま、海図の赤い印に目を落とした。

 

「問題は、そちらだ。姫級が知恵を持ち、人の姿で、提督の隣に5日もいた」

 

「勝ち目は、あるクマ?」

 

 球磨が湯呑みを置いて聞いた。誰も、答えなかった。

 

「……戦力を、増やさないといけない」

 

 僕は言った。

 

「今の4隻じゃ、全然足りない」

 

「では、提督。艤装の欠片は、どこに?」

 

 加賀さんに聞かれて、言葉に詰まった。

 

 今までの4つの欠片は、どれも向こうから来た。納屋の床下にあったり、妖精たちが運んできたり、入試の会場で地面から転がり出てきたり。自分で探しに行ったことは、一度もない。

 

 いや、一度だけ、違う時があった。

 

 USJの水難ゾーンで、沈みかけた船の底から、何かに呼ばれた気がしたのだ。埃っぽい船倉の奥で、ただの鉄屑にしか見えないものが、確かに僕を呼んでいた。

 

「USJの時は、聞こえたんだ。欠片の声みたいなものが」

 

「球磨の時クマね。あれは提督が見つけたクマ。球磨は、呼ばれて起きただけクマ」

 

 球磨がなぜか得意そうに言った。

 

「近くにあったから、聞こえたのでしょう」

 

 加賀さんが海図の上に指を置いた。

 

「なら、近くまで行けばいい。深海棲艦が多く出る海は、かつて多くが沈んだ海です。欠片の眠る海と、きっと重なります。探すのはあなたです、提督。私たちには、その声が聞こえないのですから」

 

 探す、と言われても、どこから手をつければいいのか。テーブルの海図には、要塞の赤い印が一つと、この数日で書き込んだ線が何本かあるだけだった。

 

 そこで、あの事務所の壁を思い出した。30年分の書き込みで真っ黒になった海図。遭難の印、沈んだ船の印、潮の渦巻き。

 

「……ライフラインさんの事務所に、海図がある」

 

 僕は言った。

 

「30年分の遭難と沈没の記録が、全部書き込んである。どこで船が沈みやすいのか、どこで人が帰ってこなかったのか」

 

「使えますね」

 

 加賀さんが頷いた。

 

「ただ、頼み方は選んでください。あの方は、理由も聞かずに貸してくれるような人ではないでしょう」

 

 それはそうだ。話せることと話せないことを、ちゃんと考えておかないといけない。

 

 海図を見下ろしているうちに、あの子の声が耳の奥で鳴った。なのに、あの子たちは碧海くんを信じてる。ねえ、なんで。

 

「ねえ」

 

 気づいたら、口に出していた。

 

「みんなは、どうして僕についてきてくれるの。僕は海の上で何もできないし、今だって、欠片の探し方すら人の海図頼みだ。あの子に聞かれて、僕は答えられなかった」

 

「愚問だ」

 

 長門の声は静かだったけれど、テーブルの上で、拳が硬く握られていた。

 

「あなたは、私たちを何だと思っている。あの姫の足元で頭を垂れていた群れと、同じか」

 

 息を呑んだ。長門は、それ以上何も言わなかった。

 

「球磨は、提督のご飯がおいしいからクマ」

 

 張り詰めた空気をあっさり破ったのは、球磨だった。

 

「球磨」

 

「冗談クマ。半分くらいは」

 

 長門がこめかみを押さえて溜め息をつき、加賀さんは黙って立ち上がって、台所でお茶を淹れ直し始めた。急須にお湯を注ぐ音が、リビングまで聞こえてくる。

 

「司令官」

 

 隣で、吹雪が口を開いた。

 

「私は、建造された時から分かってたんです。この人が私の司令官だって。理由は、うまく言えません。でも、司令官は司令官です」

 

「私は、少し違いますけれど」

 

 台所から、加賀さんの声がした。湯呑みを五つ載せたお盆を持って戻ってきて、僕の前に一つ置く。

 

「最初は、私も吹雪と同じでした。でも今は、それだけではありません。あなたと一緒に過ごしてきて、この人についていこうと、自分で決めたんです」

 

 加賀さんは、吹雪の前にも湯呑みを一つ置いた。

 

「……はい。私も、です」

 

 吹雪が少し照れたように笑って、湯呑みを両手で受け取った。球磨が「球磨だって、ご飯だけが理由じゃないクマよ」と口を尖らせて、長門に「分かっている」と頭を撫でられていた。僕は、自分でも気づかないうちに笑っていた。

 

「……やってみる。欠片を、自分で探しに行く。あの子と戦う日が来る前に」

 

 長門が短く頷いて、球磨が「それでこそ提督クマ」と笑った。吹雪は何も言わずに、僕の手の甲に、そっと自分の手を重ねた。

 

 来週の土曜日、もう一度あの町へ行こう。病室に持っていくなら、手土産は何がいいだろう。あの人は、甘いものを食べるだろうか。

 

「おせんべいがいいと思います。しょっぱいほうの」

 

 まだ何も言っていないのに、吹雪が言った。

 




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