レポート書いてる暇があるなら小説書きたいですわよ。
シロマサさん、感想ありがとうございます。とても励みになります。
職場体験明けの月曜日、1年A組の教室は朝からうるさかった。
「ちょっ……待って、無理、腹痛え……!」
「爆豪お前、その頭……!」
切島くんと瀬呂くんが、机に突っ伏して肩を震わせている。その視線の先にいる爆豪くんの髪が、なぜか几帳面な8対2に分けられて、ぴっちりと撫でつけられていた。
「笑うんじゃねえ!! クセついて洗っても戻らねえんだよ! ぶっ殺すぞ!!」
怒鳴った勢いで、爆豪くんの髪がぼんっと元の爆発頭に戻った。それを見て、切島くんと瀬呂くんがまた崩れ落ちる。
「司令官、あれは……どういう個性なんでしょう」
「たぶん個性じゃないと思うよ、吹雪」
隣の席の吹雪は、本気で首を傾げていた。
「碧海ちゃん、吹雪ちゃん。おはよう、ケロ」
蛙吹さんが、ぺたぺたと僕たちの席まで来た。
「碧海ちゃんも海のほうの事務所だったんでしょ? 私もなの。船に乗って、毎日海の上だったわ」
「うん。海難救助の事務所だった。……こっちは、ちょっと早めに終わっちゃったんだけど」
「知ってるわ。うちの所長さんが話してたもの。近くの海で、救助のヒーローさんが大怪我したって。ライフラインさんって方」
心臓が一つ余計に打った。業界の中では、もう話が回っているらしい。
「うん。その人のところだったんだ」
「碧海ちゃんは、怪我してない? 吹雪ちゃんも」
「僕は平気」
「私も、大丈夫です」
蛙吹さんは大きな目で、僕と吹雪の顔を順番に見た。
「碧海ちゃん、何か隠してる顔してるわ」
思ったことを、そのまま言う人なのだ。蛙吹さんは。
「……そんなに分かりやすい?」
「ケロ。でも、言いたくないなら、いいの。言いたくなったら、聞くわ」
それだけ言って、蛙吹さんは自分の席に戻っていった。僕は、知らないうちに詰めていた息を、そっと吐いた。
教室の後ろでは、緑谷くんと飯田くん、それに轟くんの三人が、どこかしらに包帯や絆創膏を貼っていた。
職場体験の途中のある夜、寝る前にスマホを見たら、緑谷くんから一件だけメッセージが届いていた。文章は何もなくて、地図の位置情報だけ。何のことか分からないまま、次の日のニュースで保須市の事件を知った。ヒーロー殺しが捕まって、エンデヴァーのお手柄だと報じられていた。
「緑谷くん。あの位置情報って、何だったの?」
声をかけると、緑谷くんは分かりやすく肩を跳ねさせた。
「えっ!? あ、あれは、その……ま、間違えて送っちゃって! ごめんね、びっくりさせて!」
「……緑谷くん」
隣の飯田くんが、包帯の巻かれた腕を気にしながら、何とも言えない顔で緑谷くんを見ていた。轟くんは窓の外を見たまま、何も言わなかった。
「そっか。ならいいんだ」
それ以上は聞かなかった。聞かれたくないことがあるのは、僕も同じだった。
昼休みに、相澤先生に呼び出された。
職員室の隣の小さな部屋で、先生は保安庁から届いた照会の書類を、いつもの眠そうな声で読み上げた。待機指示の無視と、現場での個性使用、それに戦闘行為。間違いはないか、と聞かれて、ありません、と答えた。
「事務所の所長の証言だと、出動はあの人の指示だったそうだ。お前は監督者の指示に従った研修生、ってことになる」
「……え」
「そういうことになってる」
先生は、書類から目を上げなかった。
「処分は厳重注意。全員死んでてもおかしくなかった。次は除籍だ」
「……はい」
来るな、と言われたのを、僕は確かに覚えている。
◇ ◆ ◇
その週の土曜日、僕と吹雪は、海辺の町の総合病院にお見舞いに行った。
「くたばりゃしねえよ。背中を裂かれたのなんざ、初めてでもねえ」
お加減はいかがですか、と聞いた僕に、ライフラインさんはベッドの上で鼻を鳴らした。入院着の襟元から包帯が覗いていて、顔色もまだよくない。それでも、声だけは事務所で聞いていたのと同じだった。
「座れ。あの3人はな、全員退院した。礼を言いに来やがって、俺の顔見て泣きやがったから、年寄りの前で泣くんじゃねえと怒鳴っといた」
「それ、病院で怒鳴ったんですか」
「看護師に怒られた」
吹雪が口元を押さえて笑った。
「碧海。あの海に、何がいたと思う」
窓の外の海を見たまま、ライフラインさんが聞いた。
「……未確認の、大型生物だと」
「保安庁に言った話は聞いた。俺が聞いてるのは、お前さんの考えだ」
言えるはずがなかった。深海棲艦のことも、中枢棲姫のことも。言っても信じてもらえないだろうし、もし信じてもらえたら、この人はきっとまた一人で海に出る。
「分かりません」
ライフラインさんは、ふん、と短く息を吐いただけだった。
「……あの白い嬢ちゃんは、どうした」
「あれから、見ていません」
「保安庁が探したが、見つからなかったそうだな。去年の暮れあたりから、ふらっと顔を出すようになったんだ。海が好きだと言うから置いてやってた。学校はどうしたって聞いても、笑ってはぐらかしやがる。それ以上は聞かなかった俺も俺だ」
ライフラインさんは、海のほうを見たままだった。
「妙な嬢ちゃんだった。あの子の結ぶもやいはな、本で覚えた結び方じゃなかった。何十年も船に乗ってきた奴の手だった」
それきり、その話は終わった。
「相澤先生から、聞きました」
僕は言った。
「出動は、ライフラインさんの指示だったって。でも僕たちは、来るなって言われて──」
「意識が朦朧としてたんでな。何を言ったか、よく覚えてねえ」
そこで初めて、ライフラインさんは僕のほうを見た。
「受け入れた研修生の始末をつけるのは、受け入れた事務所の仕事だ。お前さんが気に病むことじゃねえ」
「……ありがとう、ございます」
それしか言えなくて、僕は深く頭を下げた。
「……嬢ちゃん」
ライフラインさんは吹雪のほうを見ずに、窓の外に向かって言った。
「あの晩は、ありがとよ」
あの夜のことも、海の上を走るその足のことも、それ以上は何も聞かなかった。
吹雪はぱっと立ち上がって、深く頭を下げた。
「……生きていてくださって、よかったです」
顔を上げた吹雪は泣きそうな顔をしていたけれど、それでもちゃんと笑っていた。
ライフラインさんはこちらを向いて、少し目を見開いて、それから、くしゃりと顔を歪めた。
「……敵わねえな」
帰り際、扉に手をかけたところで呼び止められた。
「碧海。……いや、提督、だったか」
振り返ると、ライフラインさんはベッドの上で腕を組んで、僕を真正面から見ていた。
「初日に聞いたな。その名前を背負えるのか、と。お前さんは分からないと言った。今も、分からんか」
あの海の上で、僕は何もできなかった。加賀さんの矢も吹雪の砲も通じない相手を前にして、残りの弾を数えていただけだ。
「……分かりません」
「そうか」
ライフラインさんは天井を見上げて、しばらく黙っていた。
「名前ってのは……なんだ。つけた時は、似合わねえもんだ。俺も『ライフライン』なんてご大層な名前をつけて、最初の年に、目の前で3人沈めた。名前負けもいいとこだ。それでも辞めなかったのは、まあ……」
そこで言葉を探すように口を動かして、結局、面倒くさそうに手を振った。
「……まあいい。行け。次があるんだろう」
「はい」
「またいつでも来い、提督。茶ぐらいは出してやる」
◇ ◆ ◇
その夜、家のリビングのテーブルに海図を広げた。要塞の位置には赤い印が打ってある。
あの日のことは、帰った夜に一通り話してあった。今夜付け足したのは、病室でのことと、帰った夜には言いそびれていた、保安庁の聴取の最後に一言だけ喋った背広の男の人のことだ。
「公安でしょうね」
加賀さんがあっさりと言った。
「去年の中継の写真を持って、海の上を走れるのかと聞いたのなら、あの夜を調べている人間です。一年近く経って、ようやく仕事を思い出した……ように見せているだけでしょうね。体育祭で吹雪が全国に映った時点で、とうに目をつけていたはずです。泳がせていたのでしょう」
「いずれ来ることだった。来たというだけだ」
長門は腕を組んだまま、海図の赤い印に目を落とした。
「問題は、そちらだ。姫級が知恵を持ち、人の姿で、提督の隣に5日もいた」
「勝ち目は、あるクマ?」
球磨が湯呑みを置いて聞いた。誰も、答えなかった。
「……戦力を、増やさないといけない」
僕は言った。
「今の4隻じゃ、全然足りない」
「では、提督。艤装の欠片は、どこに?」
加賀さんに聞かれて、言葉に詰まった。
今までの4つの欠片は、どれも向こうから来た。納屋の床下にあったり、妖精たちが運んできたり、入試の会場で地面から転がり出てきたり。自分で探しに行ったことは、一度もない。
いや、一度だけ、違う時があった。
USJの水難ゾーンで、沈みかけた船の底から、何かに呼ばれた気がしたのだ。埃っぽい船倉の奥で、ただの鉄屑にしか見えないものが、確かに僕を呼んでいた。
「USJの時は、聞こえたんだ。欠片の声みたいなものが」
「球磨の時クマね。あれは提督が見つけたクマ。球磨は、呼ばれて起きただけクマ」
球磨がなぜか得意そうに言った。
「近くにあったから、聞こえたのでしょう」
加賀さんが海図の上に指を置いた。
「なら、近くまで行けばいい。深海棲艦が多く出る海は、かつて多くが沈んだ海です。欠片の眠る海と、きっと重なります。探すのはあなたです、提督。私たちには、その声が聞こえないのですから」
探す、と言われても、どこから手をつければいいのか。テーブルの海図には、要塞の赤い印が一つと、この数日で書き込んだ線が何本かあるだけだった。
そこで、あの事務所の壁を思い出した。30年分の書き込みで真っ黒になった海図。遭難の印、沈んだ船の印、潮の渦巻き。
「……ライフラインさんの事務所に、海図がある」
僕は言った。
「30年分の遭難と沈没の記録が、全部書き込んである。どこで船が沈みやすいのか、どこで人が帰ってこなかったのか」
「使えますね」
加賀さんが頷いた。
「ただ、頼み方は選んでください。あの方は、理由も聞かずに貸してくれるような人ではないでしょう」
それはそうだ。話せることと話せないことを、ちゃんと考えておかないといけない。
海図を見下ろしているうちに、あの子の声が耳の奥で鳴った。なのに、あの子たちは碧海くんを信じてる。ねえ、なんで。
「ねえ」
気づいたら、口に出していた。
「みんなは、どうして僕についてきてくれるの。僕は海の上で何もできないし、今だって、欠片の探し方すら人の海図頼みだ。あの子に聞かれて、僕は答えられなかった」
「愚問だ」
長門の声は静かだったけれど、テーブルの上で、拳が硬く握られていた。
「あなたは、私たちを何だと思っている。あの姫の足元で頭を垂れていた群れと、同じか」
息を呑んだ。長門は、それ以上何も言わなかった。
「球磨は、提督のご飯がおいしいからクマ」
張り詰めた空気をあっさり破ったのは、球磨だった。
「球磨」
「冗談クマ。半分くらいは」
長門がこめかみを押さえて溜め息をつき、加賀さんは黙って立ち上がって、台所でお茶を淹れ直し始めた。急須にお湯を注ぐ音が、リビングまで聞こえてくる。
「司令官」
隣で、吹雪が口を開いた。
「私は、建造された時から分かってたんです。この人が私の司令官だって。理由は、うまく言えません。でも、司令官は司令官です」
「私は、少し違いますけれど」
台所から、加賀さんの声がした。湯呑みを五つ載せたお盆を持って戻ってきて、僕の前に一つ置く。
「最初は、私も吹雪と同じでした。でも今は、それだけではありません。あなたと一緒に過ごしてきて、この人についていこうと、自分で決めたんです」
加賀さんは、吹雪の前にも湯呑みを一つ置いた。
「……はい。私も、です」
吹雪が少し照れたように笑って、湯呑みを両手で受け取った。球磨が「球磨だって、ご飯だけが理由じゃないクマよ」と口を尖らせて、長門に「分かっている」と頭を撫でられていた。僕は、自分でも気づかないうちに笑っていた。
「……やってみる。欠片を、自分で探しに行く。あの子と戦う日が来る前に」
長門が短く頷いて、球磨が「それでこそ提督クマ」と笑った。吹雪は何も言わずに、僕の手の甲に、そっと自分の手を重ねた。
来週の土曜日、もう一度あの町へ行こう。病室に持っていくなら、手土産は何がいいだろう。あの人は、甘いものを食べるだろうか。
「おせんべいがいいと思います。しょっぱいほうの」
まだ何も言っていないのに、吹雪が言った。
感想、評価などいただけると励みになります。一言、「面白かった!」だけでもいいのでぜひぜひよろしくお願いします。
「自分の推し艦登場してないんだけど~?」という方は、活動報告(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=334480&uid=441935)の方でまだまだ募集中です。よろしくお願いします。
どちらの作品に興味があってこの小説を読んでいますか?
-
ヒロアカ
-
艦これ
-
両方知らない
-
両方知っている