無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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なんかUAの伸び方すごいな…?と思ったらなんと日間総合ランキングにかなり下位でしたがランクインしておりました。読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。
私事ではありますが先日加賀さんとケッコンカッコカリいたしました。
皆さんの嫁艦は誰ですか?


第七話

 砂浜での戦いを終えた、次の日の朝。

 僕は、まだ夜の空気が残る薄暗がりの中、納屋の外で地面に手をついていた。

 

「司令官、腕の角度が違います。もっと脇を締めて、胸の筋肉を意識してください。反動を使わず、ゆっくりと下ろして、一気に上げる! 呼吸も止めないように!」

 僕の隣には、ジャージ代わりに僕の学校の体操着を着た吹雪が、仁王立ちで立っていた。その指導は、まるで熟練のトレーナーのようだった。

 昨夜、僕が「身体を鍛えたい」と打ち明けると、彼女は「お任せください!」と力強く頷いたのだ。軍艦として、人間の身体を最も効率的に動かし、強化する訓練方法は、知識として魂に刻み込まれているらしい。

 

「きゅ、う……じゅ、う……っ!」

 軋む腕、震える肩。限界をとっくに超えた身体を、意志の力だけで無理やり押し上げる。最後の一回を終えると、僕はそのまま地面に倒れ込み、アスファルトの冷たさも感じないまま、荒い息を繰り返した。

「はい、よく頑張りました。三分休憩の後、次はスクワットです」

「ま、まだあるの!?」

「当たり前です。下半身の安定は、全ての基本ですから。司令官には、まず自分の身体を自在に動かせるようになっていただきます」

 彼女の指導は、容赦がなかった。でも、それで無力な自分から、少しでも変われるのなら。

 

 こうして僕の日常に、早朝の、吹雪による地獄のトレーニングが加わった。そして、学校から帰ってくると、今度は卓袱台を囲んでの「勉強会」が始まるのだ。

 

「いいですか、司令官。艦隊戦の基本は、まず敵を発見することから始まります。これを”索敵”と言います」

 吹雪は、僕のノートに、いくつかの陣形の図を書いてくれていた。単縦陣、複縦陣、輪形陣……。僕にとっては、ただの図形にしか見えない。

「敵より先に、こちらが有利な陣形を組む。そして、艦載機や水上偵察機で敵の位置を特定し、有利な位置から砲撃を開始するんです」

「艦載機……」

「はい。航空母艦……空母と呼ばれる艦娘は、艦載機を飛ばして、遠くの敵を見つけたり、攻撃したりすることができます」

 

 彼女が語る戦いの話は、僕が学校で習うどんな授業よりも、ずっと複雑で、切実だった。僕は、彼女の言葉の一言一句を、必死にノートに書き留めていく。

 

 そんな訓練と勉強の合間にも、僕たちの穏やかな日常は続く。

 一緒に食事の準備をしたり、日が暮れると銭湯へ向かう。他愛もない話をしながら、二人で並んで夜道を歩く。その時間は、僕にとって、今まで経験したことのない、温かいものだった。

 

 ある日、銭湯からの帰り道、吹雪がぽつりと言った。

「司令官は、すごいですね」

「え? 僕が? 何が?」

「毎日、訓練を続けて……。それに、私が知らない、この時代のこともたくさん教えてくださいます。司令官という存在は、もっとこう、ただ命令を下すだけの、遠い存在だと思っていました。でも、あなたは違う」

 彼女は、そこまで言って、少しだけ照れたように視線を逸らした。その横顔が、どこか嬉しそうに見えた。

 

 彼女の言葉に、僕の胸が少しだけ温かくなる。僕が彼女にそう思ってもらえていることが、素直に嬉しかった。

 

 次の日、吹雪は自分の艤装のメンテナンスを行っていた。連装砲を丁寧に磨き、魚雷発射管の可動部をチェックしている。その傍らで、妖精たちが、小さな工具を持って忙しなく飛び回っていた。

「戦うのにも、色々準備がいるんだね」

 僕が感心して見ていると、何人かの妖精が、僕の足元に集まってきた。

 そして、一体の妖精が、よろよろとしながら、何かを運んでくる。それは、以前僕が見つけた金属片とは違う、黒く変色した、少し大きめの欠片だった。

 

 僕がそれに手を伸ばし、指先で触れた、その瞬間だった。

 

 バチッ、と。静電気よりもずっと強く、鋭い何かが、僕の指先から脳天を貫いた。

「うわっ!?」

 思わず、その場に尻もちをつく。頭の中に、知らないはずの光景が、嵐のように流れ込んでくる。

 広い飛行甲板。空を埋め尽くす艦載機。そして、凛とした声。

 

 ──ここは譲れません。

 

「……司令官!?」

 吹雪が、驚いて駆け寄ってくる。でも、僕の声は、彼女に届いていなかった。

「吹雪! ノートを! 早く!」

「え、あ、はいっ!」

 何が何だか分からないまま、吹雪は部屋から僕のノートと鉛筆を持ってくる。僕はそれをひったくるように受け取ると、何かに取り憑かれたように、無心で鉛筆を走らせた。

 さっき頭の中に流れ込んできた、複雑で、精緻な構造図。それを、忘れないうちに紙に写し取っていく。

 

 全ての線を書き終えた時、僕はノートを床に置き、あの黒い欠片を、設計図の中央に置いた。

 そして、まだ痺れの残る唇で、知っているはずのないその名を、叫んだ。

 

「──航空母艦、加賀!」

 

 その言葉が、引き金だった。

 吹雪が顕現した時と同じように、ノートと欠片が眩い光を放ち始める。妖精たちが、その光の中心に吸い込まれるように集まっていく。光の粒子が渦を巻き、納屋の中を穏やかな風が吹き抜ける。

 やがて、光は徐々に人の形を成していく。

 

 白い着物に、青い袴。長い黒髪をサイドで一つに束ね、その手には弓を持っている。

 光が完全に収まった時、そこに立っていたのは、感情の読めない、静かな瞳をした一人の女性だった。

 

「……一航戦、加賀です」

 

 彼女は、まず僕の目を見て、それからゆっくりと周囲を見渡した。古びた納屋、小さな卓袱台、そして心配そうにこちらを見ている吹雪。全てを冷静に観察し、分析するかのように。

 

「あなたが私の提督なの?」

 

 その声には、喜びも悲しみもない、ただ事実を確認するかのような響きだけがあった。

 その、あまりにも堂々とした態度に、僕と吹雪は、ただ顔を見合わせることしかできなかった。

 僕たちの、二人だけの鎮守府に、新しい仲間が加わった瞬間だった。




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