偽・錬鉄の魔法使い   作:syuu

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久郎「で、遅れた原因は?」

syuu「東京喰種と刀語を見てまして……後、求人とか」(テヘペロ)

久郎「有罪!!」床拳

syuu「……」(ズタボロ)


そんなこんなで、万年絶体絶命な慎二が出る。第十一話投稿します!!






11氷材の錬装

暖房の効いた間桐邸の客間には、テーブルの両側と壁側を囲むように配置されている三人掛けのソファに座った三人の高校生が最近の日常についての他愛無い会話と、紅茶の香りが広がっていたが……それもついに終わりを迎えていた。

白い陶磁器に小さな青い向日葵の模様をあしらったティーカップから口を離して、受け皿へと失礼のない範囲で軽い音を立てながら置く。

 

「ふう」

 

桜が淹れたであろう紅茶を堪能した久郎は、一息付くと古惚けた(アンティーク)大時計を見て帰宅する旨を伝えようと、受け皿ごと空のカップを同じデザインのティーポットが置かれているトレーに乗せた。

 

久郎の右手に座っていた桜が追加のお茶を注ごうとするも、久郎はそれを右手で制し遠慮する。

 

「御馳走様。お茶もお菓子も美味かったよ」

 

添え付きの紙ナプキンで口元を拭うと、正面に着席していた慎二が満足そうに、やや大げさに振る舞いはじめる。

 

「そうかい、そりゃよかった。なんならもっと良いやつも有るけど、衛宮が満腹ならしょうがないよな」

 

残り僅かとなった紅茶に合わせて出した無花果(イチジク)のビスケットの器を見て満足そうに頷いた。

その慎二のどこか飄々とした、明るい態度に久郎は薄気味悪いと感じていた。高校一年の初めて顔を合わせた時から、慎二の久郎に対する気構えは、激しい敵意と嫉妬に塗れており、挨拶一つに十の皮肉を織り交ぜるといった何ともかかわり合い難いものだった。しかも、挨拶を早々に諦めた久郎が無視するようになると今度は、顔を会う度にその態度は、顕著なものとなった。そういった風に、衛宮久郎と間桐慎二は、クラスメイトとして最低限の続柄はあれど、とても先程までのような雑談に花を咲かせるような間柄ではない。

桜の迎えについて度重ねるように非難の言葉を浴びせられると思っていた久郎は、気前よく振る舞う慎二に正直拍子抜けしていた。

 

「体も大分暖まったし、何よりさっき晩飯を食べた後だからな。気持ちだけ受け取っておくよ」

 

そう言い。久郎は最後にもう一度、自分の左手の感触に異変がないことを確認する。今夜、久郎が大河からの桜の迎えを了承したのは、今回の聖杯戦争に参加する間桐陣営の者を確認するために来たのだ。

サーヴァントがサーヴァントを、霊体化や現界問わずに、個体差は大きいものの、ある程度の距離では探知できるように、マスターも至近距離であるのなら令呪の疼きから相手のマスターを感知できる。無論、久郎自身は、相手の認識を変換することで姿を偽る『目を欺く』能力を使って令呪と魔力を隠しているので、手を見られてもそこには、ところ変わらない普通の手にしか見えなず、仮に霊体化したサーヴァントがこの場にいたとしても久郎を魔術師として判断する事は出来ないため、抜かりは無い。

しかし、桜も、慎二もこれほど近くにいるのにも拘らず、久郎の令呪は何ら反応を示さずにいた。

 

「そろそろ、だな」

 

小さく慎二が呟いたその微笑を孕んだ囁きは小さく、誰に告げられたものか何についてのことかは、傍から見るだけではよく分からないものであった。彼の左手で懐に隠した古書を撫でた。

 

「おい桜。これを片付けろ」

 

久郎が帰ろうと準備を始めようとする前に、悪い意味で兄らしく、慎二は桜に向かってテーブルに出されている空となった、紅茶とお菓子の一式を指差した。

 

「は、はい」

 

桜は、そんな慎二の強気な命令を聞くと、口籠りながら従順に片付けを始めた。彼女は、自分の手を見ると小さく震えているのが分かり、慌ててお盆から手を放し運ぶのを中断した。

 

「手伝おうか、桜?」

 

客間の隅に置かれていたコートを取りに戻ってきた久郎が、一人で片付けを進める桜を見て心配りか声を掛けた。

 

「大丈夫ですよ、先輩。全部お盆に乗りますので、私一人で十分です」

 

久郎に声を掛けられて、桜は焦燥する。このまま黙っていればいいのか、それとも慎二のこれからの行動に対して警戒すべきだと伝えるべきかと迷い続け、桜は、当たり障りない日常的な会話を続ける自分に……続けたがっている自分に従いやんわりと断った。

 

「そうか。お茶、美味かったぞ」

 

「お粗末様です」

 

「じゃあ、俺そろそろ帰るから」

 

黒いコートを羽織った久郎は、桜に背を向け客間から出る廊下の扉へと歩いた。一歩一歩久郎が離れる毎に桜は、口の開閉を久り返し、躊躇する。久郎を助ければ慎二の敵となり、慎二の味方をすれば久郎が怪我ないし殺されるかもしれない。その未来予想に桜は、心を大きく揺らし自分を自分で追い詰める。

しかし、慎二がいるこの状況では、自分は迂闊に動くわけにも行かずに、桜は扉を開けた久郎に向かって呼ばわった。

 

「先輩!!」

 

その大声に、久郎は驚き振り返った。

 

「……気を付けて下さいね」

 

桜は、そう言うだけが精一杯であった。

隣を見ると、慎二が機嫌悪く桜を睨みながら、久郎に気付かれないように静かに歯を食いしばっていた。

 

「平気だって、桜は心配性だな……あ、そうだ。今度、良い茶葉が手に入ったら家でも淹れてくれるか?」

 

そんな、兄妹の複雑な事情を知ってか知らずか、久郎は桜が淹れてくれた紅茶の味を思い出して、桜にそう吐露する。

 

「私なんかが淹れたものでよければ、喜んで淹れさせて頂きます」

 

「ハイハイ、それじゃあ桜。僕が衛宮を玄関先まで案内するから、片づけが終わったらお前は部屋に戻っていろ……ああ、後それから――――」

 

妹と、久郎(クラスメイト)のやり取りに痺れを切らした慎二は、桜を久郎から引き離すようにお茶の後始末を言いつけ、桜の耳元で久郎に聞こえない声量で囁くと、桜がビクッと震える。

 

「はい、……分かり、ました。兄さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間桐慎二は『優秀』な人間である。言い方を変えれば努力を惜しまない、そんな少年だった。

 

少なくとも、中学時代の終わり頃までは、彼の行動は模範的とは異なるものであるが一人の人間として、周りの評価は高かった。文武両道で、人当たりも良く。少々自己意識が高いのが目立ったが、誰もが彼を優秀だと褒め称えた。

しかし、間桐慎二にとって、それらは当たり前の手に入れるべき資格の一部であり、成り行きに過ぎない。何故なら彼は自分が凡庸な一般大衆とは打って変わった『特別な』存在であると信じていた……。

 

幼少の頃、彼は間桐の歴代当主のみが入ることを許された奥の一室に、子供の興味本位で忍び込んだのだ。

 

入ってはいけないと、命じられればその禁を破りたくなるのが子供というもの。父親の留守を狙い、祖父が地下の自室に籠っていることを確認すると慎二は、一人薄暗い書庫と倉庫が混ざった部屋の中へと進んでいった。

幸か不幸か、厳重に鍵が掛かっているわけでもなく、簡単に入ることが出来たのだ。

窓も無く、扉から室内に入り込む廊下の明かりだけがその中を映す。古臭い古書と巻物、何に使われるのか理解できない、が普通の家に有る筈もない、曰く付きであろうと思われる仮面、陶磁器、棚の中に収納されている品々の数々。その中に、彼は、――当時の慎二の身長で最も――取りやすい位置に置かれている書巻を読み漁った。

 

そして、自身の家系のルーツとその使命を知る事となる。

 

―――魔術師。

 

ロシアを源流に持ち、こと五百年の長きに渡る魔道の歴史を持つ名門中の名門。それが間桐。

聖杯を降臨させる儀式の一役を担うために、この日本の冬木に活動を拠点とする始まりの御三家の一角にして魔道を現代まで伝える一族。

それは、その儀式に必要不可欠とされる英霊(サーヴァント)を律する令呪システムの構築。その大本である使い魔の使役に専念する家系であった。

 

その血を受け継ぐ者として、自分は生まれたことを彼は知った。魔術師としての基本的な知識として、一つの家に魔導を受け継がせるのは一子のみ。彼は、疑うことなく自分が間桐の後継であることをただ一人喜んでいた。

 

自分が特別な人間である。

自分は凡百な、そこらを歩く人間とは一線を越えた存在である。家の神秘を後の後継に伝えるそれをただ一人の跡取りである。

 

年頃の少年らしく、慎二は浮かれていた。魔術という名の神秘に魅了され、その秘儀を巧みに統べる自分の将来像に酔っていたのかもしれない。

 

そのときの少年慎二は、彼の中で一番幸せな記憶であったことを知る事となるなど、一片も考えもしないまま、ただ喜悦に浸る。

 

魔術師の家系だと知って、粗方の基礎知識を読み終えたそのすぐ後。彼は、部屋の中に散らばった書物を片付けて何食わない顔で自室へと戻った。世界で一番希望に満ちた笑顔を作りながら、眠りに付いたのだった。

 

 

それからの彼は、間桐の後継に相応しい自分となる為に表向きは、名家の息子として恥ずかしくない立派な行動を進んで励んだ。

勉学、体育、友人関係、その全てに全力を注いだ。

 

最初の数か月は、いつ頃から魔術を学ぶのか唯々待ち遠しかった。

数年後、努力が足りなのかとクラス内だけでなく、学年で主席になろうとやっかみに努力する。

小学校を卒業しても、未だに魔術の「ま」の字も教えられておらず、祖父も父も魔術を使ったことも見せたこともないことに疑問を持つようになる。

中学に入って、暫くして慎二の父親が自室で倒れてそのまま呆気なく亡くなった。親がいなくなったことに喪失感が無かったと言えば嘘になるが、寂しいとは思えない。実の親に対して薄情であるかもしれないが、連日からアルコールに浸っている姿を見ることが多かったため、鬱陶しい酒浸りがいなくなって静かになったと思う気持ちの方が強かったのだ。

中学二年になったある日、慎二は自分がいつまで経っても魔導の指導をしないことを相談した後。祖父、間桐臓硯(まとうぞうけん)と妹養子である桜に告げられた。

 

間桐慎二は、その時、間桐の神秘が、自分の手にすることの出来ない幻想でしかないことを思い知らされた。

 

 

 

 

 

 

館の玄関口を潜り抜けた久郎は、風も無く行きよりも多く降り積もる雪と白く染まった景色を見て、白い息を吐きながら傘を差した。

 

「すっかり雪も積もってるな。ありがとう間桐。また明日学校でな」

 

「……ああ、またな衛宮」

 

昔のことを思い出していた慎二には、降り積もった雪を踏む音も、真っ白に染まった銀色の景色も見えていなかった。その目に映る、三年前にいきなり冬木の地にやってきた久郎(ヨソモノ)。正確には、元々この町に住んでいた住民らしいが、その経歴が慎二の癪に障るものだった。

詳しいことは、祖父から聞いていたものの、日常的に話し合うことで、たまに言葉に鎌を掛けても引っ掛かることなく凡庸な一般人として反応する。魔導に関わることのない表社会に上手く溶け込んだ異物の背中姿を、慎二は侮蔑の目で見る。

 

傘を差し、三、四センチほど積もった雪道に足跡を付けながら屋敷の敷地を出て、道路を歩いている久郎は街灯の明かりに照らされる雪を見ながら鼻歌を歌う。

 

慎二は、自宅へと帰路を進む、久郎の後を二十メートルほど距離を置きながらゆっくりと尾行する。慎二は、久郎が丁度目的の、街灯の明かりの真下を通る事となると懐に隠していた古書を丁寧に撫でる。

 

 

「間違っても殺すなよ。アーチャー……やれ」

 

口元を笑みで歪めながら猫撫で声で、古書に向かって声を掛けるその姿は、見る人が居れば奇異な目で慎二を見ただろう。本は人語を語らないし、人の話を聞くこともない。しかし、

 

『了解した。マスター』

 

空気を震わすことなく返された声の主は、慎二の声に応え、その命令を実践する従者(サーヴァント)であることを知るのは、まだ間桐慎二しかいなかった。

 

 

 

 

間桐邸からおよそ千五百メートル程離れた、二十階建てのマンションの屋上に、(サーヴァント)が一人佇んでいた。本来、そこには五十人から百人余りの住人が居住していたが、先日の連続ガス漏れ事故とされる、キャスターによる魔力の強奪行為によって、聖杯戦争の監督役である教会スタッフの工作により立ち入り禁止となっているのだ。これほど狙撃に適した場所を指名した自分のマスターの性格の悪さに、(サーヴァント)の口から苦笑が混じる。

その(サーヴァント)の日本人離れしたその白い髪と浅黒い肌は、在住外国人が多い冬木であろうとも目立つ出で立ちであったが、その身に着けている衣服は、一層現代社会を生きる者とは思えないものだった。

胴体を纏う黒いカーボン製の(ボディスーツ)は明らかに日常を想定して作られたものではなく、近接格闘等を前提とした身体の駆動を十全に生かせるように調整された戦闘服であり。対して、その上に羽織るように召す、暗闇でも映える赤い外套は、その動作を阻みかねないほどの空気抵抗を生み出すかと思われる。しかし、それを指摘されたところでその男は杞憂だと無機質な返答を返すだろう。

その男の戦闘には必要不可欠な着服であるからだ。

 

投影(trace)開始(on)

 

暗闇に、男の呟くような流れる詠唱が、降る雪に吸い込まれる。途端、雪明りによって、ぼんやりとだが、身に纏う鎧と同質かと思われる巨大な和弓と、一本の剣が虚空より顕現された。

その、現代の魔術師には手に負えない神秘を宿す弓と剣は、どちらとも彼の宝具ではない空っぽの贋作。

 

投影魔術(グラデーション・エア)

 

サーヴァント特有の聖杯とマスターから供給されて繋がる魔力によって編まれるエーテル体を基礎とした生前の全盛期時の武装を再現して実体化するものとも異なるそれは、その(サーヴァント)の本来の宝具から零れ落ち、生み出された小さな幻想。世界による修正力に飲まれることなく、消えずに、その武勇を立てたと思われるオリジナルと同体の姿を現した。

 

無名ながらも、通常の剣とは逸脱した神秘を宿すそれは、格が低くも何処かの英雄の手によって鍛え上げられ一つの逸話として語られた宝具の贋作なのだろう。本来、儀式に必要とされる、代わりの利かない素材や触媒の代用として行使される投影だが、男の手によって造り出され、繰り出されたその剣と弓は、中身が空の偽物とは思えない程現実に在った。

 

 

その剣を右手に男は更に、その剣の形を役割に適した物へと変化させる。

より細く、

より速く、

より正確に標的を捕えるための武器、弓に番えるための『矢』としてその容を変えた。

 

敵に突き刺す剣尖は、返しの付いた(やじり)に。

叩き斬る刀身は、本来、樫や竹を素材とする()に。

手に取るための柄は、矢を安定に飛ばすための羽に。

 

剣によって作られた矢を、黒い和弓の(つる)に構え引き絞るその姿は、正に弓兵(アーチャー)。三大騎士クラスの中でも強力な宝具を持つことが多い英霊のクラスであり、長距離からの狙撃を最大限に生かせるよう単独行動のスキルを与えられる英霊(サーヴァント)だ。

長距離の標的を捕える為のスキル、鷹の目を発動させたアーチャーは、灰色の瞳を開き、街灯が灯る通りを見る。

 

マスターの命により、マスター候補とされる少年に向けて狙いを定め、アーチャーは矢を放つ。致命傷でなければ好きにすると良いと命じられたアーチャーの矢は、決して実力を抜いたものではなかった。

投擲、射出、を主とする武具の扱いで一番難しいのは、死なないように武器を放つことなのだから。

それ故その閃光の射出は、雪雲の覆う空を流れ星のように静かに、一瞬だけ線状に輝くと、目標の通る地点へと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

間桐邸を離れ、雪が降り積もる帰路を進む久郎は、理解するすることなく、ただ衝撃に従い倒れこんだ。

積雪していたおかげか、顔面から地面へと強打したのにも拘わらず、怪我はどこもなく、肌の露出している顔や服の間に入り込んだ雪が体を冷やした。

 

否、一か所だけ、とても熱い。違和感が、久郎の冷静な思考を奪い、混乱へと導く。その場所を目で見て確認しようと立ち上がろうと体を捩るも、左下半身から激痛を伴う刺激が走る。

動かすことができなかった左足を見て、細い棒のような物が生えていることに気付いた。否、それは久郎の左足を貫いた敵の射撃。その銀色の矢に地面ごと射抜かれて動くことが出来なかったのだ。

よく見ると、矢が突き刺さった傷口から赤い血が、ズボンとコートに染み込み、吸い切れなかった血の滴が雪を赤くする。

貫通しているが、運よく動脈には傷がないのか、吹き出すような出血はないことを確認して矢を抜き一先ず落ち着こうと手を伸ばし……。

 

「!? っ()い」

 

続いて、第二射が右の脹脛を貫き両脚の動きを殺した。久郎は、身を守ることも忘れて相手の正体を探ろうと突き刺さった矢の角度から放たれた方向を威嚇するように睨み、目を赤くする。

 

―――目を凝らす。

 

 

 

 

「な!?」

 

奇襲が成功し、両脚の動きを封じたアーチャーが続いて対象の右腕を射ようと三本目を番え、標的である少年に狙いを定めた視界に少年の赤く輝いた双眸が彼を貫いた。目が合ったというのか、人間の視力で?

アーチャーは、まさかと思い即、否定した。もしあの標的の少年が予想通りの人物であるのなら、それこそ有り得ない。と、再び狙いを定め、引き絞った第三撃目の矢を放ち、念のため現界を解き、霊体化し、マンションの屋上から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪明りがあろうとも暗闇が広がる夜景の奥に、赤い服を着た弓を番えたサーヴァント、アーチャーを捕捉したものの、再び矢の餌食となってしまう。

 

「………っつ」

 

 

完全に後手に回ってしまった。

痛みに悲鳴を上げることなく、息の詰まったような呻きを上げる。久郎は、両脚と新たに右手に突き刺さった三本の矢をそれぞれ恨めし気に睨み、間桐陣営の警戒を解いた事と、マスターであることを隠すためとはいえ、ライダーを衛宮の洋館に置いて来たことを後悔した。と同時に疑問に思った、何故(とど)めを刺さないのか? と疑問に思う。

第一射撃を食らった後直ぐに、自分の姿を隠蔽する「目を隠す」魔眼を開眼し損なった時点で、衛宮久郎は手遅れであったのだ。そのため簡単には死なない自分の身を利用して、一度、致命傷を負ってその場をやり過ごそうと、態と何もせずに倒れ込み続けていたが、いつまで経っても、決定打が来ない。

 

アーチャーが射った矢は、不可解な点が多い。急所が多い胴体ではなく、手足のみ。行動を阻むだけなら脚の第一矢で済む。何らかの脅迫かと予測を立てながら、一番手に取りやすい右手を貫いた矢に手を掛けようとすると……。

 

「待てよ衛宮。そこを動くんじゃーないよ、さもないと」

 

久郎が間桐邸を出てから尾行してきた慎二が古書を片手に、調子よく久郎の視界に躍り出て来た。

鈍い、何かの大きな機械やエンジンの機動音に似た振動が複数、響き渡った。間桐の十八番、怪蟲を使役する魔術。改造し、改良され、改悪したその蟲たちは、より生物を食らい易くなるようにその姿を凶悪に、より食欲に対し従順に仕上げられた間桐の歴史そのもの。

 

「そいつらの餌になるぞ」

 

騒がしい羽音と、唯人肉を食らうだけに特化した顎を鳴らす耳障りな音が雪夜の冬木を冒涜した。

 

 

 

 

 

慎二に対して警戒を強め、魔力を込めようとすると、久郎の周囲を停止飛行している蟲が一斉に警戒するような音を鋭い顎から発し。久郎が、魔力を込めるのを止めると次第に静かになった。

 

「だから動くなって言ってんだろ? 目の前の血肉の匂いで唯でさえお預けを食らっているんだ。お前が下手に暴れようとすると、こいつらも興奮して僕の制御から外れちまうんだからさ。大人しくしてろよ」

 

「っ、慎二ィ」

 

その傲慢な態度に久郎は、矢を貫かれていない左手を握り、拳を作りながら目を赤く輝かせ、怒気の籠った声で名を呼んだ。

 

「ブアハハハハハハハハッ。良い様だなあ、衛宮ぁ?」

 

「答えろ慎二、俺を襲う理由は何だ?」

 

慎二は、何も出来ずに地面に磔にされながら怨み言を吐く姿が、滑稽に見えたのか愉快に笑っていた。しかし、久郎の蔑みの混じった発言に、にやけた顔を止めて倒れている久郎の足元にまで歩を進める。

 

「あのさぁ、衛宮。お前、自分の立場分かっているのか?」

 

慎二は、久郎の足に突き刺さる矢に手を添え、握り込む。相手に対する絶対的な優位状況に位置する事で得た嗜虐的な思考と、久郎の気に障る発言による癇癪の二つが混ざった彼は、そのまま矢に刺さった足の肉を抉る様に動かした。苦痛に歯を食いしばる久郎の姿にいい気味だと更に大きく矢を左右に動かし続ける。

 

「ええっと、何だっけ? どうして僕がお前を襲うのか、簡単なことだよ。今のお前は僕より弱いからさ」

 

慎二は矢を散々弄り込み動かすと、満足したのか。久郎の傷口から出た血が、雪に染み込んでいる様を見て上機嫌に語りだした。

 

「僕はねぇ、今この冬木で行われている、ある儀式を取り締まる三つの御家の一角である間桐の代表として参加しているんだ。過去の英霊の現身を現代に呼び出し自分の使い魔として従わせ、殺し合う『聖杯戦争』さ!!」

 

「……聖杯、戦争?」

 

うつ伏せに蹲ったまま久郎は、慎二の言葉を繰り返し、その慎二の言葉の矛盾に疑問符を乗せた。

 

「ああそうだよ。っと言っても、もう魔術師じゃない(・・・・・・・)お前なんかには関係ないことだけどさ」

 

慎二は、その疑問符の意味を無関係であるが故のモノと受け取り、侮蔑に久郎を見下しながら、語り続ける。すると、久郎を射止めた赤い外套を着たサーヴァント、アーチャーが慎二に付き従う様に彼の背後から現界した。

 

「こいつが僕のサーヴァントだ。こいつらは、マスターとなった人間からの魔力を動力源に活動するんだけどさ。それだけじゃ足りなくなった場合、どうすると思う?」

 

慎二は、手に持った古書に手を添えて、ページを捲り、特定の箇所を指でなぞると、久郎の血が広がる足元と右手の周囲に、学校に潜んでいたのと同じ線虫や蛭のような蟲が体をくねらせながら、赤い雪の血を啜り出した。血液中に込められる魔力を直接集めているのだ。

 

「”他の人間から奪う”。単純だが、確実な方法だな」

 

「そう言う事さ。”足りないなら他から持って来て補う”魔術師なら誰もが思い付くことだ。にしても、魔術師でもないくせに、よくわかったじゃないか。封印指定されて魔術師として活動できない衛宮の割には、だけど」

 

その、慎二の不快な態度に久郎は、要らぬ諍いを避けるために、管理者である遠坂家だけでなく間桐家にも自分の封印指定のことを内容を伏せたとはいえ伝えたのは失敗であったと、舌打ちをした。

『封印指定』。それは、魔術師にとって最高の称号にして最悪の障害(やっかいごと)であり、一般人には、理不尽にも等しい自他が含まれる人災であった。

表向きは、根源を目指し研究する魔術師がその成果に於いて、根源に到達し得る程の技量を確立させたことで、他の魔術師から研究される対象となることを指す。

しかしその実体は、次世代へと受け継がれることのない再現不可能な神秘の収集を目的とした。『管理』を盾に動く拉致と変わり無い有様。一代限りの特殊な体質や魔術を始め、異端狩り専門の聖堂教会埋葬機関に目を付けられた魔導を完全に抹消される前に資料(魔術刻印)回収し、神秘の秘匿を優先するためには、人命など二の次であった。

 

保護という名の幽閉、

保存の名目による、安らかな死すら許されない標本の維持、

 

魔術刻印の徴収や、臓器の一部提供などは、まだマシな方で。最悪の場合、問答無用で脳髄を生きたまま取り出され、ホルマリン漬けの処理後、永遠に解析され観察される末路が待っている。

 

当然、多くの魔術師は、封印指定を受けた後、雲隠れを決め込み細々と逃亡生活を送るか、特定の力ある家柄に取り付き、封印指定を逃れる。

 

つまり、封印指定を受けた者とは、総じてその能力が、希少(めずらしい)か、強力(べんり)かのどちらかということ。慎二は、反撃を受けないことから、久郎を非戦闘向きである前者のタイプと判断し、嘲笑しながら大きな態度で振る舞い、慢心し切っていた。

 

 

「……ッフ」

 

赤い目の輝きを変え、慎二の思考を八割方盗み読み取った久郎は、慎二の浅墓さに呆れ、鼻で笑う。当然、自分が絶対的に有利であると疑わない慎二は、訝しげに久郎の矢の刺さった部分に近い位置を踏みつけると、激情に苛立つ。

 

「何を笑っているんだよ!? 衛宮のくせに、衛宮のくせに、衛宮のくせに!! 大体、どうやって遠坂と慣れ合ったかは、知らないけどさ。『バケモノ』が魔術師とはいえ人間と仲良くするのはどうかと思うよ。はっきり言ってお前じゃ釣り合わないんだよ!」

 

その言葉に久郎の顔から、感情が止まった。静かに怒るのでもなく、激しく憤ることもせず、確認するような口調で慎二に問う。

 

「おい、お前。……今なんて言った?」

 

「だからさぁ、衛宮じゃ遠坂には釣り合わないんだよ。どうせ、お前の親や家族もふざけてるぐらいぶっ飛んだバケモ」

 

慎二の繰り返される侮辱を聞いた久郎は左手を懐に引き寄せ、ジャージ服の中に隠していた魔力封じ(マルティーン・レプリカ)で封印を施した石を握り込み、その封印の一部を解く。

赤い稲妻が走り、アーチャーの矢が脆く錆びついた楔のように崩れ始めた。

 

「!? マスター」

 

久郎の異変に気付いたアーチャーが、慎二の首根っこを掴み上げて後ろに引き下げると陰陽剣、干将・莫耶を投影し構えて慎二を守る壁となった。

 

「俺を、オレ達(・・・)をバケモノと呼ぶなぁぁぁぁああああああああ」

 

「ヒィイイイ。なんだよあれ!! 僕は聞いてないぞ!?」

 

バネのように立ち上がるのと同時に、豹変した久郎の怒りの咆哮は、殺気に混じり、慎二を委縮させ。アーチャーを警戒させるのに十分な効果をもたらした。

自らの秘儀を晒すことと成ろうとも、久郎は構わず傷の治療と目の前の敵に対抗できる氷鎧兵(ゴーレム)を複数、雪を素材に錬成する。英霊相手にも致命傷を負えるよう久郎が賢者の石から無尽蔵に溢れる魔力で強化された甲冑が月に照らされた水晶のような輝きを放ちながら、武骨な氷鎧兵(ゴーレム)達は手に大剣、長槍、短槍、殴打杖(メイス)拳鍔(ナックルバスター)戦斧(ハルバート)、近中距離の武具と動かすための仮初めの命を与えられる。

 

尖兵を先行(To create a doll)武具を用いて敵を駆逐しろ(applied to strengthen)!!」

 

久郎の詠唱を皮切りにアーチャー目掛け、長槍の氷鎧兵(ゴーレム)が駆け抜けながら、槍を振るった。しかし、数多の戦場を駆け抜けたであろうアーチャーは、弓兵らしからぬ剣士然とした構えで以って、両断するかと思われた槍の刃を黒の陽剣、干将を用い弾いた。

そして長槍の氷鎧兵(ゴーレム)の後ろから続いて行進する戦斧の氷鎧兵(ゴーレム)が大きく跳び上がり、アーチャーの頭蓋を西瓜のように叩き割ろうと振り上げた。それを見逃すアーチャーではなく、白い陰剣、莫耶を鉈のように投擲し戦斧の氷鎧兵(ゴーレム)の両腕を破壊した。飛来した莫耶はそのままブーメランのように旋回しアーチャーの手に舞い戻ろうとする。しかし、持ち手を破壊された戦斧の氷鎧兵(ゴーレム)は振り上げられた姿勢のまま重力に従い落ちる前に壊れた腕を引き伸ばし、歪に伸びた手先で直接戦斧を絡め取るとアーチャー目掛け打ち切る。

本来遠くの標的捉える遠隔透視の類似スキルである鷹の目を持つアーチャーは、間合いの伸びた戦斧の先がマスターである慎二ごと巻き込み兼ねないと、新たな投影や左の干将での迎撃ではなく,何が起きているのか理解が追い付いていないマスターを小脇に抱えての後退を選んだ。

 

「……!? 何逃げているんだよ。アーチャー!! 早くもう一度、衛宮を跪かせろ!!」

 

僅か五メートルであったがサーヴァントの驚異的な通常の数十倍での高速移動を体験し呆けていた慎二は、移動の余波で舞い上がった地面の雪が肌を冷たく溶けた感覚と、氷鎧兵(ゴーレム)を囲うように配置した久郎との距離が先程より遠くなった視界を見て漸く理解し、自分のサーヴァント、アーチャーの行動を叱責する。

 

「驚いたな。即席のゴーレムに魔力による強化は当然ながら、敵性排除の命令だけでなく、自動再生を利用した状況に合わせた構造の形状変化まで術式を構成入力(インストール)しているとは」

 

慎二の喚き立てながらに出された命令を受け入れたのか、拒否したのかわからないが、アーチャーは慎二を地面に下し、空となっていた莫耶を投影して双剣を構えると、純粋に相手の魔術の腕に『警戒』の評価を交え、氷鎧兵(ゴーレム)の完成度を高く格付けた。

 

「人でも、生物でもない物質なら、傷を付けることなく簡単に基礎構造に手を加えて間合いを変えられるからな」

 

久郎が、アーチャーが舞い上げた雪を頭に被って激怒していた感情が外面だけでも冷えたのか、近接戦闘型の氷鎧兵(ゴーレム)を自分を囲い込むように配置しながら、アーチャーの肩を検見し、血に染まった外套を訝しげに眼を細める。慎二を狙った戦斧の刃先は、確実にアーチャーの肩を切り裂く程の位置に届いていたのだ。

 

強化の魔術を施した攻撃が通じた。このことに、久郎は疑問に持つ。対象の思考、記憶を盗み読む『目を盗む』魔眼がアーチャーに通じなかったのだ。無論、動作や感情程度の情報は閲覧できるのだが、肝心の記憶が一切見えない。隠されているわけでもなく、無いのではなく、見えない。干渉そのものを阻害する礼装を持っているのか、そう誤認させる技量を持っているのか、アーチャーの三大騎士にあるまじき最低ランクの対魔力を突破できないことに疑問を持った。

 

「ご無事ですか、マスター?」

 

久郎が、アーチャーと睨み合って互いに相手をどう仕留めるか、警戒していると、ライダーが釘剣を構えながら久郎と氷鎧兵(ゴーレム)の前に現界する。サーヴァントは、令呪とのレイラインからマスターの状態をある程度感知することが可能であり、危機を察知することができるのだ。おそらく時間的に、久郎がアーチャーの矢で射貫かれた時点で異変を感知し、様子を見に来たところに止めの溢れる様な赤い魔力の稲妻が地面から生え、急ぎやって来たのだろう。

ライダーに安否を聞かれ、久郎は改めて自分の恰好を見る。前方は顔以外雪塗れで黒い草臥れたコートは両脚と右手から血を浸らせていた。

 

「無事、とは言えないな。間桐陣営にまともなマスターがいないと思っていたところに奇襲を受けたが、怪我はもういい。治ったから戦闘に支障はない」

 

「分かりました。今後は外出の際、常に同行させて貰いますが構いませんね?」

 

「緊急時以外は、霊体化して話し掛けるもの控えるのなら問題はない。元々半数以上のマスターに顔を見られた場合は、そうして貰うつもりだったからな」

 

「なんなんだよ、衛宮!! 令呪も無いお前にどうしてサーヴァントを従えられるんだよ。答えろ!!」

 

「答える義理もない相手の質問に、答えるつもりはない」

 

敵を前に、戦い後の話を進める久郎とライダーに痺れを切らした慎二が、アーチャーを押し退け、久郎の手を指さしながら激昂するも、久郎はその返事にまともに取り合うつもりはないのか、慎二を見ることなく服についた雪を払い落としながら切り捨てた。

 

「ふざけるなよ。魔術師でもマスターでもない奴が、生き残れるほど聖杯戦争は甘くはないんだよ」

 

乱暴に古書を開いた慎二は、先程と同じように特定の箇所をなぞり、怪蟲達に指示を出し久郎目掛け嗾ける。

しかし、ライダーが手にした釘剣とそれに繋がった鎖を巧みに操り、怪蟲達を一通り一掃するとそのまま慎二を仕留めに向かう。

 

甲高い金属がぶつかる音が、慎二の無事を意味した。アーチャーが、干将・莫耶で迎え撃ったのだ。

ライダーは、再び両手の武装を放とうと、敵対したマスターに投擲を目論むも、アーチャーの流れるような双剣の動きに邪魔される。

 

「退きなさい。あなたに用はありません」

 

「そうは、行かないな。君がその少年に従っているように、私にも彼を守る理由がある」

 

戦いの合間に口を挟みながらの攻防に、ライダーは陰陽の剣を振るう赤い英霊相手にまだ殺せていない、と焦りを出していた。

久郎との感覚共有から、相手のサーヴァントが自分をはるかに下回る脆弱な英霊であることは一目瞭然であり、出会った最初の頃は大した脅威を感じずに理性を捨てた狂戦士(バーサーカー)として召喚されている方が、まだましかと思われる程であった。

しかし、それは大きな間違いであった。赤い英霊は、筋力のランクの上では、最強と最弱の応戦であったが、戦闘においてそのようなものは、無意味なものだったのだ。

本来、アーチャーの双剣よりも小回りの利くはずの釘剣を持つライダーが、敏捷の差が命取りとなる白兵戦でアーチャーと拮抗しているのだ。

 

何故、ステータスが大きく下回るアーチャーがライダーとまともに打ち合えているのか。その絡繰りは、彼が手にしている陰陽剣、干将・莫耶である。この宝具は、中国の伝説に度々現れ、その逸話を後世に残しており、その中に、怪異を滅する英雄が所有する退魔刀としての伝承がある。アーチャーはこの伝説に(あやか)ってサーヴァントという怪異に絶大な効果がある対怪異用宝具として投影したのだ。無論、あくまで数多くある逸話の一面をそのまま転用するのは、本来の持ち主の身でないアーチャーには適わず、精々投影の負担の割に護身用具として適している程度のものだ。

しかし、怪物メデューサを真名に持つライダーは、自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)で魔性を一時的に封じているものの、その正体は人の世から外れた怪物に身を堕とした地母神である。皮肉なことに、彼の陰陽剣と相性が最も悪いのだ。

 

ライダーが、慎二を狙おうとすれば、アーチャーは、ライダーの身に刃を向け、そちらに気を取らせて慎二に手出しさせず、彼女がアーチャーに戦いを挑めば、自分の身を守るために防御と回避に徹していた。

その動きは、ライダーに比べれば愚鈍で、彼女の目で追える程度のものだが、動きに驚くほど無駄が無い。最少、最短に限りなく効率的に幾多の戦場を駆け抜けて培われた戦闘技術は、その体を使用し機械のように正確にライダーを足止め(・・・)していた。

そう、逆に言ってしまえば、アーチャーはライダーを足止める以上のことは出来ない。

見た目は、如何に互角の戦いに見えようにも自力が余りに違う。延長戦になれば、どれほどの技量を収めた英霊であろうと、魔力がなければ動けなくなり、最後には消滅する。

 

「いいぞ! アーチャー、そのまま衛宮のサーヴァントを殺してぶっ飛ばせ!!」

 

そんな、正規の魔術師(マスター)であるのなら分かりきったことを、慎二は考えられずにアーチャーに戦いを命じ続ける。彼にできる事と言えば、アーチャーを囮にして大人しく間桐邸に逃げ切ることなのだが。それすら判断できないのか、ライダーとアーチャーの戦いを高みの見物に一人興奮していた。

慎二の様子を見た久郎は、溜息を吐きながら後、数分で片が付くと予想立てて再び氷鎧兵(ゴーレム)に魔力を送った。

 

 

 

 

 

 

「慎二、悪いことは言わない。今すぐ令呪を使い切るか、教会に譲渡するかしてマスターの権限を放棄しろ。出ないと、俺はお前を強制的に敗退させることになる」

 

二体のサーヴァントが、消化試合をしているのを見守っていた久郎は、氷鎧兵(ゴーレム)に新たな仕込みを済ませて、慎二に警告を発する。

 

「だから、何で、衛宮が僕に指図するんだよ!!」

 

久郎の強者の善意は、慎二の愚劣な反意によって振り払われ、その返事は人を食らうための大きな、蜻蛉か蜂を基盤に改造された怪蟲の嵐であった。

久郎は、近接の三体の氷鎧兵(ゴーレム)を素材に隙間無い球体状の障壁を張って身を守るも、数多い怪蟲共が障壁に降り立ち、鋭い顎を喧しく鳴らしながら氷の壁に突き立てる。氷球に群がった怪蟲達の様は、先に氷壁に爪を立てる仲間を足場に、さらに一回り大きな蟲の鞠を作り、死体に群がる蠅のように覆い尽くしていた。

 

「ハッ。いつまで、そうして臆病な亀みたいに引き籠っているつもりだよ?」

 

呆気なく動きを封じた手応えの無さに相手を鼻で笑うと、怪蟲に覆われて姿が見えなくなった久郎に慎二は、蟲の顎が氷壁に突き立つ音を聞きながら敵を追い詰めた大将らしく嘲笑う。

 

「亀? いや違うな……これは」

 

蟲と氷壁に阻まれた向こうから、乾いた拍手の音が一つ、響き蟲が一匹残らず、氷壁の形状を変化させて作り上げた細い針に貫かれる。蟲を貫いた氷の針は、ゆっくりと怪蟲一匹一匹に沈むように、薄くなった氷壁の一部となり再び元の防護壁となった。

 

「山嵐だろ?」

 

「……は?」

 

一瞬の間だった。慎二は、氷壁を伝うようにずり落ちる怪蟲の死体を茫然と見ていた。現実を理解せずに、夢を見ているような無様な様子は、そう長く続かず、慎二は古書を片手に怪蟲達に命令を下すも一匹たりとも動くことはない。

 

「行け! 行け! 行けよ!! クソっ、どういうことだよ!? なんで(ジジイ)の用意した蟲共が、あんな細い針に貫かれた位で、くたばるんだよ」

 

「無駄だ慎二。蟲の頭部から腹部に連なる神経節を全て水と二酸化炭素に分解した」

 

最低限の知性を備えた脳を奪われた蟲は、キチン質の外殻に覆われた肉塊に変わっていたのだ。こうなってしまえば、もう使い魔として機能することは叶わない。

氷壁の素材から外れた大剣の氷鎧兵(ゴーレム)が、刀身をへたり込む慎二の首筋にあてる。

 

「衛宮に、負けた。この僕が?」

 

「慎二、あの二刀流のアーチャーに戦闘を止めるように指示しろ。そろそろあいつ等の方も、決着が付く」

 

金属音が響き火花が散る二体のサーヴァント、ライダーとアーチャーの戦いを見ると、アーチャーの肩にはライダーの釘剣が刺さり、首には鎖が巻きつけられかけていた。決着は目に見えて自分たちの劣勢であった。

 

認めたくない。聖杯戦争に脱落することを

信じたくない。今まで魔術師として終わっている久郎を自分のサーヴァントの餌としか見ていなかった奴に返り討ちにあったことなど

受け入れたくない。所詮、正規の魔術師として生きることのできない事実を

 

 

そうだ、その現実を全て壊すために。塗り替えるために、本来あるべき形に直すために自分は、代わりに聖杯戦争に参加したのだ。決してこのような敗北の煮え湯を呑まされるために、アーチャーと契約を交わしたつもりなどではない。

慎二は、氷の剣から流れる冷気と久郎の通告を無視し、古書を強く握った。

 

「アーチャー、『絶対に僕を助けろ』!!」

 

「な!?」

 

慎二の命令を受けたアーチャーが、ライダーとの交戦を中止し、左手に持った黒の干将で鎖を絡め取り、地面に縫い付けるように柄を足で踏み込み。肩に刺さった釘剣を引き抜き、ライダーから離れ、慎二の元へ向かい大きく跳躍した。

 

当然、それを許さないライダーは、干将が縫い付けている鎖の釘剣から手を離し、アーチャーの後を追った。しかし、アーチャーが虚空をなぞり出現させた投影の刀剣、七本が行く手を遮る。

 

慎二の元に降り立ったアーチャーは右手の莫耶で氷鎧兵(ゴーレム)を破壊すると、振りかぶったまま、久郎が張った氷壁目掛け投げ付けた。

 

久郎は急ぎ前方の氷壁を厚く形状変化を施し、それが、久郎の外傷を抑えることとなった。

飛来する刃を受け止めた氷壁が爆発し、無理やり壊されたことで久郎の魔術回路に負荷が掛り身じろいた。

 

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

それは本来、相手にぶつけて壊すことで宝具内の魔力意図的に暴走させる、一回限りの捨身技。英雄のシンボルである宝具の破壊は、その生涯を遂げた半身の破壊と同義のため、身を裂くような精神的苦痛を伴うが、アーチャーの手にした宝具は彼の投影魔術で代用している量産品。

ミサイルように放たれた莫耶は、膨大な魔力の爆発を起こし。久郎とライダーの視界を奪う爆炎と煙幕が晴れるころには、慎二とアーチャーの姿はなかった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

マスター:間桐慎二?

 

クラス:アーチャー

 

属性:中立・中庸

 

パラメータ

筋力:E

耐久:D

敏捷:C

魔力:D

幸運:E

宝具:E~A++

 

クラス別能力

対魔力:E

単独行動:C

 

保有スキル

千里眼:C

魔術:C-

心眼(真):B

 

 

宝具

無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)

 

 

 

 

 




例え、どんなに不利な状況でも最善を尽くすアーチャー……大好きです(笑)
 ※慎二が生き残れるのは、大抵優秀な周囲の人物と、悪運の強さだと思う。

執筆中に戦闘描写が入り始めるとスムーズに進み始めた……これは一体どういうことだ?





次回は、凛とセイバーとの会合か、それとも慎二のリベンジか悩みどころです(苦悩)

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