偽・錬鉄の魔法使い   作:syuu

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12失考の対談

「…………………」

 

下校の雑踏の中。衛宮久郎は、学校の自分の靴箱に入っていた外履きの上に置かれた薄桃色の便箋に目を奪われ、二十秒ほど動かずに上靴を脱ぎ掛けた右足の爪先を立てて踵に手を掛けようとする姿勢のまま固まっていた。

 

昨晩、慎二を取り逃がしたその後、久郎は彼らの追撃を行わずにライダーと共に衛宮の洋館へと戻り、血を吸ったジャージとコートを引き剥がして洗濯機でも落とせない汚れと見て錬金術を使い血痕を分解してアーチャーの矢が突き刺さって、破れた個所を再構築し修繕し終わると、戦闘で雪に塗れた為に冷えた体を温めるためにそのまま沐浴した。風呂から上がり、寝室でライダーに朝まで屋敷の敷地内で見張りを頼み、これからの自分の行動を考えながら意識を落とし眠りに入った。

 

朝、起きると昨夜の戦闘による昂ぶりがまだ残っていたのか、まだ夜空が白む前の四時過ぎに目が覚めていた。

朝食を作りながら、学校で慎二と詳しくお互いの情勢を把握して、あわよくばアーチャーを自害させるなり契約を切らせるように説得を試みようと思ったのだが、いつも朝食の手伝いに来る、慎二の妹である桜が、家の事情で今日から休むということを担任の藤村から聞き、学校に行くと案の定間桐兄妹は二人とも欠席していた為、上辺だけの日常をそのまま放課後まで過ごしたのだった。

 

当然、セイバーのマスターである、遠坂凛に自分が聖杯戦争に参加しているマスターであることが知られているため、下手に彼女らの自尊心(プライド)を刺激しないようにライダーを霊体化させて護衛を任せていたのだが、廊下で出くわしたセイバーがこちらを実在しないものを見つけたような驚き顔で霊体化させているライダーとマスターである久郎を見比べるように交互に見つめ溜息を吐かれたのが気に掛かったが、こちらを害する意思を感じられなかったためそのまま通り過ぎて移動先の教室へと向かって行った。

セイバーは、久郎が懐に五十三枚の礼装(カード)達を忍ばせて、いつでも魔術回路を開ける状態にしていたその重装備に呆れられたのか、凛に呼ばれるとその声に大人しく付いて行った。

 

 

学校内も特に変わった様子もなく。また、学校に仕込まれた間桐の使い魔である蛭のような線虫も、昨日慎二が戦ったのが原因か先日より大人しく建物の隙間に身を潜めて活動を停止していた。

 

そうして、久郎は慎二の真意を直接確認するため間桐邸に訪問しようと靴を履き変えて手を伸ばした先に届いた紙の乾いた感触が指先を通り抜けてその実態を目で捉えたのだ。

 

 

明らかに、女性が好んで使うデザインの用紙とその置かれている場所に何か特別な意図を連想させられる。

下駄箱に入れられた可愛らしい便箋に充てたそれは、学園を舞台とした物語では定番のお約束(シチュエーション)

 

恋文(ラブレター)ですか? マスター』

 

「!? ライダー……人の目がある処での念話は、控えてくれよ。というより、なんでこれが恋文(ラブレター)だってわかるんだよ』

 

『聖杯に齎された現代知識の中にありましたので……つい。ですが、変わってますね。現代ではそうして意中の方に告白なさるのですか……私の時代とはやはり違います』

 

 

固まった久郎に痺れを切らしたライダーが、霊体化したまま興味深くマスターとの感覚共有から伝わるその便箋の愛らしいデザインを見てそう呟いた。

バイザーで両目の石化の魔眼を覆った彼女は、嗅覚や魔力探知といった空間把握でそこにある何かの形までしか解らず、模様や文字といった視覚情報が伝わらない。もし、彼女が不用意にその魔眼を開けば、視界に映る全てのものをたちどころに石化させてしまう。そのため、久郎から伝わるその情報から状況から答えを割り出したのだが、図星の様だった。ちなみに、ギリシャ神話の神々間の求愛では、人間以上にドラマチックでサスペンスな、昼ドラが展開される。人妻だろうが、まだ生まれてなかろうが、関係なし。お前に運命を感じた。顔が好みだ。この女が生む子供を愛したい。等々浮気も家族間の殺し愛が巡っていた。

人間の方でも、求婚の条件にある程度の武勲を立てたり親同士の都合での婚姻もあり、自然恋愛で家庭を築き上げるといった過程で幸福となったという話は聞いたことがなかった。

 

自分とは違い、完全な女神である姉二人への求婚と共にライダーに襲い掛かってくる若者たちの中にも武勲を立てようと努力した末路を思うと切なくなるのだろう。ライダーは平和な日本の告白事情をしみじみと眺めていた。

 

「聖杯って、一体何を基準に知識を配っている、ん……だ?」

 

久郎は、聖杯の現代知識を英霊に与える基準に(いささ)か疑問と虚脱感を覚えながら件の便箋を丁寧に開けて、中に二つ折りにされた手紙本文の内容に久郎は固まってしまう。

 

『マスター?』

 

久郎の様子がおかしいことに気付いたライダーが声を掛けるも彼は動かない。

 

手紙の内容は至ってシンプルに、今夜の午後六時に新都の指定された飲食店(レストラン)で、久郎と詳しく会談を申し立てるというものだった。丁寧に直筆で執筆された、その手紙の差出人は遠坂凛。

厭に丁寧な字で書かれた招待状とも取れるその文体には、書き手側からの滲み出る屈辱と、怒りの思いが筆圧の濃さから当人の心情を表している。ご丁寧に、文末の方には、拒むような意思や行動をした場合の報復を連想する追筆が添えられて、今新都に一つしかない、全国に多数のチェーン店を持つレストランの期間切れのクーポン券が二枚入っていた。

 

 サーヴァントを連れて、二人で来い。

 

そう言外に、言われているような錯覚を感じた久郎は、黙ったまま手紙を畳み直して便箋に入れ直すと、自分の鞄に仕舞い込んでいつも通りに外靴へ履き替えて校舎を出た。

何処か、夢に裏切られて現実を思い知らされた少年は、気分転換を望むように、普段より覇気の無い力の抜けた足取りで、いつもと違う道を歩いて行く。その背中を興味深げに見守るように見ていた三つの人影があったことに気付かないまま……。

 

 

「読んでたよな?」

 

「読んでいたね」

 

「読んでいたな」

 

「これってあの遠坂さんが、衛宮くんと付き合っているってことでいいのかな?」

 

「そりゃそうだろ。衛宮が取り出した二枚のペアチケットみたいなやつ。あたしゃ、あれは映画のチケットと見た!!」

 

「しかし、遠坂嬢が衛宮と付き合っていたという話は、てんで聞いていないが」

 

「何言っていいるんだよ、氷室(ひむろ)っち。恋人でもない男女が、ああして手紙を下駄箱に置くようなことをするか?」

 

「……罰ゲームとか、かな?」

 

「それこそありえないな。遠坂嬢は、人を使って高みの見物をする側であって、自分が道化となることを良しとはしない。しかし、だからと言って二人が逢引きをする仲だとは言えないが」

 

「なんにせよ。これは面白くなってきたぜ!! みんなに知らせてやったら明日遠坂のやつ、どんな顔をするんだろうな!」

 

(まき)ちゃん、それはちょっと遠坂さんに迷惑じゃ……」

 

「諦めろ由紀香(ゆきか)。こやつは一度痛い目に合わなければ決して止まりはしない狂獣だ」

 

「冬木の黒豹と呼べこの野郎! いつも飄々としているミス・パーフェクトの意外な一面を見ていたいと思はないのか由紀っち!!」

 

「え。そこ私に振るの!? ……えっと、見てはみたいけど」

 

「汝まで(まき)の字に流されてどうする」

 

 

 

――― 一般人に紛れ、魔道を歩む運命を負った二人は知らない。一枚の便りが、明日の学園に噂という大嵐を呼び寄せていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『……………………』」

 

恋文(ラブレター)と勘違いし、意気揚々と便箋を開き手紙の内容を読んで、現実に打ちのめされた久郎は、霊体化しているライダーと共に自分の家である衛宮の洋館よりやや外れている道を歩き続けていた。

見慣れていない道の残雪が映える風景は、新しい刺激となり、先ほどまでの勘違いも甚だしい記憶を塗り潰すのに、都合がよかった。久郎は、切嗣に拾われた後の二年間と、時計塔(ロンドン)から戻ってきた後の三年の延べ五年間、冬木市に居住を構えており、土地の地形から街の道路図まで隅々知っているが、全ての景色を知っているわけではない。理由は久郎が、『』や根源を目指さない魔術使いとしては珍しく、魔術師らしい生活を送っているためだ。

自分の趣味の延長である部活動に腐心したり、工房の敷地内にある我が家に、交流があるとはいえ教師や後輩を受け入れるなどの、魔術師らしからぬ社交的行動が目立つも、神秘の秘匿を殉じて自らの魔術の腕を磨く生活リズムは、遠坂凛と同様に魔導を極めるための者達と同類の匂いを感じさせる。各魔術協会に目を付けられないようにするため大っぴらに魔法使いとして活動することはないが、礼装を使って偽名と『目を欺く』擬態の魔眼で、全く別の戸籍名と姿をして、執行者として複数の仕事を行うことも度々あった。

それでも、久郎は表社会では、無理をしない範囲で普通のニンゲンらしく振舞うことを心掛けている。

根源を目指し研究することはなくとも、魔術を極めることで将来自分の子孫や後継に、優れた魔術刻印を送ることが可能となることから、魔術の修練を怠ることはしない。

そのため、久郎は自分の生活している街で地の利が有りながらも、実際にその道を通ることは今日が初めてであった。

 

『マスター、先程の様子からしてその文は、どこかの陣営からの通達書の類だったのでしょうか?』

 

久郎が落ち着きを取り戻し、機嫌良く軽い足取りで歩き続けて、目に付いた誰もいない公園に入り、昨日の夕飯前に(Snow)の礼装を用いて、降らせた雪が昼間の日光によって溶かされたのか、積もっていないベンチに腰を掛けて休みながら空を流れる雲を見ていると、手紙の中身が気になったライダーが念話を通じて話しかけてきた。

 

「ああ、今夜はセイバー陣営……というより、霊地冬木の管理者である遠坂とそこに居を構える魔術師として会合するらしい」

 

物騒な事件、事故が立て続けに起きている所為か、本来なら親子連れや雪遊びに勤しむ子供たちの姿が見える筈なのだが、この公園には、久郎しかいなかった。そのため、久郎は周りを気にすることなく肉声で霊体化しているライダーに今後の予定を語り掛けた。

 

『前々から、気にはなっていたのですが。マスターはどうして』

 

一通り、流れを聞いたライダーは、久郎のその実力に比べて大人し過ぎる行動に疑問を持ち、理由について聞こうとしたが思いもよらぬ乱入者によって、ライダーの質問は遮られた。

 

「だーれだ?」

 

ベンチの背凭れに寄りかかっている久郎の背後から近づいてきた、小さな淑女の手によって久郎の視界が覆い隠された。久郎は、思考を読むために目を赤く輝かせずともその声に心当たりがあった。

 

「……イリヤスフィール?」

 

正解(せいか)ーい。この間の夜以来だね、お兄ちゃん」

 

イリヤスフィール・フォン・アイツベルン。先日、巨大な威圧感を持つサーヴァントを従えて現れた雪の妖精のような少女が、一人単独で魔術回路を開かずに無邪気に笑顔を見せながら、久郎の前に躍り出た。

 

「バーサーカーのマスター。自らのサーヴァントも従えずにどういうつもりですか?」

 

風下から近づかれて気付かなかったライダーが、久郎とイリヤスフィールの間に現界して警戒するように釘剣を手に持ち、鎖を冷たく鳴らす。

 

「あら、まだお日様が出ている内は戦ってはいけないものよ。ライダー? それに、今の私はアインツベルンの魔術師(マスター)ではなく、お兄ちゃんの妹として会いに来たの。心配しなくても、今バーサーカーは私の城で休ませているし。令呪で呼び出そうとしたら切るなり焼くなりすれば良いわ」

 

サーヴァントを目の前にイリヤスフィールは全く臆することなく、魔術師の基本である神秘の秘匿から生まれた聖杯戦争は、基本日没後に行われるというルールを引っ張り出して軽く受け流して、自分にはそもそも戦いの意思はないことを伝える。

 

「妹……ですか?」

 

ライダーはライダーで、妹という単語に反応し、たじろぎながら、バイザーに隠れた美貌を久郎に向けて確認を取った。

 

「ライダー、警戒を解けとは言わないが、今は霊体化をしてくれ。俺も、イリヤスフィールとは一度ゆっくり話し合いたいと思っていた」

 

イリヤスフィールの言葉を受け、一瞬だけ目を赤くし、その真意を探ると久郎はすぐにライダーに下がるよう命令し、話し合えるようにベンチの脇へとずれて、イリヤスフィールの座る場所を開けた。

 

「お隣、失礼しますね」

 

どこか演技じみた、しかし使い慣れた口調で謝礼を言い渡しながらイリヤスフィールは久郎の隣へと腰かける。

 

「イリヤスフィール、それで……どこから話そうか?」

 

男として、淑女(レディ)をエスコートするのが本来の礼儀なのだが、彼らの場合、養子とその養父の実子の間柄であるため、そのように付き添い合う佇まいには未だ成れなかった。

 

「そうね……じゃあ、先ずはお兄ちゃんの名前から聞こうかな」

 

意外な返答に、久郎は疑問と驚きの表情をイリヤスフィールに向けると、それを見たイリヤスフィールは、首を傾げながら久郎からの答えを待つ。

 

「どうしたの?」

 

「意外だな」

 

「あら、どうしてそう思うの?」

 

「外部との接触を避けているとはいえ、『アインツベルン』が婿養子として迎え入れた『衛宮』の動向を調べないとは思わなかったからな」

 

「ふふっ、可愛いお兄ちゃん。可笑しなことを言うのね……その反応からして、貴方の養父が……キリツグが私達(アインツベルン)を裏切ったことは知っているようだから言うけど、キリツグの事は娘である私の方が知っていることが多いと思うわ」

 

「だったら尚のこと、その養子についても知っているだろう? なんでわざわざ名前なんか聞こうとしているんだ?」

 

互いに対面し話し合っていた久郎が疑問をぶつけた。それは、効率を求める魔術使いとしての考え方が染みついた久郎だからこそ、気に掛かった。イリヤスフィールはわざと久郎と、通学路に鉢合わせるように下校の帰路を調べ上げられるほどの情報収集が可能な権力を駆使しながら何故、個人の名前程度の情報を集められないのか? と、

 

「勿論、私はお兄ちゃんの事を知っているわ。お兄ちゃんがキリツグの養子だってことも、あの封印指定の人形師と名高い『赤』とも関わりがあることも、その二人と同じように封印指定を一度受けたことも知っているわ。全部、使用人を通じて現当主である、お爺様が私に教えてきたことよ。でもね、お兄ちゃんの名前ぐらいは、私が直接貴方の口から聞こうと思っていたの。

キリツグが、私を見捨ててまで育てようとした子供自身の口からね。

だから教えて欲しいな、お兄ちゃんの名前」

 

イリヤスフィールは、幼げな表情を消して真っ直ぐに久郎の目を見た後、唄うように語り出した。それは、衛宮切嗣の娘であるイリヤスフィールに残された、ただ一人の縁者(クロウ)との対話を望み歪んだ不器用なまでの渇望の現れだった。

 

「っ、……俺はクロウ、衛宮久郎だ」

 

久郎は、自己紹介などより、切嗣が捨てたという部分の撤回をイリヤスフィールに言いたかったが、それが逆効果になり兼ねないことは分かっていた。何故なら久郎が、先日のバーサーカーとの合戦時に一度イリヤスフィールの精神状態を盗み見て分かったことだが、イリヤスフィールの精神は外見年齢に影響されているかのように不安定なまま、歪な成長を遂げていた。二次性徴を迎える前の十歳前後の外見と、アインツベルンの(ホムンクルス)としての『教育』と『調整』が、従順な子供のような感情とホムンクルスとしての使命を果たそうとする人形としての義務感を混じり合わせ、世間の常識から大きく外れた温室育ちの魔術師を象っていた。

しいて言うならイリヤスフィールの精神は、バランスが完全に崩れていた。純粋なまでに、自分(アインツベルン)のために生き、忠実に一族(自分)のために死ぬ。それ以外の事は、自身にとって有害か有益かを自分の物差しのみで線引きする。他者の意見や常識など度外視し、イリヤスフィールはイリヤスフィールを満たすためだけに生きていた。

しかしそれは、母親を失い帰らずの父親を待つ、幼きイリヤスフィールにとって自分の心を守る上で致し方ないことだった。

 

それ故に、久郎は何も言わなかった。切嗣がイリヤスフィールを愛していたことも、切嗣がずっと望んでいた抱きしめたかったのは、養子である久郎ではなく、最愛の愛妻に守ると誓った愛し子であるイリヤスフィールであったことを。

しかし、久郎は間一髪の所でその訴えを飲み込んだ。

 

今は未だ伝えるべきではない。久郎は、自分との約束を破った裏切り者として憎みつつも深く父親(キリツグ)を愛しているイリヤスフィールに暖かい言葉を投げ掛けても、父親を奪った者の言葉では、イリヤスフィールには同情として処理され激情を振り回すであろうことを察し。十年前のあの日に与えられた名前のみ伝えた。

 

「クロウ、エミヤクロウ。西洋風に氏名を呼ぶのなら、クロウ・エミヤってなるのね……不思議な響き」

 

「久郎でも衛宮でも、言い易い方で呼べばいい」

 

「それじゃあ……エミヤだとキリツグと一緒だから、お兄ちゃんの事はこれからクロウって呼ぶわね」

 

「ああ、分かったよ。イリヤスフィール」

 

久郎が、何か聞きたいことはと聞こうとするとイリヤスフィールは頬を膨らませて、人差し指を(おもむろ)に久郎の口元を指して話そうとするのを止めた。

 

「待って、いつまでもイリヤスフィールって呼ぶのは無し。クロウは、私のお兄ちゃんなんだからイリヤって呼んで」

 

「……分かったよ。『イリヤ』何か聞きたいことはあるか?」

 

不意を突かれたように久郎は、魔眼殺しの奥にある双眸の視線をすぐに柔らかい、どこか懐かし気に変えながら、イリヤの要望に応えようと、イリヤの冷たく空っぽな心を兄として、彼女を誰かと重ねないように細心の注意を払いながら、他愛ない受け答えを続けて、家族として愛情を少しづつ注いでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――知らなかったわ、日本のニンジャって魔術を使わない、最新の科学を取り込んで活動する、権力者の間諜(zwischen)だったのね」

 

「そうだぞイリヤ。さっきの手を相手の目に当ててだーれだ? ってやつも、基本的に親しい間柄での挨拶じゃなくて一種のジョークみたいなものだからな」

 

 

何時の間にか、久郎とイリヤは、楽しそうに本当の兄妹のように語り合っていた。と言っても、イリヤが質問し久郎がその質問疑問に答えるといった、流れ作業のようなものではあるが、イリヤは言葉巧みに自分の体験したことを交えて答えてくる久郎の話を聞きながら笑っていた。

アインツベルンの八代目当主(アハト翁)の知識は、中国をはじめとするアジア各国の地域とアニメや漫画の世界観がごちゃ混ぜになっており。その中に、部分的に正しい知識も混ざっていたため、説明には時間を予想以上に費やした。

 

「マスター、そろそろ時間です」

 

ライダーが、ベンチに腰掛ける二人の前に現界して遠坂との約束の時間と、日没が迫ってきたことを告げた。

彼女もまた、イリヤと久郎との間に芽生えた親密さを感じており、できればこの二人の空間を壊したくなかった。だからせめてものの、心遣いの心算か、二人の仲が険悪にならぬようにと手に生前から親しんでいた武装である、釘剣を持たずに現れたのだ。

 

「久郎は、これからどこか魔術師(マスター)を狩りに行くの?」

 

そう言うとイリヤは、久郎とライダーに向かって楽しげに身を乗り出してきた。

イリヤは知らないことだが、久郎は『目を盗む』魔眼で予め相手の心情を読み取ることでその人物が望んでいる境界線で話し合うことで好印象を与え、徐々にその線の枠を縮めるように適切な対応を行うことが出来るのだ。

 

その結果、たった数時間受け答えるだけの会話で、久郎はイリヤにとって養い親であるアハト翁より、親しみやすく新しい親類としてその感情を向けられていた。

 

しかし、聖杯の器として機能することのみを追求され続けたイリヤにとってそれは不要な物である筈だった。

 

人間である魔術師(ちちおや)と聖杯の器となる人造人間(ははおや)との間の子として誕生したイリヤは、人間としての欲求とホムンクルスとしての使命との矛盾に気付いていない。もしかしたら、聖杯を完成させるということの意味をイリヤは自分も知らないうちに感づいていたのだろう。

 

友人などの存在を知らない彼女にとって、一族以外の名を知る者の分別は至ってシンプルで、敵である外の人間かイリヤのために尽くす従者(サーヴァント)の二択しかなかった。土地の龍脈を使用した魔術の結界に閉ざされた古城の中で、今回の聖杯戦争の器として育てられていた所為でイリヤは、嘗ての両親の様に親しみ易く話し合える久郎に対して、アインツベルンの魔術師でも一族としてではなく、一般の人間らしいく、否。家族として関わり合おうしていることに気付いていなかった。

 

「ああ、遠坂にちょっと確認しなきゃいけないことが出来て。今日新都のレストランで待ち合わせしているんだ」

 

「トオサカって、リンのこと?」

 

「ああ、イリヤと同じ御三家の一角を担う遠坂の現頭首だな」

 

知っている名にイリヤは、訝しげに眉を寄せた。イリヤにとって遠坂凛は、聖杯戦争に参戦する敵のマスターの一人でしかなく、久方振りの楽しい時間を中断される理由となるのに分不相応な邪魔者でしかなかった。

 

「ふーん。クロウは、こんな素敵なレディを置いて行って他の女と食事をしようってわけね?」

 

厭に、艶めかしく現状を言葉に表し、目が笑っていない笑顔を久郎に浴びせながら、イリヤは久郎の両頬をグシャグシャに抓った。

 

「ヒリヤ、ほひつけって」(イリヤ、落ち着けって)

 

「嫌よ、そんな約束無視して、もっと私と一緒に楽しく語り合いましょう?」

 

「そうは言っても。冬木の管理者(セカンドオーナー)である遠坂と、そこに住まう魔術師、衛宮として文面上だけど正式な形で呼び出されているからなぁ」

 

頬から手を離し、制服の上に羽織った黒いコートの裾を掴み、話の続きを強請るイリヤを見ながら、久郎は聞き分けなく我儘を言う子供を宥める様に、それなりの理由があるのだと右手をイリヤの頭に置いた。

 

「!? ……じゃあ、リンと会うのは許すから。私も一緒に行っても良いでしょ」

 

嘗て父に同じように触れられたことを思い出し、イリヤは一瞬固まった。確か、この仕草は切嗣がずるをしてその報復にもう口を利かない等と言って、困らせた時にいつもやられていた……。

その不意を打たれた、行動にイリヤはいつも父を許していたように久郎が遠坂凛と会うことを許したが、久郎も予想外の条件を付け足した。

 

「それは、……あれ? 別に……問題ない、よな?」

 

先の手紙に書かれていたのは、指定の場所に衛宮の魔術師と遠坂が会合を行うというものであり、久郎一人来るようには、確かに指名されていなかった。イリヤは、衛宮切嗣の娘であり、こじ付けに等しいが一応この会合に出席する資格を持っていた。

 

「やった! じゃあ、私の車に乗って一緒に行きましょう」

 

久郎のはっきりした答えを待たずに、イリヤは、立ち上がって公園の外へと久郎の手を引きながら駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「イリヤ、まさかそれに一人で乗ってきたのか?」

 

それは、公園から出て僅か数分の空き地に停車されていた。

一度凍ってまた溶けだした雪が残る草地の上に黒光りした、ドイツ製のベンツの運転席に乗り込んだイリヤを見た久郎は、思わずそう溢してしまった。

場違いな高級感を醸し出すナンバー付きの高級車であったが、ブランドものであると思われる紫のコートを着た少女が、キーを回して早く乗るようにクラクションの鳴らす姿はそれ以上に異様な空間を作り上げていた。中が見えないようにマジックウインドウに張り替えられているところから、外見上、十歳前後の少女が一般道路を運転するのは都合が悪いことは分かっているようだが、普通なら、アインツベルンほどの貴族としての顔を持つ資産家なら運転手を雇うのが常である。

 

「勿論よ。夜はバーサーカーに運んで貰うからいいけど、昼間にサーヴァントを現界させるわけにはいかないからこれに乗ってきたの」

 

コートとお揃いのデザインの帽子を脱ぎながら、イリヤは恐る恐る乗る久郎を見て小さく笑うとハンドルの横にある小物入れを引き出し、一枚の紙を久郎に突き出すように見せつけた。

 

「心配しなくても、ちゃんと免許は取ってあるし、お城の庭で散々練習していたから運転の腕は保障するわよ」

 

その免許証には、確かにイリヤスフィール・フォン・アインツベルン、十八歳と書かれていた。

 

 

 

 

 

「リン、お替りを頂いて来ますが宜しいでしょうか?」

 

「ええ、セイバー。ここは食べ放題(バイキング)だから、怪しまれない程度によそって来てね」

 

久郎がイリヤの絶妙なドライブテクニックを満喫している頃、会合の場として選ばれた新都の新しいレストランにセイバーとマスターである凛は、一足先に店を訪れてサラダバーとドリンクバーのみ注文し、久郎が来店するのを待ち侘びていた。

店内は、柔らかなオレンジ色の明かりが照らしており、凛とセイバーは入店時に待ち合わせがあることを伝えて、店の出入り口の見える窓側の団体用の席をとった。夕飯時の所為か、家族連れや団体の一般客が入り雑踏が心地よく響いていた。

楽しげに料理を自分の皿に盛るセイバーの姿を見た凛は、苦笑を漏らしながらここ最近の遠坂家のエンゲル係数に危機感を覚えていた。霊体化が出来ないセイバーは、常に現界して凛の護衛をしているため予想以上に凛の魔力を消費した。それを補うという名目の下、凛と共に食事による供給をしていたのだが、久し振りに他人に料理を作るという滅多にないイベントに凛は、得意の中華料理を振る舞ったのが不幸の始まりだった。その時の夕飯時はただ二人で料理が美味しいと他愛ない会話であったのだが、その次の朝、朝食を食べ終わったセイバーの様子に気付き、凛が何かあったのかと聞いたのが彼女の失敗だった。

 

  『食事の量が昨晩に比べて少々……いえ何でもありません』

 

その答えだけで、凛は理解した。まだ足りないのか、と。

その後、セイバーに何故、食に拘り出したのか聞くと。現代でも、世界レベルで認められているイギリスのトンデモ料理事情は、千五百年前も同様であったと聞かされたのだ。

 

セイバー曰く味も、調理も『雑なもの』だったらしい。

 

当時の食に関して語り出したセイバーの清廉とした翡翠色の瞳が、その時だけ絶望に染まって光が失われていった様を見た凛は、慌てて台所に置かれたクッキーをセイバーの口に放り込み正気に戻して、自炊した料理を振る舞った。

 

その呟きの中に、前回の聖杯戦争に召喚された時のことがあり、食事が終わった後、凛が改めてセイバーに問い掛けると、セイバーが自身のマスターであった衛宮切嗣のことを語り出した。

 

その過程で、現マスターの中で凛が一番警戒していている謎の同級生、衛宮久郎の使い魔とのやり取りの記憶が浮かび上がった。

凛は、十年前の聖杯戦争で戦死した父親の跡を継ぎ、冬木の管理者として学校にあんな神秘の塊を身代りに使う不作法者を取り締まろうと、今回の会合を自分から提案したのだ。

 

直接渡すのも、億劫なため絶対目に届くであろう靴箱に入れた手紙を思いながら、凛はセイバーから視線を外し暗くなった外を見ると如何にも高そうなベンツが猛スピードでタイヤの悲鳴を上げながら、このレストランの駐車場に停車するのを、あの車でいくつ宝石が買えるか考えながらストローを差したアイスティーを飲む。

 

 

そして、凛はベンツから崩れる様に出てきた久郎とその後に続いて降車した白い髪を流した少女を見て、派手に咳き込んだ。その少女は、久郎を取り逃がしたその次の日に、いきなり戦闘を仕掛けた巨漢のサーヴァントを従えたアインツベルンのマスター……。

 

コンクリートの地面にくっきりとブレーキ痕を残したベンツのドアを閉めた少女は、四つん這いに深呼吸を繰り返す久郎の頭を撫でながら、二言、三言語りかけると久郎の手を引きながらレストランの入り口へと歩き出した。

 

「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」

 

「待ち合わせなんですけど、先にお手洗いの方を借りられませんか?」

 

「かしこまりました。こちらです」

 

二人が、店内に入ると店員が対応し、久郎が店員に要件を言って先ほど地べたを触っていたことを気に掛けたのだろう化粧室に入り、早々に出て、再び少女と二人店内を見渡して凛を見付けると、店員の案内を丁寧に断りを入れて、凛とセイバーの席にやって来て、深くお辞儀をして儀礼を交えた挨拶を始める。

 

「魔術師、としては初めまして。衛宮家六代目当主、衛宮久郎。此度の遠坂家現頭首の会合の召喚に馳せ参じた」

 

「これはご丁寧にどうも、衛宮くん。冬木の管理者(セカンドオーナー)こと遠坂家六代目頭首、遠坂凛。今回、こちら側の都合で呼び寄せに応じて貰ったことを感謝します」

 

乗り物酔いのそれとは違う、顔色の悪さに凛は若干顔を引き攣らせながら、形の上で挨拶を返した。

 

「で、そっちの小さいのを連れてくるってことは、この会合は無効とでも言いたいのかしら」

 

礼儀の挨拶終え、猫かぶりを捨てた凛は白い髪の少女を睨み付けると、左手をポケットに忍ばせ中の宝石を握る。

 

「相変わらず。品がない挨拶ね、リン。貴女が私達(・・)を呼んだのでしょう?」

 

「?」

 

言われていることの真意が理解できない凛は、首をかしげながら、自分の向かいに座った久郎にどういうことかと視線を送ると、苦笑で返される。

 

「改めて、先代の衛宮家五代目当主、衛宮切嗣が実子。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。……つまりそういうことよ。久し振りね、セイバー」

 

爆弾発言をしたイリヤに、凛は、何時の間にか食事をやめて驚愕した表情のまま固まっているセイバーが箸をテーブルに落とした音を聞き、形振り構わずに頭を抱えたくなった。

 

 

 




ライダー、バーサーカー陣営まさかの共闘!!(嘘)
セイバー陣営はストレスでマッハwww

がんばれよ、遠坂


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