偽・錬鉄の魔法使い   作:syuu

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やっと、始まりの夜になった(倒)


3少年の戦

「――――――では、今日はここまで。何か質問があれば昼休みのうちに職員室で受け付ける。……号令」

 

昨日まで何ら変わらない日常であったこの学園に明らかに異常が入り込んでいた。それは間違いなく魔術という神秘が織り込まれた異常。詳しいことはまだわからないが、とても友好的な(やから)の仕業ではないことはこの腐臭にも似た不快感極まる魔力が物語っている。

 

何より不愉快なのはこの魔術は明らかに一般人を巻き込む目的で施されているということ。授業の合間の休み時間にざっと校舎を回ったがどれも馬鹿の物覚えのように同じ型で構成されていた。

防御目的にしろ儀式目的にしろ最低限の人払いや認識阻害の対策も無いお粗末な形式であった。

明らかに素人、しかもこの霊地である冬木の管理者(セカンドオーナー)である遠坂に喧嘩を売っていると言って良いほどの愚考だ。

同じく魔道を扱う者として神秘の漏洩の対策をしていればこの不審な施術者に敵意は感じようとも害意までは感じなかったのだが……。

 

 

術の詳細を調べる為に人気の無い所に行こうと教室を出ようとすると。

 

「衛宮、今日は一緒に食わんのか?」

 

一成が昼飯の準備をせずに出て行こうとする俺を引き止める。

 

「今日、弁当を忘れたみたいでさ。購買でなんか買ってそこら辺で済ませてくる」

 

本当は持ってきているが、普段から教室か生徒会室で食べている俺が急に場所を選んで食事をするのは不自然だし、ここは出来るだけ早目に潰しておきたい厄介事を優先すべきだろう。一成がついて来る可能性を考慮して無難な嘘を吐く。

おそらくこれを仕掛けた奴は魔術の使い方は三流だが術の質が悪すぎる。

 

「珍しいこともあるものだ。今日の天気予報は外れか?」

 

「じゃ、行ってくる」

 

訝しげに窓を見る一成に別れを告げると購買のある下の階へと向かっていった。

 

 

 

 

 

術式(craft)起動(on)

 

俺は、購買で買ったジュースと焼き蕎麦パンの入ったビニール袋を脇において屋上の床に手を付き、解析魔術を行使する。

どうしてこんなところにいるのかというと最初は、体育館の裏や弓道場を目を凝らしてみたのだが今日は運悪く人がいて魔術を使うわけにはいかないので、仕方なくそれら以外でこの学園で昼休みに誰も寄り付かないところを探していると普段は鍵の閉まっているはずの屋上が開いており、もしやと思い行ってみると案の定。例の魔術が施されていた。

 

「―――対象解析を開始

―――種別、用途を逆算

―――対応可能策を検索」

 

コンクリートの中にある、否いる(・・)『コレ』自体は魔術師であるのなら誰もが御馴染みのそれであり、構成自体は単純なモノだった。ただ問題があるとすればこれ等が単体であったなら簡易な初等魔術でも対処は可能なのだが、基点の量が異常であり普通の方法では虱潰しに探していくより術者を叩いた方が効率的な仕様となっていた。

 

「!? 回路(craft)停止(off)

 

術者が工房にでも引き篭もられたら厄介だと思っていたそのとき、誰かが階段を上って来る気配を察知し急ぎ魔術回路のスイッチを切って、フェンスに寄りかかりパンを齧る自然体を装い、首だけ振り返るとそこには……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら衛宮くん。屋上で空を見ながら昼食ですか?」

 

穂群原の制服に長い黒髪をツインテールにした遠坂家六代目頭首、遠坂凛(セカンドオーナー)が立っていた。

 

「えっと、遠坂……だよな」

 

「ええ、そうですよ」

 

「穂群原の優等生がどうしてこんなところに?」

 

「実は今朝、私の外国の知り合いで学校見学をして屋上の扉の鍵を閉め忘れてしまいましてね。それで昼休みの内に鍵を借りて鍵を掛けようと……衛宮君こそ普段は教室でお弁当ですのに今日は購買で済ませているんですね」

 

どうして遠坂が俺の昼飯事情を知っているのか突っ込み待ちなのかと思ったがこいつの思考は外見とはかけ離れているのは分かっている。一成に予め警告されなければ彼女の作り笑顔に潜む悪魔に気付かなかった。恐ろしい擬態能力だ。

 

「別に、今日は一成と生徒会室で食べようと思ったんだけど弁当を忘れて……。それで購買寄って階段を上っている途中で風が吹いているのに気付いて、気になって上ってみれば扉が開いてたって訳さ」

 

「それは失礼しました。ですが屋上は一般生徒が許可無く立ち入るのは禁止されていますし早く戻ったほうがよろしいですよ」

 

「五分や十分そこらなら平気だって。遠坂も一緒にどうだ?」

 

まさに見た目と周囲の評価にそぐわない優等生な回答といえる。もっとも、その優等生が屋上の鍵を閉め忘れていったので猫をかぶっている状態では大きく出れないのだろう。隠しているつもりなのか左手が拳を作り小刻みに揺れている。

 

「……では、五分だけ御一緒させて貰いますね」

 

 

 

 

 

 

 

「何!? あの女狐(とおさか)と二人で昼食だと!? 何か心的外傷(トラウマ)になるようなことは言われなかったか? 貴重な食物に細工はされなかったか?」

 

放課後の生徒会室に一成と俺は雑談しながら各々の作業に取り組んでおり、一成は次の入学生の説明会企画の考案をまとめ、俺は家庭科室倉庫に死蔵されていたホットプレートを分解し半田鏝を片手に作業用のゴーグルとマスクを装着しながら点検と修理を行い昼休みのことを話すと一成が飛び上がるように驚きながら俺の心身を心配する。

 

「大丈夫だって、種類の違うパンを交換して軽く世間話してそれだけだって。ハイこれ直ったよ」

 

「ああ、すまんな……って、前半!! 奴の手に渡ったものを口にしたと言う事か!?」

 

「そういうことになるけど、あれは意外だったな。あのお嬢様オーラ全開の遠坂が賄いシリーズを買っていたとは」

 

「悪いことは言わん、衛宮。今すぐ吐き出すか胃薬を準備しておけ」

 

一成の遠坂に対する反応はどんどんエスカレートして行き、過剰で過激なモノとなっていく。というか遠坂、お前何をしでかしたんだ?

 

「寺の住職の息子の一成がそこまで邪険に扱うとは相当だな」

 

「当然だ。中学時代に同じ生徒会に勤めていたが、あの女狐の手口を間近で見た俺だからこそ奴の危険性を誰よりも理解しておる」

 

「まっ、その話にも興味は有るけど今日はこれで終わりにしよう」

 

ゴーグルとマスクを外し眼鏡を掛けると修理の終わったホットプレートを部屋の隅に寄せる。

 

「おお、もう直ったのか?」

 

「いや、特に損傷の激しいものは未だだけどこれ以上やると遅くなっちまうからな。残りはまた今度だ」

 

「調理部の備品だけでも自前で修理してもらえるのであれば、こちらは大助かりだ」

 

「その分、食材に部費を回せるのならという条件の下でやって俺も助かるからwin-win関係っていうやつだな。じゃあまた来週」

 

「ああ、またな」

 

 

 

 

 

 

 

「でさあ、そこの店であいつが―――」

 

 

生徒会室を出て階段を下りると間桐慎二が二人の……おそらく後輩であろうと思われる女生徒二人と楽しそうに雑談しながら廊下を通るのに出くわす。

 

「随分と機嫌が良さそうだな。間桐」

 

「なんだい衛宮、こんな遅くまで残って生徒会の胡麻擂りかい?」

 

この減らず口のワカメがどうしてこうも女子にモテるのか我が学園の七不思議のひとつだといってもいいだろう。

それにしても、いつもの間桐なら邪魔立てするなと羽虫を追い払うように扱うのだが何か良い事があったのか本当に今日は機嫌が良さそうだ。

 

「生憎、文化系の部活には弓道部のような体育会系と違って備品の修理費が十分に回ってこなくてね」

 

「へえ、……衛宮、暇なんだ? だったら僕のために弓道場の掃除代わりにやってくれないか」

 

「え、でもそれ間桐先輩が藤村先生に言われたことじゃ」

 

「いいって、いいって。それに掃除なんかしていると新都のお店閉まっちゃうよ? なあ頼むよ、僕はこの通り忙しいし」

 

女侍らせて遊びに行くことをステータスだと思っている野郎のどこが忙しいのかご教授願いたいところだが。

俺は雑用を押し付けてくる間桐を無視して階段を降り帰りを急ぐ。

 

「悪いな間桐、今夜は俺も先約がある」

 

「なっ!? おい、衛宮!!」

 

「そこまで急いでいるのならそこの二人に協力してもらって三人でやればいいさ。じゃあな」

 

断られると思わなかったのだろう間桐は慌てて俺の後を追おうと何か言い返そうとするが、その言葉を続けるその前に俺が遮るように最も効率的な提案をしそのまま真っ直ぐ昇降口へと向かい帰宅して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「攻撃用の礼装(カード)は大半が霊脈からの魔力供給の最中だったが最低限の武装はしてきたし、そこらの死徒クラスの魔術師一人くらいなら大丈夫だよな? ……っよし。術式(craft)起動(on)

 

自宅の洋館に戻ると直ぐに俺は工房の地下へと向かい礼装(カード)の魔力量を確認し比較的に供給が済んでいる十数枚を懐に仕舞い再び学園へ赴くと明かり一つない、誰もいない校舎の中に入り昼休みに調べた屋上でもう一度術の調査を始めた。

 

「っつ!? ……やっぱりこの魔術、基点が動いている(・・・・・)

 

月と星、それから街からの夜景でしか光源はないが、今は目を閉じて学園に仕掛けられた魔術をどうにかするために奮闘しているため左程の問題ではない。いざとなれば目を強化して視力の底上げを行えば薄暗い夕方と同じぐらいの視界になるのだから。

今重要なのは、術の基点が昼間と違い大きくズレている点だ。

基本的に術を施した場合、詠唱や陣の構成などの余分な無駄を省くためにその場に刻印を行い施術者の回路の起動などの魔術行使といった一定条件を満たすことで起動するのが普通なのだがこの起点は学園のどの建物や土地にも刻み込まれていない。術式自体が生き物として動いて自分から魔力を集めていたのだ。

 

「気持ち悪すぎる、こんなモノまで使って魔力を集めようとするなんて」

 

それは、生き物としてなら俺の魔眼で一気に片が付くと眼鏡をズラし目を赤くさせ術式そのものとなっている使い魔を集めると、そのおぞましい姿を見た時に口から零れていた。

 

 

 

蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。

 

それらは、コンクリートの僅かな隙間や通気口や下水のパイプを通り屋上に無数に塊となってやってきた。

まるで巨大な鞭虫のようにうねり、草木に吸い付くアリマキのように群れ上がり、光に寄付く蛾のように俺の周りを埋め尽くしていた。

 

「目を奪う」

 

あまりの生理的嫌悪感に自然と目にいつもより大目に魔力を送り蟲共の意識を、俺自身に注目を集めさせ動きが急激に止まる。俺の存在そのものにしか反応せずそれ以外何も感じられないようにする。

音も、

温度も、

匂いも、

光も、

命令も、

本能も、

呼吸も、

欲も、

それこそ何も感じなくなるほどただ魔力を貪るだけの存在である筈の蟲共はただ『魅了』されていた。

 

「目を合わせる」

 

限定礼装である眼鏡を外した瞬間、俺の視界に入っていた蟲の使い魔たちが一斉にその体を硬直させ次第に灰色に固まり乾燥し切って、自重に耐え切れずに自壊する飴細工のように崩れていった。

 

石化の魔眼(キュベレイ)

他者の運命に介入する強力な魔眼は魔術協会においてノウブルカラー(特例)とされるが、その中でも最高ランクとされる天然由来の神秘。

それに()てられた視界に捉えた蟲共は一匹残さず石に変わり無様に砕け散った。

 

「これなら、いける」

 

眼球のない線状の蟲に視線を直接交えることなく石化させることができるか不安であったが予想以上に上手くいった。夥しい数の蟲に埋め尽くされた屋上には俺と無数の砂礫しか残されていなかった。

 

「後は、別館と弓道場の場所で集めて処理してしまえば」

 

 

 

 

 

―――――――『なんだ、全部ぶっ壊しちまうのか。勿体ねえ』

 

 

「!? ?」

 

唐突に、蟲の居場所を確認しようと広範囲に意識を広げ情報を集めようとしたところ。予想外の思考を盗んでしまった。

馬鹿な、誰かに見られただと? そんな筈はない、ちゃんと学園内の隅々まで目を凝らして人がいないか確認をしたしここから見える校門からは誰も通っていないことは分かっている。

 

ならば今の(思考)は一体なんだ?

 

と、もう一度声のした方向に目を凝らし確認をする。

 

 

「………ぁ」

 

屋上のフェンスにしゃがみ込む獰猛な豹を思わせるようなそれは、明らかに人の形を成していた。しかしそれは、明らかに人ならざる異形であった。

目を凝らすことでようやく陽炎(カゲロウ)のように半透明に見える深い青髪の赤眼の青年。

髪の色に合わせたような肩当以外に金属を使っていない時代錯誤な軽装の蒼い鎧、そしてその手に持つ禍々しい赤を帯びた一目で神秘の塊であると分かる長槍。

 

見てしまった。見てしまった。見てしまった。

 

『ん、坊主。俺が見えるのか?』

 

「ぁぁ、あ」

 

うろたえる俺の姿は滑稽に見えただろうが、それほどまでに今まで相手取ってきた魔術師や異形の怪物たちとは明らかに異なる畏敬の神秘を持ち合わせていた。

男は楽しそうに笑いながらそれは足を延ばし立ち上がりフェンスから滑るように降りると獰猛に槍を構え………。

 

 

「そうか、そうか……んじゃ悪いが死んでくれや」

 

実体化し、死刑を宣告すると常人では考えられない脚力で飛躍し俺の目の前に飛び込んで槍の穂先を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「!? 目を醒ます」

 

気付けば、俺は必要最小限の動きで槍の穂先を躱し青い男の構える槍の下を潜り抜け下の階に繋がる階段に向かって走っていた。

 

「ほう……あの状況からよく俺の槍を躱せたな、時代が時代なら一端の戦士に成れただろうに。……あん? なんだよ。わーってる、わかってるよマスター。見られたからには口封じってか」

 

青い男は、赤い長槍を二、三玩ぶように回した後、逃げた黒蛇を追い掛ける。

 

 

 

何だ、何なんだ。アレは!? 階段を駆け降り我武者羅に廊下を走り逃げ惑う中、俺は先程の男の異常性に焦りに近い緊張感を感じていた。最初は幽霊の類と思い立ったがそれはとんだ勘違いだ。特にあの赤い槍、アレだけは途轍もなく不味いのは判った。おそらくあれで相手に負傷を負わせることで呪いを与える魔槍や呪槍の類のモノ、魔術師が作り出す一級魔術礼装が玩具に見えてしまう程の代物。

なんでそんなものを奴が持っているのか……。

 

 

 

「よお」

 

「な!?」

 

廊下の曲がり角を走り抜けようとしたら突然、虚空から現れるように男が姿を現した。恐らく先程の目を凝らさなければ見えない霊体化をし壁や床を通り抜け、先回りしたのだろう。

笑みを浮かべながら青い男は俺を魔槍で狙わず右足を大きく蹴り上げた。おれは両手で蹴りを受け止めるもそのまま3-Aの扉が外れる勢いで激突し教室の奥まで吹き飛ばされる。

背中に椅子や机の脚がぶつかり最後には床に叩き付けられるように倒れこんだ。 

肺に突発的な衝撃が襲ってきたことにより咳き込み目には涙が滲み出てきた。

 

「こんな粋が良い獲物(たたかい)をさっさと終わらせるのは俺の流儀に反するんだが……悪く思うなよ」

 

口ではそう言いながら赤い槍を器用に振り回しながら壁を破壊しご丁寧に教室内にある俺と男の間にある椅子をまるで紙風船のように振り払った。

床に倒れこむ俺の傍らに立ち槍を構える。せめてもの情けのつもりか魔槍で貫く俺の顔を真っ直ぐ見ており。

 

よく見ると俺とは違う色素による赤を宿す瞳孔に、俺の赤く染まった目と薄く笑う顔が映っていた。

 

「目を合わせる」

 

 

…………………………………………。

 

 

 

槍の男は、赤い魔槍を構えたまま動くことも喋ることも出来ないまま生きた彫刻像か、動作不良を起こした人形(オートマタ)の様に停止していた。

元々何らかの抗魔力を持っていたのか。石化こそしないが、数分の停止にまで持って行けただけでも十分だ。

 

呼吸を整え、気を落ち着かせると俺は両手の掌を合わせ男の槍によって破壊された机の脚を掴み取り魔力を流し込んで唯の金属棒を薄くワイヤーのように伸ばしながらその鋼線を用いて簡易的な封印を施す。槍を構えた状態の男に何重にも何百回と馬鹿みたいに同じ封印を施し下位妖物の類なら物理的にも魔術的にも絶対に抜け出せない結界を編んだ。

 

当然この程度で止まる相手だとは思っちゃいない。

 

ある程度痛めつけてから情報を得ようと攻撃の要である懐のカード型礼装を三枚選び、抜き取ろうとしたそのとき。

 

「随分と珍妙な力を持っているが、この拘束を見るにお前は魔術師のようだな」

 

予定より早く硬直が解け、男の姿が消えかけるも封印の術式が起動し霊体化しようとした男の顔が驚きに染まった。

 

「霊体化を強制的に封じただと? ……いや、違うな。これはこの鋼線そのものが半霊体化して俺を縛り続けているのか。チッ、仕方ねえ……なっ!!」

 

今度はこちらが驚く番であった。

掛け声と共に封印に使用したワイヤーの三分の一が弦を張り過ぎた糸のように独特の金属音を発しながら切れ始めたのだ。

たった一度であの封印の要を見破られしかもワイヤー同士の摩擦を考えると理論上二百t以上物理的エネルギーが必要となる拘束を引き千切るとは予想外……いや、規格外の相手だ。

 

完全に拘束を引き千切られる前に俺はもう一度掌を合わせ床に手を付くと教室内に煙幕を張り床に穴を開け下の階に降り立ち。目的の場所に向かって行った。

 

 

 

 

赤い魔槍を持った男は封印を自らの筋力と魔術を用いて強引に引き千切ると肢体に纏わり付いたワイヤーを一瞬霊体化することですべて外すと槍を振るい窓ガラスを破壊すると教室内に充満する鬱陶しい煙を外に出した。

 

「敵わない相手と判ればすぐさま遁走か、いい判断だ。……俺よりも脚が速ければな」

 

煙の晴れた教室の床に開いた人が一人入るほどの穴を見ながら静かに姿を消した。

 

 

 

 

 

暗くいつもと違う学園の風景に惑わされ、二回ほど曲がり角を間違えて進み俺は焦っていた。

ここが自身の工房でない以上魔術師としての力を十全に引き出せない以上、未熟でありながらも錬金術を嗜んでいる俺にとってあそこは必要な材料(武器)の宝庫だ。

 

 

 

探しているのは錬金術の始まりにして現代の一般家庭にも馴染みのある場所。

 

落ち着け、現状を把握しろ。今俺が相手をしているモノはなんだ? それに対抗するための策は?

使えるものは何でも使って最良の結果を生み出すのが六代目魔術使い、衛宮■郎だろうが!!

 

 

 

 

 

「違う、これも違う!! 藤ねえの奴、最後に何処置きやがった」

 

散々駆け回った後なんとか見つけた二階の家庭科室で俺は厨房で、槍の男をこの場で仕留めるためにある物を探していた。

下の棚にあった調味料の数々を脇へと追いやり最後の奥にあった白い砂のようなモノが詰まったビニール袋を見つける。

 

 

「あった!!」

 

ラベルの商品名を確認すると手を合わせ袋の中身に翳し、錬金術を行使する。

砂糖のように白かった中身が鉄を粉状にしたような白銀の光沢に変わる。

 

「あだっ!?」

 

物質の調整が終わり、奴を待ち構えていると家庭科室の天井裏から男の声が聞こえてきた。霊体化からの奇襲を防ぐために張った結界がうまく機能したようだ。

 

すぐさま目を凝らし男の場所を探ると丁度、俺の真上に居り実体化して天井裏から足を上げ蹴り破ろうとしていた。

 

投影(trace)開始(on)

 

教室に張った結界を解除し教室の扉まで走って天井から降りてきた男に投影で生み出した低反動の短機関銃(サブマシンガン)を右手に持ち、撃ち続ける。

 

投影(グラデーション・エア)

強化、変化の上位に類する魔術で人間の魔力によってオリジナルの鏡像を物質化する魔術であり、本来なら元となる物質を人間の穴だらけなイメージで再現と本来通りの性能は望めない非常に効率の悪い魔術なのだが、俺の場合今使える魔術の中で錬金術の基礎である変化の次に得意な魔術である。

 

所詮、人間の幻想でしかないため、世界の修正力によって数分で消滅する儚い物である筈なのだが、今のところ俺が壊れろと念じるか投影物に応じた物理的衝撃を与えない限り消えることはない。最長記録は十年前に投影した家具が今でも残っている。

 

今投影しているのは切嗣(父さん)が持っていた銃を、俺用に改造を施されたもので反動は殆どない代わりに威力も当然低い。こんなもので倒せる相手ではないが牽制にはなる。

と左手に持った練成物を前に放り投げると大きく弧を描き槍の男の傍にまで投擲され。俺が床に落ちる前に短機関銃(サブマシンガン)の弾を当てると白銀の粉末が男の前で煙のように充満し袋に入っていた数枚の紙が飛散する。

 

「また目隠しのつもりか? 芸がないな!!」

 

燃えろ(Ignition )!!」

 

青い男が吼えるを無視して仕込んでいたルーンを起動させると家庭科室が数百のカメラのフラッシュを一度に浴びせたように激しく光る。

予め目を腕で覆っていた俺には大したダメージはないが青い男は目が見えないのか両手を床に付き明後日の方向を向いている。

 

俺が探していたのは豆乳を豆腐に固めるためのにがり(Mg)、それを純化させ粉末状にすることにより酸素と結合しやすくなりなまじ粉塵爆発を起こしたことにより強い発光を促したのだ。

 

正攻法で勝てない相手に勝つには搦め手で行けばいい。切嗣(父さん)が俺に魔術を教えたと同時に戦い方も平行してその技術を叩き込まれた。

 

本気ではなかったとはとはいえ、時計塔では必修である薬学科の魔眼持ち講師に宝石級の太鼓判を押された石化を数秒の停止にまで抵抗(レジスト)された以上、一工程(シングアクション)の簡易魔術では歯が立たない。少なくとも礼装を交えた三小節以上の高出力の魔術を行使するしかない。

 

「『(Fly)』『(Shot)』『(Erase)』!! 照応(Anaphora)羽翼よ(By feather)鉄と成りて矢の如く射よ(Because it change the wings to iron of arrow)

 

懐から抜き取った三枚の礼装(カード)が集まり一つの塊となった途端、俺の周りに無数の羽毛が現れ舞い上がる。

 

 

射出(Injection)!!」

 

一枚一枚がその形状をより鋭く変化させ、攻撃対象である魔槍の男目掛け一斉に襲い掛かった。

 

殺った。そう思った。

だが、俺の放った魔弾は一つも男を貫くことはなく男の振るった赤い魔槍によって大部分が紙のように叩き落される。何枚かは槍に捻じ込むように引っ付いているが件のそれには傷一つ付かない。

 

「やるじゃねえか、俺以外の槍使い(ランサー)なら手傷を負ってただろうが。相手が悪かったな」

 

ランサーと名乗った男は感心したように口笛を吹く。目が見えないのが判ったのか瞼を閉じ、槍の持っていない手で虚空に指で何かを描いていた。

ルーンの魔術だ。それも治癒の刻印を自身に掛けようとしており、明らかに目の回復を狙っている。

 

「くっ、射出(Injection)!!」

 

もう一度同じ魔術を行使し妨害を目論むもまた、槍の一振りで無効化される。

 

今の俺の手持ちではとても手に負えないと判ると。俺はもう一度目を赤くし、(ランサー)の視力が回復する前にひっそりとその場を動かずにじっとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

ランサーは、視力が回復し俺を視界に捉えていたのに、俺が目の前にいるにも拘らず、まるで俺が見えていないかのように辺りを見渡し俺の真横を横切り、学園内で大声で俺を探し周るも最後まで俺を見つけることができず諦めたのか学校の敷地を出た。

 

それを確認すると俺はすぐさま通学路を走り抜け家の洋館へと戻ると、工房へと繋がる扉の番をしている礼装(カード)の効果範囲を広げ屋敷そのものを異界化させると一息付き、リビングのソファに体を横にし夢現(ゆめうつつ)に休んでいた。

 

あの、ランサーと名乗っていたアレは一体なんだったのだろうか。個の感情を持ち、霊体化や物理的干渉を可能とする実体化を切り替えることが出来るという点では俺のカード達とよく似ている。まさか……!?

 

身体を休めながらこれまでの経緯についてまとめようとしていたところ、身体中に動悸にも似た衝撃が襲い掛かる。何者かがこの洋館に張った結界に干渉し魔術回路の負荷が生じたのだ。

この感覚は『探索』のルーン?

 

屋敷の扉にトラックでもぶつかったような衝撃がドアをノックするかのように何度も響き渡る。

 

 

間違いない、やつが俺を追って来たのだ。

 

飛び起きるようにソファから立ち上がると、急いで自身の工房へと渡り廊下の扉を開けようと取っ手に手を掛け開くのと同時に表の扉が破壊される。

 

「やれやれ、小僧一人にこうも翻弄されるとは俺もついていないな。……だが今度は逃がさん」

 

男は、いやランサーは今までの『突き』の構えとは打って変わって、槍の持ち手を後方に『放つ』構えを取っていた。

そして何より、力強く込められる魔力の量が赤い魔槍の真価を発揮させようとしているのがわかっていた。

おれは激痛が伴うのも構わず魔術回路を起動させ一枚の礼装(カード)を右手に持つ。

 

敵性に対し万全の防御(The defense of perfection for the enemy )

 

「まさか、サーヴァントではなく魔術師相手にこれを使用するとはな。……その心臓貰い受ける―――

 

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!!」

 

 

(Shield)!!」

 

赤い魔槍と赤い宝玉を埋め込まれた翼のような盾が拮抗する。

 

「うぉおおおおおお!!」

 

ランサーが大きく咆哮し額に青筋を立てながら徐々に盾の守りを削るように進み……。

ガラスが砕け散るように盾が破壊された。魔力を使い切り朦朧としていた俺はその衝撃に身を任せ大きく吹き飛び開きかけた渡り廊下を通り抜け工房の入り口にまで行きたった。

 

 

(Wood)

 

痛む身体を無理やり動かし工房の入り口である硝子扉を潜ると、礼装(カード)の暴走覚悟に詠唱破棄の開放を行い気休めと分かりながらも樹木による扉の封殺を試みる。

 

八年前のあの日から自身の罪の象徴にして最強の魔法礼装である、あの石を使おうと魔力枯渇から来る倦怠感と戦いながら歩こうとすると樹木で封じた扉が爆発されたかのように破壊された。

 

 

「坊主、お前は誇っていいぞ。俺の『とっておき』を食らって無傷で済んだんだ。ひょっとしたら本当に七人目だったのかもな――――――不幸だった自分を呪え」

 

土煙から出てきたランサーが槍を構え、放心状態の俺を貫こうと散歩のような歩調で間合いを詰める。

 

 

 

嫌だ、まだ(もう一度)……死にたくない(逢いたい)

 

 

 

 

 

「お母さん!!」

 

 

 

 

 

 




質問、感想、誤字あればどんどん言ってください。意見お待ちしております。


次の話なんですけど、過去編に行ってしまおうか(走馬灯的なアレ)続きを書いてしまおうか迷っています。

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