偽・錬鉄の魔法使い   作:syuu

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4化け物の約束

俺の一番最初の『記録』は、妹の茉莉とお母さんの子宮の中にいた時のことだ。暗く暖かい赤い水の中でお母さんと茉莉、そして自分の三人分の心臓の鼓動が響いていた。時折お母さんのお腹に耳を澄ませているお父さんの声が聞こえてくることもあった。

 

そのことを覚えていると、誰かに話すことはなかった。別に秘密にしていた訳ではない、唯切っ掛けがなかっただけのことだ。何故なら俺にとって、それは当たり前のことであり、一種の常識としてなんら疑問すら抱くことなく受け入れていたのだから。

 

生まれて直ぐ自分と妹の産声を聞き、体を清めるお湯の温かさも。

 

父に似た黒い髪と祖母に似た蛇の鱗のような模様のある頬を優しく懐かしげに撫でるお母さんの泣きそうな笑顔も。

 

たどたどしく俺を抱き上げるお父さんが、俺と『目を合わせ』て石のように固まりお母さんが悲鳴を上げて驚きハーブティーを溢したことも。

 

茉莉と俺二人での夜泣きに右往左往する両親二人の慌てっぷりも。

 

 

 

 

みんな覚えていた。

 

 

言葉を理解することもなく自分が何者であるか、いや自我でさえ芽生えていない筈であるのに鮮明に残るこの体験は、まさしく『記録』と呼ぶに相応しい俺の目に焼き付いた思い出という名のアルバム。

 

 

この『目に焼き付ける』能力は俺のお気に入りだった(・・・)

そう、『だった』のだ。

 

理由は、確か二つあった………と思う。

一つ目の理由についてはよく覚えている。

今まで宝物のような記録を焼き付けるこの目が嫌いになったのは暑い夏が、何度も何十と過ぎた頃だった。

お母さんはいつまで経っても綺麗な姿で、俺達兄妹がゆっくりと成長していく中で、お父さんは新しい季節が訪れる度にその身体は少しずつ褪せていた。俺と同じく黒かった髪や髭は、炭に混ざる灰の様に白くなり、顔には木の年輪の様に皺が増えていった。

昔は、茉莉と俺を連れて一緒に屋敷の傍の森でよく遊ん貰っていたが、夏が四十ほどやってきたその年にお父さんは病気を患い、床に伏せて起きる時間よりも寝ている時間の方が多くなっていた。

 

季節が三回巡って来た頃には、熟れ過ぎた木の実のように肌の艶がなくなり、杖を突いて歩くその姿は、御本に出てくる魔法使いの老人や立ち枯れた杉の木を思わせる。

 

物を食べる必要性を感じない祖母の血縁である俺たちは、何も食べなくとも生きて行けるが人間であったお父さんはそうは行かない。毎日二食から三食、栄養を摂らないと一気に体を弱めてしまうとお母さんが拙いながらもお父さんに食事を食べさせる姿は絵になっていた。

 

それでも、お父さんは俺たちに弱気なところは一切見せず、陽気に笑いながら

 

あくる夏の夕暮れ時、昼間の太陽が照らした屋敷の壁がまだ熱を残していた。少し蒸し暑いその日はお父さんが自分の死期を悟り死ぬ前に俺はお父さんと二人きりで、男同士の大事な話があると言った。

茉莉はお母さんに連れられ、下の台所でお茶を淹れて来ると言って寝室から出て行った。そのときのお母さんの顔は心に何かを押し込んだような、秘密を隠した泣きそうな笑顔だった。

 

 

「さて。先ずはお父さんとお母さんが、どうやって出会ったか話そうか」

 

 

 

 

 

俺は、その時に驚いていた。両親は俺たち兄妹に自分たちは、「人と目が合うとその人を石に変えてしまう能力を持って生まれてきた」と教えられ森の外にいるニンゲンと呼ばれる生き物は俺たち一族のその力を恐れている……と。

お母さんは体が貧弱というか極端に体力がなく子供である俺にすら劣り、お茶の葉や薪を取りに行く時以外に、屋敷の外に出ることは一切なかった。だから、お父さんと一緒に出るしかなかったがいつも目の届く範囲でしか遊ぶことは許されなかった。

どうしてお父さんはニンゲンなのにお母さんと一緒に住んでいるのかいつも疑問だった。

「お父さんは良いんだよ。絵本に出てくるニンゲンは、怪物を倒すことばかりだけど中には怪物と一緒にいる変わり者のニンゲンがいるだろう? お父さんはそういう種類のニンゲンなんだ」

嘘だと思った。だって怪物と一緒にいるニンゲンは、怪物に優しくないしその怪物を引き連れて他のニンゲンの意地悪をする悪いニンゲンばかりだった。でもお父さんは違う、そんなことはしない。優しくて、強くて、ずうっと森の中にあるこの屋敷で暮らしているんだから。

そのことを話すとお父さんは、俺を抱きしめ十秒ほど震えるて、抱き方を変えて高く抱き上げたかと思ったら行き成り足だけ持ち逆さまに揺らしたりグルグルと振り回し「可愛いやつめ~」と満面の笑みで笑っていた。急なことで俺が「怖いから下ろして!!」とお父さんに泣きつくと笑顔を崩さずに、ごめんごめんと謝りながら続けて「でもね、ニンゲンってのは一人ひとりは良い奴でも集団になると変わってしまうんだ」懐かしげにそういったお父さんは、俺たちが大きくなるまで外の世界のことと、昔のことを話すことはなかった。

 

 

そうであったのに、お父さんは昔のことを話し出した。楽しくどこか空白なお父さんの様子を見て。俺は未熟な子供の思考でありながらも察してしまった。この人は二度と会うことの出来ない、どこか遠いところに行こうとしているのだと。

 

話の出だしは、それ以上に俺を驚かせた。お父さんはこの森の外の世界から大勢の仲間と一緒に化け物退治をしに来たのだそうだ。当時、怪物退治予定日に土砂降りの雨が降り森の一番近くにある村で一休みをして、後日村人に止められるもお父さんの仲間は森の中に入っていった。

地図もなく、村の伝承を頼りに動物の気配のない山道を彷徨い案の定お父さん達は、半日も経たない内に遭難したそうだ。その日の夜に眠った場所が悪かったのか増水した川が鉄砲水となりお父さんは仲間と離ればなれになった。

荷物も食料も流され、当てもなく森の奥に進んで行き、籠いっぱいのハーブを抱えたお母さんと出くわしたのだ。

そこから先は、簡単に言うとお父さんの一目惚れ。最初は化け物に扱き使われている囚われのお姫様か何かと思っていたらしい。

若いころのお父さんは、相当なロマンチストだったようだ。だが確かに自分で言うのもなんだが、お母さんは美人だ。

比較する対象がお父さんの記憶の中にいるニンゲンの女だけだから、ハッキリとはわからない。でもそれが身内贔屓だとしても構わなかった。

「一人ひとりは良い奴でも集団になると変わってしまう」と言ったあの言葉は、逆の事を指していたんだ。仲間から引き離されたお父さんは自分の目でお母さんという生涯の伴侶を得たのだ。

 

 

「―――これを渡しておく」

 

話が終わり、お父さんがいつも首に掛けているお母さんとお揃いの鍵のペンダントを俺の首に掛ける。

 

「お父さん?」

 

「お前は、お母さんに勉強を教えてもらったお陰でお父さんより賢い男になった。目の能力が、お義母さん……お祖母ちゃんに似たお陰で、この家の誰よりも強い男になった。だから、お父さんの代わりにこの家を守りなさい」

 

「でも、おれまだお父さんみたいに大きくないよ? すぐ泣くし、マリともよく喧嘩したりそれに」

 

鍵を握り締め、情けなく涙を流しながら言い訳を始めた俺に、お父さんは鱗が覗く両頬を包み込みながら親指で涙を拭う。そして自分も涙を出しながら。

 

「大丈夫だ、お前なら絶対、大丈夫だ」

 

何度も、何度も、俺を宥めていたのか、それともお父さんが自分自身に暗示を掛けていたのか同じことを呟いていた。

 

 

 

 

 

その三日後、家族全員に看取られながら眠るようにお父さんは死んだ。

 

その時の『記録』が目を閉じた瞼の裏に何度も出て来て俺は、自然と目の能力を出来るだけ使わないようにしていた。

 

元々、家族しかいない森でたまに訪れるのは毎年春にやってくる渡り鳥や小鳥、小動物がいいところだったし俺たち三人は食べ物がなくても生きて行けた。

 

だからなのか、変化の乏しい日常を過ごす妹のマリの好奇心が外に向けられていたことに■■■■■■

 

そうだった、二つ目の理由が確か

 

お母さんが■■■■■■■■■■■■

 

 

■■■俺は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

■■■■■■■■■ニンゲンが■■■

 

■■居ない■■■■

 

■■■■■■■■石に■■■■■■■■■■

 

 

 

「生きてる? 生きている!! ありがとう、ありがとう!!」

 

 

気付いたとき、俺は炎と泥にどこかお父さんと似ている知らない男の人に抱きかかえられ何度も何度もお礼を言われていた。

睡眠を必要としない体であった筈なのに強烈な疲労感と睡魔に襲われた。

 

もう一度目を覚ますと、いつもの寝室の天井ではなく白い天井が見えた。

周りを見るとニンゲンの子供がたくさんおり、俺は何かをすることもなく前を見続けていた。

 

暫くすると、俺にお礼を言ってい男の人から養子にならないかと話を持ち掛けられた。

 

嘗てお父さんに家族を託された時の事を思い出したのか、容姿が似ていたのが原因か、唯の気まぐれか、俺はその人の養子になることを承諾した。

 

 

その後が大変だった。切嗣に化け物を引き取ったことに後悔はないのかと、化け物である証拠を見せるように目の能力を使おうとしたらある変化に気付いた。

頬にあった鱗が消え、髪には所々赤毛が覗いており、顔が少し変わっていた。

そして何より慌てたのが能力が使えなくなっていたこと。正確には、いつもの様に自分の意思で使えなくなっていたのだ。

 

空腹というものを体験し。

食べ物というものを味わい。

友達というものが出来て。

魔術や魔法を教わり。

 

ニンゲンはニンゲンでしかないことを知った。

 

 

 

 

そんな走馬灯を垣間見ているとランサーは槍をまっすぐ落とした。

 

肉を突き刺す音が工房中に響き渡った。……だが血は流れない。

ランサーの魔槍が俺の心臓を貫いたことを感触で以て理解した。……だが血は流れない。

心臓の鼓動が小刻みに不規則なものとなり体内に血液が溢れ出すのを感じた。……だが血は流れない。

 

 

「フー、……ん?」

 

ランサーは、自分を労うかのように息を漏らし目を閉じるも、槍を刺した時の違和感が拭えず槍の穂先をよく見ると俺の目が赤くまだ死んでいないことを知る。

 

心臓の痛みを通じて魔術回路が走り俺の目に、いつもより熱く魔力を送っていた。いや、目だけでなく身体全体を駆け巡り、最後は体内に収まり切れないほどのエーテルが溢れ光となり始めた。

 

「ドワァ!?」

 

魔力の熱は俺の身体を通り抜け、工房の床に地割れのように光の筋を作りながらランサーを胸に刺さっていた槍ごと吹き飛ばした。

先程まで、枯渇寸前まで戦っていたのにも関わらず一体どこからこれほどの魔力が、生成されたのか疑問に思ったが、そんな思考するを暇があれば胸の治癒に専念すべきと判断し、目を醒まし傷ついた肉体を作り変える。

 

「まさか本当に七人目となったのか!?」

 

ランサーが工房の壁際に吹き飛ばされ倒れるもすぐに槍を構えながら、俺の頭上にいる光る人型を警戒する。

 

「……あ、!」

 

胸の治癒が終わった途端、身体が疲労を思い出したように力が抜けその場に腰を下ろし自分の頭上を見上げる。

 

そこにいたのは、

自らの理想に殉じその結果を覆したいと懇願する剣使いではなく。

嘗て強きものと戦うことを望み身内すらその対象とする槍使いでもなく。

受け継いだ意思を生涯守り通し世界の命により殺戮を繰り返す弓使いでもなく。

ただ只管にある鳥を自らの剣技で以て捕らえようとした偽りの亡霊ではなく。

神によって人生そのものを裏切りと殺戮で埋め尽くされた魔術師でもなく。

世界に名を轟かす正真正銘の神の血筋を持つ大英雄の狂戦士でもない。

 

 

「サーヴァン、r……-。聖杯の…………参上、……ます。貴方が」

 

 

疲労に耐え切れず意識を落とす中、髪の長い綺麗な女の人の声が聞こえていた。

 

 

 




ええ、あの人です。
まあ、原作を知っている方々にはある程度予想は付いていたのかもしれませんが。


大まかな話を考えていくうちにプロト要素が殆ど尽きて来た事実に気付きちょっと打ちひしがれていますorz




設定集とか要りますかね?

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