偽・錬鉄の魔法使い   作:syuu

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5戦いの狼煙

万能の願望機。『聖杯』の召喚を行うための儀式、聖杯戦争を行う霊地として選ばれ、そしてその願望機を完成させるために七人の魔術師と、彼らに呼ばれる七体の英霊(サーヴァント)の七組が殺し合う戦場である冬木の地。

 

その管理者(セカンドオーナー)である遠坂家六代目魔術師頭首、遠坂(とおさか)(りん)は、焦っていた。

 

二日前に徹夜して金庫に施された封印を、解読したときに出てきた大粒の宝石を失くしてしまったのだ。

 

なぜ、彼女が金庫の封印を解いたかというと。先代に当たる父が参加した、第四次聖杯戦争から僅か十年足らずに冬木の聖杯が、マスターの選定を行い始めたのだ。

聖杯降臨システムに深く関わっている始まりの御三家、聖杯の製作者であり聖杯降臨の器である小聖杯の管理を担う『アインツベルン』、聖杯とマスターの召喚に答えた英霊を律する令呪システムを作り上げた『間桐』、そして聖杯降臨に適した土地の提供者である『遠坂』。この三つの陣営に属する魔術師を聖杯は、それぞれ一人ずつ優先的に選出するように作られている。

過去四度に渡る殺し合いである聖杯戦争。霊地冬木の霊脈を枯らさないように、六十年周期でゆっくりと時間かけて聖杯降臨を可能とするまで魔力を吸い上げる筈の大聖杯。だが、前回から今回の第五次聖杯戦争は十年足らずで十分な魔力が貯まった事実は変わらない。

 

現遠坂家頭首である若干、十七歳の少女の左手に刻まれた三つの痣のような聖痕が、――聖杯戦争の参加者の証である令呪が宿るのは――当然の流れであり何者にも代えられない大きな川の流れのような運命であった。

本来なら、後五十年ほど後の戦いに参加する予定であった何の準備もない(万年金欠)宝石魔術師が聖杯戦争に参加するための聖遺物、触媒が無い状況で前回の参加者である父の遺産を探すのは当然の行動であった。

 

その日、先代が凛に残した暗号付きの金庫の中身は、大粒の赤い宝石のペンダントと、元は石盤か何かだったのだろうか? 砕けた石のガラクタが入っており、残念ながら英霊の召喚に使えそうな触媒などなく期待は外れてしまった。

しかも、金庫を開けたときに封印解除の余波の影響か、この遠坂邸の結界に揺らぎを起こし、屋敷中の時計という時計が、勝手に進み出し短針が一周してやっと止まったかと思ったら、きっかり一時間、どの時計も進んでずれていたのだった。

 

魔術を極めようと日夜努力している関係上、奇怪な現象には慣れているほうだったが、時計の針が止まった後、少々動揺しながら工房を出てテレビをつけて日にちを確認しようとした彼女の行動は自然なことだろう。

あの絶対封印物の黒歴史量産系愉快型ステッキのこともあるだろうし……………。

兎に角、ガラクタの方は使い道はないが、宝石の方には膨大な量の魔力が込められていた。特に予め何か魔術が刻印されていない分、汎用性は高く、使い手の腕の見せ所といったところだろう。

 

 

 

よく鑑みて見ると金庫を開けて宝石を見つけた時の彼女は、どこか高揚としていた。すぐさま寝室へ学校の登校時まで仮眠を取り、起きた後、首に掛けずにそのまま自分の机の上に、放置しておけば良かったのだ。

 

放課後、いつも通りに優等生の仮面を被りながら弓道場で後輩(さくら)の様子を窺っていると、ここの所どうも積極的に突っ掛かってくる同級生(しんじ)。うんざりした様子を緊張と捉えるこの男の頭のめでたさは、一体どこから沸いてくるのやら。非常にどうでもいい事であった。

毎度毎度諦めない姿勢はご立派なものだが、いい加減鬱陶しい。四、五言ほど牽制にあしらおうとした時に、朝には有った胸の上の宝石の重みが無くなっていたことに気づく。

二、三十秒ほど固まっていると、何か勘違いをして「無視するな」と叫ぶ同級生を無視して校舎内を探し回った。

 

その後、一応通学路も一通り調べたのだが案の定見つからず、警察に紛失届けを出すも心情は絶望的だった。

拳に収まる程の宝石などネコババされれば絶対に戻ってくることはない。少なくとも自分だと警察に届けるかどうかは、拾った時の家庭()事情に直結していると自信を持って言える。

 

その翌日も職員室に届けられていないか確認をしたが、矢張り届けられておらず。帰宅したときには、既に太陽が沈みかけており、玄関の奥にある電話に夕日がかかっていた。

留守番電話のメッセージが記録されているのを確認すると、三年掛けて使い方を制覇(マスター)した手馴れた動きで「ぼたん」を押す。

 

『凛、私だ。一応、今回の戦いの監督役である以上、私との接触は避けるべきなのだが。監督役として今回の戦争の結末を見届けなければならない。もし棄権するのであれば魔術協会から新たにマスターを補給せねばならなくなる。早急にサーヴァントを召喚しろ。先日、五騎目の召喚が霊器盤によって観測された。これで残るクラスはセイバーとr

 

「セイバーが残っていると分かれば、十分よ」

 

あのいけ好かない、非常に不本意ながら、兄弟子に当たる似非神父…言峰(ことみね)綺礼(きれい)の声など呪詛にしかならないと、メッセージを切り、音声と履歴の消去動作を行う。

 

「宝石も気になるけど、今は触媒の方を考えなくちゃいけないわね」

 

もう一度、あの工房のなかを探そう。凛は、自室に戻り普段着に着替えると埃の被った倉庫を漁り始めた。

 

 

 

 

 

 

「触媒、触媒。家に、どこかの英雄と縁のある聖遺物なんてあるのかしら?」

 

工房内に溜まった未開封の箱の山、遠坂凛は、マスクを装着し頭に三角巾を装着し、大掃除さながらの触媒探索行っていた。

だが、開かれる小包や箱の中身は、遠坂の宝石魔術に使用される宝石や鉱石の原石やそれらを素材とした魔術礼装、そして古今東西の書物の数々だけであった。

 

「……あぁんもう!! めんどくさい。こうなったら触媒なしで召喚を、あら? 何よこの箱?」

 

破れかぶれで、聖遺物の触媒を使うことなくサーヴァントを呼ぼうと、先代が使った召喚陣から、机や礼装を退かして部屋の四隅に移動させようと手に掛ける。ふと、いつも椅子代わりにしていた、未開封の大きな箱が残っていたことに気付いた。

擦り切れていた搬入紙のそこには、大きく―From 時計塔(London)―、-To Rin Tohsaka-と達筆な筆跡が残されていた。

 

「魔術協会経由での匿名配達品? 一体いつの荷物よ……げっ、もう三年になるじゃない」

 

工房に置いてあった物だが、一応、箱に何らかの魔術的トラップが施されていないかどうかを確認し、包みを剥がして箱の蓋を持ち上げると其処には、美しい青の鞘が白い緩衝材の中に埋もれていた。

凛は、一瞬その工芸品としての美しさに見惚れていると今度は、その鞘の魔術的価値に顔を青くする。

 

「これって、もしかして」

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、この鞘を触媒にすれば。確実に最優の英霊(セイバー)を呼ぶことができるわ」

 

凛は、失くした宝石のことなど忘れて、黄金を基調とし、妖精文字の刻まれた青いラインの装飾に彩られる聖遺物を手に持つ。先日、針を元に戻した時計の時間を確認すると、触媒となる剣の鞘を工房の祭壇(机)に置くと、凛は中央に開けた空間の召喚陣の真ん中に立ち、魔力を込めた宝石を融解させ陣に浸み込ませる。

 

午前二時、それは凛の魔力が一番高くなる丑の刻。ベストコンディションでサーヴァントの召喚に望んでいるのだ。

 

魔力の込められた宝石の滴は、次第に線に沿って染み渡ると淡く輝き、陣を完成させる。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する

――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 

誓いを此処に。

  我は常世総ての善と成る者、

  我は常世総ての悪を敷く者。

 

汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

詠唱と共に、自分の中にある魔術回路をすべて開き、高く宣言すると、工房内に満ち足りたエーテルが風となり強く発光し確かな魔力の消費に、絶対の自信と確信を持った。「これは当たり」だと。

 

 

「サーヴァント、セイバー。聖杯の寄る辺に従い参上した。問おう、貴女が私のマスターか?」

 

光と風とともに現れ、其処にいたのは、精錬な金髪と翡翠のような瞳を持った青い戦装束(ドレス)と銀の鎧を身に包んだ少女の姿であった。

 

 

「はああああああああああああああああ!?」

 

この時、凛は、自身の家訓である『余裕を持って優雅たれ』を無視しても、流石にご先祖に怒られることはないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

「行き成り騒いじゃって、悪かったわね。セイバー、貴女(アーサー王)がまさか女だっただなんて予想外だったものだったから」

 

その後、淑女にしてあるまじき失態をしても、セイバーは焦ることなく凛を宥めに入った。

対して凛の驚愕は衰えず、彼女の真名を聞くと更に大きく感嘆を上げたのだ。アーサー王伝説の主人公、アーサー・ペンドラゴンことアルトリア・ペンドラゴン。名にしおう騎士王である彼女ほど、セイバーのクラスに相応しい英霊はいないだろう。

オッシャァァアアと一通り叫ぶと、凛は彼女に自己紹介と契約を交わし、セイバーはそれに答えると自分を呼び寄せた触媒に興味を示しだした。

 

「それについてはもう慣れました。性別を偽って生涯を閉じた私の一生が、今も語り継がれているのならそれは本望です。

ですが、リン。あなたは一体何を触媒として私を呼んだのですか?」

 

「ああ、あれのことね。それなりの剣士の英霊が呼べると踏んでいたけど、アーサー王が呼ばれるだなんて、大当たりも良いとこ。

まさか千五百年も行方不明だった全て遠き理想郷(アヴァロン)を、この目で見ることができるとは思っていなかったわ……セイバー?」

 

「………………」

 

祭壇の上に置かれた鞘を指差し空気の変わったセイバーを呼ぶ。

懐かしげに鞘に手を伸ばしていた彼女の表情が一気に硬くなり、当てていた手を強く押し付け始めたのだ。

 

 

「これは……リン、この鞘は、私の全て遠き理想郷(アヴァロン)ではありません」

 

唐突にセイバーは、全て遠き理想郷(アヴァロン)から手を放すと悲しそうに眼を閉じ、凛の使用した触媒が偽物であることを告げた。

 

「え!? でも、これが本物だから、貴女は私の召喚に答えたのでしょ?」

 

「はい、私もこの鞘を手にするまでは、本物と疑いませんでした。ですがこれは私の魔力を通さずに別の人物の魔力でその機能を模倣しています」

 

 

セイバーが、悲しげに語る青き鞘の名は、全て遠き理想郷(アヴァロン)。かの騎士王の持つ神造兵装である人々の希望を込めて作られた聖剣約束された勝利の剣(エクスカリバー)を収める鞘であり。

その真髄は、アーサー王が死後、戦いにより負傷した自分の肉体を癒す神秘の島のことを指した伝承を基にした、絶対的な遮断にも似た防御と蘇生に近いレベルの治癒。そしてその所有者に不老の力を与える逸話にある。

 

だが、この贋作には魔法の域に達するほどの性能はなく、セイバーの見立てでは、このまま魔力供給が行われない場合、精々概念武装として重傷を二、三度治す程度の力しか持たない。

 

「って、それってどんな魔術技師でも理論上不可能よ。自分で一から魔術礼装を作って似たような効果を持つ物を製作するならともかく、これは貴女の持っていた鞘とまったく同じ形をしているのでしょ?」

 

「はい、私の魔力に反応しない点を除けば、重さも感触もどれも瓜二つです。リンは一体どういった経緯でこれを手に入れたのですか?」

 

「三年くらい前に、家に魔術協会から急に届いたもので……今日偶然見つけたばかりで、私もよく分からないのよ。こういった物を貰う伝が有る訳無いし」

 

「でしたら仕方ありません。分からない以上、これを使用するのは止めておいた方が賢明でしょう」

 

「絶対、本物の聖遺物だと思ったのに」

 

「世界に召しせられた『英霊の座』を欺くほどの出来です。リンが気に病む事ではありません。見たところ、リンは魔術師としての素養は高く、魔力の質も私の体に馴染んでいます」

 

「ウッ、本契約をすると、其処まで分かっちゃうものなの?」

 

「はい。私がこの時代に呼び出されたのは初めてでは、ありませんから経験上、ある程度の良し悪しは分かります。リンから供給される魔力は一級品ですが、どこかあやふやで供給される量に統一性がありません」

 

初めてじゃないって、数多の英雄の中から何度も呼ばれるとかどんな確率よ。

凛は、セイバーの心情を隠さずに正直に答えられた自分のコンディションに対し本気で心配し始める。

 

「うぅ、それはきっと疲れていて魔力がきちんと練れていないとか関係……あるかしら」

 

「リン、誤解をなさらないで下さい。未だ見てもいないあなたの実力を疑う訳ではありません。今日は特にサーヴァントの召喚を行い魔力の消費して疲れている筈です」

 

「………そう言って貰うと助かるわ。此処のところ探し物があって禄に寝ていなくて………聖杯戦争の詳しい方針は朝に話しましょう。お休みなさい、セイバー」

 

「良い夢を、マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、凛はセイバーに起こされ彼女が用意した目玉焼きと生野菜のサラダといった簡単な朝食を一緒に食べ、今後の方針について語り合っていた。

 

「つまり、不正規な召喚の影響か、今の貴女は霊体化が出来ない状況ってことね」

 

セイバーが淹れた少し渋めの紅茶を口に含み、凛はセイバーが食事を共にする理由を確認する。

 

「はい、通常のサーヴァントと違い、私は常に現界している状態です。そのため不躾ながら、その分を補うため多少ですが食物の摂取で魔力を補給させてもらいました」

 

「ああ、食事については別にいいのよ。私は、そんなに朝は食べないから少し驚いただけだから。問題は、霊体化が出来ないということよ」

 

よく勘違いされるが、聖杯によって呼ばれるサーヴァントは現世にその身と魂を完全に復活されている訳ではない。どちらかといえば、彼女たちの存在を表すなら一個人ではなく現象と捕らえるのが正解だ。

通常、聖杯戦争の召喚に応じたサーヴァントは、総じて英霊の座に召し上げられた『死者』であり、マスターから供給される魔力(エーテル)によって現界しこの世にその身を繋ぎ止めている。

彼らの利点にして欠点は、マスターからの魔力供給を意図的に遮断するなどの現界を解くことで霊体化……俗にいる幽霊のような状態になることが可能なのだ。

霊体化には、多数の利点があり、マスターが負担する魔力の消費を抑えたり、この世の物理的な影響から外れて壁をすり抜けたり、普通の人間には知覚が不可能となる。それと同時に霊体化したサーヴァントは、この世の物理的な干渉を行えないといった欠点がある。霊体化して敵のマスターを討つにはサーヴァントを現界させる必要があるということ。

 

「戦闘には支障をきたさない程度の問題です」

 

「セイバー、違うのよ。まだ七騎のサーヴァントがそろっていない状況だけど、貴女、学校に行くときも四六時中私と行動を共にするってことの意味分かっている?」

 

 

凛の場合、魔力供給に関してはそれ程深刻な問題ではない、六代に続いた魔導の血筋は彼女に五十もの魔術回路を宿らせていた。平均的な魔術師の回路数の二倍に当たる彼女が生み出す魔力の量はセイバーが全力の戦闘を行うのに十分なものであった。しかし彼女が持つ学生の身分がその行動を大きく制限させることは目に見えている。

 

「サーヴァントである私は、マスターをあらゆる危険から守ならければならない。リンが学び舎に行くのでしたらご同行します」

 

「やっぱり、分かっていなかったか。……仕方ない」

 

 

元々、魔術師としての気質を父に学ばずに、後見人である兄弟子に自身の性格をむしろ伸ばすように魔術の修練を行ってきた凛は、曲がったこと嫌い、正々堂々といったファインプレーを好む、魔術師としてちぐはぐな精神を持っている。無論敵対者には容赦しない冷徹さも持ち合わせているが、それにも甘さが見えることもしばしば。

故に、凛は、

 

「いい、セイバー? 私の言うことをよく聞いて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ、なるほど、遠坂のご両親の縁者が学園の見学にか」

 

「はい、葛木先生。ですから今日から、しばらく体験入学という形でお願いします(・・・・・・)

 

朝、まだ一時間目の授業が始まる前の職員室で、凛は左手に持つ煙水晶をチラつかせ、この場にいる全員に効果時間制限付きの暗示魔術を掛けていた。

暗示の内容は、セイバーが遠坂凛と共に行動しても違和感を覚えない、そして数週間後にはセイバーのことを忘れるというもの。

と言っても、あくまで暗示であって記憶操作ではないため、余りに印象に残るような出来事は誤魔化し切れない。セイバーには、出来るだけ目立たないように自分の服を貸しており、暫くは自分の後ろに付いて来るように言っておいた。

 

神秘の秘匿は魔術師としての常識。神秘はその知名度(信仰)によって奇跡の規模を拡大させるが、一方で使い手が多くなるほど世界に刻まれた魔術基盤の配分量が行使される分だけ分割され、衰退するという特性を持つ。

故に魔術師はその存在を公にしてはならないのだ。

 

 

「さてと、セイバー。こっちは終わったから、早速、学園内を案内するわね」

 

セイバーを連れて職員室を出ていくと、それに彼女たちのことを興味深く思っている生徒たちが追い掛けようとするも、職員室内に居た教師たちに呼び止められ。

彼女たちは、誰にも邪魔されることなく学園内を歩き続けた。

 

 

 

 

「リン、先程の魔術は一体?」

 

普通ならだれも寄ってこない別館の非常階段の踊り場に着き、セイバーは凛に質問をする。

 

「あれは一種の感染魔術よ。私たち……正確にはセイバーがこの学園内に居ても違和感を覚えないって暗示を他の人の口伝を通じて広げるもので、魔術の知識を予め知っている者や、魔術回路を起動させている他の魔術師には効果が著しく下がるのが難点だけど、今回はそれを逆に利用させて貰うの」

 

そう、逆に言えば、その魔術に掛からないものは自然と魔術に何らかの関わりを持つ者であるという証明にも成り得る。凛は、万が一に備え学園内の関係者にマスター、引いてはマスター候補を炙り出す策を講じていたのだ。

セイバーもどこか納得した表情をして、凛の行動の意味を知る。

 

「なるほど、事前に戦いの足場を整える算段でしたか。ですが、一般人に魔術を行使させているのですか?」

 

セイバーにどこか的外れなことを言われ、凛は苦笑する。

 

「んー、ちょっと違うわね。……そう、感覚的には狼煙や渡し火のようなものかしら? 魔術を行使した私の言霊を他の人が元々持っている魔力を通じて互いに共有させられることで暗示の効果が発揮されているのよ。無論、伝言ゲームのようなものだから末端に行けば行くほど、その効果は薄まるんだけどね」

 

学園内という仕切られた領域の中でこそ発揮される魔術なのよ。と凛がセイバーにも伝わるように言葉を選び、説明する。

 

「……なるほど、木ノ葉を隠すなら森の中に、情報の隠ぺいを行うために人の情報の伝達を利用した訳ですか」

 

「そういうこと。本当なら貴女に、認識を阻害させるお守り(アミュレット)を渡せれば良かったんだけど……」

 

「う、すみません。リン」

 

手に持った宝石を見ながら、つい愚痴をこぼす凛に、セイバーは気まずく謝罪をする。

三大騎士の一角を担う剣士(セイバー)クラスが保有する対魔力、セイバーのランクは文句なしのA。現代の魔術師が使う既存の術では、余程のことが無い限り、彼女に傷一つ付けるどころか、敵のサーヴァントの魔術攻撃ですら不可能であろう。

それ故に、マスターからの補助の術式のサポートが受けられないという弊害があるのだか。

勿論、治癒や念話といったプラスに働く魔術まで無効化しているわけではなく、呪いや魔術行使による攻撃といった物に対して効果を発揮するスキルなのだが、凛の手持ちの魔術で試した限りでは、認識阻害はマイナス方面に該当するらしい。なので仕方なくセイバーではなく、学園の内情に暗示をかける手間を焼いたのだ。

 

「気にしなくていいのよ。対魔力が高くて悪いことはそうないはずだし。っで、セイバー。貴女気付いている?」

 

凛にとって魔術を一つ使うということは宝石を消費するということ等しい。攻撃は、魔術刻印に刻まれているガンドを撃ったり、一つの宝石を数回に分けて小分けに行使して使える回数を増やしたりして遣り繰りするが、今回はモグリの魔術師、魔術使いでは無く、聖杯に選ばれた魔術師(マスター)英霊(サーヴァント)が相手なのだ。戦場を自営に有利な環境を整えるのに出し惜しみなどしない……予定だ。

マスターの気を引き締めた声に、セイバーもその言葉の意味を察する。

 

「はい、僅かにですが。魔力の残照が見られます。それも複数」

 

その魔術は、一般人にこそ違和感程度に抑えられているが、魔力の塊であるセイバーや魔導を担う魔術師である凛を欺くことはできず、むしろ彼女の逆鱗に触れる。凛の周りが怒りと魔術回路から漏れる魔力により空気が二重の意味で揺らいだ。

 

「チッ、足の速いマスターもいたものね。しかも、よりにもよってこの冬木の管理者(わたし)がいる学校に魔術工作を施すなんて。いい度胸だわ、徹底的に叩き潰してやる。セイバー、学校が終わったら一応、冬木の町並みを見てもらおうと思っていたけど最悪、学校での戦闘も考えておいて」

 

「ではリン、まずは見晴らしの良い所へ案内をお願いします」

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁ。まさか、一つも見つからないとは思わなかったわ」

 

一通り、セイバーに学園内を案内しながら魔術の痕跡を探り、昼休みになった頃。凛は結局、その残照の正体をつかめずに溜息を吐く。

 

「すみません、私の保有スキル『直感』は主に戦場で培われた受動的なもので、…私を対象に術が施されていれば簡単に済むのですが」

 

通常の結界といった、呪刻を施されるタイプの魔術なら簡単に……とまでは行かないものの基点そのものが動く魔術の捕捉は難しい。解析に特化したものならいざ知らず、凛にはそういったスキルはたしなみ程度にしか納めていない。精々、宝石の鑑定に使い、どの属性に適しているか調べる程度のモノだ。

 

「仕方ない、とりあえず昼食にしましょう。セイバー、食堂に行くわよ」

 

「はい」

 

学生食堂の前に着いた凛は、ふと壁に設置されている時計を見る。

時計の長針はすでに半周りを過ぎており。すぐに食べ切れるものを選んでおくようにセイバーに言う。誰も並んでいない券売機に凛は手を前に出したまま宙を掻き、定まらずメニューとボタンの羅列に目を泳がし始め……。

 

「ええっと…………………どのぼたんを押せばいいのかしら?」

 

他の学年生徒も集まる購買や学食だが、以外にもその席は二、三割程度の空席が確認できる。自分以外にも、自炊する生徒が多いのだなと凛はセイバーと一緒に券売機に律儀に並んだがいいがその先の行動に移せず、固まってしまう。普段は、宝石の購入費に充てるために節約する関係上、券売機を触るのは初めてだったりする。

機械音痴(とおさか りん)には少し、ハードルが高かったようだ。それを見兼ねたセイバーが

 

「リン、まずは買うものを決めて、それに見合う硬貨を入れ、メニューの下の光っている部分を押すのです」

 

狼狽える凛にセイバーが後ろから助け船を出しちゃっかりボリューム定食を購入する。

この騎士王、かなり現代に馴染んでいる。

時間が無いのに、そんなの頼んで食べきれるのかと聞くと、セイバーはいつもの口調より少し機嫌よく「問題ありません」と返してきた。

 

自分は購買に、セイバーは定食を貰うため厨房の窓口に一旦別れ、品物を受け取ると令呪の契約(パス)で確認することなく自分の命令通り、目立たない隅の方で先に食べているセイバーを見つける。

 

「ねえ、セイバー。さっき、券売機を何の問題なく使って見せたけど、聖杯ってそんな知識も貴方達に伝えてくるの?」

 

「うぐ? はい、聖杯戦争が行わられる地の言葉やら、その時代のある程度の常識は召喚の際に伝えられるので、タクシーの呼び方や電車の乗り方も当然、知識として知っています」

 

敢えて、誰も座っていない隅の方に座っているセイバーの正面席に座り、凛は箸を器用に使い食事を行う自分のサーヴァントを見て、聖杯のシステムに疑問と興味を寄せる。

 

「なるほどね、道理で車やバスを見ても驚かないのそう言う事なの」

 

「ふぇえ、ふぇふふぉぼぉべ」

 

「あー………今は食事に集中しましょう、!?」

 

口にご飯を詰め込んだまま喋ろうとするセイバーに、そのまま食事を進めるよう声を掛けたその時、今までとは違う魔術行使の魔力を察知し、ピタリと止まる。感覚的には高さまでは分からないが、頭上方向にそれほど強くない魔力を感じる。

 

自分と、知り合いの子になってしまったあの子以外の魔術師が、この学園内に居るという確信を得た彼女の行動は早かった。

テーブルに出した昼食のサンドイッチとお茶をビニール袋に放り込み、セイバーには念話(パス)を繋ぐ。

 

『取り敢えず、違和感のない程度に大急ぎで食べて、後から追ってきて』

 

『了解しました。もし敵のサーヴァントがいる場合は、令呪を使ってでも呼んでください』

 

じゃあ悪いけど、と凛は、急ぎ足で学園食堂を出ると大急ぎで階段を上る。

近づけば近づくほど魔術を行使している場所の大まかな位置が詳細なものとなる。

ここまま進むと屋上に居るのか? と正体不明の魔術師を追いつめることが出来ると思い、なぜ屋上があいているのかその原因を思い出しまたやってしまったと自分の、いや我が家の呪いのような気質を嘆く。

すると、上っている途中で魔力の反応が消え、逃げられたかと思うも、何か手掛かりが残されている可能性を信じ屋上へと向かう。

 

扉を開けると、そこには、間桐桜がお世話になっている眼鏡を掛けた同級生がのんきにもパンを齧りながら食事をしていた。

 

 

 

 

 

放課後、凛は、学園内の魔術の残照の件を一旦保留とし、新都中心に起きている原因不明のガス漏れ事故とされている(・・・・・)一般人を対象とした魔力強奪跡の現場をセイバーと共に冬木市の地理を大まかに案内をしていた。

 

「全くもってややこしいったらありゃしないわ!! なんだって今日に限って購買で、しかも屋上で昼食を食べているのよ!!」

 

「リン、その『エミヤ』というご学友が魔術師という可能性は無いのですか?」

 

移動中は静かであった凛は、事件現場ビルの屋上で愚痴を零し……もはや怒りを通り越し、厭きれていた。対してセイバーは、凛から話を聞いてからどこか落ち着きが無く様子もどこかおかしい。

正確には、同級生の衛宮の容姿を聞いた後、「キリ……ィールがいながら、ナニを……カリバーンがあれば一発」とブツブツ呟き通した後、凛の愚痴に負けないぐらい執拗に衛宮について突っ掛かっている状況であった。

 

「ありえない、とは言い切れないけど殆ど白ね。あいつ魔術師って感じの性格じゃないし、調理部の部長を務めるような俗世に染まるような人物が魔術師だとは考え難いわ。もし、魔術師であるとしたら………」

 

「リン?」

 

「私の目を欺くほど、魔力の隠ぺいに長けた凄腕の魔術師ってことになるけどね」

 

そう、自分の記憶が確かなら、彼は手に何かを隠すように包帯を巻いていなかっただろうか?

 

 

 

 

その後、二人は新都の街を一通り見周り、敵のサーヴァントともマスターにも遭遇せずに、帰りの帰路を歩く。深夜の人気の無い住宅街は、まるで最初から人がいない廃墟のような静けさがあった。

 

「最後に、もう一度学校の方に行くわよ。セイバー、もしかしたら、仕掛けを施した魔術師が様子を見に来ているかもしれないし」

 

「そうですね、ただし建物の中に入るのは控えておいた方が良いでしょう」

 

「当然よ。術の正体は分からなかったけど、あんな(カビ)臭い魔力の術だもの絶対、碌な仕掛けじゃないわ…………セイバー?」

 

学園に向け歩を進めてながら話していると、セイバーの姿が、青の戦装束と銀色の鎧に包まれた戦闘態勢に入っていた。

セイバーは、風の魔力の渦巻く不可視の剣を構えて凛の前に立つと静かに告げる。

 

「リン、目的の建物の方角に、激しい魔力のぶつかり合いが感じられる。その内一方はサーヴァントだと思われます。指示を」

 

「まさか、まだ監督役が七騎の召喚を確認していないのに、どうして………ちょっと待って、『一方は』?」

 

明らかに早すぎる他の陣営の活動に凛は、焦りを見せるも、セイバーの言葉に引っ掛かり気になる部位を繰り返す。戦闘自体は、別に問題が無い訳ではないがとりあえず良しとしておこう。監督役である教会側が聖杯戦争の開戦を宣言する前の戦闘後を処理するのか疑問だが、最終的には、六騎のサーヴァントが脱落すればいい。

自分たちが、生き残ればいいのだ。

だが、一方で、サーヴァントによる戦場地住民の殺戮といった神秘の漏洩や、今後の聖杯戦争に影響を及ぼすような行動は場合によっては、監督役の権限でもって処罰、厳罰、最悪自分以外の六つの陣営を相手取る討伐対象となる可能性すらある。

それはさておき、今セイバーはなんと言った?

 

「信じられませんが、おそらくリンが考えているのと同じことだと…」

 

「英霊相手に戦いを挑む魔術師(マスター)ってこと?」

 

「そうなります」

 

馬鹿な、と英霊の存在をシステムだけでも知っている者達からすれば、鼻で笑うであろう。

根本的に、英霊とは人が精霊に近い存在に偉業を元に押し上げられた、人ならざる人。世界の守護者として滅びの回避のために存在し、災いの原因を刈り取る。

『世界』の外にある『英霊の座』に留められ、輪廻・因果を超えた不変の存在となっている

  

聖杯戦争に召喚される英霊は、本体の『座』から呼び出された複製や触覚の一部のようなものだが、その戦闘能力は人の動きでは到底追い着けるものではない。

 

「全く、簡単にいくとは思っていなかったけど。とんでもない化け物が参戦してきたようね」

 

「どうしますか?」

 

セイバーの言葉は、マスターである凛の安全を考えてのものだろう。乱戦になれば守りきれるかどうか分からない。その気遣いが凛の決意を固めた。

 

「……行くわ、行ってやろうじゃない。誰の管理地で好き勝手やっているのか思い知らせやらないと。セイバー、案内して」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

学園に着くと、以外や昼間に比べて、魔力の濃度が幾分か下がったような気がした。

おそらく、今この場で戦っている者達は、学校に魔術を仕掛けた施術者とは無関係なのだろうと予想を立てる。

もっとも校舎に亀裂が走ろうと、窓が割れようとお構いなしに暴れている以上、冬木の管理者である彼女との敵対はほぼ確定でだろうが。

 

呆れたと、凛がセイバーに突撃を命令しようとしたそのとき。

 

「リン!! 伏せてください!!」

 

直感のスキルを持つセイバーが、危険を察知しリンを庇う様に覆いかぶさり、しゃがむよう肩を押さえ込んだのだ。

 

瞬間、一瞬だけ昼間になったのかと思うほどの光が瞼を閉じて、セイバーを盾にしているにも拘らず暗い視界の中に差し込まれる。目の強化を行う前であったのは幸いであったと、安堵しゆっくり目を開け安全を確認する。

 

「セイバー。ありがとう、もう大丈夫よ。光の強さには驚いたけど、目も普通に見えるし大事はないわ」

 

「私も特に問題ありません。ですが、あの光は一体? …………!? サーヴァントが此方に近づいてきています。警戒して私の傍から離れないで」

 

セイバーの警告に、凛はポケットに入っている宝石を手に戦闘態勢に入る。

二階の教室の窓から一瞬赤い一閃が走り、ガラスが砕け散った。

 

「どこだぁぁああ、どこにいる!!」

 

槍の穂先から持ち柄まで真っ赤に染め上げられたような、長槍を持った軽装の蒼い男が何かを捜し求めるように大声で叫びながら飛び降りてきた。間違いなく、サーヴァント。槍の英霊(ランサー)だ。

 

「くっそ、マスター。逃げられた、そっちからは確認できるか?」

 

近くにいる、凛とセイバーに気付かず、おそらく彼のマスターあろう人物との念話を始めた。

セイバーと凛は一瞬呆気にとられるも直ぐに目の前の男の魔力の多さに警戒する。下手すればセイバー以上の英霊であるのかも知れない、そう思えるほどそのサーヴァントは強力であった。

 

「あ? 女のサーヴァントとそのマスター? んなもんどこにも………ああ今確認した」

 

にやりと笑う男は、槍を構えずに近づいてきた。

 

「それ以上近づくな、ランサー」

 

六メートルほどの距離まで後一歩というところで、セイバーが風を唸らせながら隙を見せることなく剣を構える。

 

「そう、カリカリすんなって。俺はお前と戦う気なんか更々ねぇからよ」

 

「そういうことは、せめてその獣の如くぎらついた殺気をしまって言うべきであったな」

 

言葉自体は、軽いものの、セイバーの言う通りその視線は、彼の魔力の多さも相まって気の弱い小動物どころか猛獣すらも逃げ出す程の凄まじさであった。

 

「おっと、悪ぃ、悪ぃ。なあ、嬢ちゃん。この建物から魔術師の坊主が一人、出てこなかったか?」

 

「それに答える義理が私たちにあると思っているの。ランサー?」

 

魔術師、と言う単語に食って掛かりそうになるが、ここは押さえ時だと自分を律し答えを是とも非とも捕らえなれない返事ではぐらかす。

 

「まあ、義理はねぇが、嬢ちゃん達にとっちゃ厄介なことになる可能性があるな」

 

「どういうことだ?」

 

ランサーの勿体ぶった物言いと悪戯好きなピエロのような怪しい笑みにセイバーは警戒を強める。

 

「俺のマスターは、霊体化したサーヴァントの存在を感知できる魔術師を危険視して始末する方針なんだと。俺としちゃあ、そいつとそいつに呼び出される(・・・)サーヴァントと戦いんだがな」

 

「正気とは、思えないわね」

 

「全くだ、うちのマスターは合理主義っつーか」

 

「あなたのマスターじゃなくて、その魔術師についてよ。サーヴァント相手にサーヴァントをぶつけないなんて自殺行為もいいところじゃない」

 

「しょうがねえんじゃねえか? あの坊主、まだマスターじゃなかったみたいだしな」

 

「戦いに関わりのない者を襲ったのか!? ランサー!!」

 

「おいおい、魔術師なんてもんは、常に死と隣り合わせな生活をしている連中だろうが。そうだろ? 嬢ちゃん」

 

セイバーの憤りに、ランサーは呆れ気味に赤い槍を首の後ろに回し、無防備に構えを解く。

その姿に凛は、警戒は継続しつつもランサーの逃がした未確認の魔術師の情報を引き出そうと口を開く。

 

「………なるほどね。貴方のマスターは、霊体化したサーヴァントを知覚できる魔術師がマスターになる前に手を打ちたい。貴方は貴方でその魔術師と戦いたいと、そして出来ればマスターとして参戦させてそのサーヴァントとも戦いたい……こんなところかしら?」

 

「ま、最初はこっちも一般人に……て訳でもないが、魔術師以外に霊体を見破られて驚いたからな。思わず襲っちまって戦り合ったって訳だ」

 

「ではランサー。三大騎士クラスで、最速のサーヴァントと名高い貴方から逃げ果せた魔術師の特徴は、どういったもなのかしら?」

 

何気に毒を含んだその質問に、静かに眉を顰めるもランサーはニヤリと笑う。

 

「そうだな、まず服装だが昼間この建物に出入りするガキ共と同じ服装をした短い黒髪だったな」

 

その言葉に、凛は呆れ果ててため息を零す。いくらなんでも情報が曖昧過ぎるのだ。外国ならいざ知らず、日本人の殆どは黒髪だ。まあ、この学園の生徒である可能性が出てきたのは意外であったが。

さらに情報の提示を要求する。

 

「もっと決定的な特徴はないのかしら?」

 

「ああ、あと俺のマスターが言うには、ほぼ間違いなく封印指定クラスの魔眼持ちだそうだ」

 

「はぁ!?」

 

予想斜め上の情報に、凛は思わず叫ぶ。

それほどの大物が、一年以上通い続けているこの学園内にいるかもしれない………ということではなく、自分がその存在を知ることができなかったかもしれない可能性を恐れた。

 

「その様子からして、見てはいないようだな」

 

「リン………」

 

「え? は! しまった」

 

大きなリアクションして自分がこれ以上知っていることはないことを悟られてしまったのだ。彼女の前に立つセイバーが、正直すぎる自らのマスターの将来を若干心配していた。

 

 

「マスターがこれ以上いても、何も引き出せないなら戻れだとよ。じゃあな」

 

「ちょっと、待ちなさい!!」

 

凛が呼び止めるも、用のなくなったランサーは、霊体化して二人の前から姿を消した。

 

「……ああ、またやっちゃった」

 

「リン、その……」

 

明らかに落ち込んでいるその姿にセイバーはどうやって声を掛けたものかと、取りあえず武装を解き下手に刺激しないよう彼女の方を向き見守ることにした。

 

 

「うん、やっちゃったものはしょうがない。今ある物だけであいつより先に見つけ出せばいいのよ。セイバー」

 

「はい!?」

 

しばらくすると、一転してテンションが高くなった凛は、セイバーの手を掴み、そのまま学園の敷地外へと校門を目指す。

 

「どちらへ向かうつもりなのですか?」

 

「一旦帰って準備をするのよ」

 

ですからなんの? と修飾語の足りない凛の暴走にセイバーは、遠坂邸まで付き合わされ無言で早歩きの主に手を取られたまま歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバーもうちょっと、その棚を左に移動して頂戴」

 

「はい」

 

遠坂邸に着くと凛は、真っ直ぐに自らの工房へ向かうと大きな机を引っ張り出し、二枚の地図を広げ重ねると、羅針盤のような物を中央に置くと部屋の模様替えを始めるように家具や礼装を動かし始めた。はじめは見ているだけのセイバーだったが重たそうに大きな家具を動かす彼女の姿を見て、英霊の身である私ならそこらの重機でさえ持ち上げられると、手伝いを申し立てた。

 

「最後に、その赤い置物をこの部屋の東に置いて終わりよ」

 

「分かりました。ですがリンこれには一体何の意味が?」

 

「まあ見てて……一番(Die meisten)

 

下準備が済むと凛は、地図の置かれたテーブルの前に立ち魔術回路を起動させ、羅針盤のような礼装を手にし、呪文を詠唱するために口を開く。

 

羅針盤がクルクル回り針の先端が赤く怪しく輝くと、何かを貫く勢いで地図の一点を指した。

 

「ここは、この屋敷の場所を指しているようですが?」

 

「これはね、魔力針って言う魔力のもっとも強い場所を指す礼装なの。昔、これを使って街を探索したりしていたんだけど。今これが指しているのはこの工房内の魔力じゃなくて、冬木の地脈を記録する特殊な用紙………ああ、この地図の下に重ねてある紙よ。それ限定に展開しているの。これを利用すれば、どの位置に魔力を込められた工房があるかが分かるもので」

 

「つまり、件の魔術師の居場所を探し当てる算段だと」

 

「そういうこと…でもやっぱり今、この冬木の地で一番魔力の発せられているのは家か、仕方ない。(zweite)……って、え? 何なのこの魔力量。むちゃくちゃな大きさじゃない。それに、ここって」

 

「リン?」

 

二番目に大きな魔力を発する土地を調べようとする前に魔力針が大きく揺れ、遠坂の屋敷とは違う場所を指した。

 

「……………衛宮くんの家じゃない」

 

 

 

 

 




セイバーのステータスを幸運以外の殆どをAランクにしている切嗣って、実は凛より魔術師の素養は高いんじゃないかと思いながら執筆してみました。

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