偽・錬鉄の魔法使い   作:syuu

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12月23日(火)日間ランキング一位頂きました(照)

皆様の応援有難う御座います(礼)


8義理の共乱

「「………………………」」

 

緊張を張りつめた赤と青銀の主従は、見えざる敵の奇襲に備え警戒を怠らずに月明かりの照らす薄暗い衛宮の工房である温室で、先程まで尋問の対象としていた黒と紫の主従が消えた虚空を睨む。

 

「……っ!?」

 

セイバーが、いきなり稀薄となった相手の気配を警戒し振り向き様に不可視の剣を後ろに回し、相手の気配を探るもセイバーの直感にすら感じられなくなっていた。

だが、セイバーは相手にこちらを襲う意志が無いことを経験上そう予想立てていた。黒髪の少年がかつてのマスターと同じく表情にこちら側に対する興味が感じられなかったのだ。凛に攻撃されて隠していた物を出すように指示した後も反撃することなく従順に動き、こちらに被害を出すことなく逃走を選んだ。このことからセイバーは、相手にとってこちらは眼中になく。相手が積極的に手を出すことはないと不可視の風に隠された宝剣を仕舞い警戒を解いた。

 

「どうやら敵は、この場から離脱した模様です」

 

「はぁぁー。ランサーから逃げ遂せたと聞いた時から嫌な予感はしていたけど、あんな大物が冬木に住んでいたなんて冗談じゃないわよ」

 

「リン?」

 

手に持った宝石を懐にしまうと凛は、管理者に許可なく勝手に住み着いていた久郎に不満を垂らしながらセイバーに背を向けると。先程、久郎に投げ捨てられた結晶体が落ちていると思われる場所へと歩き、目を皿にして薄暗く花びらが散っている工房の床を見つめる。

 

その様子を見たセイバーが、マスターの奇行を見て疑問に思い声を掛ける。

セイバーは知る由もないが、凛にとって宝石が一つ有るのと無いのとでは大きく戦術に差が生まれるものなのだ。当然、他の魔術師が魔術を刻んだ宝石を使う場合、拒絶反応や何らかの防衛システムトラップに引っ掛かるリスクがある。なので凛は、見つけた宝石をセイバーに拾わせ彼女の保有する対魔力スキルでもって宝石の魔術をキャンセルさせて、あわよくば自分の手札として回収するつもりなのだ。

 

「お! あったあった。セイバー、悪いんだけど貴方の手でこの宝石を拾って貰えないかしら」

 

花びらが二枚ほど付いていたが、月光を反射して煌めく卵ほどの立派な結晶が床の上に転がっているのを見つけると、凛は出口付近にいるセイバーに込められた呪刻解除と罠の可能性を考慮して結晶を拾うように頼み込む。

 

「リン、私に敵の兵糧や武装を奪えと?」

 

「え? ……あ、そっか。セイバーの感覚だとそんな風に映るわよね」

 

セイバーにしてみれば、凛の行動は戦いの後に殉職した戦士の鎧を剥ぎ取る者や、主の失った剣や槍を盗み拾う盗人のように見えたのだろう。嫌悪感をあらわにしたセイバーは、頑として出入り口から動かず、両手は自然と拳を作り握り込まれていた。

 

凛は、セイバーの行き成りな反抗的な態度に驚くも、騎士である彼女の視点から察すると結晶の後始末をメインとした爆発物や罠の解体作業の一貫のようなものであると説明し、宝石を自分のものにするのはあくまでその媒体であった結晶体が壊れなかった場合のみだと説明をする。

 

「そういう事でしたか、申し訳ありません。状況が状況とはいえ我がマスターを疑うとは大変失礼しました」

 

「いいのよ。私も言うタイミングが悪かった分、尚更ね。まあ、基本的に魔術師ってやつは基本的に足りない部分は他から持って来て補うのが常識みたいにされちゃっているから、そういう性分だと受け止めて貰えれば良いわ」

 

説明を受けたセイバーは、短絡的に思考を巡らせた自分を恥じ素直にマスターに対し謝罪する。

凛はそういった彼女の真っ直ぐな感性に感服しつつも、魔術師としての常識の知識を彼女に説明を交え、ちゃっかり利用できれば自分の物にすると言い切った。

 

「それじゃあ、お願いね」

 

「はい。ん? ……んん?」

 

セイバーが、結晶を拾おうと凛の前にしゃがみ手を伸ばすが、拾い上げた結晶は籠手を嵌めたセイバーの手から摩擦という概念を無くしたように彼女の手から零れ落ちた。今度は落とさないように、両手で注意深く掬うように拾い上げたセイバーは訝しげに疑問の声を上げる。

 

「どうしたの、セイバー?」

 

セイバーの動揺にも似た様子を見ても凛は、理論上可能である対魔力に対し過信にも捉えられる期待に満ちた声を掛ける。

 

「リン、非常に言い難いのですが……この結晶は、その」

 

「へ? ……ちょっ!? な、な、な、何よこれ!?」

 

セイバーは、結晶を拾い上げると気まずく両手を前に出し、銀色の籠手の上に転がる徐々に沈むように液体と化す物体を凛に見せる。

 

月明かりに照らさせて美しく反射するその結晶は、薄暗いガラスの工房内であった為に、宝石を見慣れている凛の審美眼はそれが何で構成されていたのかを見破ることが出来なかったのだ。

セイバーの魔力に依って編まれた金属の特性を兼ね備えた銀色の鎧(籠手)によりもう半分ほど透明な液体と化したその結晶体の構成元素は、水素(H2)酸素()

 

「だ、だ……だ、だだ」

 

つまり、何ら変哲もない純粋(水)という意味においては、貴重な素材であることには何ら変わりないのは事実であり、凛の五大元素を余す所なく扱える魔術属性(アベレージ・ワン)でなら再現することも造作ない。否、ほぼ同じ物なら余程のへっぽこの才能無しでない限り、どこの流派でも基本的な基礎魔術で幾らでも作り出すことが出来る程度の…………………。

 

 

「だ、騙されたぁぁああああああああ!!」

 

ただの綺麗な氷であったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜中の雑木林、凄まじい衝撃と魔力の轟風がライダーと久郎の目の前に土煙を上げながら吹き向ける。いつの間にやら、木々の陰に隠れていた鳥型の使い魔達は、白い少女と鉛色の巨漢主従の傍らにあくまで鳥の形を模しただけなのか、本来なら空中に忙しく羽ばたくか滑空するしかいられないところをゆったりと漂うように集まっていた。

 

その使い魔の主であろう白い少女は、鉛色の肌に二メートルを超えるサーヴァントを従えていた。マスターのステータスを見る透視能力を使うまでもなく理性が感じられない野生の闘争に染め上げられた双眸から予想するに狂戦士(バーサーカー)英霊(サーヴァント)であるとわかる。

寒空の中、岩のような肌を露出させ、獣の吐息を思わせる呼吸は荒く、白い息が険しく歪められた口から漏れ出していた。

 

そしてあの子とは違った粉雪のような白い髪と無邪気な赤い瞳を持つ少女がバーサーカーの肩を軽く叩き降りる旨を囁き、無骨で岩の塊にも似た両手に抱きかかえられ地面に降ろされる。

 

「ありがとう、バーサーカー。……こうして会うのは二度目だけど、自己紹介が未だだったよね?」

 

自信の表れか、それとも隠すことに意味などないと思っているのか巨体を持った自らのサーヴァントのクラス名を謝礼と共に明らかにする。

彼女はライダーと久郎の方を向き、貴族のように気品溢れる動作で防寒用の紫色のコートの裾を摘みお辞儀をした。そこに慢心はあれど、厭味を感じさせない精錬として相手に不快と思わない作法が込められていた。

 

「私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン……魔術師なら『アインツベルン』の姓がこの聖杯戦争でどういう意味を持つか分かるよね?」

 

「……!?」

 

イリヤスフィールと名乗った少女は顔を上げ片目を開き敵のマスターである久郎を試すような口調で薄く笑っていた。

すでに泣き腫れていた目元は、外の冷たい空気に触れていたお陰で引いていたが、姿の欺きを解く機会を見過ごしていたため、彼女の……家名ではなくイリヤスフィールという名を聞き驚いていたことを偶然にも隠し通せた。

当然、アインツベルンの名が聖杯戦争において疎かにされるようなものではない。むしろこの戦争に関わる者は少なからず彼らの助力が必要となる。

アインツベルン。かつて第三魔法を完成させ失伝させてしまい、その復活に妄執する錬金術師の一族。その秘儀を再び取り戻すために聖杯というシステムを作り上げ、御三家の一角。聖杯戦争終盤に降臨させるための受け皿、聖杯の器を鋳造し管理する役割を担っている一族。

 

しかし、久郎にとってイリヤの存在の方が重大であり重要であったせいか、その家名にさほど衝撃は受けなかった。それよりも従えたバーサーカーのステータスを見てその能力の高さに愕然とする。

 

自己紹介を済ませたイリヤは表面上、無表情を貫く敵のマスターに不満を持つ。

 

「あれ? お兄ちゃんも、そのサーヴァントも自己紹介してくれないの?」

 

「「…………」」

 

その、目に見えて落ち込む少女の様子に二人は妙な罪悪感を覚えた。魔術とは基本、素材や情報の調達、家系の血脈を存続させるためにある程度の財力が必要となるため古い魔術家系ほど家柄がよく、貴族や権力者といった上流階級の人間が生き残る傾向が強い。特にアインツベルンは表向きはドイツの貴族として広大な土地を持つ、千年にわたって純血を守りぬいた家系なのだ。

そういった手合いに限って、伝統や仕来たりにやたらと拘る。

故に、正々堂々と戦うことになんら疑問を持たず、自らの名乗りを上げるといった予備動作まで付け加えたり、戦いを全て決闘方式に組み立てるきらいがあるのだ。

 

対して久郎は、そんな魔術師を狩る魔術師殺しの養父を師に持つ伝統も歴史もない、魔術使いであり、魔法使いでしかない。イリヤスフィールには悪いが、こちらの情報をおいそれと簡単に渡すわけには行かないのだから。

 

「そう。お兄ちゃんも結局、キリツグと同じなんだ。……もういいよ、やっちゃってバーサーカー。お兄ちゃんのサーヴァントなんか貴方の敵じゃないわ。二人とも潰しちゃいなさい!!」

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

沈黙に痺れを切らしたイリヤスフィールは、何か勘違いをしたままバーサーカーに二人の殺害を命じる。

巨大な怪物のような低い叫び声を上げ、自身の得物であるバーサーカー自身を表すような斧剣を振り回しながら裸足を地面にめり込ませ突進してきた。

斧剣がライダーと久郎の両者を仕留めんと大降りに横殴り振るい、周りの木々を丸ごと薙ぎ払いながら迫る。

 

「!? 『(Jump)』」

 

ライダーが動く前に久郎は、ランサーに襲われていたときとは違い、自身の魔法礼装によって魔力枯渇の危険のない状態であるため、礼装の暴走を気にすることなく詠唱を破棄し、直接発動させて木々の上まで跳躍し、端の小枝を折ることなくそれを足場と成した。

地上から木までの跳躍を上回る高度で跳び続けて、雑木林を抜けようとある場所へ向かう。

ライダーもまた、マスターが戦線離脱したのを確認し自身の武装である釘剣では歯が立たないことを悟り遁走を選んでマスターの後を地上から追う。

 

バーサーカーは、林の上を移動するマスターと木々の間を縫ってマスターを追い移動するサーヴァントを見比べ、障害物の少ないマスターの方に狙いを定めた。

自分の目的は、敵の殲滅である以上たやすく達成できる方を選んだのだろう。久郎が丁度跳躍の放物線頂点に達し一瞬重力と跳力が拮抗した後の半自由落下状態に狙いを定め、ほかのサーヴァントとは一線を越える筋力で以って一度の跳躍で久郎に追いつくと、そのまま縦に一刀両断しようと斧剣を振り上げる。そしてそのまま右腕に力を込める……がしかし、彼の持つ斧剣は、久郎を襲うことなく微動だに動かない。バーサーカーの視界の端に、地上から伸びた二本の鎖が斧剣に互いに食い込むように絡みつき力を込める度に金属音が聴覚を刺激する。

 

自分の頭上を飛び越えたバーサーカーを見たライダーが、颯爽に釘剣を投擲し、彼の斧剣を鎖で絡め取ったのだ。

 

『急いで回避して下さい!!』

 

彼女は念話内で、叫ぶように主に警告を促しながらスキル 怪力を発動しバーサーカーの規格外手前の筋力と拮抗する。しかし、自分の得物を振るうことが叶わないと悟ったバーサーカーは、自ら手を離し久郎の直接捕まえ握り潰そうと武器を放し振り上げた右手を伸ばす。

久郎は、振り下ろされたバーサーカーの腕の風圧そのものを足場として空気の壁を蹴り、更に大きくもう一度跳躍し目的の場所に達した。

 

目標を逃がしたバーサーカーは、林の木を粉砕するように着地をして狂乱に満ちた相貌を上げて空中に進む久郎を目指し無手のまま、足の筋肉を血管が浮き上がるほど隆起させ大砲の如く跳び上がった。

 

「マスター。危ない、逃げてください!!」

 

斧剣を抑えて、久郎とバーサーカーから少し遅れていたライダーが、念話を使うことも忘れて肉声で張り上げた。

 

『大丈夫だ、ライダー。この程度の宝具を用いない攻撃なら……』「身体付与(enchant)。『(Fight)』、『(Power)』」

 

雑木林を抜けて、自然公園となっている未遠川の河原上空で重力に引かれて降下し始めながら久郎は、ライダーに念話を繋ぐと、更に二枚、バーサーカーのような接近戦を挑むサーヴァントに対して最適な礼装(カード)を発動させる。

落下中の久郎にバーサーカーが自らを砲弾として迫りくる。

久郎は、体中の力を抜いてバーサーカーの突進のタイミングを見据えてもう一度迫りくる風圧を足場とする。今度は跳躍せずに、振るわれた拳圧によって拳に直接当たることなく舞い落ちる枯れ葉のようにバーサーカーの背後を取り、彼の背中の上に乗る形になる。

久郎が足元に魔力を集中させ一気に莫大な運動エネルギーに変換させ……。

 

「墜ちろ!!」

 

「■■■■■■■■!!」

 

上空、三十メートルから突き落とされたバーサーカーは、雄叫びを上げながら流れの緩やかな未遠川に叩き付けられ盛大な水飛沫を上げた。

水面には、大きな波紋とそれを見下ろす衛宮久郎の姿だけが残されていた。

 

「……くっ。なにをやっているの、バーサーカー!! こうなったらお兄ちゃんじゃなくて先にサーヴァントの方を相手しなさい!!」

 

その様子を見ていたのは、久郎と感覚共有をしていたライダーだけでなくバーサーカーのマスターであるイリヤスフィールも一緒だった。

少女の動揺を隠すような大きな声が水面に向かい、自らのサーヴァントに喝を入れる。

 

人外的な戦闘機と同じスピードで移動する三人に小柄な体格である魔術師の少女がどうやって追いついたのか?

その答えは、彼女を背に乗せている巨大な鳥型の使い魔。

先程の小鳥を模した複数の使い魔を元の糸状に戻して繋げて再び編み直したのか、巨大なロック鳥を連想させる巨大な(ワシ)の形をした使い魔(アガシオン)が彼女を背中に乗せて飛行し、漸く追いついたのだろう。

 

水面の上に立つ久郎を見つめるイリヤスフィールの顔色は、頗る良くなかった。アインツベルンの財力を駆使して召喚した最強のサーヴァントが、同じサーヴァントではなくただの魔術師と思っていた人物に、かすり傷一つ負わせることなく吹き飛ばされたのだ。

自分も、並の魔術師などからすれば大概『怪物』と称されるほどの才能と実力を兼ね備えていると思っていた。否、実際に彼女を屠ることのできる者は総じて人の身から外れたモノに限られる。

 

即ち、自分の実父が忘れ形見として残したこの子供は、自分ですら戦うことを避けるサーヴァントに拮抗するほどの実力を持つ怪物なのだ。

 

「……■■■、■■■■■■!」

 

イリヤスフィールの声が届いたのか、川の水面に空気の泡が浮かび上がったと思った瞬間、鯨のブリーチングさながらの飛び上がりを見せた。

 

「逃がすか! 『(Watery)』!!」

 

久郎の礼装発動を境に川の水だけでなく、バーサーカーの周りの水飛沫までもが、彼を包み込むように飲み込み再び川の中に引き摺り込まれ始める。

空中で、掴むもののないバーサーカーは、自身の剛腕で水の拘束を殴りつけるも無意味に四散し再び集まる。それどころか、殴りつけた腕が水の中に沈んだまま引き抜けずにいたのだ。

 

「■■■■■■■■■!!」

 

「狂いなさい、バーサー」

 

「ライダー」

 

自在に形を変える水の拘束に暴れ足掻くバーサーカーを見て、イリヤスフィールはこのままでは旗色が悪いとアインツベルンによって施された自分の刻印に魔力を走らせて、抑え付けていたバーサーカーの狂化を解放しようとするも、久郎の呼び声に応えたライダーが移動用の使い魔に飛び乗り武装である釘剣を喉元に添えられて動きを止める。

 

「っ、『(Watery)』殺せ」

 

一瞬、イリヤスフィールを見た久郎は躊躇するも、礼装に向かって魔力を送り込みながら指示を出してバーサーカーを川の中に引き摺り込み、深海五千メートルと同じ環境を限定的に再現して水圧を掛けてバーサーカーを文字通り押し潰した。

未遠川に赤い色が混ざり始め、緩やかな流れはその色を下流へと拡散させながら川の色を真っ赤に染め上げた。

 

「嘘、私のバーサーカーが……」

 

「ライダー、イリヤスフィールを拘束しろ」

 

錆臭く、赤くなった足元の川の流れを見届け、岸辺に上がると上空で呆けているイリヤスフィールが自分のサーヴァントを失った事実を受け入れずにいるのか、ライダーに武器を向けられていること対し恐怖しているのか鳥の使い魔に乗ったまま動かずにいた。

 

ライダーが、イリヤスフィールを抱えて使い魔から飛び降りて河原の草むらに立たせると、手際よく鎖で手を後ろに拘束した。久郎がライダーの前に立っているイリヤスフィールの目の前に胡坐をかいて座り込んだ。

 

「イリヤスフィール、このまま今回の聖杯戦争から手を引いてもらえるのなら、俺も危害を加える積りはない」

 

久郎は、欺いていた表情を戻し出来るだけ警戒させないように声を和らげ敵意を感じさせない話し方でイリヤスフィールにマスターとしての権利を破棄するように言う。

ライダーは、なんとも対応が甘いと思いながらもイリヤスフィールの後ろに佇み鎖を持ったまま沈黙し、久郎の方針に口を出さないでいた。

しかし、イリヤスフィールはそんな心遣いに気付くことなく、アインツベルンの歴代マスター最強のプライドでもって虚勢を張りながら高らかに笑い出した。

 

「アハハハハッ! おっかしいわ。この私が、たかがバーサーカーが三回分殺されたぐらいで聖杯戦争から降りるとでも思ったの?」

 

「三回、分?」

 

唐突な否定宣言に久郎は理解が追いつくことが出来ずに、日本語として矛盾している部分を途切れ途切れに繰り返した。

 

「ふーん。お兄ちゃんは、イリヤが嘘を付いてると思っているでしょ? でもね」

 

不可解に困惑する久郎の表情を満足そうに見上げると、イリヤスフィールは魔力を刻印ではなく契約の回線に流し込み不敵に笑った。

するとバーサーカーが沈んでいた赤い未遠川の川底から気泡が上がり、緩やかな水の流れに巨大な影が映りだしたのだ。

 

「……■■■■■■■■■!!」

 

冷たく暗い水の底から、まるで地獄の窯を割って飛び出したかのように彼は、文字通り殺された後、生き返っていた(・・・・・・・)。水圧により潰れ内臓が飛び出していた上半身が、あらぬ方向に折り畳まれたような分厚い筋肉を貫いて髄の覗く白い骨が飛び出して拉げていた腕が、時間の逆流と同等な再生をし復活をする。

 

「なん、だと…………ライダー!?」

 

再生しながら川岸に辿り着いたバーサーカーは、マスターを拘束するライダー目掛け河原の砂利を巻き上げながらに駆ける。ライダーも、マスターの危機感を孕んだ呼び声に反応し、釘剣を手離して久郎を抱えてイリヤスフィールの背後から疾走する。

 

「私のサーヴァントはギリシャ最大の英雄ヘラクレス。神に課せられた十二の試練を乗り越えた不死身の英霊(サーヴァント)なんだから! お兄ちゃんと一回戦っただけで三度も殺されちゃったのには驚いたけど今度は絶対に負けないんだから」

 

抑えられていた拘束を外したイリヤスフィールは、自分のサーヴァントの肩の上に乗って上からライダーに抱えられた久郎を見下ろし、自慢げにバーサーカーの真名とその不死性の能力にまつわる逸話の説明をする。

 

成る程と、久郎は尋常ならないバーサーカーのステータスの高さに納得がいった。

聖杯戦争に参戦するサーヴァントの能力は、サーヴァントの肉体的な実力と、儀式を行うその地域の知名度に左右される。半神半人の神の血脈と数々の逸話を多く残す彼の英霊であるならば、幸運以外のパラメーターが全てAランク以上の数値を叩き出すのは必然だったのだろう。

同じギリシャの英霊であるメデューサも、日本ではそれなりの知名度を誇るがこれほどの大物が出てくると見劣りもする。何より、先程の話からすると命が複数少なくとも十一のストックを持っている正真正銘の怪物ということなる。

唯一の救いと言えば、実際には死難いだけで、決して殺せない存在ではなく。そして、一定の威力を持った攻撃によって削り取れる命も増えるという点だろう。

 

「いいのか、そんな重要なことを敵のマスターに漏らすなんて。正気とは思えないんだが」

 

「ふふっ。お兄ちゃんがそれを言うの?」

 

予想以上の強敵に、久郎は冷や汗を掻きながらも隣にいるライダーとの契約のパスにより彼女の動じない感情のおかげで幾分か冷静さを取り戻した。

イリヤスフィールもまた、バーサーカーの命のストックである宝具十二の試練(ゴッド・ハンド)のおかげで先程の水魔術による圧殺に対し絶対的な耐性が付与されたが、久郎に他の手札を出されないように会話を続けようとバーサーカーに無意識に寄り添う。彼に触れる手が震えていたのは彼女と従者だけの秘密だろう。

 

「バーサーカーのことを話したのは、本当はいつでも殺せたのに私を見逃してくれたお礼よ。お兄ちゃんのサーヴァント……ライダーだっけ? それには興味は無いけどお兄ちゃんの予想以上の強さには、同じ神秘を扱う魔術師として純粋に感心しちゃった」

 

念話で、バーサーカーにアインツベルンの敷地に建つ城に戻ると伝え、最初に久郎とライダーに出会った時と同じように彼の肩の上に乗って上空の使い魔を回収する。

 

「どういうつもりですか?」

 

ライダーが、地面に落とされた釘剣を回収しながら自分達に背を向けようとしているイリヤスフィールに問う。

 

「今夜は、挨拶ついでに倒せるのならって思っていた程度だったから、もう帰るね。今度は戦わない昼間に会おうね……お兄ちゃん」

 

イリヤスフィールは、上辺の表情だけは余裕を保ちながらも後半に、久郎とはもう出来るだけ戦いたくない意識が勝ち、人目が多い昼間に会おうと言ってしまった。

 

お互いが警戒し合い、危険視している所為で強敵同士「どう対応すればいいのか」と両マスターが同じことを考えていたと誰が知り得ただろうか?

 

 

 

「……フゥー」

 

少女と巨漢の主従が歩き去ったのを見届けると、久郎は崩れるように腰を下ろし溜息を吐いた。

 

「どうしましたか。マスター?」

 

首に下げた魔力タンクである魔法礼装(賢者の石)を握りしめ、汚れるのも気にせずに河原の草の上に寝転び情けなく、口から漏らすように言葉を吐き出す。

 

「腰が抜けただけだ」

 

「え? あ、はぁ。そうですか…………………手を貸しましょうか?」

 

予想斜め下の発言を理解するのに五秒すると彼女は、釘剣を仕舞い久郎に手を差し出してきた。

そこには、目を隠しているのにも拘らず妙に慈愛に満ちた視線を送るサーヴァントがいた。

 

「すまないが、頼む」

 

久郎は、寝転がったままライダーの手を取った。

 

 

衛宮久郎は、魔術師殺しの衛宮切嗣の養子であり弟子でもある。敵を探すことよりも、敵から隠れることを学び。敵を仕留めることよりも、敵対者から逃げることを先に学んだ。切嗣の戦いをサポートする部品(パーツ)としての部下ではなく生粋の弟子として、獲物を狩る狩人ではなく、久郎の才能を狙う敵から逃げ切り生き残るための技術を全て叩き込まれた。

即ち、衛宮久郎本来の戦い方は、誰にもその存在を知られることなく『逃げ』と、『隠遁』に徹し。ことを行う際は相手の目を欺き、戦場を自分の狩場に作り変えるか、自分にとって勝率八割五分となる場所に誘い込む、(トラップ)をメインとしておまけで、狙撃(ショット)アンド離脱(アウェイ)の戦法を取るのだ。

 

魔術協会本部の一つである時計(ロンドン)塔での留学でも久郎は、本来の姿を誰にも晒すことなく偽造パスポート作成スキルを利用し、実在しない架空の執行者や傭兵(フリーランス)の少人数派閥を作り上げ、彼自身もその派閥の保護下にあるとしており、封印指定を免れているのだ。

 

今までも、死徒や封印指定対象者の戦闘経験も直接的な肉弾戦は、極力避けており攻撃用の礼装も古今東西の武器や武術を疑似的にでも会得しておこうと半ば遊び心で作った物だったのは、本人と魔法使いのあり方を指導した並行世界を行き来する万華鏡爺だけの秘密であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

隣町の冬木教会の窓辺に小さな影が舞い降りた。

 

その影は、折り紙の鶴で作られた衛宮久郎の使い魔であった。予め何者かを受け入れるように開けられた窓から入り込むと真っ直ぐこの教会内に居る住人を探し飛び回り始めると、聖堂内に潜む脱色したような白い髪を持った、黒いスーツを着たサーヴァントに掴まれる。

 

最初は紙の翼をはためかせて抵抗するが、折鶴型の使い魔は次第に大人しくなり動かなくなった。

 

黒いサーヴァントは乱暴に、しかし破かないように折鶴を開き書かれた内容を読むと、苦しげに胸を抑え込み十秒ほど耐えるも彼は弓の弦が切れたように感情を爆発させた。

 

「クフフ、アハハハハハハハハハ。あぁ、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、信じていた。また会える日が来ると! ……愛しているぞ。俺の、俺達だけの

 

 

 

       ■神様!!」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

サーヴァントデータ

 

 

 

マスター:衛宮久郎

 

クラス:ライダー

 

属性:混沌・善

 

パラメータ

筋力:A

耐久:C

敏捷:A

魔力:B(A++)

幸運:B

宝具:A+

 

クラス別能力

対魔力:B

騎乗:A+

 

保有スキル

魔眼:A+

単独行動:C

怪力:B

神性:E

 

宝具

他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ) :B

 

自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン) :C-

 

騎英の手綱(ベルレフォーン):A+

 

 

マスター:??

 

クラス:ランサー

 

属性:秩序・中庸

 

パラメータ

筋力:B

耐久:C

敏捷:A

魔力:B

幸運:D

宝具:B

 

クラス別能力

対魔力:C

 

 

保有スキル

戦闘続行:A

仕切り直し:C

ルーン:B

矢除けの加護:B

神性:B

 

 

宝具

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク):B

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク):B+

 

 

 

マスター:遠坂凛

 

クラス:セイバー

 

属性:秩序・善

 

パラメータ

筋力:A

耐久:B

敏捷:B

魔力:A

幸運:A+

宝具:A++

 

クラス別能力

対魔力:A

騎乗:B

 

保有スキル

直感:A

魔力放出:A

カリスマ:B

 

 

宝具

風王結界(インビジブル・エア):C

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー):A++

 

 

 

 

マスター:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

 

クラス:バーサーカー

 

属性:混沌・狂

 

パラメータ

筋力:A+

耐久:A

敏捷:A

魔力:A

幸運:B

宝具:A

 

クラス別能力

狂化:B

 

 

保有スキル

戦闘続行:A

心眼(偽):B

勇猛:A+

神性:A

 

 

宝具

十二の試練(ゴッド・ハンド):B

 

 

 

 




氷って綺麗だよね!!



本当は、切嗣を引き合いにドロドロの修羅場に発展する予定だったんですけど、出会ったばかりの一方的に知っている養父の娘さんに気軽に話しかける久郎くんが想像できなくて、こうなっちゃいました……これでいいのかな?(焦)

ていうか、一晩でランサー、セイバー、バーサーカーと敵対した久郎って……

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