私は今、ダウンジャケットを羽織っている。マフラーも帽子もかぶって、手袋をした。
とても寒い夜。その夜は、シャーレにもどこにも、キヴォトス中に馬鹿みたいなドカ雪が降っていた。すさまじい大雪になるとのことだった。しんしんと降り積もるそれを窓から眺めながら静かな一人きりのシャーレの中で痛いほどの静寂に包まれる。
雪が音という音を吸収する中、連絡用スマホを叩いた。
『シャーレの屋上で待ってる』
シャーレの屋上にも、雪がたくさん積もっていた。本当に厚いめずらしいほどの大雪だった。
明日は雪かきで腰が痛くなるだろうな。
今日、当番の生徒の子のためにココアを買った。アリウスの子たちとも飲もうと思ってもう1袋ストックも買った。
本当は一緒に飲みたいやつが、もう一存在くらいいる。
「御用ですか? お久しぶりですね、先生。」
顔を上げる。黒服が立っていた。相変わらずの様子で、コートなんて着ないで、やつはシャーレの屋上に音もなく現れた。
そのトレードマークのスーツに雪が下りていくのを見やる。思えば私は黒服のことを何も知らない。
「こんなところに呼び出して……あなたの大切な生徒さんたちがお怒りになるのでは?」
「雪」
「はい?」
「雪が降ってる。あの日は、春だった。もう1年が過ぎてしまう。」
私は懐に入れていた手を動かした
「……おやおや、またあのカードをお使いになる気ですか? ……いいでしょう。」
「雪合戦すっぞ」
「……は?」
奇襲。私は懐の中に持っていた雪玉を黒服の顔におもいっきりぶつけた。黒服は目のようなものを白黒させている。
「私とあなた、どちらかが倒れるまで、勝負だ」
「なんの冗談ですか、先生」
「さあ来い! ダウンジャケット、マフラー手袋の最強装備先生に勝てるもんなら勝ってみなさい!」
「先生」
私はさっさと雪玉をこさえる
「先生は特別ルールで雪玉の中に石を入れてもいいことにします」
「それは共通禁止カードですよね?」
「と……とにかく、私が勝ったら 全部話してもらう。本当のことを私は知りたいから……最初は生徒のために私は存在するんだ思ってた……そのためなら自分がどれだけすり減ってもいいんだって……だけど……私はこれからは、私のためにも、頑張ることにしたんだ! だから、私が勝ったらあなたに話してもらう。あなたと話したいことが、沢山あるんだ」
黒服は顔面にぶつかった雪を払った
「……私が勝ったら?」
「下のコンビニでエッチな本でも買ってあげま ほぎゃ!」
顔のあたりに容赦なく雪玉をぶつけられて悲鳴を上げた。こ、こいつ~!
「不意打ちはルールで禁止ッスよね?!」
「さっき自分でやったことでしょう」
「そうだった……ともかく勝負!」
どうすれば勝ちなのかは二人ともわかっていなかった。まあ、実際それでよかったのかもしれない。
数十分が経過した。黒服は……強かった。
私はぜーはーと息をしていたが黒服は良き一つ切らさず、ため息をつきながらスーツについた雪の欠片を払っている。
「あー、くそーっ、なんで当たらないんだ!」
「ノーコンすぎます。あと運動不足ですね」
「おだまりんしゃい!」
「もう帰ってもよろしいでしょうか? 先生ももうお疲れでしょう」
「……エッチな本は……?」
「いりません。先生もお風邪を召されますよ。早くお戻りなさい。」
「……うん……あーあ……」
私はふいに、ぼすんとつもりに積もった雪の上に倒れこんだ。
どこかに帰ろうとしていた黒服が立ち止まる。
「まったく、生徒には心配をかけてしまうし。雪合戦でも負ける。言葉では伝わらないし、体当たりしてみても何もわからないし……私は何をしているんだろう」
黒服は、静かに私の所にやってきた。
「雪って美味しいんだって、アリウスの子が言ってて。冬になるといつも あの子たちがどうしてるんだろうと思って眠れなくなる」
「なぜですか」
「先生とはそういうものです」