あれから数日。
キヴォトス某所の精神科・心療内科。私はまたドクターの前に置かれた椅子に座っている。
「先生、少し顔色がよくなったようですね。お薬は飲んでみてどうですか?」
「……ええ……そう、そうですね……まあ、だいぶ」
帰り道、その日は雨が降っていた。アロナは黙りこくっている。私は傘を差さずに歩いていた。
傘を差したい気分ではなかったのだ。ただ、ふらつきながら少し歌っていた。
『希望の欠片と言いながら……』
なんの唄だっけ。わからない。ここ(キヴォトス)に来るまでに忘れた。顔を上げると、またもや『恐怖』が道端にいて、少女の形をして私をはにかんだ笑みで見つめていたり、空中をただ占めていた。
撃ちぬいてやりたかったが、私は苦すぎる頓服薬を胃に流し込む方を選んだ。薬が濡れて苦くて嫌だった。
心にさせる傘もないのに傘をさしたって仕方がない。言い訳をする。今更さしたところで。
「雨は好きだけれど、雨に濡れると風邪を引くんだよなあ……。」
止まない、雨。私は生徒たち子どもが居なさそうなコンビニに入って適当に酒をバスケットに突っ込んで、適当に買った。何の酒か、見もしなかった。
絶対に認めたくないこともあった。
アイツの腕の中で安らぎを感じたこと、以外にも暖かだったこと、心の中で芽生えてしまった、何か。
大きな音がした。治療したばかりの手が痛かった。なんだ、壁を殴ったのか。
「……あぁ……。」
だいぶ、参っている自覚はあった。
やめられないものを素直にやめることができるのならだれも苦労しないだろう。たとえばそれは酒だったり、間食だったり、煙草だったり。それらには中毒と名付れていたりもする。なら私は何の中毒になっているのだろう。
私は速足で道を歩いている。手に抱えているそっけない包みを巻かれた荷物を手に、私はアイツらの蟄居するビルへ向かっていた。
判断が鈍っている自覚はあった。イライラとしていた。クソを産みだすクソになった気分だ。まあ実際、多分、3日くらい寝ていないせいもあるかもしれない。何時間かまどろんだ気もするが……それはたいして重要ではない。
私の体なんてたいして重要ではない。元から己に執着などほとんどしていない。その時の私はそういう生活をしていた。
「先生……アポイントメントを取っていただけますか」
私は黒服の机の上にドスンと、つつみ箱がつぶれる勢いで買ってきたとある店のでかいバームクーヘン(ホール)を置いた。
「……笑いどころ、ですか……?」
「受け取ってくれない?」
精いっぱいのスマイル。
「……受け取ってよ。こないだのお礼。じゃなきゃおかしなことになっちゃう。」
「先生、眠っていませんね」
「そんなの、どうでもいいよ、そのうち眠れるでしょ。」
「もしや先日、ビル爆破事件を起こした生徒にシャーレで何か」
気づいたら黒服のネクタイをつかんで首根っこを引っ張っていた。自分から聞いたこともないような低い声が出た
「なんで知ってる」
私はふと急に自分の行いに恐怖した、黒服のネクタイを離す。己に執着がないと言ってもこれじゃあまるで自分が2人いるようじゃないか、まるで、これじゃあ
無言で襟首の乱れを直している黒服の前で、また『恐怖』が空間を占めていた。それは私が意識したとたん、何よりも早く襲い掛かってくる、ああ、早すぎる! 対策を打つ暇もなく部屋から逃げようとしたが『恐怖』がそれを阻んだ。またもや足を絡ませて転んだ私を誰かが地面にたどり着く前に受け止めた。
そんなことをするのは、あいつしかいなかった。
「やめてくれ……私、いま、あなたに何をするかわからない……!」
あの子の声が響いた。あの光景がフラッシュバックする。私は叫んでいた。
『先生、どうして助けてくれなかったの?』
ソファに寝かされた。ああもう、これ以上頼るまいと私はゼェゼェと息をし、自力で薬を取り出そうとする。もう何度目だろう、しかし一向に慣れないし何もうまくいかなくて、わけがわからない。
黒服はそこにいる。
「やめろ……」
無残に壊れつつある私を見ている。
「憐れむな」
私には、断固として認めてはいけないことがある。
違う。この気持ちは、違う。