私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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第13話

 先生立ち会いのもとで書面への署名が終わり、この場の4クラス合同での取り決めは正式なものとなった。

 

 ひと足先に試験を終えてしまった申グループへの対応や優待者を誤って指摘しないための手順についても最終確認を終えると、私はようやく席を立つ。

 

「クク、最後まで気に食わねぇ試験だったぜ」

 

 そう言い残し、最初に退室した龍園くん。

 その後を追う形で、葛城くんも橋本くんを連れて部屋を出る。葛城くん1人じゃ分断しつつあるクラスメイトの説得に骨が折れるだろうけど、坂柳さん派で影響力の強い橋本くんがいれば大丈夫だろう。

 

「それじゃあ私はクラスのみんなに話してくるね」

 

 彼らの後ろ姿を見届けた一之瀬さんは、理想としていた結果に着地したことでひと安心といった表情だ。

 軽く別れの挨拶を交わし、神崎くんと同時に先に出てもらうと、室内にはもの言いたそうにしている堀北さんと手持ち無沙汰そうにした茶柱先生が残る。

 

「……終わったぁ」

 

 肩から力が抜け、私はその場にへたり込みそうになる。

 結果だけ見れば理想的と言っていい。

 誘導は全てうまくいき、これで全クラスが大量のppとrpを得ることが確定した。まだ試験日程は折り返しだけど、残りは適当に遊んでたらいい。

 

「お疲れ様、嬉野さん」

 

 背後から声を掛けられ振り向く。

 堀北さんだった。

 その表情はいつも通り落ち着いている……ように見えて、その瞳だけはどこか納得していなかった。

 

「少し、時間をもらえるかしら」

「……もちろんだよ。でもその前に、私たちも一旦外に出たいな。先生はこれから戸締まりするらしいし」

「それはありがたい配慮だな。私はお前らがここに居座るつもりならどうしようかと考えていたところだ」

「すみません、色々とお手数をおかけしてしまって。今日は立ち会っていただきありがとうございました」

 

 会釈をして、私たちも揃って外に出る。

 お昼時なのもあって多くの生徒は食堂やカフェで過ごしているためか、廊下の先には人影が見当たらない。

 私は背後の堀北さんに向き直り、改めて頭を下げた。

 

「……本当にごめんなさい。堀北さんを騙していたこと、本当の作戦を伝えなくって、……ごめん」

「……不快な気持ちがないと言ったら嘘になるわ。けれど仕方ない、わよね。あなたが話し合いを進めてる最中、私はずっと頭の中を整理していたの」

 

 堀北さんはため息をつき、自嘲をこぼす。

 

「どうして本当の意図を伝えてくれなかったのか。……あなたのことだから、信頼の気持ちが全くなかったわけじゃない―――そう思ってる。けれど万全を期すために最低限のことしか言わなかったのよね」

「……そうだね。でも一番の理由は、堀北さんに演技をしてほしくなかったから。もし最初から全部話してたら、堀北さんは龍園くんや葛城くんを騙そうって意識しちゃうでしょ? でも私は、堀北さんの本気の言葉だからこそ、葛城くんに届くと思ってた」

 

 その説明に、すぐには返事が返ってこない。

 入学当初から、堀北さんは自分に対する自信を持っていた。それが今になって打ち砕かれた様子に見える。

 

 私はそれを元の道に戻すべく言葉を紡ぐ。

 

「今回のこれはさ、私の企みに気付けなかったから劣っているだとか、そういう話じゃないと私は思うの」

 

 得意不得意なんて誰にでもあること。

 それに私と堀北さんとじゃ置かれた環境が違う。

 

「……今まで誰にも言ってこなかったことだけど、私のお父さん、官僚でさ。文科省の審議官ってネットで調べたら一応顔と名前が出てくるんだけど」

 

 ひと呼吸置き、検索結果を見せると、そこに映ったお父さんと私の顔とをまじまじと見比べる堀北さん。

 私はそれに構わず言葉を続けた。

 

「私はちょっと特殊な環境で育ってさ、大人同士の駆け引きを小さい頃から見てたから、こういうのは好きじゃないけどそれなりに出来るんだ。そうじゃなきゃ私もこんな策は思い浮かんでないと思うよ」

 

 中学までは指定された勉強さえできれば良かったはず。それが高校生になっていきなりルールの穴をついたりなんて、そう易々とできるわけがない。

 

「こう言うと怒られちゃうけど、龍園くんは捻くれ者っぽいからそういう適性があるのかも。でも堀北さんだけじゃなくて、葛城くんや一之瀬さん含めて多くの子は真面目で実直で―――だからこの手のやり方には、ある程度、慣れが必要になってくると思う」

 

 今まで積み上げてきた努力とは違うものも、この学校では問われている。それにすぐ順応できなかったからといって自分を責めなくていいと私は言う。

 

「少しずつ、少しずつ慣れていけばいいんだよ。堀北さんは―――勉強も運動も最初から完璧だった?」

「……いえ、そんなことはないわ」

「だったら尚更焦ることないよ。今まで培った地力が消えるわけじゃないんだもん。もしこれが学力や運動神経を競うものなら堀北さんはすぐにでも学年でトップレベルの成果を出せる。私はそう信じてる」

 

 それは嘘偽りのない本当の言葉だった。

 私と堀北さんとじゃ積み上げてきたものが違う。

 私はこういう悪知恵や運動なら勝てるだろうけど、現状、勉強じゃ堀北さんに敵わないと感じている。

 

「……私は、兄さんみたいに…………」

 

 ふと、堀北さんはそう呟き、口を閉じる。

 私は聞こえなかったフリでこてんと首を傾げた。

 

「なにか言った?」

「……いえ、なんでもないわ。それよりさっきの言葉、文科省の審議官って……事務次官の次、よね。あなたのお父さん、すごいお偉いさんじゃないの」

「…………そんなことまで知ってるの?」

 

 普通、そんな役職までは知らない。

 私は素直に驚いたのに堀北さんは目を白けさせる。

 

「別に、大したことじゃないでしょう。政治経済の勉強をしていた際の記憶が残っていただけよ」

「いや、すごいことだと思うけどね」

 

 こういうところ、堀北さんは謙虚だ。

 入学時の高慢な様子には私も反感を抱いていたけど、思えば実力をひけらかされたことは一度としてない。

 

 一見すると矛盾してるように思えるその在り方。そこにはお兄さんへの劣等感が垣間見えて、やっぱり堀北会長に事情を聞く必要があるかもと私は思う。

 

「さて、堀北さん。そろそろ大丈夫そう? 私のやり方というか教え方が堀北さんに合ってないなって思ったなら、遠慮なく言ってほしいんだけど……」

「大丈夫よ、これからもその調子でお願いするわ」

「そう? なら、分かったよ」

 

 強がってる様子じゃない。

 全部の憑き物が落ちたわけじゃ当然ないだろうけど、ある程度まで以前の心持ちを取り戻したことが表情から伺えて、私はようやく肩の荷を下ろせる。

 

 あとは試験最終日を待つだけだ。

 現在残っているのは申を除く全11グループ。

 高円寺くんが当てた優待者がBクラスの生徒であると確認できたため、先ほどの話し合いでは一之瀬さんが折れる形で―――つまりBクラスがポイント不利になることを了承して、残った11グループ全てを結果1で終わらせるということで話がまとまった。

 

 平等にいくなら各クラス1人ずつは優待者を当てられ、残り9グループを結果1で終わらせることもできたけど、それによって得られるはずのppとrpの総額が損なわれることを一之瀬さんが嫌った形だ。

 

 これによってACクラスはcpの増減が無く、Bクラスがマイナス50cp、Dクラスがプラス20cpになる。

 

「なんだかBクラスの子たちに申し訳ないな。この埋め合わせは後の試験でさせてもらうって約束はしたけど、50cpの損失はやっぱり痛いよね……」

「そこまで気に病むことかしら? 究極、私たちDクラスとBクラスも敵同士なのよ。不利を買って出てくれたのだから私たちはお言葉に甘えるだけよ」

 

 堀北さんは特に気にした様子もなくそう言った。

 やっぱり、私よりよっぽどリーダーに向いている。

 その考えを今回は心の内に留めて、私と堀北さんは並んで歩き出し―――直後、呼び止める声があった。

 

「まだここにいたのか。ちょうど良かった。悪いが嬉野、これから少しの間だけ時間をもらえないか?」

「……茶柱先生?」

 

 ドアを開けるや否や、携帯端末を手にしたまま、部屋の中に私を手招きする茶柱先生。私は何の用だろうかと訝しみながら堀北さんと顔を見合わせる。

 

「私は先に帰るわ。用が終わったら連絡もらえるかしら? クラス全員を説得するのに私も付き添いたいの」

「分かった。じゃあ、また後でね」

 

 別れると、先生に促されて私はまた部屋に入る。

 するとすぐに茶柱先生は携帯を手渡してくる。

 

「えっと、なんですか?」

「……あー、詳しい事情はまた後で話す。先方を待たせているのでな、ひとまず電話に出てもらえるとありがたい。お前なら大丈夫だろうが、くれぐれも、言動に失礼のないようによろしくお願いするぞ」

「え、ええ? 分かりました……」

 

 何がなんだかよく分からないまま、茶柱先生は私を置いて部屋を出た。

 手渡された端末の画面を見てみるとそこには番号が表示されていて、それだけじゃ相手の素性は窺い知れない。だけど試験前の坂柳理事長との下りに近しいものを感じて、私は警戒しながら通話を押した。

 

「……お電話代わりました、嬉野ひまりと申します」

「忙しい中代わってもらってすみませんね。こちらも暇ではないので手短に用件を済ませたいと思うのですが、まずは今回の試験、実にお見事でした」

 

 貫禄の感じられる声。

 ………お父さんより上、5,60代あたりだろうか。

 どこかで聞いたような気がする声に私は眉を顰める。

 それとは関係なく相手の人物は言葉を続ける。

 

「まさか本当に結果1で終わらせてしまうとは。君のお父上が試験のルール作りに介入してきた時点で嫌な予感がしていましたが……。高育の運営側は予想外の結果に予算が逼迫されて嘆いておりますよ」

「……それは申し訳ありません」

「謝らなくて結構です。これは賞賛ですので。ですが、坂柳前理事長から事情は聞いておいででしょうか」

 

 粘着質な声が、私の鼓膜にまとわりつく。

 私は思わず手をぎゅっと握った。

 

「返事がないですが知っているようですね。ではご挨拶を。―――私は月城常也と申します。夏休み明けから理事長代理として、より厳しい学校作りに誠心誠意努めて参りますのでお見知りおき下さい」

 

 その名前に、思い起こされる先週の記憶。

 間違いない。その名前とこの声は―――

 

「……無人島でお会いしましたね月城先生」

「さあ、なんのことでしょうか」

 

 はぐらかされるも、私の確信は揺るがない。

 ただそれと同時に私はひどく動揺する。

 無人島という名の閉鎖空間。何のためにあの場に訪れたのか知らないけど、あの時の私は、月城先生に対してほとんど警戒心を持たずに接していた……。

 

「しかしまあ、官営なのに非常に嘆かわしいことですが、この学校の警備は緩かったですね。今後のことを考えると余計な横槍は入れられたくありませんから、警備の強化は急務になりそうで困りましたよ」

 

 画面越しに聞こえてくるため息。それは内容に比して、子どもをあやすかのようなニュアンスに聞こえる。

 背中を冷や汗が伝い、喉の渇きを覚える。

 

「さて。挨拶も済みましたのでそろそろ私はお暇させていただきます。最後に忠告ですが―――大人しくその身をホワイトルームのため捧げてもらえたら、私も無関係の学生を退学させずに済むのですが?」

 

 その確認に、私は凍りついたまま口を開けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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