爆弾魔は、今日も虹を磨いていた。
手のひらほどの小さな球体。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫――すべて違う意味を持つ、彼だけの感情の断片。
それは感情から作り出された、“感応式の爆弾”だった。
怒り、悲しみ、喜び、愛、恐怖――爆弾魔が感じた感情を結晶化し、圧縮し、極彩の火薬に変えたもの。
人に憎まれ、忌まれ、拒まれても、
この爆弾たちだけは、彼を裏切らなかった。
彼は孤独だった。
爆弾を美しいと思う彼の感性を、誰も理解しようとしなかった。
――ただひとりを除いては。
猿ドラゴン。
巨大で滑稽で、子供のように無邪気なその化け物は、爆弾魔のすべてを面白がってくれた。
爆弾を笑い、爆発に拍手し、爆弾魔の寂しさを「おもちゃ」にしてくれた。
――それが、彼にはたまらなく、嬉しかった。
そして、今日。
彼は“最期の虹”を完成させた。
遊園地の廃墟。沈みかけの太陽。錆びた観覧車。
完璧だった。
この世界の終わりに、虹の爆発で花を咲かせる。
それが彼の、人生最後の芸術だった。
だが。
その背後から忍び寄る影に、彼は気づいていなかった。
ぬるりと空気が変わった瞬間、
尻尾が彼の腰を締めつけ、抱えていたケースごと爆弾が宙を飛ぶ。
床に転がる虹色の球体たち。爆弾魔の“感情”たち。
彼はとっさに手を伸ばすが、何一つ掴めなかった。
猿ドラゴンだった。
その目には、あの日の無邪気な光など、どこにもなかった。
爆弾魔は、最初それが冗談だと思った。
きっと何かの演技。試すような遊び。
でも、彼の左腕が食いちぎられたとき、
爆弾魔は初めて理解した。
――これは、裏切りだ。
猿ドラゴンは、邪悪な神のようだった。
毛皮の下に潜む鱗、血に濡れた手、裂けた口から覗く歯――
かつて笑っていたそれは、もう「喰らう」ための顔に変わっていた。
「虹って、光を裂いた時にできるんだって。
キミを裂いたら、もっときれいな色が見えるのかな」
そう言って、彼の腹を引き裂いた。
内臓があふれ、爆弾魔の感情が地面に滴る。
かつての爆弾たちと一緒に、血と混ざり合いながら、ただの“色”に還っていく。
爆弾魔は、もう何も言えなかった。
声帯は潰れ、視界は赤く染まり、意識が朧になる中で、
ただひとつ――“願い”だけが残った。
――せめて、最後の虹だけは、自分の手で。
しかしその願いも、すぐに砕かれる。
猿ドラゴンの尾がしなり、頭蓋が圧し潰される。
ぐしゃり、という音がして、
爆弾魔という存在は、音と光の中で、跡形もなく消えた。
爆発は、小さかった。
きっと、もう誰も気に留めない程度の閃光だった。