黎明の静けさが精霊術師協会の塔を包んでいた。薄闇の中、風が高層の塔を吹き抜け、掲げられた旗がゆっくりとはためく。
「……未界域、ね」
アウスは木製の手すりに手を添え、塔のバルコニーから視線を落とした。霊力の流れが乱れている。遠い地で、大地の脈動が不穏に揺れていた。
「出たな、嫌な任務って顔してるぞ、アウス」
肩越しに声をかけたのはヒータだった。炎のように赤く揺れる髪が、朝日を受けて一層鮮やかに燃えている。
「嫌じゃない。ただ……気がかりなだけ」
アウスはそう言って小さく眉をひそめる。
精霊術師協会から下された特別任務。それは「未界域」と呼ばれる領域の調査だった。魔力の乱流が絶え間なく渦巻き、物理法則すら歪むとされる禁域。過去にも何度か調査隊が派遣されたが、帰還者は数えるほどしかいない。
「何か、嫌な予感がするんだ」
アウスの言葉に、ヒータは小さくため息をついた。
「ま、そういう時こそ、あたしらの出番ってことだろ? 共鳴訓練の成果、見せてやろうぜ」
彼女の言葉に、アウスはほんの少しだけ口元を緩めた。
その頃、塔の図書室ではウィンとエリアが任務概要書を読み込んでいた。ウィンは表情を曇らせ、エリアの横でそわそわと動いている。
「ねえ、エリア……未界域って、本当に大丈夫かな。ここ、“高濃度魔力生命体との接触例あり”って書いてあるよ」
エリアは静かに頷いた。
「未界域には、私たちの常識が通じない。けれど、その中で起きていることを解き明かすのが、私たちの役目」
その横顔はどこか頼りがいがあるようで、ウィンはふっと安堵の息をついた。
「……うん。エリアがいるなら、大丈夫な気がする」
■
数日後、4人は未界域の入り口に立っていた。
周囲には濃い霧が漂い、空間そのものが脈動するような圧迫感がある。
「この感じ……魔力が逆流してる?」
アウスが眉をひそめる。ヒータは肩を回して気を引き締めた。
「とにかく、油断せずに行こう。共鳴が乱れたら、すぐに戻る判断を」
エリアが指示を飛ばし、4人は慎重に未界域へと足を踏み入れた。
しかし、最初の数歩で異変は起こった。
「霧が……濃くなってきた?」
ウィンがあたりを見回す。次の瞬間、強烈な魔力のうねりとともに濃霧が爆発的に渦巻き、視界が完全に閉ざされた。
「ウィン!? エリア!? 返事して!」
アウスが叫ぶも、その声は濃霧にかき消される。わずかに残る気配を辿ろうとするも、霧の中では精霊とのリンクすら曖昧だ。
「くそっ、分断された……!」
ヒータは即座に魔力を凝縮し、周囲の霧を焼こうとするが、すぐにアウスがそれを制した。
「待って、ヒータ。ここで無闇に力を使ったら、どこに飛ばされるかわからない」
「じゃあどうするんだよ!」
「少しずつ進んで、再合流の可能性を探るしかない……」
■
一方その頃、ウィンとエリアは別の場所に転送されていた。
「エリア……大丈夫?」
「問題ない。だが、魔力の感知が困難だ。おそらく、空間そのものが歪んでいる」
2人は周囲を警戒しながら、森の中を慎重に進む。しかし、突如として草陰から黒い影が飛び出してきた。
「なにっ……!」
それは、鋭い牙と爪を持ち、異常に伸びた四肢で這い回るUMA――未界域の“ワーウルフ”だった。
「くるよ、エリア!」
ウィンは素早く風の精霊を呼び出し、斬撃のような突風を放つ。エリアも即座に氷の結界を形成し、敵の動きを封じる。
「ウィン、挟み込む!」
「了解っ!」
風と氷、ふたつの精霊術が絡み合い、ワーウルフを押し返す。しかし、敵の数は一体だけではなかった。
「……群れ!? こんなの、聞いてない……!」
だがそのとき――ウィンの叫びに呼応するように、彼女とエリアの魔力が共鳴しはじめる。臨界点を超える寸前の不安定な共鳴。しかし、それは希望の光でもあった。
エリアは静かに言った。
「信じて、ウィン。私たちならできる」
微かな笑み。風が吹き抜け、未界域の霧を切り裂くようにして、2人の戦いはさらに加速していく――。