──ここは、熱を帯びた迷宮。
赤銅色の空に、遠く火柱が立つ。
床は焦げた黒岩、壁は灼熱の炎紋で刻まれていた。
空気は灼けるように乾いており、少し息を吸うだけで喉が焼けるような錯覚に陥る。
だが、ヒータの足は止まらない。むしろこの暑さが、彼女にとっては心地よかった。
「ふん……これぐらい、ちょうどいいくらいでしょ」
額に汗を浮かべながらも、ヒータは不敵な笑みを浮かべていた。
ここは、彼女の心が生み出した迷宮──情熱、怒り、そして後悔。
燃え上がるような感情が、形となって空間を構築している。
彼女が進んだその先には、大きな焔の門が立ちふさがっていた。
その門の前に、ひとりの少女が立つ。
──もうひとりのヒータ。
彼女は無言でこちらを見据え、そして言った。
「また、自分だけで突っ走るつもりなの?」
ヒータの笑みが、わずかにひきつる。
「アンタ、私の何を知ってるっていうのよ」
「私は“あなた”よ。情熱に任せて他人を振り回して、自分だけが背負おうとして……。でも、ただ怖いだけじゃない。ひとりになるのが、嫌なんでしょ?」
その言葉に、ヒータの中の“何か”が疼いた。
彼女は、ただの激情家ではない。仲間を思い、誰よりも強く、誰よりもまっすぐで、だが……そのまっすぐさが時に、独りよがりにもなっていた。
「黙りなさい!」
ヒータが炎を纏って突撃する。
だが、鏡像のヒータもまったく同じ動きで迎え撃つ。
まるで炎と炎がぶつかり合うような衝突。
迷宮全体が揺れ、火柱が天井を突き破る。
──彼女の過去が、走馬灯のように脳裏をかすめた。
仲間の前で泣けなかった夜。
アウスに怒鳴られた日の記憶。
ウィンに心配されて、突っぱねてしまった瞬間。
「……私は……っ」
ふたりのヒータが拮抗し、足元の岩が崩れ始める。
そこへ、ヒータの耳に声が届く。
──《力だけじゃ、ダメなんだよ》
アウスの声。
それは、かつての現実で聞いたものだった。今なら分かる。その言葉に込められた想い。
「私は……強くなりたかった。守れるって信じたかった。……でも、怖かった。信じてもらえないのが」
その瞬間、焔が優しく灯った。
攻撃の炎ではない、心を温める、慰めるような色。
「だから……強がって、誰にも頼らなかった……!」
ヒータの炎が変化する。
赤く、しかし柔らかく光るその火が、鏡像のヒータを包み込む。
「でももう、分かってる。みんながいる。私の炎は、独りじゃない」
その瞬間、焔の中から一筋の狐火が現れた。
──《稲荷火》である。
九つの尾を揺らし、ヒータの前に姿を現すその存在は、温かなまなざしで彼女を見つめる。
「……あんた、私の……」
稲荷火は静かにうなずき、彼女の肩に寄り添うように寄る。
その背に火の紋が浮かび上がる。
「ふふ……よろしく。あんたとなら、みんなを守れる気がする」
鏡像のヒータが微笑み、焔の門が静かに開いた。
ヒータは稲荷火と共に歩き出す。迷宮はもう、彼女を縛らない。
──情熱は、人を焼くこともある。
だが、それを制御し、誰かを照らす炎にできたなら。
ヒータの炎は、今や希望の灯火だった。