霧のような瘴気が再び立ち込める未界域の深奥。
4人の霊使いたちは、ツチノコとジャッカロープたちを伴って、巨大な影の元へと向かっていた。
前回の戦いで一度は逃げ延びた地。
しかしそこに再び、あの咆哮が轟いた。
「――ッ来るよ!」
木々をなぎ倒し、崖を割り、足音ひとつで大地が揺れる。
未界域の王者、《未界域のビッグフット》が再び姿を現した。
巨体から立ち上る瘴気、全身を覆う氷のような毛並み。
そして、赤黒く光るその双眸。
その存在感だけで、空気が重くなる。
「……強すぎる……っ」
ヒータが握る拳が汗ばむ。
「でも……今回は違う」
アウスが前へ出る。
「私たちの魔力は、もう“輪”になっている」
風が舞い、ウィンの髪が踊る。
水の波紋が広がり、エリアが静かに構える。
《大霊術-「一輪」》――その発動のため、全ては整っていた。
◆
ビッグフットが咆哮と共に突進を仕掛ける。
「来るよ、左右に分かれて!」
アウスの指示で、四人と精霊たちは分散。
ヒータとエリアが囮となって引きつけ、アウスとウィンが魔力の核となる位置に布陣。
ツチノコたちは木陰からサポート、ジャッカロープの角が《一輪》の魔法陣を微かに浮かび上がらせていた。
「魔力流入……始める!」
ウィンが風の渦を放ち、アウスが地を震わせる。
ヒータの炎、エリアの水――交差する魔力が中心へ集まっていく。
「……まだ、だ……」
アウスが汗を流しながら魔力を集中させる。
ビッグフットは苛立ち、巨腕で地面を叩きつける。土砂と岩が舞い、熱風が魔法陣を揺らす。
「くっ……もう少し……!」
ヒータが火焔弾を連射して牽制。
エリアが水のバリアを張って防御を補助。
しかし――その瞬間。
ビッグフットが唸り声と共に、口から深紅の魔瘴を放った。
それは四人の魔法陣に直撃しかけ――
「ダメだ……このままじゃ!」
魔力の乱流が走り、《一輪》の円環が崩壊しかける。
そのとき――
「キュルゥッ!」
一匹のツチノコが、爆煙の中から飛び出してきた。
その小さな身体で、ビッグフットの巨腕に飛びかかり、渾身の体当たりを見舞った。
「ツチノコ……!? 無茶だよ……!」
ヒータが叫ぶが、ツチノコは怯まなかった。
一瞬、ビッグフットの動きが止まる。
その隙を見逃さず、ジャッカロープたちが角を天に掲げ、光の波動を放つ。
《一輪》が再び光を取り戻す。
「いまだ……アウス!」
「全魔力、収束……!」
「四相交わりて、輪となり――」
「一なる核に、世界を抱け――」
「風、火、土、水……四霊、今ここに誓いを」
「精霊たちよ、我らが声に応えよ……」
「《大霊術――『一輪』》」!!
火・風・水・地。
四つの力が一つの輪に溶け合う。
空が裂け、地が震え、次元そのものを貫くような魔力の柱が、完成された魔法陣から放たれる。
《大霊術-「一輪」》――発動。
「これが……私たち四人の力!」
咆哮を上げるビッグフットの巨体に、魔力の光輪が直撃する。
閃光の中で、その姿がゆっくりと崩れ落ちる。
眩い閃光が未界域の空を裂いた。
《大霊術-「一輪」》――その咲いた魔法の花が、全てを呑みこむほどの魔力の奔流を放ち、ビッグフットの咆哮すらかき消してゆく。
怒りも、怨嗟も、狂気さえも。そのすべてを――ただ、静かに包み込んでいた。
やがて、その光がゆっくりと収束していくと、戦場には深い沈黙が落ちていた。
霧のような魔力の残滓が漂い、空気がまだ震えている。
「……終わった……?」
ヒータの声は、ささやきのようにかすれていた。
「……ああ」アウスが頷く。その目に、涙が浮かんでいた。
風がそっと吹き抜ける。かつて黒く染まり荒れ狂っていた未界域の空は、うっすらと青みを帯びていた。
地面の割れ目には、かすかに緑の芽が顔を出している。
「……見て」
ウィンが草の影を指差す。そこには、あの時、ビッグフットの攻撃に巻き込まれたツチノコが、
ボロボロになった身体を引きずりながら、のろのろと這い出てきていた。
「……! ツチノコ!」
四人が駆け寄ると、ツチノコは力なくも「キュ……」と短く鳴き、笑うような顔で彼女たちを見上げた。
あのとき、あの一瞬――ツチノコが作ってくれた隙がなければ、《一輪》は不完全に終わっていた。
命を賭して、あの輪の中心に“繋がり”を刻んでくれた。
アウスがその小さな体をそっと抱きしめる。
「ありがとう……本当に……」
ツチノコは、答えるように目を細めた。
その小さな命の温もりは、かすかに震えていたけれど、確かに――生きていた。