霊使い創作小説    作:砂漠のデスラクーダ

9 / 16
【幻界迷宮編 ― 鏡像の檻と心の迷宮】風が閉ざされた場所 ― ウィンの迷宮

——風が、吹かない。

 

目覚めた瞬間、ウィンはその異変に気づいた。空の色は霞がかかったように曖昧で、地面に生える草はどこか灰色じみている。まるで生気を吸い取られたかのように、すべての色彩が鈍い。

 

「ここ……どこ?」

 

誰に問うでもない独り言は、耳に届く前に吸い込まれて消える。風の気配がまったくない。風の霊使いである彼女にとって、それは世界から拒絶されているような感覚だった。

 

ウィンは小さく息を吐き、進む。

 

彼女の足元に広がるのは、かつて精霊たちと遊んだ草原によく似た風景。しかし、その記憶と決定的に違うのは——静寂。

 

鳥のさえずりも、草のさざめきも、仲間たちの笑い声もない。無音の中、足音すら地に吸われているように感じられる。

 

「おーい! アウスー! ヒータ! エリアー!」

 

ウィンの叫びも、むなしく霧の中に消える。

 

そのとき、霧の向こうに人影が浮かび上がる。

 

「ウィン……」

 

それは、彼女自身だった。けれど、少しだけ違う。

 

笑顔ではなく、怯えた目をしている。

 

髪は乱れ、ボロボロのローブを纏っている。

 

「……あたし?」

 

鏡像のウィンが、一歩ずつこちらへと近づいてくる。足取りは重く、引きずるようだ。

 

「みんな、いなくなっちゃったよ……ね?」

 

その声は、震えていた。まるで、心の底に沈んだ記憶が言葉を借りて浮かび上がったかのように。

 

「きっと……ウィンなんか、最初からいらなかったんだ」

 

「違うよ!」

 

ウィンは首を振った。だが、心の奥がチクリと痛む。思い出してしまった。過去に何度も見捨てられる夢を見たことを。みんなが、自分の名前を呼ばずに背を向けていく夢。

 

——心が、風を失ってしまう夢。

 

「……わたしは、怖いの……」

 

鏡像のウィンが呟いた瞬間、大地が揺れた。

 

空から黒い羽のような影が降り注ぎ、地面が崩れ落ちる。そこに広がっていたのは、無限に続く虚無の空間だった。

 

「いや……いやだっ!」

 

ウィンは走った。けれど足元の草は次々と枯れ、逃げ場を失っていく。鏡像のウィンが手を伸ばしてくる。

 

「一人じゃ、もう立っていられないよ……」

 

——それでも。

 

「違う! あたしには……風が、あるもん!」

 

胸の奥で、風の気配が揺れた。微かに、確かに。

 

「ずっと一緒だった! いつも、そばにいた!」

 

霧の中で、ウィンが叫んだ瞬間、背後から烈風が吹き荒れた。その風は迷宮の霧を切り裂き、鏡像のウィンを後退させる。

 

そして——空が割れる。

 

突風とともに舞い降りてきたのは、風の契約精霊【ランリュウ】。

 

銀白の体に翠の紋様を纏い、四肢に風を纏った龍は、ウィンの心の中心に降り立った。

 

「……あなたが、あたしの……?」

 

ランリュウは静かに頷き、その瞳は確かにウィンの心を映していた。迷いも、恐怖も、弱さも。すべてを見たうえで、共にあろうとする眼差しだった。

 

「うん。……あたし、ちゃんと向き合う。怖いけど、それでも……!」

 

その言葉と共に、ランリュウが咆哮する。

 

風が再び、ウィンのもとに戻ってきた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。