重力を知らない世界の作者が、「重力がある世界」を舞台にしたファンタジー小説を書いたようです。

以下あらすじ。
その世界には、「重力」と呼ばれる不思議な力が存在した。
あらゆる物を「下」へと引き寄せ、何人たりともその支配から逃れることはできない。
壁蹴り移動は封じられ、戦場は二次元に制限される。
そんな過酷な世界で、剣士エランは剣術を師匠から受け継いだ。
これは、重力に選ばれし剣士の英雄譚である。


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【重力を知らない作者が書いたファンタジー小説】落星の剣士 ―重力という名の宿命―

 霧が森を満たしていた。白く濁った空気が木々の間を漂い、視界をぼやけさせ、音を柔らかく包み込んでいた。地面と呼ばれる平らな場所には、湿った土や苔むした岩が広がり、歩くたびに靴底がその表面に軽く沈み込む感触があった。

 

 村の若き剣士、エランは、そんな森の奥を進んでいた。腰に下げた長剣の鞘が、歩くリズムに合わせて革のベルトに擦れ、霧の中でかすかな音を立てる。

 

 エランは知っていた。この世界では、物を手に持たなければ、それらは「下」と呼ばれる方向に引き寄せられるのだ。鞘がベルトに固定されているからこそ、剣は彼の腰に留まり、勝手に下へと滑り落ちない。

 

 エランは二十歳そこそこの青年で、筋肉がしなやかに動く体と鋭い目つきを持っていた。村の自警団で剣を振るう彼は、幼い頃から師匠に剣術を学び、身体を意図的に動かす術を磨いてきた。だが、今日の任務は特別だった。村の外れで羊が襲われ、血と毛皮が地面に散らばっていた。

 古老たちは「ゴブリンの仕業」と囁き、エランに討伐を命じた。

 ゴブリンは狡猾で、群れを成し、暗がりを好む。彼らはこの世界の重力、つまり「下への力」を利用し、物や人を意図せず下に落とす罠を仕掛けることもあると聞く。

 

 森の奥で、エランは足を止めた。鼻を刺す、腐臭のような気配。霧の向こうで、枝が折れる音がした。彼は剣の柄に手をかけ、慎重に鞘から刃を引き抜いた。鋼の剣は重く、彼の手がそれを握っていなければ、すぐに下へと引き寄せられて地面に突き刺さるだろう。

 

 エランは剣を握る手に力を込め、身体を安定させた。この世界では、すべての物が下に落ちる。それを忘れれば、剣も命も失う。

 

 突然、霧が揺れた。左の茂みから、甲高い笑い声のような叫びが響く。ゴブリンだ。エランが身構えた瞬間、細長い影が飛び出してきた。子どものような小柄な体だが、筋肉質で、鋭い爪と牙を持つ。赤く光る目とボロ布の服をまとったゴブリンが、錆びた短剣を振りかざし、エランに向かって走り、突進してきた。

 

 走るという行為は恐ろしい。片足で地面を蹴り、もう片方の足が着くまでの間、身体が宙に浮くのだ。読者諸君は、一度蹴った身体は同じ速度で真っ直ぐ進み続け、方向転換も減速も、何かにぶつかるまでできないと思うことだろう。だがこの世界では重力が身体を地面に引き戻してくれるので、連続して地面を蹴ることができるのだ。なんと便利な力だろう。

 

 ゴブリンの足は地面を強く蹴り、その勢いで身体が前に進む。この小さな生き物は、生まれた時から重力の中で生きてきたかのように、この力を使いこなしていた。

 

 エランは一歩踏み込み、剣を振り下ろした。通常であれば、振り下ろした剣は自分の身体ごと回転させてしまい、狙いを定めるどころではない。だがこの世界では重力が足を地面に縫い止めてくれる。これは常識だ。おかげで身体は回転せず、剣だけが弧を描いてゴブリンに到達するのだ。

刃が空気を切り、ゴブリンの短剣を弾き飛ばす。短剣は弧を描いて霧の中に飛び、地面に落ちて土に突き刺さった。重力がなければ、あの短剣は宙を漂ったままだっただろう。

 ゴブリンは驚いたように後ずさり、その足が地面を擦る音がした。だが、背後からさらに二匹のゴブリンが現れた。一匹は棍棒を握り、もう一匹は投石用のスリングを持っている。

 エランは舌を打ち、状況を瞬時に判断した。

 エランは咄嗟に上空へ逃れようとしたが、重力がそれを許さなかった。この世界では、どれだけ強く地面を蹴っても、身体はすぐに引き戻される。

 読者諸君には信じがたいことだろうが、この世界の住人は壁蹴り移動ができないのだ。三次元の戦場が二次元に制限される。それがこの世界の戦いの恐ろしさである。

 「来い!」エランは叫び、棍棒を持ったゴブリンに突進した。

 ゴブリンが棍棒を振り上げるが、エランの剣が先に動く。刃がゴブリンの肩を切り裂き、緑がかった血が飛び散り宙を舞う。しばらく漂ったあと、重力で下へと落ちて地面に染み込んだ。

 ゴブリンは悲鳴を上げ、身体が重力に引かれて地面に崩れ落ちる。だが、その隙にスリングを持ったゴブリンが石を放った。石は弧を描き、エランの左肩をかすめた。痛みが走り、エランは肩を押さえた。石は地面に落ち、転がって止まる。重力があって助かった、重力がなければ、あの石は彼を追い続けたかもしれない。

最初のゴブリンが再び襲いかかってきた。短剣を振り回し、獣のような唸り声を上げる。

 エランはゴブリンの動きを見切り、剣を下から斜めに振り上げた。刃がゴブリンの腹を切り裂き、血が霧に飛び散り、下へと落ちて地面を濡らす。ゴブリンは目を大きく見開き、身体が下への力に引かれて膝から崩れ落ちた。

 最後のゴブリンは、仲間が地面に落ちるのを見て怯えたように後退した。スリングを握りしめ、震える手で石を装填しようとしている。

 エランは一気に距離を詰め、剣を上へと投げる。見当違いの方向に飛ぶ剣。嘲るように笑ったゴブリンが襲いかかってくる。  

「重力を使えるのはお前らだけじゃねえ!」エランは叫んだ。

 

 その瞬間、刃がゴブリンの胸を貫き、血が霧に飛び散り、下へと落ちる。ゴブリンは一瞬だけエランを睨みつけ、身体が下への力に引かれて倒れた。身体は地面に横たわり、動かなくなった。

 

そう、エランが見当違いの方に投げたと思った剣は、重力によって軌道を曲げられたのである。上に投げた物は、やがて速度を失い、頂点で一瞬だけ静止し、そして下へと向きを変える。信じがたい現象だが投げた物が戻ってくるのだ。この世界ではそれを「放物線」と呼ぶ。エランの師匠はこの現象を利用した剣技を編み出し、弟子であるエランに授けた。重力剣術の奥義――【落星】である。

 戦闘は数分で終わった。エランは肩の痛みを堪え、剣についた血を苔に擦りつけて拭った。

 血は苔に染み込み、下への力に引かれて地面に沈む。霧はまだ濃く、森は静けさを取り戻していた。だが、エランは知っていた。この森にはまだゴブリンが潜んでいるかもしれない。彼は剣を握り直し、地面を踏みしめて霧の奥へと進んだ。

 

 この世界では、足を地面に置かなければ、身体はどこにも留まれない。下への力がすべてを縛るのだ。

背後では、倒れたゴブリンの血が地面に染み込み、土に還っていく。その姿は、まるでこの森自体が重力に支配され、戦いの記憶を地面に刻み込むかのようだった。

 

 


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