タイトルの通り、作者が寝ている間に見た夢の話です。

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異形の少女を世話したら食われた夢の話

 俺は放棄された研究所の中を歩いていた。理由は分からない。ただ、ゆっくりとした足取りから、時間に余裕があることだけは分かった。

 壁や床は薄汚れ、照明は消えている。どこかの天井に穴でもあるのか、外から射しこむ月明かりだけが頼りだ。壁や天井にはハガレンのセントラル地下みたいな感じでパイプが張り巡らされており、廊下の端には割れたビーカーや注射器、何か強い力で潰された医療用ベッドや機械が散らばっていて、何か尋常ではない実験を行い、尋常ではない事態が起きて放棄されたことは察することが出来た。

 しかし恐怖は感じない。目に映る風景の()()()()()()からだろうか。色も三色しかない。白、黒、グレーの代わりのオリーブグリーンだ。モチモチの木の表紙みたいな感じと言えばゆとり世代の日本人には伝わるだろう。

 

 俺はふと三人称視点になって自分を見た。そこで俺はこの世界が少女終末旅行で有名なつくみず先生っぽい絵柄であること、自分は漫画の中のキャラクター、おそらく主人公であることに気付いた。

 それにしても野暮ったいデザインの主人公()だ。夢の中なんだから絶世の美少年になったっていいはずだろ。

 

 ひたすら廊下を歩いていると、いつの間にか広い空間に辿り着いていた。尋常ではない事態はここから始まったのだろう。円形のホールの天井は崩落して視界いっぱいに満月と星空を見る事ができる。美しい空とは裏腹に床は瓦礫で埋め尽くされており、足の踏み場にも困る有り様だ。

 

 瓦礫の山の中で何かが動くのが見えた。現実の俺なら「ひっ」と声を上げて警戒するが、夢の中ではビクリともしなかった。「何があろんだろう? 」という好奇心だけが俺の中にあり、それが足を進めさせた。

 瓦礫と瓦礫の間を通り抜けると少女がうつ伏せで倒れているのが見えた。年齢は十代前半といったところか、月明かりで煌めく乳白色の髪と真っ白な肌、同じ色のボロい布を身に纏っていた。

 俺は少女に近付くと少女は掠れた声を上げた。口や喉が不自由なのだろうか。言葉どころか声もまともに出せない。布から手足が出ているが、床に擦り付けているだけで前進しない匍匐運動を続けている。

 可愛いと思ったのか、可哀想と思ったのか、夢の中なので動機はハッキリしないが、俺は彼女の世話をすることにした。

 

 その子が人間ではないと知っていた上で――

 

 俺が彼女の世話を始めて、どれだけの年月が、月日が、時間が経ったのか分からない。いや、そもそも数時間も経過していないはずだ。この夢の背景はずっと月明かりで微かに照らされた研究所で、俺はまだ夜明けを迎えていないのだから。

 

 俺はいつの間にかパック詰めの食料を両手に抱えていた。どこから調達したのかは覚えていない。夢の中だから、その辺の過程はスキップしたのだろう。

 猫用ペットフード“いなばのちゃおちゅ~る”みたいな食料を少女に与えた。少女は腹ばいのままちゃおちゅ~るを食べる。歯はあるようだが、唇で噛み千切って咀嚼する変わった食べ方をする。

 食料を与え続けたが、それによって少女に何ら変化はなかった。言葉は喋らないし、声もほとんど出ないし、相変わらず意味の無い匍匐運動しかやらないし、俺に感謝する仕草もない。そもそもこいつは俺のことをどう認識しているのかすら分からない。まぁ、いずれにせよ俺はそこに不満を持っていなかった。

 

 

 そんなある夜、良い感じの瓦礫に身を寄せて眠っていると光る何かが近づく気配がした。眩しさのあまり瞼を上げると“別の少女”が宙に浮いていた。色白で細身の体躯、年齢は10代後半といったところか、天使のような翼が背中から生えているが、羽ばたいておらず、少女の身体と共に静止していた。

 

 

 俺は、そいつが育てている“彼女”と同族だと認識した。

 

「そいつを育てるな」

 

 単刀直入に自分の行動を全否定された。しかし、神々しい雰囲気のせいか、不快な思いはしなかった。眠くて頭が回っていないせいかもしれない。だって夢の中だしな。眠っている最中だしな。

 

「そいつは危険な存在だ。そいつの目的は――」

 

 あーはいはい。わかった。わかった。わかったから眠らせてくれ。お前が眩しいせいで眠れないんだよ。俺のそんな態度に眉をピクリとも動かさず、もう一人の少女は無表情のまま話を続ける。

 

「警告はした」

 

 そう言い終えると浮かんでいた少女はいつの間にか消え去っていた。

 

 

 あれから、少女の警告を忘れたのか、覚えているけど無視することにしたのか、俺は彼女の世話を続けた。感謝もされず、文句も言われず、ただひたすらに続けた。

 

 

 そしてある時、俺は役目を終えたことを悟った。

 

 彼女が“完成”したのだ。

 

 研究所のホールを幾多もの肉の触手が埋め尽くす。壁も瓦礫も肉でもう見えない。辛うじて夜空はまだ埋まっていないが、見えなくなるのも時間の問題だろう。ホールに収まり切らない触手はガラスを突き破って俺が歩いてきた廊下も埋め尽くしている。ここを出入りできる唯一の道が塞がれてしまった。

 触手の一本一本がメタボな成人男性の胴より太く、長さもどれくらいあるのか見当がつかない。誰にも、育てた俺ですら()()の全容がどうなっているのかもう分からない。もう世辞でも少女と呼べる存在ではなくなった。

 俺の目の前に天に向けて直立する触手が一本。肌は生春巻きのように白色で薄く、脈打つ筋肉と血管が透けて見える。中腹には何故かセーラー服が着せられているが、どこから持ってきたのか、どうやって着たのか、そもそもそこが彼女の胴体に相当する部分なのかは分からない。

 

 ただ圧倒されていると、声が聞こえ始めた。ガラス容器を想わせる透明感のあるソプラノボイスが一定の音階を保ち、奏でられる。触手が蠢く音、風の音、自分の服が擦れる音や呼吸の音さえも彼女が発した声にかき消されていく。美しかった。グロテスクな肉塊から発せられる声とは思えなかった。

 

 

 静聴する中で俺は理解した。

 

 彼女の目的が何なのか、もう一人の少女がなぜ警告してきたのか。

 

 彼女の目的は「この世の全ての生命を滅ぼすこと」

 

 理由は分からない。手段も分からない。だが、彼女は確実に全てを滅ぼす。それを可能とする力を持っている。もう滅びは確定しているのだ。

 

 俺は疲れてしまったのか、床に半身をつけて眠り始めた。不用心だとは思わなかった。全ての生命を滅ぼす怪物だと理解した上で、夢の中の俺はまだ保護して、育てたいほど愛おしい少女だと思っていたのだ。

 

 触手の先端が開き、外観相応にグロテスクな口内が露わになる。粘性の高い唾液を垂らし、無数の歯が俺の下半身を噛み千切った。

 痛みは無かった。むしろ身体が軽くなり、心地良さを感じたくらいだ。

 怪物は下半身を咀嚼して飲み込むと、口を持ち上げた。上半身には興味が無いようですっかり地面に置き去りにされている。

 

 怪物が、()()()に気付いた。自分が食われる光景を三人称視点で見ていた()にだ。

 怪物が笑みを浮かべるように閉じていた口を開ける。噛み千切られた俺の断面がこちらに向けられる。

 

 黒と、白と、オリーブグリーンの世界が、俺の血肉で彩られた。

 この世界にが誕生した。

 

 そして、俺は目を覚ました。

 


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