ようこそロクでなし魔術講師のいる教室へ   作:嫉妬憤怒強欲

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原作四巻ラストまできました。


陰謀と詐術

【――――時は、ショッピングモールでのやり取りまで遡る】

 

 今回の作戦では、ルミアは天の智慧研究会を釣るための餌だ。

 軍の連中にとって、上手く何か釣れることを期待した『釣り』ではなく、かなり確信をもって行った『釣り』だ。

 ルミアを餌にし、連中に唆されて不用意な仕掛けをしてくるバークスをオレとアルベルト、リィエルを使って搦め捕る…軍が想定していたのは、そういう作戦だ。

 

 だがこの囮作戦は陛下からの承認を通していない。

 完全な軍の独断。

 釣りが上手くいくにしろ、いかないにしろ、バレたら武断派と対立している反国軍省側からの非難は避けられない。陛下もそちら側に回るともなれば……。

 

 だがそんなリスクなんて屁でもないと言わんばかりに、手柄が大好きな軍上層部はこの作戦を強行するようだ。

 王室内部にスパイが潜んでいたから情報漏洩防止のためにと、それっぽい理由をつけて有耶無耶にするか、いざとなれば実行役であるオレ達に全ての責任を擦り付ける可能性だってある。

 トカゲの尻尾切りに遭うなんて真っ平ごめんなオレは、なにか打開策はないか考えた。

 

『…で、どうして聖キャロル修道会を主犯に仕立てることが、今回の打開策に繋がるのか説明してくれるかしら?』

 

 場所は男子トイレ。

 アルベルトがいる傍ら、オレは通信魔術でイヴに連絡を取っていた。

 

「一年前の事件の影響で、世間からの風当たりが強い。魔導省含む反国軍省側はそれに便乗して、軍の発言力を削ごうとしているんだろ?」

『……ええ、そうよ。その事件を引き起こしたのが、うちの執行官だったことでかなり非難されたわ。それがなに?』

「バレたら最悪同じようなことが繰り返される。なら世間の注目を別の奴に向けさせればいい」

 

 今は軍に憎しみが向けられている。

 だが世間の関心や流行は永続的なものではない。時間とともに変化するものだ。

 新しい悪者が現れれば、今度はそっちに目が向く。

 

「この内定調査の資料によると、天の智慧研究会との繋がりを疑われているバークス=ブラウモンは相当の『異能嫌い』…典型的な異能差別主義者。個人でやっていることだろうが、もしそんな奴がどこかの派閥とも通じていて、天の智慧研究会と繋がっているのはその派閥ということにしたらどうなる?」

『……政府内の一部派閥が件の組織と通じていたとしたら、かなりのスキャンダルになるわね。離れ小島にある研究所の所長の不祥事なんて目じゃないくらい……ああ、それで聖キャロル修道会なのね』

 

 アルベルト曰く、連中は異能者と聞けば、神の名の下に粛清したがる非公式の狂信的な武装過激派。つまり、バークスと同じ異能差別主義者だ。

 

「陛下が異能者に対する意識改善政策を主導している以上、過激派連中は目の上のたん瘤だ。それに自分達の存在意義を否定されるともなれば、狂信者共の心が聖人君子のように正常である筈もない。異端者である陛下を排除しようと陰謀を巡らしていると思うぞ」

『まるっきり冤罪ではないということね……』

「過激派なんて呼ばれているような連中がなにをしでかしたって不思議じゃない。そこを利用する」

 

 オレが考えているカバーストーリーはこうだ。

 

 バークス=ブラウモンが天の智慧研究会と通じている可能性が浮上し、ことの真偽を図るため、特務分室が密かに調査。確たる証拠が見つかった場合、改めて正式な作戦の許可を陛下から貰う形にする。

 しかし、調査の最中にバークスは聖キャロル修道会の手先で、天の智慧研究会と通じていたのは聖キャロル修道会であったことが判明。

 陛下が執り行っている政策が気に入らないからという理由で、恐れ多くもサイネリア島にいる魔獣を操り、クーデターを画策していた。

 このことを本土に伝えようとしたが、その矢先に敵に察知されてしまい、やむなく戦闘になってしまった………といった感じだ。

 

「この筋書きなら、この件は決して陛下に対する裏切り行為じゃなく、あくまでも陛下への忠誠心の延長線上として捉えられるだろう。陛下の許可を貰わなかったのは、まだ申請できる程の段階じゃなかったからってことにすれば誤魔化しが効く。あの指令書を一部書き換える必要があるがな」

 

 証拠のねつ造とか色々手間がかかるだろうが。

 この筋書きなら、もしサイネリア島でなにか起こったとしても、元王女であるルミアが関わっていることを誤魔化すことができる。

 人は理解できない真実よりも、分かりやすい嘘のほうが信じやすい。それも刺激的で、破滅には至らない噓のほうが…………あっそうだ。

 

「ついでに帝国中に噂を流すのもいいかもな」

『噂?』

「世間の憎悪が差別主義者達に向かうような噂だ。例えば、異能者に対する迫害の風潮は天の智慧研究会によるもので、多くの異能差別主義者達は奴らの手先である……とかな」

『なっ――』

「っ!!?」

 

 さっきからずっと黙って聞いていたアルベルトが、驚きのあまりその鋭い眼光を大きく見開いている。

 

 

『異能者への迫害が天の智慧研究会の仕業……ですって?』

「実際どうなのかはわからないが、連中はテロリスト。表で堂々と否定も肯定もできない立場にあるから都合がいいだろ。アイツらなら平然と実験動物にしているだろうし、素材集めるために仕組んだということにすればいい」

「―――待てキヨト」

 

 アルベルトが突然会話に割って入る。

 

「………まさかこの作戦を機に、帝国に長年蔓延る異能差別を根絶するつもりか?」

「根絶とまではいかないだろうが、抑制は可能だろうな。結果的に陛下に大きな借りが作れる」

「それ以前の問題だ。女王陛下の意識改善政策によって、最近の若者の間ではその意識も変わりつつあるが…基本的には、それが帝国民に広く根強く浸透した共通意識だ。そんな中、前者はともかく、差別主義者が件の組織の手先なんて噂を流してみろ。殆どの帝国中が混乱に陥るぞ。最悪、帝国民の間で魔女狩りが起こるかもしれない」

「かもな………だが、それがどうした?」

「…なんだと?」

「それに主義主張なんてものは生きる為の方便に過ぎない。生きづらくなれば捨ててしまえばいいだけのことだ。それでも考えを改めない奴がどうなろうと、そいつの自己責任だろ?」

 

 噂が流れている中、異能差別主義の過激派が元凶であるテロリストと共謀していたという情報が流れれば真実味が増す。

 そしてそいつらが陛下の名の下に公開処刑されれば、少しは今後の身の振り方を改める奴が現れるだろう。それ以外の奴が陛下に逆らう反乱分子として淘汰されようが、正直知ったことではない。

 

「変化には痛みが伴う……そうだな。お前風に言えば、連中は帝国社会、帝国に生きる人々の未来の健全化のために必要な犠牲だ」

「………」

 

 アルベルトが鋭い猛禽のような眼で、オレを射貫く。必死に湧いてくる怒りを抑えているようだ。

 

「………ま、これはあくまでもオレからの案だ。採用するかどうかは上に判断して貰うしかない」

『……』

 

 暫くの間、通信先のイヴの沈黙が続く。どうするべきか迷っているんだろう。

 

『………流石に私一人では判断できないわ。一応私から掛け合ってみるけど、あまり期待しないでよね』

「ああ。わかっている」

 

 

 さて、どうなるかな。

 

 

♢♢

 

「―――で、意外にも上からの承認が下りて、今回の作戦に組み込まれることになりました」

 

 (予想通りエレノアを逃していた)アルベルトと合流後、オレは今回の作戦の全容をグレン先生に説明した。近くにはルミアとリィエルはいない。

 

「…ちょ、ちょっと待て。じゃあなにか?この確信犯的『釣り』が軍の独断であることを有耶無耶にするために、関係ない奴を嵌めてしょっぴくのがお前らのやろうとしていることなのかよ?」

「端的に言えばそうですね。じきここに本土からの調査隊が到着します。オレ達が予め用意しておいたバークスと修道会、修道会と天の智慧研究会との繋がりを仄めかす証拠を連中が見つけやすい所に置いておきます。そして回収されたその証拠を元に、本土にいる部隊が過激派連中を一斉検挙する手筈となっています。武装修道会なんて呼ばれているのなら、踏み込めば武器なんかが見つかるでしょうね」

「た、確かに弁明しようにもできねえだろうが………」

 

 ついでにバークスの死体をフレッシュゴーレムに作り変え、調査隊に対して修道会との繋がりを証言させる。死体を残す形で殺したのはそのためだ。

 本来はオレが召喚した合成魔獣をバークスが造ったものとして、奴の研究所に仕込む予定だったが、調査で宝石獣なんかの合成魔獣達がいることが分かり、その手間が省けた。あの規模の合成魔獣を用意していたのならクーデター計画の真実味が増す。

 他にも人間主義者達の遺体や異能者達の標本を想定していなったが、この既成事実も世論を煽るのに使える。

 その有様を撮影して、帝国全土に流すことで、迫害者の凶悪さを知らしめ、連中が外道魔術師と変わらないと宣伝する。

 一般人にまで危害を加えるその残虐性、人道主義を掲げる人間主義者達にとって格好の餌食だ。身内がやられたともなれば尚更。

 人は誰だって悪者扱いされるの嫌う。

 今まで当たり前だと思っていた行為が『悪』だと認識した時、その『悪』をあっさり否定し、都合のいい『善』に回って非難する。

 

 結果的にアリシア七世女王陛下の異能者を法的に保護する法案の反対派は減少、積極的に陛下を支持する者も増える。

 情報統制するより、その方が陛下にとって有益だ。

 

「……この作戦が上手くいけば完全にとはいかなくとも、異能者に対する偏見は薄れるでしょう。そうなればルミアの立場を変えることに繋がるかもしれません」

「あっ」

「帝国王家威信のためといって、政府側はルミアが元王女で異能者であることを必死に隠そうとしていますが、場合によっては彼女を処分する可能性も否定できません。ただし、それは民衆の中で異能者に対する偏見が強かったからです。それが薄めることさえできれば、外部にルミアの素性がバレたとしても王家へのダメージは軽減されます。堂々と母親と対面する機会ができることだって夢ではありません」

「………だ、だとしてもこんなやり方――――」

「悪辣、とでも言いたいのですか?」

「っ、そんなことしなくても他に方法があるだろ」

「具体的には?」

「そ、それは…陛下みてえに正攻法で「さっきの標本室でのことをもう忘れたんですか?」っ!?」

「正攻法だと時間がかかり過ぎる。この歪んだ風潮が長引けば、より多くの犠牲者が出るでしょう。先生はその事実からも目を背けるつもりですか?」

「……ッ、ねえよ。そんなつもりは」

 

 バークスとの戦いのことを思い出したのか、グレン先生は握り拳にグッと力を込めている。

 

「………アルベルトはどうなんだ?」

「………俺とてこんなやり方は気に食わんが、この作戦の有益性は認める。それに上が既に承認しし、決定している。ならば任務を遂行するだけだ」

「お前は相変わらずだな」

「そういうことなので、オレとアルベルトはしばらくここにいます。先生はリィエルとルミアを連れて先に帰っててください」

「は?おい。俺はもう御払い箱かよ」 

「当たり前だ。お前は既に軍の人間ではない。これ以上いても迷惑なだけだ。作戦のことを伝えたのは、後になって問い詰めて説明を求めてくる手間を省いてやったまでのこと」

「けっ、そうかよ」

「それに、今回のリィエルの裏切りや『Project:Revive Life』に関する事後処理も兼ねてやる。お前たちはいない方が良い」

「っ!」

 

 リィエルは『Project:Revive Life』で生まれた魔造人間。

 中央制御室でのあれを上に報告するとなると、リィエルの正体がバレ、無期封印刑か、魔術実験用のモルモット送りになる。

 裏切りの件も隠すという事は、リィエルはいつも通り特務分室のメンバーとして働くということか。

 それを考えるなら『Project:Revive Life』に関わっていたライネルが余計なことを話す前に消す必要があったが…。

 

「あれ?でもキヨトだけ戻って来なかったらアイツら心配すんじゃ………」

「それは問題ありません。今クラスの方に複製人形を置いているので、オレがいないことは誰も気づいていません」

「えっ、なにそれ便利そう」

 

 あっこのロクでなし講師、仕事をサボるのに使えそうだなとか考えてそうだ。

 

「そういうことだ。色々言いたいことがあるだろうが、さっさと戻って生徒達を安心させておけ」

「わかったわかったって」

 

 渋々ながらも、グレン先生は踵を返して二人がいるところへと歩を進める。

 

「あっ、そうだ。おいキヨト」

「なんですか?」

「………まだ色々言いてぇことはあるが、お前も早く戻って来いよ?」

 

 

♢♢

 

 翌日、予定通り本土から来た大勢の帝国宮廷魔導士団が島に上陸した。

 上陸してすぐ研究所に乗り込み、バークス(フレッシュゴーレム)とライネルの身柄を拘束。それから白金魔導研究所の無期限の稼働停止命令と、島内の観光客と全研究員に、島からの退避命令を勧告。

 天の智慧研究会が裏で噛んでいたという事実は伏せ、『所長の越権行為の発覚』が原因であると説明した。

 察しの良い人間なら、宮廷魔導士団が乗り込む程のことをしでかしたんだと考えるだろう。

 それからクーデター未遂事件のことを新聞で知れば納得する。本当は元王女が絡んでいるなんて誰も思わない。

 そういう経緯で、本来なら今日も研究所に行く予定が、白金魔導研究所所長、バークス=ブラウモンの突然の『逮捕』により、最早、遠征学修どころの話ではなくなり、クラスの遠征学修は中止となった。

 

 だが、島内には、やはりそれなりに数多くの人間がいる。

 

 一度に全員が本土へ帰還するのは不可能だ。

 今はひっきりなしに帝国本土とサイネリア島を旅客船が昼夜問わず往復しているが、全員が本土に戻るにはそれなりに時間が掛かり、その結果二組が帰る順番待ちの都合で一日の空白を作った。

 

 オレが旅籠に戻った頃には、予定のない丸一日の自由時間を使って目一杯海で遊ぼうという事になっていた。

 

「えい」

 

 ドザアアァァァァ!

 

「「「ぎゃあああああああ――ッ!?」」」

 

 現在浜辺にてビーチバレーが行われている。

 リィエルの殺人スパイクがまたも炸裂し、相手の男子チームは派手に吹き飛んでいった。

 

「……勝った」

「うん、ナイスシュート!リィエル!」

「システィーナのトスが良かった」

「あはは、息ぴったりだったよ、二人とも。…でも、もうちょっと手加減してあげようね?リィエル」

「くっそぉ…リィエルちゃん、強ぇ。ええい、くそ!このまま負けっぱなしでたまるか!皆!我こそと思うやつは、気絶したカイとロッドに代わって俺に続けぇ!」

「が、頑張れ、カッシュ~!…死なない程度にね……」

「どぉわぁあああああああああ――ッ!?」

「カッシュぅうううううう――っ!?」

 

 リィエルとシスティーナ、ルミアは仲直りできたようで、三日目の時と同様………いや、それ以上に仲が良くなっていた。

 リィエルも普段通り眠たげな表情だが、時折笑顔を浮かべるようになっている。良い傾向と言って良いだろう。

 クラスの連中も昨晩何があったのかは特に詮索せず、リィエルのことを受け入れているようだ。

 

「キヨト君」

 

 徹夜の作業で流石に疲れたオレがそんな和気藹々とした光景を眺めながら木に寄りかかってのんびりしていると、ルミアが話しかけてきた。

 

「どうした?向こうで遊んでたんじゃないのか?」

「ちょっと遊び疲れちゃって」

 

 そう言いながらオレの隣に腰かけるルミア。今は水着姿だから目のやり場に困るため、ジロジロ見ないようにビーチバレーの方に顔を向けておく。

 

「……今回もありがとう。私だけじゃなくてリィエルも助けてくれて」

「いや。オレはアイツの精神を徹底的に壊しただけで、実際に助けたのはルミアだ」

「……あそこまでしたのはリィエルに必要なことだったから?」

「ああ」

 

 正直リィエルのことは二の次だった。成長の見込みがあれば助ける。

 だがやむを得ない場合は躊躇なく殺していたし、事実を告げてから立ち直らなかったら所詮その程度の存在だったと切り捨てていた。

 今のところ、オレにとってリィエルはそれぐらいの認識しか抱いていない。

 

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど………いいかな?」

「内容による」

「その、皆が言ってたホワイトルームって何なの?」

「なんでそんなことを聞いてくる?」

「私、キヨト君のこと全く知らなくて……教えてくれないかな?」

 

 まあ、護衛対象には多少情報を明かしておいた方がフェアか。

 聞いても面白くないと思うがな。

 

「端的に言えば、人工的に天才を作り出す施設の名称だ。子供に幼い段階から徹底した英才教育を施す。世代ごとで子供を教育・競争させサンプルとすることで天才を作り出す教育システムを確立することを目的としている―――と聞こえはいいが、人道的にも倫理的にも色々と問題があった」

 

 まず生まれた瞬間から外の世界に隔離され、娯楽も一切存在しない小さな世界で毎日のように厳しい訓練や試験を耐えなければならない。

 あまりの過酷さに、ホワイトルームで育った子供たちの大半は耐えきれず、出られるのは最初にいた時の一割だけだ。

 と言っても、その殆どが心が壊れて物言わぬ人形に成り果てており、精神の安定している者はごく少数。後で知ったが、それらは施設の出資者である天の智慧研究会に流れていた。

 施設閉鎖後に多くの子供が保護されたが、全員心に問題を抱えていて、社会に出たとしても使い物にならないとのことだ。

 

「そんな施設があったなんて………」

「政府非公認の施設だからな。世間が知らないのも当然だ。かなり昔から稼働していたそうだが、オレもあまり詳しくは知らない。政府側も二年前までは施設の存在を認知していなかったそうだが」

「リィエルのお兄さん……シオンさんって人が先生に教えたことで明るみになったんだ」

「ああ。宮廷魔導士団の検挙で運営者は死亡、施設は完全閉鎖になった」

「…キヨト君とシオンさんは、仲良かったの?」

「どうしてそう思う?」

「シオンさんはキヨト君を助けようと先生を頼ってたみたいだし……それにその、キヨト君が復讐しようとするぐらいだったから………」

 

 復讐とは違う。そうするべきだと思っていたから、義理や義務に近い。

 だがまあそうだな。

 

「施設にいた時、オレが話す相手は殆どアイツだけだったな」

 

 アイツは優し過ぎた。天才ではあったが、外道魔術師なんて初めから向いていなかった。それどころか、何も言わずに勝手に一人で組織に逆らうような真似をして、最後は守ろうとしていた親友(ライネル)に裏切られ、自分と自分の妹の命を守れずに死んだ。

 普段のオレならその程度の弱い人間だったと割り切るところだが……

 

 外の世界に興味を持つようになったのも、アイツがオレに気を遣って色々聞かせてくれたからだ。こうしてオレが外にいるのもアイツの行動の結果である。

 

「……そうだな。シオン=レイフォードはオレにとって、たった一人の友達だった」

 

♢♢

 

「これがお前の守りたかった光景か?」

「さてな」

 

 ビーチパラソルの下で寝そべるグレンへ、アルベルトが淡々と言葉を投げていた。

 

「確かに、この光景は掛け値無しに尊い」

「ああ…ルミアとかテレサあたりの水着姿は、やっぱ最高だなって思う。順調に成長してるし、今だから持ってる青い感じってのもいい。俺、実はあんまし年下にゃ興味ねーけど、何かに目覚めそうだ…あ、白猫はもういーや。あれは多分、将来性もゼロ――」

「誰が水着の話をした」

「じょ、ジョークだよぉ、ジョーク!アルちゃん、ジョークだってばぁ…あは、あはは…だ、だからその物騒な指を引っ込めて欲しいなぁ……」

「ふん。で、今回の件だが……こればかりはお前に謝罪せねばならんな」

「あ? 何だよ突然。らしくもねぇ」

「だが、その上で言わせてもらう。キヨトは危険だ。奴の動向には注意しろ」

「……お前、まだそんなこと言ってんのか?」

「当然だ。シーホークでも言った筈だ。奴の本性は冷酷かつ非常に機械的。最終的に自分が勝てばいいという考えの持ち主だ。殺人に対しても全く抵抗が無いし、目的の為に他人を利用し、そこに罪悪感を覚えることもない。」

「だからそれはホワイトルームに長くいた影響からだろ……あいつは俺の生徒だ。あまりゴチャゴチャと変な事言うと俺でもマジギレすんぞ」

「相変わらず甘いな。軍の上層部とイヴは奴をコントロールしているつもりだろうが、今回の件がある。取り返しのつかないことにならないよう、注意はしておくに越した事はない」

「その時には俺が止めてやるさ」

「奴がライネルを殺そうとしたのを止めたようにか?」

「…………」

 

 アルベルトの指摘にグレンは沈黙する。

 

「奴が特務分室に入る際の条件に、ライネル=レイヤーの殺害も含まれていた。望み通りそのチャンスが到来したが、お前がそれを止めた」

「……生徒の人殺しを放置する教師がいるかよ。相手がいくら外道で屑だったとしてもな」

「存外、立派に教師をしているものだ。だが、奴はお前の生徒の前に魔導士。普通ならあの手合は疾く始末するのが俺達の常だ。これから先のことを考えても、そう何度も止めるのは―――」

「じゃあ、アイツがあのまま人を殺すのを黙って見てろって?」

「問題は奴がお前をどう見るかだ。いつかお前のその甘さを奴が有害・不要と見做した場合、いったい何をするか」

「な、なんだよそれ……そんなことあるわけねえだろ」

「同じ執行官ナンバー0《愚者》でも、お前と奴は根本的に違う。確かに忠告したぞ……今度こそ自分を殺すような甘さを捨てられれば――」

「あ?どうした?」

 

 と、不意に押し黙るアルベルトの様子に、グレンは訝しむ。

 

「……ライネルにつけていた使い魔からの反応が消えた」 

 

♢♢

 

 海の上、サイネリア島から本土へと進路を取っていた帝国宮廷魔導士団の船の中は静寂に包まれていた。

 

「な、なんだお前は?」

 

 船底に据えられていた牢屋に入れられていたライネルは、目の前にいる人物を警戒していた。

 灰色のローブを頭からすっぽりかぶったその人物は、突然最初からそこにいたかのように自然に現れた。

 見張りをしていた魔導士達は、ローブの人物の指鳴らしを合図に意識を失っている。

 不思議なことに、一緒に乗っている他の魔導士が来る様子がない。

 

 牢屋には、意識のある二人だけだ。

 

「初めましてライネル=レイヤー君。いや、この場合は久しぶりが良いのかな?」

 

 久しぶり?

 どこかで面識のある人物なのか。

 面識があるのは組織の連中だけ………。

 

「ひょ、ひょっとして助けに来てくれたのか?」

「ん?」

「はは!やっぱりな!『Re=L』計画の完成を成し遂げた俺を、組織が放っておくわけがない!ようやく長年の努力が実を結んだんだ!これで今まで俺をゴミ扱いしてきた連中を見返せる!」

「………」

「残念だったなシオン!誰も俺を止めることなんてできない!今度こそ最強になるんだ!あはっ、はははははははははははははは――ッ!」

「………勝手に舞い上がっているところ悪いけど、別にキミを助けに来たわけじゃないよ」

「ははははは―――は?」

 

 ローブの人物の言葉で、ライネルの笑いがピタリと止む。

 

「それにさ。ボクは天の智慧研究会とかの魔術師じゃないし」

「は?じゃあ、誰なんだお前?」

「ボクのこと?そうだね、『道化師(ジェスター)』と呼んでくれたらいい。闇ギルドではそれで通しているし」

 

 道化師?闇ギルド?

 

「キミさ、結構やらかしてるよね?『アルター・エーテル』を作るためだけに大勢の人間を犠牲にしたとかで。その分恨んでいる人間は大勢いる。だからボクみたいに条件次第で依頼を請け負う奴に復讐代行とか頼まれる」

「は?」

「つまりさ。キミを殺すためにわざわざ海の上を渡って来たんだ」

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 自分を助けに来たわけではないことを知ったライネルは、恐怖で顔を歪める。

 

「ま、個人的なことも含まれるけどね」

 

 そう言って道化師はフードの部分をずらし、ライネルに自身の顔が見えるようにする。

 フードの下にあった顔に、ライネルは目を剥いた。

 

「ば、馬鹿なぁ!?な、なんでお前が!?あの時確かに――」

「さあ?どうしてだろうね?」

 

 ライネルの疑問に答えず、ただお戯ける道化師。

 

「さようならライネル。もしあの世があるのなら、シオンとイルシア(・・・・・・・・)によろしくね」

「ま、待っ――――」

 

 パチン

 

 道化師の指を鳴らした音が船底に響き渡る。

 

 

 フードの下から覗く三日月のような笑みを見たのを最後に、ライネルの意識は暗転したのだった。

 




はい、遠征学修編はこれにて終了です。
原作では事件を隠蔽され、異能者の末路のことも公表されなかったのが、自分には正直辛かったです。
なので、この展開には私情も入っています。
原作では名前だけ出てきた武装修道会も、この作品では特に出番もなく退場となります。
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