――何もすることはなかった。ただ視線で、逃げていく少女達を追いかけるだけ。少女達が、私達の傍までやって来る。
すぐに私達は彼女達を庇える位置に移動し、姉らしき方に優しい口調で、かつ少しだけ早口で語りかける。
「大丈夫だった? もう安心して、
「……ぐすっ、私と妹は大丈夫です。パパやママも今日は仕事が遅いので、まだ帰ってきていません」
緊張の糸が切れたのか、それまで気丈に振る舞っていた少女は年相応に泣きそうになるも、こちらの質問にはきちんと答えてくれた。
少女の言葉通りであれば、本当に今回は被害者はいないようだ。あの時のように、手遅れにならずに済んだのだ。
それに私と違って、この少女は
が、それ以上に尊敬の念が勝った。こうありたいと思いつつも、早く彼女達の不安を取り除く為にも頑張るとしよう。
「――後はお姉さん達に任せて。悪い魔女は、ちゃんと倒しておくから。だから、安心してね」
「……うん」
「よし、良い子ね。……お願い、この子達を安全な所まで連れて行ってくれる?」
そう私の後ろで、『双子』の魔女達を警戒していた同僚に告げる。
「えっ!? それ自体は賛成ですけど、一人だと危険では?」
「相手がみすみす見逃してくれると思う?」
「そりゃあ無理ですね! 了解しました。この子達のことは任せておいてください。応援を必ず連れてきますので、どうかそれまではご無事で……!」
「こっちこそ、頼んだわよ」
そんなやり取りを経て、同僚は未だに足の震えが収まらない少女達の手を引いて、この危険地帯から脱出していった。
しかし、今度も『双子』の魔女達は何のリアクションも起こすことはなかった。いくら私が会話の最中も警戒を怠らなかったとはいえ、魔法少女としての経験がまだまだ浅い私では不十分だったはず。
それなのに、相手は動きを見せることはなかった。
ここで、一つの疑問が過ぎる。
(……もしかして初めから、この家を襲いに来た訳じゃない? なら、いったい何が目的で――)
「――ようやく
「二人っきり」という物言いに違和感を抱くが、それは一旦無視。真意を尋ねるべく、逆に問いを投げる。もちろん増援が来るまでの時間稼ぎを兼ねてだ。
「今日の目的は、さっきの子達じゃなくて貴女。正確に言ったら、貴女の魔法かしら?」
こちらの思惑はバレているだろうに、魔女の片割れはご丁寧に質問に答えてくれる。しかし、その内容は予想外のもの。
思わず、思考が止まりそうになってしまう。
(――え? 私の魔法が目的? どうして?)
私の魔法で主にできることは、他の魔法の効果を打ち消すこと。そんな魔法を魔女が必要とする理由? さっぱり分からない。
むしろ、危険視されて排除される方がしっくりくる。当たり前だが、全力で抵抗するが。
「ああ、疑問そうね。もちろん事前に、貴女の魔法については調べたわよ。『魔力を聖なるエネルギーに変換する魔法』。魔法を無効化するのは強力だと思うけど、肝心の貴女も含めて誰も本当の価値に気づいていないんじゃないの?
発現する魔法は、契約時の願いや意識に大きく左右される。妹さんやお友達の両方を助けたいと願った強欲な貴女の魔法が、その程度の力しか発揮できない訳ない。
魔力を変換した『聖なるエネルギー』にも、もっと凄い活用方法もあるはずよ。
――例えば、死者蘇生とかね。死んだ人間を蘇らせるなんて、まさしく『聖なるエネルギー』っていう名称にぴったりじゃない。まあ無理だったら、また別の女の子が犠牲になるだけだから、貴女は気負う必要はないわ」
術者である私以上に、魔法の可能性を提示する『双子』の魔女の片割れ。荒唐無稽な内容に、「馬鹿じゃないの?」と言ってやりたかったが、まだ私にも自分の魔法について分からない点は多くある。
それだけではなく、魔女の言うことが「できるかもしれない」といった予感が心のどこかにあった。そのせいで、私は魔女の言葉を否定もせず、沈黙を貫いてしまう。
その私の反応に、「もしかして、今回こそ本当に当たりかもね」と小さく呟いた魔女は、言葉を続ける。
「――私には貴女の魔法が必要なの。だから、わざわざ誘き出すような回りくどい方法を取ったのよ。貴女の意思に関わらず、無理やりにでも連れて行くから。――『姉さん』。お願いね?」
「……うん、分かった」
『姉さん』と呼ばれた方の『双子』の魔女が、その拳を私に向かって振りかぶる。それに対して、私は反射的に魔法を使い、『聖なるエネルギー』を具現化した剣で迎え撃とうとした。
魔力によって強化された拳と剣が交わった瞬間。『何か』が一時的に破壊されたような感覚とともに、その拳の持ち主である魔女の体が、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
■
――回りくどい手段を使ってまで、お目当てである魔法少女セラフィナイトを誘き出すことに成功した。今度こそ『当たり』であれば、私はこれ以上手を汚す必要はない上に、生き返った本物の静と母親と一緒に暮らすことができる。
一年前の、血を半分だけ受け継いだだけの女によって大事な人を二人も奪われて。考えもなしに悪魔の甘言によって、取り返しのつかない契約を結んでしまったあの日から、ずっと待ち望んでいたのだ。この瞬間を。
と言っても、実のところはそれほど期待していない。今までも期待を裏切られたせいもあるが、セラフィナイトの魔法が死者蘇生も可能という推測――いや、妄想を語っている自分自身が信じていないから。
現にセラフィナイトも、私の話に対して半信半疑なのか、反応も鈍い。
(……やっぱり、今回も外れかもね)
早くも諦めそうになるが、セラフィナイトの魔法は、魔力を『聖なるエネルギー』という不可思議なものに変化させるもの。魔法の無効化が可能のようだが、それ以外の活用方法はセラフィナイト本人も分かっていないらしい。
ここ数日、陰ながら他の魔女と戦闘を行うセラフィナイトを観察したり、魔法少女同士の会話を盗み聞くことで裏づけが取れている。
まあ情報収集の手段が雑過ぎて、信憑性は低いのだが。
しかし、問題はない。少しでも早く二人を復活させたい気持ちはあるが、確実に蘇らせる方法が見つけられるのなら、いくら時間がかかっても構わない。
この一年間もそう過ごしてきた。だから、ダメ元でできたらラッキーぐらいの心づもりだ。
それに『聖なるエネルギー』の活用方法を調べるのに、セラフィナイトを連れ帰って
妹さんは別の魔女に攫われて行方不明になっているが、そんな妹さんを助けて上げて『仲良し』になれば、言うことも全部聞いてくれるはず。
姉や妹という立場の違いはあれど、同じように姉妹を持つ相手が何をされて嫌がるかは手に取るように分かる。
それに妹さんを悪魔と契約させたら、姉のセラフィナイト同様に強力な魔法が、私の望む魔法が発現するかもしれない。
そもそも妹さんの居場所や、その攫った魔女を倒せるかという問題はあるが、それは追々に考えるとしよう。だって、絶対に必要ではないのだから。
長々と話してしまった上に余計な考えごとをしたが、応援の魔法少女がくる前にセラフィナイトを無力化してしまおう。
そう結論づけて、私の魔法『死体再生』で操っている『静』を、セラフィナイトに突撃させたのだが――。
――『静』の拳と、セラフィナイトが魔法で作り出した剣がぶつかり合う。その時点で、いやセラフィナイトと対峙していた段階で、私の作戦は致命的に失敗していた。
――『静』の体が、突然崩れ落ちる。瞳孔が開き、四肢がびろんと投げ出された状態は、まさに死体同然だった。いや元から死体で、私の魔法で動かしているだけだ。
セラフィナイトの操る『聖なるエネルギー』が、他者の魔法の効果を打ち消すことができるのは知っていた。知ってはいたのだが、まさか『死体再生』で使役している『静』の体の一部――今回は拳――が触れるだけで、『死体再生』が解除されるなんて。
全く想定していなかった。確かに盗み見た戦闘風景で似たような場面を見たことはあるが、所詮は成り立ての魔法少女。
この一年間、来る日も来る日も魔法を使い続けた魔法が力負けする。そんな状況を、誰が想像できるだろうか。
セラフィナイトの魔法は、私の『死体再生』にとっての天敵。あの女のように、私から静や母親を復活させるチャンスを奪おうとする敵。
今すぐにでもボロボロにしてやりたい所だが、憎しみの感情を抑え込む。
セラフィナイトが死者蘇生が可能かどうか、もうどうでも良い。この場から逃げないと、静や母親に二度と会えなくなってしまう。
それだけは避けなくては。
――ダメ元で、『死体再生』を発動させる。予想に反して、特に阻害されることなく『静』が再起動する。そのまま『静』を傍まで呼び戻して、私の体を抱えさせる。
そして、未だに呆然としているセラフィナイトを無視して、私はその場から逃走した。
――『静』に抱えられた状態で、路地裏を駆ける。
(本当に最悪っ!? 特大の『外れ』じゃないっ!? あんな魔法!?)
腸が怒りで煮えくり返りそうになるが、もうセラフィナイトには関わらない。そう決めた。だって魔法の相性は最悪な上に、捕まってしまえば目的が達成できないのだから。
そう思考を整理しようとしていると、前方から何かが飛来してくる。走っていた『静』の体が、それによって撃ち抜かれた。
「……くっ!?」
「きゃっ!?」
魔法の効果で『静』は傷を瞬時に治せるとはいえ、衝撃自体は発生する。『静』の体は崩れ落ちて、私は投げ出されてしまう。
素肌を傷つけるアスファルトが憎い。
慌てて襲撃者に視線をやる。『静』の足を撃ち抜いたものの正体は、剣。まさか、もうセラフィナイトが追いついたのか? いや、セラフィナイトの魔法による産物だったら、また『死体再生』が解除されるはず。
つまり、襲撃者はセラフィナイトではない。なら、いったい誰が――。
「――せっかく『お人形さん』候補を迎えに来たのに、まさか僕の
――視線の先にいたのは、虚ろな目をした黒色のドレスを着た少女を従えながら、にこやかに笑う藍色のエプロンドレス姿の