ドンドンドン・ドンドンドン・ドンドンドン……
「え? なにこの音、太鼓?」
地下深く。青い世界に浮かび上がる足元の赤い月。そしてそれに呼応するように、どこからか和太鼓の音が響いてきた。最初は遠方から聞こえているかのように小さかった音が、一打ごとに大きくなっていき、私、門田菊の胸に、心臓に、そして心に、まるで突き刺さるように響いて来る。
「くっ……これは、マズイな。ツルツル、
「は、はいっ……って、ほんなもん使ぉてどうないするんですか!?」
「イザとなれば俺がここの霊と同化する、お前は二人を連れて逃げろ!」
なんか表川さんが大汗をかきながら顔をしかめて、助手のツルネさんと言葉を交わす。何をするつもりかは分からないけど……私にだってヤバイってことくらいは分かる!
ドンドンドン・ドンドンドン・ドンドンドン……ドーン、ドーン、ドドンッ!!
「来るぞっ!!」
表川さんが叫んだその瞬間だった、目の前の祭壇に洞窟の青い光と、足元の月食の朱色が集まって、まるで溶け合うように渦を巻いて混じり合っていく……。
「な、なんか……人の形に、なっていく」
溶け合って紫色に変色した光は、そのまま人の形を取っていく。といっても顔は眼球が抜け落ちていて、体も肉や皮はうっすらと発光しているだけで、骨格だけがしっかりと形を成している……そしてその右手には日本刀が。左手にはなんか盃みたいなものが握られていた。
「これは……
「よりによって、
二人の言葉通り、その幽霊はまるで仁王や金剛力士像のように構えを取り、その口も顔も仏門の闘神そのままのものだ。ただ、その額には頭巾が被せられ、その帯が背中まで伸びて揺れている。
あ、と閃くものがあった。この場所は日本古来よりの英傑や偉人が霊となって現れるという。だとしたら目の前のこの人は……
「武将、ですよね。毘沙羅天に、お酒に、それにその頭巾。ひょっとして、杉うえ……」
「言うたらあかんっ!!!」
私の語りを聞いてツルネさんが飛んでくる。その武将の名を言おうとした瞬間、私は口を押さえられてモゴモゴともがく事しか出来なくなった。
「このテの幽霊の
その説明に、私は心で(やばっ!)と言葉ごと飲み込んだ。危なかったんだ……
そう、目の前の人物はちょっと日本史に詳しい人なら誰でも知っている戦国時代の武将、
戦場にお酒を持ち込んで、馬の上でも飲める杯を持っていた事でも知られる人……こんな人が幽霊になって現世に?
「
表川さんが数珠を振り、腰を落として構えを取って幽霊に相対する。でも霊は刀をくるりと持ち上げて肩に担ぐと、その口角を釣り上げて、冷たい声でこう返した。
『
ぞくり、と背筋が冷える感じがした。まるで現代社会の悪を背負わされているかのようなその物言いに、逆らう言葉も理論も見つけられなかったからだ。
『我の真名を告げよ。さすればお主等は我の駒として、共に世を正すを許そうぞ』
私達四人をなめるように見回してそう告げる霊。そんな……こんな所に来て昔の幽霊さんに従わされて、世間の人にアレコレするなんて、絶対に嫌だよ……。
「そうはさせぬ!
表川さんがそう叫んで手鏡に左手をかざす。そしてその鏡を今度は霊の方に向けると、鏡から発された光がその霊を飲み込んで……
光を失い、かちゃん、と地面に落ちた。
そして、霊の方はさっきまでの勢いを止め、表川さんと同じポーズで固まっている……まるでお互いを
『ほう、二身同魂の術か、貴殿、なかなかに心得があると見える』
「ぐっ……ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ……ツルツル、今だ、二人を!」
「はっ、はいっ!!」
その言葉を受けたツルネさんが私の手を引き、立ち尽くしている白雲さんに目を向ける。
「逃げますよ、白雲さんっ!!」
「え……でも、逃げるって、どこに?」
私の言葉に、今度はツルネさんが立ち尽くす番だった。そう、さっきくぐってきた門はもう無く、やってきたはずの通路さえ見えない。四方が岩肌に囲まれたこの場から逃げ出すなんて……
「どこか、どこかに出口があるはずや。表川さんが持たせとる間に、なんとか見つけんと!」
「え、持たせてる……って?」
「あの鏡を使えば、霊と自分の動きをシンクロさせられるんや! 表川はんが動かん限りあの霊も動けん……けど」
「けど?」
「もしあの霊が
確かに今、あの霊と表川さんは全く同じポーズで向き合っている。でも霊の方がなんか余裕なのに対して、表川さんの方は全身ガクガクと震え、顔からは汗が噴き出している……懸命に押さえてくれているんだ!
「ああ、やっぱり
洞窟内に響き渡るその
「「「な、なにを言ってるんだ(やねん)(ですか)ッ!!!!」」」
ついさっきまでビビりちらかしていたはずの
「
あああああ、なんでわざわざ霊の記憶を呼び戻すようなことをつらつらと言うかなぁこのヒトは。
『フ、フフフ……そうだ、私は杉上、信謙……礼を言うぞ、その者よ』
ずちゅり、と水気のある肉の音が響いた。同時に骨だけだったその霊から、肉体がまるで生き物のように生み出されていった。
腕が、足が肉を持ち、内臓が次々と再生されていく。刀と杯を持った腕を背伸びをするように天に掲げ、四肢を広げて再生を楽しんでいた。
それは霊からゾンビへ、そしてヒトへと変貌を遂げていく。
そして表川さんは、明らかにその霊を押さえきれずに、一緒に万歳のポーズを
「あかん……もう、おしまいや」
私の横でがっくりとヒザを突くツルネさん。うん、これは私でも分かる……目の前で再生していくモノは、私たちはおろか人類にさえ手に負えるものじゃないと、確信を持って言える!
(白雲さん……なんてチョンボをしたんですか)
禁句を口走ってしまった白雲さんを非難の目で眺める。
でも、その当の本人はいたってお気楽に、その霊から神になろうとしている人物にすたすた歩いていき……そしてニコニコ顔で言葉を紡いだ。
「確か、
……は?