うんこたろう   作:三流FLASH職人

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第三十八話 囚われの菊

 夜のチリ沖の太平洋上を、一(そう)の古びたクルーザーが西に向けて航行を続ける。

 

「……海賊、ですって?」

 船内の部屋の中。私、門田菊は手足を縛られて寝転がされたまま、イスに座るその男の告げた言葉に目を丸くして返す。

 

「そ。よくニュースとかで見ない? 平和ボケした日本人をとっ捕まえて企業なんかに身代金を要求するアレだよ」

「じゃ、じゃあ私がその人質、ってコトですか? 私、別に大企業の社員じゃないですよ?」

「ああ。カドタ・キク、21歳。現在はフリーのアルバイターとして仕事してるみたいだねぇ……でもこの名刺『うんこ研究家』って、ヘンなことやってるねぇ」

 

 私の名刺を見ながら、半ば呆れたような顔でそう返す男。足元には私の荷物が転がっていて、そこから私の名刺やパスポート、スマホなんかを物色されたみたい。

 

「チリに地震が起きたから日本からボランティアが来るとは思ってたけど、まさかうんこ体操を配信している女の子がいるとはね。ウチのボスが『こいつを(さら)え』って指示が来たんで、悪く思わんでくれよ」

 

「あなたたち、日本人なんですか? みんな」

「いんや、多国籍のおたずね者の集まりだよ。俺みたいな紳士ばっかじゃねーから、せいぜい怒らせないようにな」

 

 どうやらやっぱ、とんでもない連中に捕まっちゃったみたい。

 

「怒らせると……殺されるワケ?」

「殺したら人質の意味ないじゃん。ま、『死んだ方がマシ』って目には合うかもだけどね」

 そこまで行ったその男が口角を釣り上げてにやりと笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「ちょっと、さわりだけ経験してみるかい?」

 ズボンのベルトを緩めてパンツごと下ろした後、机の引き出しから小さいケースを取り出すと、中にあった注射器に溶液を吸わせて淫欲を見せる。

 

「ま、麻薬ッ、ですかっ!?」

 嫌悪感がざわざわと湧き上がって来る。あの日本、警察病院で見た患者さん達の悲惨な姿が鮮明にフラッシュバックして、胸の中をドロドロとしたものがうごめき、思わず吐きそうになる。

 

「ンなに怖がらなくても、キモチよくなるぜぇ……ま、どーしてもイヤならシラフでヤッてもいいけど、そっちのが嫌じゃね?」

 その言葉にあ、と思考を巡らす。麻薬漬けにされるのは御免だけど……()()()の方はそこまで最悪という訳じゃない。

 

「マグロでいいんなら……」

「へぇ、処女かと思ってたけど、結構経験あんのかい、んじゃ」

 嬉々として私のズボンに手をかける男。

 

 あーあ、()()こうなるのか。田舎で親父の性的DVを受けていた頃を思い出すなぁ……まぁ、その経験があったおかげで麻薬を打たれなくて済みそうなんだけど、こんなコトであのバカ親父に感謝するなんて思わなかったなぁ。

 

 バンッ!

 

「ジン! 貴様人質に何やってる!!」

 勢いよく明けられた扉から出てきた大男が、雷のような声でそう怒鳴り据えると、そのジンと呼ばれた男は体とムスコを縮み上がらせて「船長!? す、すいやせん!」と一歩二歩後ずさる。

 が、カベに追い詰められたところで、大男のパンチをもろに食らって、地面にのたうつこととなった。

 

「人質は出来るだけキレイな体で返すって言ったろうが! それが次の誘拐でもスムーズな交渉を生むんだよ、こんのアホウが!」

 

 助かった。なんか助かったけど、嫌悪感はさっきにも増して膨れ上がって来た。確かに人質にお金を払えばスムーズに返してもらえるなら、次の誘拐での被害者や家族はそれに習ってお金を出すだろう……こんな誘拐ビジネスのダシにされていることが、なんか無性に悔しくなった。

 

 出て行ったジンと入れ替わりに部屋に居座った大男。逆立った金髪に無精ひげをびっしりと生やした白人男性だった。船長と呼ばれてたから、多分この海賊のリーダーなんだろう。

 

「お嬢ちゃんも大人しくしてることだ。生きて日本に帰りたけりゃ、な」

「は、はいっ。あ、あの……助けて頂いてありがとうございました」

「アンタを助けるのは日本のお偉いさんだよ、()()でね」

 にかっ、と笑みを見せ、手指でマルを作って『お金次第だ』とのジェスチャーをする。それにしても……

 

「日本語、お上手ですね」

「ああ、ウチのボスが日本人なんでねぇ。俺たちゃ国もバラバラだから、仲間内じゃ日本語で通してるのさ。なんせ難解な言葉だし、ローマ字圏の連中には聞き取られにくいからねぇ……おっと、余計なことをしゃべっちまったかな」

 一瞬にしてその人の目の色が変わったのを感じて、私はびくっ、と身を縮めた。やばい、この人たちの事を()()()()()()、それこそ生きて帰れそうにない!

 

「はは、そうそう。君は何も考えずに震えて助けられるのを待てばいい。んでここでの事はさっさと忘れて、日本で幸せに生きていきゃいいのさ」

 

 やがて部屋を出て行く船長。残された私は改めて、いかに自分が今、ヤばい立場に立たされるかを思い出していた。

 

「日本で立ちゆかなくなったヤクザが海外に出張っているケースはよくある」

「海外から指示を出して、麻薬やオレオレ詐欺、闇バイトなんかで荒稼ぎしてるみたいで困りものなの」

 

 あの警察病院で知り合った鐘巻刑事やマトリの乾さんの話を思い出す。マフィア化したヤクザが海外に拠点を置いて悪事を続けているのは知ってたけど、まさか自分がそんな連中に拉致されるなんて……。

 

 私はこれから彼らのアジトみたいな所に送られるんだろうなぁ。そこで日本政府なんかに交渉されて身代金を取られるのかな……白雲さんお金持ちだけど、私の為にお金を払ってくれるかなぁ。

 

――はい快便体操第一~――

――ひえぇぇぇっ、トイレトイレー――

――はい菊門ちゃん、助けに来たよ~――

 

 ぷっ、と吹き出す。あの白雲さんが快便で悪党どもを一網打尽にする光景をなんとなく想像してしまった。

(ンなわけないじゃない……ばっかみたい)

 

 ふっと、いろんな事を思い出す。あのDV親父の事も久しぶりに思い出したし、あの冬にドブ川に飛び込もうとした事、そんな私を『便秘でお悩みでは無いですか』とか言って止めたイケメンさん。その彼に様々な形で救われた美女や寝取られ男、麻薬に毒された人達、そしてボクシングの世界チャンピオンに日本有数の霊媒師……

 

(あーあ。やっぱコーウンさんのプロポーズ、受けときゃよかったかも)

 そう思って、案外そうでもない事にも気づく。

(まぁ、そうしたらそううしたで大変だったでしょうけどねぇ。タイだって日本ほど治安がいいわけじゃ無いし)

 

 人生山あり谷あり、とはよく言ったもんだと思う。どん底から救われたあの日から、私はずいぶん恵まれた毎日を過ごしてきた。そのツケが今また来てるんだとしたら……

 

 いつかまた、幸せな日常を掴むことが出来るんだろうか。 

 

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