うんこたろう   作:三流FLASH職人

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第六話 白雲 虎太郎という男

 1999年、夏。

 

「やーいウンコ太郎、ほれほれ取り返してみろよー」

「なにすんだよ、僕の宿題返せーっ!」

 空き地で数人の小学生男子が、ひとりの子のものと思われるノートを奪い、それをパスし合って返させないでいる。

 

 ノートの持ち主は白雲 虎太郎(はくうん こたろう)。その名前から「ウンコ太郎」とあだ名で呼ばれ、日常的ないじめに会っていた。今もまた夏休みの宿題である自由研究帳をいじめっ子に奪われ、ろくでもない事をされようとしていた。

 

「やめろ、返せーっ!」

「よっしゃ、押さえてろよー。んじゃタイトル『うんこの研究』と」

 数人が虎太郎を押さえている間、いじめっ子のリーダーがボールペンで自由研究帳の見出しにそう書きなぐってしまう。

 

「あはははは、こりゃいいや。お前夏休みにウンコの研究すんだな」

「二学期が楽しみだな~」

 ケラケラと笑いながら解散するいじめっ子たち。後に残された虎太郎はノートを拾い上げ、勝手に書かれたテーマを見て思わず涙ぐんだ。

 

(お父さん、お母さん……どうして僕に、こんな名前を付けたんだよ)

 

 虎太郎の両親は5年前に交通事故で亡くなっていた。身寄りもない彼はそこから施設に預けられて育って来た。だがその名前のせいで施設でも学校でもいじめの対象になっており、日々つらい思いをし続けていたのだ。

 

 施設に帰ってノートの字を消そうとしてもボールペンだから消せない。ホワイトの付箋を貼るにも、そんなものを買うお金もない。施設のみんなや先生に相談しても逆に面白がられるだけだろう。

 

(だったら……このまま書いて、あいつらに仕返ししてやる!)

 いじめっ子たちもまさか本当にうんこの研究をするなんて思ってないだろう。なら僕がほんとにそうすれば、学校も僕がいじめられてこんなものを書いたと気付いてくれるはずだ。PTAで問題になれば、やつらの親が責められてあいつらも怒られるだろう。

 やってやる、やってやるぞ!

 

 

 ――そして二学期。虎太郎の願いは、全く違った形で叶う事になる。

 

 

『えー、先日の夏休みの自由研究、全国審査会からの結果発表がありました』

 十月始め、緊急に行われた全校生徒集会で、校長が上機嫌でその発表を始める。

『なんと! わが校から全国自由研究の最優秀賞受賞者が出ました。白雲 虎太郎君です! おめでとう、君はわが校の誇りだ!』

 

 檀上にて、校長先生から直々に賞状を受け取る虎太郎。その顔は誇らしさと自信に満ちており、かつての暗い影はもう無かった。

 彼が夏休みを費やして記したのは毎日の食事と、そして自分の出した便のイラスト、色、形、そして量の詳細だった。加えて排便当時やその日一日の体調、体を動かした量、加えて起床時の体温まで克明に記されていたのである。

 

 提出されたその自由研究を見た担任教師、保健の先生を兼ねている彼女はその凄さにすぐに気づいて、それを即、上の教育委員会や医療学会に提出した。

 そしてそれを受け、その道のトップたちが次々と虎太郎の学校や施設を訪れ、彼は一躍有名人となったのだ。

 

 虎太郎自身もこの自由研究を続けるうちに、うんこと人体の関係の重要さを嫌でも認識するようになっていた。当初の暗い目的は完全に消え失せ、この研究で世界一の有名人になってやる、という人生の目標まで立てるに至ったのだ。

 

 この「児童の食事と排便による健康管理」は偉い先生の加筆を受けて学会で発表され、各方面から大絶賛を受けた。というのも大人なら自分の食事と排便を研究のデータに提供する者もいるだろうが、いかんせん十歳児にそれをしろと言っても嫌がられるのが関の山だろう、この年頃の子供はうんこに積極的に関わるなど忌み嫌うものだから。

 なのでこのデータは千金の価値があった、というわけだ。

 

 こうして少年、白雲 虎太郎のサクセスストーリーが、幕を開けたのであった――

 

  ◇        ◇        ◇

 

 ビルの四階、一般にも開放されている図書室にて、門田 菊(かどた きく)はその本をぱたん、と閉じ、なるほどねぇとため息を吐く。

 閉じた本のタイトルには『僕が”うんこたろう”になったわけ』と書かれていた。著者は「はくうん こたろう」のひらがな表記になっている。

 

 助手として就職した初日、彼女は白雲に「今日はとりあえずここでうんこの勉強をしてください」と言われてここ四階の図書室に案内された。

 その一角『人体・健康』のコーナーには、なんと白雲氏自身が著者である健康本(もちろんウンコ関係)がずらり並んでいた。

 なんでも孤児だった彼がここまで成功したのは、この数々のウンコ書籍のヒットがキッカケとなったらしい。

 

 まず目についたこの本を読み終わって、彼女はあの男がどうして『うんこたろう』になったのかを理解した。やっぱりあの名前に悪い形で影響されて、それを研究するうちにひっくり返ったんだ、なにもかも。

 

(不思議なものよねー、ほんとに)

 思わず心でそう嘆く。ウンコなんて本来なら誰もが関わりたがらないものだ。それを名前として押し付けられたが故にのめり込んでしまった結果、人生そのものをひっくり返す大逆転を演じたというのだから。

 孤児だった彼が、三十代半ばにしてこんなビルのオーナーになるほどの成功者になったんだから。

 

 あの(むつみ)さんも、他の美女たちも……そして、たぶん私も。きっとそうなるんだろう。

 そう思うのは、白雲さんの他の著書のタイトルを見たからだ。身に覚えのある、あるいは未来に希望の見えるタイトル文が、それを如実に表しているんだから。

 

・便秘という毒の生産所、人体

・無限に広がる大宇宙、あなたの中にもあります

・胃腸の幸せは人生の幸せ

・やせるための快便~食べても太らない体質の秘密

・長生きするための快便生活、人生百歳からが本番

 

 次々に手に取って、少々走り読みしながらも、その理論の正しさに思わずため息が出る。

 うんこは食事が形を変えたものだ。それが体内に便秘として長くとどまっているという事は、体温(36℃)で湿気の充満している腸内に食品が延々と保管されているという事だ。

 当然腐る。腐敗して毒になり、悪臭を放ちながら腸内細菌を悪玉菌に変えていく。その毒はそこから吸収されて全身に行き渡り、様々な病を引き起こす原因となる……最悪、ガンまでもを。

 だからこそ、便は長く体内にとどめず、さっさと排泄するべきなのだ。

 

 腸には大量の菌が居着いている。その数は実に千兆にも達し、腸内花畑(フローラ)とも呼ばれている。

 が、この本ではさらにその上の表現『体内宇宙(インナースペース)』とまで称している。宇宙にある星の数と、大腸内にいる菌の数の総数がちょうど同じ千兆個と言われているからだ。

 つまり人間は、この体内の大宇宙を支配する()なのだ。だからこそ自身の宇宙の管理を怠ってはならないのだ、と。

 

 脳と腸は人体の中で最も多くの神経細胞を有する器官だ。神経が多いという事は、人体の思考、行動にも大きな影響を及ぼす。つまり腸は脳に次いで、人の思考や行動を司る重要な器官ということになる。

 平たく言えば、腸が健康なら人の思考は幸せ方向に向くというもの。逆に腸が不健康なら人は不満やストレスを簡単に発症してしまうということらしい。

 

 

「つくづく、奥の深い世界なんだなぁ」

 何冊か本を読破して、思わずため息が出る。あ、そうそう、この『ため息』も排便と重要なつながりがあるそうだ。幸せが逃げるなんて言われがちだけど、ため息の原因をちゃんと考えて吐けば、腸のストレスを和らげて快便に向かってくれるらしい。

 

 気が付けばもう夕方だった。何冊目かの本を読み終えた私の所に、今日の診察を終えた白雲さんがやって来る。

「お疲れ様です! すっごいためになる本でした」

 挨拶する私に、白雲さんはいくぶん真剣な表情で私に告げる。

 

「そうか、役立ったなら何よりだ……じゃあ明日は早朝から一緒に仕事に出て貰うから、早めに就寝しておきなさい」

 あ、はい。と返事をしつつ、心で気合いを入れる。いよいよ明日からこの人の助手としての仕事が始まるんだ。

 

「明日はちょっとキツイよ。地獄を見る事になるかもしれない、覚悟しておいて」

 そう言ってきびすを返す白雲さん。心なしか彼の背中も少しこわばっているような気がする……。

 

 ――地獄――

 

 その言葉の意味を、私は明日、嫌でも知る事になる。

 

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