ネフレンがヴィレムの目を、ひたすらじーっと見つめてくるだけのイチャイチャラブラブギャグ短編です。フォロワーさんのネフレンイラストがあまりに素晴らしかったので、モチーフにさせて頂いただけ。

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第1話

 妖精倉庫の管理者ヴィレム・クメシュ。彼は自室のベッドに腰掛けて、のんびりと新聞に目を通していた。

 

 ふと窓の外を見る。運動場では小さな妖精の集団が、歓声を上げ泥だらけになりながら、今日も今日とてドッタンバッタン全身全霊で遊び回っている。現在時刻は午後五時前。太陽が西へと沈みゆき、六十八番島の雄大な森を、焼けるような茜色へと染め始める気配が漂っていた。

 

 ───さて、今日は俺が当番だし、そろそろ洗濯物を室内に取り込むか。

 彼は大家族のルールに従って、軽く背伸びをしてから自室を出ると、陽光降り注ぐ屋上へ向け階段を上り始めた。

 

 決して忘れてはならないが、自分はこの家では黒一点の存在だ。つまり、妖精倉庫という女性だらけの環境に於いてある種の異物に他ならない。

 

 年少組はともかくとして、クトリら年長組の下着まで一緒に取り込んでしまったら、カリヨンで追いかけ回された挙句三日くらいは山でサバイバル生活決定だ。既に片づけは済んでるか、ちゃんと確認を取っておかなくては───。

 

 そこまで考えて、ちょうど一階から二階に辿り着いたところで、彼の軍服の裾が優しい力でクイクイと引っ張られた。

 

 反応して歩を止める。振り向いて下を見た。年少組のちび達は、良くも悪くもまだまだ加減知らずの存在だ。こういう繊細な気の引き方は、絶対しないしまだ出来ない。俺が知る限り、倉庫でこの呼び方をするのはただ一人。

 

「よう。やっぱりお前だったか」

 

 ぼんやりとしているようでいて、奥底に揺るがない強固な光を湛えた瞳。ふわふわとして触り心地がいい、ツインテールに纏められた灰色の癖っ毛。

 

 そこにいたのは案の定、何かと自分に密着してくる少々ありがた迷惑な少女、ネフレン・ルク・インサニアの姿だった。

 

 

 

 レンは元々、極端に無口な性格だ。口癖だって、『ん』のただ一文字だし。

 多分、言いたいことも用事もない状況ならば、三日くらい一言も喋らないで過ごしても全然余裕でいると思う。アイセアとかノフトみたいなお喋りな連中では、多分数時間ももたねえな。

 

 その反面、何か本当に言いたいことがあるのなら、こいつには羞恥も躊躇も一切ない。

 

 淡々とした口調、一切ブレない無表情で、『寂しいなら傍にいるからすぐ言って』だの『食後のお茶は、もっと甘いほうがいい。砂糖を今の三倍入れて』だの好き勝手に主張と要求を伝えてくる。俺はそこまでメンタル弱くねえし、不健康なこともさせません。

 

 とにかくそんな、変わり者の小柄な少女が、俺の軍服を掴んだままでじっと静かな瞳で見上げてくる。欺瞞や疑いなど欠片もない、無垢な瞳で無言のままに、ただただじーっと見つめてくる。

 

 一体これは何なのか。おいネフレン、用があるんならさっさと何か言ってくれよ。元々よく分からねえやつという認識はあったけど、今日はいつにも増してさっぱり分からねえやつになっている。

 

 じー。

 

 俺は別に、悪いことなんて何一つとしてしていない。

 してないが、目を逸らしちまったら最後、決定的な罪を自ら認め、十年くらいは投獄されちまいそうな嫌な予感が貼りついたまま剥がれない。

 

 ───両者の眼光は重なったまま。動くに動けず、瞬きさえもうかつに出来ず。

 

 高身長の青年と、ちんまい幼女がじーっと見つめ合うこと十数秒。廊下の額縁に飾られた、どうやら家族の団らんを描いたらしい、線がぐちゃぐちゃにのたうった幼児の絵。無闇やたらとカラフルなそれが、自分を見張り咎めているように今のヴィレムには感じられた。

 

 青年の心臓が、徐々に不吉な鼓動を打ち始める。平然とした表情を、少しずつだが着実に、保っていられなくなりつつある。

 

 じーーー。

 

 くそう。いい加減、こいつはちょっとやべえかも。

 言っておくが、俺の性癖は普通のものだ。胸の大きい年上のお姉さんが好きという、成人男性としてごくごく普通のつまらない性癖だ。だから、レンの起伏のない肉体にいくら抱きつかれたところで動揺なんて全くしねえ。

 

 が、それはそれとして───、こうしてじっと見つめ合ってみると、一流の職人が作り上げた人形みたいに整った顔立ちをしているんだよな、レンは。

 

 あと五年後には、ラーントルクとパニバルに並び、浮遊大陸群三大ミステリアス美女の一角として世間の羨望を集めていること間違いなしだ。父として実に誇らしい。

 

 同時に、さすがに十八歳まで育ったレンは、今より多少は身長が伸び起伏も多少は生まれてる。劣等感も解消されて、うっかりいじってしまっても、千切り捨てる勢いで尻をつねったりもしない。

 

 けれど、見た目がいくら大人になっていようとも───俺にはレンが、ベタベタベタベタ所構わずひっついてくるのを止めてくれている未来を、これっぱかしもイメージすることが出来ていない。むしろ今より悪化して、『ん。ツンデレで面倒くさいクトリより、わたしの方がいつでも何処でも好きなだけ、やりたいようにしたいようにいくらだって甘えさせてあげるけど?』なんて爆弾発言を、うっかりクトリ本人を前にしてぶちかましてしまわないとも言い切れねえ。

 

 その未来で俺は、一体どんな選択を下すんだ? 人生で、女の扱いが下手くそすぎると散々言われ続けてきたこの俺が、間違いを犯さねえって言えるのか? むしろ今こそが、その大間違いに手を掛けちまっている瞬間じゃねえの?

 

 ───この通り、ヴィレムの頭は徐々にだが確実に、『じいいいーっ』という圧力で、ぐるぐるぐるぐるあらぬ方向へ向け混乱をしつつある。この現場を、彼の恋人たるクトリに目撃されようものならば、最強の聖剣セニオリスによって頭頂から股下までを見事一刀両断にされかねない。傍から見れば、それ程に危険な空気が漂っている。

 

 

 ───と、その時だった。妖精倉庫の住人で、トップクラスに暴れん坊の少女コロン。

 

 運動場で、ちびっ子みんなとドッジボールをしていた彼女が、『そいやああーっ!!』という豪快な気合いと共に、全くあらぬ方向へ向け豪快すぎる暴投を放った。

 

 倉庫の壁に、ボールがぼいんと音を立てて衝突し、てんてんと花壇へ向けて転がっていく。

 

 もー、なにやってるのさー! はっはっは、やってしまったなー! すぐとってくるからまっていろー! …などという、空いっぱいへと響き渡る仲の良いやり取りが、ヴィレムとネフレンの元にまで届いてくる。

 

「───で? 今日のレンは、何の用があるんだよ?」

 

 幸運にも、その衝撃により、ヴィレムの金縛りと混乱はすっかり解けてくれていた。コロン、お前最高にいいタイミングでやらかしてくれたな! 助かったぜ、本当に出来た子だ。いつも不意打ちの飛び蹴りからの関節技には困らされているけれど、全部チャラにしといてやるぜ。

 

 心の中で愛娘を称賛し、ヴィレムはびしっとイマジナリーサムズアップをして見せた。

 

 いや、重病人に暴力はいけないし、そこは今後やらかさないよう厳重注意すべきでは? と、ツッコみ返しておきたいところだが、この最重度の親バカには何を言っても無駄だろう。安定の自分を大事にしてあげられない、なかなかイかれた男である。

 

 ───ところで、肝心のネフレンであるのだが。

 

 何を考えてるのか掴み辛い、ぼんやりとした表情から一転。形よく整った眉が、『ハ』の字を反転させた形になっており、あからさまな不満を表出させていた。

 

「───むう、おかしい。ヴィレムは変。上手くいかなかったことなんて、今まで一度もなかったのに」

 

「…いやお前、引き留められた事情が分かんねえうえ変人扱いまでされたんじゃ、さすがに腹が立つんだが。何がどうおかしいのか、説明くらいはちゃんとしろ」

 

 発言にも毒がありありである。ヴィレムは軍服を掴んでいた指を解かせると、しゃがみ込んで目線を合わせる。そして、人差し指でおでこを軽くちょんとつつき話の続きを促した。

 

「ん、説明する。今日はオルランドり商会から、注文していた本がたくさん届いた。出来ることなら自分の部屋で、一日中だらだら読書していたい」

 

「ああ、そういや確かに届いていたな」 

 

「ん。だけど今日は、わたしが晩ご飯の当番だから。そろそろ作り始めなきゃ、家族みんなに迷惑がかかる。面倒だけど、それは多分よくないと思う」

 

「ああ、そりゃそうだな」

 

 いや、それは多分よくないとかじゃなく、絶対よくないことだろが。ギリで善性は保っちゃいるが、年長だったらモラルはもうちょいちゃんとしろ。

 

 もう一度、今度はちょっと強めにおでこをつつきたい衝動に駆られたが、話の腰を折るのもよろしくない。そも十三歳なんて、まだまだ人として自己中なもんなんだ。自分が十三の頃を思い出せ。達人に無理矢理弟子入りだとか、逆に道場破りとか、もっとメチャクチャやってただろう。夕飯をさぼりたいだけなんて、俺に比べりゃ全然可愛いじゃあねえか。

 

 ヴィレムはそう弁えて、ツッコミも最低限のものに抑え、出来うる限り好きに話させてやるよう務めていた。さすがは経験豊かな養育院の最年長。まだ二十歳前でありながら、実に大人な対応である。

 

「それでね、ヴィレムが妖精倉庫に来る以前にも似たようなことがあったのだけど。もし、クトリに向けて正直に『面倒だしサボりたい気分だから、今日の当番代わってほしい』って伝えたら、こっぴどく叱られるのが見えてるし」

 

「おう」

 

「だからね、言葉で伝えるのは不可だから、せめてサボりたい思いを込めて、クトリをじーっと見つめてみたの」

 

「…おう」

 

 ヴィレムには、これから話される内容が。妖精達の、自分が知らないアレな過去が、なんとなーく見えてきてはいたのだが、それでも聞かずに決めつけることはしなかった。相づちを打つ以外、ただただ黙ってネフレンの話を聞き続ける。

 

「そしたらね、何だか妙なことが起こったの。思いを込めて、ひたすらじーっとクトリの瞳を見つめていたら、クトリの顔がじわじわ赤く染まってきた。身体の方も、もじもじそわそわ動かしていて、花摘みにまで行きたいみたく見ていてちっとも落ち着かない。大丈夫かな、辛いことがあったのならちゃんと言ってほしいな。『サボりたいから代わって』に、そういう思いも付け加えて、更にじーっと見つめてみたの」

 

「……おう」

 

「ヴィレム、どうしたの? 強めの頭痛をこらえてるような顔になってるけど。温めた方がいい?」

 

「…………いや、大丈夫だ。今日のレンはメチャクチャいっぱい喋るなって、軽く感動してただけだ。続けてくれ」 

 

「ん、分かった。そしたらね、本当にどういう訳かさっぱり分からないのだけれども、『も、もうっ! レンったらしょうがないわね! お願いがあるんなら、今回だけは特別に何だって叶えてあげるから、さっさと言ってみなさいよ!』って、おねだりなんてするまでもなく普通に当番を代わってくれた。とても不思議」 

 

「……………………」

 

 沈黙である。棒読みのツンデレという特大のツッコミどころを前にして、ヴィレムは相づちすら忘れ沈黙せざるを得なくなっている。空気の微妙な変質に、舌が絶賛回転中のネフレンはちっとも気付くことが出来ていない。

 

「だから、またサボりたいなって感情に駆られた時は、とりあえず同じことを試してみた。そうしたら、クトリだけじゃなく、アイセアもラーンも、ノフトもナイグラートも、みんなみんな同じような反応を示した後に快くわたしのお願いを聞いてくれた」 

 

「…………………………………………」 

 

「だというのに、ヴィレムだけはちっともわたしのお願いを、聞いてくれそうな兆しがない。だからヴィレムはすごく変。この反応差の原因は、年齢によるものなのか。男性と女性という、性別の差によるものなのか。それとも妖精と人間、トロールという種族の違いによるものか。色々と検証が必要だと思う。ねえ、ヴィレムはどんな風に考え───むわああーっ!?」

 

 そこまで言ったところで、ヴィレムからネフレンに向けバチンとデコピンがとんできた。人差し指でちょんとつつくやつじゃなく、バチンといい音が廊下に響く、かなり強めのやつがとんできた。

 

 信頼している相手からの、思わぬ強烈な不意打ちである。話に興が乗ってきていたこともあるだろう。普段、ローリアクションなネフレンにしては珍しく、ぐわっと激しく大げさなまでに、背中が床へと反り返ってしまっていた。

 

 しかしそれだけでは終わらない。

 

「んむわわわあー!? なになになになにどういうことーっ!?」 

 

 次いでヴィレムに、ぐりぐり頭をなで回された。無論、親愛と多少のからかいが混ざり合った、いつもの優しいなでなでではない。百パーセント純然たる、悪い子へと向けて頭をぐわんぐわんと振り回す、強めのお仕置きなでなでである。

 

 ヴィレムは思う。さて俺は、この危険すぎる無自覚人たらしを相手にし、どう再教育を施すべきか。

 クトリら年長組相手にも、レンの上目遣いに絆されないようメンタル防衛術を教え込まなくては。

 

 頭の中でスケジュールを組み立てつつ、「んひゃああああーっっ!?」というまぬけな悲鳴をガン無視し、右手は自動でお仕置きし続けるのであった。


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