※pixivにも同時投稿しています
水族館のアクリルガラス越しにラインクラフトとアザラシが見つめ合っている。
と、いうよりは睨み合っている。
腰を落とし、目力らしきものを効かせようとしているクラフト。
おそらくメンチをきっているのだろう。
相手は灰色の毛並み、普通よりも小さい体躯。まだ子供のアザラシだ。
アザラシの方も止めておけばいいのに、どこかに行くこともなく相対している。
少しの間目を離していたらこの事態だ。油断したか。
アザラシが少しばかり身じろぎしたりヒレで腹を叩くなどすると、対抗してかクラフトも特徴的な雷のような跳ね毛を揺らす。
何故、耳の方を動かさないのか?そもそもどうやって動かしているんだそれは。
こんな無益な争いが一体何になると言うのか。
偶然にも彼女らの周りには今、少し離れた位置にいる自分しかいない。
周囲から切り抜かれ、静寂という観客に囲まれた決闘場。
クラフトと一緒にいたはずのシーザリオはどこだ?他の展示にいるのか?
色々な意味で肝心な時にいないとは。
そもそもこれは本当に睨み合いなのか?
様々な思索が頭の中を去来するが、それがメンチを切るクラフトとアザラシという眼前の光景の謎を解き明かすには至らない。
アザラシはどうかわからないが、どうあれクラフトが真剣なようなのは間違いない。
おもむろにクラフトが頬を膨らませる。新技だ。
しかしアザラシ側は特に動じない。通用以前にこの技が認識されているか疑わしかった。
膨らませたり、戻したりを繰り返してもやはり効果が無い。只々、かわいいだけだ。
とはいえクラフト側もさすが、通用しないことに毛ほども動揺を見せない。
こういう対峙に慣れているんだろうか。まだまだ知らないことは多そうだ。
ここまでクラフトがアザラシの何に対抗しているのかまるで分からない。
もしかして、これは何らかの交信ではないだろうか?
生きる領域が異なるもの同士で何か通じるところを見つけるのは難しい。
非言語的な、ノンバーバルのコミュニケーションにしても互いに文化的な共通項なり、過ごした時間によって積み重ねる相互理解が必要だ。
初対面で、種族も何も異なる相手にそれを行うのは離れ業が過ぎる。
強いて言うなら、『海の犬』と言われるアザラシに対して、たまに犬っぽいところを見せるクラフトが何かしらのシンパシーのようなものを感じたのか。
いや、さすがにそれは論理の飛躍がすぎる。それに一方的だ。
クラフトがそれまでの姿勢から上体をぐっと前に出した姿勢に移行する。
スパートをかける時の姿勢に近い。本気モードか。
それでもアザラシ側は動じない。あくびまでする余裕ぶりだ。否、あれはむしろ飽きているのではないか?
どうにも旗色が怪しくなってきたが、それでもクラフトは対抗をやめない。
彼女らしく、諦めず切り拓ける道を探しているのだろう。
その道を探す意義について、最早自分が何か言うのは野暮天か。
もう、見守るだけだ。
かれこれもう1分か、いや2分かは分からない。時間が止まったかのようにすら錯覚する。
静かなる対決。ある意味神秘的とも言える世界が水族館の一角を支配する。
どっちだ?どっちに軍配が上がるんだ────?
その時声が響き、静寂が破られた。
クラフトとアザラシがそれぞれ振り向く。シーザリオと飼育員にそれぞれ呼ばれていた。
彼女らは声に導かれてそれぞれの世界へ帰って行く。
何事もなかったように世界に音が戻る。
あの対決の痕跡は、時間と音の波に攫われてもうどこにも残ってはいない。
終わってみればそれこそ、写真なり動画なり撮っておけばよかったなと思う。
心の中のアルバムにクリップするだけでは、ちょっとこれはもったいないだろう。
クラフトも普段、こちらを撮っているのだからおあいこだ。
心の中の付箋にメモしておく。
──いくらかの年月の後、今度こそしっかり撮られた睨み合うラインクラフトとアザラシの動画がSNSにて話題となった。
◇このお話の目的は────?