妖精的日常生活「風と共に歩む者」   作:水凪亜炭

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この作品はかつてあった「妖精さんの本だな」というサイトで提唱された「妖精的日常生活」というシェアワールドに基づく作品のリニューアル版です。
サイト消滅後、提唱者のジャージレッド氏と連絡を取りましたところ「シェアワールドの設定は有効であり、それを踏まえてもらえば他サイトへの投稿は構わない」との返事を頂きました。

シェアワールドの設定アーカイブ
https://web.archive.org/web/20070127115940/http://www.keddy.ne.jp/~jersey-r/toukoukitei_tebiki.htm

当時数多くの投稿があった「妖精さんの本だな」の中でも、かなり異色な作品となっていた拙作ですが、楽しんでいただければと思う次第です。

以下、シェアワールドのアウトラインとなる設定文です。

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200X年、突如として人間が妖精と呼ばれる羽を持った小人に変化してしまうという事件が発生する。
その事件は一件では済まず世界各地で観測され、日本でも世界で4例目となる妖精化事件が発生し、その後も続々と被害者が出たことにより社会問題化することになった。そして被害者達からの聞き取りによって、被害者の肉体が異世界にいる妖精と魔法によって交換されている事が判明する。(相互換身用召喚魔法というらしい)
その目的が妖精達を侵略するナニカと戦える存在を呼び出すことで、人間以外ではナニカと戦えなかったこと。わざわざ肉体交換という方法をとっている理由が人間を魂ごと呼び出すことが出来なかったので、魂の器として召喚する妖精自身の体を送り出す必要があったこと。そして鍵となるのが夢の中で会った妖精に自分の名前を教えることで肉体交換に同意した事になってしまうことが判明する。
これらが分かってからは、あらゆるメディアや教育現場にて妖精と夢の中で出会っても名前を教えないよう宣伝が組まれ、世界的には被害者が減ることに。

しかし訪問販売や電話勧誘であってもついつい話を長々聞いてしまう事が多いNOと言えない日本人。
妖精側も巧妙に好奇心や同情を誘う話術を年々身につけた事から、ついついポロッと会話の中で自分の名前を教えてしまう被害者が続出。そんなわけで日本は事件発生から数年後には妖精人口が最も多い国になってしまう。

これは、そんな日本にて妖精の召喚を受けちゃった、とある人物の物語である。


妖精的日常生活「風と共に歩む者」第1話 ~プレリュード~

 

『とま~れ~』

 

「よし出番だ!」

 

かけ声を聞いて僕は頬を叩いて気合いを入れると、パドックをかこむ満員の観客の目の前に姿を見せ騎乗馬に向かった。

 

 

僕は秋葉翔(あきばかける)

まだ駆け出しの競馬騎手だ。

昨年デビューして26勝をあげ売り出し中。

今から出るレースはなんと3歳クラシックの皐月賞。

本来であればデビューして2年目の僕みたいな騎手が乗ることはまずないGⅠレース。

所属厩舎の山根調教師が、この馬のオーナーに頼み込んでくれなければとても乗れなかった。

 

なにせデビューしてから4戦全勝負け知らず。

それに加えて芦毛の優美な馬体で観客の視線を集める走りっぷり。

5戦全勝ジュニアチャンピオンのロードグリーンとどちらが強いかと注目が集まっている。

 

「柳瀬さん、コスモスウィンドの調子はどうですか?」

 

そうコスモスウィンドを牽く厩務員の柳瀬さんに訪ねる。

 

「ああ、足下の問題はないし気合いも乗っている。絶好調だよ。あとはおまえさん次第だ」

 

「わかりました。よし、気合いを入れていこうな、コスモスウィンド!」

 

そう声を掛けるとコスモスウィンドの背に乗って手綱を握り、パドックを周回しながらコスモスウィンドの調子を確認する。うん、大舞台でこれだけ観客に囲まれているけど落ち着いているし足取りも軽い。

やがて、入場ゲートが開き僕とコスモスウィンドは厩務員の誘導を受けながらターフに向かった。

 

 

【どおおおおおお・・・】

 

 

入場曲に合わせてターフに入ると観客のどよめきと声援が聞こえる。

 

そんな中に【コスモスウィンドと一緒に5連勝狙え~秋葉~!!!】といった声援に答えるように手を振ると、返し馬のために軽くコスモスウィンドを走らせて待機場へ向かう。

返し馬でもコスモスウィンドの調子の良さは伝わってきて、これで負けたら自分の責任だと思うと緊張が増してくる。

 

「なんや秋葉? 緊張してるんか?」

 

ロードグリーンに乗った柘植さんが声を掛けてきた。

 

「生まれて初めての大舞台ですからね」

 

「ま、気楽にいった方がええで。せっかくいい馬に乗ってるんやから」

 

「そうそう、若い奴は思いっきりよくいかんきゃ駄目さ」

 

グラスシャープの菊田さんも寄ってくる。

 

「長い騎手生活、ベテランになると勝つことばかりが期待される。若い時に無茶やるのも良い経験だぞ」

 

「・・・そうしてみます」

 

やがて待機場からゲート前に向かう時間が来てファンファーレが鳴りゲートインを迎える。

 

 

【バシャ~ン!!!】

 

 

 

ゲートが開くと同時に僕とコスモスウィンドは飛び出す。

 

先頭争いで出た馬は2頭。僕は3番手にコスモスウィンドをつけ前を追わせた。

1コーナーの時点で前との差は2馬身だが焦らないのが肝心。

コスモスウィンドの持ち味は先行しての抜けだしだ。逃げ馬のペースに合わせる必要はない。

 

2コーナーを曲がった時点で、外から上がってきたグラスシャープに交わされ4番手になる。

だが僕はコスモスウインドの力を溜めて待ち続けた。

 

コスモスウィンドなら先行するグラスシャープを必ず交わせる。

怖いのは末足で迫ってくるロードグリーンに差されること。

だからここで無駄な足は使えない。

 

直線で他の馬たちも出てきて6番手に落ちるが仕掛けるのはまだ。

先頭が3コーナーにさしかかった時点で6馬身差。ここからだ!

 

「いくよ、コスモスウィンド!」

 

そう言って手綱をしごいた。

 

それに応えるようにコスモスウィンドは首を沈め一気に速度をあげる。

前の空間を生かしてみるみるうちにスピードを上げるコスモスウィンド。

そのまま内ラチ沿いに差を詰め一頭また一頭と抜き去っていき、4コーナでグラスシャープを捉えコーナーを抜けたところでついに先頭に立つ。 

 

『コスモスウィンド先頭に立った~グラスシャープついていけない!ぐんぐん差が開く!

 しかし大外からロードグリーンがものすごい脚で上がってきた!』

 

 あと1ハロン!粘ってくれ!そんな想いと共に手綱をさばくと、コスモスウィンドがさらにスピードを上げる。

 

『外からロードグリーンが迫る!内のコスモスウィンド粘る!

 外ロードグリーン、内コスモスウィンド、外ロードグリーン、内コスモスウィンド!

 ゴールイン!!!コスモスウィンドが若干体勢有利か?!』

 

「・・・勝ったのか?」

 

ゴールの瞬間わずかだがコスモスウィンドの鼻先が、ロードグリーンの前に出ていたような気がした。

呆然としながらコスモスウインドにだく足を踏ませていると、ロードグリーンと柘植さんが寄ってきた。

 

「やられたわ~、あそこまで粘られるとは思わんかった」

 

そういって苦笑いをしながらターフビジョンを指さす。

そこにはロードグリーンを頭一つ押さえてゴールするコスモスウィンドの姿が。

 

「!!!」

 

そう、この瞬間、僕は騎手として初めてのGⅠタイトルを手にしたのであった。

 

嬉しさに腕を振り上げ大歓声に答えるようにガッツポーズを作ると、コスモスウィンドの首を叩く。

 

「やったなコスモスウィンド!!!」

 

それに答えるようにコスモスウィンドも鼻を鳴らす。もう一度、観客席に向かってガッツポーズを作ると、僕はコスモスウィンドを計量所に向かわせた。

 

 

計量所に戻った僕をみんなが出迎えてくれる。

 

「よくやったな、ご苦労様」

 

笑顔で迎えてくれる山根先生。

 

「君にコスモスウィンドを任せてよかったよ」

 

そう言いながら拍手で迎えてくれる田邊オーナー。

 

「ありがとう秋葉、こいつにGⅠ獲らせてくれて。おまえもよく粘ったなあ、お疲れさま。」

 

そう僕とコスモスウィンドに声をかけてくれる厩務員の柳谷さん。

 

「うう、牧場初のGⅠタイトルを獲ってくれてありがとう、本当にありがとう!!」

 

うれし泣きしながら迎えてくれる生産者の三上さん。

 

僕もコスモスウィンドを降りると、4人に向かって深く頭を下げた。

 

「こんな良い馬に乗せてもらって感謝しています。

 僕みたいな若輩者が皐月賞みたいなレースを獲れるなんて思ってもみませんでした。 ダービーに向けて頑張りますので、またよろしくお願いします」

 

そんな僕に送られた拍手が疲れた体に暖かかった。

 

外した馬具をまとめて計量所に向かい、斤量違反がないことを証明してレースが確定。レースで汚れた馬具を取り替えている間に、柳谷さんがコスモスウィンドをブラッシングして口取り式の準備は完了。

 

口取り式でコスモスウィンドの綱を取ったのは、山根先生と田邊オーナー。

そしてその隣に柳家さんと生産者の三上さんが並んでくれた。

 

(この人達に支えられたおかげで皐月賞に勝てたんだ。僕はこの人達の期待に応えられたんだ!)

 

そんなことを思っていると、新聞記者たちがポーズを取ってくれるように注文するので片手でガッツポーズ。これが皐月賞の記念写真になった。

 

 

続いて表彰式を受けた後はインタビュー

 

『スタートはよかったようですが、中盤までにだいぶ先頭から離されましたよね?

 あれは作戦だったんでしょうか?』

「このレースで僕みたいな騎手が勝つには思いっきりやるしかありませんでした。

 だからコスモスウィンドの一番得意な作戦を選んでそれにかけることにしたんです」

 

『ではコスモスウィンドの力を信じていたんですね?』

「はい、コスモスウィンドならどれだけ前と離されても必ず追いつけると思っていました」

 

『ゴールした瞬間に勝ったと思いましたか?』

「いえ、柘植さんが教えてくれるまで全く自信なかったです」

 

『これで晴れて一冠ですね。二冠目を取る自信は?』

「コスモスウィンドなら必ずダービーも獲れると思います。皆さん期待していてください!」

 

僕がそう言うとスタンドが大きく歓声でわき上がった。

 

「ありがとございました。秋葉翔騎手のインタビューでした」

 

わき上がる拍手の中、僕は客席に手を振りながらウィナーズサークルを後にした。

 

ーーーーーーーーーー 

 

「コスモスウィンドの皐月賞優勝を祝って、乾杯!!!」

 

田邊オーナの音頭で祝勝会が始まる。

 

「いや~、おめでとうございます」

「コスモスウィンドは強いですね~、これなら三冠いけるんじゃないですか?」

「もちろん狙いますよ。見ててください」

「今日の秋葉君の騎乗も見事だったねえ。」

「山根先生がコスモスウィンドの新馬戦に乗せたいって言ったときには、かなりしぶりましたがね」

「いやあ、その節はご迷惑をおかけしました」

「まあまあ、こうして無敗で皐月賞を獲ったんですから、先生の選択は正しかったんですよ」

「そういっていただけると助かります」

 

田邊オーナーを囲んで盛り上がりを見せる会場の中、端の方でオードブルをつまんでいると突然肩を叩かれた。 

 

「よっ、秋葉君! 今日の主役がなにをしてるのよ?」

 

驚いた僕が振り返ると同じ厩舎の先輩騎手、牧瀬薫(まきせかおる)さんが立っていた。

6年先輩の騎手として数々のレースで活躍。人気の高いアイドル騎手でもある。

 

「びっくりさせないでくださいよ。まだ注目を浴びるのはどうも苦手で・・・」

 

「な~に言ってるのよ。私がまだ獲れてないGⅠタイトルを獲るなんて派手な真似をやらかしといて」

 

そういうと僕の腕を掴んでみんなのところに引きずっていく。

 

「おう、薫ちゃん。弟子のお祝いに来たのかい」

「ええ、そうなんですよ。弟子の出来がよすぎるのが癪にさわりますけどね」

 

ドッっと笑い声が上がりみんなに囲まれる。

 

「今日は本当によく乗ってくれた。 感謝している」

「この調子でダービーも期待しているから、頑張ってね」

「ダービーに向けて完璧に調整するから、またやってくれよ」

「皐月賞勝利おめでとう!!」

「牧場を始めて15年間でこんなに嬉しい勝利はないよ!本当にありがとう・・・」

「秋葉、お前さんに任せて本当によかったよ。おめでとう。そしてありがとう」

 

囲まれた人達からの祝福の言葉が何となくこそばゆい。

照れをごまかすために牧瀬さんから渡されたジュースに口を付け、むせかえる。

 

「こ、これ、お酒です!」

 

「ありゃ?間違ってカクテル渡しちゃったか。大丈夫?」

 

「うわ、なんかふわふわしてきました」

 

「ちょっと!お水飲んで、お水!」

 

牧瀬さんが渡してくれた水に口を付け飲み始めたがなんだか目も回り始めて立ってられない。前にワインゼリー食べて酔っ払ったことがあるぐらいだしなぁ

結局、祝勝会が終わるまで椅子に座っている羽目になってしまった。

 

 

「これから2次会にいくが秋葉はどうする?」

 

山根先生が聞いてくるが、すっかり酔っぱらった僕はもうろうとした頭で答えた。

 

「すみませ~ん、きょうはこれでかえらせてもらいます~・・・」

 

「ジュースとカクテル間違えるとは迂闊だぞ、牧瀬」

 

「1口でつぶれるとは弱すぎるわねえ・・・」

 

「うう、もうさけはのみません・・・」

 

「ほら、タクシーが来たわよ。乗って乗って!すみません、美浦の山根厩舎まで送ってください」

 

「ああ、帰るならついでにこれも持っていってくれ」

 

そう言って優勝杯を山根先生が預けてくる

 

「はい、おあずかりします~」

 

「しっかりしろよ。すみませんよろしくお願いします」

 

「はい。わかりました」

 

こうしてタクシーに乗せられて一足先に厩舎に帰ることになった僕は、酔いが醒めてくると真っ先にコスモスウィンドの馬房に向かった。

 

正直言って、勝利の瞬間から祝勝会の間まで皐月賞に勝ったのが信じられず、夢を見ているようにふわふわした気分だった。

だが今、厩舎に戻ってきてコスモスウィンドを前にしていると、ふつふつと勝利を手にした実感がわいてきた。

 

「ありがとうコスモスウィンド、僕みたいな騎手にGⅠを取らせてくれて」

 

ボリボリと夜飼いを食べていたコスモスウィンドが顔を上げてこっちを見た。

 

「これがお前と僕が取った勲章だぞ」

 

そういいながらカップとメダルを見せると興味深げに瞬きをする。

 

「君みたいな良い馬を任せてくれた田邊オーナーや山根先生、それに厩舎のみんなにも感謝しないとね。また明日から頑張って、今度はダービーを取ろうな!」

 

コスモスウィンドは瞬きすると軽く鼻を鳴らし、飼い葉桶に顔を戻した。

それを見た僕はあくびをすると宿舎へ戻り、優勝カップを枕元に置いて床についた。

 

 

そう、これが人間としての最期の日となるとは知らずに・・・

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

『・・・もしもし、もしもし、もしもし聞こえてますか~?♪』

 

なんだか誰かが呼びかけている声が聞こえた。

 

(・・・う~ん、なんだよ~。 疲れているんだから寝かせておいてくれよ~)

 

『私と魂の波動を同じくする人間よ♪私はあなた方が住む世界とは異なる世界より呼びかけています♪』

 

(・・・ZZZZZZ)

 

『寝ないでください!!!』

 

(ふわああ、うるさいなあ。要件があるなら手短にね・・・)

 

『それでは失礼しまして、今、私たちの世界は侵略を受けています♪

 そしてその矛先は王国だけではなく、我々自由なる草原の民にも向けられました♪

 私たちも最初は何者の侵略を受けているのか分かりませんでした♪

 その侵略者に近づこうとすると、私たt・・・』

 

(ストップ、君は初対面の相手に話す時に名乗らないのかい?)

 

『あ、これは失礼しました♪私の名は草原の民 ラ・ティース♪あなた方が妖精と呼ぶ者です♪』

 

(うん、どうも初めまして、僕は競馬騎手の秋葉翔です)

 

『ありがとうございます♪秋葉翔さま♪』

 

(・・・え???)

 

『我、妖精族のラ・ティースおよび人間族の秋葉翔は、その互いの肉体を交換し、心を移し替えることに同意せり♪

 この同意のもと我は召喚術を行うものなり♪

 異世界の壁を越え、生きとし生けるすべての存在の親であると同時に子である創造者よ♪

 我に力を♪ 秋葉 翔に祝福を♪

 いざ来たれ♪いざ行け♪命の入れ物、魂が纏いし衣服たる肉体よ♪

 新しい命、新しい魂に仕えよ♪』

 

(はあ? なんだってえ?なんだか目が回ってきたぞ?

 祝勝会で間違って酒飲んじゃったせいか?・・・いかん、意識が遠のく・・・)

 

『相互換身用召喚魔法陣展開♪ 次元通路確保♪ 召~喚~♪』

 

 

 

「・・・!!!」

 

目覚めた時、僕はとてつもなく大きな布に包まれていた。

 

「なんだこれ!?」

 

だが振り払おうとしてとてつもなく大きくて手に負えない。

僕は必死になって出口を求めて覆い被さる布をかいくぐっていった。

 

「プハッ!!! ゼイゼイゼイゼイ・・・ し、死ぬかと思った・・・」

 

ようやく布の中を抜け出して息を整える。

 

「誰だよこんな悪戯をしたのは!」

 

そういいながら顔を上げると、目の前に巨大なカップがあった。

 

「・・・へ?」

 

どこかで見たことがあるような身長ほどもある金属製のカップ。

よく磨かれた表面に歪みながら写る自分の姿。

何かがおかしい。

 

周りを見回すと、目に止まったのは壁にかかった巨大でカラフルなタペストリー。

・・・って、これ勝負服???

それも昨日僕が着ていたのにそっくりな・・・

 

もう一度回りを見ると、それぞれ巨大化してはいるけれど自分が使ってきた物が所狭しと並んでいる。

 

「・・・違う巨大化したんじゃなくって、僕が小さくなったんだ」

 

呆然とつぶやくと、唐突によみがえる昨晩の記憶。

 

『私の名は草原の民 ラ・ティース♪ あなた方が妖精と呼ぶ者です♪』

(うん、どうも初めまして、僕は競馬騎手の秋葉 翔です)

 

「・・・つまり僕は妖精に召喚されたのか?」

 

呆然とつぶやきながら自分の体を見下ろす。

そこには見慣れない二つのふくらみが・・・

 

「!!!???」

 

慌ててさらに下をみる。

見慣れた物が・・・無い。

 

クラッ!

 

めまいと共に意識が遠のくのを感じた僕は、抵抗することをあっさりと放棄した。

 

 

 

まだ未成年だというのに間違って酒を飲んで酔っていた事は認めよう。

ついでに疲れて寝ぼけてもいた。

だが、そもそも妖精の召喚交渉を受けていることに気がつかなかった、自分のどじさ加減にあきれかえるしかない。

はあ、GⅠタイトルをせっかく取ったのになあ・・・

 

その後、起きてこない僕を心配した山根先生が見つけるまで、僕は気絶していた。

 

 

 

「・・・ば、・・・きば、・・・秋葉!!! しっかりしろ!!!」

 

頭上から呼び声が聞こえてくる。

だがその声に気がついて目を開けたときに、自分の前に自分の身長程はありそうな人の顔があったとき、どう反応すべきであろう?

 

「・・・昨日飲んじゃった酒が悪いのかな? 幻覚が見える・・・」

 

ボソッとつぶやいた僕に目の前の顔が引きつった。 ずいぶんリアルな幻覚だね。

 

「その口調、やっぱり秋葉だな?」

 

「はあ、たしかに秋葉ですが・・・」

 

「・・・間違いないようだ」

 

大きな顔が遠ざかる。あ、なんだ、山根先生だ。

ん?なにか忘れているような???

 

「ずいぶん可愛くなっちゃたわねえ・・・」

 

別の方向から聞こえた声の方を見ると、これも大きくなった牧瀬さんがこめかみに手を当てていた。

 

「あ、おはようございます。・・・ってなんでそんなに大きいんですか?」

 

僕の挨拶にさらに頭痛でもするのかこめかみを手で揉むと話し始めた。

 

「秋葉君、落ち着いて聞いてちょうだい。

 私たちが大きくなったんじゃなくて、君が小さくなったの。

 妖精になってるわよ、君」

 

「!!!」

 

そのとたん、気絶する前の出来事を思い出して体を見る。

そこには、どちらかといえば色白な僕の肌とは全く違う褐色の肌。

さらにハンカチを巻かれていてもはっきり分かる、ふたつのふくらみ。

 

「・・・夢じゃなかったんだ」

 

呆然とつぶやく僕。

 

「詳しく聞かせてもらえる?」

 

そう言ってくる牧瀬さんに召喚を受けたときの経緯を話して聞かせると、二人して頭を抱える。

 

「・・・よりにもよって酔っ払っている時に召喚を受けるなんて」

「秋葉、礼儀正しすぎるのも時には問題だぞ・・・」

 

呆然としながらそんな二人を見ているうちに、重大な問題に気がついた。

 

「・・・妖精になっても騎手は続けられるんだろうか?」

 

案内所などのマスコットとして勤めている妖精はいる。

だが妖精で騎手になった前例はない。

そもそもこの体で手綱や鞭が持ち上げられるのか?

気がつくと僕はベットの上から飛び降り、外に向かって走り出していた。

 

「秋葉!?どこへ行く!?」

 

先生の呼び止める声も気にならない。裸足のまま外に飛び出すと馬房目指して走る。

馬房に入るところで放牧のために出てきた馬に危うく踏まれそうになるが、なんとか横っ飛びして避ける。

 

「ん?いま何かいたような?」

 

見上げると馬を引いているのは柳谷さんだ。

 

「柳谷さん!」

 

「? 誰か呼んだか?」

 

「ここ!ここです!!!」

 

「!? 妖精?!どこから入ってきたんだい?それに俺の名前を何で知っているんだ?」

 

「僕ですよ、秋葉です!!!」

 

「なんだってえぇぇぇ!!!」

 

柳谷さんの声に他の厩務員も、なんだどうしたと集まってくる。

僕はといえば、柳谷さんの手の上に乗せられていた。

 

「今から質問することに答えてくれよ」

 

「はい」

 

「1999年のクラシックレースに勝った馬はテイエムオペラオー・アドマイヤベガ・ナリタトップロード。 では2着にきたのは?」

 

「皐月賞・オースミブライト、日本ダービー・ナリタトップロード、菊花賞・テイエムオペラオー」

 

「現在日本の馬で、世界レコードのタイトルホルダーなのは?」

 

「3200mのアイネスフウジン、3000mのナリタトップロード、ダート2100mのクロフネ」

 

「ダービー馬はダービー馬から、日本馬でこれを実現したのは?」

 

「シンボリルドルフがトウカイテイオー、カブトヤマがマツミドリ、ミナミホマレはダイゴホマレとゴールデンウェーブの2頭を出した」

 

「・・・間違いない、この子は秋葉だよ」

 

「「「「「うおおおおお???」」」」」

 

厩務員達がどよめく。しかし今の質問で僕だと確認出来るってどういう事?

 

「妖精に召喚されたのか?」

 

「どうやらそうみたいです」

 

一斉に頭を抱えるみんな。

 

「それで、妖精になっても馬に乗れるのか?」

 

「それを確かめたくってきたんですけど」

 

ため息をつきつつ牽き綱を渡してくれる柳谷さんだが、端を持った途端に僕はよろけた。

軽いはずの引き綱が、まるで綱引き用の綱に感じられる。

 

「くっ!このお!」

 

「・・・まだ馬を牽いていないんだけどな」

 

柳谷さんのつぶやきに顔を上げると渡してくれたのはロープだけ。馬の無口は柳谷さんが掴んでいる。そもそもこの軽い引き綱を持ち上げられないで、レース用の手綱が持ち上がるわけがない。

 

「・・・手綱が持ち上げられない」

 

呆然とつぶやいた僕は同時に気がついた。

 

「騎手も続けられない・・・」

 

つぶやいたことで、ずっと追いかけてきた夢を諦めなければいけないことが実感として迫ってくる。

頬を一筋、また一筋と涙が伝い出すと堰を切ったようにあふれした。

 

「うわあああああん!!!」

 

僕は柳谷さんの手の上で、厩舎のみんなに見られているのにも構わず泣きじゃくった。

 

 

「軽い手綱や妖精用の鞍を作る方法もあるし、騎手が駄目だと決まった訳じゃないよ。もし駄目でも厩舎で働いてもらうことも出来るから、競馬に全く関われなくなるわけじゃない」

 

そんな励ましの言葉を受けてグシグシと涙を拭きながら、僕は迎えに来た牧瀬さんの手に乗って馬房を後にした。

 

「・・・ごめんね、秋葉君。私が間違ってお酒を渡さなければよかった・・・」

 

「ぐすっ、先輩のせいじゃないですよ。僕がドジすぎただけですから」

 

僕ってこんなに涙もろかったっけ?そう思いながらぐずり続ける。

 

「とりあえずハンカチだけじゃかわいそうだから、服を何とかしましょうか」

 

そう牧瀬さんが言ったのに頷き涙を拭いた。

 

 

 

「え~と、ここら辺に確か・・・あった! これどう?」

「ちょっと小さいんじゃない?」

「それじゃこっちは?」

「あ、良さそうね」

 

「・・・また着替えるんですか?」

 

今、僕が何をしているかといえば、とりあえず着る物を調達するために、先生のお子さんが使っていた人形の服を選んでいるところだ。

だが、とっかえひっかえ着せ替えられるのに、いい加減じれてきた。

しかもお世辞にも着心地はいいとは言えない。

肌着がないから気分的には柔軟剤を入れず皺も伸ばさないで干した服を着ているみたいだ。

それでもハンカチをまとっているよりはましなので、我慢してきたけどいい加減我慢も限界。

 

「もうこれでいいです!」

 

人形からはぎ取ったズボンとワイシャツを着た僕は宣言する。

 

「え~、せっかく似合いそうな服を選んであげてるのに~」

 

そう言ってふくれたのは山根先生の娘さんの万葉(かずは)ちゃん、中学2年生。

 

「動きやすそうだけど、もうちょっと可愛い服を着てもいいんじゃない?」

 

牧瀬さんも言う。

 

「間に合わせの服にこんなに時間かけてどうするんですか!」

 

そう抗議したら「それもそうね」と引き下がってくれたけど。

 

 

鏡を見ると、褐色に日焼けした肌とショートカットの髪、さらに大きな黒い瞳が印象的な女の子が映る。

可愛いと言うよりもボーイッシュで活発な感じだ。

 

「はあ~、これが今の僕の姿か・・・」

 

確認するとますます落ち込んでしまいそうだ。

 

 

「おや、終わったのかい?」

 

2階から下りてきた僕たちをいい匂いと共に山根先生が迎えてくれた。

テーブルを見ると朝食のおかずが並んでいる。

そういえば朝ご飯まだ食べていなかったっけ。そう思うと急にお腹が減ってきた。

宿舎のご飯、まだ残ってるかな?

 

「秋葉君も牧瀬さんも食べて行きなさいな」

 

そう先生の奥さんが言ってくれる。

 

「え、いいんですか?」

 

「やったあ!遠慮無くご馳走になります!妙子さんの料理美味しいですもんね♪」

 

今朝の食事はご飯・葱のみそ汁・焼き鱈に大根おろし・ホウレン草のごま和え・キュウリの浅漬け。

僕の分は小皿やお弁当用の小分けホイルなんかを使って、上手く取り分けてくれていた。

箸はつまようじで代用。妙子さんの機転には感心させられるなあ。

 

「いただきます」

 

そう言ってまず最初に食べたのはご飯。米一粒でも今の僕には結構な大きさ。

まずは一粒ほおばってみる。

 

「・・・?!」

 

口の中に広がる味に思わず衝撃を覚える。いままでこんなに美味しい米を食べたことはない。

 

「おいしい!これいつものお米じゃないんですか?!」

「え?いつもと同じお米よ?」

「ええ?本当ですか?こんなに美味しいのに!!!」

 

他の物も食べてみると、やっぱりとても美味しい。

いつも食べてるはずの物が、こんなに複雑な味がするとは思わなかった。

 

米の甘みともっちりした歯応え。

みそ汁の出汁や味噌の複雑な旨味。

鱈の脂の乗った芳醇な旨味。

そして口に残るしつこさを洗い流してくれる大根おろしの清涼感。

ホウレン草のアクの強さをごまの香りが包みこんで、野菜本来の甘みが味わえる。

さらに合間に食べる浅漬けにしたキュウリのシャキシャキ感と絶妙な塩気と酸味がたまらない。

 

 

「・・・そういえば、妖精って貧乏舌だって聞いたことがありますね」

「そういえばそんな噂を聞いたような気もするが」

 

牧瀬さんと先生がなにやら話しているが僕は夢中で食べ続け、アッという間に自分の分を平らげてしまった。

 

「まあまあ、そんなに美味しそうに食べてもらえるなんて」

 

妙子さんが嬉しそうに言い、お代わりをついでくれる。

結局2回もお代わりしてしまった。

だが食後にもらったミルクだけは何故か水っぽく感じられ、美味しくなかったのでコーヒーをもらう。

どういう舌の基準なんだろ?

そう思いながら僕はコーヒーの複雑な苦みの奥にある豆の甘みに酔いしれていた。

 

そして・・・30分後、お腹を痛くして牧瀬さんのお世話になる羽目になった(泣)

ううっ・・・

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

食事が終わって僕の騒ぎも一段落した頃、コスモスウィンドの田邊オーナーとJRAの役員さん達がやってきた。

 

「相談したいことがあるとはなんです?

 まさか昨日のレースでコスモスウィンドに何か異常でも?」

 

「もしそうならダービーにも影響しますから、早めに対処を考えますが」

 

「いえ、コスモスウィンドは至って元気です。昨日あれだけの競馬をした馬とは思えないぐらい、バリバリ飼い葉を食っていますよ。相談というのは秋葉君のことでして・・・」

 

山根先生が切り出した。

 

「秋葉君が何か?

 私は彼に乗り続けてもらうことに反対する気はないのですが?」

 

「昨日の騎乗でも、別に怪我などはしていなかったのでは?」

 

「それが、ちょっと困ったことになりまして・・・牧瀬君、秋葉君入ってきなさい」

 

先生に呼ばれて牧瀬さんと肩に腰掛けた僕は部屋に入った。

 

「? 秋葉君は後から来るのかい?」

 

「いえ、それが、牧瀬君の肩に乗った妖精が、秋葉君でして・・・」

 

「「「「はっ???」」」」

 

「昨夜、妖精に召喚されてしまったようなんですよ」

 

ピシッと音がしそうな程に固まったオーナーと役員さん達に、山根先生は事の経緯を説明しだした。

 

 

「・・・とまあ、こういう訳で、コスモスウィンドの次走は牧瀬君にでも頼むしかない次第でして」

 

山根先生が汗を拭きながら説明を終える。

 

「・・・秋葉君、君はこれからどうするつもりだね?」

 

茫然自失といった感じで僕を見つめていたオーナーが口を開いた。

 

「・・・もしできれば妖精のまま騎手を続けられればいいんですけど」

 

僕は希望を言ってみる。

 

「・・・妖精の騎手か。話題づくりにはいいでしょうが、現実として乗れるかどうかですね」

 

頭を抱えながら考え込む役員の皆さん。

 

「いずれにせよ君はまだ飛べないんだろう?【妖精郷の雑貨屋さん】とやらに行って飛び方を習ってこないと馬に乗ることも出来ない。今後のことは我々で話し合ってみるから、まずは自分のことを優先させなさい」

 

そう優しく言ってくれる田邊オーナーに思わず感謝したくなって、スリスリしてしまった。

なんか妖精になってから、行動パターンが衝動的になってる気がするなあ?

オーナーもまんざらではなさそうだったけど。

 

とりあえず今後のことは2~3日中には方針を決めるとして、今は身の回りのことを優先させることになった。

 

 

 

さてお昼を食べてから、今のところ羽根が出せない僕は、牧瀬さんの肩に乗って買い物にお出かけ。

気分はほとんどジャ○アン○ロボ?(古!)

目的地は【妖精郷の雑貨屋さん】が入っているN百貨店だ。

 

タクシーに乗ってでかけたので、道中のトラブルは無し。

いままで知らなかったけど、妖精を乗せるときには無線を切ってくれるんだね。

なんでもパソコンや携帯電話やスマホといった電子機器は妖精にとって危険なものらしい。

タクシーの無線はそれほど影響無いけど、気分が悪くなる妖精がいるので切るようにしているとのこと。

 

「でもタクシーを使う妖精ってそんなにいるんですか?」

 

そう質問する僕に運転手さんが答えてくれた。

 

「妖精って空は飛べるけど、それほど早く飛べる訳じゃないんですよ。

 だから、近くならともかく遠くに出かけるときは結構利用されますよ。

 電車を利用する方も多いですけど、携帯電話の電源を切らないマナーの悪い人もいますしね」

 

「そうなんですか」

 

「さあ、もう着きますよ」

 

話しているうちに目的のN百貨店に到着する。

 

 

「1万5000円!?」

 

【妖精郷の雑貨屋さん】にやってきた僕が服に付いた値札を見て上げた第一声がこれであった。

 

ごくありふれたデザインのワイシャツを見つけて手に取ると付いていた値札は1万5000円。

量販店で買ったら3000円するかどうかというカラーワイシャツだ。

ゼロの数え間違いかと思って何度見ても変わらない。

 

「なんでこんなに高いんだ?」

 

唖然としてつぶやくと店員の根津さんが教えてくれた。

 

「日本は世界で一番召喚された妖精の多い国です。

 しかしながら人口比で見ると量販ベースに乗せて採算が取れる程の人数がいるわけではありません。

 さらに繊維の質も人間用よりもよくしないといけませんので、どうしても原価が跳ね上がってしまうんですよね」

 

・・・今着ている服のゴワゴワ感は、人間用の布を使って作っているからと思えば納得出来る。

確かに納得は出来るが納得したくなかった。

 

「妖精用の服が高いっていうのは聞いていたけど、ここまでとはねえ」

 

連れてきてくれた牧瀬さんも呆れていた。

 

「・・・とりあえず動きやすい服装を優先させよう」

 

そう決めた僕はズボンやポロシャツ・ワイシャツ等を見て下着や靴も購入。

馬に乗ることを考えて、乗馬服がないのでスウェットも買っておいた。

皐月賞の賞金のおかげで支払いには困らないけど、できるだけシンプルな物を選ぶ。

 

ちなみに店員さんがやたらと勧めてきたエプロンドレスは、必要になったら買いに来るって事で丁重に辞退させてもらった。さらにお部屋セットなる物を買って、とりあえず買い物は終了。

 

そして肝心の本題。

 

「すみません、羽根ってどうやって出せば良いんですか?」

 

「そうですねえ。基本的にはイメージの問題なんですが、私の場合ですと蛍が草木の葉の間をふわふわと飛ぶ中を自分が一緒に飛ぶところを想像しますね」

 

根津さんが教えてくれたイメージ方法を試してみる。

・・・だがいっこうに羽根が出る気配はない。

 

「すみません、出せないんですけど・・・」

 

困り顔で言う僕に根津さんが答える。

 

「ふつうは早い方でも1~2時間は羽根を出せるようになるまでかかります。

 私のイメージと全く同じという方はそういませんので自分なりのイメージが必要ですよ」

 

さらに根津さんは、羽根が出せるようになった場合に備えて、羽のしまい方のイメージも教えてくれた。

その後いろんなイメージを試してみるがどうも上手くいかない。

3時間程粘ったけどその場で羽根を出すのは諦めて、お部屋セットの配送を頼んで帰ることになった。

 

 

「ま、とりあえず訓練あるのみ!ガンバ!」

 

そう牧瀬さんは励ましてくれるけど、店員さんの話が気にかかっていた。

 

「あんまり羽根が出せないようだと、魔力の低い妖精だったのかもしれません・・・」

 

もし羽根が出せないとなれば・・・僕は妖精というよりただの小人でしかない。

そうなれば騎手を続けられない場合、どうやって働いたら良いんだろう?

 

 

厩舎に戻った僕を待ちかまえていたのは、取材攻勢であった。

 

「秋葉さん、今後どうするつもりですか?」

「今の気分は?」

「騎手を続けられるんですか?」

「召喚を受けてしまった経緯は?」

「こっちを向いて笑ってください!」

・・・etc、etc

 

妖精になってしまった僕の気持ちも考えない無遠慮な取材に、どこかでプツッと切れる音が聞こえた。

 

「うるさい!好きで召喚された訳じゃない!これからの事なんて分かるもんか!」

 

そう叫ぶと僕は事務所に駆け込んだ。

 

「彼も召喚を受けたばかりで混乱しているんです。今はそっとしておいてくれませんか・・・」

 

なおも取材を迫ってくる記者達に理解を求める山根先生の声が聞こえてくる。

諦めずに迫ってくる質の悪い雑誌記者を山根先生が追い返してくれるまで、僕は事務所のソファーの影に隠れていた。

 

「すまんな秋葉。嫌な思いをさせてしまって」

 

山根先生の気遣いが嬉しいのと同時に悲しい。

もとはといえば、僕が妖精の召喚にあってしまったせいなのに。

迷惑をかけ続けていることが情けなくって涙がこぼれた。

 

その後、泣き疲れて眠ってしまった僕は、いつのまにか届けられたお部屋セットに寝かせてもらっていた。

 

 

翌日、早起きした僕はしばし羽根を出そうと努力を続けた。

だがどうしても羽根は出ない。本当に出せるようになるのかな?

このままじゃ移動にも支障があるし・・・あれ?

 

僕は昨日の行動を思い出してみる。

 

朝起きて気絶して、起きて先生と牧瀬さんに事情説明して、その後不安になってベッドから飛び降りて馬房に・・・ベッドから飛び降りて?

お部屋セットの置かれたベッドから下を見下ろす。自分の身長よりちょっと高い。だがこれくらいは人間だったときでも出来なくはないだろう。

 

さらに馬房に行ってみんなの質問を受けて、非力になった自分を確認して、とりあえず間に合わせの服を着て、朝ご飯をご馳走になって、田邊オーナーに 事情説明して、デパートに出かけて買い物をして、帰ってきた途端に取材責めにあって、プッツン切れて事務所に駆け込んで・・・

 

事務所に駆け込んで???

取材責めにあったとき、僕は牧瀬さんの肩に乗っていたはず。

 

ど~やって降りたんだ???

 

牧瀬さんがおろしてくれた記憶はない、ということは飛び降りたのか?

 

とりあえずまずはベッドから飛び降りてみるが、ぜんぜん問題なく飛び降りれる。

なんだかベッドもそれほど高く感じられないので試しに飛び上がってみると楽々飛び乗れた。

 

「ジャンプ力があるんだ、この体」

 

試しにどれぐらいジャンプ出来るのか試してみると机ぐらいは楽勝で乗れる。

本棚の4段目が気合いが必要で、タンスの上までだとちょっと無理。

1mぐらいは跳び上がれそうだ。

 

「目標ドアノブ、秋葉行きます!」

 

ドアノブめがけて跳び上がり、ガシッとレバー式のドアノブにぶら下がった。

誤算は自分の体重の軽さを忘れていたこと。途中で引っかかって下りてくれない(泣)

 

しばし頑張っていると突然レバーが傾きドアが開いた。

慌てて振り落とされないようにレバーにしがみつく。

 

「お~い秋葉君、起きてる?」

「起きてますからドアノブを戻してください!!!」

 

「? なにやってるの?」

 

僕を助けながら牧瀬さんが言う。

 

「ドアを開けようと思って。体重軽すぎて無理でしたけど」

「どうやってぶら下がったの?」

「跳び上がったんです」

「え?空飛べるようになったの?」

「いえ、飛んだんじゃなくって跳ねたんです」

「羽根がどうしたって?」

 

どうも会話がかみ合わないので、実際に跳び上がって見せると納得してくれた。

 

「へえ、これで少しは困らなくなるわね」

 

「そうですね。ところで牧瀬さん、なんの用でしょう?」

 

「ああ、昨日秋葉君が寝ちゃってから先生と話していたんだけど、今のままじゃ日常生活にも困るじゃない?だからとりあえず私の部屋に来ない?」

 

「ええ!でも僕は男ですよ?!」

 

「でも今は女の子。ノープロブレムよ♪」

 

しばらく渋ったが、結局牧瀬さんに押し切られてお世話になる事になった。

 

 

朝のドタバタの後、食堂で朝ご飯を食べていると食堂の扉が開いてドタバタと人が入ってきた。

なんだろう?っと思ってそっちを見ると、僕の両親がこっちを見て固まっていた。

 

「父さん、母さん?」

「・・・翔なのか?」

 

それからが大変だった。

泣いて取り乱す母さんを必死に慰めて事情説明するのに小一時間。

さらに事情を聞いた父さんが、間違ってお酒を渡した牧瀬さんに怒り出したのを取りなすのにまた小一時間。

結局2時間近くかかってしまった。

 

「・・・で、どうする気なんだ」

 

少し落ち着いた父さんが聞いてくる。

 

「いま田邊オーナーや山根先生が、妖精のまま騎手を続けられるか聞いてくれているから、その結果待ちだよ。それに騎手を辞めないといけなくなっても、競馬場での妖精の働き口もあるから、何らかの形で競馬に関わりたいんだ」

 

「そうか。お前がそういうつもりでいるなら構わない。だがお前が妖精になってしまった責任は取ってもらうからな!」

 

そう言って牧瀬さんをにらむ。

 

「牧瀬さんには関係ない!」

 

「関係ないって事はないでしょ?!」

 

「酒はわざと渡されたわけじゃない!召喚を受けてしまったのも僕のミスだ!これ以上牧瀬さんを責めるなら帰ってよ!!!」

 

「だめよ!秋葉君!!!」

 

両親と口論になった僕を牧瀬さんが止める。

 

「今回の件の原因は私にもあります。ご両親には謝罪のしようもありません。

 納得してもらえるかわかりませんが、もし秋葉君が騎手を続けられないときは、私も騎手を辞めようと思います」

 

「・・・そんな!駄目だよ!先輩が騎手を辞めるなんて!」

 

「いいのよ。一晩考えて出した結論だから。

 それに騎手を辞めれば、君に付き合ってあげる時間も増やせるしね」

 

「でも!」

 

それを聞いた両親も黙り込んだ。

 

「とりあえず結論は後にしよう」

 

難しい顔して会話をうち切った父さん。

そして僕は両親と一緒に戸籍変更に出かけることになった。

 

 

「なあ、翔」

 

ムスッとした顔で母さんの膝の上に座っている僕に父さんが呼びかける。

 

「・・・なんだよ」

 

そっぽを向いたまま応える。

 

「妖精になってしまったことは後悔しているか?」

 

「・・・そりゃあね。でもなってしまった以上、少しでもポジティブに捉えるしかないよ。ネガティブな事ばかり見ててもしかたがないし」

 

「そうか・・・」

 

それっきり会話の途切れた車内の沈黙が痛い。

 

そうこうしている間に市役所に着くが、建物に近づこうとすると気分が悪くなる。仕事に使われているパソコンのせいみたいだ。

 

父さんが中で聞いてみると妖精用の分室があるそうで、そちらに向かってみると木造の古めかしい建物が見えてきた。先ほどと違って近寄っても嫌な気分にはならない。

早速中に入って戸籍の変更手続きが始まった。

 

だがここで問題があった。そう名前の変更だ。

今の翔って名前じゃ女になってしまった僕には似合わない。かといって別な名前も考えていなかった。

ややしばらく悩んだ僕はこう提案した。

 

「皐月じゃだめかな?」

 

「お前が勝ったレースの名前か」

 

「いいわね」

 

両親の賛成も得て名前も決定。

 

『秋葉皐月(あきばさつき)』

 

これが僕の新しい名前。

人間の騎手として最初で最後のGⅠ勝利を上げたレース、皐月賞の思い出を忘れないために。

 

 

厩舎に戻った僕を門の外で待ちかまえていた取材陣が取り囲もうとするが、無視して厩舎の中に入ってシャットアウト。

中にはいると山根先生がやってきた。

 

「このたびはとんでもないことになってしまって申し訳ありません。この責任は必ずとらせていただきます」

 

両親に向かって誤る山根先生。

 

「今はこの子の希望を繋ぐことに全力を挙げていただけますか?

 ダービーにでれるかどうか。それを見て考えたいと思います」

 

「分かりました。全力を尽くさせていただきます」

 

そう言った山根先生は再び深々と頭を下げた。

 

午後から僕は牧瀬さんの鞍の前に乗せてもらって、コスモスウィンドに調教馬場を駆けさせていた。

 

「どう?乗り心地は?」

「うう、き、ぶんはしん、どななっ(ガツッ!) ・・・ひたかんら(涙)」

 

「・・・小さくなっちゃったから、振動が大きく感じられるのねえ」

 

コスモスウィンドを停めた牧瀬さんが心配そうにのぞき込む。

 

「そんな様子で馬に乗れるのか?皐月ちゃん」

 

思いっきり舌を噛んで涙目になっている僕に、そんな声がかかった。

声の方を見ると大ベテランの海老塚騎手が馬にまたがっている。

 

「何とかして見せますよ、海老塚さん」

 

「お、言ってくれるね。

 しっかし可愛くなっちゃったなあ。

 女の子というより、可愛い男の子みたいだって評判だけどな」

 

「・・・放って置いてください。」

 

どうやら、僕のことはすでに美浦中に知れ渡っているらしい。

 

「ま、これで騎手が続けられれば妖精初の騎手だ。せいぜいがんばれよ!」

 

そう言い残して海老塚さんは馬を走らせた。

 

「海老塚さんらしいわね」

「本当ですね」

 

口は悪いが励ましてくれているのが分かる。

 

「んじゃ続けていきますか」

「お願いします!」

 

その後、暗くなるまで練習は続き、僕の両親はずっとその様子を見続けていた。

 

 

その夜、厩舎に泊まることになった両親と一緒に僕も寝ることになって、お部屋セットはそっちに運んでもらった。昼間の喧嘩もあって明後日の方を向きっぱなしだったけどね。

 

「なあ、翔・・・いや皐月になったんだったな」

 

「なんだよ」

 

そっぽを向いたまま応える。

 

「やっぱり、厩舎のみんなの責任を問うのは辞めようと思う」

 

「え?!」

 

驚いて父さんの方を向く。

 

「あなた、何を言うの?」

 

「まあ聞けよ」

 

そう言った父さんは話を続けた。

 

「お前が小さい頃から追いかけていた夢を諦めなければいけなくなるかもしれない。

 それが悔しくってつい感情的になってしまった。

 だけど回りの人達は揃ってお前の夢を続けられるよう努力してくれている。

 だけど俺はこの一日、ただ回りに当たり散らしているだけだった。

 それに気がついたら恥ずかしくなってな」

 

「・・・父さん」

 

あれだけ牧瀬さんに食ってかかった父さんの本心に驚かされる。

 

「まあ、割り切れはしないがお前が納得しているならしかたがない。

 彼女や山根厩舎の責任を問うのは止めようと思う」

 

「・・・そうね。それにどんな姿になっても、貴方が私たちの子供なのは変わらないし」

 

母さんも言う。

 

「父さん、母さん・・・ありがとう」

 

二人の気持ちが嬉しくって涙がこぼれた。

 

 

翌日から羽根を出す特訓と、妖精のまま騎手になれるかどうかの訓練が始まった。

 

まず羽根を出す方は、牧瀬さんが本やネットでいろんなイメージ方法を調べていてくれたのでそれを順に試していく事にした。

今のところ当たりは出ていないけど。

 

そして肝心の騎乗はとりあえず牧瀬さんに手伝ってもらって、揺れになれるところから始める。

人間だったときには考えられない程の上下動にも3日程で馴れ、手綱を握るところまで来た。

 

だが、ここで問題が出てしまった。

ナイロン製の軽い手綱を使ってみたのだが、伸縮性が強すぎて妖精の腕力じゃハミに合図を送ることが出来なかったのだ。

他の材料も試してみるが、どれも軽くすると伸縮性が強く出てしまい合図が送れない。

コスモスウィンドだけは何故か指示に従ってくれたけど、他の馬はてんで駄目。

しまいには馬が首を振ったのに引っ張られて宙を舞うことになった。

・・・幸い怪我は軽くて済んだけど、これで騎手としてやっていくことは絶望的になってしまった。

 

この一件もあってJRAの役員や田邊オーナーとも話し合って騎手登録を抹消することを決意。

こうして騎手の道は諦めることになった。

 

 

騎手を諦めなければならないことが決定的になった今、僕は厩舎で出来ることを探そうとした。だが、馬の世話はあらゆる事が体力勝負。妖精になってしまった僕では話にならなかった。

 

馬を磨くブラシを持ち上げるのにも一苦労。

ホースを持って水まきをしようとすれば、水の出る勢いに負けてはねとばされる。

飼い葉桶なんか微動だにさせられない。

調教の手伝いっといっても体重が足りないうえ、手綱もさばけない。

馬房の掃除をしようにも、寝わらの交換はおろか、ボロの片づけだって出来なかった。

 

先生は厩舎の受け付けなんかを手伝ってくれないかと言ってくれたが、パソコンなどの機器が扱えないのではほとんど手伝えることがない。

事実上厩舎で出来ることはないに等しかった。

 

 

競馬場で受付のマスコットをやることも考えたがネックがあった。

そう、僕は未だに羽根を出すことが出来ず、飛べなかったのだ。

 

「え~と、水の上を波紋を作りながらスキップしているところを想像する」

「・・・駄目です」

「次は、月夜に舞う雁と一緒に大空をどこまでも飛んでいくところを・・・」

「・・・駄目ですね」

「それじゃ次は・・・」

 

いくつのイメージ方を試しただろう。

だが、どれだけ頑張っても僕には羽根を出すことは出来ず、これ以上厩舎に迷惑をかけるのは心苦しくなって、僕は山根厩舎を出ていくことを決意した。

 

 

・・・そして、いよいよ実家に引き取られる日が来た。

僕は両親が迎えに来るまで、一年ちょっとの思い出の詰まった厩舎の放牧場を眺めていた。

 

あの日から2週間経つけど未だに羽根は出せない。

 

羽根の出せない妖精・・・妖精と言うよりは小人でしかない。

試しに妖精向けのアルバイト雑誌なんかを読んでみたけど、僕みたいな飛べない妖精を相手にしているようなアルバイト先は全然無かった。

これからのことを考えると暗くなるしか無いなあ・・・

足だけは早いうえに跳躍力も結構あるので、移動にはそれほど困っていないけど。

草原の民っていってたもんなあ・・・

 

柵の上に座って馬を眺めていると一頭が近くに寄ってきた。

 

「コスモスウィンド・・・」

 

そう呼びかけると、顔を近くづけてくる。

その大きな瞳の中に、僕の姿が映っていた。

 

「ごめんね、僕はダービーに乗れなくなっちゃった・・・」

 

そういうと不思議そうに瞬きする。

 

「妖精になっちゃったから、君に乗っても手綱も握れないし鞭も持てないからね」

 

(でも、元々君は鞭は使っていなかったじゃないか?)

 

いきなりそんな声が響いてきた。

 

「!? 今の君がしゃべったの?」

 

(いつも僕は君に話しかけていたけど?)

 

呆然としていた僕に続けてコスモスウィンドがしゃべる。

 

(鞭を使わないで君は僕に乗ってくれる。手綱だって合図を送るのにしか使わない。僕は君に乗ってもらうのが好きなんだ。手綱も鞭もいらないじゃないか。何故乗れないんだい?)

 

「・・・それでもだよ、妖精が競馬騎手になったなんて前例はないし、君以外の他の馬に乗ることも出来ないから騎手は続けられない」

 

(でもここには居てくれるんだろ?)

 

「・・・いや、ごめん、今日は君にお別れを言いに来たんだ。僕は今日限りでここからいなくなる」

 

(!何故?!)

 

「ここでは僕の出来ることがないからね。

 ・・・だからさよならだよ、コスモスウィンド。

 君は本当に素敵なパートナーだった」

 

そういって微笑んでみせる僕の頬を涙が伝った。

 

(・・・・・・)

 

不意にコスモスウィンドが向きを変えると背を寄せてきた。

 

(これが最後だ。乗ってくれないか?)

 

「・・・うん」

 

僕がコスモスウィンドの背に乗ると彼はだく足で放牧場を駆けだした。

不思議なことに鞍が乗っていない彼の背中の方が落ち着いて乗ることができ、激しいはずの揺れも全然気にならなかった。

むしろ慣れ親しんだ馬の背の揺れが心地よい。

 

穏やかな風を感じる。このまま風に任せてどこまでも駆けていきたい。

無意識にコスモスウィンドの背中を軽く叩くと、彼はスピードを上げ助走し柵を飛び越えた!

 

【バサッ!!!】

背後で大きな音がする。

 

「え?」

 

思わず振り返った僕の目に映ったのは、僕とコスモスウィンドを繋ぐようにして生えた、白い大きな翼!

ふわりと信じられない程軽やかに降り立ったコスモスウィンド。

そのまま馬場に入ってスピードを上げる。

 

「おい!!!なんだあれ?!」

「コスモスウィンドの背に羽が生えてる?!」

 

回りにいた厩務員や調教師や騎手が驚きの声を上げているがそれもどうでもよかった。

 

コスモスウィンドといっしょに風を感じながら駆ける。

只それだけが気持ちよく、目を閉じて二人でかけ続けた。

 

 

 

 

To be continued




どうも、水凪亜炭と申します。

前書きでも説明していますが、かつてあった「妖精さんの本だな」というサイトで展開されていた「妖精的日常生活」というシェアワールドで投稿していた拙作のリニューアル版になります。

サイト閉鎖を最近まで知らなかったのですが、シェアワールドの設定者であるジャージレッド氏に連絡を取ったところ「シェアワールドの設定は有効であり、それを踏まえてもらえば他サイトでの投稿も構わない」との返事を頂いたのでハーメルンに投稿させて頂く事にしました。楽しんでいただければ幸いです。

さて、この物語の年代設定ですが、実は2009年を想定しています。
それなのに何故史実沿いの馬達が出てきていないのかと競馬ファンなら突っ込みたいところでしょうが、実はこの話を書いたのは2002年の事。
つまり書き始めた時点では未来の話を書いていたのです。
そんな訳でこの話に置いては史実に沿わない馬達が登場しますが、そこはご勘弁ください。

それでは第2話でお会いしましょう。
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