サイト消滅後、提唱者のジャージレッド氏と連絡を取りましたところ「シェアワールドの設定は有効であり、それを踏まえてもらえば他サイトへの投稿は構わない」との返事を頂きました。
シェアワールドの設定アーカイブ
https://web.archive.org/web/20070127115940/http://www.keddy.ne.jp/~jersey-r/toukoukitei_tebiki.htm
当時数多くの投稿があった「妖精さんの本だな」の中でも、かなり異色な作品となっていた拙作ですが、楽しんでいただければと思う次第です。
以下、シェアワールドのアウトラインとなる設定文です。
ーーーーーーーーーーー
200X年、突如として人間が妖精と呼ばれる羽を持った小人に変化してしまうという事件が発生する。
その事件は一件では済まず世界各地で観測され、日本でも世界で4例目となる妖精化事件が発生し、その後も続々と被害者が出たことにより社会問題化することになった。そして被害者達からの聞き取りによって、被害者の肉体が異世界にいる妖精と魔法によって交換されている事が判明する。(相互換身用召喚魔法というらしい)
その目的が妖精達を侵略するナニカと戦える存在を呼び出すことで、人間以外ではナニカと戦えなかったこと。わざわざ肉体交換という方法をとっている理由が人間を魂ごと呼び出すことが出来なかったので、魂の器として召喚する妖精自身の体を送り出す必要があったこと。そして鍵となるのが夢の中で会った妖精に自分の名前を教えることで肉体交換に同意した事になってしまうことが判明する。
これらが分かってからは、あらゆるメディアや教育現場にて妖精と夢の中で出会っても名前を教えないよう宣伝が組まれ、世界的には被害者が減ることに。
しかし訪問販売や電話勧誘であってもついつい話を長々聞いてしまう事が多いNOと言えない日本人。
妖精側も巧妙に好奇心や同情を誘う話術を年々身につけた事から、ついついポロッと会話の中で自分の名前を教えてしまう被害者が続出。そんなわけで日本は事件発生から数年後には妖精人口が最も多い国になってしまう。
これは、そんな日本にて妖精の召喚を受けちゃった、とある人物の物語である。
【どわあああああ・・・】
花道から馬場に出た私の耳に、ものすごい歓声が聞こえてきた。
【皐月ちゃーん! 頑張って~!】
【よ、待ってました! 天馬コスモスウィンド~!】
【真っ先にゴールを駆け抜けろ~!!!】
声援の飛んでくるスタンドに向かって、挨拶するようにコスモスウィンドに羽根を振らせ待機場に向かった。
(皐月、緊張してるか?)
「うん、一度は諦めた夢の舞台にこうして参加出来たんだからね。
だけど、だからこそ、負ける気なんかないよ」
そうコスモスウィンドに答える。
そう、ここは日本ダービーの行われる東京競馬場。
そして出ているのも日本ダービーそのもの。
一度は諦めた夢が叶ったなんて、キツネに騙されているような気分がする。
でもこれは自分の力だけでたどり着いた訳じゃない。
回りの人達が支えてくれたくれたおかげ。
私は、この数週間の出来事をコスモスウィンドの背の上で、思い出していた。
ーーーーーーーーーー
皐月賞の後、妖精の召喚を受けて妖精化してしまった僕は、競馬騎手を続けることを諦め家に戻ることになっていた。
家に戻る前、これが最後と思ってコスモスウィンドに別れの挨拶をしに行った時、どういう訳か彼と話が出来た僕は最後の思い出にと彼の背に乗ったとき奇跡が起きる。
それまでどうしても出せなかった羽根が彼と僕の背中を繋ぐように生え、柵を跳び越える事ができたんだ。
そのまま僕とコスモスウィンドは一体になって馬場を駆け、別れを惜しんだ。
そして徐々にスピードを落とした僕たちは、ざわめく馬場を後目に厩舎に向かっていった。
「皐月君、君はまだ競馬を続けたいかね?」
馬場から戻った僕とコスモスウィンドを待っていたのは、田邊オーナーのそんな言葉だった。てっきり怒られると思っていた僕は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていたと思う。
「え?でも、僕の騎手登録は・・・」
「私は競馬を続けたいか?と聞いているのだが」
オーナーの顔を見る。
至極真面目に見えるし僕をからかっているわけでもなさそうだ。
「続けたいです」
僕ははっきりと答えた。
「そうか、では後で事務所に来なさい。山根先生、相談があるんですが・・・」
そう言って田邊オーナーは山根先生と一緒に事務所に向かう。
「???」
どういう事だと頭がハテナマークで一杯になった僕だったが、重要なことを思い出した。
「ああ! 羽!!! この羽どうしたらいいんだろ?!」
そう、僕の背中にはコスモスウィンドと繋がるようにして生えた大きな翼が生えたままだった。
この翼、よく見てみると羽が直接生えているのはコスモスウィンドの背中。
僕の背とは薄いベールのような膜で繋がっているだけだ。
だがやたらと丈夫で僕の体をコスモスウィンドから落ちないように固定してくれている。
「慌てないで、妖精郷の雑貨屋さんで聞いた方法を試してみたら?」
牧瀬さんが声をかけてくる。
「あ、そうですね、え~とたしか木の枝に乗って羽を休めるような・・・」
イメージを作って集中してみる。だが全く羽根がしまわれる気配はない。
「駄目みたい?」
「・・・駄目ですね」
頷く僕の頭にコスモスウィンドの声が伝わってきた。
(僕は木の枝に乗ったことなんか無いぞ)
「は?」
(我々は繋がってるんだから君のイメージすることは分かった。
だが私には木の枝に乗るなんて経験がないから同じイメージは出来ない)
「・・・つまり、君と同じイメージが出来なきゃ外れないって事?」
(そうでないかと思うが・・・)
気がつくと牧瀬さんが、ぶつぶつとつぶやく僕を怪訝な顔で見ていた。
「どうしちゃったの? 大丈夫?」
「あ、すみません心配かけて。 コスモスウィンドと話をしていたんですよ」
「はあ???」
僕は牧瀬さんに羽根が出せるまでの経緯を話して聞かせた。
「・・・つまり、秋葉君は馬と話せるわけ?」
「他の馬とは試していませんから、コスモスウィンドとだけかもしれませんけど」
「う~ん、なるほどねえ。まあ、それは今後試していけば分かるでしょう。
それにしても妖精と馬に共通する羽根のいらない状況のイメージかあ」
悩む二人と一頭。
「もともと、柵を跳び越えようとイメージしたら羽根が出たって言ってたわよね?」
「ええ、ほとんど無意識でしたけど」
「逆に着地したイメージをしたら?」
(なるほど、いい提案だ)
「それなら合わせられそうですね」
着地の様子をイメージするコスモスウインドと僕。
スウッっと背中で風が動く。
目を開けるとそこにあった羽根は無くなっていた。
「やった! 成功だよ!」
(ああ、上手くいったようだ)
喜ぶ僕とコスモスウィンドに牧瀬さんが声をかける。
「よかった。さあ、事務所に行くわよ。
柳谷さん、コスモスウィンドをお願いします」
「はいよ!」
事務所に向かった僕をJRA役員の面々、山根先生、田邊オーナー、さらにやってきた僕の両親が迎えてくれる。
ついでに窓の外には野次馬が鈴なり・・・
「話は聞かせてもらいました。羽が出せたそうですね、それも非常に特殊な」
そう切り出す役員さん。
「特殊なんて物ではないですよ。まるであれは伝説の天馬ペガサスとしか言いようがない姿です!」
そう興奮した山根先生。
「このキャラクターをこのまま手放すのは非常に惜しいですよ」
口添えする田邊オーナー。
「あのどういうことですか?」
そう問いかける父さんに田邊オーナーが説明する。
「・・・つまりこれまで羽を出せなかったのは、皐月の羽が特殊なためだと?」
そしてみんなの視線が、牧瀬さんの膝の上に座る僕に集中する。
うう、居心地が悪い。
「かけr、いや皐月くん! 非礼を承知でお願いする。
君とコスモスウィンドのコンビをJRAのイメージキャラクターとして使わせて欲しい!!!」
いきなりそう言って頭を下げてくる役員さん達に面食らう。
「君の妖精になっても騎手を続けたいという熱意に、我々は充分な援助が出来ず応えることが出来なかった。
それなのにいまこうして頼むのは虫がよすぎるかもしれない。
だが、どうか我々を助けると思って、騎手への復帰を引き受けてくれないか!」
いや、別にあなた方を恨んでは・・・今なんて?
騎手への復帰? 妖精のまま騎手が続けられる?
「秋葉、私からもお願いする! コスモスウィンドと再びコンビを組んで欲しい!」
「秋葉君、君とコスモスウィンドがダービーの舞台を駆けぬける姿を見させて欲しいんだ」
山根先生と田邊オーナーまで頭を下げてきた。
「なあ、皐月。お前が妖精になっても夢を追いかける気だったのは知っている。いまからでもその気があるならやってみたらどうだ?」
「母さんもそう思うわ。」
そう両親が後押ししてくれた。
僕に残された答えは一つしかなかった。
「こちらこそお願いします!!!」
諦めたはずの夢が繋がった瞬間だった。
「よし、これで一周してきてもらえるか?」
「はい、了解です」
妖精として騎手復帰が決まった僕は、まず最初にコスモスウィンドとのコンビを組むことになった。
そして最初の問題は負担斤量をどうするかだった。
まず僕がコスモスウィンドに乗って羽を出す場合、直接背に座らないといけないので鞍は取り付けられなかった。
さらに手綱は合図を送れればいいということでナイロン製の軽い物になった。
当然このままでは負担斤量が軽すぎる。
そこで僕が座って羽を出す位置を計って、羽を出すのが邪魔にならないように重しを積むことになった。
「どうだ? こんなもんで良いかい?」
「そうですね、羽根を出すのには不都合はないです」
(しかし気のせいか前の方が重かったような気がするが?)
コスモスウィンドが異議を唱えたので、それを先生と柳谷さんに伝える。
「重量は同じなんですけどねえ?」
「積む位置の問題でもなさそうだし・・・これはもしかすると」
そう言って僕の方を見る山根先生。
「な、なんでしょう?」
「なるほど・・・」
納得する柳谷さん。 すみません、僕分からないんですが?
問題は空気抵抗だった。
妖精になった僕は小さい分だけ空気抵抗が少ない。最初は羽根が邪魔になるかと思ったのだが、羽根を出していても空気抵抗にならないことが判明。
色々試してみた結果、負担斤量0.5キロ増しがちょうどいい事が分かった。
次に問題なのはレース中の羽根の扱いだった。
空を飛んでしまってはレースにならないし、他の馬の邪魔にもなる。
そもそもスタートゲートに入るのにも邪魔になる。
「どうしたらいいでしょう?」
そう牧瀬さんに相談すると、意外な答えが返ってきた。
「走るときは羽根小さくなっているみたいだから、大きさ変えられるんじゃない?」
本当に出来るんだろうかそんなこと?
試してみると、たしかに空を飛ぼうとするときは羽根は大きく、地上を駆けるときは羽根が小さくなっている。
ゲートのような狭いところに入ろうとするとさらに小さく出来る。
何回か試しているうちに、小さくするときは普通の妖精の羽根よりちょっと大きいかなぐらいには小さく出来る事が分かった。
もちろんこの状態では空は飛べないが、コスモスウィンドとは繋がっているので転げ落ちる心配はない。
これでレースに出ること自体には不安が無くなった。
ちなみに自分では重しやゼッケンといった馬装を取り付けることは不可能なので、みんなに手伝ってもらっている。
妖精用の勝負服も田邊オーナーが作ってくれた。
帽子・ゴーグル・長靴のひとそろいも。
オーダーメイドって事だから、どれだけお金が掛かったんだろう?
他の馬に乗るにしても、勝負服をどうするかで頭抱えそうだなあ・・・
こうして着々と騎手復帰の舞台、日本ダービーに向けた準備が進んだ。
「次、ランニングオフ」
「・・・駄目ですね」
「それじゃ次の馬!」
今僕が何をしているかといえば、コスモスウィンド以外にも羽を出せたり、話せる馬がいるのか調べることだった。
だが、どういう条件があるのか羽を出せた馬は今のところいない。
会話が出来る馬もコスモスウィンドだけだ。
「次で最後です!」
「・・・駄目です」
「よし、終わりにしよう。 お疲れさま!」
「はいどうも~」
この3日、朝から晩までひたすら馬に乗って羽が出せるか集中するのに疲れた僕が事務所の机の上でぐったりしていると、突然横にコップが置かれた。
「はい、お疲れさま!」
「牧瀬さん! ありがとうございます!」
僕は持ってきてくれた冷たい蜂蜜レモンジュースをストローを使って夢中で飲む。
疲れた体にレモンの酸味と蜂蜜の甘みが心地よい。
「毎日大変ねえ、それで今日の成果は?」
「無いです。どんな条件で羽根が出せるのかすら見当がつきません。
コスモスウィンドにあって、他の馬にない条件があるはずなんですけど・・・」
「条件ねえ・・・」
しばし考え込んでいた牧瀬さんだが、突然手を打った。
「やめやめ! 考えてもしかたがないわよ! そのうち分かるわよきっと!そ・れ・よ・り・・・」
こっちを見る牧瀬さん。
「さ・つ・き・ちゃん? いい加減、その言葉遣いなおしなさい!」
「え?」
「だから、君は女の子になったんだから、もう少し言葉遣いに気を付けなさいって言ってるの!」
「・・・どうしても直さなきゃ駄目ですか?」
「駄目よ!」
「はあ~、努力してみます」
「よろしい! では私がびしばし指導しますからね!」
「えええ!!!」
その日から言葉遣いに対する特訓も始まった。
朝起きてから寝るときまで着きっきりで一週間。
ええ、そりゃあもう厳しかったです・・
競馬学校の鬼教官とためをはれるぐらいに。
案外、牧瀬さんって競馬学校の教官に向いているんじゃないでしょうか?
一週間後にはすっかり私って言うのになれてしまいました、はあ・・・
さて、私とコスモスウィンドはJRAのイメージキャラを引き受ける事にもなっています。そんなわけで今日はポスターの撮影です。
「皐月ちゃん! こっちを向いて笑って!」
そんなこと言われたって・・・こんなものでしょうか?
・・・引きつった笑顔ををしているのが分かります。
「もっとリラックスして肩の力抜いて!」
「・・・無茶言わないでください。こっちは生まれて初めてスタジオで撮影されているんですから~」
そう、この撮影はまず私をスタジオで撮ることになっています。
理由は私が小さいので、ただコスモスウィンドに乗せて撮ると目立たないから。
そこで先に撮っておいた私の写真と後で撮ったコスモスウィンドの写真を合成するんだって。
ちなみに当日のサプライズ効果を狙って、あえて羽根無しの写真を使うそうです。
「う~ん、どうも上手ないなあ・・・」
そんな声が入り口から聞こえてきた。
「誰だ! 部外者はここから出て行きなさい!」
「ああ、部外者やないから」
「柘植さん!?」
「おう、秋葉。皐月ちゃんになってからは初めてやね」
皐月賞を最後まで争った柘植さんが目の前にいる。
そう思うと急にどきどきしてきた。
「どうしてここに?」
「ダービーの宣伝撮りついでに強力なライバルが復活するって聞いて陣中見舞いやな」
「そのためにわざわざ栗東から出てきたんですか?」
「いや、週末のレースに出るからついでやけど」
思わずずっこけそうになる私。
「ま、せっかくやから見に来たけど、そんなに堅くなっていたらせっかくの可愛い顔が台無しやで」
・・・ボンッ
そんな音が聞こえそうなぐらい顔が火照る。
それからしばらく私は柘植さんとお話をしていました。
「ダービー楽しみにしてるから、今は自分の仕事を頑張ってな」
そう言い残して柘植さんが出ていく。
気がつけばすっかり肩の力は抜けていた。
「すみません、お待たせしました!」
そう言ってスタジオに戻る。
「それじゃ行ってみようか」
「はい!」
そう応えた私の顔は、きっと自然な笑顔だったと思います。
そしてそれから1週間後
【5月2X日、来たれ東京競馬場に!】
コスモスウィンドと私が映ったそんな文句のポスターが、全国に張り巡らされることになりました。
・・・ちょっと恥ずかしいです。
「はあ~・・・」
本格的に山根先生のところにお世話になることにした私は、再び牧瀬さんに付き合ってもらって必要な物を買い出しに来ました。
ちなみにあのポスターで有名になっていますので、変装のために長い髪のカツラとワンピース姿。牧瀬さんに化粧もしてもらって、色黒なボーイッシュな妖精はどこへやら。
すっかり女の子している私が、あのポスターの妖精だと気がつく人はいません。
さて、【妖精郷の雑貨屋さん】で必要な物を買いそろえた私は、喫茶店でアイスティーを前にため息をついています。
「なにため息ついてるのよ?」
「いえね、やっぱりこの体って不便だなと思って・・・」
そう、コスモスウィンドがいないと羽根の出せない私は地面を歩くしかない。
だけど、町中の人混みでは一人じゃ危なくって歩けない。
結局牧瀬さんの肩に乗せてもらうしかなかった。
どれだけ足が速くてすばしっこくても、人間社会で生きて行くには周りの人の手助けが必要なんだと実感させらます。
・・・やだな、なんとなくネガティブ思考になっている気がする。
「皐月ちゃん?」
その声に顔を上げると牧瀬さんがいつになく真剣な顔をしていました。
「確かにその体は不便かもしれない。
私は妖精になった訳じゃないからどこまでいっても同じ体験をすることは出来ないかもしれない。
でもね、人っていうのは一人だけで生きていくことは出来ないのよ。
どんなに一人で生きているって言い張る人でも、必ず回りの人達に支えられているの。
あなたが妖精に召喚されたときに、私も騎手を辞めようと思った。
それはあなたに対する責任をとりたいって事もあったけど、同時にそうすることで、重圧から逃れたいって気持ちもあったのよ。
でもそんな私をあなたは許してくれて、騎手を辞めないように励ましてくれた。
一番ショックを受けているはずのあなたから私は支えられたの」
「・・・牧瀬さん」
「妖精になったあなたは、体を張って私たちを支えることは出来ないかもしれない。
でも心で支えることは出来るはずよ。
これからあなたがしようとしていることは、そういったことなのかもしれないわ」
牧瀬さんの言葉が一つ一つ体に染みこみます。
「うん、そうですね。ちょっとネガティブになりすぎちゃったようです」
「そうよ、皐月ちゃんは前向きでなくっちゃ!」
「ご迷惑をかけました! 今後はポジティブに生きることに努めます!」
「よろしい!ではとりあえず私の買い物にも付き合ってね♪」
「はい!♪」
その後、牧瀬さんの買い物に付き合って、ウィンドウショッピングして歩きます。
「ああ! この服いいな!」
「でも値札がゼロ行進してますけど・・・」
「うっ!着てみるだけならタダだけど、汚したらまずいし止めとこうかな・・・」
「妖精用の服にしたらいくらになるんでしょうねえ?」
そんな話をしながら歩き回っていたらさすがに喉が渇いたので、公園で一休みしていくことになりました。
牧瀬さんがジュースを買いに行ってくれたので、木陰で涼みながら帰ってくるのを待ちます。
ストリートパフォーマーがオルガン演奏なんかしていて、いい雰囲気。
リクエストしてみたいけどお金は牧瀬さんが持っているしなぁ、とか考えていると牧瀬さんが帰ってきました。
「お待たせ~、烏龍茶で良かったよね」
「ありがとうございます♪ オルガン演奏が素敵なので一曲リクエストしてみませんか?」
「いいわね♪」
お互いに小声で相談してリクエストしたオルガン演奏に聞き入りました。
妖精に召喚されてから、こんなにのんびりとした時間を過ごせたのは初めてです。
明日からまた忙しい日々が始まると思うと、ほんのちょっとだけ長くこの時間が続いて欲しいと思います。
騎手復帰が決まって3週間が経ちました。
いよいよ来週は復帰戦になる日本ダービーがやってきます。
さて、この3週間、いろんな馬に乗ってみてたけれど、コスモスウインド以外に羽根を出せる馬は見つかりません。
そのかわり分かったのは、鞍を置かなければほとんどの馬は乗ることが出来ること。これで厩舎の普段の調教も手伝えます。
それに負担斤量を調整すれば他の馬にも乗れることが分かったので、騎手としても活動出来そうです。
もっとも勝負服を作るのにお金が掛かりすぎるので、田邊オーナー以外に乗って欲しいって言ってくれる馬主さんがいないんだけど。
はあ、服の問題なんとかならないんでしょうか?
そうそう、田邊オーナーが新馬を一頭、専属に回してくれました。
コスモスウィンドの妹でシャロンウィンドっていいます。
栗毛の馬体が綺麗で、額の星がチャームポイント。
人間だったときから調教を付けていたから相性もいいみたい。
夏のデビューに向けて、楽しみが増えました。
今日は私のドタバタに付き合って騎手をお休みしていた牧瀬さんの復帰戦があります。
特にメインレースのオークスは3歳牝馬の長距離王を決めるレース。
牧瀬さんが騎乗しているブラックウィドウ号は、桜花賞では中町さん駆るダンガンクイーン号の出足についていけず4着に終わりました。
でも3歳牝馬最長距離レースとなれば持ち前の持久力で勝ち負けになると思っています。
そして、レース後のスペシャルイベントとして、私のお披露目式があります。
「う~ん、やっぱりこの競馬場の雰囲気が好きだな♪」
「そう? 私はゴミゴミしていてあまり好きじゃないけど」
相変わらず自分だけでは羽の出せない私は、母さんに連れて来てもらいました。
ちなみにお出かけようの変装済み。
「あ、ちょっと案内所によっていい?」
「はいはい」
そうして案内所に向かった私たちは、ほどなく目的の人物というか妖精を見つけました。
「成子ちゃん! おひさしぶり!」
「えっと、失礼ですけどどなたでしたっけ?」
きょとんとした顔で聞き返してくる成子ちゃん。
「この姿では初めてだね」
悪戯っぽく笑ってみせるとピンと来たみたい。
「・・・もしかして翔さんですか?」
「あたり♪ 今の名前は皐月だよ」
「わあ! お久しぶりです!」
そういうと抱きついてきたのでお互いにスリスリして挨拶する。
成子ちゃんとは人間だった頃からの仲良しです。
彼女も人間だったときから競馬ファンだったそうで、名前も名馬ハイセイコーからもらったんだって。
昼休みが終わるまでってことで、案内所の中で話させてもらうことになりました。
「それで、どうしたんです、その姿? 変装ですか?」
「うん、レース後にお披露目予定だから、お忍びで来ないといけなくってね。あのポスターの妖精には見えないでしょ?」
「確かに見えませんねえ。あ、それじゃ今日は仕事なんですよね?」
「うん、それと牧瀬さんの復帰戦の応援なんだけど、成子ちゃんに会っておきたくって」
「そんな風に言ってもらえると、とてもうれしいです♪」
私はしばらく成子ちゃんとおしゃべりを楽しみましが、昼休みの終わりが近づいたので、そろそろ話を切り上げることにしました。
「それじゃもうそろそろ失礼するね」
「あ、それじゃ後で見にいきますね」
「うん、ありがとう。できたら来週も応援してね」
「はい、活躍待っています!」
「・・・すっかり女の子しているわねえ」
「牧瀬さんに仕込まれちゃったから」
複雑な顔で言う母さんに苦笑して応えた。
「ま、こうして女の子の妖精になっちゃったからしかたないんじゃない?」
「それは、そうなんだけどねえ」
「さあ、そろそろいかなきゃ」
母さんに連れられて関係者用の通路を通って先生のところに行きます。
「遅いぞ!」
「すみません、友達と話しこんじゃいました」
一言謝ってから今日の段取りを田邊オーナーやJRAの役員さんも交えて再確認。
いよいよ競馬界のマスコットとしての役割が始まります。
騎手としての完全復帰は難しそうですが、こうして競馬に関われることが嬉しくってしかたがありません。
さて、そうこうしているうちに、オークスの時間が近づいてきました。
牧瀬さんのブラックウィドウ号は一番外枠、16番ゲートから出走です。
関係者席から思いっきり手を振っていると牧瀬さんも手を振り替えしてくれました。
落ち着いているみたいですね。
ゲートインも順調に進んで、スタートの時を迎えます。
【バシャーン!!!】
いよいよオークスがスタートしました。
最初のうち周りの出足についていけず最後尾に落ちますが、向こう正面で徐々に距離を詰めて3コーナーで先頭を捉えます。
そして、4コーナでただ一頭抜け出して先頭を走り抜けていきます。
「いけ~! そのまま~!」
大声で声援を送る私の目の前で、牧瀬さん駆るブラックウィドウ号がゴールを駆け抜けました。
「やったあ!!!」
ワンピース姿なのも忘れて、おもわず跳び上がって喜んじゃいました。
ちょっとはしたなかったかな?
やがて計量所に、無事GⅠ初勝利をあげた牧瀬さんが戻ってきました。
「おめでとうございます!」
「ありがとう。次は皐月ちゃんの出番だよ。頑張ってきなさい!」
「はい!」
牧瀬さんの初GⅠ制覇の瞬間を見届けた私は、勝負服へ着替えるとコスモスウィンドの元へ向かいました。
「お待たせ!」
(待ちくたびれたぞ)
そう言いながら首を下げてくれたので、跳び上がって乗っかります。
そのまま背中まで歩いていって腰を落ち着けました。
「まだ充分時間があるわよ」
(あいかわらずマイペースだな君は)
「緊張しているよりいいんじゃない?」
(ま、そうだがね)
やがて最終レースが終わります。
「出番だよ」
柳谷さんが手綱を渡してくれた。
「みんなをビックリさせてきますよ」
そう言って私はターフに向かいます。
『さあ、本日のレースはこれで終了ですが、ここでちょっとイベントがあります。
皆さんも皐月賞の勝利騎手、秋葉騎手が妖精に召喚されたことはご存じだと思います。
そして皐月と改名して、妖精のまま騎手を続けることになったことも。
ですが皐月ちゃんは普通の妖精とはちょっと違う。
では来週の日本ダービーの前に今日競馬場に来てくれた皆さんにお披露目致しましょう!!!』
「いくよ! コスモスウィンド!」
(ああ!)
場内アナウンスを聞いて私とコスモスウィンドはターフに躍り出た。
最初は羽根を出さずに観客席の前の芝コースを軽く走らせると、スタンドからざわめきが聞こえてくる。
【なんだ?なにか違うのか?】
【羽根を出していないだけだよな?】
【羽根無しの妖精とか?】
【そう言えば一月ぐらい前のスポーツ新聞で、羽根が出せないとか書いてあったよ】
【羽根の出せない妖精なんて、ただの小人だよな】
そんなざわめきをよそに4コーナーの端まで行った私たちは、向きを変えて一気に加速し翼を広げた。
【バサッ!】
【【【【【【!!!!!!!】】】】】】
競馬場が驚愕のあまり静まりかえる。
そして次の瞬間わきかえった!
【【【【【【【どおおおおおお!!!!】】】】】】】
興奮した人達の声がどよめきになって競馬場を包み込んだ。
そのどよめきをよそに、私たちは短い空中散歩を楽しんで地上に舞い戻った。
『まさに天馬ペガサスとしか言いようがない姿。
皆さんは楽しんでいただけましたでしょうか?
来週の日本ダービーで皐月騎手はコスモスウィンドと共に二冠をかけて復帰します。
皆さんぜひ応援に来てください!!!』
アナウンサーの挨拶に合わせて翼を振って退場する私たち。
スタンドからはいまだに納まらないどよめきが聞こえてきます。
それから2・3日は、牧瀬さんのオークス優勝もあって厩舎への取材攻勢が大変だったです。
「これで皐月君の復帰に向けた準備はほぼ終わりだ」
「後は全力を尽くすのみだよ」
田邊オーナーと山根先生、この6週間あまり、本当にお世話をかけました。
「先週デモランしたばかりだけど、コスモスウィンドの体調はバッチリだよ。後は皐月ちゃん次第だ」
柳谷さん、ろくに調教も出来ないでいる私に代わって、コスモスウィンドを仕上げてもらってありがとうございました。
「先週は私が復帰戦決めたんだから、君も勝つのよ!」
牧瀬さん、あなたには多くの面で支えられました。
妖精になっても騎手の夢を諦めなかったのはきっとあなたのおかげです。
「行ってこい、頑張ってな」
「行ってらっしゃい」
父さん、母さん、妖精になった僕をどんな姿でも自分たちの子供だと言ってくれて事が、何よりの支えです。
「行ってきます!」
私はみんなに頭を下げると、ダービーまでの一晩を過ごす調整ルームに向かいました。
こうして一人で調整ルームにいると、妖精に召喚されてからの6週間が思い出となってよみがえります。
皐月賞に優勝したこと。
その晩に妖精の召喚を受けてしまったこと。
騎手を続けるためにいろいろ試してみたけれど、騎手を続けることを諦めざるをえなかったこと。
何故か羽根が出せずに悩み続けた日々が続いたこと。
すべてを諦めて厩舎から家に帰ろうとした日にコスモスウィンドと初めて話しができたこと。
お別れのつもりで最後に乗ったコスモスウィンドの背で、羽根を出すことに成功したこと。
騎手兼JRAのマスコットとして厩舎に残れることが決まったこと。
その後の忙しい日々等々・・・
その間に支えてくれたみんなの顔が思い浮かぶ。
「明日は恩返しのためにも勝ちたいな・・・」
私はそうつぶやくと目を閉じました。
ーーーーーーーーーー
昨日までの事をコスモスウィンドの背の上で思い返していた私は大歓声に目を開けました。
先週のお披露目の後、すっかり有名になった私目当てにやってきた観客で競馬場は超満員です。
「やっぱりえらい人気やなあ」
ロードグリーンに乗った柘植さんが寄ってきます。
「でも二冠は止めさせてもらうで」
不敵に笑う柘植さんに私も言い返します。
「私こそ負けませんよ。二冠を獲って三冠馬に王手をかけるんですから」
そう、このレースに復帰出来るようにしてくれたみんなの期待に応えなきゃいけない。
「お、言ってくれるねえ。二人だけでレースする気かい?」
「そうそう、こっちも忘れてもらっちゃ困る」
ラッキーセブンに乗った海老塚さんとグラスシャープの菊田さんも寄ってきました。
「忘れちゃいませんよ。でも復帰戦なんだから、お手柔らかに♪」
そう切り返しておきます。
やがてゲートインが始まりました。
私もコスモスウィンドの羽根を小さくしてゲートに入りました。
「・・・いよいよだよ」
(ああ、いよいよだな・・・)
一人と一頭の万感の思いが重なります。
そして今ゲートが開きます。
いざ! あこがれの舞台へ!!!
To be continued
どうも水凪亜炭です。
風と共に歩む者の第2話をお送り致しました。
ダービーの結末がどうなったか。
それは3話目に持ち越したいと思います。
さらに、今のところ何故コスモスウィンドとしか話が出来ず、羽根が出せないのか。
これも3話目ですこし見えてくると思います。
ちなみに開催日程は執筆を始めた2002年頃に合わせてありますので、今の日程とは合っていないところがあります。