妖精的日常生活「風と共に歩む者」   作:水凪亜炭

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この作品はかつてあった「妖精さんの本だな」というサイトで提唱された「妖精的日常生活」というシェアワールドに基づく作品のリニューアル版です。
サイト消滅後、提唱者のジャージレッド氏と連絡を取りましたところ「シェアワールドの設定は有効であり、それを踏まえてもらえば他サイトへの投稿は構わない」との返事を頂きました。

シェアワールドの設定アーカイブ
https://web.archive.org/web/20070127115940/http://www.keddy.ne.jp/~jersey-r/toukoukitei_tebiki.htm

当時数多くの投稿があった「妖精さんの本だな」の中でも、かなり異色な作品となっていた拙作ですが、楽しんでいただければと思う次第です。

以下、シェアワールドのアウトラインとなる設定文です。

ーーーーーーーーーーー

200X年、突如として人間が妖精と呼ばれる羽を持った小人に変化してしまうという事件が発生する。
その事件は一件では済まず世界各地で観測され、日本でも世界で4例目となる妖精化事件が発生し、その後も続々と被害者が出たことにより社会問題化することになった。そして被害者達からの聞き取りによって、被害者の肉体が異世界にいる妖精と魔法によって交換されている事が判明する。(相互換身用召喚魔法というらしい)
その目的が妖精達を侵略するナニカと戦える存在を呼び出すことで、人間以外ではナニカと戦えなかったこと。わざわざ肉体交換という方法をとっている理由が人間を魂ごと呼び出すことが出来なかったので、魂の器として召喚する妖精自身の体を送り出す必要があったこと。そして鍵となるのが夢の中で会った妖精に自分の名前を教えることで肉体交換に同意した事になってしまうことが判明する。
これらが分かってからは、あらゆるメディアや教育現場にて妖精と夢の中で出会っても名前を教えないよう宣伝が組まれ、世界的には被害者が減ることに。

しかし訪問販売や電話勧誘であってもついつい話を長々聞いてしまう事が多いNOと言えない日本人。
妖精側も巧妙に好奇心や同情を誘う話術を年々身につけた事から、ついついポロッと会話の中で自分の名前を教えてしまう被害者が続出。そんなわけで日本は事件発生から数年後には妖精人口が最も多い国になってしまう。

これは、そんな日本にて妖精の召喚を受けちゃった、とある人物の物語である。


妖精的日常生活「風と共に歩む者」 第4話 ~秋へ向かうエチュード~

 

『・・・馬一団となって、第4コーナーを立ち上がってきた。

 内、モリノフクロウ、外からコスモスウインドが出てくる。

 コスモスウインド強い!後続を突き放す!

 コスモスウインド強い!モリノフクロウついていけない!

 コスモスウィンド、後続を大きく引き離してゴ~ルイン!!!

 2着モリノフクロウ、3着は7番12番14番の写真判定か???』

 

「やったね!コスモスウインド♪」

(ああ、ありがとう。そしておめでとう!)

 

放牧から帰ってきたコスモスウィンドは、秋へ向かう初戦に札幌記念を選びました。

古馬との始めてのレースでしたが全く危なげなく勝つことができ、なんといっても妖精になった自分とコスモスウィンドの初勝利。

それに加えて妖精騎手になってから始めての重賞勝利ということもあって感慨深い勝利です。

 

「おめでとう、さすがに強いな」

 

モリノフクロウに乗っていた松川さんが祝福してくれます。

 

「ありがとうございます」

 

「菊花賞に向けて良いスタートが切れたな。頑張ってくれよ」

 

「はい!」

 

 

「おつかれさん」

 

計量所に戻った私たちを山根先生が迎えてくれます。

 

「どうもです」

 

JRA職員の方がコスモスウィンドからてきぱきと重しを外し、計量所に持っていきます。

自分も重しと一緒に計量器の上に乗って重量違反がないか計ってもらいます。

 

「問題なしです」

「ありがとうございます♪」

 

この瞬間、勝利が確定。

夢にまで見たコスモスウィンドとのペアが本当の意味で復活出来たような気がします。

 

 

表彰式が終わって、事務所に戻った私はこの一月あまりの事を思い出しながら勝利の余韻に浸りました。

 

函館でシャロンウィンドと勝利を上げて羽を出せるようになった後、田邊オーナー以外の馬主さんからも騎乗依頼が入るようになりました。

そのため、そこそこ勝利を上げることが出来るようになって、ここまで5勝。

ただ、レースに勝つことが羽を出せるようになる条件かと思ったけど、今のところ新たに羽を出せる馬がいないので違ったみたいです。

まあそれはさておいて、JRAのマスコットだけでな、騎手としても活躍することが出来はじめた事が嬉しくて仕方ありません。

 

「皐月さん、ご機嫌ですね」

「えっそうですか?」

「もう幸せ全快って感じでニコニコしていますよ」

 

小谷さんがくすくす笑いながら言います。

 

あ、小谷さんは外出を一人じゃ出来ない私のために、山根先生が付けてくれた付き人さんです。

いつも柔らかな話し方で一緒にいると安心できます。

 

「いいじゃないですか~、コスモスウィンドと初勝利できたし、妖精になって重賞初勝利ですよ~♪」

 

「まあ、浮かれる気持ちも分かりますけどね」

 

プルルル!プルルル!プルルル!

小谷さんと話していたら、電話が鳴り出しました。

 

「はい、こちら山根厩舎札幌事務所。いつもお世話になっております。

 はい、山根先生なら馬房の方ですが。皐月さんですか?

 ええ、分かりました、伝言しておきます」

 

なんでしょう?自分の名前が出てきたみたいですけど。

 

「今の電話なんですか?」

 

「神林先生からですよ。皐月さん来週も札幌で騎乗する予定でしたね?」

 

「ええ、土曜日にシャロンウィンドの2戦目がありますから乗りますけど。」

 

「原田さんの未勝利4歳馬が、日曜日の8R目の1000万条件に出るから乗ってみませんかって。 山根先生の許可もらえば乗れますから話してみましょうか」

 

「あ、先週乗せてもらったラッキーデイズのオーナーさんですか?」

 

「ええ、あの騎乗を見て、依頼しようと思ったようですよ。断る理由もないでしょうから受けても良いと思いますよ」

 

「そうしてみます。今はどんな馬だって乗ってみたいんですから」

 

ーーーーーーーーーー

 

ジリリリリリ・・・カチッ

 

「う~ん・・・今朝も良い天気だね~」

 

鳴り響く目覚ましのベルを止めた私はノビをするとパジャマから着替えて専用の扉から外に出ます。

 

早起きしたのは毎朝恒例の体力作りのため。

軽く調教場の回りを一周して体を温めたら柔軟体操。

体がほぐれたら、コインを何個かくっつけたダンベルを持って筋トレです。

 

これを始めてからだいぶ筋力が増えたのか、近頃では結構重い物を持ち上げられるようになりました。

具体的には350mlの缶ジュースをなんとか持ちあげれるぐらい。

動かすだけなら500mlペットボトルだって動かせます。

・・・倒れてきたらどうにも出来ませんが(泣)

 

もともと草原の民って言ってただけあって、普通の妖精より力はあるみたいです。

コスモスウィンド達の毛すきぐらい出来るようになると良いなあ・・・

 

そのうち厩務員さん達が朝の飼い葉を配りに出てきました。

もうじき調教前の放牧が始まります。

私も放牧の手伝いのために厩舎に向かいました。

 

「おはようございま~す」

「おはよ~」

「おはよう」

 

厩務員さん達に挨拶をすると、飼い葉を食べ終わった馬から放牧場に出していきます。

私の場合は手綱を引けませんが、馬の背にのって合図を送れば動かせるから楽チンです。

放牧が終わったら、自分も宿舎に朝食を食べにいきます。

 

 

今日の朝食はトーストにオレンジマーマレードをつけて、スクランブルエッグとサラダとコーヒー。自分用に小さく取り分けてもらって頂きます。

 

カリカリとした歯ごたえのトーストにマーマレードの甘みとさわやかな香り。

スクランブルエッグのフワフワした食感とサラダのシャキシャキ感の取り合わせ。

合間に飲むコーヒーの苦みが口の中の油や甘みを洗い流してくれます。

一日の始まりは良い朝食からです。朝ご飯はきちんとみんな食べましょうね~

 

 

朝食を終えた頃、神林先生が調教の迎えに来てくれたので、そのまま先生の肩に乗って放牧場まで向かいます。

神林先生は調教師を始めて3年目ということで調教師としては駆け出しです。

ですが元々は牧場で育成馬の調教を行っていたこともあって、馬の扱いは上手だと評判です。

まだ重賞には恵まれていないんですけどね・・・

 

「こいつが君に乗って欲しいホホエミミセテだ」

 

「へ~、見た感じ結構良い馬に見えますけど、未勝利なんですか?」

 

神林先生に逢わせてもらったホホエミミセテは、馬体的にはかなりしっかりしていて未勝利だとは思えない馬でした。

鹿毛の馬体がピカピカして綺麗です。

 

「ああ、自分も不思議で仕方がないんだけどね。ここまで勝ち負けになったことはあるから押し切れてないだけのような気がする」

 

「う~ん・・・とりあえず乗せてもらっても良いですか?」

 

「ああ、今準備するよ」

 

とりあえず厩務員さんに準備してもらうのを待ってホホエミミセテの前に立ちます。

 

「今日から貴方に乗る秋葉皐月です。よろしくね」

 

その瞬間前足が自分に飛んできますが、慌てず柵の上に飛び上がって避けます。

 

「ご挨拶だね~。自分みたいなチビはお呼びじゃないって言いたい?」

「おい、大丈夫か!?」

「あ、心配しなくても良いです。ちゃんと避けますから」

 

心配する神林先生にそう言うとホホエミミセテの目を見つめます。

 

なんだろう?なんとなく苛立っている?

 

「君が苛立っているのは分かるけど、とりあえず乗せてもらうよ」

 

そう言って柵の上からホホエミミセテの背に飛び移ったら、いきなり仁王立ちになってくれます。

しかし甘い!!!

いったん背に乗ったらそう簡単には振り落とされないんですよ、私は。

 

「ほら、暴れないの。怖くないから、落ち着いて」

 

手綱を取ってあやすように話しかけると、ドキドキしながらもようやく暴れるのを止めてくれました。

 

「OK、良い子ね。それじゃ馬場に向かいましょうか」

 

まず軽くウッドチップコースを走らせてみます。

 

? 右後脚がちょっと引きずるような感じがする?

というか、少し接地するのを嫌がっているような?

戻ってみよう。

 

「神林先生~」

「ん?どうした?」

「この子、右後脚なにか怪我でもしたことあります?」

「いや?ないが?」

「なにか脚着くの嫌がってるみたいなんですけど・・・」

「は?今までそんなこと言われたこと無かったが」

 

そう言うと、神林先生は脚を持って蹄の様子を見てくれます。

 

「・・・あ~すまん、蹄鉄が外れかけてた。打ち直すよ」

「お願いします」

 

急遽蹄鉄を打ち直してくれて再度馬場入り。

軽く走らせてみますが今度は問題ないようなのでダートコースに。

走りのフォームもそんなに悪くないし、スピードも出てるし、なぜこれで勝てないんでしょう?

一通り走らせ終えて戻ります。

 

「良い子ですよ。 なぜこれまで勝てないでいるのか不思議なぐらいで」

「だろ? 自分も頭抱えているよ」

 

「この子の得意な走り方はなんですか?」

「血統的には後方一気の差し馬だ。これまで乗ってくれた騎手もそれが一番タイム的に良いって言ってる」

「なるほど・・・」

 

その後、逃げ先行ができるか試してみたところ、スタートダッシュは苦手なのかスピードが上がりません。

そのぶん後半の追い上げが良い感じで、たしかに差しか追い込みが合いそうな気がしました。

ただ、ホホエミミセテが幾分苛立っているようなので今日の調教は早めに切り上げることにしました。

 

 

 

「ふう、今日も一日忙しかったな~」

(ふふ、お疲れ様)

「シャロンウィンドもね」

 

今日は調教が終わった後、シャロンウィンドとポスター撮影されたりCM撮りがあったりと今日はドタバタです。

最近じゃCM撮りにも慣れてきたせいか、撮り直しはほとんど無くなってきました。

でも、週替わりでの競馬番組案内などをするもんだから、ちっとも仕事が減りません。

まあ、騎乗回数が少ない分、広告収入という形でお給料が出るのはありがたいんですが。

とりあえず愚痴がてらシャロンウィンドが夜飼を食べるのを見に来ています。

 

(気晴らしに散歩したい?)

 

「うん・・・でもシャロンウィンドも疲れているでしょ?」

 

(自分も皐月と一緒に散歩したいから)

 

「ありがとう。柳谷さんに頼んでみるね」

 

柳谷さんはどこにいるかな~?

そんなことを思いながら歩いていると、ホホエミミセテの厩舎の辺りで話し声がするのに気がつきました。

 

 

「・・・は・・・ですよ」

「オー・・・でダ・・・だそ・・・」

誰が話しているのかと思えば神林先生とホホエミミセテの厩務員さんです。

 

「・・・やっぱりこのレースが最後のチャンスですか?」

「ああ、こんどのレースで勝てなければ登録抹消する事になる」

 

え???

 

「・・・こいつの場合、一勝もしていないからそうなると・・・」

「ああそうだな・・・」

 

もしかしてホホエミミセテって今回のレースで勝てなかったら登録抹消なの???

 

「それなのにあんな騎手に任せて良いんですか?こいつの運命を。俺は反対ですよ」

 

「だが、俺たちが気がつかなかったことにすぐ気がついた奴だ。

 そりゃ柘植とかに頼めるなら良いさ。

 だけど実際には手が合わないし、新潟記念を蹴ってこっち来てくれと頼めるほど付き合いが深い訳じゃない。

 秋葉はベストではないかもしれないがベターな選択なんだよ」

 

「・・・分かりました。出来る限りベストな状態で出走できるようにしてみます」

 

「たのんだぞ」

 

・・・大変なことを聞いちゃった。

未勝利のまま終わった馬がどうなるか、知らない訳ではありません。

どこかの乗馬クラブで使ってもらえれば幸せな部類。

牝馬なら繁殖入りという事もあるけど、ホホエミミセテは牡馬。

生まれた牧場で引き取ってもらえることもあるけど、それはごくごく希。

大半は行方も知れないまま桜肉として出荷される運命にあります・・・

 

一頭の名馬の陰にどれほどの犠牲があるのか。

それを知ってなお走る姿に魅せられて人はサラブレッドを競馬場に送ります。

 

今まで自分が関わった中ではこうした運命に巻き込まれた馬が居なかったのですが、今回初めてそういう場面に出会ってしまったようです。

いずれはそうした場面に出会うかもしれないと覚悟はしていましたが・・・

 

私は、呆然と立ちつくしてしまいました。

自分の肩に直接一頭の運命がかかってくる。

その重さは覚悟していた以上に重いようです・・・

 

 

 

翌朝、ほとんど眠れないまま赤い目をして起きた私は、フラフラしながら朝の放牧の手伝いにいって

 

(・・・なにしてたんです・・・)

 

不機嫌全開なシャロンウィンドに怒られました。

あ・・・しまった。散歩の約束したのをすっかり忘れていました(汗)

 

「ごめんなさい!」

 

シャロンウィンドに機嫌を直してもらうのに一苦労。

おやつのリンゴ1ケースと近いうちに必ず散歩するってことで手を打ちました。

 

「どうした? 寝不足か秋葉?」

 

朝食後迎えに来てくれた神林先生が、私の充血した目を見てそう言います。

 

「ええ、少しだけ・・・」

「昨日言われた事、だいぶ良くなってると思うから試してくれ」

「はい、わかりました」

 

この子を絶対に勝たせてあげたい。もっと走れる子なはずだし。

 

昨日と同じくウッドチップコースで足慣らしをすると、ダートコースで乗りこみをします。

やっぱり差し足の伸び方が良い感じです。

ホホエミミセテは相変わらず微妙な苛立ちがあるようですが、自分に慣れていないせいでしょう。

試しに前半から足を使わせてみますとなんとなく斜め後ろに引っ張られるような感覚があってスピードがあがりません。

足は前半から使っても最後にしっかり伸びるから、体力的には問題なさそうですけど。

 

「おねがい、あなたを勝たせてあげたいの。私が乗るのに不満なのは分かるけど、もう少し言うこと聞いてくれない?」

 

そう言い聞かせながら馬場を調教を続けます。

そのうち自分が手綱を取ることに諦めたのか、指示に良く従ってくれるようになってきます。

タイムも上がってきて良い感じです。

 

「おつかれ、良い感じで走れるようになってきたんじゃないか?」

 

「ええ、タイムも上がりましたし。ホホエミミセテがやっと私に慣れてくれたみたいです」

 

「そうか、それじゃ明日からは本格的に乗り込んでくれるか?」

 

「はい、わかりました」

 

ホホエミミセテが指示に従ってくれるようになったので、これで勝てる見込みが出てきました。

いや、必ず勝たせてあげたいです。

 

 

(・・・機嫌良いですね・・・)

 

昨日散歩する約束をすっぽかしたせいで、まだちょっとむくれているシャロンウィンドがそう話しかけてきます。

 

「あ、ごめんね。 ホホエミミセテがレースに勝てる目処が立ったもんだから嬉しくって」

 

(いいですけど、私に乗っているときは他の馬のこと考えないでくださいよ・・・)

 

シャロンウィンドが拗ねるような感覚が伝わってくる。

 

「・・・拗ねてるの?」

 

(・・・ええ、そうですよ。皐月のことをきちんと知ってもいない馬の事ばっかし思われたら拗ねたくもなりますよ。・・・どうせ私も兄さんにはかなわないけ ど・・・)

 

クスッ

 

思わず笑ってしまいました。

 

「あは、ごめんね。意外と独占欲が強いんだ、シャロンウィンドって。

 でもコスモスウィンドと同じようにあなたのことは大事に思っているよ。

 私の翼になってくれる前からね♪」

 

(・・・(〃∇〃) ・・・)

 

シャロンウィンドが照れているのか急にスピードを上げます。

 

「さ、仕上げをしたら厩舎に戻ろう。小谷さんがリンゴ買ってきてくれているはずだよ♪」

(はい♪)

 

 

その後眠気と戦いながら一日を過ごした私は、夜になるといつものようにシャロンウィンドの厩舎に向かいました。

 

(皐月? お散歩できるの?)

 

「いや、今日はちょっと精神的にも体調的にも無理。ごめんね」

 

昨日ほとんど寝ていないのでさすがにもう眠いです。

諦めてガサゴソと夜飼を食べるシャロンウィンドに向かって話しかけます。

 

「ねえ、シャロンウィンド。今まで考えたことなかったけど、私たちの勝利の陰にはいろんな馬の犠牲があるんだね・・・」

(どうしたんですか?)

 

私は昨夜のことをシャロンウィンドに話して聞かせました。

 

(それで来れなかったんですか)

 

「うん。みんながみんな、三上さんや田邊オーナーみたいな考えなら良いんだけどね・・・」

 

人が生きていく以上、他の命をもらっていかないと生きることが出来ない。

だからこうした事は人の業というべきで仕方がない面もある。

だけど現実には一度も競馬場で走ることなく死んでいく馬もいる。

走るために生まれたサラブレッドなのにだ。

 

三上牧場長はそれが嫌で小さな牧場をつくって委託で馬を育てるようになり、引退後も引き取って余生を過ごさせたりしている。

田邊オーナーは自分で乗馬クラブを経営して、引退馬を引き取っている。

全国的には引退馬を引き取る活動を続けている団体もある。

 

だけどそれ以上に育てられ陰に消えていく馬は多いんです。

 

(皐月。私たちは走ることが好きです)

 

「・・・うん」

 

(でも一人で走っているよりも、人を乗せて一緒に走っているときがもっと楽しいと思います)

 

「・・・」

 

(確かに私たちはそうした運命に逆らえない立場にいるかも知れません。

 でもきっとそうしたことを考えてくれる人達が居てくれる限り、いつかは変わりますよ。

 あなたは今はただ、私たちをより前に、より早く走らせることを考えてくれればいいんですよ。

 それが私たちを救うことにもなるんですから)

 

「・・・そうだね」

 

(さあ、寝ないと明日に差し支えますよ)

 

「うん、ありがとう。おやすみ、シャロンウィンド」

 

 

 

翌日、ホホエミミセテに調教を付けていた私は微妙な違和感を感じます。

 

なにか壁に突き当たっているような?

よく言うことも聞くし、タイムも上がっている。

だけどこの子の力から行くともっとタイムを上げられても良いはずなのに、力半分で終わっているような・・・・・・

自分もこの子に慣れてきたからそのことがよく分かります。

 

何本か本番と同じ1700を休憩挟んで走らせているんですが、全然ばてる気配もないようですし。

・・・体力があるだけかも知れませんが。

 

なんとなく不完全燃焼な気分のまま、神林先生が上がって良いというので午前の調教はとりあえず打ち切り。

シャロンウィンドの調教に向かいます。

 

(皐月、またなにか悩んでいるんですか?)

 

シャロンウィンドに調教を付けていると、突然そんなことを言われます。

 

「ん、たいしたことじゃないんだけどね・・・」

 

(気になることがあるなら話してみて?)

 

そう言われた私はシャロンウィンドにホホエミミセテのことを話してみました。

 

(はあ、ほんとうにその馬に入れこんでいるんですねえ・・・

 自分には難しいことは分からないけど、皐月がなにか感じているなら気のせいじゃないと思いますよ。

 気になることはそのままにしないのが皐月らしくて良いとも思いますが)

 

「・・・うん、そうだね。ありがとう」

 

そのままシャロンウィンドに2戦目で出走予定と同じ1400mコースを走らせて、調教終了させようとしたとき、ふと気がつきました。

 

シャロンウィンドのように末脚を使うタイプは前半脚を使わずにいないと、最後の爆発的な追い込みが出来ません。

ホホエミミセテといえば、割と前半から脚を使って走らせてみても、最後に必ず伸びてくる。

この脚の使い方はどちらかといえばコスモスウィンドの粘り脚に似ています。

そういえば後半の伸びも、シャロンウィンドのような爆発的なダッシュという形ではなく、ジリジリ伸びてくるような感じです。

 

もしかしてホホエミミセテは、本質的には先行馬、もしくは逃げ馬じゃないでしょうか?

 

気になった私は午後から、ホホエミミセテに積極的に足を前半から使わせてみました。でもやっぱり、なんだか斜め後ろに引っ張られるようなもどかしさがあってうまくスピードが上がりません。

ホホエミミセテも苛立っている感じです。

 

「どうした?タイムが上がらない見たいだが?」

 

「ん~なんというか・・・」

 

神林先生に自分の推論と感じたもどかしさを話してみます。

 

 

 

「う~ん、なるほどな。でも逃げでも先行でも最初からはスピードが上がらない・・・」

 

「そうなんですよね。まるで斜め後ろに引っ張られてるみたいで」

 

ホホエミミセテの足下にしゃがみ込んだ神林先生がやがて頷きました。

 

「なるほどな・・・良く気がついてくれた。明日までに何とかしてみるから今日のところは上がってくれるか?」

 

「なんとかなるんですか?」

 

「ああ、今の話で見当がついたよ」

 

「いいんですか? 私みたいな騎手の話を信用しても?」

 

「かまわないさ。おつかれさん」

 

「おつかれさまでした」

 

本当になんとかなるんでしょうか?

 

 

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「急ごしらえだがとりあえず指摘された点については何とかなったと思う。試してくれるかな?」

 

翌日そう神林先生に言われた私はとりあえずホホエミミセテを調教場に出し、軽くウッドチップコースで足慣らしてダートコースに出ます。

 

「いくよ、ホホエミミセテ!」

 

昨日試したように、最初から足を使って走り込んでいきます。

 

「!?・・・昨日までと全然ちがう?!」

 

走り出してすぐに昨日とは全くちがうことに気がつきます。

昨日の斜め後ろに引っ張られるような感覚が消えています。

ホホエミミセテも昨日までの苛立ちが消えて気持ちよさそうにスピードを上げます。

まるで縛られていた鎖から解き放たれたかのようです。

 

「良い感じだね。ホホエミミセテも気持ちいい?」

 

そう問いかけた私に答えるかのように鼻をならして機嫌良く走るホホエミミセテ。

昨日とは全然違う様子に私も嬉しくなってしまいます。

 

ざっと走ってきた私たちはいったん神林先生のところに戻りました。

 

「どうだ?」

 

「すごく良いです!いったいどうしたんですか?」

 

「・・・削蹄が狂っていたんだよ。そのせいで重心が微妙に後ろにずれていたんだ。それを削り治してやっただけだよ」

 

「それだけのことで・・・」

 

「最初の削蹄で微妙な狂いが出ていたんだろうな。それがだんだんずれて狂いが大きくなって、後になればなるほど成績が落ちたんだろう。

 蹄鉄が落ちかけていたのもその影響だと思う。指摘されるまで気がつかなかっったとは調教師失格だな。まだまだ勉強しないと」

 

そう神林先生が苦笑いします。

 

「とりあえず良い調子のようだからこのまま走り込んでみてくれるか」

「はい!」

 

機嫌良く調教を受けるホホエミミセテはこれまで以上に敏感に指示に反応してくれます。

昨日までの苛立ちは、自分の身体の異常を何とかしてほしいってサインだったのかも知れません。

途中から指示に従っていたのはどちらかといえば、分かってくれない私に対する諦めだったのかも・・・

私もまだまだ勉強しないとダメですね。

 

その後、調教を行ってみてかなり足使いが器用な馬であることに気がつきます。

本来前半から足を使う方が脚質的に合うはずなのに、試しに追い込みで走らせてみてもそれなりに足を使って伸びてくる。

これじゃたしかに差しか追い込みが得意な馬だと勘違いされてもおかしくありません。

でもやっぱり逃げか先行しての粘り足がこの馬の持ち味であるのは間違いなさそうです。

 

「おつかれさま。よくやってくれた」

「はい、ありがとうございます♪」

 

神林先生に答える私の声が弾みます。

勝たせてあげられるかも知れない。いや、絶対に勝たせてあげるんだ!

 

 

機嫌良く厩舎に戻った私は柳谷さんと交渉です。

 

「今日の夜、シャロンウィンドとお散歩したいんですけどダメですか?」

 

「あ~いいけど、この前みたいにいきなり藻岩山に降りるような事するなよ。大騒ぎになっただろう?」

 

「は~い、気を付けます。ありがとうございました♪」

 

あのときは確かに大変だったもんなあ・・・

1時間の約束のお散歩が、観光客に囲まれて写真を頼まれたおかげで3時間になっちゃった。

今日はどこに向かおうかな?

 

 

「気を付けていってきてくださいね」

「いってきま~す♪」

 

バサッ

 

小谷さんに見送られて、羽音を立ててシャロンウィンドは夜空に飛び立ちます。

高度を上げるとビルや車がぐんぐん小さくなっていき、札幌の町が光の集まりになって夜景に変わっていきます。

頬をなでる夜風が心地よく吹き抜けます。

 

「良い気持ちだね~」

(ええ、良い風ですね)

 

私たちは普通の妖精とは比べ物にならないスピードで飛ぶことも出来ます。

ですが、今日はお散歩だから夜風に乗るようにゆったりと空を舞います。

夜空の星と、地上の星の間に挟まれてのんびり空中散歩。

普段は羽の出せない私が言うのも変だけど、羽を伸ばした気分です♪

 

「ありがとうね、シャロンウィンド」

 

(なにがですか?)

 

「ホホエミミセテのことで焦っていた私がめげずに済んだのはあなたのおかげだから」

 

(・・・褒めすぎです。)

 

「ううん、やっぱりそう思うんだ。

 自分がいらだったり焦ったりすればけっして良い走りをさせてあげることはできない。

 それを見失いそうだったのに、あなたは気がつかせてくれた。

 本当にありがとう・・・」

 

(私は皐月の翼ですから・・・)

 

遠くを目指してお散歩するのもいいけど、こうしてゆったり何も考えずに空を舞うのもいいな・・・

そんなことを感じた夜でした。

 

 

 

翌日、合わせ馬をしてホホエミミセテとシャロンウィンドの最終調教です。

シャロンウィンドは合わせ馬を振り切りそうな勢いで走ります。

 

「こら、疲れを残さないようにしてよ?」

(大丈夫ですよ。 まだまだ余裕ですから)

「・・・まあそうだろうけど」

 

次はホホエミミセテですが、問題は逃げと先行とどっちがいいか?

走らせてみると思い通りにダッシュできるからか合わせ馬に対して前に出ようとします。

気性も割と強めなので並んで走らせる先行よりも逃げの方が良いような気がします。

それになんといっても気持ちよさそうに走ってくれますし。

自分は逃げは得意ではないんですけど、がんばってみましょうか。

 

 

「一週間お疲れ様。明日に備えて早めに休んでくださいね」

 

小谷さんが調教の終わった私を労ってくれます。

自分の場合、普通の騎手と違うので、いきなり騎乗当日だけ依頼のあった馬に乗ることはできません。

平日も騎乗する馬の調教をびっちり自分でしないといけないから忙しいです。

でもこうして騎手として忙しい日々を送れることが幸せでなりません。

 

しばらくソファーでボーとしていると

コトン・・・ん?

 

「疲れているときには甘い物がいいですよ。」

 

小谷さんがニコニコしながら目の前にお皿をおいてくれます。

乗っているのは小さく切ったパウンドケーキ。

 

「わあ、ありがとうございます~♪」

「服にこぼさないでくださいよ」

「は~い♪」

 

用心深くケーキを口に入れます。

うん、美味しい。

 

「皐月さん、悩み事は解決したようですね」

 

「え?」

 

「昨日ぐらいまで、美味しい物食べるのが好きなのに、食べてる間も難しい顔していましたから」

 

「あ・・・」

 

「私は馬のことは素人ですから相談相手にはなれないかもしれませんが、あまり思い詰めたらダメですよ。

 皐月さんの良いところは、いつも前向きに頑張ってるところなんですから」

 

「・・・心配かけてすみません。でも小谷さん、付き人になってくれてまだ日が短いのに、よく見ていますね。」

 

「そりゃあこれでも子供を二人も育てましたもの。子供の様子は見ていればわかりますよ」

 

「ひど~い、それって私が子供っぽいってことですか?」

 

小谷さんにふくれてみせて・・・お互いにプッっと吹き出します。

 

「あははは、あ~おかしい」

「さ、お休みしましょうか」

「はい♪」

 

小谷さんの気遣いのおかげで肩の力が抜けました。

週末のレースでは良い勝負が出来そうです。

 

 

 

「とま~れ~」

 

日曜日、前日のシャロンウィンドのレースを快勝した私は、いよいよ正念場のホホエミミセテのレースを迎えます。

小谷さんの肩に乗ってホホエミミセテに近づいた私はホホエミミセテの背中に乗せてもらいます。

谷津さんが重しの位置調整をして準備完了。

パドックをぐるぐるまわります。

 

札幌競馬場はレース中も馬との距離が近いって事で、かなり人気の競馬スポットです。

妖精騎手の私がいるってことでパドックの柵の上には応援してくれる妖精さん達も並んでくれています。

 

なにかファン倶楽部まで近頃あるみたいで、

サインボードで【頑】【張】【れ】【皐】【月】【ちゃ】【ん】→【目】【指】【せ】【No】【1】【!】【!】

なんてことまでやってくれています。

 

手を振って上げると「「「「キャー」」」」と黄色い声が飛んで係員さんに「静かに」っと注意されたりしてますが・・・

ボーイッシュな外見のせいか、女の子に人気が高いのが微妙に悩ましいです。

 

花道を通って入場曲と共に馬場入場。

返し馬をして待機所に向かっていきます。

 

このクラスじゃどう転ぶかなんて予測も付けようがないわけで、人気はけっこう分かれています。

でもホホエミミセテはいままで発揮できなかった力を解放された状態ですから、頭一つは抜け出ていると思います。

 

やがてゲートインが始まり、ホホエミミセテも3番に入ります。

 

 

【バシャーン!!!】

 

 

一斉に各馬が飛び出す中、横一線で出た私たちは先頭に立とうとして出鼻をくじかれます。

ホホエミミセテ以上の出足で前に出たのは6番のスクリュードライバー

目の前に出られて押さえ込まれてしまいました。

さてどうしたもんか?

 

「ホホエミミセテ、行っちゃえる?」

 

そう問いかけるとやる気満々の手応えが返ってきます。

 

「んじゃ行っちゃおうか」

 

そう声をかけると同時にホホエミミセテが加速してスクリュードライバーに並びかけます。

負けじと加速するスクリュードライバーと競り合いつつ進みます。

 

後続を4馬身以上引き離したまま3コーナーに突入。

ここからが本当の勝負です。

 

「いっくよ~」

 

合図を送るとそこからグイグイと足をのばすホホエミミセテ。

後ろから追い込んでくる差足や末脚に対して、伸びる足でどこまで粘れるかの勝負です。

4コーナで後ろに迫ってくる足音が聞こえますがただひたすら前を見て走らせます。

 

「あとはあなた次第だよ。諦めて負けるのを選ぶか、勝ちにいくかは!!!」

 

私の言葉に応えるかのように伸び足で粘るホホエミミセテ。

目の前に迫るゴール。

・・・だけど私たちの横を抜いていく7番のミズノサンライズがスローモーションのように見えました。

 

 

『勝ったのは7番ミズノサンライズ!2着に3番ホホエミミセテ!3着に1番レッドマズルカが入りました~!!!』

 

 

「・・・ごめんね、ホホエミミセテ、勝たせてあげられなくって」

 

力は出し尽くしたつもりだった。

だけど、もしスタート時に先頭を取られなければ勝てていたかも知れない・・・

そう思うと悔いが残ります。

 

(いや、楽しかったよ)

 

急にそんな声が響きます。

 

「?!ホホエミミセテ?!」

 

(ああ、そうだ)

 

「なんで?あなたを勝たせてあげることが出来なかったのに・・・」

 

(さあな?自分でもなぜ君と話せるのか分かっている訳じゃないし。

 それはともかく、こんなに思いっきり走ることを楽しめたのは初めてだったよ。

 願わくば、もっと早く君と出会いたかった)

 

「・・・」

 

(これがラストランだろうし自分はもう競走馬として下り坂だが、君のおかげで始めて自分の力を出し切れた気がする。・・・ありがとう皐月)

 

さらりとした涼風が吹きます。厚い陽射しを遮るような夏の風が。

 

バサッ!!!

 

「え???」

 

うそ!!!???

私たちの背に羽が生えている?

勝ってもいないのに、いったいどうして???

 

 

そのとき、頭の中に3頭の言葉が浮かびました。

 

(僕は君に乗ってもらうのが好きなんだ) そう言ってくれたのはコスモスウィンド

(・・・貴方のおかげですよ) 感謝してくれるシャロンウィンド

(願わくば、もっと早く君と出会いたかった) 叶わなかった願いを口にするホホエミミセテ

 

ああそうか、そういうことだったんだ・・・

自分がこの子達を必要だと思うこと、そしてこの子達が自分を必要とすること。

それがあって始めてこの翼は生み出されるんだ。

だからこの翼はお互いの心が通じ合った象徴。

 

「私を認めてくれてありがとう、ホホエミミセテ・・・」

 

照りつける夏の陽射しが心地よく、吹き抜ける風を輝かせました。

 

 

 

To be continued




今回の主題は皐月の羽の種明かし回でした。

今回書いた引退馬の予後については競走馬それ自体を好きな人なら大抵知っているつらい現実です。
自分なんかは現役時代を良く知っている馬の子供を追いかけて歩くなんてことやってますので余計に。
たまに馬肉を食べるときに、もしかしたら行方知れずになったあの馬かも知れないなあ(哀)などと思いつつ食べていたりします。
人が生きていく上での業として仕方が無い面もありますけどね。
 

さて次はいよいよ菊花賞が舞台です。

今回のシリアス風味から一転、ホンワカドタバタ風味でお届けしようと思います。

それでは5話でお会いしましょう~(^^/~~~~~~
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