妖精的日常生活「風と共に歩む者」   作:水凪亜炭

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この作品はかつてあった「妖精さんの本だな」というサイトで提唱された「妖精的日常生活」というシェアワールドに基づく作品のリニューアル版です。
サイト消滅後、提唱者のジャージレッド氏と連絡を取りましたところ「シェアワールドの設定は有効であり、それを踏まえてもらえば他サイトへの投稿は構わない」との返事を頂きました。

シェアワールドの設定アーカイブ
https://web.archive.org/web/20070127115940/http://www.keddy.ne.jp/~jersey-r/toukoukitei_tebiki.htm

当時数多くの投稿があった「妖精さんの本だな」の中でも、かなり異色な作品となっていた拙作ですが、楽しんでいただければと思う次第です。

以下、シェアワールドのアウトラインとなる設定文です。

ーーーーーーーーーーー

200X年、突如として人間が妖精と呼ばれる羽を持った小人に変化してしまうという事件が発生する。
その事件は一件では済まず世界各地で観測され、日本でも世界で4例目となる妖精化事件が発生し、その後も続々と被害者が出たことにより社会問題化することになった。そして被害者達からの聞き取りによって、被害者の肉体が異世界にいる妖精と魔法によって交換されている事が判明する。(相互換身用召喚魔法というらしい)
その目的が妖精達を侵略するナニカと戦える存在を呼び出すことで、人間以外ではナニカと戦えなかったこと。わざわざ肉体交換という方法をとっている理由が人間を魂ごと呼び出すことが出来なかったので、魂の器として召喚する妖精自身の体を送り出す必要があったこと。そして鍵となるのが夢の中で会った妖精に自分の名前を教えることで肉体交換に同意した事になってしまうことが判明する。
これらが分かってからは、あらゆるメディアや教育現場にて妖精と夢の中で出会っても名前を教えないよう宣伝が組まれ、世界的には被害者が減ることに。

しかし訪問販売や電話勧誘であってもついつい話を長々聞いてしまう事が多いNOと言えない日本人。
妖精側も巧妙に好奇心や同情を誘う話術を年々身につけた事から、ついついポロッと会話の中で自分の名前を教えてしまう被害者が続出。そんなわけで日本は事件発生から数年後には妖精人口が最も多い国になってしまう。

これは、そんな日本にて妖精の召喚を受けちゃった、とある人物の物語である。


妖精的日常生活「風と共に歩む者」第5話 ~大輪菊のスケルツオ~

 

ここは美浦の山根厩舎事務所。

いつもなら賑やかな場所ですが、今日はいつもの賑やかさはなく集まった面々が深刻な顔を付き合わせています。

こうして集まってからすでに小一時間。

沈黙に耐えきれなくなった私は口を開きました。

 

「まずいですねえ・・・」

「まずいな・・・」

「むうううう・・・」

「「「・・・」」」

 

「問題ですねえ・・・」

「問題だな・・・」

「むむううう・・・」

「「「・・・」」」

 

「どうしましょう・・・」

「どうしたもんか・・・」

「むむむううううう・・・」

「「「・・・」」」

 

べつにコントをやってる訳じゃありません。

山根先生の事務所には、いま私、山根先生、田邊オーナー、JRAの役員さんが集まっています。

全員揃って冷や汗をだらだら流しながら頭を抱えて眺めているのは秋の日程表。

そして全員の視線が集まっているのが菊花賞の日付10月2●日・・・

 

何が問題なのかと言えば、その・・・

 

妖精には4月と10月にちょっと問題が起きる季節があるわけで(汗

菊花賞はそのシーズンの真っ最中なんですよね(困

どうしましょう・・・(泣

 

9月も終わりを迎える今の今まで気がつかなかった私たちも迂闊なんですが・・・

山根先生達は普段から馬たちの調教や世話で忙しくて頭に無く。

田邊オーナーと小谷さんはそもそも身近に妖精に召喚された人がいなくって知らない。

JRAの役員さん達は、高まった競馬人気と収益に浮かれて気が回らず。

自分はといえば、日々の事だけで精一杯で【妖精郷の雑貨屋さん】で教えてもらっていた事をすっかり忘れていたんですよね。

 

それがなんで思い出すことになったかと言えば・・・事は昨日にさかのぼります。

 

 

 

『皐月と』『成子の』『『今週末の競馬情報のコ~ナ~で~す♪』』

 

私は成子ちゃんと一緒に週末の競馬情報を伝えるラジオ番組を週一回やっていまして、注目馬やレースの情報を伝えています。

 

「さ~今週末は秋の天皇賞に向かう馬たちが集う産経賞オールカマーと、菊花賞ステップレースの神戸新聞杯がありますねえ」

 

「ええ、オールカマーの注目は、古馬最強と言われるケイセイミキサーが4個目のGⅠ制覇にむかってどんな走りを見せるかですこれに対して他の馬たちがどうやって対抗していくかも見物ですね」

 

「あの馬は強いですよね~、皐月さんはケイセイミキサーとレースで走ったことはあるんですか?」

 

「あいにくまだ無いんです。でも、どんなレース展開でも掲示板から外れない勝負強さは、古馬最強と言われるのに相応しいと思いますよ。菊花賞が終わったらコスモスウィンドと挑戦してみたいです」

 

「そう言えば今週は菊花賞トライアルの神戸新聞杯もありますが、菊花賞でコスモスウィンドに乗ってもらう騎手は決まってるんですか?」

 

「へ???なんで???」

 

「え? だって私たちは来週から長期休暇をもらいますから・・・」

 

「は?」

 

長期休暇? なにそれ? それと私が乗れないことに何の関係が?

 

「え~と・・・とりあえずその話は置いておきまして・・・ちょっと話がずれましたので元に戻しまして、ケイセイミキサーの対抗馬の解説に行ってみましょう」

 

「あ、は~い。ではまず対抗主軸としては宝塚記念で2着に来たホシノカ・・・」

 

     ・

     ・

     ・

 

「・・・とまあ、こんなところになると思います」

 

「はい、皐月さん、解説ありがとうございました。

 さて、来週から私たちは長期休暇に入りますのでこのコーナーはお休みになります。11月からまたよろしくお願いしま~す♪」

 

「よろしくお願いします」

 

番組終了後、控え室に戻った私は成子ちゃんに質問されました。

 

「あの、皐月さん、もしかして菊花賞でコスモスウィンドに乗るつもりなんですか?」

 

「えっと、そのつもりだったけど、何か問題が?」

 

「・・・あう、やっぱり・・・【妖精郷の雑貨屋さん】で教えてもらってなかったんですか?」

 

「なにを???」

 

「私たち妖精に年2回訪れる発情期、【妖精狂いの季節】のことですよ」

 

顔を真っ赤にして教えてくれる成子ちゃん。

 

・・・(考え中)・・・!!!「ああああああああああ???!!!」

 

「教えてもらっていたけどすっかり忘れていたみたいですね・・・」

 

「どどどどど、どうしよう?!」

 

動揺しまくる私の背に小谷さんが声をかけます。

 

「あの、皐月さん? その妖精狂いの季節ってなんですか?」

 

「・・・あの、その、あううううう・・・」

 

「はあ、私がお話しますよ・・・」

 

妖精には半年に1度発情期があって、それが4月と10月に起きることから「妖精狂いの季節」と呼ぶこと。

その時期の妖精は普段の子供体型から急に二次成長を迎えたような体型変化を起こして、なんというか・・・繁殖本能向きだしな存在となってしまうこと。

そのため結婚しておらず妊娠したくない女の妖精は、男の妖精との接触を避けるため同性の友達とペア(巣ごもり友達というらしい)になって家に籠もりきりになってしまうこと。

 

そうしたことを成子ちゃんは小谷さんへ簡単に説明をしてくれます。

 

「・・・そうですか、そんなことがあるんですね。そうすると、丁度時期的に重なる菊花賞に皐月さんは乗れないんですね」

 

「そうなるんです・・・」

 

「ううう・・・」

 

説明が終わったとき、私は部屋の片隅で陰を背負っていじけていました。

神様、私は前向きに生きることを心がけてきましたが、今回ばかりはあなたを恨みます・・・

平穏を返してください~~~

 

「なにはともあれそのままにしておくことも出来ませんね。すぐに厩舎に戻って対応を考えましょう。成子さん、おつかれさまでした」

 

「は~い、困ったことあれば連絡くださいね」

 

小谷さんはいじけている私をつまんで帰り道につきました。

 

以上回想終わり!!!

 

 

 

まあ、そういうわけで、関係する皆様に小谷さんが連絡を入れて今日集まってもらって事情説明。

みんなで頭を抱えているというわけです。

 

 

 

「菊花賞の時期をずらすのは無理ですか?」

「ステップレースから調整してきた他の馬とのかねあいもありますので、コスモスウィンドだけ特別扱いは・・・」

 

「しかし出場できないとなるとファンが納得しないんじゃないかな?」

「いや、ファンはコスモスウィンドと皐月君のファンだけじゃないわけで、特別扱いしたらそっちのほうが心配だ」

 

「今後のことを考えると、4月と10月はGⅠ日程いれないほうがいいですね」

「それはそうだがこの時期をさけた場合レース日程全体の見直しが必要で、スポンサーをどう納得させる?」

「地方開催の日程もややこしいことになるな」

 

話題が話題だけに・・・居心地が悪いです・・・

乗れないのはもう覚悟するしかないんでしょうね・・・

私は隣に座る、山根先生に小声で話しかけました。

 

「山根先生、牧瀬さんにコスモスウィンドの騎乗お願いできます?」

 

「しかし、コスモスウィンドが納得するのか?秋葉じゃないと言うこと聞かなくなってるのに」

 

「なんとか説得してみます」

 

実は私が羽を出せるようになった馬はある問題が出ることが判明しまして、それがなければここまで揉めることがにならないんですよね。

 

ホホエミミセテは結局引退が決まってしまいましたが、JRAのマスコット馬として第2の馬生を歩む事に。勝利をプレゼント出来なかったのはちょっと残念だけど、いっしょにやっていける事になって嬉しいです。

 

9月にあたらしく羽が出せるようになったのは2歳新馬のイシノシズクと3歳500万条件馬のブラディーメアリー。

コスモスウィンドとシャロンウィンドを加えて4頭が今のところ私が羽を出せる競走馬という事になります。

 

ところがこの4頭、調教は他の騎手でも問題ないんですが、レースになると私以外は受け付けなくなるという。

 

ちなみに、他の騎手でレースに出されそうになった時の反応はといえば・・・

 

「僕は皐月にしか背を許す気はないぞ!」 コスモスウィンド

「私は皐月の翼であって、他の騎手の足じゃありません」 シャロンウィンド

「僕と一緒に走りたくないの?」 イシノシズク

「あんた以外の誰を乗せろって?!」 ブラディーメアリー

・・・とまあ、嬉しいんだけど困った状況に。

 

かくしてこの4頭の完全専属騎手となってしまった私は登録日程がかぶらないようにしたり、かぶるときは別な競馬場になったりしないようにする調整が必要に。

 

これが分かってから、馬主さん達も気軽に騎乗を頼んで専属騎手になってしまったら大変と、騎乗依頼を減らすようになっています。

自分がその他大勢の騎手の一人でしかないと認識されているか、より上手な人に乗ってもらっている馬は安心なんですけどね。

 

当分、未勝利馬と新馬には危なくて乗れませんし、そうなるとたいてい主戦騎手が決まっているオープン馬にはなかなか乗れません。

おかげで最近は意外と暇で、ラジオ出演なんかしているんでけど。

 

はあ、とにかく菊花賞は諦めてコスモスウィンドを説得しましょうか・・・

 

「仕方がないので今回は諦めます。コスモスウィンドは何とか説得してみせますから」

 

「菊花賞では牧瀬君に騎乗してもらえるようにしますので、そのように対処してもらえますか?」

 

私と山根先生はそう切り出します。

 

「・・・今回ばかりはあまりにも期間が短すぎたか」

 

「こればっかしはどうしようもないですね・・・」

 

「もっと早くに気がついて対処していれば、レース日程をずらす事も出来たのに申し訳ない」

 

「いえ、私がもっと早く気がついていれば良かったんです。何度もご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

あきらめ顔の田邊オーナーとJRAの役員さん達を見ていると心が痛みます。

たびたび自分の事で振り回して本当に申し訳ないです・・・

 

 

----------

 

 

(皐月どうした? えらく疲れているが?)

 

「ちょっとね・・・」

 

いつものように厩舎に夜飼を見に来た私は、ガサガサと飼葉を食べるコスモスウィンドに話しかけます。

 

「ねえ、コスモスウィンド。私の代わりに牧瀬さんに菊花賞で乗ってもらっても良い?」

 

(? いったいどうしたんだ?前にも言ったが、僕は皐月以外に背中を許す気はないぞ?)

 

「うん、分かってる。その気持ちは嬉しいし、私の誇りにもなってる。自分が騎手としてやっていけるようになったのも貴方のおかげだしね」

 

(それならなぜ?)

 

「・・・【妖精狂いの季節】がなければ良かったんだけど」

 

私は【妖精狂いの季節】の事を説明します。

 

(そんなことがあったのか。だけど、そういうことなら僕は無理してレースに出る気はないぞ?)

 

「それは駄目!私の事なら気にしなくていいから出て欲しいの」

 

(なぜ、そこまでこだわるんだ?)

 

「だって、コスモスウィンドにとって一生に一度しか出られないレースなんだよ?それを私のせいで走らせて上げられないなんて悔しいじゃない!!!」

 

そう、馬にとって一生で一度しか出られないクラシックレース。

 

皐月賞は「早い馬が勝つ」レース。

ダービーは「選ばれし馬が勝つ」レース。

そして菊花賞は「強い馬が勝つ」といわれるレースです。

 

皐月賞を取ったコスモスウィンドは早さを証明していますが、ダービーはロードグリーンに持って行かれています。

この2頭のどっちが本当に強いのか?

いや、本当に強い馬はこの2頭なのか?

そういった興味が集まる菊花賞。

 

その場に距離適正や足下に問題無いコスモスウィンドが、私のことにこだわって走ってもらえなければ悔いが残ります。

 

(・・・僕は君と走るのが好きだからレースを続けているんだ。だけど、君がそのことで悔いを残すというのなら、他の騎手に乗ってもらっても良いよ。今回限りだけどね・・・)

 

「・・・コスモスウィンド」

 

(気にするな。もし君が乗れなくなっても全力をつくすさ)

 

「うん、ありがとう・・・ごめんね」

 

これでコスモスウィンドを菊花賞に出す事は出来ます。

牧瀬さんに頑張ってもらいましょう。

 

 

 

「今日も一日お疲れ様でした」

「今週は騎乗依頼がなかった分、イベント時間が長かったから疲れただろ?」

「皐月さん、お疲れ様でした。明日から休暇ですからゆっくりしてくださいね」

 

週末、めずらしく全く騎乗依頼がなかった私はホホエミミセテとイベントをこなしてきました。来週には例の季節な訳で、しばらく競馬場に顔を出す事は出来ません。

 

子供を産む気なんかこれっぽっちもないから、巣ごもり友達も急いで決めないといけないし・・・憂鬱です。

 

事務所でボーとしていると牧瀬さんが帰ってきました。

 

「ただいま!大穴開けてきたぞ~♪」

 

メインレースの神戸新聞杯には勝てなかったけど、特別戦で不人気馬で勝って大穴にしたもんだからご機嫌ですね。

 

「牧瀬さん、おかえりなさい~」

「ああ、京都遠征お疲れ様」

「お疲れ様でした。珈琲はいかがですか?」

「あ、もらいます」

 

小谷さんに注いでもらった珈琲を飲んで一息ついた牧瀬さんは私たちを見回します。

 

「なんか雰囲気暗いわね? どうしちゃったの?」

 

3人で顔を見合わせます。

 

「ああ、牧瀬に話があるんだが、何から話すべきか・・・」

「この場合は皐月さんから話すべきでしょうね」

「・・・そうですね」

 

覚悟を決めた私は牧瀬さんに切り出します。

 

「牧瀬さん、菊花賞でコスモスウィンドに乗ってもらえませんか?」

 

「はあ???」

 

牧瀬さんが鳩が豆鉄砲を食ったような顔で沈黙します。

 

「秋葉、単刀直入すぎる・・・」

「あらあら・・・」

 

「・・・私が菊花賞に?」

「はい」

 

「コスモスウィンドと?」

「はい」

 

「・・・・・・」

 

牧瀬さんはややしばらく考えています。

 

「・・・どうしてそんな話になったの?」

 

「えっと来週から私は長期休暇を取らないといけませんから・・・」

 

山根先生と小谷さんが頭を抱えていますね。

私の説明、なにかおかしかったでしょうか?

 

「あ~もう少し具体的に説明してくれない?」

 

「えっとですね、私たち妖精には【妖精狂いの季節】ってのがあるようで、それで年2回お休みをもらわないといけないんですよ」

 

私は顔を赤くしながら【妖精狂いの季節】について説明を始めました。

 

「やっと本題に入ったか・・・」

「一時はどうなる事かと心配させられましたね・・・」

 

15分ほどかかって今回の事情を説明し終えたあと、牧瀬さんはややしばらく考え込みました。

 

「つまりみんな揃って【妖精狂いの季節】の事を忘れていて菊花賞の日程もずらせない。元々のスケージュールだと皐月ちゃんは季節の真っ最中でレースに出れるわけがないってわけね」

 

「そうなるんです・・・」

 

「ふむ・・・」

 

牧瀬さんは私を見つめたまま考え込んでいます。

 

「コスモスウィンドは皐月ちゃんが説得してくれたんだよね?」

「はい、菊花賞で牧瀬さんが乗る事に同意してくれてます」

「ふ~ん、それならいいけど・・・ちょっとだけ気になる事があるのよね」

 

牧瀬さんは相変わらず私をじっと見つめ続けています。

居心地悪いなあ・・・

 

ややしばらくして牧瀬さんが口を開きます。

 

「皐月ちゃん今の話で確認したいんだけど、【妖精狂いの季節】って年2回、4月と10月だよね?」

 

「はい、だいたいどちらも5日から26日ぐらいまでが平均的で、個人差でずれても前後5日ぐらいだそうです」

 

「ふ~ん・・・」

 

いきなり牧瀬さんが顔を近づけてきました。な、なんでしょうか?

 

「皐月ちゃん、召喚されたときの事覚えてる?」

 

・・・忘れられるわけありません。でもそれが今の話となんの関係が?

 

「えっと、皐月賞の翌日でしたね・・・」

 

「あれは何月何日だった?」

 

「えっと・・・4月1●・・・あれ?」

 

私の思考が止まります。

召喚された時ってもしかして・・・

 

「分かった? 【妖精狂いの季節】の真っ最中のはずよね?」

 

「・・・はい・・・」

 

私は呆然と牧瀬さんに答えました。

 

あのときはたしかに【妖精狂いの季節】

そのまま【妖精狂いの季節】に突入していてもおかしくなかったのに・・・

なんで前回は無事だったんでしょう???

 

「それにもうひとつ疑問があるのよね・・・」

 

なんでしょう???

私が牧瀬さんに顔を向けると話を続けます。

 

「あのとき、【妖精狂いの季節】の真っ最中にもかかわらず、【妖精郷の雑貨屋さん】に店員さんいたよね?」

 

!!!

あのとき以来、別な店員さんばっかりで会っていませんが・・・

たしかに【妖精狂いの季節】にも関わらず、【妖精郷の雑貨屋さん】に店員さんはいました!

あの時の店員さんの名前は・・・根津さんでしたね。

 

「【妖精狂いの季節】を何とかする方法があるのかもしれないよ?駄目元だし、聞きに行ってみない?」

 

「そうしてみます!!!」

 

もしかしたら、道が開けるのかも知れない!!!

そう思ったら居ても立ってもいられません。

牧瀬さんをせかして【妖精郷の雑貨屋さん】に出発です!!!

 

 

 

なんとか閉店間際に【妖精郷の雑貨屋さん】に駆け込んだ私たちは根津さんを呼び出しました。

 

「根津さんいらっしゃいますか?」

「根津ですか?ちょっとお待ちください」

 

ちょっと待っていると、根津さんが出てきました。

 

「あら、お久しぶりですね」

「ご無沙汰しています」

 

私が頭を下げようとすると手で制して根津さんは話を続けます。

 

「わざわざ私を指名して呼び出すとは、いったいなんの用でしょうか?」

 

「実は・・・」

 

私は事情を話して、疑問に思った事を話しました。

 

「なるほど、お客様は【妖精狂いの季節】に召喚されたにもかかわらず、あの時は発症しなかった。そして私がなぜ【妖精狂いの季節】の季節にもかかわらず、店員をしていられたかということですね?」

 

「はい、そうなんです」

 

「お客様が【妖精狂いの季節】に召喚されたにも関わらず発症しなかった件ですが・・・

 【妖精狂いの季節】に召喚された場合、そのときには発症せずに次の季節から発症する事が多いみたいです。だから、お客様の場合もそのケースだと思われます」

 

「そうですか・・・」

 

そういうことなら今回からは発症するんでしょうね。

期待していただけにガックリきます・・・

でも、それなら根津さんはなぜあのとき平気だったんでしょう?

 

「私が何故あのとき平気だったのかと言えば、自分は【妖精狂いの季節】の症状が軽くなっているので理性が保てるからなんです」

 

私が疑問をぶつけてみると、根津さんが苦笑しながらそう答えてくれます。

 

「どうも、何度か子供を産んだことがある妖精は繁殖本能が弱くなるみたいなんですよ」

 

「つまり・・・根津さんはこれまでに何度かお子さんを?」

 

「はい、3人生んだところで症状が軽くなりました」

 

・・・これは、自分が条件を満たすのは無理ですね。

 

期待していただけにショックは大きいです。

天国へ階段をもう一歩って所から奈落の底までガラガラ落ちてしまったような・・・

もう・・・なにを聞く気力も残っていません・・・

 

「あのお客様?」

「ちょっとショックすぎたか~せっかく質問に答えてもらってたのにごめんね」

「いえ、それはよろしいんですが・・・」

「とりあえず今日の所は帰るわ。閉店間際に押しかけて迷惑掛けたわね」

「いえ、またお立ち寄りください」

 

呆然としていた私は、気がつくと牧瀬さんと一緒にタクシーに乗っています。

 

「・・・あれ?」

 

「気がついた? だいぶボーっとしていたけど」

 

「なんでタクシーに乗っているんですか?」

 

そう言った私に牧瀬さんがあの後連れ出してくれた事を話してくれました。

 

「そうだったんですか、すみませんご迷惑を掛けまして・・・」

「いいわよ」

 

その後はややしばらく沈黙が続きます。

 

沈黙が落ちた車内で私は考えます。

根津さんのように【妖精狂いの季節】が軽くなるには子供を生む必要がある・・・それも何人もです。子育てをしながらの騎手生活なんて無理ですし、そもそも元男としてそんなことをするとか無理・・・だと思う。

 

そんな事を考えていると牧瀬さんが口を開きました。

 

「皐月ちゃん、ごめんね・・・」

 

「え?」

 

意外な言葉に唖然とする私に向かって牧瀬さんが話を続けました。

 

「期待するだけさせておいて、結局は何の力にもなれなかった・・・」

 

牧瀬さんの顔を見ると悔しそうに歪んでいます。

その目から涙が一筋伝い落ちました。

 

「牧瀬さん!?」

 

「本当なら翔君として菊花賞に出る事が出来たはずなのに・・・」

 

牧瀬さん、まだあのときの事を引きずっていたんですか?!

 

「・・・牧瀬さん、気にしないでください、妖精がこうなるのは仕方がない事ですから。もともと牧瀬さんにお願いするつもりでしたし・・・」

 

「でも!!!」

 

私は言い寄る牧瀬さんを押しとどめるように肩に飛び乗ってそっと頬ずりします。

 

「牧瀬さん、あなたが私に言ってくれましたけど、妖精になった私は体を張ってあなたを支える事は出来ません。でもこうして心であなたを支える事は出来ますよね」

 

「皐月ちゃん・・・」

 

「菊花賞に乗れないのは確かに残念です。でも私にとっては菊花賞で走るコスモスウィンドを見れないのがもっとつらいんです」

 

「・・・」

 

「牧瀬さんならきっと良いレースが出来ます。コスモスウィンドをゴールに導いて上げてくれませんか?」

 

「・・・うん」

 

「つらいことお願いしたかも知れませんけど、コスモスウィンドをよろしくお願いします」

 

「うん、わかった。必ずコスモスウィンドに菊花賞を取らせてあげる」

 

牧瀬さんが涙を拭くと、強い決意と共に顔を上げてくれました。

 

もうこれで大丈夫でしょう。

乗れない事が決まった以上、自分は自分に出来る事で精一杯コスモスウィンドを応援するだけです。

 

そんな事を考えていた私はその後に牧瀬さんがそっとつぶやいていた事を聞き逃してしまいました。

 

「もう一つだけ可能性があるんだけど、これは言えないわね・・・

 神様、もしいるのなら皐月ちゃんに最後の可能性ぐらい残してください・・・」

 

 

----------

 

 

「ふわ~今日は雨か~」

「じとじとした感じで嫌ですね~」

 

秋の長雨。

そんな言葉が似合うここ最近の天気に気分は湿りがち・・・なんて言ってるほど暇じゃないです。

 

菊花賞をあきらめた私は、【妖精狂いの季節】に備えて急いで準備を整えました。

JRAへの長期休暇の正式な届出、4頭の専属馬の説得、そして巣ごもり友達の決定です。

 

JRAへの届出は小谷さんが代行してくれたので、自分はサインのみで終わりです。ボールペンを抱えてサインするのは結構大変でしたけど。

 

コスモスウィンド以外の3頭は説得し切れなくって、私が復帰するまではそれぞれの厩舎預かりで調教のみに・・・

出走を楽しみにしていた馬主さん達には悪い事をしてしまいました。

 

巣ごもり友達ですが、自分は今はまだ子供を作る気はありませんので、成子ちゃんにお願いしてみました。

急な話なので引き受けてもらえるか心配でしたが、「皐月さんのことだから、巣ごもり友達とか決めてないだろうと思ってフリーにしていたんです」とのこと。

引き受けてもらえて嬉しいけど、それに気がついていたんだったらもっと早く注意して欲しかったと気分は複雑ですね。

 

そんなわけで現在は長期休暇中ということで、騎手も厩舎の仕事もまったくお休みです。

コスモスウィンド達の様子は小谷さんや時々来る牧瀬さんが知らせてくれるので気が紛れます。

馬に乗れないとストレス貯まりそうな気がしていましたが、それどころじゃないほど忙しいので気にしてる暇がありません・・・

 

「皐月さ~ん」

 

成子ちゃんが抱きついてきて、あ、こら、そんなところを触ったら・・・

 

「あう、またなのおぉぉ・・・」

 

私の上げた声は、激しく降ってきた雨音に消されていきました。

 

何をしているかは秘密です!!!

 

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

 

「・・・ふあああ、今日は良い天気ですね」

 

私は大きく伸びをして目を覚ました。

 

・・・なにか感じが違いますね?

今朝起きてみたら、なんとなくここ数週間とは体の感じが違います。

気怠さというか、フワフワした感じというか、とにかく頭がボ~っとした感じになっていたあの感覚がありません。

 

「皐月さん、おはようございます」

 

成子ちゃんも起きてきました。

今日はいきなり抱きついてきませんね?

 

「どうやら【妖精狂いの季節】が終わったみたいですよ」

 

へ? そう言われてみれば成子ちゃん、胸が小さくなっていますね。

自分の体を見下ろしてみますと、同じように胸が小さくなっています。

どうやら自分も【妖精狂いの季節】が無事過ぎ去ったようです。

 

「大変な体験だったなあ・・・」

 

ここ数週間の行動を思い出すと顔が紅くなります。

 

「皐月さんは初めての体験でしたものね」

 

成子ちゃんがクスクスと笑いながら言いました。

 

「はあ、今日は何日なんだろう?」

 

もう菊花賞は終わっているはずなんだけど・・・

しばらくぶりにまともに服を着て2人でぼ~っとしているとドアが開いて小谷さんが入ってきました。

 

 

「食事を持ってきましたよ~・・・あら?

 お二人とも服を着ていますけど、もしかして【妖精狂いの季節】が終わったんですか?」

 

「はい、今朝までで終わりだったようです」

 

「あらあら大変!!!」

 

小谷さんは食事を置くとあわててバタバタと飛び出していきました。

 

「どうしたんでしょう?」

「なんでしょうね?」

 

私と成子ちゃんは顔を見合わせました。

しばらく待ちましたがなかなか小谷さんは戻ってきません。

せっかく持ってきてもらった事だし、とりあえずご飯でも食べますか。

 

「はあ・・・・数週間ぶりのゆっくりとした食事・・・」

「あは、忙しかったですからねえ」

「誰のせいですか・・・」

「しりませ~ん♪」

 

朝食は4等分に切ったミニクロワッサンや小さく切ったフルーツと細かく切ったソーセージ。

食べやすさを重視したメニューを2人で分けながら食べていると、小谷さんが戻ってきました。

 

「皐月さん、出かける準備をしてください」

 

「へ?どこにですか?」

 

「京都競馬場に行きますよ」

 

「は???」

 

予想外の答えが返ってきました。

 

「いったい、どういうことですか?」

 

私は訳が分からず小谷さんに尋ねます。

 

「皐月さん、今日が何日か分かりますか?」

 

「いえ?」

 

「10月2●日です」

 

はい???

私の思考が固まります。

 

それってもしかして今日が菊花賞当日って事ですか???!!!

 

「牧瀬さんが言っていたんですが、【妖精狂いの季節】はだいたい3週間しかありません。そうであるならば、10月の早い内に【妖精狂いの季節】が始まれば、菊花賞までに終わるかも知れないと。ですからそれに備えてこっちは準備していたんです」

 

・・・うそでしょう?

 

「あ・・・でも、私は今回調整ルームに入っていませんし・・・」

 

そう、騎手には不正を防ぐために前日から調整ルームに入る義務があります。

 

「それもJRAの了解済みです。今回に限り特例で出場してもいいと」

 

・・・もう返す言葉がありません。

あなた達はそんなわずかな可能性に賭けてここまで準備してくれていたんですか?

私の体が震えます。

 

「あ、でも、これからじゃ間に合わないと・・・」

 

今はすでに7時を回っています。

JRをどれだけ早く乗り継いでも開催までに間に合わせるのは困難です。

 

「はい、ですから別な手段が用意してあります。皐月さん、京都までホホエミミセテで飛んで行っちゃってください」

 

「あ・・・」

 

すっかり忘れていましたけど、私は普通の妖精ではとてもできないような速度で飛べるんですよね。

ここまでお膳立てされて拒む事はできません。

 

「わかりました・・・やらせて頂きます!!!」

 

小谷さんに連れられて外に出るとホホエミミセテが待ちかまえていました。

 

(待っていたぞ。必ず間に合わせてみせるから任せてくれ)

「おねがい、ホホエミミセテ」

 

私はホホエミミセテの背に乗って羽根を出します。

 

「行ってきます」

「気を付けて行ってください」

 

小谷さん、成子ちゃん、それに厩舎のみんなに見送られて私たちはフワリと飛び立ち、一路京都へ向かいます。

 

 

ホホエミミセテの背に乗った私はひたすら祈ります。

早く、1秒でも早く、わずかな可能性に賭けて準備してくれたみんなの思いに応えるために・・・

私の想いに応えるように、ホホエミミセテもぐんぐんスピードを上げます。

風に乗った私たちの眼下を流れていく景色が次々と後ろに去っていき、どれほどの時間が経ったでしょう。

 

(みえたぞ!!!)

 

ホホエミミセテがそう叫んだのはすでに頭上にあった太陽が西にだいぶ傾いた頃でした。眼下に小さく見えたのは紛れもなく京都競馬場です。

 

「間に合った?」

(どうにかな!!!)

 

私たちはそのまま厩舎エリアへ降り立ちます。

 

「秋葉!こっちだ!!!」

 

山根先生が呼んでいます。

 

「間に合って良かった。コスモスウィンドは万全に仕上がってる。あとはおもいっきし走ってきてくれ!」

 

そう言って私をホホエミミセテから下ろしてくれた柳谷さん。

 

「皐月君、待っていたよ。良く来てくれた・・・」

 

田邊オーナー・・・そして

 

「皐月ちゃん、本当に貴方にこの手綱を渡せるのね・・・」

 

涙を浮かべながら待っていてくれた牧瀬さんがいました。

 

そこには自分でも気がつかなかったわずかな可能性を信じてくれたみんなが待っていました。私はただ頭を下げる事しかできません。

 

そして誰よりも待っていてくれたであろう、コスモスウィンドが現れます。

私は黙ってコスモスウィンドの背に乗ります。

コスモスウィンドも何も言わず私を背に乗せます。

お互い何も言わなくても通じます。

 

場内アナウンスが京都競馬場に響き渡りました。

 

『第○○競争の乗り代わりをお知らせします。

 13番コスモスウィンドの鞍上は牧瀬薫騎手から秋葉皐月騎手に乗り代わります。

 第○○競争の乗り代わりをお知らせします。

 13番コスモスウィンドの鞍上は牧瀬薫騎手から秋葉皐月騎手に乗り代わります。』

 

【どわあああああああああああああああああああああ!!!!!】

 

放送の次の瞬間、京都競馬場全体が激しいどよめきと歓声に包まれました。

 

私は疲れ切って崩れ落ちているホホエミミセテの方を見つめました。

 

「聞いた?ホホエミミセテ、この歓声を・・・貴方が起こしたのよ・・・ありがとう」

 

私の言葉にホホエミミセテが笑っているのが感じられます。

息を荒げて座り込むその姿がどんな名馬よりも輝いて見えました。

 

 

-----------

 

 

「・・・夢みたいだね・・・」

 

今こうして菊花賞の舞台に立っている事が自分でも信じられず、私は呟きました。

 

(現実だよ。ダービーの時も君はそんな事を言っていたな)

 

「そうだったっけ?」

 

(ああ。だがダービーの二の舞はゴメンだぞ)

 

「それは私もよ」

 

そんな事をコスモスウィンドと話していると、ロードグリーンに乗った柘植さんが近寄ってきました。

 

「秋葉も無事出走できて嬉しいよ」

 

「あら? ライバルが減った方が嬉しいんじゃないんですか?」

 

「まあ、そらそうやけど、主役の一人が欠けると面白くないやないか」

 

私の軽口に柘植さんがサラッと切り返します。

 

「ま、今回の最大の敵はどっちかというとあっちかとは思うけどな」

 

柘植さんの視線の先には、春とは見違えるほど成長したグラスシャープとラッキーセブンがいます。夏の上がり馬という言葉がありますが、まさにそれを地でいくような成長ぶりです。

他にもダービーをかき回してくれたトキエイサクもいますし、強敵揃いです。

 

「でも負ける気はないんでしょう?」

 

「当然、それは秋葉もやろ?」

 

二人で顔を見合わせて吹き出します。

 

「良いレースにしますからね。ダービーのお返しさせてもらいます」

 

「そうはいかんよ~」

 

やがてファンファーレが鳴り響き、ゲートインが始まります。

コスモスウィンドは7枠13番から発走です。

 

 

【バシャーン!!!】

 

 

ゲートが開き、まず最初に中川さんの乗る1番トキエイサクが飛び出し抜群のスタートダッシュでリードすると、そのまま逃げに入ります。

2番手には2馬身ほど遅れて菊田さんの乗る6番グラスシャープ、3番手には安永さんの乗る7番グリーンアラスカが付けています。

コスモスウィンドはいま4番手に付けて追走中です。

 

3000mの長丁場、普通に考えたら足を最後まで貯めて最後の直線にかける方が正解でしょう。

でも後ろには海老塚さんのラッキーセブンと柘植さんのロードグリーンがいます。

普通にやって差し足を残されたら勝てるわけがありません。

 

「さあ、行ってみようか」

(ああ、いこう!!!)

 

コスモスウィンドが序盤から足をのばします。

まずグリーンアラスカをとらえてグラスシャープに並びかけます。

そしてスローペースに押さえようとしているトキエイサクを追いかけます。

逃げ馬のトキエイサクは当然並ばれるのを嫌がって前に出ようとします。

自分は2番手に付けたまま、トキエイサクが離れれば控え気味に、ペースを落とせばつつくようにします。

結果先頭集団のペースが上がり出しました。

 

『さあ、各馬一周目のスタンド前。先頭はトキエイサク、2番手にコスモスウィンド、3番手にグラスシャープ、4番手にグリーンアラスカの順番です。後続とはだいぶ差が開いています。ややハイペースとはいえ、このまま逃げさせておくつもりでしょうか?』

 

一周目のスタンド前で先頭の4頭と後続の間には7馬身差ができています。

このまま逃がしていいものか?後続に迷いが出てきたのでしょう。

ボチボチ集団がばらけて前に上がってくる馬が現れだしています。

でも柘植さんや海老塚さんはまだ動かずに最後尾に付けているようです。

スタンド前の直線を抜けてコーナーに入ったところで自分のペースで逃げられないトキエイサクがズルズルと下がり出したので先頭に立ちます。

コーナーを抜けてチラッと後ろを見るとグラスシャープが後ろに控えています。

 

「さすが菊田さんだね・・・意図に気がついてるか」

 

(そのようだな。だがそれならそうで面白いさ)

 

「柘植さんと海老塚さんも気がついているみたいだね」

 

今回の菊花賞で私たちが立てた作戦は、ハロンごとのペースを一定化するって作戦でした。

前半から度々ペースを変えているように見えますが1ハロン当たりのペースはほぼ一定。ただしそのペースは菊花賞の平均勝ちタイムを各ハロンごとに割ったものです。

だから前半ではハイペースに見えますが、中盤から後半ではむしろスローペース気味になるので足が充分残せます。

ここで焦って追ってきた馬はペースを守れないので思うつぼですが・・・

菊田さんは意図に気がついてペースを合わせ、海老塚さんと柘植さんは自分の勝負所まで足を温存する事に努めています。

 

(ふむ、すると優勝争いは4頭に絞られたってところかな?)

 

「そうみたいだね。さあ、ここからが勝負だよ」

 

後ろから迫ってくる後続集団を尻目にコーナーに突入。

通常であればここで後続が差を詰めてくるのが常ですが、途中で追ってきた馬は足を使ってしまっており、なかなかペースが上がりません。

グラスシャープに1馬身差を付けたまま最終コーナーに入ります。

 

「いくよ!」

(ああ!!!)

 

ここでグラスシャープを突き放すべく、コスモスウィンドがさらに足を伸ばします。

 

『コスモスウィンドがまた足を伸ばし出しました~、グラスシャープもそれに付いていく~、後続馬はそれに付いていけないか?』

 

「来るよ!」

 

後続の馬群の中から2頭が飛び出してきます。

 

『さあ、先頭はコスモスウィンドとグラスシャープが競り合ってる! そして馬群の中からラッキーセブンとロードグリーンが飛び出してきた~』

 

伸び足で競り合いつつ粘る2頭の後ろからラッキーセブンとロードグリーンが迫ります。

残り1ハロン!!!

グラスシャープが心持ち前に出ますがコスモスウインドが持ち前の負けん気で抜きかえします。

 

「このままいくよ!!!」

(ああ!!!)

 

後ろから迫ってくるロードグリーンとラッキーセブンの足音。

横をせり上がってくるグラスシャープ。

だけどそれよりも早く、私たちの目の前にゴールラインが迫ってきてスローモーションのように駆け抜けます。

 

『勝ったのはコスモスウィンド~~~!!!2着にグラスシャープ、3着にこれはラッキーセブンが来た模様です!!!』

 

「やった!やったよ!コスモスウィンド!!!」

 

(ああ、やったな!)

 

何度も諦めかけたクラシックロード。

その最後の一冠を手にする事がかないました。

そしてそれは妖精騎手として初めて得た栄冠でもあります。

 

計量所にコスモスウインドを向かわせると、待っていたみんなが口々に祝福しながら出迎えてくれました。

山根先生、田邊オーナー、柳谷さん、三上さん、牧瀬さん、お父さん、お母さん、たくさんの人たちに囲まれます。

 

「ありがとうございました。

 ここまでやってこれたのは皆さんのおかげです。

 これからも一生懸命頑張らせて頂きますので、よろしくお願いします。」

 

そう言って私が頭を下げるとみんなの拍手に包まれます。

ここまで支えてきてくれたみんなの期待に応えられた事が嬉しく、誇らしく感じられます。

 

 

不思議ですね・・・嬉しいときは笑えばいいのに・・・涙が何で出てくるんでしょう・・・

見上げた空の色が目にしみて涙がこぼれてしまいます。

こぼれた涙は秋風の中に消えていき、私たちを優しく包み込みます。

ふと、香る秋風の中に向こうにコスモスウインドが咲かせた大輪の花が見えた気がしました・・・

 

 

 

To be continued




第5話をお届けしました。

今回は妖精的日常生活の妖精にとって避けられない「妖精狂いの季節」
そこから起きる騒動がメインテーマでした。
これがあるのでR15にジャンル設定していたんですよね。
お楽しみいただけましたでしょうか?

次話もこのシェアワールドにおける妖精として避けられない設定がテーマになります。

お楽しみに。
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