妖精的日常生活「風と共に歩む者」   作:水凪亜炭

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この作品はかつてあった「妖精さんの本だな」というサイトで提唱された「妖精的日常生活」というシェアワールドに基づく作品のリニューアル版です。
サイト消滅後、提唱者のジャージレッド氏と連絡を取りましたところ「シェアワールドの設定は有効であり、それを踏まえてもらえば他サイトへの投稿は構わない」との返事を頂きました。

シェアワールドの設定アーカイブ
https://web.archive.org/web/20070127115940/http://www.keddy.ne.jp/~jersey-r/toukoukitei_tebiki.htm

当時数多くの投稿があった「妖精さんの本だな」の中でも、かなり異色な作品となっていた拙作ですが、楽しんでいただければと思う次第です。

以下、シェアワールドのアウトラインとなる設定文です。

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200X年、突如として人間が妖精と呼ばれる羽を持った小人に変化してしまうという事件が発生する。
その事件は一件では済まず世界各地で観測され、日本でも世界で4例目となる妖精化事件が発生し、その後も続々と被害者が出たことにより社会問題化することになった。そして被害者達からの聞き取りによって、被害者の肉体が異世界にいる妖精と魔法によって交換されている事が判明する。(相互換身用召喚魔法というらしい)
その目的が妖精達を侵略するナニカと戦える存在を呼び出すことで、人間以外ではナニカと戦えなかったこと。わざわざ肉体交換という方法をとっている理由が人間を魂ごと呼び出すことが出来なかったので、魂の器として召喚する妖精自身の体を送り出す必要があったこと。そして鍵となるのが夢の中で会った妖精に自分の名前を教えることで肉体交換に同意した事になってしまうことが判明する。
これらが分かってからは、あらゆるメディアや教育現場にて妖精と夢の中で出会っても名前を教えないよう宣伝が組まれ、世界的には被害者が減ることに。

しかし訪問販売や電話勧誘であってもついつい話を長々聞いてしまう事が多いNOと言えない日本人。
妖精側も巧妙に好奇心や同情を誘う話術を年々身につけた事から、ついついポロッと会話の中で自分の名前を教えてしまう被害者が続出。そんなわけで日本は事件発生から数年後には妖精人口が最も多い国になってしまう。

これは、そんな日本にて妖精の召喚を受けちゃった、とある人物の物語である。


妖精的日常生活「風と共に歩む者」第9話 ~アップテンポのセレナーデ~

 

「皐月さん、好きです!僕と付き合ってください!」

 

突然の一言に会場中の時が止まりました。

 

いまはJRAのファン感謝イベントの真っ最中。

わたしもホホエミミセテと一緒にイベントを盛り上げるためにファンの人たちと写真を撮っていたんですが・・・

 

いまなんて???

 

え~っと?

え~~っと??

え~~~っと???

 

え、ええええええええ!!!

もしかして、いま告白された???

 

目の前にいるのはトンボ羽を持つ妖精の少年。

いえ、見た目だけなので実際にはいくつなのかわかりませんけど。

いや、そんなことより、どうしたらいいんでしょう?

 

「待ちたまえ!」

 

声の方を見ると蝶の羽根を持つダンディーな妖精がこっちに向かってきます。

 

「抜け駆けはだめだよ、坊や。皐月さん、君には僕のような男の方がふさわしいと思わないかい?」

「冗談じゃない!あなたが皐月さんにふさわしいわけがない!」

「それはおまえさんもだよ」

 

今度は誰?

そう思いながら目を向けると、そこにはコウモリの羽を持つワイルドな感じの妖精がいます。

 

「彼女には俺のような頼れる妖精が必要さ。俺がいただく」

 

勝手に決めないでください!

 

そうこうしているうちに会場のあちこちにいた妖精たちが集まってきて混乱状態に

 

「皐月さんを一番好きなのは僕だ!」

「いやいやふさわしさでは俺だね」

「ファン倶楽部をさしおいて抜け駆けはゆるさんぞ!」

「皐月ちゃんはファン倶楽部だけのものじゃないぞ!」

「こんなうるさい奴らといっしょにいたくないでしょう?どうです、一緒に抜け出しませんか?」

「まて!勝手なまねをするな!」

「男の子に渡すぐらいなら、私が巣ごもり友達にしちゃうわよ!」

「あ、それいいな!わたしもわたしも!」

「だめ!皐月さんは渡さないから!」

 

いいかげんにして~!!!!

 

 

 

「ぷっ!あははははは!」

「笑い事じゃないですよ~」

 

騒ぎの翌日、遠慮なしに笑う牧瀬さんの前でわたしは引きつった顔をしていました。

事務所の中には新聞が散乱しており、昨日の騒ぎの記事が載っています。

 

【妖精騎手、秋葉皐月に恋人候補?】

【JRAファン感謝デーの大混乱】

【秋葉、またお騒がせ!白昼の告白劇】

etc.etc

たかだか一騎手のゴシップ記事に紙面を割くなんて暇ですね。

 

「それで皐月ちゃんは誰かと付き合う気はあるの?」

 

「あるわけ無いじゃないですか。騎手を止める気はないんですから。それに元男ですよ!わたしは!」

 

「まあそうよね。 ゴシップなんてそんなに長続きするもんじゃないから、しばらく我慢しなさいよ」

 

「・・・そうします」

 

「さ、気分転換に出かけましょうか。いつもより変装は念入りにね」

 

変装した私は同じく変装した牧瀬さんのトートバックの中に隠れてお出かけです。

張り込んでいるマスコミもいたようですが、牧瀬さんは見事にかわしてタクシーを拾います。

とりあえずの行き先は、いつもおなじみの【妖精郷の雑貨屋さん】です。

 

「いらっしゃいませ。あら皐月さん、お久しぶりです」

「根津さん、ご無沙汰しています」

 

顔見知りの店員さんと挨拶を交わします。

 

「それにしても変装しているのに、どうして一目でわかったんです?」

 

「皐月さんの肌の色は特徴がありますからね。ファンデーションの使い方がまだまだですよ、皐月さん」

 

むう、だいぶ上達したつもりだったんですけど。

 

「それで今日は何をお探しですか?」

 

「靴と靴下を探しているんです。すみませんがいつものように合いそうなのを出してきて貰って良いですか?」

 

「はい、お待ちください」

 

わたし地面を走ることが多いので、靴とか靴下が傷みやすいんですよね。

でも妖精用の靴ってぶかぶかなのが多くってサイズを選ぶのが大変です。

出来る限りぴったりした靴を探して何足も履いて、履き心地を試してみないといけません。

ようやく満足出来る靴を見つけたときには1時間も経っていました。

 

「すみません、お手数掛けました」

「どういたしまして、またご来店ください♪」

 

新しい靴の履き心地は抜群♪前より良いぐらいです。

本当なら歩いて回りたい所ですけど、人混みの中じゃ地面を歩くのは危険なのが残念です。

 

「皐月ちゃん、その靴で歩いてみたいんでしょ?」

 

「ええ、でも街中じゃ無理ですよ」

 

「そうでもないわよ。いいとこ連れて行ってあげるわ」

 

牧瀬さんが連れてきてくれたのはビルの間に挟まれるように伸びる公園でした。

 

「最近、あちこちにこんな緑地帯が作られてるのよね。ここなら少しぐらい駆け回っても大丈夫よ」

 

「うわあ~!ありがとうございます!」

 

わたしはしばらく靴の履き心地を試します。

うん、やっぱり今度の靴はいままでの物よりいいです。

 

あとは、いつものように牧瀬さんの肩に乗ってウィンドウショッピング。

牧瀬さんの買い物に付き合ったり、ショーウィンドウの服の値段におどろいたり、食事をしたりして休日を楽しんで厩舎へ戻ります。

 

 

「おかえりなさい、皐月さん。あなたにお手紙が来ていますよ」

 

そう言いながら小谷さんが段ボール箱を持ってきました。

 

手紙?そんなにたくさん?なんでしょ?

とりあえず一通読んでみましょうか

 

「・・・え~っとこれって」

「ラブレターよねえ」

「・・・次行ってみましょうか」

 

10通ほど読んだところで頭が痛くなってきました。

開ける手紙開ける手紙、全部ラブレターです。

箱の中の封筒が似たり寄ったりの封筒なところを見ると、これはほとんどラブレターですか?

いままでにもたまにありましたが、こんなに一度に来たのは初めてです。

 

「きっと昨日の騒動が引き金ね。

 いままでは牽制しあっていたのが、いっきにバランスが崩れたって感じかな」

「でしょうねえ。皐月さん可愛いのに無自覚なところに人気がありますしね」

 

無責任に批評しないでください(泣)

 

「・・・ラブレター以外の手紙はありそうですか?」

「開けてみないとわからないと思いますよ」

 

う~~~これを全部読むんですか~~~

 

覚悟を決めて取りかかりましたが結局読み終わったのは1時間も経った頃でした。

途中からラブレターは右から左に流しましたが。

 

「はい、お疲れ様です」

 

小谷さんが机の上でのびている私の横に、アイスティーを置いてくれます。

 

「しっかしまあ、これだけあって普通のファンレターはいつもの半分以下。後は全部ラブレターとはねえ」

 

「今日は月曜日ですからこれでも届いてるのは少ないと思いますよ?」

 

「明日からはもっと届くかしらね?」

 

「人ごとだと思って、おもしろ半分に言わないでくださいよ~」

 

でもその言葉どおりでした。

翌日から手紙は増えて、段ボール箱の大きさも増していきます。

ファンレターも混じってるから目は通しておきたいけど、この数日だけで確認するのも嫌になってきました。

手紙だけじゃなくて花束だの贈り物だのまで届いて事務所も混乱気味。

どうしたもんでしょうか・・・

 

「まあ、こうなったらいっそのこと誰かと付き合っちゃうのも手よね。恋人がいるとなれば迫ってくる人は減らせるわよ?」

 

「そんな簡単に言わないでください。妖精狂いの季節のことを考えたら付き合えるわけないじゃないですか」

 

「あら、だれも妖精と付き合いなさいなんて言ってないわよ?人間でもいいんじゃない?」

 

「・・・どこにそんな物好きが居るって言うんです?」

 

「ラブレターのなかにも妖精以外からのが混じっていたわよ」

 

へえ?元男の妖精に手を出そうなんて、変わった人もいるもんですね・・・

 

「ま、いまの状態を抜け出すためにせめてフリだけでもしてみない?」

 

「フリですか?」

 

「そ、さっきも言ったけど誰かと付き合ってることにすれば、だいぶ減ると思うわよ?」

 

う~~~ん・・・・・・

あああ、もう、なんでこんな事で悩まないといけないんですか!!!

 

「もういいです!明日から北海道に移動しなきゃいけないから、いまはそっちに集中します!」

 

---------- 

 

翌日、わたしは小谷さんと一緒に函館に向かいました。

 

いったん東京まで出て新幹線で八戸まで。

そしてそこからは乗り換えて函館を目指す、所要時間10時間近くの長旅になります。

 

う~ん・・・

告白騒動のドタバタのせいか、なんだか眠気が取れませんね。

 

「ちょっと疲れ気味のようですね。新幹線に乗ったら少し眠った方が良いですよ。長旅ですし」

「は~い、そうさせてもらいます」

 

新幹線に乗ってから寝させてもらっていたわたしは駅の案内で目が覚めました。

 

「ふわああああ、よく寝た~」

「おはようございます。はい、お水ですよ。」

「ありがとうございます!」

 

小谷さんから渡された水を一気飲みしてかえします。

 

「クスッ・・・」

 

ん???

なにか視線を感じますね。

 

あ、いつのまにか隣の席にお客さんが。

妖精さんも一緒ですね。

どうやら私を見て笑ったのはその妖精みたいです。

 

「笑ってごめん。君の仕草が可愛くって、ついね」

 

う・・・いきなりなにを言うんですか・・・

 

「自分は高瀬浩二、よろしく。君は?」

 

あ、え~と

「秋山葉月よ」

そう変装時の偽名を名乗ります。

 

「葉月ちゃんか。これからどこに行くの?」

「函館まで行きます」

「へえ、僕もだよ」

「そうなんですか?」

「うん、僕は家が函館にあってね。葉月ちゃんはどうして函館に?」

「仕事です。一月ぐらい滞在する予定です」

「お、それなら時間があったら店に寄ってよ。サービスするから」

「お店ですか?」

「うん。父さん、名刺を」

 

高瀬さんのお父さんが小谷さんに名刺を渡してくれます。

 

「陶芸工房 つばさ、ですか?」

 

「ああ、そんなに有名じゃないけど函館で陶芸の店をやっているんだ。ちょっと珍しいと思うよ」

 

ふ~ん、時間があれば寄ってみようかな。

 

「そういえば葉月ちゃん、仕事って言ってたけど、なにをしているんだい?」

「私、ですか?」

「ああ、一月も滞在して仕事するんだろ?」

「え~と、高瀬さんって競馬に興味あります?」

「ああ、よく見るよ」

「じゃあ秋葉皐月って騎手の事は知っていますよね?」

「ああ、もちろん!」

「私、警備担当の一人なんです」

「!!! 君があの秋葉さんの?!」

「ええ」

「じゃあ、彼女は今年も函館に来るんだ!」

「ええ、そうです」

 

変装にボロが出ないように、ファン倶楽部の会長さんにも断って決めた設定です。

でも、わたしのファンだという人を本人が騙しているわけですから、なんだか申し訳ない気分になりますね・・・・・

 

「なんだか顔色がよくないね?気分でも悪いかい?」

「え?いいえ、大丈夫です」

「そう?」

「はい!」

 

「でも彼女が来るなら、絶対レースを見に行くよ。君とも競馬場であえるかもしれないね」

「ええ、そうですね」

 

後はお互い競馬好きということで、たわいのない話をして過ごします。

 

やがて列車は八戸に入り乗り換えになります。

高瀬さんとは予約した席がだいぶ違うので、ここでいったんお別れですね。

 

「じゃあ、今度は競馬場か店で会おう!」

「ええ、きっと」

 

 

ふう、賑やかな人だったな。

でも、ファンの人とこんなに喋ったの始めて。

 

「皐月さん、楽しかったようですね」

「え?そうですか?」

「ええ。ここ何日か難しい顔していたのに、笑顔になっていますよ」

 

そうですね。

ここしばらく騒動に振り回されていたから変に力が入っていましたけど、気分が楽になっている気がしますね。

これなら週末は、いいレースが出来そうです。

 

---------- 

 

「とま~れ~」

 

パドックの行進が止まり、わたしはイシノシズクの背に乗せられます。

 

「先週の騒動で集中出来ていないかと思ったが、大丈夫そうだな」

「ええ、大丈夫です。今日こそイシノシズクに重賞を取らせますよ!」

 

夏競馬の初戦は函館記念です。

本来ならイシノシズクの場合、函館スプリントステークスの方があっていたでしょう。でも小野寺先生は相手とイシノシズクの脚質を考えるとこっちでいけると思ったようです。

 

馬場入場が始まり大歓声が沸き上がります。スタンドの方を見ると大入り満員です。歓声に応えながら返し馬をしていたとき、目の隅に見知った顔が飛び込んできました。

 

「高瀬さん、見に来てくれたんだ」

 

(高瀬さん?)

 

「ちょっと知ってるファンの人。レースを絶対見に来るって言ってたんだ」

 

(そうなんだ)

 

「あなたの重賞初勝利を見せて上げたいな。頑張ろうね」

 

(もちろんだよ!)

 

やがて始まるゲートイン。

イシノシズクも6番ゲートに入ります。

 

 

【バシャーン!!!】

 

 

スタートはまずまず。

イシノシズクは差し馬なので無理をせず流れに任せます。

先行各馬の流れを見ながらラインを防がれないようにするにはどこに突っ込んでいくか。それを見極めなければいけません。

 

ペースはややハイペース気味?

そうすると最終コーナーでイン側にスペースが出来そうですね。

オーバースピードにならないように注意しながらインに寄せていきます。

やがて僅かながらイン側にスペースが空いてきました。

 

「行くよ!」

(まかせて!)

 

イン側の僅かなスペースをこじ開けるようにイシノシズクは加速していきます。

距離的にはイシノシズクにはギリギリなところですが、この脚ならいけます!

イシノシズクは先行する馬を追いつめて行き、そしてついに先頭に立ちます。

最後はちょっと脚が鈍りますが、もう追いつける馬はいません。

そのまま先頭でゴールラインを駆け抜けます。

 

「やったね、イシノシズク!」

(ありがとう、皐月!)

 

待たせ続けた重賞の栄冠を、ようやくイシノシズクに獲らせてあげることが出来ました。高瀬さんも喜んでくれたかな?

わたしたちはスタンドに向けてお辞儀をしてから計量所に向かいます。

 

「すみません、お待たせしました。」

 

私は計量所で待っていた小野寺先生と石井オーナーに挨拶しました。

 

「まったくだ。でもよく頑張ったな」

「よくやってくれたね。さあ、今日は思いっきり騒ごう!」

 

計量して規定違反がないことを確認すると、イシノシズクの勝利が確定します。

この夜の祝勝会は派手な物になりました。

 

 

 

「う~・・・食べすぎです・・・」

 

レースの翌日、わたしはいまだに重たいお腹を抱えながら起きました。

 

「皐月さん、大丈夫ですか?」

「・・・だめかも・・・」

 

小谷さんにそう答えます。

 

「そうだろうと思って、今朝は重湯にしておきました」

 

さすが小谷さん、気が利きますね。

熱い重湯をゆっくり啜っていると徐々に胃が動いて目が覚めてきました。

 

「ふう~、ごちそうさまです」

「さて、今日はどうしますか?」

「そうですね」

 

どうせ休養日でなにもすることはありませんし、高瀬さんのお店にでも行ってみましょうか。

 

 

いつものように変装したわたしは小谷さんに連れられて函館の町に出かけます。

表通りからは外れたちょっと路地に入ったところに高瀬さんのお店はあるみたいですね。

 

「ここみたいですよ」

 

そう言われて小谷さんが立ち止まった店を見てみます。

ショーウィンドウにはいろんな陶芸品が並んでいますね。

あれ???なにか変な気が???

 

「どうやら妖精用の食器を扱っているお店みたいですね」

 

へ?

小谷さんに言われて見直すと、人間サイズの食器に混じって妖精サイズの食器も並んでいます。しかも不思議なことに人間用の食器をそのままサイズダウンしたような繊細さです。

 

「どうやって作ってるんでしょう?」

「さあ?でも入ってみればわかるんじゃないですか?」

 

そうですね。

わたしは小谷さんに連れられてお店に入りました。

 

チリリリリ~ン・・・・・・

涼やかに入り口の鈴が鳴ります。

 

「いらっしゃい。ん?君達はたしか」

 

「ええ、列車の中でご一緒させてもらいました」

 

「いやあ、わざわざ来ていただいてありがとうございます。いま息子を呼びますよ。お~い、浩二、お客さんだぞ」

 

「ちょっとまってくれ!」

 

なにか忙しそうですね。

 

高瀬さんが出てくるまで、私達はお店の中を見せてもらいます。

店の中に並べられている食器達を見ていたわたしが一つの飾り皿を見たとき、トクン・・・胸の中でそんな音が聞こえました。

 

【非売品】

そう札のつけられた飾り皿に画かれた馬と妖精の姿・・・

 

「これ・・・わたしとシャロンウィンド?」

 

そう呟いた時でした。

 

「葉月ちゃん、来てくれたんだ。」

 

ビックリしてあやうく飛び上がりそうになりました。

タイミング悪すぎです。

 

「どうも。約束どおり、お店を見にましたよ」

 

「ありがとう。そういえば、昨日は競馬場に行ったけど君は見当たらなかったね」

 

「私、スタンドとは反対側にいたから・・・」

 

「そうなのか。でもわざわざこの店に足を運んでくれて嬉しいよ」

 

わたしも歓迎してもらえて嬉しいです。

 

「それにしても、やっぱりその皿に目がいったんだ」

 

「これ皐月さんとシャロンウィンドですよね?」

 

「ああ、肖像権があるから売り物には出来ないけど、自分にとってはこれは原点の皿だ」

 

「原点・・・ですか?」

 

「うん。僕は元々陶芸家でね、ここに並べられている人間用の陶器は妖精に召喚される前に焼いた物なんだよ」

 

「すごい・・・」

 

お世辞じゃなくそう思います。

独特の繊細さを持ったお皿は、まるで大理石を切り出したような艶やかな光を放っています。

 

「ありがとう。

 でも、僕は妖精に召喚されてしまった。

 もうどうあがいても妖精の力じゃ陶芸家は続けられない。

 夢をあきらめなきゃいけないって思ってた」

 

そうですね、たしかに妖精の力で人間サイズの皿を作るとしたら、途方もない労力が必要になるでしょう。

 

「そう絶望していたころだったな、あの秋葉さんが妖精騎手としてデビューしたのは。

 はじめは妖精の体で騎手を続けるなんて正気の沙汰じゃないと思った。

 それが特殊な翼のおかげだって知ったときは嫉妬したもんだ」

 

ファン倶楽部の人たちからもそういう話を聞いています。 

 

「だけど函館でシャロンウィンドと共に初勝利を上げるのを見たとき思ったんだ」

 

「なんてですか?」

 

「夢に向かってひたむきな奴が一番強いんだなって」

 

うわあ、なにかくすぐったいですね。

 

「そう思ったらなにかしたくてたまらなくなった。

 そうして人間の時に絵付けをしないで残してあった皿に、そんな気持ちを書き付けて出来たのがこの皿なんだ。」

 

「そうなんですか」

 

「それ以来、いろいろ工夫して陶芸を続けているんだよ」

 

「じゃあ・・・」

 

私は店を見回します。

 

「いまここにある妖精用の食器は高瀬さんが作ったんですか?」

 

「ああ、妖精用に作られた食器を見たら陶芸家として我慢が出来なくなってね。

 やっぱり生活の基本である食事はもっと楽しめないとつまらないだろう?」

 

たしかに、妖精用の食器は無味乾燥な飾り気のない物ばかりです。

 

「だったら妖精用の食器を自分が作ろうと思ってね。出来る限り軽く割れにくいように工夫して作ってみているんだ」

 

なるほど。そうして見ると繊細さは感じますが脆さはまったく感じられません。

 

「気に入った物があれば、ぜひ買っていってくれ。値引きしておくよ」

 

う~ん、そうですね。

見回したときに妖精サイズと人間サイズが一組なったティーセットが目につきました。

 

「このティーセットを貰えますか?」

「はい、それじゃ包んで貰うから待ってね。父さん、お願い!」

「ほい、ちょっとまってな」

 

お父さんが手際よくティーセットを包んでくれます。

 

「それにしても葉月ちゃんはずっと小谷さんの肩に乗っているけど、自分で飛ばないのかい?」

 

む、高瀬さんがずっと飛んでいるのに、わたしは小谷さんの肩に座ったままだったので不審に思われちゃったかな?

 

「あ、私はそそっかしいところがあるので、こんな所じゃ飛ばないようにしているんです」

 

「へえ、そうは見えないけど、けっこうおてんばだったりする?」

 

「む、ひどいですよ」

 

むくれて見せますが、お互い顔を合わせて吹き出します。

 

「はい、これ。落とさないでね」

 

高瀬さんのお父さんが、小谷さんに包んだティーセットを渡してくれます。

 

「また来ます、高瀬さん」

「ああ、また来てね」

 

このティーカップでお茶を飲んだらきっと美味しいだろうなあ。

そんなことを考えながら帰路につきます。

 

 

「皐月さん、高瀬さんがずいぶん気に入ったようですね」

「そうですか?」

「ええ、とっても」

「そうかもしれません。だって、あんなにひたむきな人と喋るの初めてですし」

 

「それだけですか?」

 

ん???なにを言いたいんでしょうか???

 

「ふふ、わからないならそれで良いですよ。いまは」

 

むうう???

 

「それじゃ帰ったらお茶にしてみましょうか」

「はい♪」

 

 

 

宿舎に戻った小谷さんは、ティーセットを丁寧に洗って紅茶を入れてくれました。

 

「はい、どうぞ」

「いただきます♪」

 

わたしはティーカップを持ち上げると胸一杯に漂う香りを吸い込みます。

 

「良い香り~♪」

 

いままで飲んでいた紅茶はなんだったんだろう。そう思えるほど香りが違います。

私がいままで使っていたカップは割れにくいプラスチック製だったのですが、その匂いがどれほど紅茶の香りを邪魔していたのかがわかります。

 

「たしかにとても良いものです。口を付けてみるとまるで吸い付くようですし」

 

小谷さんも紅茶を飲みながらそう言います。

 

食器が変わっただけで、こんなに味が変わると思わなかったです。

しかもそのきっかけに私が絡んでいるっていうのが嬉しいですね。

 

高瀬さんか・・・

 

ーーーーーーーーーー

 

翌日は秋競馬に向けたCM撮りです。でも・・・

 

「カ~ット!!!だめ!表情がボンヤリしてるよ!」

 

なんだか今日は集中力に欠けてますね。

 

「どうしたんだ今日は?いつもならそんなにミスはしないのに」

「すみません」

 

顔見知りの監督さんに謝ります。

 

ほんとうにどうしちゃったんだろう・・・

 

「テイク17!Go!」

「秋本番、あなたにとって秋はどんな季節ですか?

 食欲?読書?芸術?それとも・・・」

「だめ!視線が合っていない!カ~ット!仕方がない、いったん休憩だ!」

 

うなだれながら控え室に戻ります。

ふう・・・なんだか疲れちゃった・・・高瀬さんに会いたいなあ・・・

 

「・・・皐月さん、気が付いています?」

 

ぼんやりしていると小谷さんが声を掛けてきます。

 

「え?なにをですか?」

「やっぱり気が付いていないんですね。高瀬さんのことを考えているでしょう?」

 

え?・・・あ、ほんとだ。でもそれがなにか?

 

「・・・本当に自分のことだと鈍感なんですね。皐月さん、あなたは高瀬さんに惹かれているんですよ」

 

へ???

え~と・・・・・・あ!え!

 

理解した途端、私はゆでだこのように真っ赤になりました。

 

「だ、だってわたしは騎手を続けたいから誰とも付き合う気はないですよ!」

 

「だれも付き合うことを勧めてはいません。

 でも、自分の感情に気が付いておかないと後で困りますよ。

 高瀬さんが知っているのは皐月さんではなく、葉月さんなのですから」

 

そうでした。わたし、高瀬さんを騙しているんですよね・・・

そう考えると胸が痛くなります。

 

「このまま撮影を続けるのは今日は無理みたいですね。監督さんには私から体調不良ということで話をしておきます」

 

 

わたし、高瀬さんに惹かれている?

 

でも、わたしはコスモスウィンドたちと一緒に騎手を続けることを決めています。

迷ってる余地なんかないはずなのに、なんでこんなことに?

 

「人は理屈だけで動くものじゃありませんからね。今日はゆっくり考えてみてください」

 

 

 

自分の部屋に戻ったわたしは、ゆっくりと小谷さんに言われたことを考えてみます。

 

わたし、本当に高瀬さんのことが・・・好き?なのかな?

高瀬さんのことを思うと鼓動が早くなる・・・

高瀬さんと話したことを思い出すと幸せな気分になる

高瀬さんの顔を思い浮かべるとポワポワした気分になる

 

・・・でも、それはわたしに向けられたものじゃなくて、秋山葉月という架空の人物に向けられたものだと思うと悲しくなる・・・

 

「やっぱり、本当のことを話さなきゃダメだよね・・・

 わたしは秋葉皐月であって秋山葉月じゃないんだから」

 

うん、わたしが高瀬さんを好きだってことなのかは分からないけど、まずは本当のことを伝えるのが第一歩じゃないでしょうか。

まさか変装用の偽名が元で、ここまで悩むようなことになるとは思ってもみませんでしたが、本当のことを話そうと決めたからには悩んでいられません。

 

次に予定が空いてる日は・・・金曜日の午後からかあ。

騎乗のために調整ルームに入る前にいけそうですね。

 

そんな事を考えているうちに、いつのまにか朝が来ていたようです。

 

「おはようございます、皐月さん大丈夫ですか?」

「はい、ちょっと眠いけど熱いシャワーでも浴びれば平気です」

「じゃあ用意しますね」

 

「あ、ちょっと待って小谷さん。金曜日の午後から、もういちど高瀬さんの所に行きたいんですけど」

 

シャワーの準備をしに行く小谷さんにそう言います。

 

「決めたんですか?」

「うん、まずは名前を偽っていたことを話そうと思います」

 

「わかりました、予定に入れておきますね」

「よろしくお願いします」

 

週末まで、まずは頑張らなくちゃ!

 

 

 

無事CM撮りを終え、やってきた金曜日。

午前中、新聞の取材を受けたわたしはお出かけ用に変装です。

 

「皐月さん、準備はいいですか?」

「はい!」

「じゃあ行きましょうか」

 

小谷さんに連れられて、高瀬さんのお店に向かいます。

お店がだんだん近づいてくるに従って、体が緊張で堅くなってきます。

 

こら、わたし!しっかりしろ!

自分の顔を叩いて気合いを入れます。

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

「ここまで来て引き返す気はないです。行っちゃってください!」

 

チリリリリン・・・・・・・・・

涼やかな鈴の音と共に扉が開きます。

 

「いらっしゃい。おや、また来てくれたのかい」

 

店番をしていた高瀬さんのお父さんが出迎えてくれました。

 

「また、おじゃまします」

「ちょっと待ってくれ。お~い、浩二いるか?ああ、お客だ。ん、わかった」

 

なにやら奥でやりとりして始めて見る妖精さんといっしょに戻ってきます。

 

「すまん、浩二の奴、皿の絵付けに集中してるみたいで手が離せないようだ」

 

「ごめんね、うちのひといったん作業を始めると、まったく回りのこと気にかけなくなるのよ」

 

うちの人?!

 

「お茶でも入れるわ。しばらく待っていてくれる?」

 

なんだか事態を把握出来ないうちに、お茶が運ばれてきます。

 

「さあ、召し上がれ」

 

良い香り・・・啜るとほのかなお茶の甘みが喉を潤します。ってそんなことより

 

「あの、すみません。あなたは?」

 

「あら、ごめんなさい、自己紹介をしていませんでしたわね。

 私は真菜。浩二さんの妻です。あなたのことは聞かされています」

 

!!!???

 

「お待たせしました」

 

わたしが驚きに固まったとき、高瀬さんの声が掛けられました。

今日は陶器を制作中なのか、あちこちに汚れの付いたエプロンを掛けたままですね。

 

「あらあら、お客さんの前にそんな格好ではダメよ。エプロンを脱いでくださいな」

「ああ、すまん、すまん」

 

真菜さんがエプロンを受け取ります。

 

「お、葉月ちゃん。また来てくれたんだ」

 

「あ、ええ、先日買ったティーカップがとっても気に入ったので他の物もみたいなと思いまして」

 

「気に入ってもらえて嬉しいよ。でも今日はこんな有様なんで、うちの奴に案内させるけど良いかな?」

 

「え、ええ」

 

「じゃあ、案内させて貰いますね」

 

「はい、お願いします」

 

高瀬さん、既婚者だったんですか・・・なんだか、どっと気が抜けた気がします。

 

「それじゃ失礼します」

「またおいでください♪」

 

いくつかお皿を買った私は、結局なにも言えないままお店を出てきました。

 

 

 

「ふふ、なんだか道化みたいですよね、わたし。一人で舞い上がってしまって」

 

「皐月さん・・・」

 

「いいんです。これで自分のやるべき事に集中出来るんですから」

 

「皐月さん、いまは泣いていいんですよ。強いフリをしなくっていいんです」

 

「だめです、そんな風に言われたら・・・うっ、ぐすっ、うええええええん・・・」

 

いちど涙がこぼれだしたらもう止められません。

わたしは小谷さんの手の上で泣きじゃくりました。

 

---------- 

 

その夜、わたしは調整ルームでボーッとテレビを見ていました。

 

目の前には高瀬さんのティーカップ。

これが初恋だったようですが、結局なんの告白も出来ないまま終わってしまいました・・・

そう考えると、このまえ告白してきた人はずいぶん勇気があったんでしょうね。

 

 

「なんや秋葉? 真っ赤な目をして?」

 

「ほっておいてください・・・」

 

声を掛けてきた柘植さんに私はぶっきらぼうに応えます。

 

「えらくご機嫌斜めやね?」

 

だからかまわないでくださいってば・・・

でも柘植さんはそんな私の態度を気にしていないのか、珈琲を手にして隣に座ります。

 

しばらく時間が経って、ふとわたしは柘植さんに聞いてみたくなりました。

 

「柘植さん」

 

「なんや?」

 

「人を好きになった事ってあります?」

 

「ぶ!!!」

 

いきなりすぎたでしょうか?

 

「・・・そりゃ、秋葉よりは人生経験長いから恋愛の経験ぐらいあるぞ」

 

むせが収まった柘植さんがそう応えてくれます。

 

「なんで人って誰かを好きになるんでしょうね?」

 

「告白騒動の件か?

 まあ、あこがれを好きになってまうってのは人として当然やないか?」

 

「それが絶対手が届かない人であっても?」

 

「告白すればチャンスはゼロやなくなる。でも告白しなければゼロやな」

 

「・・・・・・」

 

「なんや秋葉、もしかして誰か好きな奴でもおるんか?」

 

「・・・好きだったのかも、ですね」

 

「・・・振られたんか?」

 

「ふふっ、告白もできませんでしたよ・・・」

 

「そうか・・・」

 

柘植さんが黙ったままわたしの頭を撫でてくれます。

なんだか暖かいです。

こうしてみるといつも柘植さんに励まされてるなあ・・・

 

「柘植さんって・・・やさしいですね」

 

「!!!なにをいきなりいうんや!!!」

 

「だっていつもいつも助けててくれてるし」

 

「ほ、ほうか?」

 

「思い返せば、ポスター撮りの時、レース妨害を受けたとき、そしてこの前のシャロンウィンドの時も」

 

「む・・・」

 

「なんでそんなにライバルに親切なんですか?」

 

「・・・ファンだからや」

 

「え?」

 

「俺はおまえのファンなんや・・・」

 

え?え?えええ!!!

 

「で、でもなんでわたしなんかの?」

 

「人が誰かに惹かれるのに理由が必要か?」

 

「・・・いいえ」

 

わたしが高瀬さんに惹かれたときも、気が付けば好きになっていました。

 

「まあ、あえて理由を探せば、俺はライバルとしておまえさんと競い続けたからやろうな。人間のときも妖精になってからも」

 

「でもそれで、レースに集中出来るんですか?」

 

「おまえさんに無様なレースは見せとうない。だから手を抜いたことは一度もあらへんよ」

 

「柘植さん・・・」

 

そうですね、思い返せばいままでのレースで何度も名勝負を繰り返してきました。

あれが真剣勝負でなかったとは誰にも言わせません。

 

「ま、恋愛的な好きとはちゃうが、これも好きの形かもしれん。おまえさん達と走るときはいつもワクワクしとるしな。これからも互いに面白いレースをしようや」

 

「ふふ、楽しみにしています」

 

 

 

わたしの初恋は実らなかったけど、人を好きになったことを恥じる事はない。

 

いつか、馬から降りるとき。

そのときには惹かれ合った誰かと一緒だと素敵だと思います。

 

 

 

To be continued




今回のテーマは皐月の初恋です。
しかし、鈍感という文字を背負って歩いているような皐月のこと。
ちょっとやそっとでは恋愛モードに入ってくれません。
そこでまずはファンから告白を受けて恋愛を意識させるところから始めさせてもらいました。
この話はもうちょっと早く書きたかったのですが、なかなか書き進められなかったのも思い出になっていますね。

さて、残りは2話。
物語のクライマックスをお楽しみください。
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