Fate/Next   作:真澄 十

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Act22. 目覚めよ

 約束の場所――新都センタービルには既にライダーがいた。まだ刻限までには余裕があるはずなのだが、どうやら相当早くここに来ていたらしい。マスターと思しき人物も一緒だった。益荒男を体現したようなライダーと、線の細く美しいご婦人との取り合わせは、まさに美女と野獣というべき印象を受けた。

 

「おう、来たか。貴様の馬も用意しておいたぞ。馬上だからといって、弓の腕前が落ちるわけはあるまい?」

 

「貴女は私を見くびっているようだな、ライダー。騎乗試合では私の右に出るものは、そうはいなかったぞ?」

 

 揶揄を飄々と受け流す。ライダーもそれを聞いて安心したのか、その受け答えが気持ちよかったのか、終始破顔した顔を元に戻そうとはしなかった。

 しかし事実、彼は変装をした上で騎乗試合に臨み、アーサーの敵方に回って円卓の騎士の数名を下している。サー・トリスタンの馬の腕前は折り紙つきだ。さすがにランスロットや王には劣り、スキルこそ備わっていないものの、馬であれば乗りこなせる。

 

 

「良い。知っているかも知れんが、我が馬は折り紙つきの名馬ばかりだ。何せ宝具として存在を押し上げられているからな。その分やんちゃだが、まあ姉妹兵が乗れて貴様が乗れぬ道理はあるまい」

 

 やはりそうであったか。

 アーチャーは一度、ライダーの黒毛の馬が放った蹄による一撃で膝を砕かれている。サーヴァントとなったこの身、通常の馬程度ではどうにも出来ない。蹴られれば怪我もするだろうが、そもそも普通の馬の蹴りでは掠りもしない。つまり、あの馬の身のこなしと一撃の重さは尋常ではなかったということだ。

 考えられるのは、彼の宝具ということだった。しかし意外だったのは、「存在が押し上げられている」という言葉。

 その意味を吟味すれば、元は普通の馬であったということだろうか。

 有り触れた馬を宝具まで押し上げるとなると、前身はよほど馬に縁のある人物だったのだろうか。あるいは、人馬一体ともいえる伝説や伝承を持つのだろうか。何れにせよ、よほど馬と共に在ったのだろう。

 

「ライダー、余計なことは言わなくて結構です。アーチャー、私はライダーのマスター、サーシャスフィール・フォン・アインツベルンと申します」

 

 余計な情報を与えたことを察したのか、ハルバードを持ったサーシャスフィールがライダーにこれ以上喋らせまいとする。

 やはり一筋縄ではいかないようだった。ライダーより、こういった場合の頭のキレはサーシャスフィールのほうが数段上であった。ライダーはこの大らかな性格ゆえ、腹の探りあいには破滅的に向いていない。

 正直、サーシャスフィールはこのサーヴァントとのイメージが世間とかけ離れていると思っていた。調べれば調べるほど、この男が冷静沈着、泰然自若とした武人だと伝えられていたことが分かってくる。他人の月旦評ほど当てにならぬものは無いと肝に銘じたほどだ。

 

 アーチャーはライダーを推し量るのをやめ、サーシャスフィールに恭しく礼をした。同盟を組んでいる以上、相手の主にも最大限の礼を尽くすべきだ。

 

「アインツベルン殿、見れば貴族の方とお見受けいたします。サーヴァントゆえに名乗れぬ無礼、お許しを」

 

 現代人が聞けば慇懃無礼と受け取られるだろう言葉遣いはしかし、サーシャスフィールにはもはや馴染みのものらしい。さすがは大貴族といった様子で、さらりとその言葉を流した。

 

「構いません。さてライダー、この後はどうするのですか」

 

「うむ。アーチャーの力も考慮したうえ、昨日から色々考えてみた」

 

 センタービル屋上はかなりの高層だ。夏を感じさせる温い風が頬をなぜる。

 ライダーはくるりと背を向けてその淵に立ち、ある一箇所をそこから指差した。あそこしか在るまいと言って指し示した場所は、冬木大橋であった。新都と深山を結ぶ唯一の鉄橋だ。深夜になると、そこを通ってどこかへ行こうという殊勝な人間は居ないらしく、ヘッドライトの明かりは皆無であった。

 

「――――橋ですか」

 

「理由を聞かせてもらえるか、ライダー」

 

「うむ。まず、我が軍の能力を発揮できるということだ。アーチャーは知らんだろうが、私にはおよそ20の宝具馬による騎馬隊が存在する」

 

 それが先ほど言っていた姉妹兵だということは、すぐに察することができた。首肯して先を促す。

 

「やはり騎兵をうまく活かそうとすれば、ある程度の広さを持った場所が必要だ。その辺りの街道で戦うのは手狭すぎる。また雑多な場所では馬の背後を取られかねん。

 それに、このほうがアーチャーも戦いやすかろうと考えたのだ。左右に大きく動かれる対象を射抜くよりも、移動を制限され、かつ遮蔽物が存在しない状態のほうが射抜きやすいだろう、とな。

 そこである程度の広さを確保しつつ、開けていているが動きに制限がつく場所。それがあの大橋というわけよ。我らが共に肩を並べるに相応しい戦場だな」

 

 なるほど一理あった。空を雄大に飛ぶ鳥を打ち落とすのは難しくとも、鳥かごの中に閉じ込めてしまえば簡単に射抜ける。

 だが、それでも疑問があった。今の口ぶりには、自分も戦場に連れて行くと聞こえた。大橋であれば、このセンタービルの屋上からでも狙撃できる。むしろそのほうが、相手の反撃を許さないぶん有利に戦えるはずだ。

 

 ―――――なるほど、裏切りを見据えているのか。もしも相手を屠った後に手のひらを返されたら、センタービルから狙撃されるのはライダーだ。それを許さないためにも、自分を至近に常に置いておこうという腹なのは間違いない。

 わざわざ私に馬を貸し与えるというのも、常に刃の届く場所においておくための楔なのだろう。徒歩で自由に動き回られるのは不都合に違いない。

 

 だが、ここでライダーの申し出を断れば角が立つ。そうでなくとも、ライダーの戦略には一理あるのだ。反論など出来るはずもなかった。だが一つだけ気になることがあるので、上機嫌に策を話すライダーへ割ってはいることにした。

 

「それに、こっち側とあっち側をつなぐ橋はあれ一つきり。戦略的には、あれを占領するのは大変有効ということだ」

 

「なるほど、それは分かった。しかしライダー、我らはセイバーとバーサーカーを討つということだったな」

 

「然り。それがなにか」

 

「今夜あの場所に、その二体がやって来るのか?」

 

 ライダーは何やら呻きながら、顎の髭を撫でた。どうやら考え事をするときや、困ったときの癖らしい。

 その反応でアーチャーはおおよそ理解した。どうやら戦場を定めただけで、そこに彼らがやってくる算段は無いらしい。それでは意味がない。いざ遭遇戦になってみて、策が使えなかったから負けたでは困るのだ。ただでさえ強力な二体を相手にするのだ。そのようなぞんざいな策では困ると、溜息を禁じえなかった。

 だが意外にも、サーシャスフィールから声が上がった。

 

「今日とは限りませんが。彼らがあそこを通過する可能性は高いのではないかと」

 

「……アインツベルン殿。詳しく話してもらえるか」

 

「アインツベルンは聖杯戦争が始まってからの全てに関わっていますので、過去の聖杯戦争についてもある程度なら知る事が可能です。

 始まりの御三家である遠坂家、現在の当主である遠坂凛は、前回の聖杯戦争の優勝者でもあります。アインツベルンも間桐もそうですが、屋敷は深山の方面に存在します。

 つまり、新都に用向きがあれば、あの橋を通る以外にない。しかもつい最近まで、間桐の下僕が街を徘徊していたのです。セカンドオーナーとしてはその影響が出ていないか調査をしたいところでしょう。近日のうちに、こちらまで足を伸ばす可能性は高いのでは?

 それに、別にセイバーとバーサーカー以外と交戦しない理由はないのです。なんにしても、ここを押さえるのは戦略的に大変有用だと判断しますが」

 

 そこまで言って、サーシャスフィールは不愉快な出来事を思い出した。キャスターのことと、それに破壊された偽の聖杯のことだ。

 今までお爺様から絶対に守りと通せといわれていた聖杯の器。あれが贋作であったということを、先日知らされたのである。不意打ちに近い情報であった。

 もちろん表立って抗議などしないし、戦略的に間違っているとも言いがたい。だが、せめて自分には伝えて欲しかったものだ。すぐさま本物の聖杯が運び込まれたものの、サーシャスフィールは内心穏やかざるものがある。

 あの偽の聖杯が破壊されるまで、お爺様は私に喋ろうとしなかったに違いない。二度と聖杯を破壊させまい、奪わせまいという執念は立派だが、せめて自身が生み出したモノくらいは信頼してほしいものだった。

 

 その微妙な表情をアーチャーはなんと取ったのだろうか。遠坂家と並々ならぬ因縁があるとでも思ったのか、あっさりとその言葉を信じたようだった。

 

「なるほど、アインツベルン殿が言うのであればそうであろう。暫くの間、夜間は我らがあの橋を占領することに異論はない」

 

 問題なのは、おそらく思い出したかのように散発的に現れるであろう一般人の車両だが、そこはアインツベルンの魔術に頼ることにする。

 どうせここまで来るのにも、なんらかの魔術で人の目を誤魔化しているに違いないのだ。問題はあるまい。

 

 全員の意見が揃ったところで、一同はセンタービルの屋上を後にした。衛宮士郎、遠坂凛、八海山澪、それにセイバーとバーサーカーの帰路が冬木大橋に差し掛かる、およそ30分前の出来事である。

 

 

  ◆◇◆◇◆

 

 

 数十分の間、誰も言葉を交わさず夜の街を歩く。人の姿はまばらで、誰も彼も家路を急いでいるようだった。

 

「一件落着、ということかな」

 

 沈黙を破ったのは霊体化したままセイバーだ。そろそろ新都と深山を結ぶ鉄橋に差し掛かろうというあたりである。

 既に人の姿は全くないが、姿を現すのは無用心すぎるだろう。普段は実体のままで過ごすことが多いセイバーだが、今ばかりは霊体化していた。

 

「いや、むしろこれからでしょうね。大きな問題は解決したでしょうけれど、細かい問題は山積みじゃない?」

 

 セイバーの意見に答える。

 養子縁組の手続きもそうだが、住まいはどうするのか、遠坂邸に移るのなら間桐邸はどうするのか、他にも先延ばしにした魔術師として生きるかどうかの問題もある。これから決めなければならないことは山のようにあるに違いなかった。

 だけれど、きっとこの姉妹ならそんなものは問題にならないに違いない。

 

「そうね。当面の問題は、あの子に負けない水着を考えておかなきゃね」

 

 そっちですか。

 ……いや、遠坂凛と遠坂桜にとってはこの程度のことは問題としてカウントされていないと考えておこう。文字通り、問題になっていないのだと前向きに捉えておく。

 

 冬木大橋に足を踏み入れる。

 人通りはない。もとより、この町にはこんな時間にここを通ろうなどという者は存在しないと言ってもいいだろう。徒歩で歩くにはやや億劫だ。

 車も当然のように走っていなかった。何となく物寂しい気持ちになる。

 ふと空を見上げれば、今日は星が綺麗な夜空であった。人里は空が狭い。それに慣れてしまった私達は、だからこそこうやって空を十分に拝めることが特別なことになりつつある。

 だがそうでなくとも。今日の星明かりは特別に思えた。

 士郎さんが人助けをする理由。何となくだけど、分かった気がするのだ。

 胸の中が暖かい。じわりと広がる温かさが心地いい。これがとても気持ちいいから、きっと士郎さんは人助けを続けているのではないかなと思うのだ。

 私だって、ボランティアぐらいはすることがある。魔術師は基本的に利己的だけれど、半端者の私はそういうのには疎い。むしろ普通の学生に近いと思う。だからボランティアをすることだってあるし、たまに学校でキャンペーンをしていれば献血をすることもある。

 そういったときにも、心が晴れやかになる。だがこれは、それよりももっと暖かかった。

 目に見えない誰かよりも、やはり目の前の誰かを救ったほうが実感を伴う。この手に残ったものがあるからこそ、それを尊いと思えた。

 だから士郎さんもきっと、この気持ちを今抱いているに違いないと思った。それを確認したくて質問を投げる。

 

「士郎さんは、何で人助けを続けているの? 中東まで旅立って、紛争を収めようと考えたの?」

 

 ――――言葉を舌に乗せてから気がついた。人助けにしては、自分の命が蔑ろにされすぎてはいまいか。

 

「……俺は昔、正義の味方に憧れていたんだ。いや、今も憧れている」

 

 士郎さんはどこか遠い空を眺める。その顔は昔を懐かしむような、それでいて悲しんでいるような、複雑な表情だった。

 正義の味方。なるほど、それはやはり機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)と言われるものだろう。困難な状況に現れて全てを解決してしまう、物語(せかい)にとって都合の良い存在。神だとか、精霊だとかが演劇ではポピュラーだけれども。正義の味方というのもそれに類する存在だろう。

 だが何だ、この危うさは。まるでか細くて弱い糸で吊るされているかのような、あるいはそれで綱渡りをしているかのような危うさだ。

 

「正義の味方になりたくて、戦い続けている?」

 

「まあ、そんなところだ。俺は今までに何度か命を救われている。だからこの命は、誰かのために使うべきだと思うんだ」

 

「……それは――――」

 

 それは、おかしい。

 

 自己犠牲や、自己献身と言えば聞こえは良かろう。だが、士郎さんは脅迫じみた強制概念に突き動かされているだけではないのだろうか。

 いや、確かに士郎さんの意見も正しい。それは救われたことに対する恩を返したいという気持ちだと解釈もできる。普通の人間だって似た感情を持つだろう。大抵の場合、それはボランティアを行ったり、あるいは犯罪や人の命を扱う職に就いたりしようとする。

 だが、私は知っている。士郎さんはその如何なる選択肢でもなく、厄介事を処理するための“正義の味方”としての道を選んだことを。それは自分の命を代価にして人助けを行っているということ。

 あまりにも自分の命に重みがない。

 

 私には分からない。それが正しい道なのか。士郎さんにかけるべき言葉が無い。士郎さんよりも人生経験の浅い私が、半端に魔術師を続けている私が、どうして士郎さんを糾弾できようか。

 ある人は言うだろう。それはとても尊いと。果たしてそうか。

 士郎さんの命を救った人だって、そんなものは望んでいないだろう。救った命なのだから、それを謳歌して欲しいと願うはずだ。せっかく救った命を蔑ろにして喜ぶはずも無い。

 ある人は言うだろう。それは人として壊れていると。果たしてそうか。

 少なくとも、人の倫理には沿っている。それは一歩間違うと破滅を呼ぶ危ういものではあるが、同時に人の倫理を体現した存在でもある。隣人には救いの手を、飢える者にはパンを与えよ。そして全ての不義に鉄槌を。秩序を愛し、悪を処断するその姿は人類の理想だ。

 だから私は分からない。士郎さんが壊れているのか、それともそれに危うさを感じる私がおかしいのか。

 遠坂さんは何も喋らない。薄く目を閉じ、何かを反芻しているかのようだ。そこに感じたのは僅かな決意。

 きっと、遠坂さんは士郎さんを止める為に中東まで同行したのだなと、そう感じさせる横顔であった。

 

「…………シロウ、全てを救おうなど考えないほうがいい。その考えを持ち続ければ、貴方はいつかきっと、人類を個ではなく総数でしか見られなくなる」

 

 私には何も言えなかったけれど、セイバーにはかけるべき言葉があったらしい。本格的に説教をするつもりなのか、実体化して姿を現した。人目が無いからか、それとも気が立っているのか。普段着兼用である甚平ではなく、鎧姿であった。

 セイバーの言い分は、なるほど的を射ていると思った。

 九を救うために一を斬り捨てる。九百の命を救うため、百の嘆きを残し。九千の喜びを守るため、千の怨嗟を淘汰し。九億の生を紡ぐため、一億の絶叫を無視して殲滅する。

 それは人類を数でしか見ていない。それは究極の平等で、そしてどこにも愛が無い。人類を愛するヒーローではなく、デウス・エクス・マキナの名の通り、機械的に人類を救おうとする化け物である。

 

「……ああ、そういうヤツを一人知っている」

 

「それはシロウから見て正しいか」

 

「いや……俺は、あのときアイツに食って掛かった」

 

「それが正しい。そして――――そうなってしまったとき、世界で最も嘆くのは貴方だ、シロウ。手元に残ったものがあるなら、せめてそれを愛おしいと思え。

何も手元に残せなかった私だからこそ、誰も救えなかった私だからこそ、断言できる。そうなってしまったとき、シロウは悲しむ。救ったものを顧みなかった自分を、手元に残せたものを投げ捨てた自分を後悔する」

 

 それはどんな思いだったのだろう。

 自分は残せなかったから、せめて貴方は残せ。後ろを振り返って、自分が救った命を愛でろ。さもければ、きっと後悔する。手元に何も残せなかった自分は、後悔しているからと。

 自分が達せられなかった夢を子供に託すような思いだろうか。それとも、間違っても自分のようにはなるなという戒めなのだろうか。

 セイバーの顔を見れば、今にも泣き出しそうな顔。ああきっと、セイバーはずっと嘆いているに違いない。せめて砂の一粒でも残ったのなら、どれほど救われただろう。きっとサーヴァントとなった今も嘆いているのだ。

 

 ――――私はその戦いのやり直しをしたい。せめて我が友だけでも生き残る道があった筈だ。

 

 セイバーが士郎さんに、聖杯にかける望みを聞かれたときに答えた言葉だ。何も残せなかったからこそ、せめて友だけは救いたい。

 この手に、ほんの一粒でいい。何かを残したい。

 セイバーの思いは、永い時間を経ても変わっていない。彼の心は、未だその戦いの中にあるのだ。後悔と、懺悔と、嘆きを伴って。

 

 だけれど、あまり士郎さんを苛めるのも良くないだろう。きっと、士郎さんからしたら何度も聞かされている話に違いない。なにせ七年ほどそんな生活を続けているのだ。何人もの人が説教したに違いない。耳にタコが出来る前に、切り上げさせるとしよう。

 

「まあまあ、セイバー。その辺で――――…………」

 

 察知する。夜間に出歩くときは常に起動させてある私の探索魔術が、それを捉えた。状況によってはサーヴァントの索敵スキルをも上回る範囲を誇るそれが、確かに敵を見つけ出した。視覚では捕らえられない。闇夜に完全に隠れている。

 

 そう、この大きな反応は間違いなく――――サーヴァント、それも二体! 片方はよく覚えている、これは――――アーチャー!

 

「士郎さん、前方にサーヴァント! 敵はアーチャーともう一体、こっちを狙っている!」

 

 そう言った瞬間、殺気が膨れ上がる。闇の向こう側からこちらの眉間に狙いを定めているのが手に取るように分かった。

 心臓が限界まで鼓動を早める。時間が止まったような感覚。殺気を叩きつけられて、緊張が全身を駆け巡る。

 次の瞬間には、あの凶悪な矢がこちらに向かって迸り、瞬きの間さえ許さずに私達を穿つだろう。逃げ場は既になく、あったとしても間に合わない。もとより、弓の英霊の一撃を、ただの人間である私達がどうにか出来る道理がない。

 

 だがそれを覆せる人物がここに居る。自身で適わぬなら、適うものを持ってくればいい、作り出せばいい。

 

「――――『熾天覆う七つの円冠(ロー・アイアス)』ッ!」

 

 弓が放たれ、空気を切り裂きながらこちらへ向かうのが分かる。月光を反しながら一直線にこちらに向かうそれは、まさしく必殺の一撃に相応しい威力。

 放たれた矢はもはや音速に迫る速度。それは鎌鼬と化したソニックブームを伴い、周囲の風景を歪めながら、標的を食い千切ろうと顎を開く。

 矢が私たちに到着するまでの時間は、もう一秒もない。

 それを受ければ、いかに頑丈な鎧を着込もうとも容易く射抜かれるだろう。

矢の特殊な形状より発生する鎌鼬は、対象の付近に暴虐の限りを尽くすだろう。

 

 ならば私たちの死は必至――――されど、それを覆してこその大アイアスの盾!

 

 刹那の後に着弾。

 腹の奥底まで響く轟音と、黒板を爪で掻くような高周波。びりびりと足場が震える。

 欄干を揺るがすには至らずとも、大気を切り裂くには十分に足る一撃。

 どんな鋼鉄も貫くほどの威力を以ってした一撃はしかし――――輝く七つの花弁によって受け止められていた。

 

 士郎さんの右手より現れた守り。それは花弁を広げ、確実に私達を守る。ただの一枚も撃ちぬかれはしない。

もとより、アイアスの盾といえば投擲物に対して無敵を誇る概念武装だ。攻撃手段が投擲である限り、これに対抗できる概念を持つものを持ってくるか、士郎さんの投影に綻びが生じない限りは矢がこれを貫く道理はなし。

 

「相手は車道側、橋の奥に居るわ! ここに居たら鴨撃ちよ!」

 

 次々と飛来する矢。それを受け止める度に不快な音が鳴り響く。それに負けまいと、敵の場所を叫んで伝える。

 

「車道に上がるぞ、私に捕まれシロウ!」

 

 セイバーは両脇に私と遠坂さんを抱える。士郎さんは狙撃地点と思われる場所を睨みながらも、空いている左手でセイバーを掴んだ。

 その瞬間、セイバーは跳躍する。空を跳ぶ私達に向けて、正確無比な矢が打ち込まれた。この速度で移動、しかも左右だけでなく上方向にも移動する物体に命中を得られるとは、恐ろしい腕前だった。

 だがそれら全ては、ロー・アイアスを展開し続ける士郎さんによって阻まれる。その着弾の度に宙に居る私達の体が押されるが、セイバーは見事に車道へ着地を決めた。

 振動を感じさせずに地面に足を付けた後、セイバー抱えていた私と遠坂さんを開放する。

 

 暗闇の向こうを睨む。相手は打ち抜けないと諦めて矢の無駄と判断したらしく、もはや狙撃の脅威には晒されていなかった。

 ここで私にも相手を探る余裕ができた。可能な限り詳細に相手を探ろうとして――――気付く。

 

 相手は二体なんかじゃない。サーヴァントらしき反応は二つ、しかしそれに付随する敵が――――およそ20は存在する。それがこちらに向かってくる。高速だ、おそらくなんらかの移動手段を用いている。

 

「――――Unsere einzige Waffe ist ein Lied (我は永久の歌で奮い立つ)

 

 魔術刻印からそれを起動する。いつかの一瞬に限定した肉体強化ではなく、長時間にわたって身体能力を強化する術。その分出力は劣るが、これが必要な場面であることは間違いない。

 

 いつかのキャスターとの戦いを思い出す。あのときも肉体を強化していたとはいえ、私は何の役にも立てなかった。今度こそ、足を引っ張らないようにしないと。

 頭の奥がちりちりと痛む。だがそんなことは無視しろ。今は雑念を全て追い出せ。

 

 私の魔術回路を全て起動しろ。士郎さんは撃鉄のイメージ、遠坂さんは心臓をナイフで刺すイメージと聞いた。

 私は熱機関のイメージ。熱機関に私という存在を接続し、蒸気から魔力というエネルギーを抽出する。

 

「……まさか、こうも順調に事が進むとはなあ」

 

 暗闇の向こうから声がかかる。橋からの明かりで、その姿を確認することができた。

 まず目に入ったのは、白装束を着込み、ハルバードを装備した軍団。やはり数は20ほど。どうやら特別なのは跨っている馬のほうらしいが、これほどの騎兵となると無視できない戦力なのは間違いない。

 次に、同じく馬に跨っているアーチャー。弓は下げられているが、隙あらばこちらを射抜こうという意思が伺える。私はゆっくりと移動し、士郎さんを射線に挟む。私にはあれを防ぐ手立てがない。申し訳ないが、士郎さんには盾になってもらう他ない。

 次に、中華風の鎧を着込んだ巨漢。三国志や封神演義などの作品でしかお目にかかれないような鎧だ。竜を模した薙刀のようなものを持っている。私であれば持ち上げることも難しいであろうそれは、しかしライダーの体躯に比べればむしろ華奢にも見えた。

 

 それは異様な取り合わせだった。アーチャーと白装束の騎馬は、西洋風の見た目から画にもなる。だが巨漢のそれは明らかなアジア風であり、その中にあっては凄まじい異彩を放つ。

 それらが列をなして、車道を封鎖するように進軍する。橋には人払いの結界が張られたらしく、結界の外のモノを拒絶する排他性のそれが張られる感覚を覚えた。

 

「ライダー……」

 

 あまり観察する暇はあのとき無かったが、確かにライダーだった。サーシャが令呪で呼び出したサーヴァントは、確かにあの男だったと断言できる。ライダーを見たのは私がセイバーを呼び出したその日の一度きりだったが、記憶に誤りはないはずだ。

 

「いかにもライダーである。

さて、遠坂とやら。早くバーサーカーを出すが良い。こちらもサーヴァントは二体、そちらも二体。昨今で言うところの、タッグマッチという奴だ」

 

 じろりとライダーが遠坂さんを睨む。その瞬間、体中に重石を乗せられたかのような感覚を覚えた。

 重力が急に何倍にも膨れ上がった感覚。体が満足に動かせない。膝が笑い、気を抜けば直立することも難しくなる。指一本動かすことにすら、全霊を傾けなければならない。まるで粘性の恐ろしく高い液体を張り詰めたプールで歩いているようだ。

 士郎さんも、遠坂さんも、どうやら同じ状況らしい。その場に縫い付けられたように、一歩も足を踏み出せないでいる。

 マスターとしての能力だろうか、これが宝具の効果であることを理解する。おそらく敵対する相手に対して、行動を鈍らせる宝具。常時展開しているらしく、その分対処に困る代物だ。

 何せ対抗手段が無い。それを無効化できる概念武装でもないかぎり、宝具を防ぐのは難しいだろう。しかも真名開放せずとも発動する常時発動タイプであるため、“使われる前に倒す”という単純にして最良の策をとることができないのだ。

 

 よって、まずライダーをどうにかする必要が出てくる。

 

「セイバー、まず狙うはライダーよ。バーサーカーがどこまで言うことを聞くか分からないけれど、援護させるわ」

「心得た。……やはり、私のステータスが低下させられている。アーチャーの前にライダーを倒す必要があるようだ」

 

 すらりと剣を抜くセイバー。いつもの剣と盾の装備だ。私を守るように前に進み出る。

 

「一応尋ねるが……このまま帰してはくれないだろうか?」

 

「断る。我らは今宵、ここで貴様等を打ち倒すために居るのだ。さあ剣を構えよ、さもなくばその首を刎ねるだけだ」

 

 セイバーが剣を構える。ライダーや、後ろに控えている白装束よりも遥かに細身の剣ではあるが、その刀身は力強く、ライダーの持つそれよりも高位なものであると周囲に知らしめている。

 だがライダーもそんなことでは恐れない。いや、真に恐れなければいけないのは、私達のほうかも知れない。話はある程度聞いている。ライダーはアーチャー、セイバーと同時に戦闘し、その両方を圧倒していたという。三つ巴の戦いだったとはいえ、それは驚異的な戦闘能力だ。

 

「では行くぞ。――――この(ライダー)が行くぞ! 我来々、我来々!」

「――――いざ……!」

 

 ライダーの声と共に、アーチャーが弓を構える。狙いはセイバーだ。士郎さんの守りは、投擲物に対して絶対の守りを誇る。フェイルノートが因果の逆転による必中の弓だったとしても、それを貫けるかは疑問だろう。だからこそ、必殺の弓は確実に討ち取れる相手に使用しなければならないのだ。

 

 ライダーが馬を走らせる。白装束がやや遅れてそれに付いてくるが、アーチャーはその場に留まり続けている。当然だ、遠距離攻撃が可能である以上、セイバーに接近戦を挑む道理が無い。

 ライダーの馬は下手な車よりも速い。スポーツカーには及ばないとしても、チーターになら勝てそうな程の俊足だ。

セイバーに接触するまで、およそ二秒。いや、それ未満。

 

「――――バーサーカーッ!」

「■■■ォォ■■ィィ■■ンンンッ!」

 

 それを遮るように、咆哮と共に一つの影が現れる。

 初めに見えたのは、吹き出すように現れた黒い煙。いや、あれは霧だ。

 それはこの闇夜を濃縮したような風貌であった。暗黒を湛えた霧の鎧。不定形の霧が、おぼろげに人の形を留めているに過ぎない。その中身は黒すぎる霧に阻まれ、一切を伺うことが不可能。まるで全身から炎でも噴出しているかのように、絶え間なく霧が発せられ、その輪郭を完全に隠し切っていた。しかも、橋からの明かりがあるとはいえ夜間である。油断すればその姿を見失いそうになるほどに、その姿は夜に溶け込んでいた。

 

 それはいかなる宝具なのだろう。私とて一応はマスターであるというのに、そのステータスは一切読み取ることを許されない。

 一切のステータスは完全に隠匿され、その姿さえも垣間見ること適わない。その霧の奥が、果たして男なのか女なのか、騎士であるのか戦士であるのか、それ以前に本当に人間なのか。それすらも全く分からない。

 ただ、これほど自身を隠匿する宝具を持つサーヴァントである。その前身が、よほど自分の名前や正体を周囲に隠し続けた人物であろうことは容易に想像が付く。あるいは、なんらかの呪いだろうか。

 

「現れおったなバーサーカー! 我が一撃を受けるがいいッ!」

 

 ライダーはそのまま直進し、バーサーカーの脇を通り過ぎるような進路を取る。大きく手に持つ青龍刀を振りかぶり、バーサーカーを両断しようと力を溜める。

 バーサーカーがライダーの間合いに入る。瞬間、大気よ揺るげというほどの力を以って刀が振るわれた。

 だがバーサーカーにはライダーのステータス低下が利いていないのか、大きく跳躍してその凶刃をかわす。刃はバーサーカーの霧の一端を掠めたにすぎず、中身の本体はおそらく無傷。

 

 ライダーの頭上から、落下の勢いを乗せた振り下ろし。だがライダーはこれを予期していたのか、青龍刀を巧みに操り、それを受け止める。空中に位置していては唾競り合うこと適わず、バーサーカーは、歩みを止めて大きく刀を振ったライダーに弾かれて大きく距離を取らされる。

 バーサーカーの一撃はライダーを屠ること適わなかったが――――そう、歩みを止めさせることには成功した。

 

「――破ァッ!」

 

 歩みを止めたライダー、その首を刈り取らんとする一撃をセイバーが放つ。だがこれもまたライダーは刀で受け止め、バーサーカーと同じく弾き飛ばして距離を取ろうとしたが、しかし知性を奪われてはいないセイバーはあっさりと身を引いてそれを回避する。

 騎馬と戦うときには、その俊足を活かさせてはならない。蛇のように纏わり付き、その足を殺せば自ずと勝機は見えてくる。一撃離脱の戦法を取られては反撃の機会が与えられなくなるため、それを封じることが最上なのだ。

 

 よってセイバーはライダーから距離を開けすぎないように動く。ライダーが青龍刀を薙げばそれを受け流して隙を作り、突けば盾で防ぎながらも同じく刺突で返す。

 セイバーは以前の辛酸を再び舐めるつもりは無いらしく、一部の油断も無くライダーに対処する。

 それ故か、ライダーは以前のように圧倒できていなかった。あれはセイバーやアーチャーが自身のステータスの低下に戸惑っていたことも大きい。ステータスが低下し、十全に戦えないなら、それを前提として戦えばいいだけのこと―――――!

 

「――――喰らえッ!」

 

 アーチャーが弓を放つ。だがそれは、射線に飛び込んできたバーサーカーによって叩き落された。否、あれは矢を喰らうつもりで飛び込んできたようなものだ。理性が無い分、負傷を恐れない。

 その暗黒の視線に射抜かれる。思えばこのサーヴァントと明確に敵対したのはこれが始めてだ。最初の邂逅の折は、このバーサーカーはライダーしか見えておらず、こちらに気を一切やらなかった。あのとき、ライダーがきっちり仕留めてくれればこのような事態にはならなかったものを、と悔やむ。

矢を叩き落されたのは偶然に過ぎないだろうが、しかしアーチャーにとってバーサーカーの相手は非常に厄介である。

 何せ、その霧に阻まれて急所の位置が特定できない。ある程度はその体躯から推測できるものの、例えば思っていたよりも背が低かった場合、一撃を外す可能性がある。

 『無駄なし必中の矢(フェイルノート)』は標的の狙った部位を確実に射抜く宝具である。それは因果の逆転によるものだが、これを放つには僅かながら制限がある。

 それは、狙った部位が視界に入っていることである。

 矢とは当然、目で狙いをつけて放つものだ。いかに因果を逆転しようと、視界に入っていないものを矢で打ち抜くことは不可能。よってフェイルノートを放つには、視界で相手を捕らえつつ、狙った部位の場所が正確に分かる必要があるのだ。

 ゆえにこのバーサーカーが相手ではフェイルノートが使用できない。

 セイバーとバーサーカーがライダーを集中して狙うように。ライダーとアーチャーも互いに標的を定めていた。それはセイバーである。

 バーサーカーは、ライダーとアーチャー、その両方の宝具に対して強い。アーチャーの宝具は発動できず、しかもライダーの宝具は効果が無い様子だった。だからこそ厄介な相手を後に回し、セイバーを先に倒そうという腹である。

 だからアーチャーはこれ以上バーサーカーを追撃しようとしなかった。理性が欠如している以上、追撃さえせずに身を引けばより近い標的―― つまりライダー ――を狙うはずだ。

 

 ――――だがしかし。

 

「■ォ……■ィィ……――――?」

 

 バーサーカーはライダーに向かおうとはしなかった。

 

 

  ◆◇◆◇◆

 

 

 セイバーと戦うライダー。セイバー射抜こうと矢を放ったアーチャーに割り込んだバーサーカー。

そして、それを避けるようにこちらに向かってきた、20騎ほどの白装束。これもかなりの俊足だ。こちらに向かって掲げる凶悪なフォルムのハルバードが、否応なしに恐怖を掻き立てる。

 

「――投影、開始(トレース・オン)

「士郎さん、私にも何か身を守れるものを」

 

 士郎さんが中華風の双剣を投影する。私の申し出に頷き、一振りの剣を投影してこちらに寄越した。

 それは、宝具でも何でもない剣。片手と両手、そのどちらでも扱えるようにと重さと長さを調整された――――|片手半剣(バスタードソード)。特筆すべきはその攻撃力の高さとリーチの長さ。馬上の相手と戦うのなら、この長さが頼みになる。

 だが両手剣は駄目だ。私の筋力ではとても扱えまい。そもそも剣の心得が無い以上、そんなものを寄越されても困る。

 片手剣でも駄目だ。ハルバードの一撃を受けきれず、また反撃しようにも刃が届かない。だからもっと長い武器である必要がある。

だが、重さ3キログラムにも満たないこれならば、筋力を増強した状態の私ならどうにか振ることが出来る。ハルバードを受け、反撃することも可能。

 

 セイバーやバーサーカーにはこちらを気遣う余裕が無い。自分の身は自力で守らなくてはいけないだろう。

だが大丈夫。こちらとて魔術師。それにキャスターのときに比べれば数が少ない。これならば、私は逃げることが可能だ。何せ、この魔術は逃げに大変重宝するのだから。逃げが取れる状況ならば。私は逃げ切ってみせる。

 

「――――Einstellung(設定). Perceptual(知覚), Gesamtpreis(拡張)――――Append(追記). Threat(脅威),Reflex(脊髄反射),Vermeiden(回避),Intercept(迎撃)!」

 

 脊髄反射に、回避と迎撃を設定。私に害なすものを認定次第発動。

数がおよそ20ならば、単純に考えて一度に相手をしなければならない数は7騎強。足場は一人の人間が動き回るには十分。7騎程度では、完全に包囲することは不可能。

ならば回避、迎撃、逃走。どの選択も取れる。キャスター戦とは状況が大きく違う。実力もそこまで開いていないし、加えて不死でもない。

 よって、微力ながら私も戦うことが出来る。

 ――――簡単に、私に刃を浴びせられると思うな――――!

 

 先陣を切っていたものが士郎さんと接触する。士郎さんはその双剣を使い、ハルバードの一撃をいなす。次から次へと襲い掛かるそれを、短剣の一撃が刈り取る。士郎さんは騎手の命を取ることはせず、しかし交差する瞬間に馬の足を斬る。

 足を傷つけられた馬は自重を支えるこができず、派手に転倒する。その際に周囲を巻き込み、縺れ合うように地面に投げ出される。

 だが士郎さんそれが全てを攻撃できる筈もなく、それを逃れたものが私に向かって突撃してくる。

 ハルバードを突き出した状態での騎乗突撃。受ければ即死。

 

 だが――――例え不意打ちでも、この状態の私ならば回避が可能。

 その切っ先を、大きく横に飛びのいて回避。驚くほど体が重い。体が鉛に置き換わったかのよう。

回避に全力を傾ける。そして武器の長さを頼みに、転がりながら破れかぶれに剣を振る。それは幸運にも突き出した相手の腕を浅く切り裂き、その激痛に耐えかねた相手が武器を取り落とす。

 

 追撃はしない。している余裕が無い。私なんぞがそんなことをしていれば死ぬ。

 

 次の一騎が襲い掛かる。否、二騎。片方を回避しても、次の一騎に襲われる。

 考える暇すらなく体が反応。魔術式が最適な行動を選択し、脊髄反射で行動を開始する。

 手に持ったバスタードソードを投げつける。闇雲ではなく、槍投げのように狙いをつけて、力の限りの投擲。それは先頭に位置する一騎の馬、その眉間に向かって牙をむく。

 こんな扱い方、しかも私の膂力では殺傷能力は期待できない。だが馬は視界が広い分、立体的に物を見ることが難しい。

 つまり正面から急激に接近する物体があると、急に目の前にそれが現れたように錯覚して――――この上なく驚くのだ。

 

 その馬は取り乱し、刃は浅く額を裂いただけにも関わらず大きく軌道を逸らす。もはやハルバードの殺傷圏内から私は逸れていた。

戦場に馬が慣れていないらしいことは僥倖で、この程度でも効果は覿面だった。

 一騎を後回しにして、それに続いていた一騎を見据える。今は徒手空拳。反撃は不可能。

 間合いまで近付いた騎兵がハルバードを薙ぐ。その場に倒れこむようにしてそれを回避。頭上を刃が通過し、後ろで纏めていた髪の一部が斬られる。しかし無視。髪ならいずれ生えてくるが、首は二度と生えない。

 

 一瞬で周囲を確認。最も至近には私が投げた片手半剣。さきほどの二騎が馬首を翻しているが、こちらのが早い。

 素早くそれを拾い上げ、滅茶苦茶に構える。こんなことならばセイバーに稽古をつけてもらっておけば良かった。

 

 再び周囲を確認。今私を狙っているのはこの二騎だけと判断。大部分は戦闘能力に長ける士郎さんと凛さんを相手にしている。

 視界の隅で戦っているのは士郎さん。私の闇雲な回避行動で距離が開いてしまった。

 双剣を隙なく振るう。相手を倒すことよりも生き残ることに重点を置いた戦法は、あまり戦闘経験が無いらしい白装束相手にとっては厄介らしい。

 士郎さんは今のところ心配に値しない。それよりも問題は遠坂さんのほうだ。

 

 バーサーカーを用いた戦闘は相当に堪えるらしい。

 嫌な汗を流しているのがここからでも分かる。騎兵に阻まれて戦闘の行方は伺えないが、黒霧のサーヴァントの絶叫じみた咆哮だけは聞こえる。

 バーサーカーとは、弱い英雄を狂化することによって無理やり強化したサーヴァントだという。しかしそれによるコストの増大、つまるところ魔力の消費量は半端ではすまない。

歴代のバーサーカーのマスターは、前回のそれを除いて魔力切れによる敗退。もっと噛み砕けば、サーヴァントに限界以上に吸い上げられて殺されたということだ。

 

 だが遠坂さんには宝石がある。それが幸いしたのか、どうにか一人でも戦えている状況だ。私のように逃げ一辺倒ではなく、近寄る敵を容赦なく魔術で攻撃する。

 それが功を奏したようで、白装束は遠巻きに様子を伺うだけで遠坂さんを積極的に攻撃しようとはしなかった。

 それでいい。遠坂さんはおそらく、サーヴァントへの魔力供給を自身の魔力で賄い、目の前の敵は宝石で攻撃している。一瞬で大魔術にも匹敵するような術式を放たれては、近寄ること適わない。――――いや、あまり宝石は残っていないはずだ。だが今はそれでいい。それを悟られなければ大丈夫。

 その分の皺寄せは士郎さんに行っているが、士郎さんはあまり問題ないようだった。

 よって問題はやはり凛さん。ここからで分かってしまうほどに、体力やその他諸々を消費している。あれでは限界が近い。

 

 ――――大きく遠坂さんがよろめく。これは、拙い。

 

 そこまで観察したところで、先ほどの二騎が足並みを揃えてこちらに突進。やはり戦いには慣れていないようだ。先ほどと殆ど変わらないフォーメーション、攻撃方法。

 だがぞわりと背中が粟立つ。脅威を察知、緊急回避――――!

 ヘッドスライディングのように回避。前方からは二体が迫っていたが、構わない。僅かな間隙を縫うように飛び込んだがワンタイミング遅れる。首筋を裂かれるが――無視。血管は傷ついていない。

 

 周囲の白装束の位置を察知し、最も安全だと思われる経路で遠坂さんに歩み寄る。士郎さんもそれに気付いたらしく、阻もうとするものをかわし、あるいは蹴散らしながら遠坂さんに駆け寄った。

 士郎さんの顔を見て安心してしまったのだろうか。遠坂さんがその腕の中に倒れこむ。

 三人が固まってしまったため、少々事態は厄介になっている。突破するには骨の折れそうな包囲を完成させている。とは言っても戦闘が出来ない私ではなく、戦うのは士郎さんになるだろうが、同じことだ。

 だが襲い掛かってこないのは、向こうの損傷も無視できないに違いない。士郎さんの戦闘能力を畏れ、様子見に徹することにしたようだ。士郎さんがセイバーたちの加勢に行かなければ問題無いと判断したようである。

 

「大丈夫か遠坂ッ!」

「遠坂さん、魔力はまだ残っていますかッ」

「、はっ――――、はっ……バーサーカーの、様子が、変……!」

 

 脂汗にまみれ、肩で息をする。すでに目の焦点は虚ろになりつつあり、意識が途切れるのも時間の問題に思えた。宝石をいくつか使って魔力の供給に当てていたらしいが、それでも追いつかない様子である。

 

 ――――思えば。

 魔力が枯渇しかかっているのなら、遠慮なく供給を絶ってしまえばいいのだ。気絶してしまったのならば話は別だが、魔力の供給をカットすればこれ以上の魔力の浪費は抑えられる。

 当然セイバーはより一層苦戦を強いられるだろうが、士郎さんの投影を駆使すれば決して覆らない戦力差ではない。

 だがそれをしないのは何か理由があるのだろうか。いや――――もしや、出来ない……?

 

「バーサーカーへの、魔力供給が――――カット、できない……ッ!」

 

 

  ◆◇◆◇◆

 

 

 ライダーの一撃は、どれをとっても熾烈を極めるものだった。

 その大味な外見を有した武器とは裏腹に、その攻撃は針に通すかのような正確無比。

 闘気は燃え盛るようにして、しかし一切を外に洩らさず。

 動きは最小にして神速、しかし岩をも切り裂かんとする重さ。

 手綱は軽く握るだけ、しかし馬のほうがライダーの意思に合わせるように動き、それはまさしく人馬一体。

 それは一切の誇張を交えずとも、今までセイバーが戦ったどんな相手よりも強かった。

 

 いや、実際のところ、本来もてる力は5分と5分である。ライダー自身が、己に匹敵する――ともすれば己を打ち倒すであろう存在であることを認めている。

 だがその拮抗を打ち崩しているのが、ライダーの宝具。敵対する全ての者のステータスを低下させる宝具であった。

 それの影響で均衡していた力関係は崩れ、ライダー有利の状況を作り上げてしまっている。同程度の実力の持ち主なら、己に勝利を引き込んでしまう。これがこの宝具の真髄ともいえる部分であった。

 そして、それに嵌ってしまっているのが他ならぬセイバーである。

 

 ライダーが青龍刀を振り下ろす。脳天から股下まで切り裂くであろう一撃はしかし、セイバーの剣によって受け止められていた。

 その膂力の凄まじさたるや、セイバーが踏みしめていたアスファルトに葉脈状に亀裂が走るほどである。

 ライダーは唾競り合うことはせず、すぐに刀を返して横薙ぎに振るう。それをバックステップで躱す。僅かに掠っただけなのに、その鎧を断ち切り、その中身の胸板から血が滲む。

 ここまで圧倒されると、もはや馬を仕留める余裕がない。馬に刃を向けた途端に、おそらくこの首を刎ねられる。一瞬たりともライダーの挙動から目を離せない状態が続いていた。

 

「――――これは、中々。我が刃をここまで受けるとは、騎士にも偉丈夫が多いことよ」

 

「貴方も、ライダー。アジアの出身とお見受けしたが、さぞ御身は名高い武人であったのだろう」

 

 ライダーは、この場にサーシャスフィールが居ないことを心から安堵した。この乱戦にあっては守るのも難しくなる。何かあっては拙い身の上である故に、この戦いにおいては離れた場所で見守らせている。

 それに、自ら共闘を持ちかけたアーチャーのことを、実のところ一番信用していないのがライダーである。

 

(ここまで気炎が高ぶれば、もはや他の事に気を割けん。それに……この男は、余計なことに気を回しておったらこちらが討たれるだろうよ)

 

 ライダーは薄く笑う。初めて顔を合わせた際の飄々とした態度は微塵も残ってはいなかった。今はそう、まるで一つの巌のような存在感。

 戦いが長引けば長引くほど、刃が触れ合えば触れ合うほど、ライダーの内にある気炎は燃え盛り、しかしそれは外に出ることもなく更に内で高められる。

 この段階に至ると、その気炎の大きさたるや普通の人間とは思えない。もはや武神の領域であろう。

 

 だがしかし。セイバーも決して負けてはいない。

 その証拠に、前回のライダーとの戦闘では成しえなかったことだが、ライダーに手傷を負わせることに成功していた。

 ライダーとセイバーが追っている切創は共に4つ。どれも致命傷にはならず、戦闘に支障はない。だがセイバーにとってそれは、倒しうるという確たる自信を持つ足がかりである。

 

「賞賛を受けとれい、セイバー。西洋の騎士は腑抜けばかりと思っておったが、それを改めよう」

 

「私からも賞賛を送ろう、ライダー。東方の戦士とは、いずれも蛮族の如きという謝った見聞を信じていた。非礼を詫びたい」

 

「これは手痛い。諸君らのように、美しさは一切求めておらなんだからな。――――さて、あの黒霧のサーヴァント、彼奴も中々の御仁。お主の首級を頂戴した後には、あれの相手もしたいところだ」

 

「いやいや、倒れるのは貴方のほうかも知れないぞ、ライダー?」

 

 そう言ってちらりと目線をやる。それはバーサーカーとアーチャーとの戦闘であった。

 圧しているのはバーサーカーに見えるが、アーチャーに目に見えた負傷は無い。馬を既に失ったらしいが、それだけだった。おそらく実質的な損耗はバーサーカーのほうが激しいに違いあるまい。

 正直に言って、バーサーカーに協力的な戦闘は期待していなかった。だがせめて、凛の命令があるならばライダーを標的にする筈だと踏んでいた。

 だからこそ、ライダーを完全に無視してアーチャーを襲っていることが気がかりであった。アーチャーを抑えてくれるのは有難いことだったが、これでは戦闘が長引く。

 バーサーカーのマスターにとってもっとも避けるべきは長期戦である。これは自明の理だ。一対一を二組でやるよりも、二対一を二度繰り返したほうが確実で手早い。だからこそ足並みを揃える必要がある。

 

 アーチャーがバーサーカーに向かって矢を放つ。それを暴風の如き一撃、否、実際に大気を陵辱する一撃でそれを叩き落す。

 

「■■ォ■■■ィィィ■■ゥゥッ!」

 

 絶叫と共に一撃。一瞬で肉薄したバーサーカーはアーチャーを腰から両断せんと剣を薙ぐ。

 だがその一撃は、火花を散らしながらもフェイルノートから生える剣によっていなされた。この一撃をまともに受ければ、剣が折れるであろうことはアーチャーにも分かっている。

 

 大きく後方へ跳躍、空中で再び矢を放つ。バーサーカーはまるでそれを予見していたかの動きで、矢が放たれる刹那の瞬間には、殺傷圏内から離脱していた。頭上から放たれた矢はアスファルトを砕くが、既にそこにバーサーカーはいない。

 そして、もはや何度目か分からない突進。わずかにアーチャーは慄く。

 

 何故なら。この剣戟は、アーチャーの記憶の片隅にある。

 バーサーカーと成った影響か、もはや技とも言えない滅茶苦茶な剣戟である。

だがしかし。その中、僅かな片鱗に、見知った何かを思い出させるのであった。

 

(これは一体誰だ―――どこで私はこの剣戟を知った!? コルナヴルか? ……違う。ならばサー・ランスロットか? ……絶対に否。ならばアーサー王か? ……やはり、違う!)

 

 アーチャーは戸惑う。このような得体の知れない者は、未だかつて見たことが無い。だが、遠い記憶の彼方にこの剣戟を知っている気がしてならない。

 

 その疑問は、再度の突進によって中断される。

 猪突猛進を体現したような攻撃はしかし、バーサーカーの胡乱さが手伝って有効な攻撃方法となっていた。あの霧の中は、おそらく鎌鼬に刻まれていることだろうが、それでも未だに止まる気配がない。おそらく死ぬまで限界を超えた戦闘を続けるだろう。

 

 そして、限界といえば、そろそろ凛の魔力も辛い頃合だ。セイバーはそう考えた。

 セイバーにはもはや何分、もしかすると何時間も戦っているのか分からない。だが凛の魔力が限界であろうことは間違いないと思えた。

 ならばここは――――乾坤一擲の覚悟でライダーに背を向け、バーサーカーと共にアーチャーを討つべきだと判断する。

 

 跳躍してライダーへの振り下ろす一撃。受け止められることは折込済みだ。

 思惑通り、セイバーを弾き飛ばす勢いで青龍刀を振るう。先ほどまでならこの勢いに抗うところだったが、今回は事情が違う。

 その勢いを殺さず、それに乗る。

 大きく弧を描いて宙を舞う。その着地地点を見積もった段階になって――ライダーも、セイバーの意図に気付いた。

 ――――俺の一撃を利用して、バーサーカーの助太刀に行くつもりか!

 

 既にセイバーは空中で体勢を整えている。轍を残し、勢いを殺しながらの着地。既にバーサーカーとアーチャーは目と鼻の先である。

 さすがにバーサーカーも味方には刃を振るわない。敵と味方程度の区別ができなければ、マスターにだって刃を振るうだろう。その認識ができていることは、最初の一撃の際にセイバーではなくライダーだけを狙ったことから判明している。

 

 ライダーは泡を食ってそこに割って入ろうとしたが、どう考えてもセイバーの一撃がアーチャーに達する方が早い。

 しかも、アーチャーからはそれが死角になっており、不運なことにもバーサーカーに掛かりきりの彼は気付いていない。

 ライダーは声に出して警告しようとする――――が、それも間に合わない。

 アーチャーよ、さらば。

 セイバーさえも必殺を覚悟した。

 

 そしてその片手剣から放たれる光速の一撃は、しかし――――

 

「■■■ァァ■ンンンッ■――――!」

 

 バーサーカーによって止められた。しかもあろうことか――セイバーに刃を向けた。

 バーサーカーは唾競り合う形から、膂力によってセイバーを後方に押しやる。予期せぬ攻撃によろけたセイバーの肩口を狙って、バーサーカーが袈裟に剣を振り下ろした。

 

 すんでのところで踏みとどまり、左手の盾によってそれを受け止める。かなりの名剣であったらしく、盾は半ばほどまで切り裂かれてしまった。それを握る手を切り落とされなかったのは僥倖としかいえない。

 

「なっ……! バーサーカー、何をする!?」

 

 必至の抗議。だが思考が胡乱なバーサーカーには届かない。

 バーサーカーには既に理性が無いことは、この場に居る誰もが了承していることである。だが、これは余りにも不可解であった。

 

 バーサーカーから大きく距離を取るセイバー。その瞳はバーサーカーから離れようとしない。

 もはや明確に、バーサーカーの挙動が語っていた。邪魔立てするのであれば殺すと。

 そこには既に協力関係など無い。自分の邪魔をするのであれば、例えマスターであっても容赦なく牙を剥くだろう。

 バーサーカーは低く呻き、周囲を威嚇する。もはや声にすらなっていない、地の底にまで響くような声。一体、このサーヴァントに何があったというのだろうか。並大抵ではこうは成るまい。

 響くその声に乗せられるのは怨嗟。その声に呼応するかのように、ゆらゆらと霧が揺らめく。

 

「■■■■ォォォォ■■ォォ――――ッ!」

 

 その天まで揺るがすような咆哮に、誰もが注意を傾けた。目を見開き、唾を呑んでそれを見守る。サーヴァント達だけでなく、姉妹兵たちすらもこちらを見守っている。

 誰も彼もが固唾を呑んで、バーサーカーの挙動を注視する。

 だがそんな中、一体だけ足を動かしたものが居た。それは驚くべき俊足を駆り、セイバーに接近する。

 

「首級頂戴するッ!」

「な――――ッ!?」

 

 ライダーはセイバーの一瞬の隙を突き、彼に肉薄する。

 馬の右側面をすれ違うように動き、それに合わせて青龍堰月刀を振るう。まるで梟の狩りのように刃は地面すれすれに潜り込み、セイバーを目前に雁首を上げる。セイバーの股下から頭上へかけて切り裂く一撃だ。

 

 ぞぶりと肉を裂く音。

 噴出する血。

 びしゃりと自分が作った血溜まりに倒れ付す音。

 

 ライダーの刃は確かにセイバーを捕らえたのだ。

 

「――――ぐ……ッ」

 

 だが、間一髪で即死には至っていない。

 その鎧をあっさりと断ち、わき腹から胸板を切り裂いたに留まっている。だが傷は決して浅くない。普通の人間であったなら――致死量とも思える血を流している。いや、即死は免れたとはいえ、傷自体も無視できるものではない。

 

 ――――だが、それでもまだ立ち上がる。

 既に満身創痍。すぐに霊体化して体を休めなければ、体力と血を浪費して事切れるかも知れない。

 美しかった金の髪は血に染まり、豪奢な意匠の剣は泥にまみれ、目は既に光を失いつつある。

 それでも――――剣を杖にして、立ち上がる。歯を食いしばり、肩で息をしながら、弱弱しくも立ち上がる。

 

「ミオ……逃げ、ろ……ッ!」

 

 マスターを守るために。守るべき、否、守りたい人を守るために。

 セイバーがこの戦いに望む願いとは、“守る”ことに終始する。ならばここで立ち上がらなければならない。

 立ち上がらなければ、騎士ではない。人ひとり守れなくて、何が英雄か。友すら守れなくて、何が英霊か-―――!

 

 だが。現実とは実に無情である。

 即座に立ち止まったライダーの愛馬黒兎は、セイバーが立ち上がったのを認めると、その後ろ足でセイバーの体を蹴った。

 急所は外れたが、その炎熱をも伴った蹄はセイバーの両肩を打つ。蹴り自体は幸いにも僅かに範囲から外れていて、セイバーに届かなかった。しかしエンチャントされている炎熱は避けようもなく、容赦なくセイバーの体を吹き飛ばす。

 

 セイバーはそれに抗うこと適わず、地面に叩きつけられた。骨も僅かに皹が入ったが、折れてはいない。しかしセイバーは、もはや立ち上がることができなかった。

 完全に、意識を刈り取られてしまったのである。

 

「しばしそこで寝ておれ。すぐに片付ける」

 

 ぴくりとも動かないセイバー。そうしている間にも、セイバーが寝ている場所には血溜まりが作られていく。

 誰の目にも明らかに、セイバーは死に体であった。

 

 ライダーはアーチャーとバーサーカーを見やる。どうやらあの二人は戦闘を再開しているようだった。どうやら相当に梃子摺っているようだが、今回は加勢しない。もっと確実な方法がある。

 

「おい、アーチャー。暫し耐えよ、今マスターを始末する」

「心得た! 早急に頼むぞッ!」

「■■■ァァ■■ォォ――――ッ!」

 

 バーサーカーはマスターが窮地に立たされていることが分かっていないのか、分かっていて無視しているのか、遠坂凛(マスター)を庇おうとはしなかった。

 ライダーは馬を歩ませて、姉妹兵が囲んでいるマスター達の下へ参じる。どうやら、姉妹兵たちは命令を忠実に守っていたようだ。

 マスター狩りが無理と判断すれば、足止めに徹せよ。

 補充の利かない戦闘要員である。今後も運用することを考えれば被害は最小限にとどめるべきという判断からの命令だった。

 

 ライダーが彼らの元に来たときには、以前確認したバーサーカーのマスター――つまり遠坂凛――はぐったりとしていて、意識も朧であった。動けるのはセイバーのマスターと、前回の参加者だと聞く男が一人。

 サーヴァント2体のうち、1体は戦闘不能。1体は完全に命令を無視して暴走している。ライダーを阻むのは、この二人しか居なかった。

 

 二人のうち、セイバーのマスターは武術の心得がないことがすぐに知れた。それでも剣を握り締めてこちらを睨んでいるのは、魔術での戦闘が出来ないということだろう。敵に値しない。

 もう片方、男のほうは中々の心得があると見えた。中華剣を構えるその姿には、若干ながら感心を覚える。少しは手ごたえが有りそうだった。

 

 しかし仮にこの男が磨けば輝く金剛石の原石だったとしても、ライダーは見逃すつもりは毛頭なかった。惜しいと思う反面で、どこかライダーの冷たい部分が、殺すべきだと告げている。

 だからこそ、この三人は一切の容赦なく屠る心積もりであった。

 

「さて……降伏するか?」

 

 一応尋ねる。抵抗さえしないのであれば、潔い死の機会も与えられよう。軍門に降るというのならば受け入れよう。

 だが、返答はライダーの予想したとおりのものであった。

 

「断るわ」

「断る。……投影開始(トレース・オン)

 

 男の持つ中華剣が砕けたと思った次の刹那には、新たな剣が握られていた。

 それは黄金の輝きを湛える剣。豪奢な意匠はセイバーの持つそれよりも華美で、おそらく王の威光を示すもの。星の輝きを集めたかのようなそれは、おそらくこの世に二つとない代物。

 

「……それは、遠きブリテンの地にあるという選定の剣か。なるほど、これは楽しめそうだな」

 

 ライダーは手に持つ青龍刀を天に掲げる。

 彼は『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』を前にしても、些かも臆することはなかった。もとよりこれを望んで聖杯戦争に臨んでいると言ってもいい。

 もっと強い怨敵を。

 我が武を高めることの出来る仇敵を。

 最強の武を見たい。叶えうるのなら、それを我が内に。

 だからこそライダーは笑う。この男こそがその望みを叶えるかも知れぬと思えば、胸は高まる。

 だがそれと反対に、思考は研ぎ澄まされて冷たくなっていく。ここで舞い上がらぬことこそが、ライダーの強さの根源だろう。敵が強ければ強いほど、彼は武人を体現した存在に変わっていく。

 セイバーは今までないほどに強かった。ならば、貴様はどうか。

 

「おおおおおッ!」

 

 衛宮士郎は剣を振りかざし、ライダーに吶喊する。

 黄金を湛える聖剣と、竜を宿した刀が火花を散らす音だけが、ライダーの耳の中でいつまでも反響していた。

 

 

  ◆◇◆◇◆

 

 

 自分の選択に後悔はなかった。

 セイバーを置き去りには出来ない。これは動かしようもない。

 アイツは普段、ちょっとふざけた奴だけれども。憎めない、いい奴なんだ。ここで見殺しにしたら……例え生き残ることができたとしても、一生後悔するだろう。

 ライダーが白装束の垣根を割って入ったとき、その僅かな隙間に倒れ付すセイバーを見つけた。血溜まりを作って、しかしピクリとも動かないその姿には否応なく嫌な予感がよぎる。

 だが、この手にはまだ令呪が残っている。ならばそれを信じるしかないのだ。

 そう思った瞬間には、逃走の選択肢は消えていた。

 

 だが、それは無理を押し通すということではない。そもそも、私には押し通せるだけの力がない。

 だからこそ、今私が出来ることをするしかない。それはつまり、士郎さんが戦えるように、遠坂さんの下から離れないことだ。

 隙あらば、白装束は遠坂さんを殺そうとするだろう。それを防ぐためにも、私がこの場から離れるわけにはいかないのだ。

 白装束は私に、マスターたるだけの力がると勘違いしているらしい。こちらに殺気こそ送るものの、一向に飛び込んでくる気配がなかった。実に好都合。

 

 士郎さんが、投影した剣を振るう。

 黄金色に軌跡を残しながら青龍刀とぶつかり、鉄と鉄が激突する音が響く。

 あの剣は本物の聖剣だ。もしかすると、士郎さんの刃はライダーに届くかもしれない。

 

 ――しかしその甘い希望は、十合を数える頃には打ち砕かれていた。

 ライダーによるステータス低下。当然ながら、今もずっとその効果は続いている。その効果さえ無かったら……もしかすると良い勝負ができたかも知れない。

 

 ライダーが大きく刃を薙ぐ。その破城鎚のような一撃は容赦なく士郎さんの体を吹き飛ばす。剣がその衝撃に耐えようとも、担い手がそれに耐えられない。

 その際に、剣は士郎さんの手から離れて乾いた音を立てて転がった。

 

 理解する。

 ライダーを打ち破ろうとしたければ、普遍的な多数ではなく、究極の一を持ってこなければならない。多くの武器を持っているに過ぎない士郎さんでは、あれを打ち破ることは難しい。

 例えば――――そう、あの聖剣の持ち主を呼ぶくらいでなければならない。

 その点では、未だ倒れ付すセイバーだけが頼りなのだ。しかし――本当に生きているのかも疑いたくなるほどに動かない。

 令呪を使えば回復させることができるか?

 いや、駄目だ。無理な回復の反動は全てセイバーに皺寄せが行くだろう。今のセイバーにそれに耐えられるほどの力が残っているとは思えない。

 

 故に――この状況は、最初から詰んでいるのだ。

 否、サーヴァントと対峙することが如何なることか、分かっていた筈だ。その答えがここに体現しているだけである。

 

 よろよろと起き上がる士郎さん。悔しいが、私には何も出来ない。本当に――悔しい。

 その首根っこを容赦なくライダーは掴み上げた。

 ライダーは士郎さんを宙吊りにしたまま、見せしめるようにその指に力を込めた。

 

「が、ぐ…………ッ」

「士郎さんッ!」

「あ、ぐ…………し、しろう……」

 

 ぎりぎりとその首を締め上げる。万力のような力に抗い、士郎さんから苦悶の声が漏れる。

 みるみるうちに顔が土気色に変化する。酸欠を起こしているのは明白だ。

 だが――――私には飛び込めない。足が竦む。肩が震える。

 ライダーを間近に見ると――――怖い。

 飛び込んで士郎さんを助けたいのに……怖くて、怖すぎて、出来ない。

 剣の切っ先が震える。視界が霞む。

 心臓が痛い。限界を超えて鼓動を刻む。

 がちがちと歯が鳴る。

 

「が……、あ……」

 

 士郎さんの口の端に泡が浮かぶ。既に筋肉が弛緩しかかっているのが分かる。

 私が助けにいかなければいけないのに、私がこの剣を振り上げなきゃいけないのに――――なんで、何で足が動かないの!

 

 だがそんな思いも虚しく。

 手に持った片手半剣を落としてしまう。

 私では、私では何も出来ない。

 

 極度の緊張のせいか、視界が霞む。頭が痛い。足がぐらつく。

 倒れるな。ここで倒れたら、本当に命は無い。ここで私が踏ん張らなければ――誰も助からない。

 

 だが私になにが出来るというのか。

 私に何を為せるというのか。

 

 何も――――出来ない。/ 足の力が抜ける。

 

「……が、あ…………ト、オサ、か……ミ、オ……にげ……、……」

 

 ―――――ならば。/ しかし渾身を込めて踏みとどまる。

 

 “足りないモノを他所から持ってくる”のは魔術師の大原則ともいえる。“自らが最強である必要はなく、最強であるものを持ってくればいい”のだ。

 それが魔術師というもの。

 そうだ。士郎さんはいつだってそうやって戦っている。

 ――――ならばそれを模倣してやろう。

 考えろ。諦めを踏破しろ。決して諦めてはならない。諦観こそが人を殺す。

 何を持ってくればアレに勝てるのか。

 何を為せば、アレに勝てるものを持ってこられるのか。

 私はきっと、既にそれを知っている。

 

 答えは足元に転がっている。

 自分がやろうとしていることが、とんでもないことだと理解できる。

 だが恐れるな。恐れれば道は無い。

 例えこの身が裂けようとも。ここでやらねば道はなし。

 

 限界まで、否、限界を超えて魔術回路を運用する。思考の隅で火花が散るのが分かる。

 全身が痛い。魔力回路の無理な運用で、全身が軋みを上げる。

 だが無視しろ。そんなものは雑念だ。雑念など炉にくべて燃やせ。

 

 そうだ。いつだってそれは、近くにあった。ならばそれを思い出すだけだ。

 

「――――泰山府君ハ我ニ在リ。泰山府君ノ祭ヲ此処ニ」

 

「……なんだ?」

 

 ライダーがこちらを見やる。いいぞ、精々訝しがるがいい。その分士郎さんに掛かった手の力は緩む。

 足元に転がるソレを拾い上げた。私の手には、士郎さんが落とした黄金の剣。

 

「我ハ汝ヲ知ル者ゾ。我ガ呼ビ声ニ答エヨ」

 

 ――――接続、仮称「アカシャの写本世界」。

 

 ――対象の全情報を受信開始。

 ――複合化開始、完了。

 ――体格差によるバイアス調整、――身体能力の圧倒的不足を確認――最適化。

 ――組み込み処理作業、待機。

 ――同期処理、完了。

 ――――Append(追記), Aktualisieren Sie alle Informationen(全情報更新),“Arthur Pendragon”――――

 

Starten(再起動)――Start(開始)

 

 行動の理念を鑑定し、

 基本となる人格を模倣し、

 蓄積された知識を取得し、

 全ての経験を体験しつくし、

 根本となる魂を観測し、

 礎となる精神を網羅しつくし――――

 ここに、失われた者は幻想となって覚醒する。

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