Fate/Next   作:真澄 十

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Act.23 乱闘 -Side Tristan-

 このままでは殺されるのは自分かも知れない。

 アーチャーは正体不明のバーサーカーを前に、弱気ともとれる感情を抱いた。

 体を霧で覆い隠しているというのは、当然のことながら受けているダメージすらも相手に悟らせない。アーチャーは弓を放ったときや弓に付いている剣を振るったときの手応えでバーサーカーのダメージを図るしかないのだが、一向に衰える気配を見せないバーサーカーを前にすると本当にダメージが通っているのか疑わしくなってくる。

 

 ライダーはマスターを討つと言っていたが、それまで自分がもつかどうかは分からないというのが本音だった。

 バーサーカーの放つ一撃はどれをとっても無視できない。いや、剣と剣のぶつかり合いに無視して構わないような一撃がある筈もないのだ。だがその正体不明の風貌から放たれる一撃を相手取ったとき、全神経を傾けなければならなくなる。

 剣とは何も腕力のみで振るうものではない。足、腰、肩、さらには足や重心の動き。全身余すところなく用いているのだ。

 どのような剣法の使い手であれこの法則からは逃れられまい。とすれば、全身の動きを見ることによって次の相手の一撃を予測することが十分に可能なのだ。世に言う「見切る」というものがこれに当たる。

 だがバーサーカーからはそれらの情報を読み取ることが出来ず、ゆえに次の一撃が全く予測できないのだ。その風貌だけでなく、理性を無くしていることも大きな要因だろう。

 

 バーサーカーの咆哮。あるいは絶叫かも知れない。

 もはや形容不可能の域の声だ。理性を無くして狂ったものは、あれほどおぞましい叫びを上げられるものだろうか。あるいは、憎悪で身を焦がせばああなるのだろうか。

 

 バーサーカーの振り下ろす一撃。どうにか受け止める。

 放たれてから剣戟に反応せざるを得なくなっている。そのためにどうしても反撃をすることに二の足を踏んでしまう。下手に反撃すれば隙ができる。そうなると次の一撃で命を落とすのは自分かも知れないのだ。

 もはや何合目かも分からない衝突。

 バーサーカーの一撃は熾烈を極めた。

 剣の鋭さはセイバーの片手剣に劣るものの、その重さと相まってただごとではない威力を秘めている。剣の技は失われているはずなので、純粋に剣の切れ味がもたらしているのだろう。剣だけの格を問えば、かつての主であるアーサー王のエクスカリバーに届くかもしれなかった。

 その剣の一撃がどう放たれるのか、放たれてみるまで分からないのだ。

 むしろここまで耐えていることを褒め称えるべきだろう。肉薄されて距離を取れないでいるが、白兵戦で劣るアーチャーのサーヴァントがここまで剣を耐え凌ぐことが賞賛に値するのだ。

 

 一瞬の隙を突いて矢を放つ。バーサーカーは直撃こそ回避するが、間違いなく鎌鼬には捕らえられている筈だ。幾度もその身を切り裂かれている筈なのに、一向に倒れる気配を見せない。

 

「■■■ァァ■■ィィ!」

 

 バーサーカーは愚直に前に進み出る。前へ、前へ、前へ。ひたすらに突進する。理性を無くし、それしか出来ないのかも知れない。だがその様には、どこか鬼気迫るものがあった。

 アーチャーは剣を凌ぎながら、それでも懸命に考えていた。バーサーカーの正体を。

 わざわざライダーを無視してこちらに向かってきたということは、自分、あるいは自分が関わっている何かに反応しているのだろう。それに強い憎悪を抱いているとすれば、きっと自分もバーサーカーのことを知っている筈だ。そうでなくとも、記憶を辿っていけば何かヒントがあるかも知れない。

 

 咆哮と共に放たれる剣戟。受けた剣弓から火花が散る。手に伝わった衝撃で指が痺れる。大きく距離を取って矢を放つが、指に力が入らず威力が低い。

 バーサーカーが再び肉薄する。剣戟。

 先ほどからこれの繰り返しだ。バーサーカーは奇を衒った行動こそ取らないが、徹底して肉薄してくる愚直さはかえって厄介であった。

 しかしある程度パターン化されている行動である。アーチャーは思考に精神を割く余裕が次第に生まれつつあった。

 

 バーサーカーの正体。それに行き着く最大のヒントは、やはりあの正体を隠し切っている霧だろう。もしくは――あれだろうか。

 アーチャーは一瞬だけ視線をバーサーカーから外す。未だ仕事を完遂できていないライダーに舌打ちする。その視線の先には苦しげに呻く凛の姿があった。誰が見ても明らかに、バーサーカーが魔力を吸い上げすぎている。

 だがもし限界が近いのであれば、バーサーカーへの魔力供給をカットすればいいだけの話の筈だ。自らのサーヴァントが戦線離脱するのは戦力的に見れば痛かろうが、少なくとも今のようにマスターが倒れてしまうよりは随分と良い判断の筈だ。マスターが死んでしまえば何にもならないのだから。

 だから考えられるのは、何らかの事情でそれが出来ないということ。バーサーカーのスキル、あるいは宝具の力だろう。

 

 正体不明。そして魔力の強奪。自分もおそらく関わりのある人物。

 剣戟に耐えながら考える。思い出せそうで思い出せない。熾烈な一撃を受ける度に思考が中断され、結論がまとまらない。

 

 ――――そのときである。

 マスター達と戦っていたと思しきライダーの周辺から名乗りの声が上がった。その声は八海山澪のもの。だが、その声に宿る響きは全くの別人と化していた。

 

「私は第六次聖杯戦争のセイバーのマスター、八海山澪であると同時に――――第五次聖杯戦争のサーヴァント! ブリテンにて冠を抱く我が名はアーサー・ペンドラゴン、またの名をアルトリア!」

 

 その言葉を聞いた瞬間は時間が止まったようだった。

 自分の耳を信じられなかった。自分の目を始めて疑った。

 構えるは黄金の剣。ああ間違いない。あれは選定の剣。聖剣の名を恣にすることを許された剣。――勝利すべき黄金の剣(カリバーン)――

 

「アー……サー……?」

 

 自然に言葉が零れる。

 ああ、間違いない。姿が変わったところで誰が間違えようか。あれぞまさしく、アーサー・ペンドラゴンである。

 自分がこの日を如何に心待ちにしたことか。否、円卓に名を連ねるものに、この日を待ちわびぬ者など存在する筈もなし。

 王の最後を知ったとき、どれほど嘆いたことか。嘆いたのち、もう一度見えたいとどれほど願ったことか。

 

 ああ、アーサー王! 姿こそ違えど、あの凛とした様。あの澄んだ目に宿る炎!

 讃えよ、ブリテンの民。謳えよ、世界。我が喜びを知るがいい!

あれぞまさしく王の中の王。騎士の頂点に座す王。その名は騎士王、アーサー・ペンドラゴン!

 過去の王にして未来の王が、今此処に蘇ったのだ!

 

 騎士王がその剣を振り上げる。剣はかつてと変わらぬ黄金の閃光を放つ。まるでそう、王の復活を祝うかのようではないか。

 

「『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』!」

 

 涙が零れる。

 これは如何なる奇跡か。本当の王でなくともいい。魔術による仮初のものであってもいい。それでも、もう一度王に見えたいという、円卓の騎士全員の願いは確かに叶ったのだから。

 

「■■■■ァァァァァッ!」

「――ッ!?」

 

 |澪(アルトリア)に目を奪われていた一瞬の隙をバーサーカーに突かれた。

 バーサーカーの凶刃がアーチャーを捉える。肩口から袈裟にかける一撃。

 咄嗟に飛び退こうとするが間に合わない。

 アーチャーは冷たい刃が体を通り抜ける感触を覚える。

 吹き出す血潮。剣が通るときは冷たいのに、通った後は焼けるように熱い。

 バーサーカーの一撃はアーチャーの胸板から脇腹に向けて一文字に切り裂いた。決して浅くない。常人ならば、もはや立つこともままならない傷である。

 

 その場に倒れ付すアーチャー。硬い地面に背中を強かに打ちつける。それに合わせるかのように口から夥しい量の血を吐く。

 

 そのとき、がちりと音を立てて、アーチャーの中でパズルのピースが合わさった。

 

 アーチャーは知っている。決して人に素顔を見せようとしなかった男を。自らの出生を隠し、偽っていた者のことを。

 ただ一人、ただこの一人だけが目の前のバーサーカーと合致する。もはや疑いようもない。自分だけを標的に定めたのも、得心がいく。

 

 アーチャーを切り裂いたバーサーカーはしかし、もはやアーチャーを見てはいなかった。その目線は八海山澪(アルトリア)。自分に向けていたものよりも数段勝る怨嗟をその全身から発している。

 バーサーカーはアーチャーに止めを刺すこともなく、あの黄金の輝きを見つめている。

 

「■ァァ■■ァァ……?」

 

 声になっていない、もはや呻きとも解釈できる音を発する。アーチャーは、その呻きを理解できた。おそらくバーサーカーは、「アーサー」と言っている。

 

「■■ァ■■ァァァァッ!!」

 

 圧倒的な憎悪を振りまきながら、|八海山澪(アルトリア)に向かって突進するバーサーカー。アーチャーはもはや思考の外に追いやられてしまっているようだ。止めを刺すことも忘れ、一直線にそれに向かう。

 |澪(アルトリア)が一撃を受ける。明らかに狼狽していた。それは魔力の枯渇に呻く遠坂凛も同じである。

 

 ああ、やはり間違いない。あれは、彼だ。

 彼であったなら、私など目もくれずアーサー王に飛び掛るだろう。やはりあれは、彼だ。

 

 出来ることならば、アーチャーは|八海山澪(アルトリア)に加勢したかった。しかし体が動かない。そして誰もあのバーサーカーを止められない。

 今ここで動けるサーヴァントはバーサーカー本人以外には居ないのだ。

 アーチャーはせめてその戦いの行く末を見守ろうと、朦朧とする意識を落とさないことに全霊を傾けるのであった。


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