Fate/Next   作:真澄 十

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Act.41 カムラン

 バーサーカーとの追走劇の中で、次第にバイクのクセを理解する。

 単なる直線であれば、そう簡単に追いつかれることはない。問題はコーナリングである。どうしてもコーナーでは速度を落としてしまう。

 澪のみが乗っているのであればまだ減速せずとも曲がれたかも知れないが、狭い後部座席には凛が座っている。あまり無茶な運転は凛を振り落とす結果に繋がりかねない。バーサーカーがすぐ後ろから追ってきている以上、それは死を意味する。

 

「■■■ァァ■■ァァッ!」

 

 バーサーカーの咆哮。全身を大重量の鎧で覆い、しかも徒歩であるに関わらず、バーサーカーは時速百キロ超で疾走するバイクに食らいついていた。いや、その距離は徐々に縮まりつつある。

 

「―――Funt(五番),Shine das Licht der Gerechtigkeit(放て、砕け、光よ)!」

 

 後部座席から身をよじり、バーサーカーに向かって凛が魔術を放つ。宝石から発せられた閃光は七条の光の帯となり、バーサーカーへと殺到する。凛にとって、破壊力――むしろ貫通力と速度に特化させたそれは、およそ対人戦において最大の攻撃手段である。回避を許さぬほどの速度を持たせつつ、狙いの甘さを補うために七つの閃光を打ち出すそれは、もはや凶悪なショットガンと言って遜色ない。

 バーサーカーはその光を避けようとしなかった。いや、致命的な一撃になるだろう攻撃は身を翻して回避するが、裏を返せば致命傷でなければ避けようともしない。結果、攻撃を重ねられるごとにバーサーカーは傷つき、血塗れになっていく。

 しかしバーサーカーが倒れる気配も速度を緩める気配もない。凛の攻撃による効果の程は、一瞬のみバーサーカーの動きを鈍らせるにとどまっている。

 

 当然といえば当然なのだ。それが『命を賭して革命を(フォー・レボリューション)』の効果である。自らの能力を敵と同レベルまで引き上げるだけでなく、例え死の淵に立たされようとも命絶えるその瞬間まで自らの負傷を無視し、戦い続けることを可能とする宝具。どんな負傷を負っても戦意を喪失することなく、戦闘能力が落ちることのないその効果は、まさしくバーサーカーの名に相応しいものだ。

 結果、バーサーカーは街道に血の轍を残しながらも、澪が駆るバイクの速度に迫っている。もしも凛が後部座席からバーサーカーを迎撃しなければ、とっくに澪は追いつかれていたことだろう。あるいは、バーサーカーが遠距離攻撃の術を持っていたら、反撃の機会すらなく屠られていたことは間違いない。

 しかし、僥倖にもバーサーカーは近接攻撃の術しか持たない。それならば、少しの間であれば逃げ切ることは可能だ。アクセルを捻り、さらなる加速。だがこちらが加速すれば加速した分、バーサーカーの速度は上昇する。それに応じてバーサーカーの肉体は内側から傷ついているのは間違いないが、そもそも英霊というものは卓越した身体能力を持つ。二人乗りの状態では、バーサーカーを自滅に追い込める程の速度は発揮できなかった。

 

 この追走劇の中で、澪はバーサーカーの脅威を改めて実感する。こちらが強ければ強いほど、早ければ早いほどバーサーカーは力を増す。傷つこうとも決して剣が鈍ることはなく、死の淵まで戦い続ける。それは長期決戦においてどれほど脅威であろうか。両者の実力が拮抗するならば、両者は互いに少しずつ負傷する状況は容易に想像できる。丁々発止の打ち合いは実力が拮抗したもの同士でしか実現しえまい。その際、片方は徐々に戦力を低下させるが、片方は常に序盤の戦闘能力を発揮できるとすれば、結末は自明の理である。

 そもそもバーサーカーというクラスで召喚された英霊は、その魔力消費の高さ故に短期決戦に持ち込まざるを得ない。これは、自滅を極力避けるのであれば自然と導き出される自明の理である。しかし、モルドレッド自身の宝具「王位を約束した剣(クラレント)」の効果により土地そのものをマスターとして据えることによって無尽蔵と言っても遜色ない魔力供給を実現している。

 まさしく、王位簒奪の英霊、下剋上の騎士の真価はここにありといった有様だ。かつてのマスターにも構わず牙を向け、そして怨敵であるアーサー王と見れば周囲を顧みず襲いかかる。凛は、前回のバーサーカーとは違った意味での狂気に触れ、それに恐怖を覚えた。狂気の名は憎悪。憎悪にて熟成された狂気は、ヘラクレスのそれとは異なるものであった。

 

「■■ァァ■■■ィィィッ!」

「ちっ――澪、こんな程度じゃ足止めできないわ!」

「森に入ってしまえば活路はある! それまで、どうにか食い止めて!」

「――簡単に言ってくれるわねッ」

 

 凛はバーサーカーを倒すことではなく、足止めすることに専念することにした。そもそも、英霊を倒そうとするのが間違いである。足止めに終始するのであれば、方法はいくらかある。

 凛は宝石を取りだす。そして高速で詠唱を済ませたのち、石に込められた力を解放した。それは蒼い弾丸であった。速度は先ほどの閃光には遠く及ばないが、数個の魔力の礫がバーサーカーに襲いかかる。

 バーサーカーはそれを剣で叩き落とすように薙いだ。だが、次の瞬間にバーサーカーは胡乱な意識の中で己が悪手を打ったことを悟った。

 

「■■ァァァァァッ!?」

 

 魔力の礫はバーサーカーのクラレントによって切り裂かれた瞬間、超低温の冷気となってバーサーカーに絡みついた。冷気は瞬時に周囲の水蒸気を冷却・凍結させ、零度の檻となってバーサーカーを閉じ込めた。

 しかし、氷漬けにされた程度でバーサーカーを仕留めたとは凛も思っていない。案の定、すぐに氷塊は内側から発される凄まじい膂力により、亀裂を生じさせ、瓦解した。

 

「ああもう――私のサーヴァントながら、厄介なヤツね!」

 

 バーサーカーを使役する際におけるマスターの役割は、バーサーカーの力を抑えて制御することである。その肝心のマスターが現在は冬木市そのものであり、リミッターに成り得ない。箍が外れたバーサーカーが強敵であることは明白である。

 

 だが、澪は一つの可能性を見出していた。無論、逆転の可能性である。

 そもそも、モードレッドの戦闘能力を微分し解析したならば、その強みの大半を占める要素は“下剋上”である。そしてその要素こそが宝具に違いないのだ。バーサーカーのステータスは、それだけ見ればライダーやセイバーに劣る。魔術師から生まれたという出自から魔力値は高いものの、それを白兵戦に活かすことはできていない。しかし現実にはバーサーカーは突出した戦闘能力を持つライダーやセイバーに肉薄している。それは何故かといえば、やはり『命を賭して革命を(フォー・レボリューション)』の力である。自身のステータスが相手より劣っていた場合、魔力消費の増大と毎ターン発生するダメージ判定と引き換えに、相手と同程度までステータスを増大させる宝具である。

 

 しかしこの万能の宝具にはひとつだけ欠点がある。相手が自身より劣っていた場合、そのステータス補正を受けられない。いや、そもそも宝具を発動すら出来まい。あの宝具がバーサーカーを下剋上の英霊たらしめる所以であるならば、己より弱者を前にして発動できるのは理屈に合わない。つまり、弱者に対してはバーサーカーは素の力で臨まなければならないということだ。

 今こうして追走を許しているのは、バイクに乗ることによりこちらの速度が格段に上昇しているからに他ならない。こちらが普通に走れば、バーサーカーは自身が持つ本来の速度でしか移動できない。

 いや、もしかすると、「死の瞬間まで一定の戦闘能力を発揮する」能力も消失する可能性がある。

 この仮説が正しいならば――下剋上の英霊は弱者からの下剋上に対し、脆弱。

 

 勝てるかも――いや、生き延びることが出来るかも知れない。死中に活路を見出す。

 だがいずれにしても、この見渡しのいい路面では不利だ。相手が自分たちよりも強いのは明白。それを打ち破るには、ゲリラ的な手段を取るしかあるまい。

 

「――見えたッ!」

 

 T字路にタイヤ痕を残しながら曲がり切ったとき、視界の先に目指す山林が見えた。この山の頂きには柳洞寺があるが、こちらは参道ではない。完全に閉じられた森である。だが、それでこそ活路がある。

 

「山の中は、結界でサーヴァントの動きが鈍るわ! とにかく、山の中に突っ込んで!」

「言われなくても!」

 

 あとは直進である。アクセルを限界まで捻ると、息をするのも困難なほどの風に晒される。だがそれに構っている余裕などない。暗がりの先で樹木に激突することも覚悟の上とばかりに加速した。

 

「■■■ァッ!」

 

 しかし、こちらが早くなればそれに合わせて早くなるのがバーサーカーである。バーサーカーは凛から迎撃されないよう、周囲の民家を利用し三次元的な動きでこちらに迫ってきた。

 凛はそれを撃墜しようとするが、その先に民家があることを悟った瞬間、わずかに攻撃が遅れる。それを見越していたとばかりに、バーサーカーは鋭く跳躍し、剣の間合いまで踏み込んだ。

 

「しまっ――」

「掴まって!」

 

 澪は振り下ろす一撃を回避しようとハンドルを捻る。だが回避は間に合わず、ホイールごと後部のタイヤを両断された。

 タイヤが斬られたことで、ただでさえ緊急回避のために危うかったバランスは完全に崩れる。もはや立て直しは不可能と判断した二人はバイクから飛び降りた。

 その瞬間、澪は中空で凛が宝石を放るのを視界の隅に認めた。その宝石から炎が迸ったのを理解した瞬間、澪は地面に叩きつけられた。

 横転して横滑りしたバイクは、すぐ近くに在った電柱に叩きつけられる。高速で電柱に激突した衝撃で、ガソリンタンクは致命的な損傷を与えられた。すぐに揮発性の高いガソリンが漏れ出す。そこに凛が炎を放ったことにより、バイクはバーサーカーもろとも爆発を伴って炎上した。

 

「無茶苦茶なことをするわね……」

「つう……これぐらいしないと目くらましにもならないでしょ」

 

 二人ともどうにか受け身を取れたため目立った怪我はない。だが服はところどころ破れ、全身に擦り傷を負ってしまった。

 ガソリンは派手に燃え、澪たちとバーサーカーを遮る壁になった。しかしバーサーカーのことである。すぐに炎を乗り越えてこちら側に来るだろう。

 

「行くわよ……とりあえず、山の中で身を隠しましょう」

 

 澪はそれにうなずき、痛む四肢を引きずるように山の中へ駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 二人が考えていた以上に木々は深く、そこを突き進むのは存外に体力を必要とした。月明かりさえも木々で遮られてしまう闇の中では、小枝を避けることも出来ず体のいたるところに裂傷を負う。そうなると体を守ろうと全身が強張り、余計に体力を消耗する。

 しかしそれでも二人は黙々と山林の奥深くへと進み続けた。生き残るには、どうにかバーサーカーから逃げる他ないだろう。参道に出れば整備された道はあるが、そこには結界が存在しない。視界も開けている。それではここに逃げ込んだ意味がない。

 だが、果たして逃げ切れるのかという疑問は尽きない。そもそも出会った時点で最悪なのだ。ただの人間二人にどうにか出来るほど、英霊は甘くない。

 しかしそれでも、二人は可能性を模索し続けた。少なくとも、光の無いこの山林の中であればバーサーカーも容易にこちらを追えない筈である。じっと息を殺していれば、バーサーカーはこちらを察知できまい。

 一番現実的なのは身を隠してやり過ごすことだろうか。戦闘を避ければひとまず窮地は脱することが出来るだろう。

 だが問題は、逃走に使える足が既に無いことである。仮にうまくやり過ごしたとして、いくらバーサーカーでも二人が見つからなければ逃げたと判断するだろう。土地をマスターとして据えている以上、本気で人探しをすればバーサーカーに見つけられない相手はいない。澪の計画では、バイクが大破することは想定していない。やり過ごした後に一気にバイクで逃走する予定であったのだ。しかしその足が無くなったことで、逃げ切れない可能性が一気に高まった。

 いや、そもそも同じ理由でやり過ごせるとも限らない。わずかでも逃げ切る可能性があったのが、結界が存在するこの山の中だったというだけのこと。視界および霊的に大きな制限を課せばあるいは、という希望に基づいた計画でしかない。

 

 ならば――ここで迎撃するしかないかも知れない。二人は言葉を交わさずとも、その結論に達しつつあった。

 無論、それが無謀であることは重々理解している。だが逃げ切れる算段もないのであれば、まさしく背水の陣、死中に活を求めるしかないのである。

 それに、無謀ではあるが勝算が全く無いとも言えない。相手はバーサーカーである。まともな思考が出来ない獣が相手ならば、人が銃で武装することで熊や狼を抹殺せしめるように、手段によっては対抗できる。

 

 二人は腰を下ろせそうな場所を見つけ、そこで体を休めつつバーサーカーから身を隠すことにした。本来ならば火でも起こすところであるが、追跡者が存在する現状では望むべくもない。

 遠くから、「■■■ァァァッ!」という咆哮が聞こえた。まだ距離はあるが、果たしていつまで隠れていられるか。思っていた以上に精神的な負荷も大きかった。

 

「……隠れたはいいけれど、やり過ごせるか微妙ね」

 凛の言葉に澪は頷いた。

「ええ。今のバーサーカーは、自分が居る場所そのものがマスター。隠れていても、時間稼ぎにしかならないかもしれない」

「……バイクが走れたなら時間稼ぎでも逃げ切れたんだけどね……。こうなったら仕方がないわ。ここでバーサーカーを迎え撃つしかない」

「私もそう思うわ。……でもどうやって?」

「戦力差は明確よ。まともに戦って勝てる相手じゃない。……例え、士朗が投影した『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』を持っていても、ね」

 そう言って凛は澪の腰にある剣を指差した。澪はその通りだと首肯した。

「なら、まともじゃない方法しかないわね。……奇襲、知略、だまし討ち、囮。どれが一番成功率が高いと思う、遠坂さん」

「……全部使うしかないんじゃない? 出し惜しみは無し。実力差を覆すには、一点突破か初撃必殺しかないでしょう」

「一点突破?」

「地力で劣る以上、賭けに出るしかないじゃない。総合力じゃなく、相手を打倒し得ると思われる一点に賭けるしかない。――例えば、カウンター狙いとか」

「まだ最初の一撃で討ち取るほうが現実的かもね」

「そうね。邂逅した瞬間、持てる最大火力を以て瞬殺――格上の相手を倒す際の常套手段ね。それに、通常のサーヴァントが相手じゃ私たちに勝ち目は無いけど、バーサーカーならばやりようがある」

 

 無論、上手くやり過ごすことが出来たならそれでいい。だが、こちらに気付かれた瞬間、持ち得る最大の火力を以て打倒する。勝算はあまりに低く、それは二人とも理解している。

 だが、最も生き残れる可能性が高いのもまた、この作戦である。

 凛は、澪に同一化魔術の使用を禁ずる旨を改めて伝えた。澪もそれは理解しており、静かに頷いた。次に使用すれば、精神が崩壊する可能性があることは重々理解している。

 だが――使用しなくとも、既に危険であることもまた理解していた。自らの中に再現した他者の人格を完全に除去することは難しい。除去したつもりでも僅かに主人格への影響を残す。思考、言葉づかい、僅かな癖――本人が気付かない部分から徐々に影響は出る。

 以前の澪であれば、ここで迷わず逃走を選んだことだろう。だが、今や彼女の精神はアーサー・ペンドラゴンの影響を受けている。その影響が、「ここでモードレッドを打倒さなければならない」という意識を生んでいる。

 澪が同一化魔術を完全に自分のものにしたならば、あるいはこの弊害を取り除くことは出来るかも知れない。だが、澪はこの魔術を取得して日が浅い。過ぎたる力に副作用はつきものである。

 

 二人は静かに、しかし素早く迎撃の準備を始めた。最大火力と言っても、澪にそれを期待することは出来ない。ダメージソースは専ら凛となる。

 よって、自ずと澪の役割も決まってくる。凛の一撃が最大の効果を発揮できるよう、バーサーカーの足止めおよび囮を引き受けることになる。ただでさえバーサーカーは澪を標的に定めることが予想される。この役目は澪にしか出来まい。

 それに、澪は同一化魔術以外にも探査魔術を持つ。脊髄反射と組み合わせた探査魔術を上手く運用できれば、数合であればバーサーカーとも打ちあえるだろう。何せ、あのアーチャーの一撃を数度であれば回避できる程度には有用である。

 遠くから、再びバーサーカーの咆哮が耳を打った。今度は先ほどよりも近い。二人は、身を隠すと同時に迎撃出来るよう、手早く準備を進めた。

 

 そのときバーサーカーは、澪たちの姿を求めて山林の中を徘徊していた。バーサーカーは土地をマスターに据えているため、この土地に居る限りは大抵のものを察知できる。だが、大きな音、光、あるいは魔力の発散が存在しなければ大まかな情報しか入手できない。息を潜められると、大まかな方向程度しか察知できないのだ。

 加え、柳洞寺を起点として結界も存在する。バーサーカーにはそれが“結界”であることは理解できなかったが、思ったように体が動かせないことは理解していた。

 しかし、それでもバーサーカーは進み続けた。己の敵を粉砕するために。憎きアーサー王を抹殺せしめるために。

 それこそ彼の正義だからだ。人の心を持たぬ王を抹殺し、革命を世にもたらすことこそ、彼の正義だからだ。それを追い求めるが故に、彼はバーサーカーへ身を落とす。そうしてでも達成すべき正義なのだ。

 バーサーカーにとって最終的な目標は聖杯でなくアーサー王の抹殺であるから、それを粉砕することに一切の加減はしない。例え余力を無くし、そこで力尽きる結果になろうとも。

 今、バーサーカーは『命を賭して革命を(フォー・レボリューション)』の恩恵は全くなかった。澪の読み通り、これは自身より勝る相手と戦うための宝具であり、自身より劣る者との対峙で効果は発揮できない。よってバーサーカーは今、傷を受ければその分動きは鈍り、剣の鋭さも失うことになる。そのことを朧に理解しておりながら、それでもなおバーサーカーは進軍を続けた。

 それこそ、かのカムランの戦いを再現しているかのようなものだ。モードレッドは己の命と引き換えにしてでもアーサー王を粉砕すべしと戦い続け、アーサー王の姿を求め続ける。両者が出会えば、既に和解の機会など無く、剣と剣によって命を削りあうのみ。

 ならば、眼前の茂みから抜けた瞬間に、倒すべきアーサーが悠然と待ち構えていたこともまた、あの戦いの再現か。

 

「■■ァァ■■■ァァッ!」

 

 咆哮と共に吶喊。あまりにも愚直で、それ故にむき出しの感情を乗せる。

 憎悪、怨嗟、憤怒、慟哭、それら全てが融和した感情にあてられ、澪はややたじろぐ。だが逃げ出しはしなかった。死を前にしても逃げ出さない程度の胆力は澪にも備わっていた。

 バーサーカーの振り下ろす一撃。それを澪は回避しつつ受け流した。探査魔術と脊髄反射を組み合わせた回避術は、理論上では人類が発揮できる最高速度での反応を可能にする。何せ脊髄反射は信号が脳を経由すらせずに直接筋肉へ伝達する信号なのだから、反応速度のみならば英霊にも迫るだろう。

 こと回避にかけて、澪は達人級の能力を限定的に発揮できる。それならば、回避に専念すればバーサーカーが相手でも僅かながら持ちこたえることも可能だ。そして何合か持ちこたえたならば、必ずや隙は生まれる。

 バーサーカーが横に薙いだ剣を澪はバックステップで回避する。限界まで振りぬいた剣が停止するか否かの刹那、剣が太い幹の半ばまで突き刺さった。剣が勢いに乗っているときならば樹木ごとき斬り倒しただろうが、勢いが殺がれた時に刃を突き立ててしまっては、いくらクラレントといえども斬り倒すには至らない。

 予期せぬ場面で剣が半ば固定されてしまったため、うろたえたバーサーカーの動きが一瞬だけ鈍った。

 その瞬間、別の樹木の上で身を隠していた凛が躍り出た。丁度バーサーカーの背後を襲う形である。バーサーカーの意識は澪と木に突き刺さった剣に向いており、凛に気付いた様子は無い。

 手には宝石が七つ握られている。そのいずれも、最大級とまでいかずとも強力な魔力が込められている。凛は落下しながら自身の最高速度で詠唱、そして戦略どおり最大の火力を放出する。

 

一番から七番(Sieben auf einen)、連立起動《Koaliton anfang》――放て、穿て、光よ《Shine das Licht der Gerechtigkeit》!」

 

 単一の宝石から単一の術式を行使するのではなく、複数の宝石で単一の術式を実行する。結果、一つの術式に使用する魔力量は増加するため、それを攻撃に用いたのであれば高い火力を実現できる。

 複数の術式を同時に、あるいは立て続けに実行することも考えられるが、この方法の利点は、仮に相手に対魔術スキルが備わっていようともそれを強引に突破することも可能である点だ。複数の術式では、術式一つ当りのランクは変化しないが、術式一つ当りの魔力量を増加させればランクアップも図れる。これは前回のバーサーカーを知る凛だからこそ打った策である。

 

 七つの宝石の間に火花のような、あるいは電流のようなものが迸る。そして次の瞬間には、各宝石から眩い閃光が一つずつ、都合七条の閃光が発せられた。

 その閃光、今までのものとは比較できないほど凶悪。速度、威力――どれをとっても、文句無しに最大級の一撃。

 バーサーカーは背後を襲われたことを悟ったが、背中を向けていたバーサーカーにそれを回避する術はない。いや、それさえしようとしない。むしろ澪は凛が飛び出した瞬間に距離を取ったため、それを追おうとした程である。

 凛の魔術は狙いが甘いが、閃光はその質量も肥大させている。外すほうがむしろ難しい。結果、七条の閃光はあますことなくバーサーカーに直撃し、爆発を伴い爆砕せんとする。

 直撃の衝撃で土埃と白煙が舞い上がり、バーサーカーの姿を覆う。だがその余波は垣間見える。まるで迫撃砲の直撃を受けたかのような有様である。小火が辺りに燻り、何かが焦げる嫌な匂いが鼻孔をつく。

 

「――まだ息がある」

 

 警戒を怠らずに探査魔術を走らせていた澪が最初に気付いた。気配は相当に弱ったものの、まだ残っている。だが、まだ息があるというだけだ。あれの直撃を受けて無事である筈がない。

 

「……あれを受けて即死しないなんて。いくら英霊でも、直撃すればひとたまりもない筈なのに……」

 

 凛は悔しげに呟く。七つもの宝石を使い捨てた結果、望んだ成果が得られなかったとあれば当然の反応である。

 それも、あの一撃で手持ちの宝石を全て使いきったのだ。二の手は存在しない。あるとすれば、ガンドのみである。

 凛はバーサーカーに向かってガンドを放った。質量を持った呪い、それを幾度も立て続けに放つ。それらはバーサーカーが居る筈の場所を穿つが、正直なところどれほどバーサーカーに効いているかは不明である。

 その時突如、この世の全てを呪い殺すかのような声が響いた。

 

「■■■■■■ァァァァアアァァァ■■■■■■■■■ァァァッ!」

 

 咆哮と共に、バーサーカーが煙の奥から飛び出した。澪に目掛け、剣を振り上げながら疾走する。その姿は既に満身創痍。鎧は一部が砕け、その奥には焼け爛れた皮膚が覗く。全身を血で濡らし、その風体を見れば指一本さえ動かすことが出来るようには見えない。

 澪は咄嗟の判断で凛から遠ざかる。近くに居ては巻き込みかねない。

 バーサーカーが剣を振り下ろす。だが、今までと比べれば格段に速度と威力が劣る。澪は難なくその一撃を捌いた。

 

 凛の一撃はサーヴァントを瀕死の重傷を与えるという快挙を成し遂げた。あの一撃の威力のみに限れば、執行者すら凌駕する戦闘能力である。それを作り出したのは、それを成すことが可能となる状況を巧みに作り出したが故である。

 まず視界の悪さと障害物の多さ、そして結界が存在するこの山に逃げ込んだこと。つまりは澪の判断がこの結果をもたらしたといっても過言ではない。

 また、真っ向から勝負を挑まなかったことも大きい。普通のサーヴァントであれば、二人のうち一人しか姿が見えなかったのだから、当然警戒する。しかしバーサーカーにそこまでの思考は残されていない。殺すべき相手を見れば斬りかかるのみである。それゆえ背後を襲うことが可能となった。

 これらが重なった結果、ただの人間が英雄を打倒することも不可能ではなくなる。それもあのモードレッドを――騎士王の子息に致命傷を負わせるという、針の穴よりも小さい可能性を実現せしめたのだ。

 しかし――そこまでの僥倖を重ねても、英雄を殺しきるまでは至らなかった。

 それまでに英雄とは高みに位置する存在なのである。

 だが凛の一撃は決して無為ではなかった。そして、二人の読みは決して間違っていなかったことを証明する結果になった。

 バーサーカーの動き、ひいては戦闘能力が低下しているということは、即ちフォー・レボリューションの効果が発現していないことの証明に他ならない。つまりバーサーカーは「死の瞬間まで戦闘能力が落ちない」という強みを根こそぎ失ったのだ。

 バーサーカーの強さを分析、分解すれば、「膨大な魔力供給」「強力なステータス補正」「能力低下無効」の三つとなる。しかし、うち二つは澪と凛相手では失うのだ。つまり、バーサーカーの強みは魔力供給が十分に行なわれること――バーサーカーでさえなければ通常のマスターでも事足りる程度のアドバンテージしか得ることが出来ない。バーサーカーにとって、マスターの自滅の可能性が消えるのは僥倖であるが、それが戦闘能力の根幹を支えることにはならない。

 極論を言えば。今やバーサーカーは通常のサーヴァントよりも弱体化しているといっても良いのだ。

 

 しかし、それでもサーヴァントが人類を超越した存在であることは間違いない。バーサーカーは凛がもはや手出しできないのを良いことに、澪のみを標的に絞った猛攻を仕掛けた。

 一閃、などという生易しいものではない。それは一陣の暴風である。いかに澪の探査と脊髄反射の複合魔術が回避と防御に特化しているとはいえ、英霊の攻撃を凌ぎ続けるほどではない。当然避けそこない、捌きそこなう一撃が生まれてくる。

 横薙ぎの一撃を捌きそこない、もろに受け止めてしまう。澪の華奢な体でその衝撃を殺しきることも出来ず、澪は弾き飛ばされ、大木に叩きつけられる。

 気絶するほどの激痛であったが、それさえも許されない。恐ろしい一撃が畳み込まれる。もう駄目か、と思ったが体が反射的に動いた。背髄反射の長所は術者の戦意に関係なく体が反応する点にもある。間一髪のところで一撃を回避した。

 しかし、澪の地力だけでバーサーカーと戦うのはもはや限界である。こちらは反撃の糸口すら与えられない。このままではただ一方的に殺されるだけである。

 

 ――対抗策は、無いわけでない。同一化魔術を使えば、少なくとも技術的、心理的な面はバーサーカーを超えたポテンシャルを発揮できる。

 だが、それを使えば破滅に一歩近づく。使う訳にはいかない。使えば自分も只では済まない、諸刃の剣である。

 

 澪はそう理解していた。だが、戦いの最中、その考えの馬鹿馬鹿しさに呆れかえった。

 ――何が破滅に近付く、だ。破滅というならば既にそうだろう。このままでは殺されるのが目に見えているというのに、今更保身を考えてどうなるというのか。

 剣と剣の戦闘は、相手に強く踏み込んだ者が勝つ。逃げ腰では相手に傷を負わせることが出来ない。死の恐怖を乗り越え、危険を冒すものだけが勝利するのだ。

 ならば、今ここで踏み込まなければ道はない。恐れるな、恐れれば道はない。

 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあるならば、身を捨ててこそ生き残る道もまたある。確かにもう一度使えば精神を壊すかも知れないが、そうならないかも知れないのだ。案外、人格が主人格を侵害せず、別人格として定着するだけかも知れない。

 ならば、やれ。生き残りたいのであれば、死の淵を飛び越えろ!

 

Starten(再起動)――Start(開始)

「え!? 澪、止めなさい!」

 

 ごめん、と澪は凛に言った。それに凛もまた心の奥で理解している。バーサーカーを即死させられなかった時点で詰みなのだ。それを覆すのであれば、澪の魔術に頼るしかない。

 そして澪は同一化魔術を行使した。ならばここから先にあるのは、殺すか殺されるか、その二者択一を問う闘争しかあり得ない。この瞬間、一方的な殺戮から、「殺し合い」に場は姿を変えたのだ。

 バーサーカーは剣を振り上げたが、澪の気配の変化に戸惑い距離を取った。そして朧な意識でそれを理解する。今対峙する者は、こちらの攻撃に耐えるだけの贄から、こちらを狩り得る「敵」になったのだと。

 

「――久しいな、モードレッド」

「■■ァァ……? Ar……thur……?」

「その通り。正確にはアーサー・ペンドラゴンのようなモノだが、……それを言ってももはや分からないか」

「■■■ァァ■■■ァァッ!」

「……悲しいことだ。ランスロットに続き、貴方までもこんな姿になってしまった。貴方が信じた正義は、既にそこには無い。あるのはかつて正義だったモノだ。

 ……私は貴方を斬りたくはない。カムランを繰り返したくはない。だが――」

 

 澪は淀みない挙措で剣を構えなおし、鋭い眼光を放つ。そして戦火の口火を切るべく、声を荒げた。

 

「それでもなお斬らねばならないッ! 貴方が私を殺すために剣を執るならば、私もまた剣を握らねばならないッ!」

「■■■ォォォッ!」

 

 死に体のバーサーカーのどこにこれほどの力が残されているのだろうか。狂ってもなお失われなかった憎悪の産物か。バーサーカーは信じがたいほどの気迫と膂力で澪に斬りかかった。

 今まで澪が受けた剣よりも遥かに驚異的な一撃を、しかし澪は事もなげにいなす。

筋力は変化していないため、やはり受けることはしない。

 剣の技術を決定づけるのは、偏に「読み」にあると言っても良い。相手の動きを読み、次の動きを読む。極論だが、それに尽きる。いかに肉体が優れていようと、相手の剣が速度に乗ってから反応していては遅い。相手が己の剣を受けきったのを確認してから追撃していては遅すぎる。相手の初動を見逃さず、予測することが全てだ。それを時には見切りともいう。

 これは経験と才能がものをいう。その点で、アーサー・ペンドラゴンはその両方を兼ね備えている。ただ激しいだけの剣など、アーサーの前にかかれば児戯も同然。その激しさも度を超えれば脅威になるが、手負いのモードレッドはそこまでの激しさを持ちえない。

 

 バーサーカーが立て続けに剣を振る。剣を合わすこと既に十合。しかしアーサーは反撃しきれないでいた。

 やはり筋力の不足は無視しがたい。剣をいなすことに全力を傾けなければならない。そこから反撃に転じることは困難である。

 しかしアーサー王としてではなく、澪としては一つ策があった。本で読んだだけの知識だが、アーサー王の剣技を以てすれば十分に実行可能であると直感的に理解した。

もしもバーサーカーを打倒しえるとしたら、それしかあるまい。澪はその一瞬、一点に賭けることにした。バーサーカーに勝つには、もはや一点突破以外あり得ないのだ。

 

 凛はその戦いの趨勢を見守ることしかできなかった。宝石もなく、またガンドも澪を巻き込みかねないとなれば、もはや手も足も出せない。

 せめて戦いを見逃すまいと、瞬きをこらえてそれを目に焼き付けていた。

 バーサーカーは剣を振り上げる。バーサーカーには奇策というものが存在しない。ただ力に任せた一撃を振り下ろそうとしているのは明白だった。

 澪は、振り下ろす一撃に対しては剣を横へ逸らさせることで対処していた。真下への軌道へ横へのベクトルを加えることで、斜め下へ剣を運ぶのである。そうするのが一番確実にバーサーカーの剣をいなせるからだ。

 しかし、この一撃に限り澪の行動は違った。あろうことか、澪もまた剣を振り上げた。

 振り下ろす一撃に対し、剣を振り下ろす一撃を放つ。そこには防御がない。まるで相手より先に斬り伏せれば良いとでもいうような反応。

 しかしそれが不可能であることは明白だ。剣の速度のみならばおそらく同等のものを発揮できるだろう。剣の速度は膂力ではなく体のバネによるものである。手負いのバーサーカーであれば剣速のみは同等。しかし、バーサーカーの剣より速いということは決してない。

 それを鑑みれば、攻撃に攻撃で対処する澪の行動は暴挙。しかし駄目だと叫ぶ瞬間などありはしなかった。凛が声を上げるよりも両者が剣を振り下ろすほうが明らかに早い。

 

 バーサーカーが剣を振り下ろす。一瞬遅れて澪もまた剣を振り下ろす。

 ――相打ち。凛の脳裏にはそれが浮かんだ。両者ともに必殺の間合いと剣筋。相手より先に剣が届いても、相手の剣は止まらず己に届く。この状況では両者共に生き残れはしない。

 

 濃縮された時間の中、しかし凛は不可思議なものを見た。

 空中で剣と剣が触れ在った刹那、バーサーカーの剣は逸れ、澪の剣は相手を梨割りせんと頭部を捉えた。

 バーサーカーは剣を回避しようとしたが遅く、結果肩口から一直線に斬り裂かれた。

 

 これぞ一刀流剣術の極意――「斬り落とし」である。剣には通常、「鎬」と呼ばれる部位が存在する。刃に対し、盛り上がった刀身部分のことだ。刃を形成する以上、大なり小なりこれは発生する。相手の鎬と己の鎬を合わせ、文字通り鎬を削り、相手の剣を逸らさせ逆に己の剣は中心を取って相手を斬り伏せる。

即ち、攻撃と防御が同時に存在する一撃である。攻撃中を狙う一撃であるため、斬り落としが成功してしまっては回避も不可能。まさに一撃必殺の妙技である。

この技を成功させるには、「斬られてもやむなし」という覚悟が必要となる。まさに身を捨ててこそ実現できる究極のカウンター。

 

 斬られたバーサーカーの傷は完全に命を摘み取るに足るものだった。左の肩口から一直線に斬られ、心臓まで絶ち切られていた。誰の目から見ても、既にバーサーカーに戦闘能力はない。あとは失血死を待つだけの獣である。

 しかし死ぬまでの僅かな時間、バーサーカーは狂化の呪縛から解放される。もはや言葉を発することすら難しい筈なのに、バーサーカーは笑って言った。

 

「……カリバーンを持っているだけで、その実、王とは似ても似つかないではないか。父と見紛うとは、私も落ちたものだ」

「堕ちたからここに居るのです、モードレッド」

「その口ぶりもまた、王によく似ている。……察するに、精神だけは王そのものなのか」

「はい。その通りです」

 

 モードレッドは夥しい量の血を吐いた。もはや長くないことは、本人でなくとも明らかだ。既に足元から光の粒子となって消えかかっている。

 

「ならば知らぬ誰かよ、貴方を我が王(アーサー)とみなし、最後に問う。ずっとこれだけを問いたかった。……父上、私のどこが、悪かったのですか」

 

 ――貴公に王位を譲らなかった理由はただ一つ、貴公には王としての器が無いからだ。

 モードレッドを獣に落としたのは、アーサー・ペンドラゴンの言葉だ。アーサーのクローンである筈のモードレッドが、王の器が無いとは如何に。

 突き詰めれば、この問いの答えが得られなかったからこそ、モードレッドは反旗を翻すことになるのだ。

 

「……私と同じだったからだ」

「――どういう、ことでしょう」

「剣、知略、そして魂の在り方――それらすべてが、私と同じだった。だからこそ王の器ではない。

 モードレッド、私は王となったことを悔いていた。私など王にならねば良かったのだと。それを存命中でも、心のどこかで思っていたのだろう。だからこそ、私は貴方を王位に就かせなかった。……結果的に、それが原因でブリテンは滅びてしまったのだが」

「は――はは、……何ですかそれは。その様な理由――いくらでも和解の余地があったではありませんか」

 

 (アルトリア)は黙って頷いた。だが今となっては遅い。ブリテンが滅びるという過去を覆すことなど出来ない。

 モードレッドの罪は、王位を簒奪したことではなく、『敵』の言い分を聞こうともしなかったことだ。和解の道など無いと決め付けたことが、最大の罪なのだ。ゆえにブリテンは滅びた。

 もはや自力で体を支え切れなくなったモードレッドが吸い寄せられるように倒れる。しかし(アルトリア)はその体が地に打ち据えられる前に、しっかりと腕に抱いた。

 力なく抱かれるに任せるモードレッドは、まるで眠る赤子のような顔をしていた。

 

「――はは、父上。これではまるで本当の親子のようではないですか」

「何を言う。貴方は紛れもなく私の子だ。――私の自慢の息子だ」

「願わくは、あの悲劇を生む前にそれを聞きたかった。……聞く耳を持たなかったのは私ですが。

 ああ……もう限界のようです。父上、私はもう逝きます」

「……はい。アヴァロンにて」

 

 全て遠き理想郷(アヴァロン)――アーサー王が死して辿り着く林檎の園。ならば。王の嫡子たるモードレッドがそこに至る資格も当然あろう。

 そこで待つ。その言葉の持つ意味は、推して知るべきだ。

 

 モードレッドは最後にもう一度だけ笑うと、光る粒子の残光のみを残し、血すら残さず消滅した。まるで初めから誰も居なかったかのような、そんな気さえする。

 だが、アーサー・ペンドラゴンが一度ならず二度までも我が子に手をかけてしまったという事実は、確かにそこにあった。

 何故ならば、澪《アルトリア》の肩は長い時間、涙を堪えるかのように震え続けていたからだ。

 


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