Fate/Next   作:真澄 十

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Act.42 夜駆ける

 ライダーの一撃は依然重く、鋭い。しかしセイバーもまた一騎当千の騎士(シュバリエ)であり、大聖堂きっての聖騎士(パラディン)である。意志の揺らいだ剣を前にして遅れを取るほど、ローランの名は落ちぶれてはいない。

 

 一合二合と打ち合い、刃と刃が触れる度に火花散る。

 もはや二人の速度に姉妹兵は追いつけない。追いつける筈もない。二人とも高ランクの騎乗スキルを有するのだ。同じ宝具馬に跨るといっても、騎手の技術および身体能力に明確な差がある。サーヴァント二人が誇る速度を姉妹兵らが出せないのは至極当然である。

 もはや姉妹兵の姿ははるか後方、闇夜に遮られ視えなくなってしまった。蹄がアスファルトを踏みならす音は微かに聞こえるものの、それももはや朧で、もうじき聞こえなくなるだろう。

 セイバーとランサーはそれほどの速度と激しさを伴って疾走し続けた。かつ、セイバーはライダーを巧みに誘導し続けた。木々に覆われた山へ。

 いくら現状では拮抗していても、馬上の戦闘ではライダーに軍配が上がることは間違いない。ならば馬を無力化せねばならない。

 

 咆哮一閃、気炎を伴ったライダーの一閃を、しかしセイバーは難なく受ける。デュランダルが片手剣である最大の理由は、騎乗時に両手持ちの剣は扱えないことに起因する。考えてみれば当然だ。馬上で両手を離すことは相当に困難であり、熟練の古兵であっても、容易に馬上から引きずり降ろされる危険を伴う。武器は片手で持ち、空いた手は手綱を握る、これが最も安定していて、かつ基本の型であることは議論の余地がない。巨大な突撃槍(ランス)であっても、決して両手では構えず、脇で挟んで支えることで片手での取り回しを可能としている。そうまでしても片手。両手はある種、異端なのだ。

 それは言いかえれば、デュランダルの真価は片手で十二分に発揮されることに他ならない。ならば、ライダーが両手で得物を構えていようが、セイバーの技巧を以てすればそれを受けること容易い。馬による疾走の勢いに乗った一撃ならばそれでも受け難いが、並走している以上、ライダーの一撃は以前ほど脅威ではなくなったのだ。

 

 故にライダーはセイバーを馬上から引きずり下ろすことも、突き落とすことも、ましてや打倒することも出来ずにいる。ライダーとて誘導されていることは理解しているものの、あろうことか馬を奪取された怒りで冷静な判断を欠いている。

 地の果てまでもセイバーに食らいつき、その首級を頂戴する所存である。

 

「どうしたライダーッ! 攻め手が甘いのではないか!」

「その減らず口、首ごと貰い受けてやるわ!」

 

 青龍刀を横薙ぎに振るい、セイバーの首を断たんと吠える。

 しかしセイバーは、それを受けることはしない。そもそも得物の質量はあちらが圧倒的に勝っている。下手に受ければ得物を弾かれるか、あるいはセイバー自身が落馬するかだ。セイバーは剣を寝かせ、剣の腹でライダーの一撃を捉えた瞬間、剣筋を無理やり逸らさせる。

 この無理に打ち合わず、剣をいなす防御法にライダーは苛立った。何度打っても柳に風、まるで手ごたえというものがない。

 無論、打ち合いを避ける姿勢を非難するわけではない。得物の差を考えれば至極当然の結論だ。ライダーが苛立つのは、馬を奪った怨敵を前にして、相手に心胆寒からしめることが出来ないでいる己自身である。

 もはや何十合と打ち合っている。ならば、もう決着しても良い頃合いの筈だ。だというのに、未だセイバーは存命である。この事実が苛立つのだ。

 

 しかし、怒りで剣の生彩を欠くほどライダーは脆くない。セイバーもまた苦しい。

 長柄の武器をまるで手足のように扱い、急所を的確かつ容赦なく捉える。しかも、デュランダルの刀身は馬上の相手を斬り倒すに十分な長さを持っているが、相手の間合いが広すぎるため、攻勢に転じることが出来ない。

 それでも刹那の見切りで猛攻を凌ぎつつ、馬を無力化できる場所まで誘導を続ける。

 

 馬というものは白兵戦において脅威である。馬によってもたらされる速度、騎乗時の急所の高さは、純粋な一騎打ちでは歩兵に勝ち目が無いほどに強い。

 しかし、高機動戦力というものは、それが馬であろうと戦闘機であろうと弱点が伴う。馬であれば、視界の開けない森や山に踏み込むことが自殺行為となることである。木々に覆われた森などでは木々に左右の動きを封じられ、簡単に馬首を返せない。また、騎手は縦横無尽に駆け抜けているつもりでも、それは木々に誘導された前進となってしまうことである。しかも、騎乗しているともはや身を隠すことはできないが、歩兵ならば身を隠すことなど造作も無い。視界と自由な移動さえ遮ってしまえば、もはや馬など脅威ではなく、むしろ歩兵のほうが脅威となる。これは、戦いの時代に生きた者であれば当たり前に知っていることだ。

 つまり、一度森に入ってしまえば、セイバーはライダーの視界から容易に離脱することが可能となり、セイバーさえ馬上から降りてしまえば有利に戦況を進めることが可能となる。ここに勝機はある。

 ゆえにセイバーは、今ここで無理にライダーと鎬を削り合う必要は無い。今は耐え、勝機を待つのみだ。

 しかしライダーは違う。ライダーとてセイバーの狙いは気付いている。しかし、ライダーにはもはや時間が無いのだ。サーシャの余命は幾ばくもない。今夜を越せるか、本当はそれすら怪しい。だからこそ、ここで決着をつけなければならないのだ。ゆえに苛立つ。セイバー一人に時間を浪費する余裕などないのに、と。

 

 丁々発止の打ち合いは火花を散らす。剣と堰月刀、前時代的も甚だしい筈なのに、どんな現代兵器でも追いつけないほどのエネルギーを発する。

 二人の意志と刃はどこまでも強く、そしてそれ故に決して分かりあえないだろう。命を削り合い、己の意志を示す。

 セイバーにも意地がある。ライダーにも意地がある。だから二人は吠える。お前が倒れろと。生き残るのは己であると。そして意地に後押しされるかのように、二人の速度は上がり続けた。もはや、二人は一陣の旋風である。もし今、二人が進み続ける路地裏に人が居たとしても、きっと蹄が地面を抉る音と、鉄と鉄が打ち合う音と、そして旋風しか感じまい。二人は今、もはやただの暴力と化している。それほど熾烈で、人智を超えていた。

 

 しかし、その弾丸の如き疾走も終着点が見えてきた。柳洞山の裏に位置する山の裾が、二人の眼前に小さく現れた。

 ライダーは舌打ちした。そして逡巡する。山に突入してしまえば、己の優勢は失い、セイバーの側に戦況が傾くのは明白。黒兎を置いて歩兵として戦うとしても、乗り続けるとしても、いずれもセイバーの有利に働く。決して勝てない訳ではない。だが、必勝とは言えない。

 だが、ライダーの決断はその迷いを覆すものだった。構わない。貴重な時間が流血を続けている。今は一刻を争う事情があるのだから、不利を承知で誘いに乗るしかない。

 そう決断するとライダーは剣戟を緩め、黒兎を奔らせた。黒兎は一馬身分、セイバーを後方に押しやる。セイバーも優れた騎乗スキルを持つが。ライダーには及ばない。並走しようと宝具馬を急かしたが、一度ついた差を覆すことが出来ず、むしろ少しずつ距離を離されていく。全身全霊を騎乗に費やしたら、速度においてライダーのクラスに及ぶものなど存在しない。

 

「貴様の目的地はあの山であろう! 一足先に行くぞ、精々のらりくらりと付いてこい!」

 

 そう言うと、速度すら落とさず、ライダーと黒兎は深い木々の中を突き進んでいった。セイバーは普通に追走することはせず、こちらの位置を一旦隠蔽するために、ライダーとは違う位置から山に入って行った。

 

 そして、セイバーはその手に角笛を召喚し、そっと腰の帯に留めた。その角笛は、宝石によって彩られ、ある種の荘厳さを感じさせるものであった。

 


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