アサシンが居たビルの屋上は、もはや冗談としか形容できない程の破壊に見舞われていた。一切の誇張なく、
まず、ビルの屋上はもはやその原型を留めていない。正確に言えば、屋上は完全に瓦解しており、階下のオフィスが吹き抜けになっている。鉄筋すら残っていない。超高温の炎に晒され、瞬く間に蒸散してしまった。
故に、アサシンが目立った負傷もなく生存できたことは、本人とっても僥倖であるとしか形容が出来ない幸運であった。咄嗟に非常階段で階下に退避したことが功を奏したか、アサシンの負傷は軽度の打撲と火傷程度であった。
ただし、ドラグノフ狙撃銃は失うことになってしまった。狙撃銃とはえてして重量があるため、あのような緊急避難を強いられた状態では置き去りにせざるを得ない。残骸を確認はしていないが、跡形もなく蒸発していることは間違いないだろう。運よく蒸発を免れていたとしても、使い物にはなるまい。結果、アサシンの装備は、ホルスターに収めていたコンテンダーと
しかし、人間一人を相手にするだけならば過剰ともいえる火力を有している。アサシンの装備は、少なくとも中東あたりのテロリストよりも上等な装備だ。カラシニコフは申し分の無い整備が施されており、弾薬も新品同様のものばかりを購入している。また本人の射撃の腕前も相当なため、民兵相手ならば一個小隊程度を殲滅できよう。
だが、それほどの装備を手にしていても、まだ足りないとアサシンは考えていた。
その原因は、言及するまでも無くあの青年である。あれは一体何者だというのか。少なくとも一般人ではないことは確かである。あれは戦場を知っているものの動きだ。少なくとも狙撃手の行動や心理は知り尽くしている。いくら遠距離からの狙撃とはいえ、
次に、魔術師であることも間違いない。ビルの屋上を吹きとばす程に、戦闘に優れた魔術師である。以上の点から導き出される答えは、自分のように戦場に身を置き、その中で魔術を行使し続けた者――すなわち魔術使い。
魔術を知りながら魔道の探求を捨て、己の目的のためだけにそれを行使する存在。その心中はいざ知らず、自分と同じくそういう存在であることは間違いない。であるならば、自分はどのようにこれを打ち破ればいいのか。アサシンはそれを考え続けた。
ただの魔術師ならば造作も無い。魔術を過信するその心理を逆手に取ればよいだけのこと。ただの武装した兵ならばさらに問題ない。魔術を知らない相手に魔術を行使して屈服せしめるのは、赤子の手を捻るよりも容易いことだ。
しかしその両方ならば、どうすればいい。――しかしこれも容易い。敵が自分ならば、どう考えてどう行動するか。これを考えればその裏を突くこともさほど困難な話ではない。
まず、自分ならば相手の生死を確認する。今回の場合、相手を抹殺せしめたと考えるのはどう考えても早計だ。相手もろくに視認していない状態での威力に任せた爆撃、これで相手を確実に仕留めたと考えないほうが良い。ビルごと破壊したならば話は違うが、今回の場合だと相手は回避が不可能ではない。――実際、今自分が生き延びているように。
ならば、相手は危険であろうことを知りつつ、ここに足を運ぶ以外にない。少なくとも、このビルは周囲で最も背が高い。周囲のビルから自分の姿を探すことが困難な以上、自分の足でここに来る以外に無いのだ。
ならば待ち伏せれば良い。それが最良だ。ここでやはり、グレネードを持っていないことが悔やまれる。それさえあれば、簡易なトラップを仕掛けることも難しくは無いのだが、無いものを悔やんでも詮無いことだ。
アサシンは今や屋上となってしまった最上階のオフィスに身を隠し、けたたましく鳴り響く警報の音を聞きながら、敵がこの場に来るのを待った。侵入経路は、ビル内部の階段とエレベーター、そしてビル側面に設置されている非常階段の3つだ。
自分ならば、ここでエレベーターは使わない。万が一爆薬でも設置されていたら袋の鼠だ。逃げ場がない。非常階段も可能ならば避けたいところだ。非常階段は薄い鉄板を組み合わせただけの簡易なものであり、周囲から身を隠すことが出来ない。また、鉄板が足場となるため、足音を消すことも難しい。よって、自分ならばビル内部の階段を選ぶ。左右にもある程度の幅が確保できているし、逃走時に階下のオフィスに潜り込むことも可能だ。あらゆる状況に柔軟に対応しようと思えば、この経路しかない。
よって、アサシンは階段が良く見える位置に陣取り、カラシニコフをそこに向けて侵入者を待ち続けることにした。
◇◆◇◆◇
士郎はアサシンの思惑通り、ビル内部に侵入して敵の生死を確認することを選んだ。これがもしライダーやランサーならば、一矢報いたことを良しとしてこの場を離脱することを選んだだろう。本来の役目は陽動であり、サーヴァントの排除は過ぎた荷である。
しかし、相手がアサシンならば話は別だろう。
新旧問わず、戦の終盤において肝要なのは残党の処理である。一定の局面が終盤であればあるほど敵対勢力は機会さえあれば仕留めにかかるべきだ。終盤となれば各陣営取るべき行動は自ずと定まり、すなわちそれは奇襲や奇策の標的になる。この終盤にアサシンが残り続けたことは実のところ脅威と言えるのだ。
つまりここで逃がせば、今後も常に背後を狙われる危険に晒される。アサシンも今までのように身を隠してばかりではない。今回、澪を狙撃したのも、聖杯戦争が終わりに近づいたことで雌雄を決めにかかったに違いないのだ。今までアサシンに狙われなかったのは、ある意味で御しやすしと舐めてかかられていることになる。いつでも倒せるなら今は泳がせておこう、と。
事実、澪は戦闘に長けているわけではない。セイバーはセイバーで、搦め手には疎い。屋敷にも防御結界が張られているわけでなく、外敵からの不意を突いた襲撃には弱いと言わざるを得ない。
その状況を鑑みれば、ここでアサシンを討つべきだ。現在、セイバーはライダーと、澪と遠坂はバーサーカーと戦っている。アサシンを倒せないにしても、ここでアサシンを釘づけにしておくことには大きな意味がある。この終盤で、アサシンが勝つことがあるとすれば、自分以外の二者が戦っている最中で身を隠し、いずれかが勝利を収めた瞬間を狙うのが得策である。特に、バーサーカーと戦っている筈の澪と遠坂が危険だ。バーサーカーが生き残った場合はその限りではないが、澪が勝ったとしてもそれは辛勝に違いない。アサシンの奇襲を防ぐ手立ては存在しないだろう。
ならば、ここでアサシンを討つしかないのだ。それが叶わないとしても釘付けにして時間を稼ぐ必要がある。距離で言えば、士郎よりもセイバーのほうが澪達に近い。ましてや士郎の移動速度はあくまで常人のそれだ。ならばここはセイバーが間に合うか、澪達が勝利を収めるほうに賭けるしかあるまい。
それに、何やら胸騒ぎがするのだ。もしアサシンの討伐を誰か他の人に任せれば、自分は後悔するような――もしくは嘆くか。行かねばならない。そんな、第六感とも言い切れない、不思議な脅迫概念に後押しされて、士郎はビルに踏み入った。
侵入経路の模索は、まさしくアサシンと同じ考えだった。エレベーターは論外で、外の非常階段も出来れば避けたい。相手の裏をかくという意味では有効かも知れないが、相手が非常階段へ注意を払っていないということはあるまい。少なくとも、全くの想定外ということは絶対に無い。
消去法で、ビル内部の階段を進むことにした。最も危険とも言え、それでいて最も安全とも言える道のりである。
さすがに正面玄関は避け、裏口に当たる搬入口から侵入。シャッターには鍵がかかっていたが破壊した。搬入口は非常に簡易な作りであり、一見してセキュリティの類は見当たらなかった。おそらく普段から人の出入りがあるのだろう、意図して防犯を放棄した節がある。そもそもこの建物は非常に陳腐な貸しビルなのだ。セキュリティなど期待するほうが間違っているだろう。警備員も当然居ないようだった。
ただ、先ほどの騒ぎですぐに人が集まってくることは明白であった。すぐに事を済まさなければならない。
搬入口から一部屋ずつ油断なくクリアリングしていく。正面玄関まで回ってきたところでオールクリア。一階には何の脅威もない。罠の類が無かったのが拍子抜けであるが、そもそも急ごしらえの罠では満足な効果が期待できないとの判断だろうか。それとも罠を張る暇は無かったか。
ここで士朗は、想定しうる罠について考え巡らせた。
そもそも――アサシンは何処の誰なのだろうか。アサシンに成りうる英雄は基本的にハサン・サッバーハ以外には有り得ないとされている。十字軍の要人を暗殺して回った、イスラームのシーア派に属する暗殺教団の頭目――それがハサンである。ある意味ではセイバーの不倶戴天の敵と言っても過言ではないだろう。
その暗殺教団が――銃器に頼っている?
今回受けたアサシンの攻撃は、狙撃銃による遠距離射撃である。それも一朝一夕で身に付けた技術などではないことは、対峙した士朗にとって身にしみている事実である。生前から銃器を用いていたと考えるべきだ。
ならば誰だというのか。暗殺教団の時代は中世ヨーロッパである。その時代の銃は日本の火縄銃と大差ない。英霊ともなれば火縄銃で百メートル超の狙撃が可能なのかも知れないが、ならばあの射撃間隔の説明がつかない。あえて言及する必要もないことだが、火縄銃は一度射撃すると次の射撃までに時間がかかる。士朗が受けた狙撃は、順当に考えれば自動小銃によるものだ。相当に譲歩してもボルトアクション式である。
ならば少なくとも近代の英霊でなければ説明がつかない。前回のように、何かのイレギュラーでハサン以外の英霊がアサシンに当該していると見るべきか。
ならば誰か。真っ先に考えたのは、白い死神と言われるシモ・ヘイヘであった。彼ほど狙撃に精通した人類はいまい。あるいはホワイト・フェザーと呼ばれるカルロス・ハスコックか。それとも旧ソの女傑、リュドミラ・パブリチェンコか。
彼らは間違いなくサーヴァントとして呼ばれてもおかしくない英霊たちである。だが、実際のところどうなのだろうか。これらの狙撃手はアサシンではなくアーチャーに当該する類のものではないだろうか。暗殺者とはやはり違うように思える。
あの英雄でも、この英雄でもないと思案しているうちに、一人の可能性に思い当たった。義理の父――衛宮切嗣。
士朗とて、前回の聖杯戦争から数年間は戦場に身を置いてきた。かつ、魔術の深い位置にある程度ならば通じている。魔術の深淵を知るにつれて、その噂話を聞く頻度は増えた。
長期に渡り海外で生活する以上、その先々で日銭を稼ぐ必要も出てくる。時には魔術師からの依頼をこなすことも当然ある。そのとき、衛宮の性を名乗っただけで白い目を向けられたことも、あるにはある。問いただしてみたこともある。
曰く、魔術師殺し。魔術師専門の暗殺者。衛宮切嗣はそう呼ばれていた。具体的にそれがどのようなものなのかを説明できる人は遂に見つけられなかった。遠坂曰く、それはつまるところ、自分の魔術が相手の知るところとなれば自分が百年目だが、それを知った時には相手が百年目ということ。言いかえればそれはまさしく必殺。命中さえさせれば敵を必ず殺す類のものであり、かつ傍目には説明が難しい類のものということだ。
しかも、その話は防御すら不可能ということを如実に示唆している。
そして、その魔術師殺しを確実に遂行するために、搦め手の類を好む。銃、爆薬、毒薬、脅迫――そして魔術。手段は問わず、使えるものは何でも使う。特に銃器を主な武器として使用していたらしいと聞き及ぶ。
まさに暗殺者にして、狙撃手ではないか?
いや、馬鹿な考えだろうと一蹴したが、それは靴底に張り付いた得体の知れない粘液の如く、いつまでも思考の隅に居座り続けた。
有り得ないと考えつつ、その可能性を検討し続ける。そもそも英霊として座に存在すること自体が考え難い事だ。基本的に、世界と契約した人間か死後に英雄として祭り上げられた人間でないと英霊として存在出来ない筈である。
その他の可能性は有るのか? とびきりのイレギュラーとして存在している可能性は?
――もしサーヴァントとして召喚されていたとして、自分は父親を殺せるのか?
本当の父親ではない。しかし、本当の父よりも大事な人だ。己の人生の大半を決定づけた、誇るべき人だ。
その人を攻撃することができるのか?
いや、よそう。有り得ない事の筈だ。
もしそうだとするなら、何故自分たちを攻撃するのか。何故顔を見せようとしないのか。
それらの事実が、今から邂逅するだろうサーヴァントが衛宮切嗣ではないということを示唆している。
ここまで考えていると、いつの間にか二階の部屋は全て確認していた。何とも気の抜けたクリアリングである。もしも敵が潜んでいたならば、反応する暇もなく惨殺されていただろう。
士郎は無理やり思考を脳から追い出し、機械的に部屋を改めて回った。
手には中華剣・干将莫邪。大振りの二振りは咄嗟の状況において、良い働きを見せてくれることだろう。狭いオフィスビルではどう間合いを広くとっても中距離程度にしかならない。白兵戦の距離で邂逅したならば銃よりも優位な状況に立て、中距離ならば身を隠しつつ剣を投擲して対応、しかる後に何らかの刀剣を投影しての応戦。あらゆる状況に柔軟に対応できる。
二階もクリア。三階も特に異常は無い。
その調子で上階に次々に上がっていくと、遂に最上階だけが残った。いや、正確には現時点での最上階である。案内板にはもう一つ上に階がある筈だが、階段が瓦礫で埋まっている。
士郎が放ったクラウ・ソナスの威力は凄まじく、屋上がほぼ全壊であることは地上からも見て取れた。これより上の階はほぼ全壊ないし半壊だろう。ここが最後の階であると当りを付けた。
明りらしい明りは無い。先ほどの破壊の影響で、諸所に炎が付いている。しかし作動したスプリンクラーの所為で大半が鎮火している。唯一の光源は燻っている燃え残りのみである。
これより階下はまだ電気が通っていた。そのおかげでクリアリングも幾分か楽であったのだが、この階はそうはいかない。何かを見ようとすると光源を手に持つしか無くなるが、それは敵にこちらの位置を教えていることに等しい。
結局のところ、暗闇の中を手さぐりで探すしかない。士郎はもともと目が良いため、魔力で視力を水増しすれば何とか敵影を確認する程度は可能である。それでも見落としの可能性は増すだろうが、光源を持つことの不利に比べれば幾分ましである。
いっそこの階を丸ごと焼き払ってしまえば片付くかと思ったが、そうはいかない事情がある。現在、最優先すべきことはアサシンの足止めである。間違ってもセイバーや凛のところにアサシンを向けてはならないのだ。今逃せばそれは両者の危機に直結する可能性がある。アサシンは雌雄を決しにかかっている。搦め手専門であると野放しにできる時期は既に終わったのだ。
ならば無理にいぶり出すような行動はアサシンを泳がせる結果に繋がる。おいしい餌をちらつかせ、ここに釘付けにすることが肝要だ。
まず階段の踊り場から慎重に身を乗り出す。罠の類が仕掛けられていないか確認した後、通路の確保。通路には敵影なし。
入口が一番近い部屋の前に立ち、耳をすます。物音は無い。ドアノブに手をかけ、蝶番が軋まないように力を微妙に加減する。手のひらに嫌な汗が纏わりついて不快だった。しかしそれを拭うこともせず、ゆっくりとドアを開き、いつでも剣を投擲できる体制のまま徐々に視界を確保する。
ドアを全開にしたところで再度部屋の全体を見渡す。やはり敵影なし。後ろ手でドアを閉める。これでもしこの部屋で出入りがあれば気づける。やや雑多なオフィスを念入りに見て回り、完全を検めたことを確認する。
他の部屋を検めるため一度通路に出る。部屋から半身だけ通路に乗り出したとき、視界の片隅に銃を構えた男を見た気がした。
「――ッ!」
次の刹那に通路の奥より連続した発砲音。マズルフラッシュが眩しく光る。
士朗は咄嗟に、後方へ倒れ込むようにして室内に体を引き戻した。直後、半分ほどまで開いていたアルミ製のドアが無残にも蜂の巣にされる。下手人は照準をやや横に動かし、室内にも銃弾の雨を浴びせかけたが、士朗は既に死角に入りこんでおり、銃弾が届くことはなかった。いくつかの銃弾はドア付近の壁に命中し、生々しい弾痕を残している。
士朗にとっても下手人にとっても、これは一つの情報であった。
見た目は安普請だが、以外にも作りは頑丈だ。弾丸が貫通しないのであれば、遮蔽物に事欠かないことになる。銃撃戦の基本は遮蔽物の確保となるため、早い段階で銃弾が貫通する物体の確認をするのは重要な要素である。
加えて士郎は、相手の銃を知ることができた。銃を確認したのは一瞬であったが、まずカラシニコフと思って間違いない。士朗は長らく中東の紛争地域にいたのだ。
壁がカラシニコフの銃弾を通さないことが分ったため、士朗は壁に寄り掛かり、ドア付近で息をひそめる。壁越しにアサシンの行動を探る。少なくとも接近する気配は無い。
ならばこちらから仕掛けるか。そう考えた刹那、士郎の足元に何かが投げ込まれた。
士郎は反射的にそれを注視した。周囲は暗闇の中であるが、魔力で水増しした視力であればなんとか判別することができた。
それは透明な容器に入った何らかの粉末と、容器に付随したタイマーのようなものとライターのようなものだった。粉末の正体はおそらくアルミニウムの粉末。
そこまで判断したとき、瞼を開けていられないほどの強烈な閃光が放たれた。目を塞ぐよりも僅かに閃光手榴弾の発火のほうが早かった。
目をやかれたのは一瞬であっても、暗闇で瞳孔が開いていた眼球には十分すぎるダメージだ。視界はホワイトアウトし、瞼を閉じていても白い光が映し出される。当然、目を開いても何も見えなかった。
もしこれが一般人やあまり訓練されていない新兵ならばパニックを起こしていたであろう。だが、士郎はかろうじて冷静を失わなかった。いや、内心では相当に焦っている。焦ってはいるが、ここで半狂乱になっては駄目だと自分に言い聞かせた。
視力の回復までは時間がかかる。魔力の浸透した目は回復も早いが、それでも十数秒は無力だ。それまで戦闘は避けなければならない。銃を持った相手ならば、十数秒もあれば相手を蜂の巣にできる。
しかし逃走は不可能だ。唯一の出口は敵が見張っているのだから。
ならば投影魔術による防御か。そう判断し、右手を掲げる。『
確証はない。確信もない。
ただ、それは危険だと思っただけだ。分かっている。このまま投影を使わないほうが危険である。相手の主な武器は銃だ。それならばロー・アイアスを使えば凌げる。そんなことは分かり切ったことだ。
だが――魔術師殺し。
そうだ。相手は魔術師殺し。衛宮切嗣じゃないとしても、その可能性は疑うべきだ。
敵の使っている銃はおそらくドラグノフ、そしてカラシニコフだ。両方の銃ともに魔術的な処置を施しているとは考えにくい。それは何度も対峙したことから理解している。
となれば、かのサーヴァントの宝具は別にあるのだ。その正体が知れない内から防御に徹するのは危険である。ロー・アイアスは投擲に対して無敵を誇る宝具だが、それ以外に対してはさしたる効果を持たない。安易にこれに逃げるのは危険だろう。
そもそもこちらは視力を奪われているのだ。回り込まれでもしたら全て無意味である。
結果、士朗は記憶を頼りに逃げるしか道はなかった。一時的とはいえ目を潰された時点で敗色は濃厚である。サーヴァントを相手に、このような状況での戦闘は自殺以外の何物でもない。
とはいえ、逃げることもままならないのも事実である。そもそも出入り口は一つしかない。もはや士朗には、なるべく相手に気付かれにくい場所に身を隠して視力の回復を待つしかなかった。
士朗は転がりこむようにオフィスの奥に逃げ、横たわっていたアルミ製の机に身を隠した。それと同時に何物かがオフィスに駆け込む気配。間違いなくアサシンである。
視力はまだ戻らない。視界は白く染められたままだ。
アサシンの気配が消える。こちらが身を隠したことを悟り、気配を可能な限り押し殺したのだろう。
きっとこちらの視力が戻るよりも、相手が自分を見つけて殺めるほうが早い。とっさに身を隠したが、そもそもまともに隠れられているのかも定かではない上、こんなものは隠れたうちに入らない。遮蔽物に身を隠しただけだ。断じて隠れたなどとは言わない。
士朗の全身から嫌な汗が噴き出る。気配を消そうとしても呼吸が荒くなる。
何秒たったか。おそらく十数秒程度だが、圧倒的に濃度の高い時間であった。しかしまだ視界は回復しない。
さらに数秒。そろそろアサシンが士朗を見つける頃合いか。ようやく視力が戻り始めるが、まだ殆ど見えない。焦りでさらに呼吸が荒くなるのを何とか抑える。生唾を飲み込む音がやけに響いた気がした。
破裂しそうな心臓の脈動を聞きつつ、さらに数秒。もういつ発砲されてもおかしくない。視力が大分回復し始めた。視界の隅に黒いコートの男の姿を捉えた。顔をはっきりと確認することはまだできない。靴先はこちらを向いているため、こちらに気づいてはいるようだ。ならば何故襲ってこないのかという疑問を抱いたが、それならばまだチャンスはある。
相手の顔がある位置を士朗はにらみ続けた。視界はより一層クリアになっていく。
アサシンの顔は亡霊じみたものだった。痩せこけた頬に、乱れるに任せた髪。薄汚れたコートと靴、そして背広。しかし士朗の注意を惹いたのは、光を映しているとは思えないほど淀んだ瞳。
もはや間違えようもない。士朗はこの男を知っている。忘れる筈もない。
アサシンは銃口を士朗に向けたまま、苦痛に歪んだ顔で問いかけた。
士朗は驚きの表情を隠そうともせず、その驚愕を口にした。
「僕は君を知っている……のか? 君は……一体、何者なんだ?」
「まさか……親父、なのか?」
お待たせしました、最新話です。
この話が今回投稿分であり、これ以前の分は「にじファン」からの移転となります。今後はこちらで活動することになりますので、よろしくお願いします。
ちょっと事情があり遅くなってしまいましたが、ようやく投稿することができました。遅れて申し訳ありません。
思うところがあって3月までには完結させようと考えているので、今後は以前のように1~2週間ペースで投稿できればと思います。遅れるときは告知しますね。
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