Fate/Next   作:真澄 十

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Act.4 奔走する男達

 結局、今日も戦果はなさそうだ。

 

 この半年、冬木のあちこちを奔走している。優れた霊脈を持つ地を中心に、考えられる要所を虱潰しにしてきた。

 

 聖杯戦争の再来。この謎を解き明かす為だ。

 

「……遠坂は何か分かったかな。」

 

 半年前から、遠坂は自分の屋敷の書庫をひっくり返し、聖杯に関する情報を漁っている。が、中には暗号化されているものも多いようで、難航しているようだ。

 

 さっき見てきたのは柳洞寺。坊さんが寝静まった頃合を計って再調査にいったのだが、やはり何も分からない。

 

 今は、さて次はどこへ行ってみようかなと考えあぐねているところ。

 

 ―――柳洞寺の境内を思い出し、あの時のことが脳裏に浮かんだ。

 

 慎二が聖杯になった日。ギルガメッシュにイリヤの心臓を植え付けられ、異形の聖杯へと変わり果てた。

 

 それを、遠坂が決死の覚悟で慎二を助け出し、セイバーのエクスカリバーで吹き飛ばした。

 

これで聖杯は破壊され、二度と聖杯戦争は起きない―――はずではなかったのか。

 

 考えてみれば不自然だ。前々回――第4次聖杯戦争の折にも、聖杯は破壊されたのではなかったか。

 

 二度に渡って起こったのならば、偶然ではなく必然。きっと、聖杯を破壊しようが、孔を破壊しようが、無駄なのだろう。

 

 遠坂曰く、きっと本体とも言うべきものが在る筈、とのこと。

 

 で、その本体を探すべく、俺こと衛宮士郎は脚を棒にしているわけだが―――。

 

「……もう時間切れだよな。」

 

 そろそろ街中をサーヴァントが闊歩しだす時期だ。あまり深夜に動き回っていると、殺されるかも知れない。

 

 聖杯戦争を終わらせるだけならば、必ずしもサーヴァントが必要とは限らないだろう、というのが俺と遠坂の意見だ。

 

 遠坂の言う『本体』を見つけ出し、破壊できたならサーヴァントなど呼ばなくても良い。

 

 むしろ、下手にサーヴァントを従えていると、聖杯を壊す目的を知られたら殺されかねない。

 

だが、既にこの段階に至ってしまっては―――もう先送りには出来まい。聖杯戦争を戦うためにサーヴァントが必要だ。

 

 恐らく、もう殆どのサーヴァントが召喚されているに違いない。下手をすれば、遠坂が最後かも知れない。

 

 しかし心配なのが――

 

「アイツに会うことになるのかな…」

 

 英霊エミヤシロウのことである。

 

 俺の理想の果ての姿。前回のアーチャーであるアイツには何度も殺されかけた。

 

 前回は遠坂のペンダントを縁にして召喚されたようだが、遠坂自身にエミヤシロウと衛宮士郎の両方に縁がある。呼べば今回も出てくることは必至だ。

 

 ―――遠坂談では、多分もう襲うことは無い、とのことだが…

 

「…不安だ。」

 

 空に向かって呟く。本当に大丈夫なのだろうか。遠坂も、他の触媒を用意してエミヤシロウを呼ばない努力はしてくれているが―――不安だ。

 

そんなに不安なら自分もサーヴァントを呼んで自衛すればいいではないか、という話になるだろう。

 

 さらに言えば、聖杯戦争を止めるつもりで動くわけだから、サーヴァントは必須なのだが―――

 

 出来ないのだ。

 

 かつてのセイバーを呼び出した、あの土蔵。あの魔方陣を修復し、呼び出そうとしてみたのだが、出来ない。

 

 遠坂に魔術書を借り、正式な召喚の呪文をもってしてもダメだ。

 

“きっと、『聖杯の意思』が衛宮の一族を拒んでいるんでしょうね。ほら、衛宮家って二回立て続けに聖杯壊しているし。現にシロウ、令呪宿してないじゃない。”

 

 というのは遠坂の意見だ。実にその通りだと思う。聖杯からしたらトンデモナイ一族だろう。

 

 ほら、よく言うではないか。『一発だけなら誤射かもしれない』と。

 

 そういう訳で、二発もぶっ放した衛宮家は完全に敵視されているワケである。

 

 

 

 と、そんなことよりも今のことだ。さてどうしよう。

 

不意にグウという情けない音。どうやら腹の虫が鳴っているようだ。

 

「…腹減ったな。」

 

 藤ねえと桜が帰宅してから、ずっと外を歩き回っていた。少々小腹が空く頃合だ。

 

 この後も暫くは外を歩くつもりだ。一度何か食った方が良いかも知れない。うん、そうしよう。

 

 どうしようか。住宅街であるこの付近に、こんな遅くまで営業している店はない。ここからなら遠坂邸のほうが近いが…夜食をねだりに行くのもどうだろうか。

 

「…たしかカップ麺の買い置きがあったよな。」

 

 ここから家までおよそ40分。…まあ我慢できない時間ではないだろう。コンビニが無いわけではないが、買い食いはあまり感心できない。

 

 何より、小腹が空いた時の為に買い置きしているのだ。それがまさに今だろう。

 

 よし。そうと決まれば一度帰宅だ。

 

愛車一号を漕ぎ、自宅へと向かう。既に結構な年代物だ。あちこちガタがきているが、まだ使える。なによりお気に入りの一台だ。そう簡単に捨てる気はない。

 

 

 

 

 ほどなくして、自宅前に着く。車庫を空けて自転車を格納する。

 

 屋敷を見ると、電気は既に全部落とされている。当然だ、藤ねえが帰宅したのを確認し、出かける前に全部電気は落としたのだから。

 

「…?あれ、土蔵開けっ放しにしちゃったかな。」

 

 …出るときには閉めたと思っていたが、勘違いだろうか。土蔵は半ば開いている状態になっている。

 

 『本体』探しに出る直前に土蔵で召喚に挑戦していた。藤ねえは帰宅したし、開けっ放しになっていたところで特に問題はないだろうが、無用心だったのは間違いない。

 

 まあ見られたところで、中身は正真正銘のガラクタだ。以前はなかった本の山だって、多種多様な言語で書かれているだけで普通の本だ。それらは旅をするにあたって、言語を習得すべく読み漁ったものだ。中には手垢に塗れた本もある。

 

 藤ねえもこの本の山に挑戦したが、あえなく撃沈。以来この本の山に近付こうともしない。

 

 一応、土蔵の中を覗いてみる。

 

 特に目立った変化は無いと思うが―――あれ?遠坂に借りた魔術書が落っこちている。

 

「…おっと。コレが出ていたか。しっかりしろよ、俺。小事を見落としていたら大事で事を仕損じるぞ。」

 

 自分に喝を入れる。ちゃんと隠してから出た気もするが、事実片付けていないのだから言い訳できない。

 

 それはこの中で唯一見られてはマズイ本だ。遠坂に借りた魔術書。サーヴァントの召喚に失敗し、ならば、と正式なサーヴァント召喚の知識を得ようと借りたものだ。遠坂は律儀にも暗号を解いて約してくれている。

 

その本を、本の山の中に隠す。木を隠すなら森―――というのは詭弁で、実際のところ、ここしか無いと言える。俺の自室は殺風景すぎて逆に目立つだろう。

 

 …なんとなく書生さんの部屋っぽくて似合いそうな気もするが、藤ねえに見つかったらヤツの興味を引かない訳が無い。確実に中身を読まれる。

 

その点、ここに出入りするのは俺だけだ。万一誰か入っても、この本には誰も気付かないだろう。消極的選択とはいえ、衛宮士郎が物を隠す場所なんてここ以外にない。

 

…なんとなくエロ本を隠しているみたいで気が引けるが。

 

「……あとは特に異常はないかな。」

 

 心なしか、置きっ放しにしている物の配置が変わっている気もするが、気のせいだろう。土蔵なんか数年間放置していたし、最近は本を読みに来ているだけみたいなものだ。細かい部品の場所なんて殆ど覚えていない。

 

 どことなく違和感があるものの、さほど気にする程ではない。そう結論づけ、土蔵の扉を閉じた。

 

 ぎい、と古めかしい音をたてる。一時凌ぎだが、いずれ蝶番に油でも差してやろう。

 

 今度こそちゃんと扉を閉め、大きく伸びをする。

 さて、腹ごしらえだ。たまに食べるとカップ麺も美味しいものだ。

 

俺はやや急ぎ足に玄関を上がり、台所に急ぐのだった。

 

 

 

 

 湯を沸かし、3分程待つ。ずるずると音を立てながら食うカップ麺は、やはり久しぶりに食うと美味しい。

 

 ―――まあ、もしこの場にあのセイバーが居たら、『シロウ、貴方には失望させられました。』と言われるだろう。召喚に失敗しているのは、この場に限り幸いだった…のかな。

 

…何故か彼女を思い出すときは必ず食事の風景なのだが、これは如何なる呪いなんだろうか。

 

「ふう。ご馳走様でした。」

 

 誰も居なくても、食材に向かって礼を言う日本人の美徳。

 

 席を立ち、カップを洗ってゴミ箱に放り込む。後片付けが終わる頃には、何だか眠くなってきた。…どうしよう、時刻は日付を跨いで1時間と少々。たまには早めに寝てもいいんじゃないだろうか。

 

 最近は夜遅くまで探索している。生活のリズムが大分狂ってしまった。たまには早めに寝てもバチは当たるまい。

 

 だが、それは目前に聖杯戦争を控えている、という状況で無かったらの話だ。今は惰眠を貪る時間なんてない。

 

 頭を振って自堕落な考えを追い出す。今は時間を無駄にすることなんて出来ない。よし、腹ごしらえも済んだんだ。もう一度探索に行こう。

 

 …といっても既に行くあても無く、ただ無為に外を出歩くのも如何なものだろう。

 

ここは一つ―――

 

「遠坂に電話してみるか。何か分かったかも知れない。」

 

 失礼にあたる時間帯だろうが、相手が遠坂なら別だ。間違いなく徹夜の勢いで書庫を漁っているに違いない。大体、魔術師に世間一般の常識など当てはまらない。

 

 

 

「収穫なし、ね。結局、協会も情報を開示しようとしないし。」

 

 遠坂は魔術協会ならば何か知っていることもあるだろうと思い至り、以前から知っていることを教えろと要求していた。

 

 ダメで元々、何か教えてくれれば儲けもの、程度の期待度ではあったが、やはり無駄のようだ。それも当然かも知れない。凛にも多大な前科がある。命を狙われていないのが不思議なくらいだ。

 

 起源への到達というのは全うな魔術師なら誰しもが志すもので、聖杯はそれを叶えうるアイテムだ。それを破壊したとあれば、世界中の魔術師から恨みを買って当然だろう。

 

 …中身があんなモノであると知れば、おそらく考えは変わるだろうが、いくら説明しても誰も信じようとしない。

 

時計塔や協会で地位のある人間の協力を仰ぐことも今後の課題である。

 

「そうか。こっちも収穫なしだ。」

 

「仕方ないわ。情報班が不甲斐ないせいですもの。ただ歩きまわせてしまって申し訳ないわ。」

 

 …何故だろう。遠坂が素直に謝るなんて嫌な予感しかしない。

 

「遠坂。お前何か企んでいるだろ?」

 

「し、失礼ね!企みなんて大層なものじゃないわ。ちょっとお願いしたいことがある程度よ。」

 

 図星だったらしい。少し声色に狼狽の色が見える。

 

 …まあ、別段断る理由も無いのだが。

 

「そうか、ちょっと安心した。で、何を頼まれて欲しいんだ?」

 

「新都の言峰協会まで行ってきて欲しいの。今日、急に監督役と連絡が取れなくなってね。離れて様子を見てきて欲しいの。本当なら使い魔を出すんだけどね。今使えるヤツがいないのよ。

…くれぐれも近付いたらダメよ。サーヴァントの仕業かも知れないんだから。明日、私もサーヴァントを召喚するから。本格的な調査はそれからよ?」

 

「ああ、分かった。遠くから探る程度でいいんだな?」

 

「ええ、じゃあ宜しくね。」

 

 ガチャリと一方的に切られる。まあ、その程度なら問題ない。サーヴァントに襲われたらマズいが…逃げ果せるくらいは可能だと思う。…多分。

 

 俺の投影魔術は、エミヤシロウの域にはまだ達しないが、多少は上達している。それは遠坂も認めてくれているのだろう。でなければ一人で行かせはしない。

 

 それに、以前にハンデ付きとはいえサーヴァントに一太刀浴びせているのだ。全く勝負にならない、なんてことは無いだろう。…多分。

 

 …多分、7年前の俺だったら、アンタ絶対無茶するから一人で行かせるワケないでしょー、と言われているだろう。なんてことを考えながら、再び施錠して出かけるのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 ―――夜は更け、街中に人の姿も殆ど無い。

 

 この町は夜に出歩く人が少ない。17年前に大量殺人鬼が現れ、7年前にもガス事故、殺人騒ぎ、さらには死者多数を出した大災害。

 

 こんな物騒な町である。夜間に出歩く勇気のある人間は、最近こちらに越してくる人間ぐらいである。

 

 さらには、最近は空き巣も目立つ。敏感になっている住民は、その程度のことでも夜間の外出を控える。特に、オフィス街を中心に発展した新都の夜の閑散は不気味なほどである。

 

 17年という期間でこれほど多くの事件が起こる地なのだ。僅かな犯罪の匂いにも住民は敏感である。

 

“―――これならば、戦闘が目に付く危険も無いだろう。”

 

 その鷹の眼で、男は街を見下ろしていた。

 

 そこは新都の病院。南方に冬木教会を構える場所に建てられた二棟十階建てのそれは、大病院というに相応しい様相を呈している。

 

 病床数およそ850という数は、この男には多いのか少ないのかの判別はつかなかったが、少なくとも立派な設備が整っていることは理解している。

 

 ―――そうで無ければ、彼の主はここには居ないのだ。

 

 男は屋上に居る。決して背の高い建築物ではないが、周囲の警戒ならこれで事足りる。自身と主を見張る使い魔の類は存在しないか、その並外れた視力をもってつぶさに観察する。

 

 何度も繰り返し観察し、ここにはそのような類は存在しない、と結論付けた。

 

 今宵、彼は死地に赴くつもりだ。その間、主を守るものは居ない。加えて言うならば、主は魔術師ですらない。魔術回路は確かにある。やや心細いが、魔力の供給もされている。

 

 だが、魔術の行使はできない。そもそも魔術が何であるのか、それすら知らない。

 

 これは彼の推測だが、彼の主は魔術師の家系なのだろう。

 

 だが―――主の事情により、それは叶わなかった。以来、普通の人間として育ったに違いない。

 

 そんな主がどうやって自分を召喚したのか―――そこは甚だ疑問であるが、聖杯の意思である、と結論付けていた。事実、この男の結論は正しい。

 

 聖杯戦争が始まるにあたって、マスター不足が深刻だったのだろう。

 

聖杯は、それを必要とするものに令呪とサーヴァントを与える。魔術回路を持つだけの彼の主だが、彼が思うに確かに主には聖杯の奇跡が必要だろう。

 

 男はふと視線を空に上げる。今宵は雲もなく、月がよく見える。その月は明るく輝きながらも、孤独に震えていた。

 

 主の家族は、聞けば既に遠い地に越しているという。彼女に資金面での援助はしているが、数年前から面会に来ることも無い。

 

―――見捨てられたのだろう。それを思うと彼の胸は痛む。

 

 男は踵を返し、主の住む病室を目指す。とうに面会時間はすぎているが、構うことは無い。霊体になれば誰にも感知されずに済む。

 

 コンクリートの壁をすり抜け、一直線にそこを目指す。

 

 その部屋は日当たりの悪い部屋だ。建築する際の欠陥だろうか、そこは日中にあってもあまり日が差し込まない。

 

 しかし、彼の主が住むに相応しい部屋なのだ。

 

 男は部屋に入ると霊体から実体へと戻る。物々しい籠手や胸当てなどの防具は纏わず、身軽な姿での実体化だ。

 

男は主のベッドを見やる。彼の主は、カーテンを空けて空を眺めていた。

 

「…アリシア。」

 

 アリシアと呼ばれた少女はゆっくりと顔を男に向ける。

 

 その肌は、白い。透き通るような白さではない。蒼白というべき白さ、病的な白さだ。

 

「なぁに?」

 

 答えた声は、外見通りの少女のそれだ。痩せた体から発せられるそれは、まだまだあどけなさを残す。

 

「ちょっと出かけてくる。…君の病気を治す、いい薬が手に入るかも知れない。ちょっと知り合いのお薬屋さんに会ってくるよ。」

 

 男は少女のサーヴァントであるが、聖杯戦争のことは伏せていた。主は聖杯戦争などという血生臭い争いは知らない。ならば知らないままにしておこうという、男なりの配慮だった。

 

 しかし少女は面白い冗談を聞いたかのように、クスクスと笑う。それを見て、男は少しだけ、むっとした顔を作る。

 

「こんな夜遅くに?アーチャーったら幽霊さんなのに、人に会えるの?」

 

 聖杯については伏せているが、男は自分が亡霊であることだけは伝えていた。男の格好をみたら、下手な言い訳をするよりも騎士の亡霊だと正直に言った方が、かえって納得がいくというものだ。

 

 幸いにして、幼い彼女は割りとすんなり納得してくれた。

 

「ああ。現に君と話しているじゃないか。僕は君にしか見えてないわけじゃないよ。前にも言っただろう?確かに私は幽霊だが、物にも触れるし、人とお話だってできる。」

 

 そう言って跪き、彼女の手を握る。…彼女の手もまた白く、血が通っていないのでないかと勘違いしてしまいそうだ。

 

 ―――彼女の病気は、膠原病(こうげんびょう)というものらしい。

 

 疾患郡の名称であるそれは、様々な異変を体に起こす。そして、治療法は確立されておらず、対症療法が主となる。

 

 彼女は、紫外線に当たると皮膚に重度の炎症と発熱が起こる。長時間紫外線を浴びれば、死に至る。

 

 彼女のそれは相当酷いらしい。何重にもカーテンが閉められ、日中でもこの部屋は暗い。カーテンを開けて外を見ることができるのは、こうして夜の間だけだ。

 

 それでも窓に紫外線を遮断するフィルタが無ければ危険だという。

 

 さらには、当然ながら無断でこの部屋より出ることは禁じられている。当然だ。勝手に外に出れば、即座に死に至る可能性もある。

 

 生まれてすぐにこの病気を発症したアリシア・キャラハンは、実のところこの部屋からの景色しか知らない。

 

 筋肉を落とさないように、病院に設置されているリハビリ室などで適度な運動はする。そのためにこの部屋から出ることはままあるのだが、それも日中のことである。当然外の様子を伺うことなど叶わない。

 

このままでは、彼女が日の光を浴びてすごすことなど、永遠にないかも知れない。

 

「そうだったね。ふふ、アーチャーの手、あったかい。」

 

「ずっと握っていてあげたいが…今日もそうはいかない。夜が明ける前には必ず帰ってくる。」

 

「うん。待っているね。」

 

 名残惜しそうに手を離し、立ち上がる。そしてその手を、アリシアの頭の上においた。

 

 素手には、彼女の絹のような髪の感触が伝わる。

 

「ああ。…ちゃんとお留守番していれば、きっとアリシアの病気は治るよ。そうしたら、一緒に遊びに行こう。きっと、アリシアなら沢山お友達ができるよ。」

 

 一日の殆どをこの部屋で過ごす彼女には、当然友達と言える存在はいない。友達も居らず、親にも見離された彼女は、毎晩外を眺めながら孤独に身を震わしているのだった。

 

「…ありがとう。でも私、今はアーチャーがいるから寂しくないよ。えへへ、行ってらっしゃい。」

 

 アリシアは照れくさそうに笑う。

 

 アーチャーは、そんな彼女を救いたいと思っていた。かつての願いを置き去りにして、今だけは彼女の為に戦おうと思わせるほどに、彼女の笑顔は素敵だったのだ。

 

「ああ、行ってきます。」

 

 出陣の儀式を終え、彼は霊体となって窓の外へ駆ける。今日の夜は、いつもよりも何だか涼しい。

 

 それはきっと、彼の闘志の炎が身を焦がすせいだろう。

 

 ゆえに、彼は裂帛の意思をもって、この戦いに臨む。その手に聖杯を掴むために。

 

 願いは二つ。

 

 彼女の治療と、自らの受肉。

 

 前者はアーチャーの望み、後者はアリシアの望み。

 

 アリシアは、ずっと傍に居て欲しいとアーチャーに言った。

 

 サーヴァントは、聖杯戦争が終わると消え去る、泡沫(うたかた)のような存在である。そんな彼が、彼女の傍に居ようと思えば、受肉する他無い。

 

 聖杯を手に入れるには、六人のサーヴァントの犠牲が必要だ。

 

ならば、その全てを打ち倒そう。

 

“―――我が必殺の矢を、悉く全てのサーヴァントに浴びせてやろう!貴様らの心臓は、我が主の為の供物である!”

 

 首級をあげるべき敵を見つけようと、昨日まで奔走していたが、ようやくその成果が出た。おそらく彼もまた敵を求めて奔走していたのだろう。一方的に捕捉できたのは、僥倖であるとしかいえない。

 

 最初の生贄候補であるそれは、白い衣服を纏った騎士。彼は、おそらくセイバーかランサーであろうと当たりを付けている。

 

 三騎士のクラスである彼は強敵であろうが、必ず斃す。その策ならば、ある。

 

 その思いを滾らせ、どこまでも無人の街を駆け抜けるのだった。


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