姉妹兵たちはサーシャの最後の命令を忠実に守った。凛たちに危害を加えることも一切なく、うち一騎は素直に馬を明け渡した。
しかし凛は騎乗の心得などない。その旨を伝えると、姉妹兵は再び馬に跨った。やや前に詰めて座っており、どうやら後方に乗れと言っているようだった。言葉を発することがなくとも、動作でその意図を察することは出来る。
しかし、澪をここに置いておくことは出来ない。ここは決して安全な場所ではない。放置していては危険に晒してしまう。さすがに、一騎に三人を乗せることは困難だ。
それを察したのか、さらに別の一騎が進みでた。どうやら、澪を運んでくれるらしかった。
その澪はというと、まだ気を失っているのか、その場に倒れ伏したまま動かなかった。見れば外傷もなく、息も安定しているためじきに目を覚ますだろうが、やや心配であった。
「彼女を頼むわ」
姉妹兵の一人にそう言うと、彼女は静かに頷いた。サーシャスフィールの命令は凛に馬を貸してやれというもので、姉妹兵たちに凛たちを目的地まで送ってやる義理はない。しかし、それでも姉妹兵たちは自らの意思でそれを選択した。
きっと、サーシャスフィールならばこう命令するのだろう。彼女たちの行動理念は、現在においてその一点のみである。
姉妹兵たちは澪を丁重に抱え、ある一騎の後ろに乗せた。しかし澪は意識が無いため、このままでは落馬してしまう。姉妹兵たちは、細いロープでその一騎に乗っていた者と澪を固定した。ロープは境内に放置されていたものである。
凛は境内の端に放置していた聖杯を回収した。幸いには傷はない。ここで破壊してしまう手もあるが、跡形もなく吹き飛ばさなければ何が起こるか知れたものではない。今、彼女にそこまでの火力は無かった。とりあえず確保しておけば、聖杯が使われることも無い筈である。
ふとサーシャスフィールを見てみると、澪と同じようにして馬に乗せているところだった。どうやら城に連れ帰って、そこで弔ってやるのだろう。
よんどころない状況であったとはいえ、命を奪った側としては心が痛む。せめて安らかに眠って欲しいと願うばかりだ。
さて自分も馬に乗せてもらって、教えてもらった場所まで移動しようかという時、その異変は起きた。
凛が手に持っていた聖杯から、どろりとした泥のような物がこぼれ落ちた。その泥は絶えることなく流れ続ける。
「なッ……」
凛はその異変にすぐさま気がついた。咄嗟の判断で、付近にあった池に聖杯を投げ捨てる。池は瞬く間に、黒い汚泥に浸食し始めた。
そして辺りには瘴気が立ち込める。その場に居る人間を呪い殺そうとするような、圧倒的で凶悪な瘴気であった。常人であれば即座に昏倒しているだろう。魔術師であれば問題は無いものの、気分の良いものではなかった。
「何とかしないと……!」
凛がその池に近づこうとしたとき、後方から強い力で襟を掴まれた。振り返ると、凛を乗せることになっていた騎手が、恐ろしいほどの力で凛を引きとどめていた。
まるで子猫の襟首でも掴んでいるかのように凛を持ち上げてしまい、そのまま馬の後方に無理やり乗せる。
「何をしているの!」
降りようとする凛を、その騎手は恐ろしい力で肩を掴んで押しとどめた。そして凛の目を凝視し、首を横に振る。
その目は口ほどに物を言っていた。ここに居ても、あれをどうにか出来る術などない。ここは他の姉妹に任せろ。貴方にはやるべきことがある。
姉妹兵は何も言わない。だから凛の妄想であると言われればそれまでだ。だが、凛はその目から強い意志を確かに感じたのだ。
ホムンクルスは人ではない? ただの人形?
笑止千万である。確たる意志を持つ彼女らが、人で無い筈がない。彼女らを人ではないと称するならば、この光景を見るが良い。誰の命令でもなく、自らの意志を持ち、成すべきことを為している。
「……わかったわ。ここは任せる」
凛はその瞳の力に負けた。強固な意志の前にして、凛は彼女らを信頼するに足ると信じることにした。
彼女らが言うように、凛がここに居てもできることなどない。そもそも聖杯をどうにかしようと考え自体が愚かなのだ。あれを破壊するのも、今となっては手遅れた。溢れだす泥は最大級の呪物であることは、凛も感じていることである。魔術で破壊を試みようとも、泥に阻まれるであろうことは想像に難くない。あれは、宝具級の何かでないと破壊することは難しいだろう。
中身の溢れた聖杯に対しては、もはや打つ手がない。ならばせめて、寺の住民に被害が出ないように努力することぐらいしか出来ない。
凛は寺に残っている人を避難させるよう、姉妹兵たちに言い付けた。彼女らは短く頷き、それを了承する。
それを確認すると、凛は自らが跨る馬の騎手に、目的地へ向かうように告げた。騎手は手綱を操り、矢のごとき速度を以て石畳を疾走する。澪が乗っているほうの馬も、凛について行くように走り出した。
その馬らは、どちらも既に宝具としての力を失っている。宝具馬として存在できるのはライダーが存命している間だけだ。宝具としての力を失ったそれらは、ただの優秀な軍馬でしかない。神秘も身に纏わず、馬鎧も最低限のものしか身につけていない。
しかしながら、その走りは並みの競走馬など影すら踏ませぬほどのものであった。少なくとも、凛はそう思った。馬上の恐怖から来る勘違いではない。本当に、信じられないほどの速度であったのだ。宝具馬として活動していた期間が長いため、基礎的な筋力が強化されたのか。それとも体の使い方を覚えたのか。いずれにしても、その馬たちの足取りは軽く、迅く、頼もしいものであった。
二頭の馬は夜を駆け抜けた。石段を危なげなく下り、舗装された路面を我がもの顔で疾走する。
凛は、その背中から伝わる筋肉の脈動を頼もしく思った。敵として対峙していたときはあんなにも恐ろしい存在であったのに、味方となれば頼もしい。まるで一騎当千の戦友のようである。
そしてそれを操る騎手にも、同様の感情を抱く。並みの騎手には到底扱えきれないほどの駿馬である。それを難なく操ってみせる彼女たちの姿は、戦場を駆ける戦士のそれに他ならなかった。
静寂の街並みを、二頭の軍馬が掻き乱す。だが誰の目に留ることもない。蹄の音に驚いた住民が居たとしても、窓の外を窺う頃には二頭の姿は遥か彼方である。この時間に車を走らせる者も既におらず、徒歩で歩くものが居たとしても認識阻害の魔術の餌食だ。ゆえに、彼女らは誰にも見られなかった。
ほどなくして、目的地の学園まで後少しという所まで迫る。
だがそこに待ちうけていたのは、夜に溶けるような黒衣を身に纏い、銀に光る剣を両手に握る男の集団であった。
姉妹兵らは、男たちを見るなり雄叫びをあげる。声帯が無いため、それは既に言葉ではない。ただ息が通り抜けるような音を発したのみだが、その迫力は幾千の言葉を連ねようと及ばぬものだろう。
言葉など無くとも、その場に居合わせた全員がその意を解する。退け、退かねば殺める。
それを証明するように、彼女らは馬を止めるどころか速度を増し、腰に留めたハルバードを抜いた。
それを見た男たちも、もはや実力行使しかないと知ったのだろう、手に持った剣を構えた。それは黒鍵――魔力で編まれた、投擲を目的とした剣であった。
それを見て、姉妹兵の背中越しに見ていた凛も彼らの正体を知る。
「代行者……!」
教会め、邪魔をする気か。凛は内心で毒づいた。理由は知らないが、明確な敵意を以てそこに立っている。こちらが話し合いを望んでも、それに応じる相手ではない。あちらに話し合う気があるならば、何故既に抜刀しているのか。何故方陣を組み、敵意に満ちた目でこちらを睨んでいるのか。
もはや力づくで突破するしかない。時間は一刻の猶予も無いのだ。説得をしている暇がないのであれば、こちらもそれなりの強行に出なければならない。
「止まらねば安全は保障しないッ!」
男のうちの一人が吠える。だが彼女らはその言葉を嘲笑で返した。今更降伏を迫っても襲い。こちらとしても、邪魔立てする意志があるならば打ち砕くのみ。そう意志を決めている。
二頭はそのまま直進した。こちらは僅かに二騎、敵は十を超える。数の上では圧倒的に不利であるが、それでも構わぬと突き進む。
先手を取ったのは凛だった。馬上から側面に身を乗り出し、手に宝石を握って詠唱。一秒にも満たぬ後、宝石から暴風を圧縮した礫が放たれる。放たれた弾丸は五つ。いくら狙いが甘くても、十を数える標的ならば外すことはあり得ない。
だが代行者たちも、数多くの戦場を切り抜けた猛者たちだ。弾丸を視認した次の瞬間には、すでにその着弾点から退避していた。回避しつつも、目は彼女らを向いて離れない。詠唱後の僅かな隙に反撃に転じるつもりだった。
しかし、凛のほうが僅かに用意周到であった。暴風を圧縮したそれは、着弾すると同時に膨れ上がり、強力な爆風を生じさせた。それは着弾したアスファルトの地面を砕き、その破片を舞い上がらせる。微細な破片と風力は容赦なく代行者の視界を奪った。一時的なものであっても、今は十分だった。
姉妹兵はこの隙を逃すまいと吶喊した。まるでそれ自体が一本の矢であるように、迷いなく一直線に。
目を潰されなかった数人が彼女らを目掛けて剣を投擲する。しかし二頭の軍馬は、まるでそれを見越していたかのように跳躍して回避した。凛は振り落とされそうになったが、どうにか耐えた。
そしてそのまま、人の垣根を砕かんと速度を増す。轢殺されそうになった代行者の一人は横に避けたが、馬上の姉妹兵がそれを許さなかった。振りかぶったハルバードを容赦なく叩きつける。男は両手に持った剣を交差させて防いだが、馬の突進にのせた一撃はあまりにも重すぎた。剣は砕かれ、その勢いで彼は弾き飛ばされる。その勢いを削がれることなく、民家の塀に激突してしまった。死んでこそないものの、しばらく目を覚ますことは無いだろう。
そのまま追撃することなく、彼女らは代行者たちを後方に送る。そこはもう学園の正門であった。正門をくぐったとき、そこで姉妹兵らは馬を止めた。
不思議に思う凛に、降りろと身振りで示す。もう片方の騎馬に乗った澪も、騎手と固定されていた荒縄を解かれ、丁寧に馬から降ろされていた。意味が分からぬまま、とにかく彼女の指示に従う。
二人を下ろした騎手と軍馬は、今くぐった正門に並んで立ちふさがり、そのハルバードを交差させて居並んだ。ここは通さない。その挙措が示すのは、それ以外にありえない。
「何を……」
しているの、と言いかけて、凛は言葉を飲み込んだ。二人の姉妹兵は、どちらも剣が突き刺さっていた。片方は肩、片方は太もも。傷はそれほど深くないようだったが、今も血が流れ続けていた。流れた血は、軍馬の美しい毛並みを朱に染めていた。
彼女たちは首だけこちらに向け、その強い視線を凛に向ける。後は自分たちで行け、とその瞳は訴えていた。
彼女たちを連れて行きたいのはやまやまだ。だが、話によるとこの先は狭い地下道になっている。どう考えても馬は連れていけない。加え、負傷した彼女たちを連れて行くのも危険極まる。何にせよ、ここに置いていくしかない。
凛は短く頷き、澪を背負ってその場を離れた。目的の場所は、すでに目と鼻の先である。見る限り、これ以上の障害はなかった。ならば、早く目的を達して迎えに来てやることが、彼女たちを救う唯一の手段である。
後ろ髪を引かれる思いを振り払い、凛は地下道への入り口を探した。
凛が立ち去るのと、入れ替わるようにして先ほどの代行者たちが正門の前に現れた。一人が昏倒したため、数は一人減っている。だが、それは姉妹兵たちも同じ。凛が一人減った。ただ、それだけ。
ならばまだ戦えると、姉妹兵たちの目は闘志を訴えていた。
「……どけ、人形」
代行者の一人が口を開く。姉妹兵は首を振ってそれを拒絶した。
ここは一人も通さない。一人として凛たちの邪魔はさせない。私たちの防衛を突破せんと試みるならば、命を賭して臨むが良い。
彼女たちは無言のまま、眼力でそう訴える。それに応じるように、代行者たちは手に黒鍵を握り、構えた。
「――黒鉄の杖をもて彼らを打ち破り、陶工の器物のごとくに打ち砕かん」
故に諸々の王よ、賢くあれ。戒めをうけよ。恐れをもって主に仕え、その足に口づけをせよ。さもなくば主はお怒りになり、貴方の道を燃やして閉ざすであろう。
詩篇2、8節から12節である。
神を信じず、それを恐れない者を諌める言葉。神を信じない者には災いが降りかかるであろうという言葉である。
姉妹兵たちは、神の地上代行者を拒絶し、その意に逆らおうとしている。ゆえに罰を受けるであろう。この男はそう言ったのだ。
だが、その言葉を聞いて姉妹兵はせせら笑った。万物の創造主の作りだされた訳でもない我らが、それに従う道理もなく、罰を与えられるいわれなど無い。
彼女たちには、およそ感情の類は持ち合わせていない。だから、感情がある振りをしているだけであるが、それは代行者たちの神経を逆なでするに十分であった。
「――
そういう言うや否や、代行者達は姉妹兵に向かって飛びかかった。
◇◆◇◆◇
目当ての地下式消火栓らしきものは、すぐに見つけられた。らしきというのは、既にそれは引き抜かれた後であり、剥きだしの地下道が口を開いているからだった。
凛は、何者かが既にここに入ったことを悟った。正門前に待ち構えていた代行者たちから鑑みるに、この奥に居る人物はすぐに察することができた。
ならばきっと――戦闘は避けられないのだろう。話し合いで解決する気がないことは、先ほどの代行者からの様子からわかる。
ならば、ここに澪を置いて行ったほうが良いだろうか。そう考えたが、すぐにその考えを否定した。ここは既に代行者たちが足を踏み入れた後である。ここに置いていけば、澪はきっと捕獲されてしまうだろう。悪いようには扱わないだろうが、良いようにも扱うとも思えない。
代行者たちが澪を捨て置いたとしても、やはりここに置いておく訳にはいかなかった。いつまた暴走するとも分からない。今度は一般人にまで手を出そうとするか分からない。多少危険でも、目の届くところに置いておくべきだった。
意識を失った人の体は、存外に重いと聞いたことがある。だが、それを差し引いても澪は軽いと凛は感じていた。ならば大丈夫。背負ったまま地下道を延々歩いたとしても、疲れ果てるということもあるまい。
凛は意を決すると、暗い地下道に足を踏み入れた。
地下道の中には明りの類は一切なかった。底知れない闇がそこに広がっている。凛は懐から携帯電話を取り出し、カメラ用のライトで周囲を照らした。
何の変哲もない地下道だった。所々に支柱があり、崩落を防いでいる。酸素も十分に行き渡っているようだった。
だが、この圧迫感はいかんともし難かった。一人がようやく通れるだけの道幅に、頭を打ちそうなほど低い天井。換気など二の次のため、淀んだ空気。携帯のライトなどでは到底払拭しきれない闇。
照らしきれない闇の向こうから、何か異形のものが飛び出てくるのではないか。そう思わせるほど、人の心を苛む空間がそこにはあった。
息が詰まる感覚に襲われながら、それでも凛はそこを走り抜けた。
歩みなどしない。時間の問題もさることながら、速度を落とせば何かに背後を襲われそうな気がした。
だから走り抜ける。一心不乱に、狭い通路の側壁で肩を擦ることすら構わずに。息はしだいに荒くなり、額を汗で濡らす。舞い上がった埃が汗に溶け、もはや凛の顔は泥に塗れているかのようだった。優雅とは程遠い。それでも、彼女は走り抜けた。
しばらく行くと、手入れされた地下道はしだいにただの横穴になっていく。気が付けば、支柱すらないただの洞窟であった。おそらく、手入れされた地下道までが新しく作った道であり、この辺りが古い道になっているようだった。道は途中で合流する形になっていたようである。
ならば、そろそろ敵に接近してきたということだろう。ここからは慎重さを要する。
凛はそう判断し、走る足を緩めた。一歩一歩踏みしめるように、それでいて音をたてぬように慎重に、彼女は歩き続ける。
そのまま暫く行くと、横穴の先に仄かな光を見つけた。先人が火でも焚いているのか、それとも何か発光する物体でもあるのか。いずれにしても、携帯の明りはもう必要なさそうであった。こちらから相手に居場所を教えてやる必要もない。
ここで、凛はこの空間が何か瘴気じみたものに覆われていることに気付く。いや、断じて瘴気ではない。魔力の奔流である。
いや、何も不思議なことではない。ここは柳洞山、冬木の霊脈の一つである。この地の魔力が集まる場所がここであり、この場には聖杯の「本体」が眠っている筈なのだ。ならば、何が起こったって不思議である筈がない。
そう覚悟していたから、予測していたから、道が開けて大きな空洞に出たとき、そこに待ちうける人物には全く驚かなかった。
「……来たのね、やっぱり」
冬原春巳。聖杯戦争の監督役代行の男がそこに居た。
凛は彼を睨み、そっと宝石を握り締めた。他にも仲間がいるかも知れないと周囲を警戒したが、どうやら彼一人だけのようだった。
凛は警戒心と敵愾心を隠そうともせず、冬原に言った。
「何で教会が出張ってきてるのよ。教会は不干渉の筈でしょう」
「そう言ってられないの。第三次、四次、五次と続いて聖杯は使われなかったのよ。もう、いつ中身が溢れだしてもおかしくない。アインツベルンは頑張って大容量の器を作ったみたいだけど、もう限界でしょうね」
「答えになってないわ」
「まあ聞きなさい。教会の意向はこうよ。冬木の聖杯は使われなくてはならない。紛いものでも聖杯であることには違いない。それを破壊することは許されず、かつ溢れだした中身で被害を起こすことは避けなければならない。なら、誰かしらに使わせる他ない」
「アンタもそう考えるわけ? この聖杯は――」
「災厄でしかない。そんなことは知っている。それでも、使わなければ今度こそ冬木は滅ぶ。第四次のときは、溢れだした泥で都市区画が丸々一つ焼け落ちるほどの火災をもたらした。今度そうなったら、ここに居る誰も生き残れはしない」
「だから、私たちは聖杯を破壊する!」
そう言って凛は、冬原の後方に佇む光の柱を指さした。その存在感は、これこそが聖杯であると如実に語っていた。疑いようもない。あれを破壊しなければ、いつまでも聖杯戦争が続いてしまう。
「本当に、素晴らしい考えだと思うわ。出来れば道を譲ってあげたい。未来ある若者の道を閉ざすのは本当に心苦しい」
冬原は深いため息を吐く。そして頭を強く掻いた後、その拳を握った。
「でも、私にも私の正義があるの。人を助けるなんて高尚なものじゃない。人に選択を与えよ――そして、聖堂教会に忠誠を」
「はん、矛盾しているわ。私たちに選択肢は?」
「帰れ。もしくは戦え」
「……選択肢なんて、有って無いようなものね」
その言葉を聞いて、冬原は自嘲ぎみに微笑んだ。既にその拳は堅く握られ、足はステップを刻んでいる。
凛がこのまま退く筈が無いことを知った上で、有りもしない選択肢を与えたことを、その双眸のみが悔いていた。
凛は背負った澪をその場に寝かせた。さすがに背負ったまま戦うのは無理だ。冬原はそれを黙って見守っていた。
「矛盾しているのは百も承知なのよ。でも――貴方達の考えも実に浅はか。気に入らないから破壊しろなんて、思慮ある大人の対応じゃないわ」
「気に入らないなんて安っぽい感情じゃない!」
「それも知っているわ。さっきも言ったでしょう、出来れば道を譲ってやりたいのだと。でも私は聖堂教会でしか生きられないのよ……こんな殺人マシンのような人間は、こういうところでしか生きられないの。聖堂教会の意向に逆らうことは、私には出来ない。だから「こう」するしかない」
そう言うや否や、冬原の目から自嘲の色が抜け落ちた。代わりにそこに宿っているのは、鋼の闘志である。己の信念を突きとおすという、絶対の意志。
凛も人差し指を冬原に向けた。他でもない彼女の戦闘態勢。質量ある呪いを以て、冬原を倒す。その意志が、凛の目にも宿っていた。
「最後にもう一度言うわ。帰りなさい」
「お断りね。貴方こそ帰れば?」
「それが出来たら良かったのにね」
「だったら――」
「貴方が戦うと言うのなら――」
冬原の拳は岩石のような硬さに達し、凛の指からはガンドが迸る。冬原は顔面目掛けて飛来したガンドを、その鉄拳で泥団子のように易々と砕いてみせた。
冬原は一歩前に踏み出し、吠える。凛はその場に腕を組み、堂々たる声で叫んだ。
「「貴方を倒す!」」
今回はお待たせしてしまいました。申し訳ないです! しかもその割りにあまり文章が長くないというね。本当にすみません。
さあて、もう終盤も終盤ですね。そろそろ次回作を考え出しております。
次を書くとしたら、リリカルなのはで書こうかなと考えています。変更するかも知れませんが。
次はなるべく早めに投稿します!
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