Fate/Next   作:真澄 十

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終章 新たな旅立ち

 それから数日の後、澪は離れた地にある実家に顔を出した。大学の友達、楓や美希にはもうしばらく休むと伝えた。えらく心配されたが、あまり追求されなかったのが幸いだった。

 久しぶりに見た家は、なんだか懐かしくて、涙が一粒こぼれ落ちた。ようやく帰ってきたんだと、実感できた。

 澪は愛おしむようにインターホンを鳴らした。ややあってから家の中が騒がしくなり、慌ただしく門が開いた。開けたのは、実の祖父と祖母だった。

 祖母は澪に抱きつき、体裁も気にせず泣きじゃくった。

 

「よう帰ってきた……! よう帰ってきたな、澪……! 爺さんや、うちの悪たれが帰ってきよった……。最後に残った、私らの孫娘が帰ってきた……!」

 

 祖父はただただ、うむ、うむと頷くだけだった。だがその目には涙を堪えていることが分かった。

 澪には訳が分からなかったが、祖父母の涙がたまらなく温かくて、澪もまた泣いた。涙が枯れるまで泣いた。

 

 落ち着いて話が出来るようになった頃には、もう夕方を迎える頃合いだった。

 話を聞くと、どうやら冬原が澪の両親に伝言を残していたらしい。貴方達の孫娘は今日死ぬかも知れない、と。つまり冬原と最後の戦いをする直前、冬原は澪の両親と連絡をとったということだ。

 澪の祖父母は古い魔術師だ。電話などの近代的な通信手段は持ち合わせない。ゆえに冬原自身がここに来たのではなく、使いの者をよこしたのだろう。どうやって調べたのかは知らないが、教会の手足は長い。きっと造作もないことだったのだろう。

 そして私の命の危機を知らされていたからこそ、二人はここまで心配してくれていたのだろう。

 魔術師の家ならば、きっと帰ってきて当たり前とでも振る舞うのだろう。だが、八海山の家はそこまで魔術に浸かりきっているわけではない。かなり俗世じみた家柄だ。子や孫が死ねば、悲しむし涙も流す。

 

 そしてだからこそ、帰ってきた澪に喜びを隠しきれないのだ。

 その喜びがありありと表れている豪勢な食事を歓談しながら頂いた後、澪は大事な話があると切り出した。

 きっと、この老いた祖父母は悲しむだろう。私が死ぬわけではないにしろ、暫く会えないことは確実だ。

 

「……何だい?」

「……私、ロンドンに行きます。魔術協会に行って、やらなければならない事があります」

「……そうかい」

 

 否定も肯定もしない。澪には、それが堪らなく心苦しかった。

 ややあってから、無口な祖父が口を開いた。

 

「行ってくるといい」

「え?」

「行ってこい。どうせ止めたって、お前は行くのだろう。変な所で頑固だからな、お前は」

「……ごめんなさい」

「謝る必要なんかない。……何となく、そんな気がしていた。お前はきっとわしらの元を離れるとな。……お前がやりたい事があるならば、やると良い。わしらの事など心配するな。先行き短い老人が、若者の足を引っ張るなど本意ではない。お前は、存分に自分の道を歩め」

 

 そう言うと祖父はやおら立ち上がり、箪笥の中から一つの封筒を澪に手渡した。やたら分厚い封筒であった。

 断ってから中を検めると、そこには現金がぎっしりと詰まっていた。軽く見積もって二百万はある。

 

「これは?」

「選別だ。お前が何かをやりたいと言いだした時のために、婆さんと二人で貯めておいた。ロンドンに行っても、仕事が見つかるまではこれで食いつなげるだろ。だが無駄遣いするんじゃないぞ」

「……ありがとう。本当に、ありがとう……」

 

 そう言うと、澪は再び泣いた。

 二人が自分のために貯金をしていたという事実が嬉しくて、自分を引きとめようとしなかった心遣いが優しくて、耐えきれずに泣いた。

 

 

 

 

 それから澪は、旅立ちの直前までの時間を祖父母と過ごした。そしてついに旅立ちの日がやってくる。

 その日の朝食は皆が黙りこんで、何の味もわからなかった。

 祖父母の元を離れたくないという気持ちもある。老いた二人を残していくことを心苦しく思う。

 それでも、やらないといけないことがある。

 強い意志と感情との間で揺れ動く。だが、もう決めたことだ。後悔なんて無い。

 

 特に何かをしていた訳でもなく、時間だけが過ぎ、もう発たなければいけない時間になった。大きな旅行鞄を持ち、靴を履く。パスポートや、その他必要なものは全て持った。

 鞄の中には、「ローランの唄」の邦訳版が入っていた。

 

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。水には気をつけるんだよ」

「……体を大事にな」

「はい!」

 

 澪は笑顔で二人の元から発った。士郎と凛が待つ空港まで、高鳴る胸が収まる気配はなかった。

 

 空港に着いたときには日が高く登っている頃合いだった。成田空港はいつ来ても人で賑わっている。ビジネスや休暇で旅客機を利用する人たちで、空港はごった返していた。

 その中に、目当ての二人の姿はあった。休暇という装いでもなく、ビジネスでもなく、ある意味異質な二人であった。

 士郎と凛である。二人ともいつもの装いであった。凛の傷は綺麗に癒えていた。おそらく治癒魔術によって治したのだろう。普通の人間はこんなに早く回復できない。

 

「待った?」

「いえ、私たちも今来たところよ」

 

 三人は一緒に窓口へ行き、荷物を預けてチェックインを済ませた。

 日本からロンドンまではおよそ12時間のフライトとなる。長い旅になりそうだった。三人はフライトまでの少ない時間を、なにやら思いつめた表情で過ごした。

 やおら、凛が口を開いた。

 

「本当にいいの?」

「もちろん」

「……簡単に言うけどね、私たちに付いてくるってことは、命の危険があるってことよ」

「もう決めたから。私、この力を使いこなさなきゃいけないの。そうしたら、きっと貴方達の手伝いができる。人々をきっと救える。……まあ、荒事は無理そうだから後方支援だけど」

「ロンドンだって危険なのよ。聖杯戦争は根源に至るには、ある意味では有効な手段なの。それを解体しようっていうんだから、命を狙われても不思議じゃないわ」

「命なら、もう何度もかけているわ。今更よ」

「……後悔はしないのね?」

「ええ。後悔しない道を選んだわ」

 

 澪の決意は固い。

 セイバーは彼女に多くのものを残していた。正義とは何か、それを明確に言葉にすることは難しいけれども、彼女の中には確かにそれがあった。

 それは彼女の人生を変えるものだろう。セイバーは澪の人生を大きく変える。きっと、聖杯戦争に巻き込まれなければ、魔術師でありながら、ありふれた人生を送っていたことだろう。

 

 だが、それで良いのだ。

 己が何を為すべきなのか、何を為したいのか、それを知らぬまま一生を終えるなんて、きっと悲しいことなのだ。

 逆に、人のそれを潰してしまうことだって、きっと悲しいことなのだ。セイバーの為したことは、きっと悪意を以て解釈すれば、悪にすぎないだろう。

 数万の軍勢を勝ち目の無い戦いに放り込み、己の蛮勇によって全滅させた。思慮もなく、気品もない乱暴者。こう解釈できるだろう。

 だが、彼には彼の正義があり、それに従っていただけなのだ。それが間違っていたとしても、彼にはそれしか無かったのだ。

 

 誰が彼を責めることができようか。誰も彼を責める権利などない。彼はただ、己にできる最善を尽くしただけなのだ。

 

 考えてみると良い。貴方が悪と思う人間は、本当に邪悪な人間か。その人には、その人の信念があって行動しているだけではないか。

 あらゆる事象は、観測者によって姿を変える。好意を以て観測しなければ、その人の心は見えない。愛がなければ見えないのだ。

 

 だから、私たちは敵と語り合わなければならないのだ。最大限の好意を以て。

 それはきっと困難なことだろう。理想論だと罵られても仕方が無い。

 だけど、澪はそれを実行しようと決意していた。セイバーがそれを教えてくれたから。最愛の人が、そうであろうとしていたから。

 惜しむべきは、聖杯戦争という戦場に呼ばれてしまったことだろうか。彼がいくらそう望んでも、それが出来ない環境に放り込まれた。

 きっと、現世でもそんなことばかりだろう。それでも、この思いを貫きたい。澪はそう思った。

 でも、思いを貫くには多少の力が必要だ。幸い、澪にはその力がある。

 

 澪には、将来についての考えがあった。まだ実態は見えてないが、きっとうまくいく。

 力を使いこなせるようになったら、士郎たちの助けになれるようなNGO団体でも作ろう。国をまたにかけて活躍できて、人々の助けになれるような、そんな団体だ。

 士郎たちはきっと世界を股にかけて活躍するだろう。行く先々で、孤児を保護することもあるかも知れない。

 そうだ、孤児院なんかを経営するのも悪くない。様々な理由で国に居られなくなってしまった人に、救いを差し伸べることができたら面白い。

 

 自分がやりたいことが見つかるだけで、こんなにも将来が明るく楽しいものに見えてくるなんて。

 セイバーには感謝しきれない。

 ――もう一度会いたい。話をしたい。

 

 澪はそう思ったが、それは叶わない願い。同一化魔術を使ったとしても、澪自身は彼と話すことはできない。

 いや、上手く力を制御すればできるかも知れない。きっと出来る。

 なんだ、未来は明るいじゃないか。

 

 その時、ロンドン行きの便への搭乗を始める旨のアナウンスが鳴った。三人は各々の鞄から搭乗券を取りだす。

 澪は、胸を張って言った。

 

「さあ、行きましょうか!」

「ええ」

「ああ!」

 

 三人の顔は、未来の不安に陰ってなどいない。むしろ、希望にあふれた顔だった。

 足取り軽やかにゲートをくぐり、新たな旅立ちに乗り出した。

 

 士郎や凛、そして澪の前には、今後も多くの困難が待ち受けることだろう。だが、彼らは決してそれに挫けはしない。

 何故なら、彼らの胸の中には、彼らだけの正義があるから。三者三様のそれは、どれも光輝くものだ。

 

 三人は煌めく輝きを胸に、明日のために、今日を闘う。

 そしていつの日か、彼はきっとこう呼ばれるのだろう。彼こそが正義の人だと。その日が来るまで、そして命果てるまで、彼の物語は続く――

 




 くぅ~疲れましたw これにて完結です!

 と冗談はほどほどにして、皆さま長らくお付き合い頂いてありがとうございます。
 このように長編を書くのは私にとって初めてあり、そういった意味ではこの作品は処女作となっています。そのため、(特に最初のほうは)至らない点も多かったと思います。
 しかし、不相応に高い評価を頂き、嬉しい限りでございます!
 ありがとうございます!

*あまりにアッサリと終わり過ぎたので、少し加筆しました(2012/3/26)

twitter:mugennkai

 さて、この後は主にtwitter上で要望のあった設定集を作って完全に終了としたいと思います。

 次回作は「魔法少女リリカルなのは」でオリ主ものをやろうと思います。もしくは、またFateで書くかも知れません。
 次回でも拙作を読んで下されば幸いです。

 重ね重ね、ありがとうございました!

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