Fate/Next   作:真澄 十

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Act.8 指南と交渉

 遠坂凛はそのとき、サーヴァントの召喚の為の準備をしていた。

 

 自身の工房に魔方陣を敷く。とは言っても、以前に描いたものが残っているので、解れを直すだけだ。

 

 溶解して陣に流すための宝石も用意した。あとは、実際に召喚するだけ、という段階まで準備は終わっていた。

 

 凛は自分の「うっかり」を自覚している。可能な限り、自分の「うっかり」を回避する為にはどうすればいいか。その処方がこれだ。先立って準備を済ますことである。

 

 今回の召喚も、実行は明日の予定だ。一日先立って準備を済ませておき、24時間のインターバルを空けることで、客観的に見直す余裕が生まれる。それによって自らの「うっかり」を回避しようというのだ。

 

 事実これは有効な手立てだった。突発的なミスは致し方ないとしても、以前のように、時計が狂っている程度のミスには気付けるようになった。

 

 ぐるりと工房を見渡し、準備に不足はないか確かめる。道具の一々を指差して確認する。

 

「宝石は、よし。ちゃんと魔力が充填されている。…陣は、よし。解れもなし。……時計は…あとで電波時計と照らし合わせよう。」

 

 今は外しているが、凛は士郎の勧めで電波時計を所持することにしていた。これならば、時計が軒並み狂うなんてことは無い。

 

 さて、聖杯戦争で生き残るにはどうすればいいだろうか。それは「優秀なサーヴァントを召喚する」ことだ。勿論、優秀なサーヴァントを従えたとしても、確実に生き残れるほど甘くはない。しかし、例えばセイバーのような優れたサーヴァントであれば、大抵の状況は打開できる。

 

 聖遺物はまたも用意できなかったが、それも仕方がない。そちらの手回しよりも、聖杯戦争の『本体』についての調査を先行していたのだ。戦闘そのものは実力でどうにかすれば良いと凛は考えている。

 

 凛もまた一抹の不安を抱いていた。下手を踏めば、アーチャー(エミヤシロウ)を呼び出すことになってしまう。それは絶対に避けたかった。凛自身にエミヤシロウと縁があるため、高い確率で呼び出すことになってしまうが…願うべくは、アーチャーとキャスターのクラスが既に埋まっていることだ。

 

 セイバーのクラスには該当しないだろう。彼の剣技は、巧みではあるが決して卓越したものではない。一般人の延長線上にしかすぎないのだ。セイバーの条件は超越した剣技を持つことに尽きる。加えていうならば、彼は剣士ではないのだ。剣製の英霊だが、剣の英霊ではない。

 

 だからアーチャークラスが先に埋まってしまえば、彼は出てくることができない。彼をこんなバカげた戦いに二度と巻き込みたくないのが心情だった。

 

「…よし。とりあえずは問題ないかな。明日もう一度点検しよう。」

 

 一人呟く。夜はもう完全に深まりきっている。草木も眠る時間だ。それは魔術師には当てはまらないが、明日は大事な召喚の儀式を控えているのだ。今日はもう休むべきだろう。

 

 簡単に片付けを済ます。工房を退出し、その重い扉を閉ざそうとしたときだった。

 

「―――ッ!?」

 

 何の前触れもなく魔力を持っていかれる。それはさほど多量ではなかったが、確実に魔力が経路(パス)を通じて持っていかれるのを感じた。

 

 もって行かれたものの代わりに流れ込んできたのは、焦燥の感情。これら意味することは一つしかないだろう。

 

 衛宮士郎が戦っている。

 

 遠坂凛と彼はレイラインで繋がっている。それは魔力のやり取りを可能にし、相手の強い感情を汲み取ってしまうものだ。

 

 つまり、士郎は凛から魔力を分けてもらう必要がある程に苛烈な戦いを強いられている。そして流れ込んだ感情は、彼の劣勢を告げていた。士郎には凛に劣勢を伝える意思などなかっただろう。正義の味方を目指す彼は、人の助けに頼ろうとしない。それは第五次聖杯戦争(ぜんかい)からも分かることだ。つまり、意図せずして凛へ感情を垂れ流すほどに、彼は今危険なのだ。

 

「…サーヴァントと戦うなって言い含めたでしょうが!」

 

 今冬木で士郎が苦戦を強いられる状況。即ち、サーヴァントとの交戦に他ならない。楽観は許されない。今、この状況で最も可能性が高く、かつ最悪を想定する。

 

「ああもう!いいわよ、やってやるわよ!」

 

 閉めようとした扉を勢いよく開け放つ。蝶番を破壊せんとばかりの勢いだ。

 

 サーヴァントと戦うにはどうすればいいか。

 

 魔力を充填した宝石をありったけ持っていこうか。否、それでも足りない。対魔力がAランク程まで高くなると、魔術による攻撃は期待できない。そもそも、サーヴァントと直接戦うこと自体が最悪の選択肢だ。

 

 サーヴァントを倒すには、サーヴァントが必要だ。強い神秘には、それに並ぶ神秘で対抗する必要がある。

 

 急いで宝石を融解させる。急げ。今は時間との戦いだ。こうしている間に、刻一刻と士郎が窮地に追いやられているのは間違いない。

 

 幸運なのは、召喚の用意が整っていることだ。つい今しがた確認したので、目に付く不備はない。

 

 宝石に血を混ぜる。それを敷いた陣に流し込む。もう一度解れが無いことを確認する。本当は、もっと念には念を入れた儀式を行いたかったが、いかんせん今は時間が敵だ。

 

 大きく深呼吸をする。焦燥を、一時的にでも抑えなければいけない。儀式に失敗すれば、命が無いかも知れないのだ。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 詠唱は淀み無く。確実に。

 

 足元の陣が光を放つ。魔術回路が起動し、全身から痛みを発する。これより遠坂凛は、奇跡を発現させるための機械となる。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。」

 

 魔法陣から光が溢れる。幾条もの閃光が迸る。幾迅もの旋風が吹き荒れる。エーテルが暴れ狂う。

 

「―――Anfang(セット)!」

 

 目を閉じる。詠唱により一層の集中力を割く。

 

「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」

 

 額に一筋の汗が流れる。決して夏を目前に控えた熱帯夜の所為だけではないだろう。

 

 閉じていた目を開ける。次の瞬間に現れるだろう英霊の姿を見守るために。今度こそは、居間を破壊するようなヘマをやらかしてはいない筈だ。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 凄まじい閃光。目を開けていられない。だが、凛は感じていた。『何か』と確実に契約を果たした感覚。自らと新たなレイラインで繋がった何者かの存在を。

 

 目を開くと、そこには予想していたものの数段上を行く姿があった。

 

「■…■……!」

「―――これは。」

 

 おぼろげに人の形をした霧。漆黒のその霧は、どんな工業排煙の煙よりも黒いだろう。闇夜を人型に刳り貫いたかのような底抜けの暗さだ。

 

 その霧が、その英霊の輪郭を完全に隠している。輪郭どころではない。凛はその霧の奥を伺い知ることも適わない。つい今しがた自ら召喚したのでなければ、本当に英霊かと疑いたくなる。

 

「…聞くわ。アナタ、何のサーヴァント?」

 

 凛が声色を硬くして尋ねる。その霧の底抜けの暗さ。その、もはや狂気に囚われているとしか思えない声はまるで―――

 

「■…■■…!」

「…バーサーカー……!」

 

 まるで、反英雄ではないか。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

ライダーは苦戦を強いられていた。霧の中より放たれる剣戟は太刀筋が非常に読みにくい。その上、いかな攻撃が飛び出てくるか分からない。今は剣戟のみでの攻撃だが、目を見張るような面妖な攻撃方法を持っていたら、対応しきれないかも知れない。

 

「■■■■―――!!!」

 

 咆哮。それに合わせるように、ぞわり、と霧が膨れる。すぐに元の規模に戻ったものの、依然としてその中身は知れない。

 

「我が宝具が全く効かぬとは・・・・・・。素晴らしいぞ、貴様!その中身、見せてもらおうか!」

 

 黒兎を走らせて、一度距離をとる。ぐるりと旋回して運動エネルギーを蓄える。そこから繰り出されたライダーの刺突。まるで破城槌のごとき一撃。だがそれは、バーサーカーのおぼろげな輪郭に惑わされ、中身を斬ること適わない。素早く横に動いたバーサーカーの鎧を掠めただけだ。鎧に傷をつけたとしても、その中身は無傷。

 

「■■■■!!!」

 

 バーサーカーが飛びのきざまに、その刃を振るう。ライダーはその刃はぎりぎりで届かないと踏んだが、目測を誤り、腕の皮を浅く裂かれる。

 

「ちぃっ―――!」

 

 戦闘には何の問題もない負傷だ。しかしライダーの焦燥の炎に油をそそぐ効果はある。

 

 刃までも覆ったその霧は、剣の間合いを正確に把握させない。その得物が霧よりも長いということはあり得ないが、どれほどの刃渡り、形状をしているのか全く予測が付かない。いや、ライダーは何度か打ち合ってその間合いだけは把握しつつあるが、それでもまだ不完全だ。度々、今のように皮膚を割かれている。

 

 だが、時間と共に有利に運ぶのはライダーのほうだ。バーサーカーのクラスというものは、その驚異的な魔力消費量に弱点がある。戦闘が長時間に及べば、マスターの魔力を吸い尽くし、殺してしまうのだ。

 

 よってライダーは時間を稼ぐだけで勝機を掴めるのだが―――その時間稼ぎもままならないのが現実だ。

 

 バーサーカーの猛攻はとどまる所を知らない。凄まじい魔力放出に支えられたその剣は重く、無視できない必殺の威力を秘めている。

 

 また、その不明瞭な剣戟によって、気を緩めれば即座に首を刎ねられる可能性もある。アメーバのように蠢くその霧は、あらゆる情報を敵から覆い隠しているのだ。今、バーサーカーはどちらを向いているのか。剣の刃はどちらを向いているのか。どのような構えなのか。

 一度でも目線を切るともはや何もかも分からなくなってしまう。よってライダーはバーサーカーに掛かりきりにならざるを得ない。

 

「……」

 

 セイバーは、バーサーカーもライダーも、自分を標的にする意思が無いことを察する。ならば、横合いから強力無比の一撃で一掃するのが良いのかも知れない。

 

 しかし、それが出来ないでいる。ライダーの宝具が何なのか分からないが、もしも宝具までその効果が及んでいれば、両者を一撃で屠れない可能性がある。そうなれば両者は自分を標的に定めるだろう。

 

 それは拙い。ライダーだけならばまだしも、あのバーサーカーは強力だ。そもそも、本当に生物なのかどうかも胡乱だ。下手を踏めば、千夜一夜物語に登場する煙の魔人ということも有り得るかも知れない。魔人というものが聖杯で召喚できるのかはともかく、あの姿はそう思えてしまうほど特殊だ。

 

 だからここは退却を選ぶことにする。うまくいけば、ライダーとバーサーカーが相打つ可能性もある。ここは無理に戦う必要は無い。

 

“弱気なようであるが―――マスターを放置してしまっている。ここは一度帰還すべきだろう。”

 

 先ほどのマスターの様子から察するに、彼女はおそらく聖杯戦争のことを良くは知らないのだろう。そうでなければ、自分を見てあれほど吃驚するということも無いだろう。

 

 とあれば、マスターをあまり放置するのは危険だ。孤立したマスターは狙われやすく、下手を踏めば、自身のマスターは戦う術を持たないかも知れないのだ。同じく魔術師らしい赤銅色の髪をした男がいたが、どうも負傷をしていたらしい。やはり一度帰還するべきだろう。

 

 音も無く霊体となる。誰もそれを追おうとはしない。いや、できない。

 

 ライダーはバーサーカーの相手に手一杯だ。まして会話が成立する相手でもない。必然的に戦闘に集中せざるを得なく、セイバーの撤退に気を遣る余裕などない。

 

 ここらで仕切りなおしが必要だ。

 

 ライダーはそう結論付けた。これ以上バーサーカーと戦っても益にはならない。バーサーカーにマスターを食い潰させるという手段も取れなくはないが、それがいつになるか分からない。そもそも、それまで自分が耐え切れるかも分からない。

 

 無論、このバーサーカーに自分が劣っているとは思わない。四六時中だって戦闘してみせよう。しかし、バーサーカーがここに居るということは、そのマスターがサーシャスフィールを狙っている可能性が高い。そうなると、サーシャスフィールはセイバーのマスターとバーサーカーのマスターから狙われることになる。さらに言えば、今しがたセイバーが帰還した。これは危険だ。

 

 機を見て、全速力で遁走しようかと思ったその瞬間だ。

 

“――――令呪を以って我が従者に命じます!私を助けなさい!”

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「…何者?」

 

 サーシャスフィールは問う。ハルバードを油断なく構える。新たなる脅威を排除するために。

 

「遠坂凛!アンタ、私の恋人(パートナー)に手を出すなんて、いい度胸ね!」

 

 澪はもはや混乱の極みにある。今度の乱入者は、この男の恋人らしい。とすれば、私達の見方ということになるのだろうか。

 

 狭い路地裏に靴音を打ち鳴らしながら遠坂凛は歩み寄る。その眉間に皺を寄せ、目は怒気に染まっている。

 

「トオサカの者ですか。…ここでトオサカが出てくるとは。」

 

「アンタはアインツベルンね。ふん、イリヤスフィールに良く似ているわ。」

 

 澪はイリヤスフィールのことを知らないために判断つきかねるが、確かに似ていた。イリヤスフィールが大きくなれば、きっとこのような容姿であったことだろう。肩のあたりで切りそろえた髪の色は、まさしくイリヤと同じく、雪で染めたような色だ。

 

「いかにも。私はサーシャスフィール・フォン・アインツベルン。」

 

 かつり、と一層大きな音を立てて凛が立ち止まる。暗いながらも、凛は士郎を確認する。容態は宜しくないようだが、とりあえず死に至るということは無さそうだ。

 

“遠坂―――!お前、何でここに…!?”

 

 士郎は念話で凛に語りかける。ここに凛がやって来るとは予想していなかったようだ。どうやら念話で助けを呼ぶということすら失念していたのだろう。猪突猛進気味なこの正義の味方は、何でも自力でどうにかしようとする悪癖がある。

 

“魔力を持っていっておいてそれは無いでしょ。大変だったのよ、アンタの現在地を割り出すのは。…とりあえず大人しくしていなさい。後で治療するから”

 

 凛はレイラインを辿り、どうにか士郎の下へたどり着いたのだ。士郎へ魔力の供給がなされている。水の流れる方向を遡るように、その供給を辿ってきたのだ。手探りとも言える方法での探索だったため、一層到着が遅れてしまった。

 

 念話で直接聞かなかったのは、かえってそれが士郎を危機に晒す可能性があるからだ。一縷の余裕もない戦闘下で、念話に意識を割かれると危険だ。

 

本当に余裕のない戦いというものは、言わば何本もの針の穴に糸を通す作業のようなものだ。僅かでもしくじれば、死ぬ。先に糸を通すことに失敗したものが死ぬ。そういうものだ。そこで不意に話しかけられることがどれ程危険か、言わずもがなであろう。

 

 凛はその肩にかかる髪の房を掻き揚げる。

 

「退きなさい、アインツベルン。次は只じゃ済まされないわよ?」

 

 凛はそのポケットから宝石を取り出す。それには凄まじい魔力が込められてあり、ひとたび呪文を発すれば、それは敵を屠る牙として機能する。

 

 遠坂の必殺の宝石と、その殺意を前にして、しかしサーシャスフィールは涼しい顔をしている。その殺意を柳に風と受け流している。

 

「只で済まないのは貴方の方です、トオサカ。」

 

 だがその目だけは闘志を湛えている。そのハルバードで敵を打ち砕かんと、強く得物を握る。

 

「―――Drei(三番), Schlag(吹き荒れよ)!」

 

 宝石から魔力が発せられる。それは風という一定の指向性をもち、真っ直ぐに直進する。切り裂く為のものだが、もはや気圧差で衝撃波の領域にまで達している風の魔弾だ。一つ一つはボール大だが、それは無数に放たれる。かつ、それぞれ一発が、常人が受けたら骨を砕かれ、内臓を破裂させ、肉をずたずたに切り裂く威力を持っている。

 

「ハッ!」

 

 サーシャスフィールは大きく上方に飛び上がる。一秒前まで彼女が踏みしめていたアスファルトが見るも無残に抉られる。重いハルバードを持っているとは思えない身軽な動きだ。全身を強化しているとはいえ、その身体能力には舌を巻かずにはいられない。

 

「―――Funt(五番), Shine das Licht der Gerechtigkeit(放て、砕け、光よ)!」

 

 だが、避けられることまで凛の予想の範疇だった。この狭い通路で放たれた魔弾を回避しようと思えば、上空に飛び上がるしかない。それを撃墜する腹だ。

 

 宝石より、眩いばかりの光が放たれる。先ほどの風とは比較にならない破壊力と速度をもった光の矢だ。七条の光が、実際の光速には届かないものの、目にも留まらない速度で殺到する。

 

 その光の矢は純粋な破壊の力だ。破壊の指向性をもった魔力のみを凝縮したそれは、もはや圧倒的な破滅の光だ。もはや並の魔術では防御もままならない圧倒的な威力である。

 

「――――ッ!!!!」

 

 サーシャスフィールにとってその破壊力は、完全に予想を上回るものだった。トオサカの宝石魔術。それを聞き及んでいなかった訳ではないが、この破壊力は聞きしに勝る凄まじさだったのだ。

 

 サーシャスフィールとて、この追撃を予測していなかった訳ではない。しかし、彼女が用意したいかなる防御手段を粉砕する威力を以ってした攻撃。彼女にはもはや、それを防ぐ手立てが無い。

 

 爆発。間違いなく着弾。まるで砲撃でも受けたかのような轟音。サーシャスフィールが戦闘前に人払いの結界を張っていなければ、すぐさま通報されていただろう。

 

 空中に生じた粉塵の中から、白い衣服の女性が落下してくる。

 

 しかし―――その人影は一人分のそれではない。

 

「見事!見事なり、妖術師!いや、昨今では魔術師だったな。我が賞賛を受け取るがいいぞ、女!」

 

 黒い馬に乗った二人が上空より現れた。まるで羽のように馬が着地を決める。その背には、サーシャスフィールと、筋骨隆々の男が跨っている。青龍刀を持ったその男は、体中に軽度の火傷や切創を負っているが、どれも致命傷には至らない。

 

「…令呪でサーヴァントを呼んだか……取って置きの宝石だったんだけどな…。」

 

 ―――サーヴァントであることは間違いない。対魔力で殺しきれなかったのか、傷を負ってはいるものの、その力は些かも衰えてはいない。

 

 先ほどまでライダーはバーサーカーと刃を交えていた。セイバーは警戒してあまり積極的には戦闘に参加せず、様子見を決め込んでいたので、実質一騎打ちとなっていた。

 

 しかし、彼のもう一つの宝具がバーサーカーには通用しない。その宝具が無くともライダーは優れたサーヴァントだが、苦戦を強いられるのは必至だった。そこでの令呪よる強制召喚。ライダーは仕切りなおし、体勢を整えたかった。渡りに船だといえる。

 

「サーシャスフィール。バーサーカーが厄介だ。セイバーもここに向かっている。追ってくる前に退却しようぞ。…この女に令呪でも使われたら厄介でもある。」

 

 よってここは退却を選択する。バーサーカーと戦うとあれば、セイバーという第三勢力を交えない状況が必須だ。

 

「魔術師、追ってきても良いぞ。…状況から察するに、貴様があの霧のサーヴァント(バーサーカー)のマスターであろう。令呪で彼奴を呼んでも良いだろう。」

 

 傷は癒えたらしい白兎が起き上がり、サーシャスフィールに駆け寄る。黒兎に並ぶと、ライダーは背後に跨っていたサーシャスフィールをまるで猫のように摘み上げ、白兎に跨らせる。

 

「だが…この(ライダー)を追うとあらば、決死の覚悟を以って刃を取れ。生半可な戦力でこの俺を下せると思うなよ。」

 

 その瞳に射抜かれた瞬間、凛は体中が重くなるのを感じた。自分の周りだけ重力が増したかのような錯覚。指一本を動かすのにすら、渾身の力を込める必要がある。次の瞬間には、これがライダーの宝具の力だと理解する。

 

 サーヴァントならばステータスが低下する程度で済むが、生身の人間に対しては金縛りに近い効力を発揮するのがライダーのもう一つの宝具の力だった。

 

 ライダーは黒兎を、サーシャスフィールは白兎を翻し、凛たちから離れる。蹄がアスファルトを打つ音だけが夜の路地裏に反響する。

 

「……。」

 

 凛は彼らの背中を見送る。その姿が完全に闇夜に隠れてから、ようやく凛は体を動かすことが出来た。

 

 その瞬間、凛はその場に膝を付く。その呼吸は荒々しく、肩で息をしている。顔は脂汗で濡れている。

 

「――――消えて…バーサーカー……!」

 

 全速力でこちらに向かわせていたバーサーカーへの魔力供給をカットし、強制的に霊体化させる。バーサーカーの魔力消費は、凛の魔力量を以ってしても破格だった。いや、このバーサーカーの消費量が異常なのかも知れない。

 

 いざ戦闘が始まったとき、凛の意識は一瞬飛びかけた。それ程にとんでもない燃費の悪さだ。単に実体化させるだけならばさほど問題はない。しかし、戦闘となるとバーサーカーというのは爆弾だ。使い方を誤れば、敵だけでなく自らも滅ぼしかねない。

 

「だ…大丈夫!?」

 

 澪が駆け寄る。さっきまでガンドの嵐に腰を抜かし、ライダーの宝具で立ち上がれずにいたのだが、ようやく立ち直ったようだ。

 

「だ、大丈夫だから…そこを退きなさい。」

 

 だが凛はその手を優しく振り払う。そして弱弱しく立ち上がる。魔力を急激に失った為か、四肢にうまく力が入っていないようだ。

 

 苦労しいしい士郎の下へ歩み寄る。やはり重症なようだ。凛に負けず劣らず、士郎も衰弱している。

 

「全く無茶して…ほら、体起こせる?」

 

 士郎は凛に手伝ってもらいながら上半身を起こす。肺に刺さった肋骨のせいか、その際にも苦しげな表情を作る。

 

 凛は士郎の服を手早く脱がせ、その体に手を添える。凛の手が仄かに光り、士郎の体の異常を調べ上げる。

 

「…肋骨が肺に刺さっているわね。重症じゃない、何で助けを呼ばないのよ!」

 

「ご、ごめん遠坂…ちょっと必死になっていたみたいだ。」

 

「…ふう。今はいいわ、喋らないで。」

 

 凛は再びポケットから宝石を取り出す。その宝石にもかなりの魔力が込められていることを、背中越しに見守っていた澪も感じ取った。

 

「―――Anfang(起動)

 

 凛がその宝石の魔力を開放する。凛は士郎と旅をするにあたって治癒魔術を高いレベルで習得していた。何せしょっちゅう骨や内臓を痛めつける士郎のことである。自然と治癒のレベルも上がろうというものだ。

 

 まず、肋骨をこれ以上臓器を傷つけないように慎重に元の場所へ移動させる。同時に穿たれた肺の穴を塞ぐ。後に絶たれた血管を修復する。毛細血管までは不可能だ。主要なものだけを繋ぐ。次いで骨の接合。断面を融解させ、癒着させ、固定する。

 

「―――これで良し。全く、アンタのおかげで、私はちょっとした医者よ。」

 

「すまない遠坂、助かった。」

 

「いいわ。応急処置に近いから、しばらくは強い衝撃を与えないように注意してよね。」

 

「ああ、分かった。」

 

「分かれば良し。さて―――」

 

 そこで凛は右手を大きく振り上げる。座ったままの姿勢で、限界まで大きく振りかぶった右手。その右手は、見ている澪が逆に感心するくらいのいい音を立てて、士郎の頬を打った。そりゃもう、士郎の頬に紅葉形の跡が残るほどに。

 

「いたっ!?な、何するんだ遠坂?!」

 

「うるさいわよ!私に心配かけて!サーヴァントに気をつけろって言ったこと覚えていないワケ!?」

 

「お、覚えていたさ!だから最大限の注意を払って交戦したワケで…」

 

「交戦したこと自体が分かっていないってのよ、このバカ! いい? アンタがアーチャー(エミヤシロウ)に勝てたのは、そりゃあもうとんでもないハンデがあったからなのよ!?」

 

「な、なんでさ! 落ち着け遠坂、ちょっとでいいから落ち着け!」

 

「これが落ち着いていられるかってのよ! 下手したらアンタ、死んでいたかも知れないのよ!私を置いて死ぬなんて許さないんだからね!」

 

 凛は士郎の襟首を掴み上げ、有無を言わさない剣幕でまくし立てる。

 

 そのやり取りに圧倒されながら見守っていた澪の背後から、がちゃり、と音を立てて金髪金眼のセイバーが現れる。その顔は苦笑ともとれる微妙な顔だった。

 

「今帰ったぞ、マスター。……これも、“のろけ”というモノなのか?」

「…ご馳走さまです。」

「な、なんでさ…」

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「・・・・・・さて、今の状況を確認しましょうか。」

 

 時刻は既に4時を回っている。早朝とも深夜とも言える微妙な時間だ。私達は、衛宮士郎というらしい男の屋敷に集合していた。道中は、もはや強制連行にも思えるほど剣呑な雰囲気だったため、何も口を開けずにいた。

 確か遠坂さんと言っていたか。彼女が衛宮さんと道中に僅かに言葉を交わしただけだ。私は誰とも言葉を交わさず、ただ連行されただけだ。

 

 正直な話、この女の子怖い。超怖い。“あかいあくま”と命名しよう。何かすごくしっくり来るし。

 

 今、和風の居間には三人の姿がある。あのセイバーとか言う男は姿を消しているようだ。どうやら、あのアーチャーという男と同じような芸当が出来るらしい。

 

 私の正面に腰掛けているのは、件の赤い服の女性。その隣、つまり私の対角に座っているのが、ここの家主らしい衛宮さんだ。

 

「簡単な自己紹介から入ろうか。俺は衛宮士郎。“魔術使い”だ。」

 

 魔術使いという言葉が気になるけども、今は追及しないことにしておく。それよりも大事な話があるだろう。

 

「私は遠坂凛よ。この冬木の管理者(セカンドオーナー)ね。」

 

 心臓が飛び跳ねた。セ、セカンドオーナー!そうだ、失念していた。遠坂といえばこの地のセカンドオーナーだった…!

 

 次は自分が自己紹介する番だ。知らない人の家ということもあり、かなり緊張している。出来るだけ物怖じせずにはっきり喋ろうと意識する。

 

「私は八海山澪。え、と・・・魔術師、です。」

 

 少し失敗だ。遠坂家がセカンドオーナーということを受け、後半がどもってしまった。だけど、この男には私が魔術師と知られている。告発は出来るだけ早いほうが良いだろう。

 

「・・・ふーん・・・・・・八海山さん?昔にそのような家がこの地に住んでいたことは把握していますけど、戻ってきたという知らせは受けておりませんわよ?」

 

 ぎくりとする。まずい。上品な口調が物凄く威圧的だ。何か折檻でも受けるのではないだろうか・・・。

 

「遠坂、今はそんなこと言っている場合じゃないだろ。」

 

「分かっているわよ。でも、一言ぐらいは言わせてよね。」

 

 衛宮さんが遠坂さんを嗜める。それで攻撃的な雰囲気はなりを潜めたが、次の瞬間には遠坂さんは真剣な面持ちになる。

 

「・・・・・・この冬木の儀式について、何か知っている?」

 

 おそらく、マスターがどうこうという話だろう。だけど生憎、何もかもが急激だ。蒼天の霹靂とはまさにこのことだろう。

 

「・・・何も。」

 

「でしょうね。コイツみたいに巻き込まれたクチだと思っていたわ。今回はコイツが巻き込んだみたいだけどね。まずは説明からね。」

 

 それはある程度予測された答えだったのだろう。遠坂さんは特に呆れるでもなく、軽く座りなおしながら、隣に座る衛宮さんを指差した。

 

「貴方が巻き込まれたのは、聖杯戦争という儀式よ。魔術師同士が殺し合う、最悪の儀式。」

 

「聖杯、戦争―――?」

 

「そう。この地には『聖杯』と呼ばれるものがあるの。それを懸けて魔術師が殺しあうのが、この聖杯戦争よ。」

 

「え、―――聖杯ってまさか」

 

「あ、八海山。聖杯って言っても本物の聖杯じゃないんだ。何ていうか、景品に万能の願望機としての機能があったからそう言われるようになったんだ。」

 

「万能の、願望機―――?つまり、何でも願いが叶うってこと?」

 

「そう。―――まぁ、これについては後で詳しく話すわ。とりあえず今は、聖杯戦争の全容について話すわね。」

 

「セイバー、いるか?」

 

 衛宮さんが虚空に向かって呼びかける。先ほどから背後に感じていた気配が一瞬揺らめき、その姿を現す。

 

「おう。ここに居る。私も会話に入ったほうが良いのか?」

 

 ああ、と素っ気無く衛宮さんが答える。セイバーも素っ気無くそれに答えて、私の横に座る。その時にその横顔を盗み見るが、改めてみれば中々に綺麗な顔立ちだ。純朴とは違う、全体的に優しげなその顔立ちは、見るものに安心感を与える。

 

「貴方には一言礼を言わないとね。道中、剣を抜かれるんじゃないかとヒヤヒヤしたわ。」

 

「何、貴方たちに害意が無いことは何となく分かっていた。どうやら主は貴方たちに助けられたらしい。私が貴方たちを蔑ろにできようか。話ぐらいは聞いても良いだろう。」

 

 そう、と凛は答える。セイバーに向いていた視線をこちらに戻し、硬い口調で言い放つ。

 

「澪。貴方の隣の、貴方が呼び出したモノ。それがサーヴァントと呼ばれるモノよ。」

 

「その通り。」

 

 私の隣の金髪を軽く揺らして首肯する。サーヴァント・・・これが破格の存在だということは、何とはなしに分かる。しかし、その正体が未だつかめない。

 

「サーヴァントというのは、過去の英雄の亡霊。つまり英霊のことよ。」

「・・・は?」

 

 過去の英雄?つまり、アーサー王であるとか、日本なら織田信長とかのコトだろうか?いや、しかし、有り得るの?私が二流だからって、使い魔程度は使役できる。勿論使い魔の知識もある。自我の薄い霊を使役するのは容易いが、自我の強い人間の霊を使役するのは至難。しかも、あまり意味がない。

 

「まあ、驚くのも無理は無いかもね。」

 

「え、いや・・・有り得るの?過去の英霊を使役するなんて・・・!い、いや。そもそも私にそんなモノを呼び出す力なんて無いわよ?!何かの間違いじゃ・・・。」

 

「何も間違いはないわよ?それを可能にしてしまうのが聖杯。その力がいかに凄まじいか分かるでしょう?サーヴァントを呼び出すのも、この世に留めておくのも聖杯によってサポートされているわ。通常なら、呼び出した瞬間に現世に留めきれずに掻き消えるだけよ。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

 絶句する。それが本当なら、とんでもない魔力のサポートが得られていることになる。いや、それよりも・・・この隣に侍る男もまた、過去の英雄ということになるだろうか。

 

 ・・・そうは見えない。話が退屈なのか、大欠伸をしている。破格の存在だということは理解できるが、本当に過去の英雄?

 

「ここまではいい?続けるわよ。この聖杯戦争に参加できる魔術師は7人なんだけど、7人がそれぞれサーヴァントを使役し、聖杯を争奪するのが聖杯戦争というワケ。」

 

「ちょ、ちょっと待って。何のために、わざわざ過去の英雄を召喚するの?聖杯というものを良く知らないけど、魔術師が勝手に戦えばいいんじゃ・・・?」

 

「・・・中々に鋭いところを突くわね。それも後で詳しく話すわ。とりあえず今は、『聖杯戦争とは、サーヴァントと呼ばれる英霊を使役する、7組の魔術師(マスター)による殺し合い』、と理解しておきなさい。」

 

「は、はい・・・。」

 

 細かい箇所を話す前に、全体像を把握させようということなのだろう。その説明は簡潔で、しかも混乱を招く内容だけども、今はそれを飲み込むしかない。

 

「よろしい。じゃあ続けるわよ。…いくら聖杯とはいえ、無秩序に英霊を召喚することはできなかったの。あらかじめ7つの(クラス)を用意し、それに適合する英霊を召喚することで7体の英霊の召喚を可能にしたわ。」

 

 それはつまり、役所のようなものだろうか。自分に必要な窓口にいき、目的にあった用紙に記入する。(まどぐち)を分けることで、円滑かつ確実なサービスを提供する、ということだろうか。

 間違いなく的を射てはいない。だが当らずとも遠からずだろう。魔術的な知識に乏しい私は、何か身近な例に置き換えて理解する以外無い。

 

「その7つのクラスというのが、剣の騎士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎乗兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)よ。貴方のサーヴァントのクラスは・・・」

 

「皆知っていると思うが、セイバーだ。」

 

「・・・またしてもセイバーを人に取られるなんてね・・・。」

 

 遠坂さんは何故か不機嫌そうになる。そんなコト言われても、私は衛宮さんに言われるがまま召喚したんだ。文句を言われても困る。

 

「まあいいわ。ちなみに、私もマスターよ。クラスはバーサーカー。」

 

「…あのバーサーカーのマスターは貴方か。答えてくれ。あのバーサーカーは一体何者だ? マスターならば真名は分かるのだろう?」

 

 口ぶりからすると、セイバーはバーサーカーと交戦、ないし邂逅したようだ。よほどけったいな見た目でもしていたのだろうか。私の偏見だと、狂戦士って言われるとどこかの先住民みたいなモノを思い浮かべるけども、黙っていよう。間違いなく偏った偏見だし。

 

「…私も良く分からないわ。マスターである私ですら、そのステータスを読み取れないの。…とりあえず今は説明を続けるわよ。」

 

 きっ、と遠坂さんに睨まれて、セイバーは渋々言葉を引っ込めた。だがやはり何か言いたそうではある。

 

「今、私はこの男のことをセイバーと呼んだけども、これが名前でないことは分かるわよね?」

 

 それは今の説明で理解できた。セイバーとはクラスの名前であり、この男の名前ではないはずだ。英霊というからには、世に通った名前を有している筈だ。

 

「ええ、セイバーやバーサーカーという呼び方は、あくまで通り名としてなんですよね?」

 

「そうよ。士郎よりも理解が早いみたいで助かるわ。後でこっそりとセイバーの名前を教えてもらうと良いわ。」

 

 若干衛宮さんがいじけたようだが、遠坂さんはそれを華麗にスルーする。やはり“あかいあくま”という名が似合うな、うん。

 

「有名な英霊であるほど、その弱点も世に知られているわ。真名を敵に知られるというのは、弱点を敵にさらけ出すことになる。」

 

 それはつまり、英雄アキレスの腱のようなものだろう。たしかに、歴史には多くの英雄譚が残っていて、同時に英雄の弱点も残っている。私だって、アキレスが目の前に現れたら腱を狙う。

 

「同時に敵に知られないようにするべきものがあるわ。それが、英雄の持つ宝具よ。」

 

「宝具・・・?」

 

「英雄と対になる武器のことだ、マスター。例えばこの私の、この剣のように。」

 

 とんとん、と指で腰に帯びた剣を叩く。その顔は自信や誇りに満ちているように思えた。さっきまで何か言いたげな顔だったのに、泣いた烏がもう笑ったとは良く言ったものだ。

 

「そうよ。必ずしも武器とは限らないけどね。…宝具はどんな性質のものであれ、必殺の脅威を秘めているわ。だけど、そうおいそれと使うワケにはいかない。」

 

「…英雄と対になるものだから、所有する宝具が知られることイコール、真名を知られることになる…?」

 

「そう。だから、必殺を期したときだけ使用しなさい。」

 

「……だそうよ、セイバー。」

 

「はっは。善処しよう。」

 

 この顔は、いざとなったら使用する気満々だ。自我の強い人間霊を使役する弊害といえるだろう。主の意思を越えた行動を起こす可能性がある。

 

「…今のコイツみたいに、言うとこを聞かないサーヴァントに強制的に命令させる方法があるわ。」

 

 衛宮さんが席を立つ。話しに入ることが出来ないためか、お茶の準備を始めたようだ。

 

「貴方、体のどこかに刺青みたいなものが現れていない?」

 

「…これのこと?」

 

 右手の甲を見せる。そこには、赤い刺青なようなものが浮き出ている。三画の紋様からは、何か凄まじい魔力が込められていることが感じられる。

 

「そう。それが令呪。マスターの証でもあり、サーヴァントの意思を超えて強制的に行動させる強制命令権でもあるわ。」

 

「へえ…じゃあ『お茶を持ってこい』って命令したら、お茶を淹れざるを得ないんだ。」

 

「そうよ。でもそんなコトに令呪を使うのは止めておきなさい。その令呪は三回しか使えないわ。一回の命令ごとに一画を消費することになるわ。」

 

 なるほど。三回しかセイバーを律することが出来ないなら、それは慎重に使う必要があるんだろう。

 

「………。」

 

 セイバーは無言で立ち上がり、衛宮さんが淹れたお茶をひったくるように持ってきた。なんだコイツ、ちょっと可愛いな。

 

「さらに言えば、サーヴァントの能力を超えたことも可能よ。例えば、『今すぐ台所に転移してお茶受けを持ってこい』と命令すれば、コイツは台所に転移してお茶受けを持ってきた後、再び転移して戻ってくるわ。セイバーや貴方に転移魔術が使えなくとも、令呪の効果が及ぶ範囲でそれを可能にしてしまうのよ。」

 

「………。」

 

 再び立ち上がり、台所に向かう。衛宮さんが取り出してくれたお茶受けを、今度もまたひったくるようにして持ってきた。本当にそんなことに令呪を使うと思っているのか。可愛いなコイツ。

 衛宮さんも苦笑いを浮かべながら再び席についた。

 

「…例えば、『私の言うことに絶対服従』と命じれば、セイバーは一生私の命令に逆らえないの?」

 

 若干ぎょっとしてこっちを見るセイバー。そこまで驚かれるとこちらまで何故か驚いてしまう。

 

「…いえ、令呪は長く続く命令に関して効果が薄いわ。その命令では、上手くいって『マスターの言うことを尊重してやろうかな』程度の心変わりにしかならない。使わないほうが吉ね。ほとんど効果が無いわ。」

 

 安心したのかセイバーが胸をなでおろす。なるほど、令呪を一個無駄に使われると思ったのだろう。というか、遠坂さんも苦笑いを浮かべているのは何故なんだろう。

 

「つまり、短い効果で使うほうが効果的?」

 

「ええ。例えばさっきの『お茶を持ってこい』や『お茶受けを持ってこい』という瞬間的な命令ね。サーヴァントは逆らえず、確かな効果があるわ。」

 

 なるほど。有限であるなら、ここぞという場面で、確かな効果を期待するべきだろう。

 

「まぁ、こんなものかしらね。大まかな説明は。」

 

 話は一区切りついたらしい。遠坂さんは、衛宮さんが淹れてセイバーが持ってきた紅茶に口をつける。私も自分の分を飲んでみる。…おいしい。

 

「……ところで、何故私のマスターにこんな説明をした?貴方たちがしなくとも、私がしていたことだ。」

 

 セイバーも紅茶を啜り、かちゃり、と音を立てながら聞いた。心なしか音が大きい。その質問の意図は、何故こうも親切に聖杯戦争についての知識を与えるのか、ということだ。セイバーは何か裏があるのではないか、と警戒している。主の恩人でも、そのあたりは譲らないようだ。

 

「士郎が貴方を巻き込んだお詫びと…ちょっと交渉したいことがあるからね。」

 

「「……交渉?」」

 

 セイバーと私の声が重なる。

 

 遠坂さんと衛宮さんは、顔を見合わせ、アイコンタクトで意思を確認しあう。どうやら、衛宮邸までの道中での二人の会話は、この話についてらしい。

 

「単刀直入に言うわ。」

 

 今までよりも、より一層真剣な面持ちとなる。もはや剣呑と表現しても良いだろう。

 

「私たちと同盟を組まないかしら。…この交渉に応じてくれたら、聖杯戦争の裏側について教えるわ。」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【クラス】バーサーカー

【マスター】遠坂凛

【真名】???

【性別】???

【身長・体重】???

【属性】???

【筋力】 ?   【魔力】 ?

【耐久】 ?  【幸運】 ?

【敏捷】 ?  【宝具】 ?

 

【クラス別能力】

 

狂化:C

幸運と魔力を除くステータスをアップさせるが、言語能力を失い、複雑な思考ができなくなる。

 

 

【保有スキル】

???:?

 

 

???:?

 

 

 

【宝具】

???:ランク?

???

 

???:ランク?

???


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