『TS薬を開発したいだけの異世界薬理教師』   作:  

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第四講義(1)『GPCRの説明、の為の説明』

 ◇◆◆◇

 

「さて、今日からは薬剤の各論に入る……前に。食べ物を食べたら、それはどうやって私達の栄養になるかを考えていこう。といっても、いきなり全部やると複雑だから──今回は、糖だけではあるけれど」

 

 今回は盛り沢山なので、てきぱき進めないといけない。

 いやまあ、毎回やること盛り沢山なのでは? と言われたら、反論出来ないんだけれども。

 

「我々が食べた糖は、消化液によってバラバラに分解される。これは、腸管表面の細胞から吸収するために行われている。バラバラにして、小さく(・・・)しないと、細胞の中に取り込めないからね。その細かくなって出来たモノの一種類(・・・)を、以後グルコースと呼ぶことにしよう」

 

 デンプンが色々あってブドウ糖(グルコース)になる、みたいな話。

 ちなみにグルコースの語源は甘い(glucus)から来ている。糖、甘いからね。

 

「さて、砂糖水があるように……グルコースは水に溶ける。つまり、表面が油まみれである細胞とは相性が悪い。すなわち、何もなしでは取り込むことが出来ないことになる」

 

 おおよそ全員がここまでの範囲なら、理解してくれている。

 まだ始まってすらないからね。ここら辺で脱落されると、ちょっと困ってしまう。

 

 要は、グルコースっていうのはそのままじゃ吸収出来ない。

 細胞の壁に阻まれてしまうよね、っていう話。

 

「だから、グルコースだけ(・・)を細胞の中に取り込む為のモノがある。正確にはグルコースと似ているものも取り込むんだけれど……これを、GLUT(グルット)と呼ぶ。『グルコース輸送体(トランスポーター)』、略してGLUTだね」

 

 余談ではあるけれど、GLUTは大きく分けて14種類に分けられる。

 これらはそれぞれ、絶妙にグルコースの取り込み能力だったり、存在場所が違ったりしている。

 

 例えばヒトの小腸にあるのは、基本的にGLUT2と呼ばれているものとGLUT5と呼ばれているもの。

 筋肉にあるのは、GLUT4……みたいな感じで。

 

 注意したいのは、腸管の表面細胞には『腸管側』と『腸管じゃない側』があるということ。

 腸管側にあるのがGLUT5、腸管じゃない側にあるのがGLUT2みたいな差異がある。

 

 だから、流れとしては腸管表面からGLUT5によって取り込まれて、GLUT2によって腸管表面細胞より体内の奥側(・・)に押し出される、みたいな感じ。

 

「教授! そのGLUTちゃんはどうやって動いているんですか? 何かしらの受容体の作用だったりしますか?」

 

「これは単純にグルコースを濃い方から薄い方に流しているだけだね。だから、『グルコース達以外を通さない』っていう所が鍵だったりする……と、そうね。折角だから言っておこう」

 

 別にグルコースの小腸での取り込みは今回のメインじゃなかったから、さらっと流そうと思ったんだけれど……リーシャが興味ありそうだし、もう少しだけ詳しく話しておいても、損はない。

 いつ話すかの違いでしかないからね。

 

「だから、単純な濃度勾配(濃い方から薄い方へ)以外の要因で、グルコースを運んでいるモノも存在はする。それをSGLTって呼ぶよ」

 

 Sodium-glucose transport proteinsの略。

 日本語にするなら、ナトリウム依存性グルコース輸送体ってところかな。

 

「このSGLTは、曹達(ナトリウム)と一緒にグルコースを運ぶんだけれど……まあ、ちょっと複雑だからそのうちってことで」

 

 細胞内のナトリウム濃度っていうのは、細胞外に比べてかなり薄くなっている。

 だから、隙さえあればナトリウムは入ってこようとしているんだけれど……それと一緒にグルコースも運んじゃおうっていうのが、SGLT。

 

 此処までならそこまで難しくはないんだけれど、問題になるのはどうして『細胞内のナトリウム濃度っていうのは、細胞外に比べてかなり薄くなっている』のかって部分。

 

 普通に考えれば、SGLTが働けば働くほど細胞の中にどんどんナトリウムが貯まっていってしまうっていうのは、容易にわかる。

 でもそうならないってことは、どこかにナトリウムを細胞外に投げ捨てる仕組みがあるわけで……つまり、『ナトリウムを細胞外に投げ捨てるもの』の説明をしなきゃいけない。

 

 それをナトリウムポンプとか呼ぶんだけどね。

 如何せんそれの説明が面倒臭い。

『ATPというエネルギー源を消費して、ナトリウムを細胞外に投げ出しつつカリウムを細胞内に取り入れる』なんて機能の説明を、本筋でもないのにしたくはない。

 

 というか、この話をしたら絶対にATPとは何なのか、みたいな話をしなきゃいけなくなるから。今からその話をしたいのに。

 

「まあ、SGLTやGLUTのおかげで、グルコースは腸管の細胞内に取り込まれてくれた。こうして取り込まれたグルコースは、解糖系(・・・)と呼ばれる経路を通って変換されていく」

 

 今回の話の重いところ一つ目。それが解糖系になる。

 解糖系というのは、グルコースを如何にして細胞で使えるエネルギーへと変換するのかっていう反応の一つ(・・)なんだけれど。

 

 問題は、結構この反応が複雑……というより長いんだよね。

 グルコースからG6P、G6PからF6P、F6PからFBP……みたいにどんどん続いていく。

 なら最初と最後だけわかってればいいのか、というとそういうわけでもないのが厄介なところ。

 

 とはいえ、まあそんなに細かくはやらない。

 大事そうな部分を雑にピックアップしていくだけ。

 

「解糖系の初手。グルコースは、ヘキソキナーゼという名前の酵素によってグルコース6リン酸……G6Pという物質に変えられる」

 

 実はヘキソキナーゼ君は万能ではなく、この反応ではATPっていうエネルギーの源を使ってしまっている。まあ、将来的に回収出来るからね。投資みたいなもの。

 

「そして、そのG6PからF6PやFBP──フルクトース6リン酸や、フルクトースビス(bis)リン酸を経て、最終的に『ピルビン酸』が出来る。そしてその過程で、細胞達が使えるエネルギーの源──ATP(・・・)と呼ばれるものを作るエネルギーやら水、そしてNADHみたいなものを作るエネルギーが出てくる」

 

 具体的には、収支ひっくるめて2つほど。

 ただし、グルコース1つから2つのATPと水やらNADHが作られる──と言うと、嘘になってしまうので注意。

 

 ATPという細胞のエネルギー源は、エネルギーを細胞に渡すとADP……あるいはAMPとなる。

 Tがトリ(tri)、Dが(di)、Mがモノ(ひとつ)だからある程度わかりやすくはあるんだけれど。

トリプルのトリ(tri)、デュオとかダブルあたりと同語根の(di)だね。

 

「細胞のエネルギー源であるATPは、細胞にエネルギーを渡すとADPになってしまう。場合によっては、AMPになることもあり得る。けれど使ってばっかりでは枯渇するだけだから、それを再生する──ATPにしてあげる経路がそこそこ(・・・・)ある。そのうちの一つが、この解糖系」

 

 ユラリアが手をあげる。

 どうぞ、と視線での許諾を向けて。

 

「なら……ADPやAMP、その大元(・・)は解糖系では作られないということですか?」

 

「そうだね。あくまで解糖系がやってくれるのは、『ADPをATPにする』という行動だけ。じゃあADPをどうやって作るのかというと──それは、もうちょっと後に説明することになる」

 

 ともかく、この段階において解糖系で大事なのは中身のごちゃごちゃとした物質名や酵素名じゃない。

 勿論、その『ごちゃごちゃとしたところ』でも大量に話せること自体はある。

 

 例えば、途中に現れるPFK──ホスホフルクトキナーゼと呼ばれる『F6PをFBPに変える酵素』がかなり面白い働きをするとかね。

 

 でも、そうじゃない。

 そんなことに毎回首を突っ込んでいたら、日が暮れるどころか明日になってしまう。

 

 それに、細かくないところでも話せることは大量にある。

 例えばさっき一瞬だけ話題に出した『グルコース1つから2つのATPと水やらNADHが作られる──と言うと、嘘になってしまう』という話。

 

 謎の物質NADHがあると思うんだけれど、これは解糖系を通す前はNADと呼ばれている。

 だから、言い直すと解糖系というのは『グルコースとNADとADPからピルビン酸とNADHとATPと諸々を作る経路』になるわけだけれど。

 

 このNADというのビタミンB3(ナイアシン)から作られる、ナイアシンはトウモロコシに含まれておらず、これを主食としている南米地域ではナイアシン不足による『皮膚痛(ペラグラ)』と呼ばれる病気が流行る、だとか。

 

 解糖系というのは、生命の根源的な経路のひとつなんだから、信じられないほど色々研究されてきたわけで。

 それ相応に話す内容は出てきてしまう。ただ、今回大事なのはそこじゃないってだけ。

 

「さて、解糖系によってグルコースはピルビン酸とその他諸々に変わってくれた。じゃあこのピルビン酸はどうなるのか? っていうことが、気になると思う」

 

 さて、ここがちょっとだけ面白いところ。

 

「実は、この先の経路が一つじゃない。だけれど、大別するならこうなる。『即時的にエネルギーを生産する経路』と『ゆっくりと、だけれど大量にエネルギーを生産する経路』。今回はこのうち、ゆっくりな経路──『クエン酸(TCA)回路(サイクル)』と呼ばれるほうを追っていくよ」

 

 即時的にっていうのは、乳酸発酵とアルコール発酵経路。TCAサイクルに比べて、100倍以上のスピードでエネルギーを作ってくれます。優秀だね。ただ、エネルギー生産効率的にはTCAサイクルのほうが何倍も良いんだけれど。

 

「まずピルビン酸はアセチルCoAという物質に変わる。それがあれこれ(・・・・)されて、CoAと二酸化炭素(CO2)諸々(・・)になるっていうのが、TCAサイクル」

 

 間には色々詰まってるんだけどね。

 今回それらは割愛。ちゃんと惜しんだ上でだから、本当の意味での割愛。

 

「TCAサイクルで得られる諸々(・・)。これはNADHとFADH2、それにGTP(・・・)がある。ああ、細かい名前は今はいいよ。GTPってのが、今回のキーパーソンだから、それ以外は切り捨ててもらって構わない」

 

 ちなみにこうやって出来たCoAが、ピルビン酸とくっついてアセチルCoAになる。とまあ、これでループ(・・・)になるね。

 

「というわけで、今回の講義に限ればTCA回路で大事な事項は少ない。ピルビン酸はCoAとくっついてアセチルCoAに。このアセチルCoAをCoAと二酸化炭素に分解する過程で、『GDPからGTP(・・・)が出来る』とかが発生するって認識。それが一番重要だね」

 

 ちなみに、世間一般の文脈だと実はGTPなんかよりもNADHとかのほうが大事。

 ただ、今回の終着点は決めているもので。

 

「じゃあ結局TCA回路は何を残す(・・)のか。ピルビン酸は代謝されて何になるのか──その答えは、二酸化炭素。だから、これが吐く息(・・・)に二酸化炭素が多い理由となる」

 

 グルコースから始まって、それを二酸化炭素になるまで分解する。このバラバラにする過程でエネルギーを回収するのが、この機構のすごいところである。

 普通、物を壊すのってエネルギーが必要なはずなのにね。

 

「すごいです! だから──いいえ、そこで、二酸化炭素が出てくるんですね!」

 

 何かに感動しているリーシャは一回置いておく。

 ソフィア教授にアポ無し研究室訪問はされたくないので。

 

「今回は物凄く大幅な省略があるから、理論を詰めたい人からすると苦手な範囲だとは思う。ただ、まだ本題に入ってないから安心して欲しい。此処までの話がわからなくても何の問題もない」

 

 ユラリアが『本当に言ってるのかそれ』みたいな視線を向けてくるけれど、こっちも無視。

 いやでも本当にそうなんだって。今回、気にしているのはこの経路でGTPが作られるってことだけだから。

 

「と、ここまで解糖系からTCA回路(サイクル)についてざっと話して来たわけだけれど……いいや、一個だけ余談をさせてね」

 

 ここから解糖系の側副経路の話をしようとしたんだけれど、ちょっとだけストップ。

 明らかに脱落しかけている人が多いので、休憩も兼ねてね。

 

「解糖系に出てくる酵素は沢山ある。けれどその多くがマグネシウムという物質がないと働けない環境にある。そして、マグネシウムは魚介類や海草、豆類に穀物と色々なものに含まれているけれど……それらから逃げて、マグネシウムが不足すると、この解糖系が上手く回らなくなったりする。すると、エネルギーが作れなくなるから……マグネシウム不足には気を付けようねって。偏食は良くないよ」

 

 ちなみにマグネシウムが不足していると解糖系が進まず、色々困るっていうお話はそれだけじゃ済んでくれない。それが脂肪になったりね。

 

 更に余談。

 この解糖系経路は、あくまでヒトのもの。

 細菌とかだと違ったりするから面白いよね。

 

「閑話休題。こんな解糖系だけれど、何かしらの影響で詰まることもある。そんな時に活躍するのが、側副経路。サブ経路ってものだね。その経路の名前を『ペントースリン酸経路』って呼んだりする」

 

 人類において、側副経路──普段使いしている経路がダメになった時の予備経路というのは、結構色々なタイミングで存在する。

 

 例えば静脈。

 肝臓に入る門脈がちょっと詰まっている時、経路のひとつとして食道の静脈を通って心臓に返ろうとする経路がある。

 他にも、前話した直腸……大腸の最後付近の静脈は肝臓経由(門脈経由)ではないから、そっちから心臓に返ろうとしたりね。

 

 で、食道の静脈から奇静脈(azygos vein)経由で心臓で返ろうとする経路に、門脈が詰まったりすることで普段より大量に血流が流れ込むと、食道静脈瘤になる。

 で、その状態でちょっと固いものでも食べて、その(こぶ)に穴でも開いたら大吐血祭。

 一方、直腸の静脈の方に流れ込むと痔になったりする。

 

 と、血流においても側副経路があるけれど……化学反応や血流みたいな話以外にも、例えば筋肉の運動指令もサブ経路があったりする。

 

 普通は大脳から錐体路っていう経路を通って筋肉に動けって指令しているんだけれど、それが寸断されてもある程度動けるよ、みたいなお話。

 脊髄固有ニューロンと呼ばれるものがあって、それを通る経路は、生きている可能性がある──みたいな。

 まあ錐体路よりは反応が遅れたり、細かな動きが出来なかったりするらしいけれどね。

 確か、この経路はヒトにも存在するって証明されてるはず。

 ラットとかだと、他にも色々側副経路があったりするんだけれどね。

 

 

 ともかく。

 生命っていうのは便利なことに、多くのものに側副(サブ)経路を設けてくれている。

 ただ、その側副経路がただの側副経路で終わらないパターンもあるってだけで。

 

「さて、ペントースリン酸経路。これの入り口はG6Pからになる」

 

 ペントースリン酸経路。Pentose phosphate pathwayだから、PPPって呼ばれたりする。

 他にもヘキソース(いち)リン酸経路だったり、Warburg-Dickens(ワールブルグ・ディケンズ)経路だったり、色々な名前があるけれど……私的にはペントースリン酸経路が一番馴染み深いから、この名前で押し通すけれど。

 

「G6Pって何か覚えてる? あれだね。グルコースがヘキソキナーゼによって変えられたもの。和訳、もとい正式名称だとグルコース6リン酸」

 

 てっきり、リーシャあたりが6()の意味を訊いてくると思ったんだけれど、そんなことないらしい。まあ、聞かれない分にはいいけれど。本筋とは何の関係もないし。

 

「ペントースリン酸経路の入り口は、G6PがG6PDH──『グルコース6リン酸脱水素酵素(デヒドロゲナーゼ)』とかによって、Ru5P(リブロース5リン酸)に変えられるところから始まる。あ、Ru5Pは気にしなくていいよ」

 

 これもNADPHが出来るってことを無視させてもらう。

 本来はそっちのほうが重要なんだけどね。

 

「で、このRu5PはXu5PやR5P(リボース5リン酸)を経由してから、F6Pなどの解糖系へと戻っていく。そういう側副経路がペントースリン酸経路だね。中身の細かいところを気にしなければ、そんなに複雑な話でもない」

 

 G6PDH関係でちょっと面白い話題はある。

 生まれた時からG6PDHが欠損している人というのは、結構存在する。具体的には、地球だとアフリカや地中海沿岸、アジアとか。ただ、その欠損による大きなお困りポイント存在しない。

 

 ただ、この欠損症の人は赤血球がちょっと健康じゃなくなる。

 ここまでの話だと一方的に困るだけなんだけれど、ちょっとだけ面白いのはここから。寄生虫の一つであるマラリアは、健康な(・・・)赤血球に寄生する。

 

 なので、G6PDHが欠損している人はマラリアに罹患しにくくなるって話。個人的には、最初聞いた時面白いなって思った。

 ただ、ここで説明するにはマラリアの説明から遺伝様式の説明までしなきゃいけない──どころか、後者をがっつりやると何かしら何処かしらの逆鱗に触れかねないので、スルーせざるを得ない。

 

「じゃあ、今日の本題前話題のラスト。ペントースリン酸経路で経由していたR5P。或いは、リボース5リン酸。ここからある経路を通っても、GTP(・・・)やATPが出来てくる──と」

 

 ちなみにこの経路はプリンデノボ合成経路とか名前が付いているけれど、最早どうでもいい。

 大事なのは、こうやってGTP(・・・)ATP(・・・)が出来ているということ。

 

 ……実はサルベージ経路って言われる経路もあるんだけれど、これ以上状況を混沌とさせても仕方がないからね。

 

「さて、じゃあここまで色々言って来たけれど……難しかったら、とりあえず全部忘れてもらって構わない。大事なのは、『解糖系とか(・・)によって細胞のエネルギー源が作られている』『ATPやGTPは、こういう経路で登場している』ということだけ。他は一旦忘却の彼方に吹き飛ばしてもらって構わない。いや、本当に」

 

 ここまでが前置きだから。

 あ、でも本題はそんなに長くならない……と思う。

 

 

 

「じゃあ、後半はGPCR(・・・・)の解説に移るから。前も一度言ったけれど、GPCRはG蛋白質(Protein)共役型(Coupled)受容体(Receptor)の略ね」

 

 安心して欲しい。

 ここからぶっ通しでGPCRの解説を始めるわけじゃないから。ちゃんと休憩は挟むから。

 

「GPCRは受容体(レセプター)である。だから、受容体を働かせるモノ(アゴニスト)がくっつくと、当然ながら働く。じゃあどんな風に働くかと言われると──名前の通り、G蛋白(・・・)に影響を及ぼすという働き方をする」

 

 詳しいことは後半で話すから大丈夫大丈夫。

 とは言っても、これ以上詳しくされても困る人が多いだろうことも想像に難くないから、噛み砕いた説明プラスアルファをするくらいだけれど。

 

「そしてG蛋白っていうものにはαサブユニット、βサブユニット、γサブユニットがある。そういうパーツがあると思ってもらえばいいかな。α、β、γってパーツから出来てますって感じで。そしてこの中のαサブユニット。GPCRは、αサブユニットから『βサブユニットとγサブユニット』を解離させるという働き(・・)をする」

 

 さて、最後。

 何の為にここまでの解糖系やらの話をしてきたのかは、此処に集約される。

 

「そしてβサブユニットとγサブユニットによる蓋が取れたαサブユニットは、GTP(・・・)を受け入れられるようになり──活性化する。これが、GPCRとG蛋白の主な活性化様式だね」

 

 逆に言えば、ここに出てきたGTPが正体不明のヤバいものにならないように、解糖系とTCA回路、ペントースリン酸経路にプリンデノボ合成経路の話をした。

 

「じゃあ後半はGPCRについて話すから。休憩しよっか。お手洗いや水分補給、軽食もご自由に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教授教授! 今良いですか?」

 

 講義の休憩時間にのんびりしていると、リーシャがやってくる。

 

「何か質問?」

 

「はい! といっても、確認という感じですが……教授は、ピルビン酸からの経路はTCA回路(サイクル)以外にも幾つかあって、そっちは早いけれど効率が悪い……と言ってましたよね!」

 

 首肯でもって返答とする。

 まあその通りではある。

 TCA回路と、乳酸発酵及びアルコール発酵は性質が違う。

 

「だから、走ったりして急にエネルギーが必要になったら、そっちが使われる……という考え方で大丈夫ですか?」

 

「完璧だね。すぐに必要になったタイミングでは、TCA回路以外のほうを使って、臨時生産みたいな形になる……で、その表情だと、もう一つ訊きたいことがあるみたいだね?」

 

「はい!」

 

 リーシャは何時にもまして楽しそうな表情を浮かべている。

 ソフィア教授達から聞いているリーシャのイメージ……基礎的なことがわからずに何度も質問して、疎まれるといった印象とは真逆である。

 

 ただ、何となくその理由はわかってきた。

 リーシャは理屈がないと、納得しない。どうしてそうなったのか。どうして、そうする必要があったのか。

 どうして、そう定めた(・・・)のか──それらを理解しないと、自分の中で消化出来ないのだと思う。

 

 だから根本的には原理が不明で、何故かわからないけれど成立しているような分野。つまり、ひたすら原理もなく暗記していくような科目とは相性が悪い。

 

 そして原理を問う質問というのは、先生からしたら当然にしか見えない。

 先生視点で例えるなら、『1+1=2です』って解説をしたら、『どうしてそれを2って定義したんですか?』って聞かれているようなもの。

 

 ……すごい研究者に向いてるじゃん、としか言えない。

 魔法陣開発の話を見たり聞いたりした限り、そこで一度理解して納得したものの扱いに長けていることは見て取れるし。

 

「教授は、吐く息で二酸化炭素が増える理由は教えてくれました。でも、吐く息で酸素が減ってる理由は教えてくれていません。それに、私にはTCA回路がエネルギー……ATP作成効率が良いとは思えません。そこから導けることは、ズバリッ──まだ、何か経路(・・)を隠していますね? それも、TCA回路(サイクル)の後の!」

 

 ……本当にすごい類推力。

 エネルギー産生経路は、解糖系からTCA回路で終わりじゃない。

 確かにTCA回路までで、グルコースは二酸化炭素に分解された。それでも、『エネルギー増殖グリッチ』とでも言うべき人間の生体内反応は終わっていない。

 

「大正解。本当にすごいよ。解糖系やTCA回路の後ろに『電子伝達系』っていう最後の経路があって、そこで、酸素を水にしているからね。この経路まで含めることで、1つのグルコースから30以上のATPが作れる」

 

 32とか38とか言われるね。

 ここら辺のブレは、換算方法の問題だけれど。

 

「じゃあ、その電子伝達系はどうやってTCA回路や解糖系と繋がってるんですか?」

 

「解糖系の時に一回話題に出したNADHとか、TCA回路で出てくるものとかだね。『電子伝達系』は解糖系やTCA回路に比べて機構が複雑だから、今回は扱わなかった。ただ、勿論ここを狙った毒物(・・)っていうのも存在するよ」

 

 例えば、シアン化合物。

 あれはこの電子伝達系の一部を破壊することで、ATP不足に陥らせるっていう効果がある。ATPが作れなくなるってことは、ATPによって保たれていた細胞の諸々全てのバランスが破壊されるってことでもある。

 だから、あれが劇物なわけだし。

 それに、殺虫剤あたりも物によっては電子伝達系を阻害していたはず。

 

 こういうのを取り込んでしまうと、呼吸しても酸素を取り込んでの使用が出来ない。だから呼吸困難になったり、急激に全身の経路を活性化して何とかATPを作ろうとして体温が上昇したりもするはず。

 

「あ、作らないでね。『相手の電子伝達系を阻害する魔法』とか洒落にならないどころじゃ済まないから。普通に禁忌指定になるから」

 

 ちなみに、総合学院に存在する教授専用禁書庫には第一級禁忌魔法『即死魔法』の魔法陣が書かれた書籍があったりする。

 申請を通して動物実験をしてみたら、電子伝達系──正確には、その中のひとつである複合体IVに対して破壊をもたらす魔法って判明して笑っちゃったよね。

 

 説明書には原理不明の即死魔法とか書いてあったけれど。

 偶然でそんなもの作れる魔法陣は怖いよねって話。やってること、人の口内に向けてシアン化合物だか殺虫剤を連続噴射してるのと変わらないって。

 

「『マグネシウム封印魔法』とかも、マグネシウムの形さえわかれば出来そうですよね」

 

 別に薬理学理論の講義は、リーシャを戦術兵器にするために存在してるわけじゃないんだよね。

 

「しないでね?」

 

 マグネシウムの過剰摂取時とかには役立つかもしれないけれどさ。過剰摂取で下痢とかするはずだし。

 

「もしくは、『解糖系活性化魔法』があれば……」

 

「活性化の速度調整間違えたら、全身から高熱が出て体組織の変性とか発生しかねないから、人間に向けないでね? 少なくとも安全性が確立されるまでは」

 

 そして出来れば、私の監督下でやって欲しい。何かしらの責任に問われそうで怖いから。

 今度はソフィア教授のアポ無し訪問どころか、アポ無し学院追放とかになりかねないから。私の。

 

 

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