『TS薬を開発したいだけの異世界薬理教師』   作:  

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第四講義(2)『G(G)蛋白質(Protein)共役型(Coupled)受容体(Receptor)

 ◇◆◆◇

 

 

「さて、GPCR──G蛋白質(Protein)共役型(Coupled)受容体(Receptor)の説明に入ろう」

 

 私としては、ようやくこの話が出来るからちょっと気分が浮わついているところもあるんだけれどね。

 シグナル伝達経路。最初聞いたとき、感動したから。

 

「まず、GPCRというのは細胞の膜を貫通するように存在している受容体である。細かい事を知りたい人向けに、全てのGPCRは『膜を七回貫通している』なんて情報もあるけれど……それはいいよ。だから何? ってなりかねないし」

 

 真面目に解説するなら、この膜貫通領域こそが経路の始まりになるんだけれど……いいや。大事なのは、これがとっても大事なものだってこと。

 

 GPCRというのは、受容体である。

 そして、細胞外に飛び出ている部分と細胞内に飛び出ている部分がある。だから、その繋いでいる部分を膜貫通領域と呼ぶ。それだけ。

 

 ちなみにどれくらいこのGPCRが重要なのかをわかってもらう為の一つの指標として、地球で存在していた全薬剤の三割以上がGPCRを標的にしていたっていうものがある。

 

「そして、GPCRはG蛋白質──正確には『ヘテロ三量体Gタンパク質』と共役(Couple)している。共役という言葉だと難しいから、それを翻訳すると……前半の講義のラストで言ったような説明になるよ」

 

 GPCRは受容体(レセプター)である。だから、受容体を働かせるモノ(アゴニスト)がくっつくと、当然ながら働く。じゃあどんな風に働くかと言われると──名前の通り、G蛋白(・・・)に影響を及ぼすという働き方をしてくれる。

 

「G蛋白質っていうものはαサブユニット、βサブユニット、γサブユニットっていうパーツから出来ている。そしてこの中のαサブユニットがポイントとなる。GPCRに受容体を働かせるモノ(アゴニスト)がくっつくことで、GPCRの形が変わって──G蛋白質のαサブユニットから『G蛋白質のβサブユニットとγサブユニット』を解離させるという働き(・・)をする」

 

 前半の繰り返しだね。

 

 

「そしてβサブユニットとγサブユニットによる蓋が取れたαサブユニットは、GTPのエネルギー消費後の姿であるGDPを捨てて、新しくGTP(・・・)を受け入れられるようになり──働きを始める。これが、GPCRとG蛋白の主な活性化様式。ここまでは復習かな」

 

 ちょっと、GDPという概念を新しく登場させたぐらいで、そんなに難しいことは言っていない。

 

「で、ここからが重要なんだけれど──G蛋白質には種類(・・)がある。とりあえずこの講義でよく出てくるのは三種類かな。Gs、Gi、Gqの三種類」

 

 sは促進する(stimulate)で、iは阻害する(inhibit)から。

 qの由来はちょっと寡聞にして知らないけれど、それを言ったら大事枠に含めなかったG蛋白質の種類の名前についてのほうが、由来の謎は多い。

 

 Golf(嗅覚)、Go、Gt(transducin)、Gz、G12、G13……それぞれこれ以降の活性経路が違ってきたりする。

 まあ、そんな細かい話はどうでもよくて。

 

 大事なのは、GsとGiとGq。とにかくこの三つさえ認識して──この先の経路を認識してもらえば、何も問題ない。『薬理学理論』範囲では。

 ここから生化学をちゃんとやろうって思うと、また話が変わってくるんだけれど。

 

「まずはGsから。Gs蛋白質のαサブユニットがGPCRの働きで、活性化される──即ち、GTPとくっつくと。その活性化した『Gs蛋白(タンパク)のαサブユニット』は、アデニル酸環化酵素(シクラーゼ)と呼ばれる酵素にくっついて、このアデニル酸シクラーゼを活性化させる、という働きをする」

 

 ちなみに、このアデニル酸シクラーゼ。

 言語的な問題で、アデニリルシクラーゼとか呼ばれるし、私はもうACみたいに略することも多い。

 毎回毎回アデニル酸シクラーゼって言っていると気が狂うんじゃないかっていうくらい、よく出てくるから。

 

「折角だから、もう一歩踏み込もう。『Gs蛋白のαサブユニット』はアデニル酸シクラーゼという酵素を活性化するわけだけれど……この時に、アデニル酸シクラーゼのC2aと呼ばれる部位に結合することで、アデニル酸シクラーゼを活性化させる」

 

 実のところC2aって名前は、さほど大事じゃない。

 アデニル酸シクラーゼの細胞内側(Cドメイン)の2aっていう部位だよって意味でしかないからね。

 

 この後出てくるGiは、アデニル酸シクラーゼのC1aにくっついてアデニル酸シクラーゼの働きを阻害(・・)するから、そこと区別しようって話でしかない。

 

 余談として、歴史上でそこそこ以上の被害を人類に出してくれたコレラ。あれが作る毒素は、ここで出てきた『Gs蛋白のαサブユニット』を阻害してくれる。

 それがどう問題を起こすのかは、下流を見ないと難しいけれどね。

 

「じゃあ、この『アデニル酸シクラーゼ』は何をしているのか。さっき解糖系やらで作られていたATP。あれをcAMP──『環状(cyclic)AMP』に変える、という働きをしている」

 

 追加の余談として、このATPからcAMPへの変換にもマグネシウムが存在していないといけないらしい。

 

「さて、じゃあこの環状(cyclic)AMP──もとい、cAMP(サイクリックAMP)は何をしているのか。次の登場人物は、『プロテインキナーゼA』と呼ばれている酵素だね。よくPKAって省略されるけれど」

 

 リーシャが期待するような眼差しを向けているのは、理解している。理解しているから焦らないで欲しい。

 ちゃんとA以外もあるから。

 

「プロテインキナーゼには、A以外にもBやCがちゃんとある。何ならプロテインキナーゼCについては、今日ちゃんと扱うので心配しなくていい。プロテインキナーゼBについては……時間が余ったら、そのうちね」

 

 プロテインキナーゼBというのはちょっと古い言い方で、最近はAktって呼ばれ方をしていたりする。あれもあれで面白いんだけれどね。

 

 糖尿病で有名なインスリン関連の話とかが眠ってるし。

 

 インスリン(insulin)受容体(インスリン受容体)に結合して、紆余曲折の経路を辿ってプロテインキナーゼBが活性化される。

 この活性化によって、肝臓での『解糖系の逆経路(糖新生経路)』……つまり、グルコース作成を抑制したりして、血中に流れるグルコース分量を下げる。つまり、血糖値を下げる効果がある。

 

 ついでに言っておくならば、胃や腸の最初の方(十二指腸)に存在するK細胞という名前の細胞は、グルコースや脂肪に反応してGIP(胃抑制ペプチド)と呼ばれるモノを出す。

 このGIPは、インスリンの合成を促進する機能があるから──これで、『食べ物を食べた後に、血糖値が上がるけれど、その後に下がる機構』の部分的な説明が出来る。

 

 食べ物を食べると、腸のGLUT等を通って細胞内にグルコースが取り込まれる。そして、それは血管内にも放出されるので、当然血糖値(血中グルコース濃度)は上昇する。

 

 でもそれはそれとして、グルコースは胃や十二指腸を通っているわけだから、GIPの合成……つまり、『インスリン合成促進』が起きる。

 そしてインスリン合成促進が起きると、色々あってプロテインキナーゼBが活性化する。そして、プロテインキナーゼBが活性化することで、解糖系の逆(糖新生経路)の抑制が起き、体内でのグルコース生成が阻害される。

 つまり、血中にあるグルコース濃度が減少するから──血糖値は減少する。

 

 まあ、勿論これだけじゃないけどね。

 糖新生経路についてもまだ話していないし、本当はプロテインキナーゼBによる肝臓でのグリコーゲン合成促進の話もしなきゃいけない。

 

 ただ、こんな感じで重要ではあるってだけ。

 

 これらの話をしない理由は単純。

 プロテインキナーゼB……Aktの経路のちゃんとした紹介をするなら、『がん』の話もしたほうがいいから。

 

「というわけで、プロテインキナーゼA……PKAがcAMPによって活性化される。じゃあこのPKAが活性化すると、何が嬉しいか──だけれど。その前にひとつ」

 

 整理もかねて黒板に、『Gs活性→アデニル酸シクラーゼ活性→cAMP増加→プロテインキナーゼA活性』と、経路の流れを板書する。

 

「我々人類は、常に食事を得られるわけじゃない。食べた物を全て即座にエネルギーに変えて、なんてやっていたら非常時どうするんだって話になるからね。だからその為の保険として、脂肪っていうのがある。ただ、その他にもグリコーゲンというものを蓄えておく手法もある。そして、このグリコーゲンの作成というのはそんなに難しいものじゃない」

 

 ちょっとエネルギーを使うだけでね。

 グリコーゲンというのは、グルコースを沢山繋げたような形をしている。で、ひとつグルコースを繋ぐのにひとつATPが必要ってだけ。

 

「そろそろ耳に馴染んできたであろうグルコースは、グリコーゲン合成酵素(シンターゼ)などによってグリコーゲンの一部になる」

 

 リーシャの視線が、など(・・)一部(・・)という言葉をきっちり聞き取ったと主張している。

 事実その通りで、真面目に話すと『UDP-グルコースピロホスホリラーゼ』と呼ばれる酵素だったり、『グリコーゲン分枝酵素(Branching enzyme)』が関連してくる。

 

 ただ、グリコーゲンシンターゼが、一番この反応の速度を決める上で重要な酵素だっていうことは事実。

 

「そして、食べ物がない……エネルギー不足の時はグリコーゲンを分解してグルコースにする。あとは解糖系に乗せて、TCA回路なりに運ぶルートだね。で、そのグリコーゲンを分解してグルコースにする。この時の主な酵素が『グリコーゲンホスホリラーゼ』って名前になっている」

 

 さて、これ以上引き伸ばすと突然話題が脱線した理由がわからなくなるから、そろそろ戻しておこう。

 それに誰かさんがゆっくり解糖系の説明をし過ぎたせいで、キリ良く終われるか怪しくなってきたし。

 

「だから、筋肉の『グリコーゲンホスホリラーゼ』が欠損しているMcArdle病と呼ばれる病気の人は、グリコーゲンをグルコースに分解する能力が弱い。だから、運動継続能力が落ちたり、筋肉内のグリコーゲン含有量が増えたりする」

 

 悲しいこと、と言っていいのかはわからないけれど、グリコーゲン合成酵素のほうは通常通り持ってるからね。

 そして、筋肉の(・・・)って言ったけれど、残っているのは肝臓にあるグリコーゲンホスホリラーゼ。

 

 だから、この病気の罹患者にはパッと見不思議な現象が発生したりする。

 グリコーゲン分解に難があるから、持続的な運動が出来なかったりするんだけれど……その状態でもしばらく運動させ続けていると、肝臓のグリコーゲンホスホリラーゼが働きはじめて、運動が体感楽になる、という現象が発生する。

 

 他にもここらへんのお話に関わってくる病気に、Pompe病、Cori病やAndersen病なんかがある。

 それらと幾つかをまとめて糖原病(・・・)と呼んだりもするし。注意点としては、糖尿病(・・・)とは違う。

 

 まあ、糖尿病君も糖尿病君でどこぞの小胞体みたいに名前変更運動が起こっている場所があるらしいけれど。

 

「さて。Gs蛋白、アデニル酸シクラーゼ、cAMP、PKA活性と続いてきた終着点のひとつには、『グリコーゲンホスホリラーゼの活性化を上昇させる酵素』の活性化がある。酵素の名前はグリコーゲンホスホリラーゼキナーゼだね」

 

 聞いている生徒の顔が見るからにほんのり歪む。

 まあ、わかりにくいのはその通りだけれど。

 

「グリコーゲンホスホリラーゼは、グリコーゲンを分解してグルコースにする。そして、グルコースが解糖系を通ることでエネルギーが作られる。そして、『グリコーゲンホスホリラーゼの活性化を上昇させる酵素』であるグリコーゲンホスホリラーゼキナーゼは、プロテインキナーゼAによって活性化される」

 

 ちなみに、このグリコーゲンホスホリラーゼキナーゼ君にはα、β、γ、δの四部位がある。

 PKAはこれのうちβ部位(サブユニット)変化させて(リン酸化して)、これによって活性化されたグリコーゲンホスホリラーゼキナーゼのγ部位が『グリコーゲンホスホリラーゼ』を活性化する。

 

 あと、PKAは他にもグリコーゲン合成酵素の活性化を抑制したりする。

 

「つまり、これらを雑に総括すると『PKAが活性化されると、エネルギー産生が促進される』という一言にまとめられる。こう見ると単純だね」

 

 ちなみに今回話すといよいよキャパオーバーとかいう次元を突破するから話さないけれど、活性化したものは当然不活性化もされないといけない。不活性化されたものを活性化する機構があるならね。

 

 というわけで。

『グリコーゲンホスホリラーゼキナーゼを不活性化する機能』、『グリコーゲンホスホリラーゼを不活性化する機能』、『グリコーゲン合成酵素を活性化する機能』という三つの効果を同時に持つ酵素も存在する。

 

 そんな酵素の名前をホスホプロテインホスファターゼ1って呼ぶんだけれど。

 そして、そのホスホプロテインホスファターゼ1は普段は『ホスホプロテインホスファターゼ阻害タンパク1』と呼ばれているものに阻害されていて……でも、活性化状態のホスホプロテインホスファターゼ1によって、この『ホスホプロテインホスファターゼ阻害タンパク1』自体の活性化が阻害されている。

 

 ──なんていう、本当に複雑な機構がある。

 真面目に理解したいなら、一回メモ用紙にでも図示してみるくらいしかないような機構。

 

 最後に一つだけ付け加えるなら、我らがPKAは『ホスホプロテインホスファターゼ阻害タンパク1』の活性化もしている。

 そしてこれも、結果的に『エネルギー産生の促進』になる。順々に辿って見ればわかるけれど。

 

「というわけで、最初から追ってみると……『Gs蛋白に影響を与える種類のGPCR』にアゴニストがくっつくと、Gs蛋白のαサブユニットがアデニル酸シクラーゼを活性化。アデニル酸シクラーゼを活性化することで、cAMPの作成が増加して──PKAが活性化される。そして、PKAの活性化による一つの(・・・)結末として、『エネルギーの産生』がある」

 

 当然、これはPKAの効果の一つでしかない。

 今回は一例として、解糖系やらグルコースの話をしただけ。折角前半で扱ったからね。

 

 そして、ここまでで個人的にわかって欲しいこととしては、生体内における活性調節というのはかなり複雑(・・)に行われているということ。

 だから安易に『魔法でこの酵素を活性化させればいいのでは?』みたいなことをやると、確実に大事故になる。

 

 ……というか、そういうのが大量にあるせいで私はTS薬作成に苦労しているっていうのが大きいわけでして。

『雑に見た目を手術かそれらしい魔法で変えて、後はホルモン分泌を魔法で調整すればいいじゃん!』で何とかなっていたら、もうちょっと色々話が楽に進んでくれる。

 

「さて、元々何の話をしていたのか思い出しておこう。有名なG蛋白にはGs、Gi、Gqがあるって話だった。ここまででGsの話は終わったわけだから、次はGiの話」

 

 とは言っても、Giについてはそんなに難しくない。

 

「『Gi蛋白のαサブユニットは活性化されると、アデニル酸シクラーゼのC1aっていう部位にくっつくことで、アデニル酸シクラーゼの働きを抑制する』──ユラリア。ここから、Gi蛋白の機能の一例と機序をあげてみて?」

 

 ここまでの理論が追えているなら、何の苦労もなくここからの理論を組み立てられるはず。それに、今回は変なひっかけは存在しないから。

 

「ええっと……Gi共役型のGPCRは、アゴニストが結合することでGi蛋白のβサブユニットとγサブユニットが、Gi蛋白のαサブユニットから解離します。そして、これによってGTPと結合したαサブユニットは、アデニル酸シクラーゼのC1a部位に結合し、アデニル酸シクラーゼの活性低下が引き起こされます」

 

 講義ノートを見ずに、脳内を整理するように空でユラリアは言葉を続ける。

 一度理解したものを、記憶し続けて適切な理論のもとに運用する能力というのは、様々な局面で重要になってくる。

 恐らく、ユラリアの性格から考えてこの講義と課題(ミニレポート)は結構負担になっているはずだけれど……どうなるか。

 

「そして、アデニル酸シクラーゼの活性が低下したので、細胞内の環状(サイクリック)AMP量は低下します。従って、プロテインキナーゼAの活性も低下します」

 

 ここまでで、Giの共通経路が終わる。

 ここからPKAがどう働くかってお話だね。

 

「プロテインキナーゼAの活性が低下することで……グリコーゲンホスホリラーゼキナーゼの活性も低下し、グリコーゲンホスホリラーゼ活性も低下します。従って、グリコーゲン分解──グルコースの生成が低下し、エネルギー産生が抑制されるはずです」

 

「完璧だね。流石」

 

 じゃあこれでGiについては終わりにして、最後のGqについて話題を進めてもいいんだけれど。

 流石にこれで終わらせると、Giのインパクトが薄くなってしまう。

 

「じゃあちょっとした話として。ある病気──『百日咳(Pertussis)』と呼ばれる病気では、Gi蛋白のαサブユニットを抑制する。すると、どうなるかわかる? リーシャ」

 

 まあ全部のGi蛋白ではないんだけれど。

 主に気管にある表面の細胞のGiのαサブユニット。

 

「はい! 当然PKAが活性化されます!」

 

 抑制の抑制だから、促進になる。

 まあそれだけの話だから、応用っていう感じでもない。ただの理論確認だね。

 

「もうちょっと身近な話にしよう。お茶や珈琲に含まれている『カフェイン』。あれも、Gi蛋白を阻害することで興奮作用(・・・・)をもたらしている」

 

 アデノシン受容体っていう名前のGi共役型GPCRに働くんだよね。

 

「じゃあ、改めてここまでの話を違う視点から表現し直してみよう。GiにせよGsにせよ、アデニル酸シクラーゼに影響を与える。そして、影響を与えた結果──エネルギーを使い、それぞれのαサブユニットに結合したGTPがGDPとなる。そして、GDPになることで、βサブユニットとγサブユニットが近づき、αサブユニットに蓋をする」

 

 これによって、G蛋白質のαサブユニットは活性化された後に、きちんと不活性化されていることがわかる。

 

「それらに影響を与えられていたアデニル酸シクラーゼは、G蛋白のαサブユニットが結合していたことで影響が続いていたわけで……αサブユニットのGTPがGDPになり、アデニル酸シクラーゼからαサブユニットが解離した時点で、その影響(・・)からは脱している」

 

 この機構があるから、この経路による信号(シグナル)はきちんと閉じられていることがわかる。

 

「そして、cAMPがPKAを活性化する──のは良いとしよう。cAMPが少なくなれば、PKAは非活性化されるから。じゃあ、そこでうずうずしているリーシャ。この経路の何処に疑問がある?」

 

「はい! 作られたcAMPがどうなるのか、その運命を私たちは知りません!」

 

 cAMPはPKAの活性化に伴って消費されるわけじゃない。

 なら、cAMPの分解機構が無いとおかしい。

 

 Giは抑制(・・)経路であって、cAMP分解経路ではない。だから、このままだとアデニル酸シクラーゼにより作られたcAMPは増えていくばかりになってしまう。

 

 そしてそれは、とても困る。

 

「そうだね。なので、cAMPを分解するモノがある。それを『cAMPホスホジエステラーゼ』、或いは単にホスホジエステラーゼ。更に簡略化した名称としてPDEなんてものもあるかな」

 

 PDE阻害薬とか結構あるからね。

 例えばジピリダモールっていう抗血小板薬──血小板の機能を低下させて、血栓が出来ることを防止する薬剤とかでも。

 

「で、これによってcAMPはAMPに分解される。じゃあ、改めてGsとGiについては一先ず終わり……いや、嘘嘘。もうちょっとだけ話すことがあった」

 

 本当にGqどうしようか悩みどころになってきた。

 GPCRの経路解説、しかも主要な三つに限ればすぐ終わるとか思っていた昨日の自分あたりに文句を言いたくなってきたね。

 

「βアドレナリン受容体っていう名前の受容体がある。そしてこれはGs共役型のGPCRで。これがG蛋白、アデニル酸シクラーゼ、cAMP、PKAと活性化していくのは、もう既知の事項。で、そのPKAの標的の話なんだけれど──これは、『βアドレナリン受容体キナーゼ』を標的にすることがある。βアドレナリン受容体キナーゼはβARKとかGRK2(GPCR kinase 2)なんて呼ばれ方もするね」

 

 Gs関係で残っていた最後の話は、脱感作。

 使いすぎたら使えなくなる、っていう話をちゃんとしておかないとね。

 

「そして、『βアドレナリン受容体キナーゼ』は名前の通り、βアドレナリン受容体に影響を及ぼす。じゃあそれによって変化させられた(リン酸化された)βアドレナリン受容体はどうなるのかと言うと、この変化によってβアドレナリン受容体はβアレスチンって呼ばれるモノと、くっつけるようになってしまう」

 

 じゃあそれの何が困るのか、って話。

 別にβアドレナリン受容体君が誰と仲良くしているのかなんて、大して興味がない。ちゃんとGs蛋白君を活性化させるっていう大仕事さえ果たしてくれれば、特に文句はないわけで。

 

 つまり、その大仕事を果たしてくれなくなるから問題なわけだ。

 

「こうして出来てしまった『βアドレナリン受容体とβアレスチンが結合したもの』は、Gs蛋白への影響を及ぼせなくなってしまう。そうすると何が起きるかは、なんとなくわかるよね」

 

 何なら、βアレスチンとくっつくことで起きる現象はそれだけじゃない。

 そうして出来た複合体は、何故か細胞表面ではなく細胞内に引きこもり始めてしまう。

 そうすると当然、アドレナリン受容体にアドレナリンがくっつくことはなくなってしまい……みたいな流れが発生する。

 

 その『ひきこもり』の機構については、クラスリン依存性エンドサイトーシスって言うけれど……これ、説明する機会あるのかな。

 しようと思ったらいつでも出来るけれど……タイミング見て、今日の解糖系みたいに投げ込むのもアリかもしれない。

 

「じゃあ一回βアレスチンが結合した受容体に救いがないのか、と言われるとそんなことはない。あくまでβアレスチンが結合出来ているのは、βARKによるβアドレナリン受容体の構造変化(リン酸化)が起きているから。そして、βARKが活性化するのは、PKAが活性化されるから。すなわち、この経路を使わなければ徐々に回復していく」

 

 だから、連続してこの受容体群を使おうとするなら、アドレナリンの分量を増やしていかないと効果が減弱してしまう、ということ。

 こういう脱感作──『続けて使用すると、働きが弱くなる』というのは、色々な受容体や機構で見られるからね。

 

「……教授! 質問いいですか?」

 

 これ、『良くないよ』とか言ったらハラスメントになったりするのかな。

 時間が不味いことを除けば、断る理由もないんだけれどさ。

 

「ここまで色々聞いてきて、G蛋白のβサブユニットとγサブユニットが何もしていません。ああいえ、αサブユニットの()ではあるんですけれど……何かないんですか?」

 

 あるんだよね、これが。

 そしてこれを話す為にはGqの話もしなきゃいけない。

 楽しくなってきたね。

 

「着眼点がパーフェクト。βサブユニットやγサブユニットもちゃんと蓋以外のお仕事をしてくれている。ただ、そのお話をちゃんと理解する為にはGqの説明を軽く(・・)しよう。ああ、安心していいよ。そんなに長くしないようには頑張るから」

 

 講義時間はまだある。潤沢にはないだけでね。

 

「GPCRによって活性化されたGq蛋白のαサブユニット。ここまでの機構は今までと同じだと思ってもらって構わない。βサブユニットとγサブユニットという名前をした蓋が外れて、GTPがくっつく。これによってαサブユニットが活性化される」

 

 まあ、これは良いよねとしか言えない。

 

「じゃあ今回、このαサブユニットは何を活性化するのか。それが『ホスホリパーゼC-β』。通称、PLC-βだね。細胞内側の細胞膜に張り付く形で存在している酵素だけれど、じゃあこれが何をしているかというと──」

 

 黒板に『Gq活性化→PLC-β活性化』と書く。

 細かい結合部位の話はしない。時間の関係というのもあるけれど、私が知っている限りあんまり薬剤に関係した記憶がないから。

 

「PIP2という細胞膜(細胞の壁)の構成部品のひとつを、DAG(ジアシルグリセロール)IP3(イノシトール三リン酸)というものに分解している。これがPLC-βの作用。で、ここでリーシャがお待ちかねの話に繋がる」

 

 黒板に書いてあるPLC-β活性化の横に、『PIP3をIP3とDAGに分解』と書く。

 

 この経路があるからこそ、百日咳やコレラの毒素によって何故か(・・・)この経路の活性が減少することがある。あれらはそれぞれGiとGsの阻害しかしないはずなのにね。

 

「G蛋白のβサブユニットやγサブユニット。あれもこのPLC-βを活性化させるものがある。だから、GsやGi共役型GPCRの活性化によりこの経路が活性化されないわけじゃないことを、認識しておくと今後何処かで役に立つ可能性があるかな」

 

 まあそれを覚えて主要な経路を忘れられるよりは、こっちを覚えないほうがいいけれど。

 例えば、βサブユニットやγサブユニットは他にもホスホリパーゼA2とかを活性化してたりするわけで。このホスホリパーゼA2君は痛みや炎症を引き起こしたりする酵素だったりもする。

 

「じゃあDAGとIP3は何をするのか。まずはDAGの方から見てみよう。DAGはCa2+(カルシウムイオン)と共に、プロテインキナーゼCを活性化する。PKCだね。そしてこのPKCはPKAみたいに、色々(・・)に作用する」

 

 さて、これで宣言していた通りPKAとPKCの双方が登場してくれた。

 まあ、名前の由来は『活性化にC()aが必要だから』なんて話も聞いたことがあるから、何とも言えないけれど。

 じゃああれかな。PKAはcA()MPがあるから、PKAとか。

 

「一方、IP3は細胞内に存在する()の表面に存在するIP3受容体に結合する」

 

 ちなみに、その袋の名前を小胞体って呼んだりする。

 時間があったら小胞体の話もしたかったんだけれど、生憎とそんな回り道をしている時間はない。

 

「で、IP3受容体にIP3が結合すると何が発生するか。答えは、その袋の中にあるCa2+が放出される。この受容体は『IP3がくっつくと、袋の中にしまっていたCa2+を放出するモノ』っていう概観(・・)だからね。ああ、これは、濃度勾配(濃い方から薄い方へ)の仕組みによるもの」

 

 だから、特別エネルギーを使うわけではない。

 単純にカルシウムのたっぷり詰まった袋を、IP3が来たら開く形になる。そうして、細胞内にカルシウムをぶちまける。そんなイメージで何も問題ない。

 

 そして、此処から同時にわかるのは袋の中のほうがカルシウムイオンの濃度が高いということ。

 

 ──と、説明したけれど実際はもうちょっと複雑な機構でIP3受容体は動いている。まあ、折角だしこれも説明しておこう。必要なことではあるから。

 

「IP3受容体の概略はこれでいい。『IP3がくっつくと、Ca2+を通す孔を開けるモノ』で大きく困ることはない。でも、最前列で楽しそうにしている誰かをはじめとして、もうちょっと詳細が気になるという人に向けた説明もしておこう」

 

 余談みたいなものかな。でも、まるっきり余談扱いにするにはちょっと勿体無いくらいのお話でもあるけれど。

 

「IP3受容体には、大きく分けて四つの部位が存在する。一つ目は『カルシウムを通す為の部位』。そして、二つ目は『IP3がくっつける部位』。まあ、ここまでは今までの説明からもわかると思う」

 

 問題はここから。三つ目と四つ目がちょっとした鬼門になる。

 

「三つ目は『カルシウムがくっつける部位その1』。そして、四つ目が『カルシウムがくっつける部位その2』。この二つには、明確な違いがある。『その1』の方が、カルシウムに対する反応性が高いと思ってくれていい」

 

 高親和性Ca結合部位と低親和性Ca結合部位って言ってもいいんだけれど、漢字が並ぶとどうしても威圧感が出てくるからね。

 

「『その1』……Ca2+への反応性が高いほうは、ここにCaがくっつくと、袋の中からのCa2+放出を促進する効果がある。反対に『その2』にCa2+がくっつくと、袋の中からの放出を抑制(・・)する効果がある。そして効果は『その2』のほうが強いと思ってもらって構わない。これが何を表すかわかる? ユラリア」

 

「はい。細胞内のCa2+濃度が一定以上である──即ち、『袋の中から十分にCa2+を取り出した』ことがわかったら袋の蓋を閉める。つまり、Ca2+の放出を止めるという機構になります」

 

「うん、その通り。これがあることで、袋外の細胞内を、ある程度のカルシウム濃度に保っているというわけだ。じゃあ、次の質問は──リーシャに。IP3がくっつくと、本当は(・・・)何が起こると思う?」

 

 結果的にはCa2+の放出で間違いない。それは確約出来る。

 ただ、その機構が思ったより素直じゃないだけ。

 

「つまり、孔を開閉するスイッチ……みたいな単純なお話じゃないってことですよね。そして、教授が説明してくれたということは、さっきの『カルシウムとくっつく部位』達が関係あるはず……!」

 

 うーん、と唸りながら少しの時間が流れる。

 Gqの説明が始まってから、ペースが速かったからちょっとした一呼吸だね。

 

「ギブアップです! どういう仕組みですか?」

 

「何か案がある人は──っと、ユラリア。わかった?」

 

「IP3がくっつくと、『孔の閉口』が発生しにくくなるのではないでしょうか」

 

 ……この機構が証明されたのっていつだっけな。

 そんなに昔じゃなかったと思うんだけど。イメージとしては西暦2000年プラマイ10年ぐらいだったはず。

 

「完璧。4つ目の領域。『Ca2+への反応性が低くて、ここでCa2+が反応すると孔を閉じる』方の、反応性(・・・)を更に下げるっていう機能がある。だから、結果的に孔が閉じにくくなって──まあ、『IP3がくっつくと、Ca2+が袋から出てくる』という認識で問題なくなる」

 

 さて、じゃあ脱線終了。

 本筋にいいかげん戻ってあげよう。

 

「じゃあ、ここで出てきたCa2+(カルシウムイオン)は、PKCの活性化だけに使われるのかといえば、それだけじゃない」

 

 黒板に『IP3→袋からのCa放出→PKCの活性化』と『DAG→PKCの活性化』と書き込む。

 とりあえず、ここまでの経路は書けたかな。

 何か大幅に脱線したせいで、流れがわかりにくくなっている気もするけれど。

 

「Ca2+はカルモジュリンと呼ばれるものとくっついて、CaM(カルモジュリン)を活性化させる。そしてこの活性したCaMは、CaMキナーゼ──正式名称を『カルモジュリン依存性タンパクキナーゼ』と呼ばれるものを活性化して……後は色々。Gsの経路で言うPKA枠だね」

 

 黒板に『袋からのCa放出→カルモジュリン活性化→CaMキナーゼ活性化』と付け加える。

 ちなみにこの経路は一部筋肉の収縮関係とかで結構使う模様。

 

 他にも、CaMキナーゼの一種であるCaMキナーゼⅡに変異が起きると物体の空間位置を記憶する能力が落ちたりとかね。

 

「さて、じゃあこれで活性経路は終了。じゃあ最後は──もう、おわかりの通り。それぞれの不活性化について」

 

 ここまでやらないと、経路を活性化しっぱなしになってしまう。いわば、散らかすだけ散らかして片付けない子供のようなもの。細胞に癇癪を起こされても困るので、きちんと後片付けはしなくてはいけない。

 

「今回、作りっぱなし出しっぱなしなのはDAGとIP3、そしてCa2+だね。DAG(ジアシルグリセロール)は、きちんとアラキドン酸って名前のものに変わったりして事実上の無力化されるとみなして、とりあえずは問題ないとしよう」

 

 アラキドン酸はそのうち出てくるから、この後については安心して欲しい。しかも結構重要な話でね。

 さっき話したPLA2──ホスホリパーゼA2やCOXの話で登場するから。その時のお楽しみってことで。

 

「IP3。これも『イノシトールポリリン酸5-ホスファターゼ』っていう酵素によって、IP2になって無力化されるので問題ない」

 

 じゃあ最後。小胞体という袋から投げ出されたCa2+がどうなるのか。

 

「IP3受容体が表面にあった袋──あれは小胞体という名前なんだけれど、その表面に『カルシウムポンプ』と呼ばれるものがある。これは、ATPというエネルギー源を使って、薄い方から濃い方──即ち。細胞内から、小胞体(ふくろ)の中にCa2+を戻すという効果がある。そして同時に、これは細胞膜(さいぼうのかべ)にもあって、細胞外にCa2+を捨てている」

 

 ちなみに筋肉や神経だと、これ以外にもCa2+を捨てる方法があったりするけれど……まあいいや。

 

「とまあ、最後の方は駆け足になっちゃったけれど……こんな感じかな。時間も──あと、1分はないかな」

 

 それじゃあ最後に課題だけ提示して、終了にしよう。

 生徒達は結構苦しんでいる表情してるし。

 まあ、一回の講義で『解糖系、TCA回路、ペントースリン酸経路、GPCR』まで話したからね。さもありなん。

 

「じゃあ今回の課題(ミニレポート)は、ここまでの『総括ミニテスト』ってことで。別に出しても出さなくても問題ないけれど、復習くらいにはなると思うよ。問題は此処に置いていくから、解きたい人はご自由にね」

 

 ふぅ、と一息付いてから。

 

「──じゃあ、定刻だから。また来週」

 

 

 

 

 

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